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雑多です。

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「説明できない」20.政変
#説明できない #クロロレ #完売本

 ガルグ=マクにいた頃、ローレンツから教えてもらった通りにファーガスで政変が起きた。それをデアドラにいたクロードがいち早く察知できた理由はたった一つ。密偵を沢山放つならばアンヴァルだ、という家臣たちの意見をねじ伏せたからだ。ローレンツの言葉を信用し、帰郷してすぐにフェルディアに大量の密偵を放っている。
 クロードの記憶では帰国したディミトリは国内の混乱を抑えるべく、すぐに即位している。雪山の中で手際よく、不慣れなレスター出身者に指示を出していた姿はクロードの記憶の中のディミトリと一致していた。一体、何が現在の彼を躊躇させたのだろうか。子供の頃から彼をよく知るフェリクスも彼の親友であるシルヴァンもその幼馴染であるイングリットも早く王位を継ぐべき、と考えていてフェリクスが嗾ける姿はクロードも目撃している。フェルディアで何があったのか気になるが、引き続き調べさせるしか今のクロードにはできることがない。
 祖父の死によってクロードの盟主代理、という役職から代理という単語が取れた。会議室に揃ったクロードを値踏みしている出席者の顔ぶれは記憶通りで皆、表情には出さないがお手並み拝見、と思っている。
 とりあえずクロードはローレンツのお陰で出席者の誰よりも早くファーガスの政変に気付くことができた。前回とはそこが違うので諸侯に対してかなり優位に立てている。ディミトリがすぐに即位していた時は内輪揉めのふりをして帝国からの介入を防ぐ、という方針に従わせるのにかなり苦労した。しかしファーガスの今の情勢を鑑みれば簡単に説得出来るかもしれない。
「帝国もセイロス騎士団にはかなり手を焼きましたからな。下請けがファーガスをなんとか出来そうなら任せたいところでしょう」
 やり手と評判であるエドマンド辺境伯はそう語るとぬるくなった紅茶に口をつけた。ファーガス公国は帝国の傀儡国家だが兵は現地のものだ。勝とうが負けようが帝国軍の本隊に傷は付かない。彼らがファーガスの大部分を実効支配出来れば後は反対勢力を小さな輪の中に囲い込んで封鎖し、ファーガス公国に旧王家派の諸侯を任せて無傷の同盟領侵攻に本腰を入れる。こちらの世界のエーデルガルトも中々のやり手のようだった。
「ダスカーの悲劇を起こしたのも帝国だ。帝国は随分と昔からファーガスに〝投資〟していたらしい。回収したい筈だ」
「では妨害するしかあるまい」
 当然、帝国は同盟にも何らかの〝投資〟をしていただろう。それを回収する際に真っ先に攻め込まれるグロスタール伯が無表情のまま淡々と呟いた。これがローレンツなら眉間に皺を寄せ声も荒げていただろう。
 それを未熟さ、と評価するか素直さ、と評価するかは人による。ローレンツの表情が豊かなところは母親からの遺伝かもしれない。しかしいつぞやの上屋敷での〝頑張り〟を見るに、父親の血も濃く受け継いでいる。あの晩のことを詳しく思い出せば会議どころではなくなるのでクロードは慌てて暴走する脳に歯止めをかけた。
「グロスタール伯、その通りです。あれだけの投資をしたなら後には引けない。だから我々は旧王制派を援助しましょう」
 後少しで封鎖が完成する、という時期を見計らって旧王制派を援助すれば彼らの視線はファーガスに集中する。何なら帝国本土から部隊を派遣することもあるだろう。彼らに少しずつ帝国の兵力を削いでもらえる。
