-horreum-倉庫

雑多です。
「flow」第2部 5.精霊の庭
#完売本 #クロロレ #flow #現パロ

 セイロス教の神話は神祖が空から地に降り立つところから始まる。
 ダグザでは創造神の意志によりこの世界が生まれた。
 ブリギットでは卵からこの世界が生まれた。
 スレンでは原人の死体からこの世界が生まれた。

 だがセイロス教では神祖が降り立ったその地がどの様に生まれたのか、にまつわる神話はない。何者かが探究心の根本を失わせたのだろうか。

 考古学は宗教と食い合わせが悪い。対象が十傑の遺産のような聖遺物であっても、炭素分析を使えば正確に何年前のものかわかってしまう。ローレンツの専攻は認知考古学だ。物質的証拠、例えば絵画等をもとに当時の人々の精神状態を解明しようとする新しい研究分野で、その性質からいって心理学、霊長類学、神経科学等の専門家の協力が必要となる。
 そこでローレンツは恩師のベレトに神経科学の専門家であるクロードを紹介して貰った───という一連の事情は嘘ではない。事実の一部だ。
 ベレトはレアの亡骸が収められた内棺に彫られたレリーフの向きをどうしても知る必要があった。縦長と取るか横長と取るかで全く意味が違ってくる。洞窟の壁に星が描いてあれば横長、星が描かれていなかったら縦長だ。しかし宗教警察に逮捕された身では洞窟の内部を調べることは叶わない。
 ベレトの代わりに調べられるのはクロードだけだ。しかし彼と調査内容について直接やり取りをすれば宗教警察に内容が筒抜けになってしまう。クロードと職場が同じリンハルトがメッセンジャーに相応しいかと思ったが、彼はアンヴァルへ引っ越してしまった。だからローレンツがベレトのメッセンジャーをしている。
「誕生日カードを送りそびれたんだ」
「僕が選んでも構わなければ切手も添えて、次回の面談の時に持って来ようか?」
 彼らがそんな差し入れを認めるとも思えないが、とでも言いたげにローレンツはマジックミラーを睨んだ。裏側にはベレトとローレンツを観察している捜査官がいる。
「優秀だからすぐに母国に帰って大成功するかと思ったが、家庭の事情で中々帰れないままでね。寂しい思いをしている筈だから個人的にも仲良くしてやってほしい」
 体調が悪く靴を取り上げられ腕に鎖をつけられ、それでもなおベレトは教え子のことを心配している。例え髪と瞳の色が変わろうとローレンツにとって、彼は彼のままだった。
 ベレトは体の調子が良いとメモ用紙にずっと何かを書いている。与えられているのは小さな、固定電話の脇に置いておくような正方形のメモ用紙とゴルフ場などでスコアを記録する際に使うペグシルだ。長文は書けない。
 ローレンツは床に落ちたメモを拾ってやった時に中身を少しだけ見たことがある。外国の神話の一部を思い出して書き留めているような文章の時もあれば、実験のメモのような時もある。彼の書き散らす思わせぶりな文章を見て、捜査官が血相を変えることもあった。
 別れ際、いつものようにローレンツが手を差し出すとベレトから袖口にメモ用紙を差し込まれた。自宅で中身を確かめると「誕生日おめでとう」と書かれていた。クロードに渡せ、と言うことなのだろう。だがこんなささやかで何のヒントにもならないメモを隠してこっそり渡すのに何故、意味ありげなメモは量産し無頓着な扱いをするのだろうか。ローレンツにはベレトが何を考えているのかよく分からない。ただ理解出来た点については遵守しようと思った。
───メモの現物を渡してクロードとは仲良くする───
 ベレトが使っているメモ用紙には宗教警察のロゴが入っているから扱いが難しい。内容は無害そのものだがこっそり渡す方が良さそうだ、とローレンツは判断した。

