#かのひとはうつくしく番外編 #クロヒル #ロレマリ 「フォドラの卵」 2.首飾り 続きを読む ホルストの前には妹の親友マリアンヌとその夫ローレンツがいる。国境を越えパルミラに入国する彼らのため、ホルストは関所の長として執務室に二人を迎え彼らの査証に署名した。将来的にはマリアンヌがエドマンド辺境伯となるため、彼らの姓は複合姓となっている。こうしておくことで二人の間に生まれた子供は将来、親と全く同じ姓を名乗ったまま自然とどちらの爵位も継げるようになるのだ。 「二人とも爵位を継ぐ前の自由を満喫しているようだ」 領主になってしまえば気軽にフォドラの外へ出ることはむずかしくなる。まず健在であることが領主の務めだからだ。ヒルダはローレンツの父を責めたと聞くがネメシスの軍勢が攻めてきた際の振る舞いはあれが正しい。 「両国の友好関係が強固なものになればホルスト卿もヒルダさんとクロ……、失礼いたしました。カリード王子から王都に招かれるかと思います」 ローレンツはクロード=フォン=リーガンの失踪の後始末に奔走し、パルミラに彼がいるという事実に真っ先に辿り着いた。互いの旅券は受け入れることとなったが未だにパルミラとの停戦協定や友好条約は締結されていない。クロード、いや、カリード王子が即位すればローレンツとパルミラの官吏たちの努力が実る日が早まるだろう。 「はは、私たちゴネリル家の者もいまだに彼のことは昔の名で呼んでしまうのだ」 円卓会議に出るのは父であるゴネリル公でホルストはほとんど国境から動かない。だがリーガン家がリーガンの紋章を宿した少年を嫡子に据える、という話が円卓会議に出席する諸侯にだけ伝えられた時は例外だった。生涯にわたる付き合いになる───そう考えたホルストは内々のお披露目の際にデアドラまで足を運んだ。 あの時、遠くから姿を見た少し不満げな面持ちで矢を放っていた少年が義理の弟になるのだと言う。背に浮かんだリーガンの紋章を見た時にはその紋章を繋いだのがティアナ=フォン=リーガンである、と分からなかった。このまま上手くいけばバルタザールと共に幼い頃、憧れた人と姻戚になることがホルストは少し照れくさい。 「僕の失言をお許しいただきありがとうございます。ヒルダさんのパルミラでの暮らしが少しでも安定したものになるよう、力を尽くします」 「ホルストさんが王都にいらしたら、きっとヒルダさんとナデルさんは大喜びしますね」 この先の展望と夢を語る二人は長身だが細身で、とてもではないが護衛を付けずにパルミラ国内を移動できるような見た目をしていない。だが互いを頼りに旅ができるのは彼らが二人とも紋章を宿す歴戦の勇者だからだ。 「それにしても君たちであれば海路の方が早いように思えるのだが何故、陸路を?」 マリアンヌがすっと歩み出て指を三本立てた。理由は三つあるらしい。 「ヒルダさんへお渡しするために運んでいる物がとても繊細で海上輸送に耐えない、こちらで買いつけをしたかった、ゴネリル家の皆さまから直接ヒルダさんへの言伝を聞くため、以上の三つが今回、陸路を選んだ理由となります」 後ろで妻が話す様子を見守っているローレンツの顔は本当に幸せそうだ。妻が優秀であることに嫉妬せず頑丈に梱包された小ぶりな箱を小脇に抱えている。 実際、適材適所なのだ。ヒルダがまだゴネリル家にいた頃、マリアンヌは何度か首飾りまで顔を出しに来たことがある。馬や天馬は巧みに乗りこなすのに自分の足で歩くと驚くほど人や家具にぶつかっていた。確かに壊れやすいものは持たせられない。 「ゴネリル公ご夫妻からの手紙と品は既に預かっております。