「援助と言ってもパルミラとの国境も守らねばならない。現状ではファーガスへ兵を割く強い動機がない」
 それまで黙っていたヒルダの兄ホルスト卿が初めて口を開いた。実際は王子がフォドラに潜入するから、という理由でフォドラへの大規模な侵攻は停止させているのだが、まだクロードはそれを明かすわけにいかない。クロードはホルストの言葉に頷いた。
「援助と言っても金と物資だけです。旗や兵は出さない。商人たちを使いましょう。当分、帝国との商売が出来ないから彼らはファーガスに活路を見出さざるをえない」
 緩衝国を用意しておいたエーデルガルトたちのやり口を真似させてもらうことにした。あと少しでファーガスを我が物に出来そうだ、と言うくらい旧王家派が押されたら彼らを援助して帝国の視線をファーガスに集中させる。帝国本土から部隊が派遣されたらそれも彼らに削ってもらう。
「盟主殿」
 口元は笑っているが目が全く笑っていないエドマンド辺境伯が再び口を開いた。
「その場合、同盟は放置しておいても問題なしと帝国に自発的に判断させねばならないが、そこはどうするのだね」
「そのためには同盟内にも〝ファーガス公国〟が必要です。グロスタール伯には親帝国派の諸侯を取りまとめていただきたい」
 自分に向けるエドマンド辺境伯の視線が冷たくなったことをクロードは自覚した。物資はおそらくエドマンド領から船でガラテア領やゴーティエ領に運ぶことになる。つまり密貿易だ。利益は多大なものになるが、敗戦した場合はエドマンド領がフリュム領のような扱いを受けかねない。
「先方が我々を下請けだと思い込めばそれで良い訳だな?」
 一方でグロスタール家はどう転んでも有利だ。仮に敗戦したとしても地位が揺らぐ可能性が低い。
「そうです。そうやってミルディンに蓋をする。全力で演技すれば数年はもつ。今は何よりも時間が貴重だ。何年か戦争状態が続けば必ず帝国の民衆も嫌気のさす瞬間が来る。その時を狙って皇帝を交渉の場に引きずり出したい」
 諸侯はとりあえずクロードの方針に納得してくれたようだった。しかしクロードは真実を話していない。実際に当てにしているのは厭戦気分などではなくセイロス騎士団だ。前回はディミトリに取られてしまったが、今度はどこへ向かうにも便利なガルグ=マクごとクロードが彼らを取り込みたい。
 クロードはセイロス騎士団が復興するまでの時間を稼ぎたいだけだった。畳む
「説明できない」21.消息
#説明できない #クロロレ #完売本

 伝書フクロウがローレンツの左腕で羽根を休めていた。ウズラの肉を与えたので目を細めて喜んでいる。黄色く鋭い爪で抉られたり嘴で突かれると拷問のように痛いのでローレンツは左腕には肘より長い革手袋を嵌めていた。だが、彼らの信頼を得るには肉を持つ方の手は素手でなくてはならない。家禽ですら信頼を求めるのだ。
 一方通行で戻ってくることが出来ない伝書鳩と違い、伝書フクロウは訓練すればある地点からある地点へ行って戻ってくることが出来る。そして夜に羽音を立てずに飛ぶ習性があるため、昼行性の鷹や鷲では駆除ができない。グロスタール家は他の名家と同じく、お抱えの鷹匠に鷹狩り用の鷹と共に大量の伝書フクロウを飼育させ、フォドラの各地に通ずる自前の通信網を持っていた。密偵たちからの報告も伝書フクロウで届けられる事が多い。
 伝書フクロウは顔の真正面についた二つの瞳が猫のようで愛らしく、笑顔に似た表情も浮かべるが血抜きしていない肉を好む。目を細め与えられた肉を飲み込む姿は荒々しく、鷲の仲間と言われるのも納得だった。食事を終え伝書フクロウが落ち着いたところでローレンツが足革を探ると小さな筒が収まっていた。右手で引き抜き皮手袋を高く掲げる。
