-horreum-倉庫

雑多です。
「向日葵」 #クロロレ #クロロレワンドロワンライ参加作品

 基本、クロードはベレトに誘われない限り厨房に立たない。ところが珍しく麵麭焼き釜の前に陣取っていた。あたりには香ばしい匂いが漂っているが麺包の匂いではない。彼が将来の盟主として相応しい言動をとっているのか常に監視しているローレンツは当然、そのことに気がついた。
「一体、何をやっているのかね」
「試したいことがあって、な」
 質問の答えになっているのかなっていないのか、微妙な言葉をよこしてきたクロードが分厚い手袋を嵌め、熱い熱いと言いながら中から鉄板を取り出した。鉄板の上には所狭しと種が並べられている。クロードが予め用意しておいた皿に向け、鉄板を傾けるとさらさらと何かの種が落ちていった。火を通したのであればこれらの種はもう芽吹かない。薬の素材にするのか食べ物なのかローレンツには使途が全く分からなかった。
 クロードは種を一粒つまみ出すと口に含みカリカリと音を立て、あっという間に種の殻を口からつまみ出した。あまりに早かったので何が起きているのかローレンツにはよく分からなかった。そもそも殻とはいえ他人の前で一度口に含んだものを出すなどローレンツにはあり得ない。
「な、なんと不作法な!」
「向日葵の種はこうやって食うもんだろ、ローレンツは食ったことないのか?」
 ない、と答えるとクロードから種を一粒差し出された。
「栄養があって戦場で携行食にすることもあるんだから食べ慣れておいた方がいいぜ」
 言い返す言葉がなかったのでローレンツは不承不承クロードから向日葵の種を受け取り口に含んだ。せめてもの抵抗で口元に手巾をあてたが無意味な上に余計な手間が増えている。齧って殻を割り、口から種を出し指で殻を剥いて中身を食べてみると塩味が効いていて香ばしく癖になる味をしていた。
「見た目より遥かに美味だな」
「だろう?」
「殻をあらかじめ剥いてあるものが欲しいな」
「でも殻がついてるから長持ちするんだぜ?」
 厨房で珍しい組み合わせの二人が変わったことをしていたせいか、他の者まで集まってきた。種を食べる者と食べない者の割合は半々で、食べる者の話を聞いてみるとそれでもクロードの食べ方は独特らしい。食べる、と言っていたレオニーやアッシュはローレンツと同じく種を齧って割った後、両手を使って殻を剥いてから食べていた。
「いや、そんな風に両手で剥く必要ないだろ」
 クロードは種を指で持ったまま二回齧ると口の中に入れたままの指で殻を捻り、剥き出しにした中身を直接食べている。あまりに早く食べてしまうのでアッシュやレオニーが真似をしはじめた。コツを掴むのに暫くかかっていたが理屈が分かったらしく、あっという間に机の上が種の殻だらけになっていく。
「それにしてもクロードが厨房にいるなんて珍しいじゃないか」
「釜の余熱で火が通せる気がしてな」
 節約好きな二人が薪を余計に使わずに済む、という理由でクロードを称えた。

───数節後───
 修道院近郊にある葡萄園から葡萄が献上され、全ての食卓の上には葡萄が山のように積まれている。通常なら全て葡萄酒にするか干し葡萄にしてしまう。だが、今回は食欲旺盛な若者たちに新鮮な果物を食べさせようと大司教レアが取り計らってくれた。紫の葡萄は冷たい井戸水で冷やされているため訓練終了後の疲れた身体に染み入ることだろう。
 学生たちは皆自分が頼んだ料理が出来上がるまでの間、葡萄を食べておとなしく待っていた。手先に集中せねばならない食べ物が出ると皆、無言になる。クロードは褐色の指で紫の葡萄を一房つまみあげた。皮ごと食べられる種類ではない。クロードは皮を剥いて食べねばならない果物が嫌いだ。皮ごと食べられる葡萄や皮が剥いてある茘枝は好きだ。食べずにおこうかとも思ったが、先に食べ始めている学友たちが口を揃えて今年の葡萄の出来映えを絶賛している。
 手間暇と食欲を天秤にかけクロードが手を葡萄の汁でべたべたにしながら皮を剥いていると槍の鍛錬を終えたローレンツがクロードがいる卓へやってきた。紫色の艶々と輝く葡萄を手に取る。
「これは見事な葡萄だな……。そしてなんだその無様な皮の剥き方は」
「だから皮ごと食える奴の方が好きなんだよ」
「素手で剥こうとするからだ。フォークを使いたまえ」
 ローレンツは葡萄を一粒手に取り茎側ではなく反対側にフォークを軽く刺し、実に沿ってぐるりと回した。これだけで皮が半分めくれている。茎側は房から外す際に緩んでいるので軽く押すだけで身が綺麗に皮から離れた。
「葡萄は指で摘んでも良いのだよ」
 そういうと紫の皮に隠れていた瑞々しい緑の塊を白く長い指で口に運ぶと手巾を押し当てた。多分中に種を捨てている。ローレンツの所作を見ていると何故、彼が向日葵の種の食べ方について散々なことを言ったのか、なんとなく分かるような気がした。皿の片隅に種と剥いた皮をきっちり分けて置いている。クロードの故郷では男は誰もそんなことをしない。剥きにくいと文句を言いながら手を葡萄の汁でべたべたにして皮も種も一緒くたに置くだろう。
「ローレンツ先生はさすがだねえ」
「ふん、貴族なら当然のことだ」
 儀式めいた礼儀作法にも意味がある。だからローレンツは礼儀正しさを尊重しているのかもしれない。

