「贈り物」 #クロロレ #クロロレワンドロワンライ参加作品
クロードは盤面遊戯が好きだ。しかしフォドラとパルミラでは微妙に遊び方が違う。駒自体の形も駒の進め方も奪った駒をどう扱うのかも異なる。だが彼はすぐに馴染み、ガルグ=マクにいた頃はかなり強い打ち手になっていた。
ローレンツは外交官としてパルミラにやってきて初めてパルミラ式の盤面遊戯に触ったが、やはり故郷での癖が出てしまい殆ど勝てたことがない。元からフォドラ式の盤面遊戯であってもあまり強くはなかった。だがパルミラで唯一勝てたのが盤面遊戯の遊び方を学んでいる最中の子供であった、というのはかなり情けない。
初めて勝ってしまった時は通詞や王宮の召使からも感慨深げに様々な祝いの言葉をもらってしまい、これなら負け続けの方が良かったような気すらしたものだ。
「ローレンツ先生は本当にめげないな」
「自分でも何をやっているのだろう、と思う時もある」
盤面遊戯の駒は通常であれば軽い木で作られ着色される。だが彼らの間に置いてある駒の素材は通常のものと全く異なる。ローレンツが面白いことをしていると通詞から聞いたので彼に頼んで王宮まで持参してもらったのだ。
「いやこれはすごい手間だ」
褐色の手がローレンツからの贈り物となる予定のもの、を摘んで目の前にかざした。ローレンツは体格に相応しく大きな手をしているので、持っているものが小さく見える時が多い。彼が作らせた駒は彼の体格に合わせてあるので大ぶりだ。そして翡翠を削り出して作られている。つまり大ぶりな翡翠を駒の数だけ用意して職人に削らせたのだ。贈り物からは贈り主の人格や感情が伝わる。
「全ての駒が完成したら君に贈ろうかと思っているのだが加工するにふさわしい翡翠を入手するのはなかなか難しくてね」
「良かったらもう半分は俺に用意させてもらえないか?」
パルミラを視察する際の楽しみとして素材を探そうと思っていたローレンツだがクロードの提案に乗ることにした。
ローレンツはおそらくパルミラ産の濃い緑が特徴である翡翠を買い求め、その濃淡をもって黒と白の代わりとして使う予定だったのだろう。だがクロードはもっと良い素材がパルミラにあることを知っていた。その石の産地の太守に献上しろ、と言えば首都まで届けられるだろう。
月明かりが眩いある夜のこと、ローレンツはクロードから呼び出されていた。何でも見せたいものがあるらしい。庭に敷いた絨毯で寛ぐクロードの背には大きな座布団、傍にはいつものように酒や肴を載せた大きな丸い銀色の盆がある。ただ今晩はそれだけでなく、こんな明るい晩であるというのに火のついていない蝋燭と預からせてほしいと言われた盤面遊戯の駒が一揃え置いてあった。ローレンツが用意した駒は翡翠で出来ているので影は黒いがクロードが用意した駒の影は緑色だ。
「硝子じゃないぜ。それなら普通すぎてつまらないだろ。まあ座ってよく見てくれよ」
ローレンツは靴を脱ぎ彼のために用意された大きな座布団の上に座り込むとクロードが用意したという駒を手に取った。
「緑色の水晶か?」
「いや、違うんだ。ちょっと蝋燭に火をつけてくれ」
こんな明るい晩に何故と思いつつクロードに言われるがままローレンツはファイアーの魔法で蝋燭に火を灯した。
「駒を蝋燭の炎に近づけてくれ」
再び言われるがままに駒を炎に近づけると駒の色が何と紫色に変化した。
「おお……すごいな!これは!何かの魔法なのか?」
確かにローレンツの言う通り、コンスタンツェが飲み物の色を変える魔法を開発している。
「魔法でも何でもないから不思議なんだ。当たる光の種類によって色が変わる」
「これは何と言う石なんだ?」
「そうだな、無理矢理フォドラ語に訳すなら飛散石かな。加熱すると砕けるんだ」
クロードの言葉を聞いたローレンツは慌てて紫色に輝く駒を盤の上に戻した。こんな珍しい宝石が発見された、という報告があったのも今年のことでこれから国外に向けて売り出していくのだと言う。透明な緑の影を作る不思議な石の群れを菫青石のような瞳でローレンツがじっと見つめている。久しぶりに純粋に彼を驚かすことに成功したクロードはその姿を眺めて手元の杯を空けた。
「完成した記念に一局打とうぜ。負けた方は勝った方のいうことを何でもきくっていうのはどうだ?」
「嫌だ、僕は君に勝てたことがないのだぞ!」
その後、何があったのかは彼らを照らしていた満月しか知らない。
パルミラの首都にある国立博物館にはカリード王が愛用していた、という盤面遊戯の盤面と駒が散逸することなく一揃え展示されている。細面だったが大柄であった、と伝えられるカリード王の夫ローレンツに合わせて作られた大ぶりな翡翠の駒に準じて飛散石の駒が作られた。これほど大きな飛散石の結晶は現在では採取することが出来ない。市場に出回る五カラット以上の飛散石は全て人造だ。贈り物には贈り主の感情や人格が伝わる。
