「さかしま」4.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む ローレンツは父エルヴィンに命じられてクロードを監視するうちに、自分にはない美徳を彼に見出した。彼はすぐに頭を下げて頼みごとが出来るのだ。もちろん盟主となった後ならば相応しい振る舞いではない。だがまだ彼はその位についておらず、公的にはリーガン家の嫡子と言えども十代の学生に過ぎない。 「直接、現地の者に聞けば良いではないか。両隣の教室に沢山いるだろう」 「俺は同盟の人間がどう思うのか知りたいんだ。当事者は案外当てにならないものなんだよ。フリュムの乱も七貴族の変もダスカーの悲劇も皆、自分にとって都合のいい話しか言わないだろう?」 当初ローレンツは渋っていたが勉強になる、と言われてはクロードに協力せざるを得なかった。日中は互いに忙しい身であるので週に何度か、寝る前に時間を取っている。クロードの部屋は落ち着いて話ができる環境ではないので場所はローレンツの部屋だ。喋り通しで喉が渇くのでいつも紅茶を淹れて出している。暗黙の了解で、クロードが二杯飲みおえたら話がどんなに盛り上がろうと中途半端に終わろうとその晩は終了だ。 今日の主題はダスカーの悲劇がファーガス社会に及ぼした影響について、だ。先日修道院から出された課題と関係がある。それに口に出すのは憚られるがローレンツの人生にも影響があった。ダスカーの悲劇がなければローレンツは今年度、士官学校に入っていない。 「ローレンツはフェルディアにいたことがあるんだよな?」 クロードの視線が棚に鎮座するファーガス式の給茶器とローレンツを行き来した。親帝国派の筆頭であるグロスタール家の嫡子がファーガス神聖王国の首都フェルディアにある魔道学院へ通っていたのが不思議なのだろう。 「そうだ。だから多少はファーガスに土地勘があるし昼に中庭でする正式な茶会では出さないが、ファーガス式の濃く煮出した茶も飲み慣れている。自室で手軽に飲むにはちょうど良いのだ」 「こういうのはフェルディナントにも出すのか?」 クロードにそう尋ねられてローレンツは苦笑すると小さく首を横に振った。 「こんな手軽なもの出せるわけがなかろう。彼を招くなら全力を出さねばならない」 「そうかい。これでも充分美味いのにもったいないな」 「そうは言ってもひと工夫はしている」 ローレンツが卓に飾っておいた松ぼっくりを手に取ると、玉虫色に輝く小さな甲虫が慌てて翅を広げて飛んでいった。今日は少々暑く、日中ずっと窓を開けていたせいか見事に開いていた傘の中に紛れ込んだらしい。角度によって金色にも緑色にも見える甲虫は再び山の中に戻っていった。 「どうやら寛いでいたらしい。無事退出したようだし網戸だけでなく窓も閉めるか」 「俺が閉めるよ」 クロードが席を立ち、窓を閉めた。これからの会話はファーガス出身の学生たちに聞かれたくない。いずれは窓を閉める必要があったが、そのきっかけが甲虫だっただけだ。 「話を戻すとこれはグロスタール領から持参したものだ。給茶器の中で炭と一緒に焼くと松の香りがほんの少し紅茶に移る」 「松脂か……なるほどな」 クロードはかすかな香りを確認するため、目を閉じ紅茶を口に含んだ。 「そうだ。今見せたこれが最後のひとつだよ。秋になったらこちらでも拾おうと思っている」 松ぼっくりは脂を多く含んでいるため燃料に向いていて、野営の際にも焚き付けなどに使われる。来年の今頃はグロスタール領に戻って、ローレンツは父エルヴィンの補佐をしているはずだ。夜になったら自分が子供でいられた最後の年を偲んで、ガルグ=マクの香りがする紅茶を一人きりの自室で飲むのだろう。賑やかな集団生活も、こんな風に自室へクロードを招くのも今年で終わりか、と思うと何故か寂しさで胸の奥が痛む。爵位を継いだら他人と寝巻姿で語り合う機会などなくなるはずだ。 「いいね。土が違うから松脂の香りも変わるのか」 松脂は弓の接着剤としても咳止めの薬としても利用するので、元からクロードも興味を持っていたのだろう。 「いや、そもそもガルグ=マクとグロスタール領とでは松の種類が異なるのだ。流石に種類が同じであったら人間の嗅覚では違いは分からないだろう」 「だが根差す土が違えば、種類が同じでも匂いが変わるかもしれない。