「ご苦労だった。笛が鳴るまで遊んでおいで」
 グロスタール家お抱えの鷹匠やクロードは指笛で伝書フクロウに指示が出せるのだが、ローレンツは指笛が吹けない。指示を出すため小さな笛を使っている。指笛は唇と舌の形さえ理解すれば吹けるそうで、ガルグ=マクにいた頃は教えてやる、と嘯くクロードから咥内に曲げた指を突っ込まれたり逆に舌の形を教えるからと言ってクロードの咥内に指を突っ込まされたりもした。しかしその全てが徒労に終わっている。
 国境を越える大役を果たした伝書フクロウはローレンツを一瞥もせず、森の奥深くに向かって飛んでいってしまった。伝書フクロウは人間からの信頼を求めるが人間に愛想を振りまくような生き物ではない。ローレンツは皮手袋を外すと念のため辺りを見回してから狩猟小屋の扉を開けた。ここはグロスタール家が持つ狩猟小屋のひとつなのでローレンツがいても不自然ではないが、警戒は怠らない方が良いだろう。
 先ほど嵌めていた皮手袋を作業台に置きローレンツは小さな筒から折り畳まれた紙を取り出した。シルヴァンの持つ、隠しきれない神経質さが現れた文字と文を眺める。走り書きで構わなかったのにどこかへ正式に提出するかのような書体と文章だった。
───汝の探し人も我の探し人も未だ見つからず。何処なるや絶えてわからず───
 予想通りだが大きなため息が出てしまう。ガルグ=マク陥落から既に三年経っていた。ディミトリとドゥドゥが行方不明になってからは二年だ。シルヴァンはローレンツとクロードの記憶にまつわる事情を全く知らない。
 脱出行でファーガスの者たちとかなり親しくなったとはいえディミトリではなく、ドゥドゥの所在や生死についてローレンツから問われたシルヴァンはかなり面食らったはずだ。しかしなんとなく意図を察したらしい。
 彼はゴーティエ家嫡子としての権限を利用し、こっそりダスカー出身の流民を傭兵として雇っている。国境を守る人手が足りない、と言うのが建前だ。ガルグ=マクで一年を共に過ごしたドゥドゥに愛着をもっているから、と思われがちだがそれは副産物に過ぎない。
 ダスカー人ならばドゥドゥの逃亡を助けた可能性がある。そしてドゥドゥが生きているならディミトリも生きている可能性が高い。どこに潜伏しているか知っている可能性もある。シルヴァンはディミトリを探すために出来ることは何だってしていた。流民は仕事を得る、ゴーティエ家は戦力を得る、シルヴァンは情報を得る。女性が絡まなければシルヴァンは実に真っ当なのだ。
 ローレンツは受け取った手紙を掌の上で燃やすためファイアーの呪文を唱えた。親帝国派として知られるグロスタール家の嫡子がファーガスの旧王制派ゴーティエ家の嫡子と連絡を取る、など正気の沙汰ではない。知られてしまえば利敵行為だとして帝国から非難されるだろう。
 だが貴族としての本分をきっちりと守ったかつてのローレンツは命を失った。逆縁は親不孝の極みだ。自領や一族の未来を繋ぐための死ではあったが同じことを繰り返して同じ目に遭うつもりはない。
「前の自分なら絶対にやらなかったことをやってみようぜ」
 いつのことだったか、とにかく閨を共にした晩にクロードから言われた言葉がローレンツの脳裏に甦る。父であるグロスタール伯が円卓会議に出るたびに、謝肉祭のたびにローレンツはデアドラに赴いた。
 かつての自分なら絶対にやらないことをクロードとするためだ。援軍としてミルディン大橋に行け、と父から命じられたあの頃の自分が、もし記憶の中のクロードと今のような関係だったらどうしたのだろうか?おそらく怠業したはずだ。〝そちらへ向かっている最中だが敵の別働隊から攻撃された。救援を求む〟とでも言ってフェルディナントとその手勢を迎えにこさせ、彼をミルディン大橋から引き剥がしたかもしれない。そんな可能性があったことに当時のローレンツは全く気がつかなかった。