現在でもパルミラの人々は人造飛散石を白熱灯の光にかざす時カリード王の内に秘められた感情に思いを馳せるのだという。生涯愛したと伝えられる夫の瞳の色を内に秘めた宝石で盤面遊戯の駒を作らせた王の思いは深く、一言では表しにくいせいか詩の題材として人気がある。
当時、鉱脈が発見されたばかりの飛散石を使用したこの盤面遊戯のセットはパルミラの栄華を象徴する国宝として国外にも広く知られている。畳む
クロードは盤面遊戯が好きだ。しかしフォドラとパルミラでは微妙に遊び方が違う。駒自体の形も駒の進め方も奪った駒をどう扱うのかも異なる。だが彼はすぐに馴染み、ガルグ=マクにいた頃はかなり強い打ち手になっていた。
ローレンツは外交官としてパルミラにやってきて初めてパルミラ式の盤面遊戯に触ったが、やはり故郷での癖が出てしまい殆ど勝てたことがない。元からフォドラ式の盤面遊戯であってもあまり強くはなかった。だがパルミラで唯一勝てたのが盤面遊戯の遊び方を学んでいる最中の子供であった、というのはかなり情けない。
初めて勝ってしまった時は通詞や王宮の召使からも感慨深げに様々な祝いの言葉をもらってしまい、これなら負け続けの方が良かったような気すらしたものだ。
「ローレンツ先生は本当にめげないな」
「自分でも何をやっているのだろう、と思う時もある」
盤面遊戯の駒は通常であれば軽い木で作られ着色される。だが彼らの間に置いてある駒の素材は通常のものと全く異なる。ローレンツが面白いことをしていると通詞から聞いたので彼に頼んで王宮まで持参してもらったのだ。
「いやこれはすごい手間だ」
褐色の手がローレンツからの贈り物となる予定のもの、を摘んで目の前にかざした。ローレンツは体格に相応しく大きな手をしているので、持っているものが小さく見える時が多い。彼が作らせた駒は彼の体格に合わせてあるので大ぶりだ。そして翡翠を削り出して作られている。つまり大ぶりな翡翠を駒の数だけ用意して職人に削らせたのだ。贈り物からは贈り主の人格や感情が伝わる。
「全ての駒が完成したら君に贈ろうかと思っているのだが加工するにふさわしい翡翠を入手するのはなかなか難しくてね」
「良かったらもう半分は俺に用意させてもらえないか?」
パルミラを視察する際の楽しみとして素材を探そうと思っていたローレンツだがクロードの提案に乗ることにした。
ローレンツはおそらくパルミラ産の濃い緑が特徴である翡翠を買い求め、その濃淡をもって黒と白の代わりとして使う予定だったのだろう。だがクロードはもっと良い素材がパルミラにあることを知っていた。その石の産地の太守に献上しろ、と言えば首都まで届けられるだろう。
月明かりが眩いある夜のこと、ローレンツはクロードから呼び出されていた。何でも見せたいものがあるらしい。庭に敷いた絨毯で寛ぐクロードの背には大きな座布団、傍にはいつものように酒や肴を載せた大きな丸い銀色の盆がある。ただ今晩はそれだけでなく、こんな明るい晩であるというのに火のついていない蝋燭と預からせてほしいと言われた盤面遊戯の駒が一揃え置いてあった。ローレンツが用意した駒は翡翠で出来ているので影は黒いがクロードが用意した駒の影は緑色だ。
「硝子じゃないぜ。それなら普通すぎてつまらないだろ。まあ座ってよく見てくれよ」
ローレンツは靴を脱ぎ彼のために用意された大きな座布団の上に座り込むとクロードが用意したという駒を手に取った。
「緑色の水晶か?」
「いや、違うんだ。ちょっと蝋燭に火をつけてくれ」
こんな明るい晩に何故と思いつつクロードに言われるがままローレンツはファイアーの魔法で蝋燭に火を灯した。
「駒を蝋燭の炎に近づけてくれ」
再び言われるがままに駒を炎に近づけると駒の色が何と紫色に変化した。
「おお……すごいな!これは!何かの魔法なのか?」
確かにローレンツの言う通り、コンスタンツェが飲み物の色を変える魔法を開発している。
「魔法でも何でもないから不思議なんだ。当たる光の種類によって色が変わる」
「これは何と言う石なんだ?」
「そうだな、無理矢理フォドラ語に訳すなら飛散石かな。加熱すると砕けるんだ」
クロードの言葉を聞いたローレンツは慌てて紫色に輝く駒を盤の上に戻した。こんな珍しい宝石が発見された、という報告があったのも今年のことでこれから国外に向けて売り出していくのだと言う。透明な緑の影を作る不思議な石の群れを菫青石のような瞳でローレンツがじっと見つめている。久しぶりに純粋に彼を驚かすことに成功したクロードはその姿を眺めて手元の杯を空けた。
「完成した記念に一局打とうぜ。負けた方は勝った方のいうことを何でもきくっていうのはどうだ?」
「嫌だ、僕は君に勝てたことがないのだぞ!」
その後、何があったのかは彼らを照らしていた満月しか知らない。
