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雑多です。

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#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
ファイアーエムブレム風花雪月無双青燐ルート準拠のクロヒル+ロレマリ小説です。
1.

 フォドラという柵に囲われた羊の群れに花火を投げ込んだらどうなるだろうか。良き羊飼いであることを望まれ、柵の中に招き入れられたクロードは己の血をどう扱うべきか迷っている。ある者はクロードに流れる血を羊を喰らう狼の血と言うだろう。
 将来、共に領地を治める同世代の貴族たちと信頼関係を構築するためクロードは士官学校へ行くよう祖父のオズワルドから言われた。パルミラには法学校と兵学校がある。だが、どちらも平民や下級貴族の子がのしあがるための施設なので王族とは関係ない。クロードは最初、集団生活に乗り気ではなかった。
「世間は偉大な書物だ。お前は本が好きなのだからまずは学校で読んでくると良い。それに運が良ければ将来の妻と出会えるかもしれないぞ」
「でも平民の女生徒だっているんだろ?」
「お前の子を産んでくれるなら身分は問わない」
 祖父は寂しいのだ。クロードを首飾りの向こうから呼んだのも顔も見たことがない叔父一家が事故で亡くなったからだ。子供は育て上げらるなら多ければ多いほどいい。頭数が揃い、縁談に使えるからだ。
 だがクロードの子はパルミラ王の血を引くことになる。ティアナは自分の故郷へ向かう我が子へ祖父がなんと言おうと勝手に結婚するな、子供を作るな、ときつく命じた。その件について既に申し出てあるのだが祖父は鼻で笑う。
 おそらく、そういったことの積み重ねの果てにクロードの母はパルミラの王子であった父の手を取ったのだ。

 遠目に見ても所在が分かるように、と言う理由なのかクロードはガルグ=マクでは肩から黄色い布をかけることになった。ディミトリは王子としてエーデルガルトは皇女として一身に学生たちの視線を集めている。だが金鹿の学級では事情が違った。視線は二手に分かれていてクロードだけでなくヒルダにも向いている。
 薄紅色の髪と瞳をした彼女はかの有名なホルストの妹だ。ホルストの勇名は首飾りの東側、パルミラの王都にも伝わっている。刀で建物を真っ二つに切ったなど虚実が混ざったものではあるが。
 そんなヒルダとクロードが言葉を交わしたのは入学して最初の自己紹介の時だ。ヒルダはその時から、後宮育ちのクロードから見ても頭のてっぺんからつま先まで完璧に仕上がっていた。後宮には一族の運命と威信を背負ってこんな風に戦わされる娘が掃いて捨てるほど存在する。
 だがゴネリル、の名を聞いて騒めく学生たちを見たヒルダは一瞬だけ表情を曇らせた。そのことに気づいたのは進行役をしていたクロードだけかもしれない。
「俺は残念ながらまだホルストさんと直に会ったことがないんだよな。ヒルダ、両親と名字以外に兄さんとここが似てる、なんてとこあるか?」
 パルミラの王都で後宮に入る娘なら高らかにここで一族について語り始める。
「私と兄さんは髪と瞳の色と名字以外ぜーんぜん違うの!両親が同じだって信じられないくらいよ!」
 だがそう言ってヒルダは朗らかに笑ったのだ。
 確かにクロードは世間を知らない。そして、あれこそが本物の笑顔だ、とクロードはその時確信した。



 ガルグ=マクに来て分かったことがある。秘密があるのはクロードだけではない。ディミトリにもマリアンヌにもリシテアにも秘密がある。秘密があるのは学生だけではない。このガルグ=マク修道院自体が非常に謎めいた場所で、大司教レアも補佐であるセテスも何かを隠している。極め付けが先日の野営訓練でクロードたちの命を救ってくれたシェズだ。彼女は何もないところから剣を生み出し、双剣を振るうと風体が変わる。自分の力の正体がさっぱり分からないのだという。
「剣はね、命の危険を感じないと出てこないのよ」
「任意で出せたら便利だよなあ」
 彼女は己が抱える謎に戸惑ってはいるが病的な悩み方をしていない。そこがマリアンヌや深夜の徘徊時によく姿を見かけるディミトリとの違いだ。
 ディミトリもエーデルガルトも従者付きでここガルグ=マクに入学している。ドゥドゥもヒューベルトもそれぞれ、主人に危険を及ぼさない存在かどうかシェズを気にしていた。彼らの慌てぶりからしてもシェズの力の源や原理はどこか怪しいのだろう。彼女が青獅子の学級を選んだのは正解だ。黒鷲の学級に行けばヒューベルトが金鹿の学級に来ればクロードが徹底的に調べただろう。
 一方でそんなどこか危うい場の雰囲気に全く呑まれていない者たちがいる。その筆頭であるローレンツとヒルダはそれぞれマリアンヌにご執心だった。勿論クロードも彼女の秘密には興味がある。だがひたすら心を配り、何かを待っている彼らはクロードと違ってそんなことを気にしていない。
 今日もマリアンヌは向かいにローレンツ、隣にヒルダという布陣で食事をしている。しかし視点を変えればローレンツが二人を独占しているようにも見える。それが何となく気に食わなかったクロードはローレンツの隣、つまりヒルダの向かいにゴーティエチーズグラタンをのせた盆を置いた。
「ここ、良いか?」
「何だ、クロードか」
「うん、いいよクロードくん」
 マリアンヌは固まってしまったが、向かいのヒルダが了承したならローレンツはもうクロードが隣に座ることを断れない。
「ここの食堂はフォドラ中の料理が食べられるのがすごいよな」
 実はこんな風に食事を自分で運んだこともなかったし、友人と会話を楽しみながら食事をするのも初めてだ。祖父オズワルドが言っていた通り、確かに世間は偉大な書物なのかもしれない。
「確かにそうだな」
 珍しくクロードの言葉に反論しなかったローレンツの目の前にはダフネルシチューがある。ダフネルはレスター諸侯同盟に属しているがそれでも他領の料理だ。彼からすれば大冒険なのかもしれない。
「ほんとほんと!私ファーガス行ったことないからゴーティエチーズグラタンってガルグ=マクで初めて食べたけどとっても美味しいよね!」
 ヒルダもローレンツも他学級に友人がいる。他国出身の学友と共に生活し他国の食を味わうことによって国は違えどセイロス教徒同士仲良くしろ、という中央教会の意図を感じる。だが、クロードの母国であるパルミラは枠の外だ。まるで真昼の月のようだ。畳む
#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
2.

