-horreum-倉庫

雑多です。
#かのひとはうつくしく番外編
#クロヒル
#ロレマリ
「フォドラの卵」
3.王都

 カリード王子はフォドラから呼び寄せた愛姫ヒルダと共に王宮の一角に居を構えている。客人は何日も前から申請を出し持ち込むものは全て事前に申告し、身に付けているものと持ち物を全て検めた後でなければ中に入ることはできない。それでも王宮は彼らにとって危険な場所だった。
 表敬訪問と陳情が殆どだがとにかく王宮には来客が多い。誰が誰と会うのか、を知るためカリード王子は来客記録を取る文官たちに賄賂を払っている。今日も文官たちは何故か、不思議なことに長めの昼休みをとっていた。
「今のうちに確認するからヒルダは廊下を見張ってくれ」
 文官は滅多に文字を書き間違えない。王宮勤めともなれば滅多に特に優秀だ。それなのに今日は珍しく紙を削った跡がある。そこには懐かしい名前と似つかわしくない物の名前が書かれていた。ローレンツの発想なのか、それともマリアンヌの発想なのか。困惑した文官が書き間違えても不思議ではない。
「クロードくん、戻ってきたよ!」
 カリード王子の愛姫ヒルダは他人の目や耳のない場所では彼をクロード、と呼ぶ。
 クロードは急いでヒルダと共に備品が置いてある隣の部屋に隠れた。表敬訪問を申請している者の一覧にローレンツとマリアンヌの名がある。早く教えてやりたいがここでは声を上げられない。
───クロードはヒルダが声を上げて喜ぶ姿が好きなのだ。
 ヒルダと共に気配を消す時には必ず手を握ることにしている。見咎められた時に彼女と抱き合っていれば相応しくないところで愛姫にちょっかいを出す馬鹿な王子、と言う扱いで見逃してもらえるからだ。だが即位してしまえばこんな誤魔化しにヒルダの美貌を利用しなくて済む。
 その日を迎えるためにもまず御前会議が終わるまで二人で生き延びねばならない。文官たちが仕事を再開し、机の上だけに集中しはじめたのを見計らった二人は気付かれぬように去った。あと一人、大臣を失脚させればこんな暮らしともおさらばだが最後まで油断は出来ない。
 ヒルダはいつものように蝋引きの書字板と鉄筆を渡してくれたがクロードはどちらもそっと書物机に置いた。
「いや、今日はそんなことをしてる場合じゃないんだ」
 いつもならクロードは盗み読んだ来客簿の中身を忘れてしまう前に急いで書き記す。だが今日はクロードの様子がいつもと違うことに困惑しているヒルダを抱き寄せ、耳元で見たものについて囁いた。
「え!本当に!やだ、ちょっとどうしよう……すっごく嬉しい!早くマリアンヌちゃんたちに会いたい!」
 クロードの背中に回された腕に力が入る。ゴネリルの紋章を宿しているせいかヒルダは怪力だ。クロードが宴会で歩けないほど泥酔した時は彼女が抱き抱えて部屋に戻る。召使たちが目を丸くして驚くのだがそれで良い。
 王都には西側の戦線に参加していた者も沢山存在する。彼らは皆、遠目に見たホルストの髪と瞳の色を覚えていた。クロードは人を食い殺す化け物と同じ色だ、ということで緑の瞳を厭われて育ったが、それと同じくらい西から戻った者たちは薄紅色の髪と瞳を嫌う。
 彼らはいざヒルダを目にするとこれまで培ってきた漠然とした恐怖と実際の彼女から受ける印象が噛み合わず混乱する。だがどちらも正しいのだ。クロードにとってヒルダは地に足をつけている限り最も頼りになり、小柄でいい匂いがして共にいると笑顔になれる存在だ。どこにも矛盾はない。
「あとあいつら今回、変なものをフォドラから持ってきてるんだよ」
 変なもの、と聞いたヒルダはクロードを解放し、長椅子に座ると首を傾げた。薄紅色の真っ直ぐでさらさらな髪が動きに合わせて揺れている。初めて父に引き合わせた時、父がヒルダの髪型を格闘の際に髪を掴まれない自信がある者にしかできない、と評していたが本気でうんざりされそうなので本人には伝えていない。
「クロードくんが庭で育ててる茸より変なものってあるの?」
「うん、普通の土産もあるにはあるんだが申告書類に卵の殻、と書いてあった」
「卵の殻?どういうこと?」
 もしかしたら意味が分かるかもしれない、と期待していたのにヒルダも困惑している。
「フォドラ育ちのヒルダに分からないなら俺に分かるわけないだろ?」
 申告内容を見た文官も驚いたのか筆が乱れ、紙を削って間違えた箇所を訂正していた。クロードとヒルダはともかく、クロードとヒルダと文官の心がひとつなることなど滅多にない。時機はずれたが三人とも何故、という疑問詞で頭がいっぱいになっていた。文官は客の相手をする機会がない。クロードは後日、筆を乱してしまった者に答えを教えてやろうと決めた。