───五年後───
 クロードは半分こな、と言うと上着の隠しから取り出した小さな袋を自分の前衛を勤めるローレンツに向かって放った。ローレンツはクロードの奇をてらった動きにもう慣れたのか、籠手をつけたままでも取り落とすこともなく袋を掴んだ。握って感触を確かめると袋の中には炒った向日葵の種が入っていた。
 今は森の中にいて敵を待ち伏せしているため槍は手放せないしそもそも籠手を着けたままだ。槍を振るう者の中には革手袋だけしか着けない者もいる。しかし近接戦闘の際には素手で殴るより金属製の籠手を付けたまま殴った方が相手に深傷を負わせることが可能だ。故に万が一のことを考えてローレンツはいつも籠手を着けている。そのことは知っているはずのクロードに聞こえるようローレンツは大きなため息をついた。この茶番に付き合ってやらねばならない。
「食べさせてくれ」
 褐色の指がローレンツの口の中に向日葵の種をそっと捩じ込む。クロードの指を齧らないように種を二回齧るのにも慣れてしまった。慣れていくうちにローレンツに向日葵の種を食べさせたがる時はクロードが酷く疲れている時だと言うことも分かってしまった。
 褐色の指に息を吹きかけ唾液で彼の指にへばりついた種の殻を地面に落とす。ローレンツからすれば無作法の極みと言えるだろう。クロードが何が楽しくて森の中、静かに向かい合いながら自分の口に指を突っ込んでいるのかローレンツには全く分からない。
「慣れたもんだなあ」
 だがローレンツは耳元で嬉しそうに囁かれるのが嫌いではなかった。

───?年後───
 仕事を溜め込むとローレンツから雷を落とされてしまう、と分かっているが今日も暑くて書類の決裁が全く捗らない。クロード、いや、カリード王は少し気分を変えたくて部屋に用意されていた果物籠から紫の葡萄をつまみあげた。暑気払いとなるようブリザーで作った氷の上で冷やされている。
 フォドラにいた頃、彼から教えてもらった通りフォークを葡萄の粒に軽く刺しぐるりと回した。細かい作業に夢中になっているうちに同じく用意されていた白い皿の上に紫の皮と小さな種が積み重なっていく。
 扉を叩く音がしてナデルが書類の束を抱えて入ってきた。幼い頃から仕えていた王の机を一瞥し笑いを堪える。
「飼い慣らされたな……」
「うるさい。こうするとすぐに皮が剥けるんだよ」
 ナデルがナルデールと名乗ってリーガン家の家宰をしていた頃、初めてローレンツを見た。青白く細長く口煩い、と言うのが第一印象でこれが覆ることはないだろうとも思っていた。ところが未来はどうなるか全く分からないもので、捻くれ者の王がとても素直に言うことを聞いて待っている。捻くれ者の王にとってこの王宮は嫌な思い出が溢れている場所だった。あの階段で突き飛ばされこの卓では毒を盛られ───今、彼が玉座に座っていることは奇跡と言えるだろう。
 あの時、階段から突き落とされた小さな王子に欠けていたものが満ちていく様を見るのはナデルにとって結構愉快なことだった。畳む