「さかしま」3.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む ロナート卿の叛乱について一報が入って以来、士官学校は悪い意味で落ち着かない。気の毒なアッシュは必死で様々なものを堪えていた。義理の兄クリストフに続き、養父ロナート卿を失うかもしれない恐怖に脅える彼にはどんな言葉も慰めにはならない。今節、金鹿の学級が修道院から課された奉仕活動はそのロナート卿の叛乱を鎮圧するセイロス騎士団の補佐だ。流石に当事者の養子が所属する青獅子の学級には任せられない、と教会が考えたのだろう。 叛乱のあらましと今節の課題が発表されて以来、ローレンツはずっと機嫌が悪い。彼の考える立派な領主像とロナート卿の振る舞いがかけ離れているからだ。槍を鍛錬する際も苛立ちをぶつけるかのような態度が目立ち、訓練用の槍を壊してしまうことが多い。 そんな彼は柄だけになった槍を構え、槍と戦う時の間合いを知りたいというラファエルの訓練に付き合っている。大柄なラファエルが本気で籠手を振るって来るのに先ほどからずっと基本の動作である直突きを繰り返していた。本能的に巻き技を使いたくなる筈だが、ローレンツは意志の力でその欲求をねじ伏せて同じ動作を繰り返している。しかしどうやらラファエルの叫び声がうるさいらしい。ローレンツの眉間に微かに皺が寄っているのをクロードは見逃さなかった。 クロードの兵種はアーチャーで今はスナイパーを目指している。資格試験のことを考えれば他人の訓練を見物している暇はない。だがクロードは、ベレトからアッシュが心を落ち着けて訓練できるように的場を彼に譲ってくれ、と言われていた。 稽古場の片隅に置いてある長椅子に腰掛けたクロードは同じ兵種であるレオニーと並んで、近接戦闘の訓練を眺めながら弓の手入れをしていた。二人とも最初は真面目に調整していたのだが、どうしても同じ空間にいる他の者の訓練に目がいってしまうため手は動いていない。 「うわ、ラファエルもローレンツもすごいな!なあクロード、私は槍が使えるけどあんたは身ひとつでグラップラーと渡り合う羽目になったらどうする?」 「すっ飛んで逃げるね!」 レスター諸侯同盟の盟主であるリーガン家嫡子のあまりに明け透けな答えを聞いたレオニーはひどすぎる!と言って弓を置き、手を叩いて笑った。回避に自信がある兵種同士でその場に留まって、攻撃を避け続けていても体力が尽きれば負けてしまう。クロードの考えも間違ってはいない。 そこにラファエルとの訓練を終えたローレンツが首にかけた布で汗を拭きながらやってきた。クロードは彼から盟主としての資質を問われている。そう宣言された時にクロードは正直いって、面白い気持ちではなかった。探られることよりもっと嫌なことがある。 資質と言う単語が嫌だった。生まれついての才のことを資質と言う。生まれついての才と努力して身につけた才の区別は付くのか、逆にローレンツへ質問する機会が来ないだろうかと狙っている。 「レオニーさんの心がけは素晴らしい。クロード、それに比べてなんだ君は。将来の盟主としての自覚がないのか?弓矢以外に武器を扱えるようになっておくべきだ。近接戦闘をする時もあるだろう」 「ローレンツ先生もご存知の通りそんな事態に陥らないようにするのが俺の本分だよ」 「小賢しいことばかり言うのは無様だぞ」 そう言うとローレンツは水筒が乱立している机から自分の物を手に取った。訓練中はヒルダやマリアンヌですら筒に直接口を当てて飲むのだが、いつも彼は上品に蓋へ水を注いでから飲んでいる。こいつが所作を乱す様なことってあるのかね、とクロードが思った瞬間やはり手が疲れていたのかローレンツは蓋を取り落としそうになった。口の端から水が溢れ、水滴が白い喉元に落ちていく。もし彼がオメガならば、喉仏の下や頸にアルファを誘引するフェロモンの分泌腺があるはずだ。 「レオニーさん、女性の前で無作法なことをしてしまって申し訳ない」 「気にすんなってローレンツ。お行儀がいいのは知ってるからさ」 その光景を見て何故か言葉を失ってしまったクロードは調整中の弓を傍に置いて、もぞもぞと足を動かし組み直した。級長としての務めを果たすために学級全体を注意深く見ているに過ぎないのに何故こんなに落ち着かない気持ちになるのか。 ヒトは複雑な進化を遂げた結果、発情期を隠すようになった生物だ。アルファの女性もベータの女性も排卵しているかどうかは自分にも分からない。卵が先か鶏が先かは人によって意見が異なるが、排卵しているかどうかが不明であるからこそ人間の男性は配偶者と通年で性交する。そんな中で唯一、原始の名残を留めるのがオメガの男女たちだ。彼らは排卵していると周囲に知らしめてしまう体質に振り回され、抑制剤が開発されるまではアルファやベータから下に見られていた。