明朝の出発までに用意していただければホルスト卿からの手紙と品も確実に王都のヒルダさんへ届けることが可能です。帰りは海路の予定なのでヒルダさんからいただいた返信はエドマンドから使者に持たせるつもりです」 最後にローレンツがそう付け足した。二人はそのままエドギアに戻るのだろう。 「なるほど、ところで海上輸送に耐えないもの、とは何だろうか?」 藁をふんだんに使えば大抵の割れ物は運ぶことができる。伯爵夫妻が自ら運ばねばならない品とは何だろうか。マリアンヌがローレンツを見つめた。彼でなければ梱包を解けないのだろう。そして梱包し直すのも彼でなければ出来ない。 愛する奥方に滅法甘い、と評判なローレンツはホルストの許可を得ると抱えていた箱を執務用の机に置き、慎重に紐を解き始めた。どんな祝いの品より遠路はるばる親友とその夫が訪ねてくれたことをヒルダは喜ぶだろう。鍛錬の証である胼胝だらけの手でローレンツが天鵞絨ばりの小さな箱を開いた。 ───中には卵の殻とそれを乗せるであろう小さな台座が入っている。 ただしホルストはこんなに美しく飾り立てられた卵を見たことがない。殻はゴネリル一族の髪と瞳の色を模した薄紅色に塗られている。その上にはリーガンの紋章とゴネリルの紋章の金細工が貼られていた。二つの紋章の周りには貴石が散りばめられている。下から卵を覆う鈴蘭の花は真珠で茎は紋章と同じく金細工、葉は金緑石で出来ている。真珠はおそらくエドマンドから入ってきたものだ。そして美しく飾り立てられた殻の上にはこれまた小さな金鹿が立っている。レスターを守る聖獣の角や卵に散りばめられた貴石がこちらで買いつけたかったもの、だろう。 「卵の殻、だろうか?」 ホルストは思わず卵を指さし、解説を求めてローレンツを見つめた。変わった舅との付き合いに苦労していることだろう。 「はい、針で穴をあけて中身を取り出した後に細工を施してあります」 「これは確かに海路には耐えなさそうだ。大きさから言って鶏だろうか?」 「はい、義父が考案したものです。意匠には私とローレンツさんの意見が反映されていますが……」 彼の妻が解説を続けた。ホルストは正直言ってエドマンド辺境伯があまり得意ではない。控えめなマリアンヌが彼の養女だと知って驚愕したほどだ。この卵を目にする前に言葉だけで説明されたら馬鹿馬鹿しい、と思っただろう。だがこれは素晴らしい。努力せねば脆く崩れ去ってしまうが価値のあるもの、が永遠であって欲しい───そんな願いが込められている。 「画布や紙に描く絵なら級友のイグナーツくんに助力を仰げたのですが素材が素材なので金細工師に依頼しました」 ローレンツはそっと台座の上に飾り立てられた卵を乗せた。小さな卵を乗せる台にも小さな小さな真珠が散りばめられている。エドマンド辺境伯の価値のないものに価値を付け、高価にする実験は成功していた。貼り付けてある真珠や金緑石も儚い土台の上で輝きを増している。これが流行れば今までは売り物にならなかった小粒の真珠も価値が出るだろう。 「これには我が妹ヒルダも大喜びするに違いない。品も素晴らしいが、君たちが彼の地まで持参することが同じくらい重要なのだ」 せめてフォドラの中であったなら、というホルストの思いは消えない。何かあった時に駆けつけられないからだ。 「ありがとうございます。ゴネリル公ご夫妻からも過分な褒め言葉をいただきました。ヒルダさんたちにお見せするのが楽しみです」 妻の言葉を聞いてもう良かろう、と判断したローレンツが再び卵と台座をそっと天鵞絨張りの箱にしまった。───友人たちと再会し、卵を見たヒルダたちが大喜びする様を直接見られないことがホルストは少し寂しい。畳む 小説,男女カプ 2024/06/29(Sat)