 圧倒的な戦力を誇っていた帝国軍だが戦況は膠着している。ファーガス公国という出先機関は成立したが、三年経っても国境線はあのままだ。帝国は同盟諸侯による猿芝居を猿芝居である、として処断しない。エーデルガルトにも何か事情があるのかもしれないが、あからさまに彼女の動きは鈍っていた。ガルグ=マク陥落で心が折れたまま、理想を捨てて現実に屈服したかつてのローレンツにはそう判断できなかった。だが今は違う。
 ローレンツが掌に息を吹きかけると手紙だった灰がファーガスに降る雪のように宙を舞い、床に落ちた。畳む
「説明できない」25.岩漿
#説明できない #クロロレ #完売本

 ローレンツは前回の人生ではダフネル家のジュディッドに親しみをもてるほど関わりを持っていない。だが今回の人生は違う。命からがら帝国軍から逃れた際にようやくまともな風呂に入れさせてくれたのはジュディッドだし、援軍まで用意してくれたと言う。ただしアリルまで迎えにいかねばならない。
 クロードは毎日鍛錬や諸侯への根回しに忙しそうだ。調べ物に割く時間がないと溢すので、ローレンツが代わりに書庫でアリルに関する本を探したりセイロス騎士団の中にいるアリル近辺出身者から話を聞いている。これは戦場の霧はない方が良い、と常々言っていたベレトの影響だ。
 今晩も皆が寝静まった後でローレンツとクロードは意見を交換している。クロードの部屋は相変わらず片付いていないので場所はローレンツの部屋だ。給茶器でお湯を沸かしているので、夜も火を落とすまではクロードの部屋より暖かい。
「俺の部屋にも給茶器を置こうかな」
「置ける場所を作りたまえ」
 この給茶機はローレンツが魔道学院にいた頃、寒さに厳しいファーガスで買い求めたもので三段重ねになっている。一番下に燃料である炭を入れ、蛇口がついた二段目には水を入れて沸かす。一番上にお湯と茶葉を入れっぱなしの茶器が置いてある。当然煮えて濃くなってしまうので飲む際は二段目で沸かしたお湯で薄めて飲む。
 ダフネル家からの物資を受け取るまでは山の恵みも最大限に活用すべしと言うことで皆、積極的に狩に行っていた。基本的には鳥と鹿、それに猪だが薬の材料にも食材にもなるので冬眠しそびれた熊は皆が密かに狙っている。そんな中、ベレトが冬眠している蜜蜂の巣を見つけて持ち帰ってきた。何故そんなことをローレンツが知っているかというと修道院の敷地内で恐慌状態になって巣から飛び出してきた蜂の群れに出くわし、ファイアーで仕留めたからだ。手伝いをしてくれたお礼に、と小さな瓶だがベレトからひと瓶貰っている。今晩クロードに振る舞っている紅茶にもその蜂蜜が入っていた。
「お、甘い。これ先生とメルセデスが割った巣から取ったやつか?」
「ファーガス出身の者は皆、野趣に溢れている」
 益虫といえどもローレンツは虫の群れを注視したくない。だが修道士を目指していたメルセデスは修道院は養蜂もやるから、と言って平気で巣の中をいじっていた。人は見た目によらない。
「いや、大助かりだよな。皆それぞれ事情もあるだろうに来てくれたのはやっぱりあの縦走かな?」
「そうだな、あんな体験をしたらやはり皆に会いたくなるだろう。僕も青獅子の者たちと会えて嬉しかった」
「気分転換に顔を見にきただけの連中も多そうだが俺に巻き込まれて気の毒なことだ」
「だが皆、手詰まりだと思っていたのだろう」
 ファーガスの者たちはディミトリが見つからない限りフェルディア奪還への決め手に欠ける。フェルディナントはいつどんな難癖をつけられて処断されるか分からない。ドロテアは歌劇団の疎開に協力し地方の現状を見ていくうちにエーデルガルトにはついていけない、と感じたらしい。