今はセイロス教会附属の施療院が開発した抑制剤のおかげで服薬さえしていれば、オメガの男女はアルファやベータの女性と同じように暮らしていける。 しかしそれ以前の時代に産むだけの役立たず、と見做されたオメガの男女が淘汰されなかったのは何故か。強者が生き残り弱者が滅びることが淘汰と思われがちだが実際は適者生存が正しい。いくら無能と看做されようとも絶対に血を分けた後継者を必要とする身分が高いアルファにとって、確実に妊娠し出産してくれるオメガはお家存続のためになくてはならない存在だった。オメガの男女は蔑まれようとそんな風にして社会に適応し、生存してきた。フォドラに限定すれば紋章を受け継ぐ子供を高確率で産んでくれると言う事情もある。 士官学校で生涯の伴侶を見つける者は多い。表現は酷いがある程度の品質が保証されているからだ。現に黒鷲の学級にいるドロテアは婚活目的の進学だ、と公言している。しかし紋章を継ぐアルファにとって情報が足りないままの恋愛は危険すぎる。第二性を知らぬまま恋に落ちた相手がオメガであれば、アルファであるクロードは本能に逆らえない。リーガン家の嫡子としても、パルミラ王家に連なる者としても結婚相手や子供を産ませる相手は慎重に選ばねばならないというのに─── 必死で冷静になろうとする級長の姿を見て、図星を指されてしょげているとでも思ったのだろうか。助言に対して反論せずとりあえず考えようとするのは素晴らしい変化だ、と告げてローレンツは汗を流すために去っていった。その広い背中を眺めてもクロードには彼の第二性がなんなのかさっぱり分からない。顔が小さく手足が長く、体躯がしっかりしたローレンツが小柄なリシテアの面倒を見ている姿は我が子を慈しむ親のようにも見えるし、歳が離れた美しい恋人同士のようにも見える。 「なあレオニー。俺に槍を教えてくれないか?」 「鍛錬で忙しい合間を縫って教えてもすっ飛んで逃げるんじゃ教え甲斐がないよ」 「そんなこと言わずに頼むよ」 「うーん、それにクロードまで槍を選んだらうちの学級は武器が偏る。剣か斧だな。つまり先生かヒルダだ」 弦の張り具合を確かめ終えたレオニーからの返答は芳しくないものだった。だが、どうすべきかの助言は与えてもらえたのでそれで良い。担任のベレトは教えるのが上手いが、その訓練内容が夜の修道院探索に出かけられないほど苛烈なのは分かっている。選択肢はひとつだった。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
ロナート卿の叛乱について一報が入って以来、士官学校は悪い意味で落ち着かない。気の毒なアッシュは必死で様々なものを堪えていた。義理の兄クリストフに続き、養父ロナート卿を失うかもしれない恐怖に脅える彼にはどんな言葉も慰めにはならない。今節、金鹿の学級が修道院から課された奉仕活動はそのロナート卿の叛乱を鎮圧するセイロス騎士団の補佐だ。流石に当事者の養子が所属する青獅子の学級には任せられない、と教会が考えたのだろう。
叛乱のあらましと今節の課題が発表されて以来、ローレンツはずっと機嫌が悪い。彼の考える立派な領主像とロナート卿の振る舞いがかけ離れているからだ。槍を鍛錬する際も苛立ちをぶつけるかのような態度が目立ち、訓練用の槍を壊してしまうことが多い。
そんな彼は柄だけになった槍を構え、槍と戦う時の間合いを知りたいというラファエルの訓練に付き合っている。大柄なラファエルが本気で籠手を振るって来るのに先ほどからずっと基本の動作である直突きを繰り返していた。本能的に巻き技を使いたくなる筈だが、ローレンツは意志の力でその欲求をねじ伏せて同じ動作を繰り返している。しかしどうやらラファエルの叫び声がうるさいらしい。ローレンツの眉間に微かに皺が寄っているのをクロードは見逃さなかった。
クロードの兵種はアーチャーで今はスナイパーを目指している。資格試験のことを考えれば他人の訓練を見物している暇はない。だがクロードは、ベレトからアッシュが心を落ち着けて訓練できるように的場を彼に譲ってくれ、と言われていた。
稽古場の片隅に置いてある長椅子に腰掛けたクロードは同じ兵種であるレオニーと並んで、近接戦闘の訓練を眺めながら弓の手入れをしていた。二人とも最初は真面目に調整していたのだが、どうしても同じ空間にいる他の者の訓練に目がいってしまうため手は動いていない。
「うわ、ラファエルもローレンツもすごいな!なあクロード、私は槍が使えるけどあんたは身ひとつでグラップラーと渡り合う羽目になったらどうする?」
「すっ飛んで逃げるね!」
レスター諸侯同盟の盟主であるリーガン家嫡子のあまりに明け透けな答えを聞いたレオニーはひどすぎる!と言って弓を置き、手を叩いて笑った。回避に自信がある兵種同士でその場に留まって、攻撃を避け続けていても体力が尽きれば負けてしまう。クロードの考えも間違ってはいない。