 一方で、クロードはローレンツから手首の内側を触られた時に激しく動揺していた。
 クロードの親族の中には留学中に羽目を外すものも多い。しかし大体は裁判沙汰になり最終的には慰謝料だの養育費だのを払う羽目になった。親族の愚かな振る舞いに昔から苛立っていたクロードは学生時代は恋人を作ろうとしなかった。いつ帰国せよ、と言われても平気なように心がけていたせいでもある。
 帰国しそびれて研究職についてからは仕事に気力を搾り取られたし、王族であることを伏せていると世間の目が冷たい。後にローレンツがベレトからの言伝てを預かってくるようになり、初めて彼の意図を察した時は流石にマジックミラー越しに苦情を言った。
 クロードを見張る捜査官からすれば彼の苦情はもてる男の惚気にしか聞こえないだろう。ベレトは不思議そうな顔をして「ローレンツは公私ともに仲良くするに足る男だろう」と言い、この苦情以降クロードは宗教警察から呼び出されなくなった。

 共同研究をしていくうちに親しくなって一線を超えてしまえば、いつクロードとローレンツが連絡を取り合っても全くおかしくない。思い返してみればあの時ベレトはクロードを煽ったのだ。灰色の悪魔の思惑にまんまと乗った生活は奇妙で恐ろしい思いもするが不思議と幸せで、クロードはそれが恐ろしい。その幸せが失われてしまうことが恐ろしい。
 クロードの思考はドアホンの音で中断された。
「クロード、僕だ」
 モニターの中にはローレンツが映っていた。初めて会った時も着ていたワインレッド色のシャツが紫の髪と白い肌に映えている。先日、クロードが唇で記した星図はもう消えてしまっただろうか?
 あの後ローレンツはヒューベルトに問い合わせをして、特に立ち入り調査を嫌がられた洞窟をいくつか教えてもらった。そこにも天国の女王はおわすかもしれない。ベレトに頼まれたものを探すべき場所は沢山あった。
 オートロックを解除してローレンツに部屋まで上がってきて貰うと彼は遠出の帰りなのか、いつもの巨大なトランクを持参していた。ああ、疲れた!とため息をつきながら、クロードの自宅に仕掛けられた盗聴器を次々に素早く探していく。ローレンツはおそらくカメラは仕掛けられていないことと盗聴器の数に変化のないこと、を確かめると主人に断りなくテレビ前のソファにその身を沈めた。
「お前もこの辺に部屋借りれば?」
「クロードの部屋があるからいい」
 いつも元気潑剌としているローレンツが凹んでいるのは珍しい。十二世紀の終わり頃、破裂の槍が暴走したという伝説が残っているコナン塔の調査許可が出たときの上機嫌ぶりと比べるとその落ち込みぶりがわかる。
「ポップコーン作ってやるから元気出せよ。映画でも見ようぜ」
 クロードの提案を受けてローレンツは今日ばかりは自分を甘やかすことにしたらしい。
「バターは沢山かけてくれるんだろうね?」
 クロードはリモコンで適当にミュージカル映画を選んだ。これなら歌を聴くために黙っていても不自然ではない。口を開く気になれないローレンツの手の甲にクロードはそっと手を乗せ、指で話しかけた。カメラが仕込まれていたらあっという間に解析されてしまうような拙い符丁で、指の関節のひとつひとつにアルファベットが割り振ってある。これはベレトにも教えていない。
───何があった───
───僕もコナン塔で確かに同じ星を見たのに壁画が壊された───
 クロードの褐色の指をローレンツの白い指がピアノでも弾いているかのようにリズミカルに叩いていく。クロードが洞窟画で見た連星もローレンツがコナン塔の壁画で見た連星も肉眼で確認することはできない。精霊に導かれたのだと言って眼鏡のレンズを前後に二枚重ねた男が大司教の手で首をはねられたのは何世紀のことだったかセイロス教の歴史に疎いクロードには思い出せなかった。
───どこの誰が教えたんだろうな───
 クロードの指がローレンツの指の上でそう囁いた。随分と昔、おそらく何世紀も前にどこかの誰かが気がついて、シリウスを表す際に大小ふたつの星印を描くことをやめさせたのだろう。宗教警察が設立されるはるか昔から、そういう意図を持って活動する集団がこのフォドラには存在した。
 肉眼ではひとつにしか見えない星を意匠で表す際にふたつにしていた人々は何を思っていたのだろうか。コナン塔の壁画でクロードと同じ物を見られたローレンツは震えるほど感動したのに台無しにされた。危険な目に遭わされたクロードよりましかもしれないが、それでも悲しかったし腹立たしい。