パルミラの首都にある国立博物館にはカリード王が愛用していた、という盤面遊戯の盤面と駒が散逸することなく一揃え展示されている。細面だったが大柄であった、と伝えられるカリード王の夫ローレンツに合わせて作られた大ぶりな翡翠の駒に準じて飛散石の駒が作られた。これほど大きな飛散石の結晶は現在では採取することが出来ない。市場に出回る五カラット以上の飛散石は全て人造だ。贈り物には贈り主の感情や人格が伝わる。
現在でもパルミラの人々は人造飛散石を白熱灯の光にかざす時カリード王の内に秘められた感情に思いを馳せるのだという。生涯愛したと伝えられる夫の瞳の色を内に秘めた宝石で盤面遊戯の駒を作らせた王の思いは深く、一言では表しにくいせいか詩の題材として人気がある。
当時、鉱脈が発見されたばかりの飛散石を使用したこの盤面遊戯のセットはパルミラの栄華を象徴する国宝として国外にも広く知られている。畳む
2025クロード誕生日
パルミラから祖父を頼ってデアドラにやってきたクロードはいまだに一人での外出を許可されていない。
「こっちにくればもうちょっと好きにやれると思ったのに」
クロードが頬を膨らませて苦情を言うと母方の祖父であるオズワルドは苦労が刻まれた手を伸ばし、髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でた。幼児のように扱われることで互いに何かを取り戻している。だから祖父と自分は共犯なのだ。
「もう少し上手く振る舞えるようになったら、な」
そう言って笑う祖父の顔が好きなのでクロードは未だにリーガン家の本宅から抜け出したことがない。限られた召使と教師に囲まれて静かに時を待っている。デアドラでは数年ぶりに安心して眠ることができた。安心して食事を摂ることができた。母はなぜここから逃げ出したかったのだろう。今はまだ把握したくない。
数日後、祖父から中庭に呼び出されたクロードは目を見開いて驚いた。目の前には立派な飛竜がいて、すぐに飛び立てるようきちんと装備が整えられている。
「えっ?!なんで?!」
人口が密集しているデアドラの市街地では糞害を出さないため市街地では消火隊と産婆以外は飛行が禁じられている、とクロードは習った。理屈としては完全に正しい。
「来なさい。物事には例外がある、と教えてやろう」
鞍が二人乗り用であることは少し気になったが、クロードは祖父に言われるがまま、飛行用の外套を着て鞍に腰を下ろした。手綱は後ろに座る祖父が握っている。装備にリーガンの紋章をあしらった飛竜は祖父の指示通り上昇しはじめた。波の煌めく青い海には船がたくさん浮かんでいて、煉瓦造りの街は水路と橋で出来た網に捕えられている。
「誕生日おめでとうクロード!これがリーガン家の特権だ!」
パルミラでは同じ月に生まれたものたちをまとめて祝う。そこで不愉快な何度も嫌な思いをさせられた。だがフォドラでは誕生日に対するこだわりが強く、個別に祝う。
「もっと早く教えてくれたらよかったのに!」
「飛べるのは十六才以上のものだけだからな!」
上空なので声を張り上げないと会話が成立しない。クロードを驚かせるため、今日まで皆わざと秘密にしていたのだろう。自力で特権に気が付けなかったのは少し悔しいが───気分は悪くなかった。畳む
パルミラから祖父を頼ってデアドラにやってきたクロードはいまだに一人での外出を許可されていない。
「こっちにくればもうちょっと好きにやれると思ったのに」
クロードが頬を膨らませて苦情を言うと母方の祖父であるオズワルドは苦労が刻まれた手を伸ばし、髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でた。幼児のように扱われることで互いに何かを取り戻している。だから祖父と自分は共犯なのだ。
「もう少し上手く振る舞えるようになったら、な」
そう言って笑う祖父の顔が好きなのでクロードは未だにリーガン家の本宅から抜け出したことがない。限られた召使と教師に囲まれて静かに時を待っている。デアドラでは数年ぶりに安心して眠ることができた。安心して食事を摂ることができた。母はなぜここから逃げ出したかったのだろう。今はまだ把握したくない。
数日後、祖父から中庭に呼び出されたクロードは目を見開いて驚いた。目の前には立派な飛竜がいて、すぐに飛び立てるようきちんと装備が整えられている。
「えっ?!なんで?!」
人口が密集しているデアドラの市街地では糞害を出さないため市街地では消火隊と産婆以外は飛行が禁じられている、とクロードは習った。理屈としては完全に正しい。
「来なさい。物事には例外がある、と教えてやろう」
鞍が二人乗り用であることは少し気になったが、クロードは祖父に言われるがまま、飛行用の外套を着て鞍に腰を下ろした。手綱は後ろに座る祖父が握っている。装備にリーガンの紋章をあしらった飛竜は祖父の指示通り上昇しはじめた。波の煌めく青い海には船がたくさん浮かんでいて、煉瓦造りの街は水路と橋で出来た網に捕えられている。