「今日訓練のついでに話してみたんだが、ペトラはブリギットとの条約改正より戦争を優先させたエーデルガルトに失望したらしい」
「軽んじられたように感じたのかもしれない」
 ドロテアとペトラがエーデルガルトのお気に入り、という点においてはクロードとローレンツの記憶が珍しく一致していたので二人ともガルグ=マクで彼女たちを見た時にはかなり驚いた。
「フェルディナントたちに千年祭の約束について連絡したのはローレンツだよな?」
「グロスタール家は親帝国派なのでね」
 縦走中にこの有りさまでは五年後の約束はどうなるのか、という話を散々したので青獅子の者たちにはわざわざ伝えずとも知られている。
「縦走のおかげで縁故関係は前回の人生より遥かに広がった。でも縦走が実行できたのは〝きょうだい〟のおかげだ」
 籠城を視野に入れていたかもしれないセイロス騎士団から逃避行用の物資を分けて貰うため、青獅子の者たちだけでなくペトラやドロテア、それにフェルディナントにも名義を金鹿の学級に貸して欲しい、と言って頭を下げていた。ベレトのあの姿に皆、絆されているのは確かだろう。
「立場が僕の知る青獅子の者たちと入れ替わっている。君がここでの同窓会を強行したからかもしれない」
「ガルグ=マクと〝きょうだい〟どちらが鍵なんだろうな」
 その考えは危険だ、とローレンツの心の奥から声がした。もしベレトから選ばれることだけが鍵であったなら今までのクロードの努力もローレンツの努力も全て無意味であった、ということになる。ローレンツは思わず、空にした白磁の茶器を受け皿に戻す際にがちゃりと大きな音を立ててしまった。
「失礼。クロード、それは今答えを出す必要がある問いなのか?」
 自分が何を言ったのか理解したクロードが首を小さく横に振る。問が正しいとするならば、クロードもローレンツも全ての責任から解放される代わりに主体性が消失してしまう。
「ないな。お前が作法を忘れてしまうような異常なことを言って申し訳ない」
「明日にはアリルに向けて進軍開始だ。とにかく暑いらしいから手巾を沢山持って行かねばな」
 ローレンツの下手な冗談を聞いてクロードが笑ったところでその晩はお開きとなった。



 ベレトの背に浮かぶ炎の紋章を軍旗に掲げ、クロードたちは進軍を開始した。アリルに近づくにつれてファーガス出身者たちの冬山での頼もしさは溶けて消えていってしまったらしい。皆、口々に暑い暑いと言って頭を抱えている。あの時と立場が逆転したかのようだ。
 クロードは比較的暑さに強いこともあり、前の人生では知る由もなかったアリルにまつわる伝説に少しだけ心が躍っていた。マリアンヌが語ってくれた女神の怒りの話はパルミラで信仰の対象となっている精霊と似通っていて実に興味深い。力はあるのに感情に振り回されて失敗してしまうのだ。
 聖典に記されたセイロス教の女神をクロードは機構のように感じている。神々というのは皆、凡百の人間などより遥かに優れた力を持っているがその分、気まぐれで恐ろしい存在であり、祟られぬように平伏して懇願する対象だと思っていた。だがセイロス教の女神にはこれといった欠点がない。もしかしたら聖典に記す際に、そう言った要素を消してしまったのだろうか。誰が何故そんなことをしたのだろうか。
「慈悲深いはずの女神様が、森を、大地を焼き払ったってのか?」
「あくまで、この地域の伝承です。聖典にも記されてはいませんし……」
「じゃあきっと誰かの創作なんだろう。でなきゃ、女神様はまるで化け物……」