 いつの間にか映画は終わっていたがローレンツはもうずっと感情的になっていて、それを抑えるのに必死だった。テレビの前の大きなソファに寝転がりながら黙って腕を組み昂る感情と戦っているとクロードがローレンツに覆いかぶさってきた。ポップコーンを食べたあとだからかクロードの身体からはバターの香りがする。ローレンツの顎をそっと褐色の指が上げるとそれまで眉間に刻まれていた皺が解け、何かを睨みつけていた紫の瞳の上にそっと白い瞼が下りた。瞼にクロードの唇が落とされる。ローレンツが鼻から深く吐いた息がクロードの喉に当たってくすぐったいのかクロードが笑っている。
 今でこそ互いに晒していない場所などないような二人だが、クロードがローレンツから最初に教えられた連絡先はドメイン名が大学になっているメールアドレスだった。研究協力程度なら当たり前の話だ。いつもならば関係は深まることもなくそれで終わる。だが手首の血管をそっとなぞったローレンツの白い指の感触が忘れられなかったクロードはいつもなら絶対にしないことをした。このままでいいのかと言う焦りがあったのかもしれない。
 後日、なけなしの勇気をはたいてローレンツのプライベートな連絡先を聞いた時にこれも女神の思し召しなのだろう、と彼は呟いた。パルミラの血を引くクロードから渡されたロック解除済みのスマートフォンを手に取らないものも多い。だがローレンツは流れるような仕草で自分の番号を押した。
 彼のスマートフォンから鳴り響いた着信音がデフォルトのままだったので、その時を境にクロードは着信音を別のものに変えている。二人でいる時にどちらのスマートフォンが鳴っているのか分かりやすくするためだ。クロードのスマートフォンはあまり鳴らないがローレンツのスマートフォンは家族からの着信が多い。
 些細なことでぽつりと女神の名を口にするフォドラ育ちの青年が特に気負うことなく、クロードに心を開いてくれたことがとにかく嬉しかった。

 その後、念願が叶ってクロードの自宅へ彼がやってきてくれた時のことも鮮明に覚えている。ローレンツは君の部屋は物で溢れている、とこぼしながらクロードの寝室やリビングのACアダプターやコンセントに仕込まれた盗聴器を無言で指差した。だがそんなことより靴を脱いでくれとクロードが頼んだ時、ローレンツが何も言わずに自然に靴を脱いでくれたことの方が忘れられない。フォドラの他の人々は「どんなに言葉が達者でもやっぱりパルミラ人だな」等と余計なことを言うし、何故か勝ち誇ったような顔する。そんなことに優劣をつける必要などどこにもない。
 クロードが薄い唇を吸うとローレンツもやり返してきた。だが、すぐに一歩引いて熱い舌を迎え入れてくれる。クロードが息継ぎをしながら思う存分、彼より背が高い恋人の口の中を堪能し終えるとローレンツの息は浅くなっていた。どうも彼はクロードに委ね過ぎてしまうらしい。
 初めてキスをした時にクロードが息継ぎは出来ないのか、と揶揄ったら彼はむきになって、きちんと泳げると言い返してきた。頬が赤くなるとローレンツは年上とは思えないくらい幼く見える。 
 息を整えた彼は無言で再び盗聴器入りのACアダプターを指差し、自らクロードに抱きついた。その時に彼が着ていたシャツの生地の柄もクロードは一生忘れないだろう。クロードの耳元でローレンツが囁く。
(彼らに会話を聞かれたくない。銃に撃たれたつもりで呻き声を上げてくれ)
 演技などせずとも人肌や体温に昂っていたクロードは元から声が出そうだった。どうにか今日、彼に自分の好意を受け入れて貰いたい。自分の血管が脈打つ音が煩くて、ローレンツの囁きを正確に聞き取れたかどうか自信がなかった。
 それにしても家庭の事情で恋人を今まで作れなかった自分と何度も二人きりで会って、その上自宅で身体を密着させるなんて危険な行為がよく出来たものだ。どのタイミングでリビングではなく色々と道具が用意してある寝室に移動すれば良いのか。焦りを逃すためだろうか、クロードの口から自然と大きなため息が出た。
(先生からの言伝で「封鎖されている聖地の中で天国の女王を探せ」との事だ)
 そんなクロードの思惑に気付かずローレンツはメッセンジャーとしての役目を果たしている。パルミラではシリウスのこと天国の女王と呼ぶ。確かにこれはクロードに宛てたベレトのからの言伝だ。承った、とクロードがローレンツの耳元に口を付けて囁き返す。
 その刺激を受けて彼の身体が微かに震えた。要は密談を掻き消すために声を上げる者がいれば良い。自分たちのことを恋に落ちた愚か者と先方へ思わせたいなら、声を出す担当はどちらであっても構わない筈だ。  
 そのまま白い耳を舐めると反射的にローレンツが自分の口に手を当て声を我慢し始めた。クロードはその手を取り彼の白い指を咥えると関節の内側を舐めた。
(声を抑えたら意味がないだろう)
 あの時の白地に細かい青のストライプが入っていたシャツもローレンツに似合っていたが、今日着ているワインレッド色のシャツもよく似合っている。左手で身体の線を堪能しながら右手でボタンを外していくと白い胸元が晒された。先日の発見に関する覚書はもうローレンツの身体の上に残されていない。そんなに間が空いていたのか、とクロードは改めて気がついた。