「誕生日おめでとうクロード!これがリーガン家の特権だ!」
パルミラでは同じ月に生まれたものたちをまとめて祝う。そこで不愉快な何度も嫌な思いをさせられた。だがフォドラでは誕生日に対するこだわりが強く、個別に祝う。
「もっと早く教えてくれたらよかったのに!」
「飛べるのは十六才以上のものだけだからな!」
上空なので声を張り上げないと会話が成立しない。クロードを驚かせるため、今日まで皆わざと秘密にしていたのだろう。自力で特権に気が付けなかったのは少し悔しいが───気分は悪くなかった。畳む
2025クロロレウェブオンリー匿名小説企画(匿名でお題にあった小説を書いて提出し、誰がどれを書いたのか予想する遊び)参加作品「月」
#クロロレ
夢の中で久しぶりに■■■■に会った。
「■■■■!そんなところにいたのか!」
「よう、ローレンツ」
「久しぶりだな。皆、君に会いたがっているぞ」
「そうか、すまんなあ……」
これが現実なら、申し訳なさそうな顔をするくらいなら連絡をよこせ、と怒っていただろう。だがこれは夢だ。
「無事でいてくれるならなんだっていいさ」
僕がそういうと■■■■は安堵のため息をついて手を差し出した。
「良かったら少し一緒に歩かないか?」
特に断る理由もないので僕は■■■■の手を取った。夢の中は何もかもが支離滅裂なので彼の案内なしに歩けない。行き先の分からない階段は上っていたはずなのにいつの間にか下りになっていた。扉を開けると部屋の様子を描いた絵があるだけで中には入れない部屋もどきがそこらじゅうにある。右側の窓から手を出すと雨粒で手のひらや袖が濡れるのに左側の窓から手を出すとなにもない部屋もあった。食堂に生けられた花は木彫りで皿の上の果物は布製だったので食べ物もない。夢の中では飲食できないという話は本当らしい。
「どうして地下の酒蔵に硝子で出来た窓があるのだ?土しか見えないではないか」
「まあこんな感じでことごとく奇妙なわけだ」
そういって■■■■は踊り場の扉を開けた。その先には渡り廊下とその先に煉瓦造りの塔が見える。星空に照らされた渡り廊下は途中から完全に闇に沈んでいるのにかなり大きな塔だけは松明で明るく照らされていた。
「夢の中とはいってもめちゃくちゃだ。一体どうなっているのだ、ここは」
「まあまあ、そんなに気にしないでくれよ。気を取り直してあの塔に行ってみようぜ」
「だがこの渡り廊下があの塔に繋がっているとは限らないだろう」
暗闇の中に足を浸した■■■■が手を叩くと三日月がまるで懐いた飛竜のように目の前に着地した。
「だからこれに乗っていくんだよ。詰めれば多分二人くらい乗れる」
落ちないように背中から抱きしめられながら、三日月に跨ったので僕は生まれて初めて馬に乗った時のことを思い出した。乗り心地は飛竜とほぼ変わらず、三日月はどんどん高度を上げていく。空の色は青、橙、紺、と目まぐるしく変わっていった。全てが歪んでいるが美しい。
「すごい景色だな!」
「そうだろ?だから退屈はしないんだ」
今は見事な星空なのにあの渡り廊下だけは途中から完全に闇に沈んでいて、それがやけに不自然だった。空の途中に窓があるような夢の中でそんな風に感じるのは無意味かもしれないが。
塔の周りをぐるぐる飛んでから僕たちはバルコニーへ降りることにした。だがバルコニーから中に入る扉が存在しない。
「この塔の中には何があるのだろう。大きさから言って、階段だけということはありえない」
「この塔は危険なもの、物騒なものを封じ込めてあるのさ」
「どうやって中を確かめたのだ?」
「塔の外に出てこられたのはこいつだけでね。まあ何処にいてもこいつが俺にまとわりつくから俺はここに囚われているのかもしれないな……」
■■■■は聞き捨てならない愚痴をこぼしたが、それでも僕たちを乗せてくれた三日月をそっと愛おしげに撫でた。夢の中には月がふたつある。僕たちを乗せてくれた、■■■■に懐いている月と空に浮かぶ月だ。
「この、君によく懐いている三日月が危険……?」
「世間ではそういうことになってるんだよ。残念ながら、な……」
二つの月に照らされた■■■■は何故か泣きそうな顔をしている。
「……どういうことだ?説明したまえ!クロード!!」
「ローレンツ、お前夢の中でも俺と一緒だったのか?」
瞼が上がって真っ先に目に飛び込んできたのは腰に布を一枚巻いたきりのクロードだった。
「え、あ?夢……?」
「どんな夢だったんだ?俺は何をした?」
「支離滅裂で言葉にしにくいな……それに今、君と話したせいか殆ど忘れてしまった」
ローレンツは基本的に寝つきが良く、夢も見ないほど深く眠ってしまう。
「やっぱり現実の俺が良いだろ?」
だからクロード、いや、カリード王はやたら機嫌がいい。苦労して連れてきた王配が文字通り自分に夢中だったからだ。
「そうだな、君と共にいられるだけで安心する。もう勝手に消え失せてくれるなよ」