#クロヒル
#ロレマリ
「フォドラの卵」
2.首飾り
ホルストの前には妹の親友マリアンヌとその夫ローレンツがいる。国境を越えパルミラに入国する彼らのため、ホルストは関所の長として執務室に二人を迎え彼らの査証に署名した。将来的にはマリアンヌがエドマンド辺境伯となるため、彼らの姓は複合姓となっている。こうしておくことで二人の間に生まれた子供は将来、親と全く同じ姓を名乗ったまま自然とどちらの爵位も継げるようになるのだ。
「二人とも爵位を継ぐ前の自由を満喫しているようだ」
領主になってしまえば気軽にフォドラの外へ出ることはむずかしくなる。まず健在であることが領主の務めだからだ。ヒルダはローレンツの父を責めたと聞くがネメシスの軍勢が攻めてきた際の振る舞いはあれが正しい。
「両国の友好関係が強固なものになればホルスト卿もヒルダさんとクロ……、失礼いたしました。カリード王子から王都に招かれるかと思います」
ローレンツはクロード=フォン=リーガンの失踪の後始末に奔走し、パルミラに彼がいるという事実に真っ先に辿り着いた。互いの旅券は受け入れることとなったが未だにパルミラとの停戦協定や友好条約は締結されていない。クロード、いや、カリード王子が即位すればローレンツとパルミラの官吏たちの努力が実る日が早まるだろう。
「はは、私たちゴネリル家の者もいまだに彼のことは昔の名で呼んでしまうのだ」
円卓会議に出るのは父であるゴネリル公でホルストはほとんど国境から動かない。だがリーガン家がリーガンの紋章を宿した少年を嫡子に据える、という話が円卓会議に出席する諸侯にだけ伝えられた時は例外だった。生涯にわたる付き合いになる───そう考えたホルストは内々のお披露目の際にデアドラまで足を運んだ。
あの時、遠くから姿を見た少し不満げな面持ちで矢を放っていた少年が義理の弟になるのだと言う。背に浮かんだリーガンの紋章を見た時にはその紋章を繋いだのがティアナ=フォン=リーガンである、と分からなかった。このまま上手くいけばバルタザールと共に幼い頃、憧れた人と姻戚になることがホルストは少し照れくさい。
「僕の失言をお許しいただきありがとうございます。ヒルダさんのパルミラでの暮らしが少しでも安定したものになるよう、力を尽くします」
「ホルストさんが王都にいらしたら、きっとヒルダさんとナデルさんは大喜びしますね」
この先の展望と夢を語る二人は長身だが細身で、とてもではないが護衛を付けずにパルミラ国内を移動できるような見た目をしていない。だが互いを頼りに旅ができるのは彼らが二人とも紋章を宿す歴戦の勇者だからだ。
「それにしても君たちであれば海路の方が早いように思えるのだが何故、陸路を?」
マリアンヌがすっと歩み出て指を三本立てた。理由は三つあるらしい。
「ヒルダさんへお渡しするために運んでいる物がとても繊細で海上輸送に耐えない、こちらで買いつけをしたかった、ゴネリル家の皆さまから直接ヒルダさんへの言伝を聞くため、以上の三つが今回、陸路を選んだ理由となります」
後ろで妻が話す様子を見守っているローレンツの顔は本当に幸せそうだ。妻が優秀であることに嫉妬せず頑丈に梱包された小ぶりな箱を小脇に抱えている。
実際、適材適所なのだ。ヒルダがまだゴネリル家にいた頃、マリアンヌは何度か首飾りまで顔を出しに来たことがある。馬や天馬は巧みに乗りこなすのに自分の足で歩くと驚くほど人や家具にぶつかっていた。確かに壊れやすいものは持たせられない。