……興味深くはあるが本題に入ろうか。ロナート卿は誰に何を吹き込まれたんだろうな」 ダスカーの悲劇以来、ファーガスはありとあらゆる面で余裕を失った。些細なことが人々を破滅へと導いていく。それほど人心が荒廃し制度が疲弊しているのだ。藁にも縋りたい状態でロナート卿は誰から、どんな偽りの希望を与えられたのだろうか。 「誰、はともかく処刑された嫡子が実は無実であった、むしろガルグ=マクの中央教会が〝ダスカーの悲劇〟の首謀者だった、と信じ込まされたのではないだろうか。僕にはそれくらいしか思いつかない」 そうでなければ領民全てを巻き込むと分かった上で叛旗を翻すことなど出来ないだろう。叛乱は不満の表明と原因解決を迫る手段だ。時には蜂起した不満分子が自ら原因を解決しようとする。 「誰がそんな出鱈目を吹き込んだんだろうな」 「ファーガスが弱体化して喜ぶ者たちだろう。どこの誰かは知らないが」 入学した当初であればがさつでアルファであると見透かされてしまうような人物を、クロードを自室に入れるなどあり得ない、と言って一笑に付しただろう。だが今となっては彼が一杯目を飲み終えてしまいそうなことがこんなにも惜しい。 「なあローレンツ。俺が思うにダスカーの件、ファーガスの連中はまだ下手人なんかどうでもいいんだ」 緑色の瞳を穏やかな琥珀色の水面に映しながらクロードはとんでもない発言をした。 「クロード!あれほどの大事件に対して下手人がどうでもいいなどあり得ない」 「国王弑逆だぞ。そんな大それた事件、地方の少数民族だけで起こせるもんか。皆、無意識のうちに当時からわかっていた筈だ。人間、安心するためならどんな荒唐無稽な話でも信じるもんさ。そして連中が冷静になるまで真相は解明されない」 ローレンツにも分かっていた。ただ、言語化しなかっただけだ。後始末を担当したセイロス騎士団も分かっていたが、当事者ではないからファーガス神聖王国の主張を受け入れた。さっさと幕を引きたかったからだろう。ダスカー人はその時、そこに居たからという理由で虐殺されている。 ロナート卿の反乱鎮圧後、大司教の暗殺を企む密書について知らされた瞬間に馬鹿らしい、そんな素直なやり方で暗殺などできるわけがない、と切って捨てたクロードらしい意見だった。過激な意見を述べた本人二杯目の紅茶で呑気に喉を潤している。一方でローレンツは落ち着きを取り戻すために紅茶に口をつけた。今晩はこれで終いだ。 「ではロナート卿に嘘を吹き込んだ者がダスカーの首謀者、もしくは首謀者に連なる者だろうな。今回の件でファーガスは更に弱体化した。その連中が満を持して修道院へ直接手を出してくるのか」 「そうだ。それに連中はいずれ同盟にも似たようなことを仕掛けてくる可能性が高い。俺もお前もお互い弱点につけ込んだ、甘い毒みたいな嘘に惑わされない様に気をつけようぜ」 クロードはそう言うとローレンツの部屋から出ていった。クロードにとっての甘い毒のような嘘はなんだろうか。ローレンツにとっての甘い毒は……。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
ローレンツは父エルヴィンに命じられてクロードを監視するうちに、自分にはない美徳を彼に見出した。彼はすぐに頭を下げて頼みごとが出来るのだ。もちろん盟主となった後ならば相応しい振る舞いではない。だがまだ彼はその位についておらず、公的にはリーガン家の嫡子と言えども十代の学生に過ぎない。
「直接、現地の者に聞けば良いではないか。両隣の教室に沢山いるだろう」
「俺は同盟の人間がどう思うのか知りたいんだ。当事者は案外当てにならないものなんだよ。フリュムの乱も七貴族の変もダスカーの悲劇も皆、自分にとって都合のいい話しか言わないだろう?」
当初ローレンツは渋っていたが勉強になる、と言われてはクロードに協力せざるを得なかった。日中は互いに忙しい身であるので週に何度か、寝る前に時間を取っている。クロードの部屋は落ち着いて話ができる環境ではないので場所はローレンツの部屋だ。喋り通しで喉が渇くのでいつも紅茶を淹れて出している。暗黙の了解で、クロードが二杯飲みおえたら話がどんなに盛り上がろうと中途半端に終わろうとその晩は終了だ。