そういうとローレンツはクロードの頬を撫でた。畳む
#クロロレ
夢の中で久しぶりに■■■■に会った。
「■■■■!そんなところにいたのか!」
「よう、ローレンツ」
「久しぶりだな。皆、君に会いたがっているぞ」
「そうか、すまんなあ……」
これが現実なら、申し訳なさそうな顔をするくらいなら連絡をよこせ、と怒っていただろう。だがこれは夢だ。
「無事でいてくれるならなんだっていいさ」
僕がそういうと■■■■は安堵のため息をついて手を差し出した。
「良かったら少し一緒に歩かないか?」
特に断る理由もないので僕は■■■■の手を取った。夢の中は何もかもが支離滅裂なので彼の案内なしに歩けない。行き先の分からない階段は上っていたはずなのにいつの間にか下りになっていた。扉を開けると部屋の様子を描いた絵があるだけで中には入れない部屋もどきがそこらじゅうにある。右側の窓から手を出すと雨粒で手のひらや袖が濡れるのに左側の窓から手を出すとなにもない部屋もあった。食堂に生けられた花は木彫りで皿の上の果物は布製だったので食べ物もない。夢の中では飲食できないという話は本当らしい。
「どうして地下の酒蔵に硝子で出来た窓があるのだ?土しか見えないではないか」
「まあこんな感じでことごとく奇妙なわけだ」
そういって■■■■は踊り場の扉を開けた。その先には渡り廊下とその先に煉瓦造りの塔が見える。星空に照らされた渡り廊下は途中から完全に闇に沈んでいるのにかなり大きな塔だけは松明で明るく照らされていた。
「夢の中とはいってもめちゃくちゃだ。一体どうなっているのだ、ここは」
「まあまあ、そんなに気にしないでくれよ。気を取り直してあの塔に行ってみようぜ」
「だがこの渡り廊下があの塔に繋がっているとは限らないだろう」
暗闇の中に足を浸した■■■■が手を叩くと三日月がまるで懐いた飛竜のように目の前に着地した。
「だからこれに乗っていくんだよ。詰めれば多分二人くらい乗れる」
落ちないように背中から抱きしめられながら、三日月に跨ったので僕は生まれて初めて馬に乗った時のことを思い出した。乗り心地は飛竜とほぼ変わらず、三日月はどんどん高度を上げていく。空の色は青、橙、紺、と目まぐるしく変わっていった。全てが歪んでいるが美しい。
「すごい景色だな!」
「そうだろ?だから退屈はしないんだ」
今は見事な星空なのにあの渡り廊下だけは途中から完全に闇に沈んでいて、それがやけに不自然だった。空の途中に窓があるような夢の中でそんな風に感じるのは無意味かもしれないが。
塔の周りをぐるぐる飛んでから僕たちはバルコニーへ降りることにした。だがバルコニーから中に入る扉が存在しない。
「この塔の中には何があるのだろう。大きさから言って、階段だけということはありえない」
「この塔は危険なもの、物騒なものを封じ込めてあるのさ」
「どうやって中を確かめたのだ?」
「塔の外に出てこられたのはこいつだけでね。まあ何処にいてもこいつが俺にまとわりつくから俺はここに囚われているのかもしれないな……」
■■■■は聞き捨てならない愚痴をこぼしたが、それでも僕たちを乗せてくれた三日月をそっと愛おしげに撫でた。夢の中には月がふたつある。僕たちを乗せてくれた、■■■■に懐いている月と空に浮かぶ月だ。
「この、君によく懐いている三日月が危険……?」
「世間ではそういうことになってるんだよ。残念ながら、な……」
二つの月に照らされた■■■■は何故か泣きそうな顔をしている。
「……どういうことだ?説明したまえ!クロード!!」
「ローレンツ、お前夢の中でも俺と一緒だったのか?」
瞼が上がって真っ先に目に飛び込んできたのは腰に布を一枚巻いたきりのクロードだった。
「え、あ?夢……?」
「どんな夢だったんだ?俺は何をした?」
「支離滅裂で言葉にしにくいな……それに今、君と話したせいか殆ど忘れてしまった」
ローレンツは基本的に寝つきが良く、夢も見ないほど深く眠ってしまう。
「やっぱり現実の俺が良いだろ?」
だからクロード、いや、カリード王はやたら機嫌がいい。苦労して連れてきた王配が文字通り自分に夢中だったからだ。
「そうだな、君と共にいられるだけで安心する。もう勝手に消え失せてくれるなよ」
そういうとローレンツはクロードの頬を撫でた。畳む
クロロレワンドロワンライ第121回:赤面・紫陽花
紫陽花は土の質によって色が変わる。もしクロードがローレンツと同じく首飾りの西側で生まれ育っていたら、彼の恐怖や憤り、それにもしかしたら悲しさを真に理解することができたのだろうか。勿論クロードも破裂の槍に関する教会の沙汰には苛立ちを感じた。だがクロードはそもそも教会を信頼したことがない。だから教会は不誠実だ、と断言できてしまった。
もしローレンツがクロードと同じく首飾りの東側で生まれていたら教会の沙汰には苛立ちしか感じなかっただろう。そこには千年近い蓄積が一切ない。