 あの時、形勢がひっくり返されたことを悟ったローレンツは瞳を潤ませて小さく頷いた。元よりベレトから仮にローレンツとクロードが付き合ったとしたら周りに強烈な印象を与えるし、その後の状況に説得力も生まれるだろうとは言われていた。周囲はクロードがずっと恋人を作らなかったのは性的な対象が同性だったから、と解釈する。加えてベレトからの厄介な依頼のせいで少しクロードの仕事に支障が出たとしても、ようやく出来た恋人に骨抜きになっていると見做されて終わる筈だ、と。
 こういうのは腑に落ちた、と周りに思わせるのが肝心なんだ、とベレトは続けて主張した。確かに適度にスキャンダラスでちょうど良いのかもしれない。
───女神の姿をみだりに見ようとしてはならない───
 セイロス教の秘密に触れようとした人々は不自然に命を落とすことが多い。単なるメッセンジャーのローレンツはともかく、クロードはとても危険な立場にいる。彼の命を守れるかどうかはローレンツの演技にかかっていた。それでも初めてクロードから好きなように体を弄られた時は大柄な自分の身体に熱狂している彼に対して驚いたし、嫌悪感を覚えず好ましいと感じている自分にも驚いた。
 だが好き放題に口を吸われて息が上がりそうだった時に息継ぎが出来ないのか、とクロードから揶揄われたのは腹が立った。
「失礼な。僕はきちんと泳げる」
 クロードから触られるのは嫌ではなかったが見くびられるのは嫌だった。その感覚は未だに抜けず、息継ぎが下手だと思われているような気がしただけでまだ必ず何か言い返してしまう。ローレンツは口の周りを拭うと身体を起こして自分からベルトを外した。

 腰を浮かせ脱がせてくれ、とねだるローレンツの姿がクロードの欲求を掻き立てる。血流が増えたらしく紫色の虹彩が充血し、いつもより少し瞳の色が濃くなっていた。いつも素晴らしいのだがこう言う時の彼は更に素晴らしい。
「どうしても君に合わせようとしてしまうな」
 ローレンツは声も身体も態度も大きいので一見、可愛げなどなさそうに見える。だがクロードのため、こんな風に一歩引いてくれる時もある。クロードはふと我に返って熱くなった顔を両手で隠した。今更だが自分がどんなににやけた表情をしているのかが気になる。
「そんなこと言われたら歯止めが効かない」
 指の隙間から見えたローレンツは興奮しているのか見られているとも知らず、舌を出して自身の唇をゆっくりと舐めていた。
「それは楽しみだ」
 目線に気がつき煽るような答えを返したローレンツはクロードのズボンに手をかけた。あの時と逆だ。
 今晩、必要なものはすべてサイドチェストに置いた箱の中に用意してある。どこで楽しむのかはお互いの気分で決まるため、引き出しより箱の方が合理的で良い。
 インターホンが鳴ってから慌ててベッドサイドに持ってきた箱にはローレンツの指のサイズを測るためのメジャーも入っている。今晩のクロードはローレンツの指のサイズを測っても起きないくらい彼を疲れさせる必要があった。畳む