 パルミラの歴史は隣国から厭われ恐れられる歴史だ。頭ではそう理解していたつもりでもいざ体感してみると顔を覆いたくなってしまう。ホルストが何故あんなに学生たちから人気があるのかクロードにも理解出来てしまった。フォドラの首飾りにいる兵たちはここ百年、常に外敵に備えている。古強者が集う要塞ではあのローレンツすら緊張していた。
 戦争は始める前の下準備で概ね勝敗が決まる。諸侯から提供された物資の分配は速やかに行われるべきだが同時に間違いがあってはならない。一昼夜かかるこの作業が終わればクロードたちは援兵として配備につく。
 作業の邪魔にならないように、と言うわけで学生たちは大広間に集められていた。その大広間の中でヒルダは寛ぎきっている。壁の東側に大軍が展開しているというのに呑気に、香油の調合をしていた。手つきを見るにどうやら移液管の扱いには慣れているらしい。
「余裕だな」
「だってここが私の故郷だもの。生え抜きの人たちはみーんな私どころか兄さんがよちよち歩きだった頃のことまで覚えてるのよ?」
 手先が器用なのだろう。クロードから話しかけられていても視線は手元に集中し、香り付けの精油をこぼすこともない。彼女の周りには香油入りの小さな瓶がたくさん並んでいる。
「茴香(ウイキョウ)が結構きつくないか?」
 クロードは勝手に一本拝借して香りを確かめた。全部同じ配合なのだろうか。
「うーん、今はそう感じるかも 」
「そうか、使うのは平時じゃないのか……」
「血の匂いで鼻がおかしくなると、これくらい強くないと分かんなくなるんだよね」
 ヒルダは怒るでもなく、何でもないことのようにクロードに意見を伝えて髪をかきあげた。柑橘系の甘い香りがあたりを漂う。今作っているものとは調合が違うらしい。
 可憐で、怠け者を自称していても彼女は最前線の子供だったのだ。クロードも後宮でなんとか生き延びてきたが、ヒルダにもヒルダなりの苦労がある。
「奥が深いもんだなあ。なあ、これ俺にもくれないか?」
「そんな顔しておねだりしても、これは女性物だから駄目。クロードくんたちには別のを後で作ってあげる。楽しみにしててね」
「後でとお化けは出ないもんだぜ?」
「本当にね。あーあ、お化けでもいいからこれ嗅がせてあげたいな」
 そっと手が伸びてきてクロードから小さな瓶を取り上げた。指先まで白いその手は英雄の遺産、フライクーゲルを振るうことができる。ヒルダのような若い娘はこれまでクロード、いや、カリードの周りにはいなかった。
 母ティアナは気質だけならリシテアに似ている。見た目は全く似ていないが、二人とも真面目で繊細でいちいち傷つく。だが怒り続けるだけの力強さがある。だから父の手を取り首飾りを越え、パルミラに渡ったのだ。救われない思いを抱える人々は新天地やそこで生まれた子供に縋る。美しい物語の主人公としては正しいのだろう。
───だがクロードはまだ自分の出生に納得できていない。



 あのホルストが救援を要請したのも納得できるような大軍が首飾りの近辺に陣を敷いていた。彼らを諦めさせることが目標だがそれでも激戦が予想される。人間同士が殺意を持って直接ぶつかり合う戦場で、名もなき兵士たちが縋るのは回復魔法が使える修道士だ。効率化を求めると人間は人間味を失っていき、戦場では修道士と伝令兵は敵から真っ先に狙われる。クロードはローレンツを修道士の資格を持つマリアンヌの副官に指名していた。
 他の者には恐縮するばかりなのだが彼女はローレンツが相手の時は感情を露わにする。ローレンツ自身は己の美徳や魅力がそうさせるのだ、と思い込んでいるが第三者から見れば彼の個性に耐えかねた、が正しい。当たり前だがマリアンヌの内にも様々な思いが渦巻いている。不自然なまでに殻にこもっているよりずっといい、とクロードは思う。
 日が暮れると戦闘は強制的に終了する。暗くなってしまえば射手はまさに打つ手がない。兵種の都合で早く撤収できたクロードは竜舎から飛竜を一頭拝借し、砦の外に向かった。撤収してくる兵を直接労いたかった───飛竜の件で苦言を呈されたらそう言い訳をするつもりでいる。
 本陣の奥の奥、今はまだ自国の兵に向けてしか掲げられていない遠征軍総大将の軍旗を確かめたかった。あの大軍を用意したのは誰なのか、クロードにしか本当のところがわからない。眼下にいる兵たちを大声で労いながら飛竜の手綱を操り、その場をさり気なく離れる頃合いをうかがっていた。 
「クロード!何をしている!早く戻れ!」
 だがクロードは地上からよく通る声で話しかけられた。なんとローレンツにはあの過酷な一日を終えてもなお、他人を怒る元気が残っているらしい。
「よう、ローレンツにマリアンヌ、生きててくれて嬉しいぜ」
 近接戦闘をしないクロードと違って二人の服は他人の血で黒く汚れている。ローレンツが浴びたのは返り血でマリアンヌの服についているのは怪我人の血だ。二人ともヒルダが調合してくれた香油は使っているのだろうか。
「当たり前だ。僕もマリアンヌさんもこの後、爵位を継ぐのだからな!」
 爵位を継ぐ、というローレンツの言葉を耳にしたマリアンヌは眉間に皺を寄せた。どんな感情であれ、彼女の場合は露わにした方がいい。
「大事な身の上なら早く戻ればいいのに」
「僕は貴族だぞ?平民を先に安全な場所へ逃すにきまっている!それに後備えは武人の誉れだ!」
 ローレンツは手にした槍の柄で地面を突いた。賛同している時も異議を唱えたい時も槍兵はあんな風に地面を突く。全ては文脈次第なのだ。
 クロードは素朴さと無知で己の正当性を示すようなやり口を好かない。それに双眼鏡と活版印刷を禁じるセイロス教の教えも馬鹿馬鹿しいと思っている。だがフォドラを迷信の徒と見下すパルミラの者たちと最後の最後まで戦場に残り、撤退する兵たちを守る後備えを喜んで務めているローレンツ、どちらの人間性が優れているのか。答えは口に出すまでもない。畳む
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3.