「ゴネリル公ご夫妻からの手紙と品は既に預かっております。明朝の出発までに用意していただければホルスト卿からの手紙と品も確実に王都のヒルダさんへ届けることが可能です。帰りは海路の予定なのでヒルダさんからいただいた返信はエドマンドから使者に持たせるつもりです」
最後にローレンツがそう付け足した。二人はそのままエドギアに戻るのだろう。
「なるほど、ところで海上輸送に耐えないもの、とは何だろうか?」
藁をふんだんに使えば大抵の割れ物は運ぶことができる。伯爵夫妻が自ら運ばねばならない品とは何だろうか。マリアンヌがローレンツを見つめた。彼でなければ梱包を解けないのだろう。そして梱包し直すのも彼でなければ出来ない。
愛する奥方に滅法甘い、と評判なローレンツはホルストの許可を得ると抱えていた箱を執務用の机に置き、慎重に紐を解き始めた。どんな祝いの品より遠路はるばる親友とその夫が訪ねてくれたことをヒルダは喜ぶだろう。鍛錬の証である胼胝だらけの手でローレンツが天鵞絨ばりの小さな箱を開いた。
───中には卵の殻とそれを乗せるであろう小さな台座が入っている。
ただしホルストはこんなに美しく飾り立てられた卵を見たことがない。殻はゴネリル一族の髪と瞳の色を模した薄紅色に塗られている。その上にはリーガンの紋章とゴネリルの紋章の金細工が貼られていた。二つの紋章の周りには貴石が散りばめられている。下から卵を覆う鈴蘭の花は真珠で茎は紋章と同じく金細工、葉は金緑石で出来ている。真珠はおそらくエドマンドから入ってきたものだ。そして美しく飾り立てられた殻の上にはこれまた小さな金鹿が立っている。レスターを守る聖獣の角や卵に散りばめられた貴石がこちらで買いつけたかったもの、だろう。
「卵の殻、だろうか?」
ホルストは思わず卵を指さし、解説を求めてローレンツを見つめた。変わった舅との付き合いに苦労していることだろう。
「はい、針で穴をあけて中身を取り出した後に細工を施してあります」
「これは確かに海路には耐えなさそうだ。大きさから言って鶏だろうか?」
「はい、義父が考案したものです。意匠には私とローレンツさんの意見が反映されていますが……」
彼の妻が解説を続けた。ホルストは正直言ってエドマンド辺境伯があまり得意ではない。控えめなマリアンヌが彼の養女だと知って驚愕したほどだ。この卵を目にする前に言葉だけで説明されたら馬鹿馬鹿しい、と思っただろう。だがこれは素晴らしい。努力せねば脆く崩れ去ってしまうが価値のあるもの、が永遠であって欲しい───そんな願いが込められている。
「画布や紙に描く絵なら級友のイグナーツくんに助力を仰げたのですが素材が素材なので金細工師に依頼しました」
ローレンツはそっと台座の上に飾り立てられた卵を乗せた。小さな卵を乗せる台にも小さな小さな真珠が散りばめられている。エドマンド辺境伯の価値のないものに価値を付け、高価にする実験は成功していた。貼り付けてある真珠や金緑石も儚い土台の上で輝きを増している。これが流行れば今までは売り物にならなかった小粒の真珠も価値が出るだろう。
「これには我が妹ヒルダも大喜びするに違いない。品も素晴らしいが、君たちが彼の地まで持参することが同じくらい重要なのだ」
せめてフォドラの中であったなら、というホルストの思いは消えない。何かあった時に駆けつけられないからだ。
「ありがとうございます。ゴネリル公ご夫妻からも過分な褒め言葉をいただきました。ヒルダさんたちにお見せするのが楽しみです」
妻の言葉を聞いてもう良かろう、と判断したローレンツが再び卵と台座をそっと天鵞絨張りの箱にしまった。───友人たちと再会し、卵を見たヒルダたちが大喜びする様を直接見られないことがホルストは少し寂しい。畳む