コナン塔でおぞましい物を目撃したローレンツはひどく感情的になっていて───多少飲んだとは言え顔は真っ赤だし目の縁には涙が滲んでいる。安堵のせいなのか後悔のせいなのか、は本人にも分からないだろう。
「知ってるか?理由によって涙は味が変わるらしい」
クロードは白い頬を伝っていく涙をそっと拭ってから指を口元に運んだ。甘いような、気がする。だがこれは観察者の主観に過ぎない。
「これだけだと何とも言えないな」
「それは……そうだろう……比較する対象がなければ……」
生来の気の強さがそうさせるのか、混ぜ返してくるが、まだ頬は赤く伏し目がちになっている。先ほどとは違う理由で頬を染めて欲しい。
「比較させてくれるのか?」
「嫌だ、僕はもう二度と君の前で泣かない」
「何でだよ、慰めてやるよ!」
ふざけて肩を組もうとした時に姿勢が崩れたのはどちらの意志だったのか、追求するのは野暮というものだろう。クロードの寝台に倒れ込んだ彼はどこもかしこも良い匂いがして滑らかで温かかった。畳む
紫陽花は土の質によって色が変わる。もしクロードがローレンツと同じく首飾りの西側で生まれ育っていたら、彼の恐怖や憤り、それにもしかしたら悲しさを真に理解することができたのだろうか。勿論クロードも破裂の槍に関する教会の沙汰には苛立ちを感じた。だがクロードはそもそも教会を信頼したことがない。だから教会は不誠実だ、と断言できてしまった。
もしローレンツがクロードと同じく首飾りの東側で生まれていたら教会の沙汰には苛立ちしか感じなかっただろう。そこには千年近い蓄積が一切ない。
コナン塔でおぞましい物を目撃したローレンツはひどく感情的になっていて───多少飲んだとは言え顔は真っ赤だし目の縁には涙が滲んでいる。安堵のせいなのか後悔のせいなのか、は本人にも分からないだろう。
「知ってるか?理由によって涙は味が変わるらしい」
クロードは白い頬を伝っていく涙をそっと拭ってから指を口元に運んだ。甘いような、気がする。だがこれは観察者の主観に過ぎない。
「これだけだと何とも言えないな」
「それは……そうだろう……比較する対象がなければ……」
生来の気の強さがそうさせるのか、混ぜ返してくるが、まだ頬は赤く伏し目がちになっている。先ほどとは違う理由で頬を染めて欲しい。
「比較させてくれるのか?」
「嫌だ、僕はもう二度と君の前で泣かない」
「何でだよ、慰めてやるよ!」
ふざけて肩を組もうとした時に姿勢が崩れたのはどちらの意志だったのか、追求するのは野暮というものだろう。クロードの寝台に倒れ込んだ彼はどこもかしこも良い匂いがして滑らかで温かかった。畳む
2025ローレンツ誕生日
物資不足は解消されつつあるがそれでも新生軍を率いる軍師として、ベレトは無駄遣いをする訳にはいかない。倹約家のレオニーが蜂の巣を見つけてくれたおかげで蜂蜜が取れるようになった。リシテアの指導で焼いた菓子には砕いた木の実がいれてある。改良を重ね、なかなか良い味になった。
「お招きありがとう、先生」
育ちの良いローレンツは優雅に微笑みかけてくれた。学生時代の茶会で彼はこれまでの誕生日の思い出について語ってくれたことがある。五歳の時に貰った馬のこと、十二歳になった時はテュルソスの杖に触ることを許されたという。そんな彼の背後では兵たちが瓦礫を片づけている。
ここは中庭だ。ローレンツの背後では兵たちが大きな瓦礫に綱をかけ、どこかに運び出そうとしている。あれはおそらく吹き飛んだ屋根の一部だ。セイロス騎士団はいつか来るであろう、レアを迎え入れる日のために修道院全体の修復を開始している。
「誕生日おめでとう、ローレンツ」
「忙しいのに時間を作ってくれたことに感謝するよ」
そう言いながら彼は真っ白な手巾を広げ、ベレトの作った焼き菓子の上にかぶせた。飛んできた埃や砂が掛からないように、というさり気ない心遣いが心に沁みる。
「ローレンツとゆっくり話をしたくて」
ベレトの本心だ。本心ではあるのだが───今頃、ローレンツの部屋はヒルダたちの手で勝手に飾り立てられているし、食堂ではクロードたちが彼には秘密で宴の支度をしている。ベレトはローレンツの目を食堂と自室から逸らしてくれ、とクロードたちから頼まれたのだ。
「そうか。だが……何故、屋外なのだろうか?」
確かにいつもは静かな中庭が今日に限って掛け声がうるさいし埃も出る。
「天気がいいから」
無理やり捻り出した理由だ、と悟られないよう食い気味にベレトは返答した。そう言えばあとどのくらいローレンツを足止めしておけばいいのか、ベレトは知らない。
悪いことは重なるもので遠くから雷鳴の音が耳に届いていた。畳む
物資不足は解消されつつあるがそれでも新生軍を率いる軍師として、ベレトは無駄遣いをする訳にはいかない。倹約家のレオニーが蜂の巣を見つけてくれたおかげで蜂蜜が取れるようになった。リシテアの指導で焼いた菓子には砕いた木の実がいれてある。改良を重ね、なかなか良い味になった。