 一年間クロードたちに与えられるはずだった猶予は数節で終わってしまった。エーデルガルトが何を考えていたのかクロードには全くわからない。クロードが打った手のせいで本宅のあるエドギアどころか、自領にすら戻れなくなったローレンツは不本意ながらクロードと行動を共にしている。
 クロードは最初、帝国軍の通行を妨害するためミルディン大橋を完全に破壊するつもりだった。橋の再建はどうしても北上したい帝国にやらせれば良い。シャハドは雪辱の機会を狙っているだろう。二正面作戦を避けるためにも南側にアミッド大河という蓋が欲しい。
 円卓会議でそう発言すると四人の諸侯たちは全員強く反対した。そんなことをされるくらいなら、と言うわけでグロスタール伯もコーデリア伯も偽りの臣従作戦に参加している。何も知らないのはローレンツだけだ。
 だが教えてやりたくとも息子には何一つ知らせないまま事態を進めること、それが破られるならこの企みに乗ることは不可能だ、とグロスタール伯エルヴィンから言われている。彼が親帝国派として積んできた実績なしにこの作戦は成功しない。
 ゴネリル公は国境から動けずグロスタール伯とコーデリア伯は帝国に恭順している。円卓会議を開きたくとも自由に動けるのはエドマンド辺境伯とクロードだけだ。多忙なエドマンド辺境伯があまりデアドラに顔を出さないため、軍議や書類仕事に追われていてもある面では気楽に過ごしている。
「そろそろご婦人方は戻った方がいい」
 窓の外を見たローレンツが皆の注目を集めるため手を叩いて言った。彼は身体も声も態度も手を叩く音も大きい。
「ローレンツ、一応ここは俺の屋敷なんだが」
 だがローレンツが言う通り独身の男女が遅くまで一つ屋根の下にいるわけにいかない。教員たちに管理されていたガルグ=マクとは違うのだ。
「あぁ、もう日が暮れて……なんだか空がシェズさんやローレンツさんの瞳のよう……」
 榛色の瞳が窓の外を見つめている。薄暮の空は紫に染まっていた。つられたレオニーやイグナーツが夕暮れを眺めている中、ローレンツはマリアンヌをじっと見つめている。
 マリアンヌがローレンツを避けなくなったのはガルグ=マクにいた頃と違って彼が自重しているからだろう。学生の頃なら僕の名を最初に挙げてほしい、と嘆いたはずだ。
「私、デアドラでお買い物するのも好きだけど、ここの夕暮れも大好きなの」
 ヒルダが指差す先には街の灯が広がっている。少し離れたところにあるのは灯台だろう。
「どこで見たって綺麗なもんだと思うが……」
「ローレンツくん、フェルディアもこんな感じ?」
「ああ、確かにフェルディアも街の灯と暮れる夕陽が引き立てあう」
 王都育ちのクロードはガルグ=マクのように自然物が人の営為を圧倒する方が例外だと思っていた。
「なるほど、確かに街の灯が宝石をばら撒いたみたいだもんな」
 だが皆の反応を見るに大都会こそが例外なのだ。この宝物を帝国に奪われるわけにはいかない。



 ミルディン大橋を占拠した帝国軍はそのまま同盟領を北上していた。デアドラまで自由に移動できるようになったら海からダフネルやフラルダリウス領を攻め、挟み撃ちにする予定だったのだろう。沿岸部を抑えられた、となれば更に帝国になびく諸侯が増える。
 戦わずに組み込むことのできる地域が増えればそれに越したことはない。だがレスター諸侯同盟にはレスター諸侯同盟なりの思惑がある。
「あの時の父上はエドギアに居ながらにして魔道学院にいた僕よりフェルディアの情勢を把握していた」
 デアドラ防衛の成功して初めて今回の仕掛けについて明かされたローレンツはクロードを殴り倒しそうなほど怒っていた。だが今は冷静さを取り戻している。グロスタール伯は物資が帝国本土からミルディン大橋を経由して運ばれていく様子を監視していたのだ。そうすればレスターに攻め込んだ部隊がどこまでなら進軍可能なのか計算できる。エルヴィンはそれに加えて大橋を再び占拠するための部隊が派遣されなくなる、その時を我慢強く待っていた。罠に蓋をし終えたクロードたちは彼らを南へと追い立てていく。
「思えばフェルディナントも気の毒だよな」
「お父上が蟄居中だ。汚名を雪ごうと思ったのだろう」
 ローレンツが薪にファイアーで火をつけた。前哨基地の夜は風を遮るものがないので冷え込むのだ。皆と共にマリアンヌが火にあたりながら、クロードとローレンツの会話を聞いて神妙な顔で頷いている。二人が言う通りフェルディナントは物資が乏しくなっていく中、敵の設定した経路を辿って撤退せねばならない。絶望的な行軍となれば脱走兵も出るだろう。
「あの……あまり彼らを追い詰めると野盗になりかねないので……」
 地縁がない土地で生きていくためにそこまで身を落とす者が出ても不思議ではない。
「マリアンヌさんは実に冷静だ!」
 ローレンツは素早くマリアンヌの方を向いて彼女を讃えた。勢いが強く大袈裟な態度を見てヒルダは笑いを噛み殺している。
「全滅させることが目的ではないのだから見誤るなよ、クロード」
 マリアンヌを褒め終わるとローレンツは正反対の表情と声音でクロードに釘をさした。グロスタール家の者たちは百年間隣人とうまくやってきたのに何故こんなことになってしまったのだろうか。クロードですらそう感じた。
「早々にお帰りいただくだけさ。ローレンツも明日には自領だな」
 現在クロードたちは帝国軍を追い立て南下している最中で、明日にはグロスタール領の北西部に入る。
「ああ、エドギアの館に皆を招けないのが残念だ」
「ローレンツくん優しいね〜!クロードくんのこともお家に入れてあげるの?」
 しばらくの間、本当に険悪だったクロードたちをなんとか和解させるため戯けてくれたヒルダこそが真に優しいのだ。
「当然だとも。入れてやらねばクロードが父上に頭を下げるところが見られないからね」
「反省文も付けておくよ」
 だからクロードもローレンツもヒルダの意を汲んで戯けるのだ。畳む
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#ロレマリ
4.