 だがガルグ=マクでクロードが遭遇した白きものは化け物、としか言いようがなかった。炎を吐く生き物は生き物なのだろうか。生き物と化け物の違いとは何なのだろうか。
「クロード、お喋りの時間は終わりだ。あそこを見たまえ」
 ローべ家の軍旗を掲げる軍団が頭上に展開していた。つい数年前までファーガスは東西ひとつの国だった。西にあるファーガス公国の者を完全に排除しようとすれば自然と東部の王制派諸侯まで排除せざるを得ない。血縁で繋がっているからだ。こちらの動きを察知した密偵はそこを突いたのだろう。公国への嫌悪感はファーガス出身者たちの方が強く、皆不機嫌そうな顔をしていた。
「イングリット、上空からの偵察を手伝ってくれ」
 飛行職であれば足元の溶岩を気にせず移動が出来る。額から流れ落ちる汗を拭いながら承諾してくれたイングリットが天馬の手綱を引くとその勢いで抜けた羽根がはらはらと落ちた。羽根が足元の溶岩に触れた瞬間、音を立てて消滅する。
 馬も慎重に操らねば火傷させてしまう。ローレンツもシルヴァンもフェルディナントも馬が歩行可能な場所を慎重に選んで歩みを進めていた。そこへ様子を伺い終え、血相を変えたイングリットがやってきてシルヴァンと何事かを話している。クロードがいるところからは彼らが何を話しているのか全く聞き取れないが、ローレンツがベレトの方へ向かっていくのがクロードにも見えた。ベレトの動向も気になるがクロードは早くジュディッドたちと合流せねばならない。二手に分かれるという当初の作戦どおり進軍していくしかなかった。
 敵に弓兵が多く撃ち落とされないように距離を取っているとクロードは自然にイングリットに近寄ることになる。汗だくの彼女は逸る気持ちを抑えるかのように唇を噛み締めていた。手綱をとる手も心なしか震えている。
「よう、さっきあっちで何があったんだ?ローレンツは〝きょうだい〟に何を伝えに行ったんだ?」
「敵軍の中にアッシュがいたのです……!」
 絞り出すような声でイングリットが王国西部の事情を話してくれた。知らず知らずのうちに、民草の心の支えである西方教会が帝国の尖兵となっていた影響は拭いきれていない。彼らが乱した政情が安定しない為、アッシュは領民と公国に鞍替えしたローべ伯の板挟みになっている。
「生け捕りに出来たら説得できるか?」
 意地を張ってつっかかってこられたらこちらとしても生き残るためにアッシュを攻撃せねばならない。同じ弓兵であるクロードは彼の実力もよく分かっていた。
「説得というかその……身代金を払ってくれるような身内が彼にはもういないので名分も立つと思います」
 捕虜になったら命を守るための行動が求められる。捕まえられたら生き延びるために言うことを聞くしかない。これがローレンツがかつてミルディン大橋で降伏出来なかった理由だ。嫡子である彼が捕縛され、グロスタール家が身代金の支払ったり彼本人が王国軍の一員となって生き長らえた場合、帝国への利敵行為であると看做されてしまう可能性が高い。そして自分のせいで領地や一族が危険に晒されても捕虜の身では手も足も出せないのだ。
「なんだ、俺たちにとっちゃ都合がいい話だがローべ伯は薄情だな。アッシュに命を賭けさせたくせに」
 皆の話を聞きたいと常に願っていたベレトなので、きっと上手く取り計らってくれるだろう。クロードは少し上昇して前方の様子を伺った。ベレトはアッシュとの距離を詰めつつある。
「私は先生を信じます」
「そうだな。そろそろ露払いも終わった頃だし、前進するか。俺はラファエルと行くよ」
「では私は先生の立てた作戦どおりレオニーと共に前進します」
 誰が何をやっているのか全て分かるほど狭い戦場ではないが、ベレトが何をするのか全て分かっていたのでクロードに不安はなかった。畳む