「お招きありがとう、先生」
育ちの良いローレンツは優雅に微笑みかけてくれた。学生時代の茶会で彼はこれまでの誕生日の思い出について語ってくれたことがある。五歳の時に貰った馬のこと、十二歳になった時はテュルソスの杖に触ることを許されたという。そんな彼の背後では兵たちが瓦礫を片づけている。
ここは中庭だ。ローレンツの背後では兵たちが大きな瓦礫に綱をかけ、どこかに運び出そうとしている。あれはおそらく吹き飛んだ屋根の一部だ。セイロス騎士団はいつか来るであろう、レアを迎え入れる日のために修道院全体の修復を開始している。
「誕生日おめでとう、ローレンツ」
「忙しいのに時間を作ってくれたことに感謝するよ」
そう言いながら彼は真っ白な手巾を広げ、ベレトの作った焼き菓子の上にかぶせた。飛んできた埃や砂が掛からないように、というさり気ない心遣いが心に沁みる。
「ローレンツとゆっくり話をしたくて」
ベレトの本心だ。本心ではあるのだが───今頃、ローレンツの部屋はヒルダたちの手で勝手に飾り立てられているし、食堂ではクロードたちが彼には秘密で宴の支度をしている。ベレトはローレンツの目を食堂と自室から逸らしてくれ、とクロードたちから頼まれたのだ。
「そうか。だが……何故、屋外なのだろうか?」
確かにいつもは静かな中庭が今日に限って掛け声がうるさいし埃も出る。
「天気がいいから」
無理やり捻り出した理由だ、と悟られないよう食い気味にベレトは返答した。そう言えばあとどのくらいローレンツを足止めしておけばいいのか、ベレトは知らない。
悪いことは重なるもので遠くから雷鳴の音が耳に届いていた。畳む


基本、クロードはベレトに誘われない限り厨房に立たない。ところが珍しく麵麭焼き釜の前に陣取っていた。あたりには香ばしい匂いが漂っているが麺包の匂いではない。彼が将来の盟主として相応しい言動をとっているのか常に監視しているローレンツは当然、そのことに気がついた。
「一体、何をやっているのかね」
「試したいことがあって、な」
質問の答えになっているのかなっていないのか、微妙な言葉をよこしてきたクロードが分厚い手袋を嵌め、熱い熱いと言いながら中から鉄板を取り出した。鉄板の上には所狭しと種が並べられている。クロードが予め用意しておいた皿に向け、鉄板を傾けるとさらさらと何かの種が落ちていった。火を通したのであればこれらの種はもう芽吹かない。薬の素材にするのか食べ物なのかローレンツには使途が全く分からなかった。
クロードは種を一粒つまみ出すと口に含みカリカリと音を立て、あっという間に種の殻を口からつまみ出した。あまりに早かったので何が起きているのかローレンツにはよく分からなかった。そもそも殻とはいえ他人の前で一度口に含んだものを出すなどローレンツにはあり得ない。
「な、なんと不作法な!」
「向日葵の種はこうやって食うもんだろ、ローレンツは食ったことないのか?」
ない、と答えるとクロードから種を一粒差し出された。
「栄養があって戦場で携行食にすることもあるんだから食べ慣れておいた方がいいぜ」
言い返す言葉がなかったのでローレンツは不承不承クロードから向日葵の種を受け取り口に含んだ。せめてもの抵抗で口元に手巾をあてたが無意味な上に余計な手間が増えている。齧って殻を割り、口から種を出し指で殻を剥いて中身を食べてみると塩味が効いていて香ばしく癖になる味をしていた。
「見た目より遥かに美味だな」
「だろう?」
「殻をあらかじめ剥いてあるものが欲しいな」
「でも殻がついてるから長持ちするんだぜ?」
厨房で珍しい組み合わせの二人が変わったことをしていたせいか、他の者まで集まってきた。種を食べる者と食べない者の割合は半々で、食べる者の話を聞いてみるとそれでもクロードの食べ方は独特らしい。食べる、と言っていたレオニーやアッシュはローレンツと同じく種を齧って割った後、両手を使って殻を剥いてから食べていた。
「いや、そんな風に両手で剥く必要ないだろ」
クロードは種を指で持ったまま二回齧ると口の中に入れたままの指で殻を捻り、剥き出しにした中身を直接食べている。あまりに早く食べてしまうのでアッシュやレオニーが真似をしはじめた。コツを掴むのに暫くかかっていたが理屈が分かったらしく、あっという間に机の上が種の殻だらけになっていく。
「それにしてもクロードが厨房にいるなんて珍しいじゃないか」
「釜の余熱で火が通せる気がしてな」
節約好きな二人が薪を余計に使わずに済む、という理由でクロードを称えた。
───数節後───
修道院近郊にある葡萄園から葡萄が献上され、全ての食卓の上には葡萄が山のように積まれている。通常なら全て葡萄酒にするか干し葡萄にしてしまう。だが、今回は食欲旺盛な若者たちに新鮮な果物を食べさせようと大司教レアが取り計らってくれた。紫の葡萄は冷たい井戸水で冷やされているため訓練終了後の疲れた身体に染み入ることだろう。