───ヒルダさん、そちらの皆さんもお元気でしょうか?私は今のところ特に問題もなく、ディミトリさんたちと行動を共にしています。彼らの要望で前線に加わることになったのは正直言って意外でした。と言うのもクロードさんがディミトリさんから信頼される、と私は考えていなかったからです。
 やはりミルディンでグロスタール家がどんな目にあったのか彼らは知っていました。それでも、私どもとの合流を望んだのはやはりこれまでの内戦の影響があるのでしょう。
 正確な居場所を今、書くわけにいきませんので省かせていただきますがファーガスはやはり寒いです。私は北の沿岸地方出身なので慣れているつもりでしたが、他の御三方と火に当たってばかりいます。僅か数節とはいえガルグ=マクで共に机を並べていた方たちがレスター出身の私たちを気遣ってくれることがありがたいです。
 特にシェズさんが気にかけてくれるので助かっています。私は彼女がファーガス出身と思いこんでいましたが、実はコーデリア出身だそうです。だから私たちを特に気にかけてくれるのかもしれません。今、シェズさんは孤児であった彼女を引き取り、養母となった方についてアッシュさんと二人で調べています。近いうちにリシテアさんの力をお借りすることがあるかもしれません。
 シェズさんは朗らかでディミトリさんにも全く動じません。義父も彼女のような朗らかで強い人を養女にするべきでした。私が多少強くなったところで皆さんの方が遥かに強く眩しいのは変わりませんが……。
 しかしローレンツさんはそう思わないようです。変わっていく世界に対応し、私と共にありたいと言ってきます。爵位を継いだ彼はあんなことがあったというのに驚くほど前向きです。
 人は変わることが出来る、と言いますがそれは裏を返せば変わってしまうこともある、と言うことです。しかし共に戦い続けるうちにローレンツさんが何故あの実直さや清廉さを未だに維持できているのか、がわかるのかもしれません───



 毎日途切れることなくミルディンには人と物が流れ込んでくる。補給路が確立され、機能している証拠だ。フェルディアでディミトリや大司教であるレアと会談してきたクロードの印象に最も残ったのは寒さだった。あの気候とスレンの存在が彼らの全てに影響を及ぼす。力が強いか我慢強くなければ生きていけない。そんな彼らからすればレスターの者はあらゆる意味で堪え性がない。
 ファーガスから届いた手紙を受け取ったヒルダの嬉しそうな顔が見られたから、ではないがクロードに言わせればそんなことは我慢する必要がないのだ。クロードは王国の美徳とはかけ離れているのを承知で、エドマンド家の力を借りてローレンツたちにはたっぷりと物資を持たせている。
 個の力でディミトリとエーデルガルトに勝てる者はレスターには存在しない。教会に祝福された王家や皇家の者はそこからして違うのだろう。だが、だからと言ってクロードは彼らに首を垂れて跪こうとは思わない。クロードにしても誰かに跪きたくない、と考えた者の末裔だからだ。弱兵を勝たせるには兵站を完璧にするしかない。

 ミルディンでの軍議には前グロスタール伯にしてローレンツの父、エルヴィンが参加することが多い。エルヴィンは意見を言う立場にない、と言う建前を必ず守るのだがローレンツそっくりな彼が居るとクロードはなんだか不思議な気持ちになる。
「倅からの手紙が届いたのでね」
 エルヴィンはローレンツたちがどうしているのかクロードたちに教えてくれた。親子間の手紙といえども彼らの場合は報告書を兼ねた、限りなく公的な書類に近いものだがやはり書き手の想いはこもっている。
 大橋失陥に関わりのあったグロスタール家と縁がある者たちが王国の西部戦線に派遣されたのは盟主による罰だ、という噂がある。確かに遠征費がかさみ戦闘は激しい。盟主は迅速に決断を下し、責任を取るのが仕事だ。今は戦時下なので油断ならない非情な人物と思われた方が有利だった。




───マリアンヌちゃん、お手紙ありがとう。元気そうなのは良かったけれど、そんな感じだとクロードくん絡みで妙な疑いが持たれていそうで心配になっちゃった。私からはクロードくんはおかしなことを企んでいないように見えるよ。
 クロードくんはその辺りの信用がないから困っちゃうね。マリアンヌちゃんもローレンツくんもイグナーツくんもラファエルくんも誰かを騙したり出来るような人ではないからこそファーガスに派遣された、と私は思ってるんだけどなー。でもディミトリくんは王様だし、王様には王様の代わりに周りを疑う人がどうしても必要だから仕方ないのかな。
 ミルディンの辺りは本当なら帝国で売るはずだった商品を持て余している商人がいるからちょっとした差し入れを買いました。これからしばらくお買い物ができそうにないから楽しかった!邪魔にならない物にしたつもりだけどどうだったかな?皆の様子を教えてね!
 私たちはこれからクロードくんの考えた「多頭の蛇」という策を取ることになりました。すっごく嫌な名前でしょ?でもそんな怖い話でもないの。ただ、マリアンヌちゃんが前哨基地の場所を書けなかったのと同じく、私も作戦の詳細については書けません。書くのも面倒だしね!でも上手くいくといいな。
 フェルディアから帰ってきたクロードくんからも聞いていたけれど、やっぱりファーガスはすごく寒いのね。そこら中で雪が積もったり水が凍ったりするのかしら。火に当たりながら皆でどんな話をしてるの?
 私はクロードくんから白いラクダの話を聞いて、感動して泣いちゃったの。どんな話かマリアンヌちゃんにも教えてあげたいけれどあれはクロードくんの語り口も重要だと思うからこっちに戻ってきたら直接、話してもらった方がいいかもしれない!
 その時にはローレンツくんから褒められた手巾をたくさん用意しておくといいんじゃないかな?私もあの手巾はとっても素敵だと思うし───