 クロードが生まれた時に与えられた名はクロードではない。クロードは十代半ばで故郷を出て本名を名乗るなと強いられた結果、適当に選んだ名だ。だが、今ではその名で呼ばれることが心地よくて毎朝二回名前を呼ばれるまでは寝たふりをする。
「クロードくん、クロードくん、朝だよ。今日はマリアンヌちゃんたちが来る日でしょ?」
 つまり大して長く寝たふりはできない。クロードは寝返りを打つと寝台に肘をついて身体を起こした。筋金入りのおしゃれということもあるが、フォドラからの客人を迎える時のヒルダは念入りに身支度をする。一方でクロードは顔を洗って適当に櫛を入れておしまいだ。櫛を入れても寝癖が取れない時は頭に布を巻く。
 あれやこれやと忙しそうにしているヒルダを尻目にクロードはベレト宛の手紙を書き終えた。だがヒルダはローレンツたちに託す手紙を前日に書き終えているので比べてはならない。

 山積していた些細な用事を終え、二人で王子が客を歓待するのに使う応接間に向かうと既に懐かしい友人夫妻がクロードたちを待っていた。足元にはいつもローレンツが土産を運ぶのに使っている行李が、卓の上には小さな箱がのせてある。
「お久しぶりです!」
 実際に顔を合わせると疑問の解消より喜びの発露の方が優先される。
「結婚式いきたかったなあ……出られなくってごめんね」
「エドマンドにいらしてくれただけで充分です」
 ローレンツとマリアンヌの結婚式はエドギアで行われた。エドギアは遠すぎて流石にヒルダは参列できなかったがエドマンドで開かれた輿入れ前、最後の女性だけの集まりには参加している。パルミラとエドマンド領は海路ならば結構近いのだ。
 瞳を潤ませヒルダと手を取り合って再会を喜ぶ妻を見たローレンツが微笑んでいる。学生時代から彼はあんな風に柔らかな顔でマリアンヌを見つめていた。そのことを知っているとこちらまで釣られて笑顔になってしまう。
 だがクロードから見られていることに気づいたローレンツは鼻を鳴らした。学生時代から行儀よくしろ、と周囲に言って回っていた彼はクロードにだけひどく乱暴な態度を取る。
「ところでお前ら何持ってきたんだ?申告書を見てひたすら困惑してるんだが……」
「卵の殻だ」
 そんな男同士の会話が耳に入ったのかヒルダとマリアンヌがようやくクロードの方を向いた。ヒルダも中身を気にしている。
「お見せした方が早いかと……ローレンツさん、お願いします」
 妻の言葉に頷いたローレンツは慎重に梱包を解いていった。確かにマリアンヌには任せられない。中から現れた台座と鈴蘭に覆われた薄紅色の卵を見たヒルダは歓声を上げた。ご丁寧に金鹿まで載せてある。
「うそ、これどうなってるの?本当にこれ、土台が卵の殻なの?」
「はい、鶏の卵です。だから私は怖くて触れなくて……ずっとローレンツさんが運んでいました」
 道中ずっと舅のかけた圧に耐えてきたローレンツは実に晴れやかな顔をしていた。今度はクロードたちがこの見事な卵の殻を壊さないよう気をつけねばならない。
「舅が普通のものではつまらないと言って君たちの祝いの品として職人に作らせたものだ」
「いや、さすがエドマンド辺境伯だよ!パルミラにこんなものはない!」
「フォドラにも存在しない。こうして僕たちが持ってきてしまったからな」
 ローレンツさんたら、といってマリアンヌが笑っている。将来、パルミラにいる友人の元へ祝いの品を届けに行くようになるのだ、と入学したばかりの引っ込み思案な彼女に言っても信じないだろう。
「僕とマリアンヌさんの意見が意匠に取り入れられている」
「指輪とか耳飾りとか首飾りばっかり作ってきたけど私もこういうの作ってみようかな?」
「きっと素晴らしい物が出来上がるに違いありません」
 クロードの耳を実際にくすぐるのは親しい者たちの会話だ。だが、大切なものは柔く脆い。日々、努力して維持し価値を高めよ───というエドマンド辺境伯の声が聞こえたような気がした。畳む