学生たちは皆自分が頼んだ料理が出来上がるまでの間、葡萄を食べておとなしく待っていた。手先に集中せねばならない食べ物が出ると皆、無言になる。クロードは褐色の指で紫の葡萄を一房つまみあげた。皮ごと食べられる種類ではない。クロードは皮を剥いて食べねばならない果物が嫌いだ。皮ごと食べられる葡萄や皮が剥いてある茘枝は好きだ。食べずにおこうかとも思ったが、先に食べ始めている学友たちが口を揃えて今年の葡萄の出来映えを絶賛している。
手間暇と食欲を天秤にかけクロードが手を葡萄の汁でべたべたにしながら皮を剥いていると槍の鍛錬を終えたローレンツがクロードがいる卓へやってきた。紫色の艶々と輝く葡萄を手に取る。
「これは見事な葡萄だな……。そしてなんだその無様な皮の剥き方は」
「だから皮ごと食える奴の方が好きなんだよ」
「素手で剥こうとするからだ。フォークを使いたまえ」
ローレンツは葡萄を一粒手に取り茎側ではなく反対側にフォークを軽く刺し、実に沿ってぐるりと回した。これだけで皮が半分めくれている。茎側は房から外す際に緩んでいるので軽く押すだけで身が綺麗に皮から離れた。
「葡萄は指で摘んでも良いのだよ」
そういうと紫の皮に隠れていた瑞々しい緑の塊を白く長い指で口に運ぶと手巾を押し当てた。多分中に種を捨てている。ローレンツの所作を見ていると何故、彼が向日葵の種の食べ方について散々なことを言ったのか、なんとなく分かるような気がした。皿の片隅に種と剥いた皮をきっちり分けて置いている。クロードの故郷では男は誰もそんなことをしない。剥きにくいと文句を言いながら手を葡萄の汁でべたべたにして皮も種も一緒くたに置くだろう。
「ローレンツ先生はさすがだねえ」
「ふん、貴族なら当然のことだ」
儀式めいた礼儀作法にも意味がある。だからローレンツは礼儀正しさを尊重しているのかもしれない。
───五年後───
クロードは半分こな、と言うと上着の隠しから取り出した小さな袋を自分の前衛を勤めるローレンツに向かって放った。ローレンツはクロードの奇をてらった動きにもう慣れたのか、籠手をつけたままでも取り落とすこともなく袋を掴んだ。握って感触を確かめると袋の中には炒った向日葵の種が入っていた。
今は森の中にいて敵を待ち伏せしているため槍は手放せないしそもそも籠手を着けたままだ。槍を振るう者の中には革手袋だけしか着けない者もいる。しかし近接戦闘の際には素手で殴るより金属製の籠手を付けたまま殴った方が相手に深傷を負わせることが可能だ。故に万が一のことを考えてローレンツはいつも籠手を着けている。そのことは知っているはずのクロードに聞こえるようローレンツは大きなため息をついた。この茶番に付き合ってやらねばならない。
「食べさせてくれ」
褐色の指がローレンツの口の中に向日葵の種をそっと捩じ込む。クロードの指を齧らないように種を二回齧るのにも慣れてしまった。慣れていくうちにローレンツに向日葵の種を食べさせたがる時はクロードが酷く疲れている時だと言うことも分かってしまった。
褐色の指に息を吹きかけ唾液で彼の指にへばりついた種の殻を地面に落とす。ローレンツからすれば無作法の極みと言えるだろう。クロードが何が楽しくて森の中、静かに向かい合いながら自分の口に指を突っ込んでいるのかローレンツには全く分からない。
「慣れたもんだなあ」
だがローレンツは耳元で嬉しそうに囁かれるのが嫌いではなかった。
───?年後───
仕事を溜め込むとローレンツから雷を落とされてしまう、と分かっているが今日も暑くて書類の決裁が全く捗らない。クロード、いや、カリード王は少し気分を変えたくて部屋に用意されていた果物籠から紫の葡萄をつまみあげた。暑気払いとなるようブリザーで作った氷の上で冷やされている。
フォドラにいた頃、彼から教えてもらった通りフォークを葡萄の粒に軽く刺しぐるりと回した。細かい作業に夢中になっているうちに同じく用意されていた白い皿の上に紫の皮と小さな種が積み重なっていく。
扉を叩く音がしてナデルが書類の束を抱えて入ってきた。幼い頃から仕えていた王の机を一瞥し笑いを堪える。
「飼い慣らされたな……」
「うるさい。こうするとすぐに皮が剥けるんだよ」
ナデルがナルデールと名乗ってリーガン家の家宰をしていた頃、初めてローレンツを見た。青白く細長く口煩い、と言うのが第一印象でこれが覆ることはないだろうとも思っていた。ところが未来はどうなるか全く分からないもので、捻くれ者の王がとても素直に言うことを聞いて待っている。捻くれ者の王にとってこの王宮は嫌な思い出が溢れている場所だった。あの階段で突き飛ばされこの卓では毒を盛られ───今、彼が玉座に座っていることは奇跡と言えるだろう。
あの時、階段から突き落とされた小さな王子に欠けていたものが満ちていく様を見るのはナデルにとって結構愉快なことだった。畳む