 ゴネリル家の使者がヒルダからの差し入れを持参してローレンツたちのいる前哨基地にやってきた。ラファエルには干し肉、イグナーツにはファーガスにまつわる古書、ローレンツには茶葉、マリアンヌには菓子、と大荷物を抱えた使者はシェズに荷を検められたらしい。
「寒いからこちらで火に当たりたまえ。これからゴネリルに戻るのだろうか?」
「いや本当に耐え難い寒さで……早くヒルダ様の元に戻らねば体調を崩してしまいそうです」
 使者と共に火に当たりながらふと問うてしまったがヒルダがどこにいるのか、彼は口に出せない。
「閣下、ありがとうございます」
 ゴネリル家の使者はうまいことローレンツの失言を聞き流してくれた。レスターにはレスターの都合がある。ファーガスの者たちに囲まれた場所で東部の部隊がどこに展開しているのか具体的に言うわけにはいかない。他の者がそれぞれ礼状を書きに行ってくれたのでローレンツは彼らの前では恥をかかずに済んだ。
「いや、これからも忠勤に励むと良い。身軽なまま戻りたいだろうが礼状を託したいので発つ前に僕に声をかけてくれたまえ」
 ヒルダからローレンツたちの元へ使わされた彼はまだ長旅が続く。ローレンツが長旅を労い、皆の分も足した幾許かの駄賃をやると使者は大袈裟に礼を言った。しかしマリアンヌのあんな笑顔はヒルダにしか引き出せない。
 マリアンヌとエドマンド辺境伯の双方から出過ぎた真似を、と嫌われる可能性があるのは分かった上で辺境伯に直談判した方がいいかもしれない、とローレンツが思ってしまったほどに彼女は塞ぎ込んでいた。塞ぎ込んでいてもあんなに美しいのだから笑えばもっと美しいだろう。
 残念ながらローレンツには叶わなかったがヒルダの手紙、と聞いて微笑んだマリアンヌは予想通りの美しさだった。ガルグ=マクにいた頃なら彼女を讃える詩を作っていたかもしれない。
 だからつい、イグナーツたちを理由に駄賃を弾んでしまったのだ。彼はヒルダの元に戻る道中で酒に困ることはないだろう。畳む
#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
5.

───ヒルダさん、差し入れをありがとうございました。先日、義父からの手紙を受け取りました。返事を書かねばならないのですが多忙を理由にまだ書いていません。とにかく、それでようやくクロードさんの意図が分かったような気がしました。
 それとヒルダさんがお尋ねの件について紙面に余裕があるうちに書いてしまいます。ラファエルさんは干し肉が大層気に入ったのかすぐに食べ切ってしまいました。イグナーツさんは休憩のたびにヒルダさんが贈った本を開いています。きっとこれから何度も読む、生涯お気に入りの本になることでしょう。ローレンツさんは茶葉が痛まないうちに飲み切ってしまいたい、とのことでしょっちゅう私どもにお茶をふるまって下さいます。
 何でもお父上が携行用の小さな茶器を一揃え持たせて下さったそうです。行軍用の銅の器で飲む時と味が違うのは私が自分のために適当に淹れるかローレンツさんが本気で淹れるか、の違いだと思われます。
 ヒルダさんからいただいたお菓子は生地に練り込まれた香ばしい木の実がとても美味しくて、ローレンツさんも気に入ったようでした。私もお礼の品を何か見繕って贈りたいのですが、残念ながら今いる土地はかなり荒廃しています。おそらくヒルダさんが今いらっしゃるところも同じではないでしょうか?
 理屈の上では飲み込めても心が納得し難い、というのがファーガスに派遣された私どもの当初の心境でしたが今は違います。後日、経路をお教えすれば私どもの心変わりの理由がお分かりになることでしょう。一刻も早くこんな事態を引き起こしている者たちを止め、可能であればその理由を突き止めねばなりません。
 行く先々で目にした惨状を上書きするためか皆、好んで遠乗りをするようになりました。皆さん口下手な私のことを慮って色々と話しかけてくださるのに私自身は特に話せるような面白いことがありません。きっとクロードさんなら困らないのでしょうね。
 ヒルダさんが感動したと言う白いラクダの話、私もクロードさんから直接聞いてみたくなりました。でもヒルダさんだから聞かせてくれたのかもしれません───



 クロードたちはアミッド大河を越え、ベルグリーズ領へと侵入した。フェルディアでの密約通り、あくまでも本命はガルグ=マクなので加減が難しい。だが将来的な併合を見据えるにはちょうど良かった。盟主の直轄領にするかグロスタール領としてしまうか、考えねばならないことはいくらでもあった。
 カスパルの父が治めるベルグリーズ領は西部と比べればまだ、荒廃していないらしい。だがクロードがこちらに残した三人は毎日顔を顰めている。エーデルガルト、もしくは彼女の名を騙る者たちの意図が全く分からない。
「どこも南や西から逃げてきた人でいっぱいだね、クロードくん……」
 流民の溜まり場でクロードたちは聞き取り調査をしていた。紛れ込む良からぬ者たちが命を狙えばヒルダの斧で一刀両断されるだろう。護衛を頼むとヒルダは働きすぎないように見ててあげる、と言ってついて来てくれた。彼女が軽々と振り回す禍々しい斧と愛らしい佇まいの格差は激しい。クロードは安心して背中を預けられる人がいる幸せをフォドラで初めて知った。それだけでも首飾りを越えた甲斐はあると思う。
「出来れば故郷を離れたくなかっただろうな……」
 自分でも眉間に皺が寄っているのがわかる。レスターは豊かな土地なのでクロードはディミトリほど追い詰められていない。だが故郷や生計の手段を奪われた者たちの生活をどう保証するのか、はどの為政者も皆、深く悩むだろう。
 リシテアもアランデル領から逃げ出してきた者たちの話を熱心に聞いている。不届き者が小柄な彼女に何かしないよう帯剣したままのレオニーが目を光らせていた。
「やはり皆、怪しげな魔道士たちの姿を見ています」
 ただし見かけたのは姿だけだという。リシテアもそれ以上の具体的な証言は期待していないようだった。彼らにとって都合が悪い何かを見てしまった者はおそらく、もう生きていないだろう。ローレンツと気が合っていたフェルディナントは、実はリシテアに親切だったというヒューベルトまだ生きているのだろうか。