そこにラファエルとの訓練を終えたローレンツが首にかけた布で汗を拭きながらやってきた。クロードは彼から盟主としての資質を問われている。そう宣言された時にクロードは正直いって、面白い気持ちではなかった。探られることよりもっと嫌なことがある。
資質と言う単語が嫌だった。生まれついての才のことを資質と言う。生まれついての才と努力して身につけた才の区別は付くのか、逆にローレンツへ質問する機会が来ないだろうかと狙っている。
「レオニーさんの心がけは素晴らしい。クロード、それに比べてなんだ君は。将来の盟主としての自覚がないのか?弓矢以外に武器を扱えるようになっておくべきだ。近接戦闘をする時もあるだろう」
「ローレンツ先生もご存知の通りそんな事態に陥らないようにするのが俺の本分だよ」
「小賢しいことばかり言うのは無様だぞ」
そう言うとローレンツは水筒が乱立している机から自分の物を手に取った。訓練中はヒルダやマリアンヌですら筒に直接口を当てて飲むのだが、いつも彼は上品に蓋へ水を注いでから飲んでいる。こいつが所作を乱す様なことってあるのかね、とクロードが思った瞬間やはり手が疲れていたのかローレンツは蓋を取り落としそうになった。口の端から水が溢れ、水滴が白い喉元に落ちていく。もし彼がオメガならば、喉仏の下や頸にアルファを誘引するフェロモンの分泌腺があるはずだ。
「レオニーさん、女性の前で無作法なことをしてしまって申し訳ない」
「気にすんなってローレンツ。お行儀がいいのは知ってるからさ」
その光景を見て何故か言葉を失ってしまったクロードは調整中の弓を傍に置いて、もぞもぞと足を動かし組み直した。級長としての務めを果たすために学級全体を注意深く見ているに過ぎないのに何故こんなに落ち着かない気持ちになるのか。
ヒトは複雑な進化を遂げた結果、発情期を隠すようになった生物だ。アルファの女性もベータの女性も排卵しているかどうかは自分にも分からない。卵が先か鶏が先かは人によって意見が異なるが、排卵しているかどうかが不明であるからこそ人間の男性は配偶者と通年で性交する。そんな中で唯一、原始の名残を留めるのがオメガの男女たちだ。彼らは排卵していると周囲に知らしめてしまう体質に振り回され、抑制剤が開発されるまではアルファやベータから下に見られていた。今はセイロス教会附属の施療院が開発した抑制剤のおかげで服薬さえしていれば、オメガの男女はアルファやベータの女性と同じように暮らしていける。
しかしそれ以前の時代に産むだけの役立たず、と見做されたオメガの男女が淘汰されなかったのは何故か。強者が生き残り弱者が滅びることが淘汰と思われがちだが実際は適者生存が正しい。いくら無能と看做されようとも絶対に血を分けた後継者を必要とする身分が高いアルファにとって、確実に妊娠し出産してくれるオメガはお家存続のためになくてはならない存在だった。オメガの男女は蔑まれようとそんな風にして社会に適応し、生存してきた。フォドラに限定すれば紋章を受け継ぐ子供を高確率で産んでくれると言う事情もある。
士官学校で生涯の伴侶を見つける者は多い。表現は酷いがある程度の品質が保証されているからだ。現に黒鷲の学級にいるドロテアは婚活目的の進学だ、と公言している。しかし紋章を継ぐアルファにとって情報が足りないままの恋愛は危険すぎる。第二性を知らぬまま恋に落ちた相手がオメガであれば、アルファであるクロードは本能に逆らえない。リーガン家の嫡子としても、パルミラ王家に連なる者としても結婚相手や子供を産ませる相手は慎重に選ばねばならないというのに───
必死で冷静になろうとする級長の姿を見て、図星を指されてしょげているとでも思ったのだろうか。助言に対して反論せずとりあえず考えようとするのは素晴らしい変化だ、と告げてローレンツは汗を流すために去っていった。その広い背中を眺めてもクロードには彼の第二性がなんなのかさっぱり分からない。顔が小さく手足が長く、体躯がしっかりしたローレンツが小柄なリシテアの面倒を見ている姿は我が子を慈しむ親のようにも見えるし、歳が離れた美しい恋人同士のようにも見える。
「なあレオニー。俺に槍を教えてくれないか?」
「鍛錬で忙しい合間を縫って教えてもすっ飛んで逃げるんじゃ教え甲斐がないよ」
「そんなこと言わずに頼むよ」
「うーん、それにクロードまで槍を選んだらうちの学級は武器が偏る。剣か斧だな。つまり先生かヒルダだ」
弦の張り具合を確かめ終えたレオニーからの返答は芳しくないものだった。だが、どうすべきかの助言は与えてもらえたのでそれで良い。担任のベレトは教えるのが上手いが、その訓練内容が夜の修道院探索に出かけられないほど苛烈なのは分かっている。選択肢はひとつだった。畳む