───マリアンヌちゃん、そちらがどんな状態なのか、逃げてくる人たちからの聞き取りでなんとなくわかるようになりました。この戦争全体からすれば単なる気休めに過ぎないのかもしれないけれど、ディミトリくんたちが顔見知りに降伏をすすめてくれて私個人はありがたいな。バル兄が生きてることを兄さんへの手紙に書けて本当に嬉しかった!ほんの数節しか通えなかったけれど士官学校ってそういうことのためにあったと思うから。
 この調子で行けば年内に皆とどこかで会えるんだろうけど、それとは別に戦争が終わったあとデアドラで会いたいな。レオニーちゃんやラファエルくんはデアドラと縁がないけれど、それは上屋敷のある誰かが泊めてあげればいいんだもの。それに皆にも白いラクダの話は聞いてもらいたいな!
 白いラクダの話は置いておいて、近頃、人前ではクロードくんたちと当たり障りのないことだけを話すことにしてるの。どこに誰がいるか分からないから用心しようね、ってことで。
 だから安心して話すためにクロードくんを誘って二人で遠乗りに行ったんだけれど、相変わらず自分の話は全然しなくて私から話を聞き出すばっかりで参っちゃう。お陰でするつもりがなかった話をいっぱいしちゃった。平和になったら叶えたい夢の話とか自慢になるから敢えて言わなかった兄さんとの思い出話とか。
 ローレンツくんがこっちにいたらクロードくんの様子も違ったかもしれない。でもファーガスに派遣されるのがあの真面目なローレンツくんで良かったと思う。皆すっごい大活躍だよね。ファーガスから派遣されてるアネットちゃんのお父さんもほめてたよ。私だったらディミトリくんたちからあてにされなかったと思う。やっぱり家督を継がなきゃいけない皆と私は違うかなーって。
 話が繰り返しになっちゃうけどやっぱりクロードくんはもう少し周りを頼るべきだと思うから言葉が心に届くまで頑張ってみるね。頑張るなんて私の主義に反するけど、ありとあらゆることを自分だけでなんとかしようとするなんて絶対に無理だもの───



 バルタザールが王国の将として迎えられた。彼はヒルダの兄ホルストの親友だというが、質実剛健なホルストとは天と地ほどの違いがある。そしてその暮らし由来で負った借金を返すための金をエルヴィンが貸してやったらしい。
 その件を申告されて以来、バルタザールとローレンツの距離は縮まっていた。マリアンヌがベルナデッタと過ごしている時、つまりローレンツが手持ち無沙汰な時に見計らったように話しかけてくる。
「繰り返しになるが僕もクロードについて探るよう命じられていた」
「クロードのやつも俺に言われたくはないだろうが胡散臭いからな!」
 一人きりの食事も味気ない、ということでローレンツはバルタザールと昼食を共にしていた。粗野な見た目や仕草と違いバルタザールはこれまでずっとローレンツから言質を取られないよう慎重に話している。彼は確かに嫡子としての教育を受けていた。
 どんな事情があって彼はアダルブレヒト家を出たのだろうか。エルヴィンはそこを探ることを主目的としてバルタザールに金を貸してやったのかもしれない。
バルタザール自身はローレンツの内心など全く気にせずキャベツの丸煮込みを丁寧に切り分けている。こういうところに育ちが出るのだ。
「我が父ながらクロードに関しては随分と苦戦していたのだな。君を頼るなど……」
「お、そしたらローレンツ、今度はお前個人が俺のこと雇ってみないか?金さえ弾んでくれたら何でも探ってきてやるぜ」
 マリアンヌのこと、を仄めかしているのだろうか。一瞬そう思ってしまったがクロードのことに決まっている。だが、ローレンツは心の奥底に眠る欲求を見透かされたような気がした。父は元から秘密主義だったしリシテアもクロードもマリアンヌもローレンツには何も教えてくれない。
「これ以上、僕の未熟さを自覚させないでくれ」
「拗ねるなよ、皆ローレンツに嫌われたくないだけなんだぜ」
 もしそうなら絶対に自分から皆の秘密を暴くような真似はしまい、とローレンツは誓った。遠回りでも信用を得て打ち明けてくれる時を待つ方が美しい。畳む
#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
6.

───ヒルダさん、直接お会いする方が先かもしれませんが、私の身に何かあった時のためにやはり手紙を書いておくことにします。帝国はフォドラ三国の中で最も歴史が長く領土も広い国でした。しかし今後、三国の有り様は変化を迎えることでしょう。レスター出身の私どもにとって望ましくとも帝国の人々にとって耐えがたいのは明白です。
 王国軍にはアンヴァルで何があったのか把握している方は存在しません。私のみたところ、エーデルガルトさんは聡明な方でした。だからこそ帝国の方々は皆諦めきれないのでしょう。
 こちらの主だった将に戦死者がいないことが不思議なほど抵抗は激しくなってきました。私が基地にある礼拝堂で祈りを捧げられるのは、今こうしてヒルダさんに宛てた手紙が書くことができるのはローレンツさんのおかげなのです。
 敵に囲まれ命を落としそうになった私をかばった彼は重傷を負いました。そして頭を強く打ち、意識を失ってしまったのです。たまたま近くにラファエルさんがいらしたのでローレンツさんを安全な場所に連れて行くことができました。
 メルセデスさんやリンハルトさんの助けをお借りしたおかげで、ローレンツさんはもう元気にしています。全て私の失態で、消えてしまいたいとすら思ったのですが彼は意識を回復してすぐ、落ち込む私を気遣って下さったのです。
 生きたいと願うことに資格はいらない、とローレンツさんから言われた晩、私はずっと自分の天幕で泣いていました。それは今回のことだけでなく、ヒルダさんにお教えしていなかったこれまでのことが関係しています。
 人間は安心しても泣いてしまうものなのですね。流石に手紙に書き記すわけにいかないので、ゆっくりお話しできそうな時にこれまでのことを聞いていただきたいです。激戦に次ぐ激戦で命を落とす方も増えてきました。私がその一員に加わるかどうかは女神様がお決めになります。その時、ローレンツさんの言葉でどれほど救われたか書き記しておかねば後悔する。そんな気がしたのでこうして筆を取ることにしました───



 王国に派遣した部隊はへヴリング領辺りにいる頃だろうか。クロードたちはベルグリーズ領にいる帝国軍に気取られずに軍を二分し、アリルに向けて進軍せねばならない。うまく説明できないが、そろそろその辺りの事情が読まれているような気がした。
「これは拙いかもしれない」
 領主にとって何よりも大切な自領を守るための戦いにも関わらず、彼らはあまりにあっさりと撤退しようとしている。ベルグリーズ伯の部隊を本気で追撃するかどうか決めなくてはならない。
「どう拙いのか教えて!」
 フライクーゲルを手にしたヒルダがきびきびとした口調で問うてくる。兵たちはこれまでになくベルグリーズ領の奥深くに侵入できたので大いに沸いていた。突撃できてしまったことを不審に思う者は殆どいないだろう。
 心の内が外に漏れていたこと、喧騒の中でヒルダに聞き取られてしまったことにクロードは驚いた。フォドラに来て以来クロードは独り言を言わないように心がけている。パルミラ語とフォドラ語、どちらの言葉で言ってしまうか分からない。いつの間にか夢はフォドラ語で見るようになった。悪夢の舞台も王宮からフォドラに移っている。
「ベルグリーズ伯に俺たちが本気でないことがばれちまったかもしれない」
「マリアンヌちゃんたちの方に行っちゃうかもしれないってこと?」
 そう言うとヒルダは口を閉ざした。よどみなく話すべきなのに何故かクロードの舌はいつものように動いてくれない。
「いや、まだ確証がある訳じゃないんだ。帝都で見過ごせない何かがあったのかもしれないし……」
 クロードが見る悪夢の中でヒルダは二度と話しかけてくれなくなる。自分のしくじりのせいで彼女は命を失ってしまうからだ。
「マリアンヌちゃんたちならきっとベルグリーズ伯に負けないよ!」
 フライクーゲルを握りしめていた右手がクロードの背中を勢いよく叩く。勝てるよ、と言わないその冷静さが素晴らしい。
「ギュスタヴさんだって褒めてたし、それに心配なら合流地点に一番乗りすれば良いんだよ!」
 クロードは素直にヒルダを美しい、と思った。外見の問題ではない。友人たちを信頼しているその姿勢が、咄嗟に最適解を出せる賢さが、この上なく美しいと思った。



───マリアンヌちゃん、手紙読んだよ!二人が無事なこと、それと私を証人に選んでくれたことがとっても嬉しい。マリアンヌちゃんを守ってくれてありがとう、って直接ローレンツくんに言える日が早く来てくれたら良いのに!その時には何かお礼の贈り物がしたいな。邪魔にならなくて楽しい気分になれてローレンツくんにぴったりの物が何なのか考えておかなきゃ。
 すぐに休校になっちゃったからこれは本当に仮の話だけど、もしガルグ=マクで舞踏会があったら二人は踊る相手が決まったのと同じだよね!マリアンヌちゃんがローレンツくんと踊るところを見たかったな。私と違ってマリアンヌちゃんは背が高いからきっとローレンツくんとお似合いだと思うよ。
 学生時代のローレンツくんは空回りしがちでちょっと見ていられなかったけど、今の彼はとっても偉いと思う。クロードくんからお家がらみで酷い扱いをされてもめげずに頑張ってたからかな。
 でも、もしかしたらクロードくんが一番この状況を喜んでるのかもしれない。実際にどうしてふたつに分けた軍のファーガスに派遣される方にローレンツくんを配置したのか質問したらクロードくんは絶対にはぐらかすだろうし、今の状況を狙ってたのかどうか聞いてもどっちに転んでもいいと思ってた、としか言わないと思う。ああ見えてクロードくんはすごい照れ屋だから。
 でもどうせなら幸せになる人数が多い方が良いに決まってるもの。だから私は自分のためにもクロードくんのためにもクロードくんはローレンツくんが汚名を濯ぐと信じて活躍しやすい場所に派遣した、と信じることにするね。
 めげないローレンツくんみたいに私も格好よくありたいな。そのために必要なものって何だろうね?薔薇かな?勿論これは冗談だけど。
 マリアンヌちゃんたちと別行動になって以来、クロードくんが敵を騙すために短期目標と長期目標が食い違って見える作戦を立てるもんだから毎日すっごく大変!自分が今、何をやってるのかよく分からなくなる生活をしている中でマリアンヌちゃんに手紙を書いている時間は嘘や矛盾がないの───



 個人的なことだから皆を巻き込むわけにいかない、と言って沈黙を選んでいたシェズの良識が最悪の結果を生んでいた。戦いには勝ったが王国の前哨基地はひどく沈んでいる。目の前で父ロドリグを失ったフェリクス、己の全てを分かってくれる後見人であった前フラルダリウス公を失ったディミトリのことを思うとローレンツは口を閉ざすしかない。
 自然とレスター出身者同士でまた同じ火に当たっていた。流石に皆どう話したものか考えあぐね、口を閉ざしている。暖かな光に照らされるマリアンヌの顔は沈んでいたが、それでもローレンツからすればその美しさは賞賛に値する。しばらくは火の爆ぜる音だけがあたりに漂っていたのだが、ラファエルが大きく手を叩いた。何かが彼の中で定まったらしい。
「よぉし!オデたちに出来ることをしよう!」
「わ、びっくりした!急に大きな声出さないでくださいよ、ラファエルくん。それで一体、何をするんですか?」
「見回りだ!」
 確かに悲しみに暮れる今は警戒が緩んでいるかもしれない。その隙に乗じてあの恐ろしい灰色の悪魔───今やファーガス全軍の敵だ───が再び攻めてくる可能性もある。
「声のでっかいオデとローレンツくんが喋りながら皆で歩けばいいと思うぞ。そしたら、少なくとも獣は寄ってこねえ」
「それでは静かにしていたい者たちの迷惑になるではないか」
「足音だけでも動物たちは充分警戒しますので必ずしも話すことはないかと……」
 埒が開かないと思ったのかイグナーツが三人の会話に割って入り、二手に別れて前哨基地の中を見回ることになった。
 騎士となったイグナーツは優秀で、豪商の次男である彼を入り婿にしたい名家の者は多い。ローレンツはマリアンヌを高く評価していたが、見合い相手と結婚後に恋愛をする自信もある。
 だが、ローレンツはマリアンヌと二人きり、無言で並んで歩いたこの晩のことを生涯忘れないだろう。そして、そっと背中を押してくれた頼もしい騎士の手に込められていたのは主人への忖度ではなく友情であった、そう信じている。畳む
#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
7.

 ガラテア領の合流場所に到着してみると既にクロードたちは前哨基地の設営を終えていた。円卓会議に出席する父に帯同してデアドラに来ていたのですれ違う顔になんとなく見覚えがある。だがそれでもローレンツはリーガン家の軍旗に里心を刺激された自分が信じられない。ほんの数節とはいえフェルディアにいたこともあるし、それなりに王国軍に馴染めていたつもりだというのに。
「ローレンツくん!みてください!クロードくんたちですよ!」
 はしゃぐイグナーツがディミトリたちと話すクロードを指さした。彼らの傍にはヒルダもいる。父エルヴィンからの手紙によるとホルストもこちらに来ているらしい。
「先を越されるとは思わなかったな。一体どんな手を使ったのやら」
 ローレンツも薄々は勘づいている。クロードたちの軍勢は街道もない山を越えたのだ。そうでなければこちらの方が早く着いていただろう。戦後の論功行賞を見据えてクロードは行動している。和平が成立する際は負けた側が賠償金を支払うものだが、国土の荒れ方から言っても今の帝国には支払い能力がない。
 そうなるとやはり領土の割譲が視野に入ってくる。クロードはミルディン大橋を擁するベルグリーズ領、アミッド大河の河口を擁するフリュム領をレスター諸侯同盟に併合するつもりだろう。彼は下調べも兼ねてベルグリーズ領にちょっかいを出していたのだ。全くもって油断ならない。

 中央教会や王国の者たちと打ち合わせをクロードに任せたヒルダがローレンツたちの元にやってきた。
「マリアンヌちゃん!良かった〜!元気そうで!」
「はい、激戦に次ぐ激戦でしたがこうして今、お元気そうなヒルダさんの前に立てています」
 久しぶりにヒルダに会えたマリアンヌはここ数節で一番の笑顔を浮かべている。付かず離れずという位置からその姿を見られただけでもローレンツは命をかけた甲斐があった。はしゃぐ二人を見てイグナーツとラファエルも嬉しそうにしている。ああいう触れ合いは邪魔するべきではない。
「ヒルダさんが元気そうで僕、安心しました。それにいつ帰れるのか分からなくて不安でしたけど、クロードくんと合流できたってことはそろそろですよね?」
「つまりは戦果を立てる機会も残り少ないということだ」
 まさかこのまま帝都アンヴァルにまで進軍することはないだろう。クロードも現時点では大修道院を奪還し、中央教会が有利なように和平を結ぶことまでしか考えていないはずだ。
「オデはクロードくんに頼まれたから今回、参加したけど早く大修道院を取り戻してマーヤのところに帰りてえな」
「そうだな。まずは生き残らねばならないが、ラファエルくんの活躍については僕からも報告しておく。クロードからたんまりと報奨金も貰うといい」
 この件に関してグロスタール家の懐は全く傷まないのでローレンツは大盤振る舞いが出来る。男三人を放置していることに気づいたヒルダが手を振って近寄ってきた。こんな華奢な身体であのホルストですら扱うことのできないフライクーゲルを振るうのだから人間は見た目で判断してはならない。




 ヒルダに案内され、ローレンツは少し離れた場所にある同盟の前哨基地にやってきた。道すがらヒルダからも説明があったが、確かに手狭でここに同盟側の全軍が合流するのは難しいだろう。またすぐにアリルに向けて出発することもあり礼拝堂などは組み立てていない。
「本部はこっちだよ」
 手招きされるがままにローレンツは大きな天幕の中に入った。久しぶりに会ったクロードは悔しいが強行軍の疲れを表に出していない。鉄筆をもって蝋引きの書字板に何かを書きつけていた。
「ようローレンツ、一度死にかけた割に元気そうじゃないか。安心したぞ」
 何故そんなことをクロードが知っているのだろうか。父宛の手紙にすら負傷したがもう復帰した、としか書いていない。だがヒルダの唇の端が上がり頬には笑窪が出来ている。
「私とマリアンヌちゃん手紙のやり取りしてるのよねー。私すっごく感動しちゃった!あっ、ローレンツくんにも見せ……」
「駄目だ駄目だ、ヒルダさん!それは貴族らしい振る舞いではない!」
 きっと褒めてくれたのだろうと思う。ヒルダ相手にどんな風にローレンツを誉めてくれたのか、直に教えてもらえる日は来るのだろうか。
「はい、ヒルダちゃんの勝ち〜!」
 書字板を取り上げたヒルダは得意げだがクロードは少し頬を膨らませローレンツを睨みつけている。だがどことなく嬉しそうだった。
「ローレンツ、お前どうしてヒルダの言葉を遮ったんだよ!」
「呆れたな!まさか君たちバルタザールくんのように賭けごとをしていたのかね?この僕で?」
 クロードは口を尖らせたままで反省の色を見せない。レスター諸侯同盟の盟主だというのに子供っぽいにも程がある。だがそれも後見人であるダフネル家のジュディッドが健在だからかもしれない。
「うん、そうだよ。私の提案をいつローレンツくんが遮るか、でね」
 あくまでも最後まで言わせないかどうか、が賭けの対象であったことにローレンツは安心した。そこはこの二人から信頼されているらしい。
「参考までに聞かせて欲しいのだが、クロードが勝ったらヒルダさんは何をする予定だったのだ?」
 それに何故、ヒルダはクロードの書字板を取り上げたのだろうか。ローレンツには全く理解できなかった。
「髪を切ってあげる筈だったの」
「確かにヒルダさんは随分と器用だが、理髪の心得もあるのかね?」
「いや、そんな複雑なことは頼んでないさ。願掛けしてたんだよ」
 胼胝だらけのクロードの指が前髪で編んだ三つ編みをつまんでいる。彼の人相書きには必ず三つ編みが明記されていることだろう。
「宿願は叶ったのかね?」
「まぁな、だが賭けにも負けちまったし、この戦争が終わるまでは持ち越しだな」
 それを切り落とす際にヒルダを指名するとはクロードも随分とわかりやすい。
「ヒルダさんは何故、書字板をとりあげたかったのだろうか?」
「だってこれが手元にあるとクロードくんずーっと休憩しないんだもの。戦場では休むのも仕事ってこと!」
 何故クロードが休憩を取らずにいる、とヒルダが知っているのか。ずっと見張っていなければそんなことは分からない。どうやら、ローレンツと別行動をとっていた間に二人は随分と親密な仲になっていたようだ。ローレンツはエドマンド辺境伯だけで済むがクロードは近々ホルスト卿と前ゴネリル公爵の前で話す羽目になるだろう。畳む