今日の主題はダスカーの悲劇がファーガス社会に及ぼした影響について、だ。先日修道院から出された課題と関係がある。それに口に出すのは憚られるがローレンツの人生にも影響があった。ダスカーの悲劇がなければローレンツは今年度、士官学校に入っていない。
「ローレンツはフェルディアにいたことがあるんだよな?」
クロードの視線が棚に鎮座するファーガス式の給茶器とローレンツを行き来した。親帝国派の筆頭であるグロスタール家の嫡子がファーガス神聖王国の首都フェルディアにある魔道学院へ通っていたのが不思議なのだろう。
「そうだ。だから多少はファーガスに土地勘があるし昼に中庭でする正式な茶会では出さないが、ファーガス式の濃く煮出した茶も飲み慣れている。自室で手軽に飲むにはちょうど良いのだ」
「こういうのはフェルディナントにも出すのか?」
クロードにそう尋ねられてローレンツは苦笑すると小さく首を横に振った。
「こんな手軽なもの出せるわけがなかろう。彼を招くなら全力を出さねばならない」
「そうかい。これでも充分美味いのにもったいないな」
「そうは言ってもひと工夫はしている」
ローレンツが卓に飾っておいた松ぼっくりを手に取ると、玉虫色に輝く小さな甲虫が慌てて翅を広げて飛んでいった。今日は少々暑く、日中ずっと窓を開けていたせいか見事に開いていた傘の中に紛れ込んだらしい。角度によって金色にも緑色にも見える甲虫は再び山の中に戻っていった。
「どうやら寛いでいたらしい。無事退出したようだし網戸だけでなく窓も閉めるか」
「俺が閉めるよ」
クロードが席を立ち、窓を閉めた。これからの会話はファーガス出身の学生たちに聞かれたくない。いずれは窓を閉める必要があったが、そのきっかけが甲虫だっただけだ。
「話を戻すとこれはグロスタール領から持参したものだ。給茶器の中で炭と一緒に焼くと松の香りがほんの少し紅茶に移る」
「松脂か……なるほどな」
クロードはかすかな香りを確認するため、目を閉じ紅茶を口に含んだ。
「そうだ。今見せたこれが最後のひとつだよ。秋になったらこちらでも拾おうと思っている」
松ぼっくりは脂を多く含んでいるため燃料に向いていて、野営の際にも焚き付けなどに使われる。来年の今頃はグロスタール領に戻って、ローレンツは父エルヴィンの補佐をしているはずだ。夜になったら自分が子供でいられた最後の年を偲んで、ガルグ=マクの香りがする紅茶を一人きりの自室で飲むのだろう。賑やかな集団生活も、こんな風に自室へクロードを招くのも今年で終わりか、と思うと何故か寂しさで胸の奥が痛む。爵位を継いだら他人と寝巻姿で語り合う機会などなくなるはずだ。
「いいね。土が違うから松脂の香りも変わるのか」
松脂は弓の接着剤としても咳止めの薬としても利用するので、元からクロードも興味を持っていたのだろう。
「いや、そもそもガルグ=マクとグロスタール領とでは松の種類が異なるのだ。流石に種類が同じであったら人間の嗅覚では違いは分からないだろう」
「だが根差す土が違えば、種類が同じでも匂いが変わるかもしれない。……興味深くはあるが本題に入ろうか。ロナート卿は誰に何を吹き込まれたんだろうな」
ダスカーの悲劇以来、ファーガスはありとあらゆる面で余裕を失った。些細なことが人々を破滅へと導いていく。それほど人心が荒廃し制度が疲弊しているのだ。藁にも縋りたい状態でロナート卿は誰から、どんな偽りの希望を与えられたのだろうか。
「誰、はともかく処刑された嫡子が実は無実であった、むしろガルグ=マクの中央教会が〝ダスカーの悲劇〟の首謀者だった、と信じ込まされたのではないだろうか。僕にはそれくらいしか思いつかない」
そうでなければ領民全てを巻き込むと分かった上で叛旗を翻すことなど出来ないだろう。叛乱は不満の表明と原因解決を迫る手段だ。時には蜂起した不満分子が自ら原因を解決しようとする。
「誰がそんな出鱈目を吹き込んだんだろうな」
「ファーガスが弱体化して喜ぶ者たちだろう。どこの誰かは知らないが」
入学した当初であればがさつでアルファであると見透かされてしまうような人物を、クロードを自室に入れるなどあり得ない、と言って一笑に付しただろう。だが今となっては彼が一杯目を飲み終えてしまいそうなことがこんなにも惜しい。
「なあローレンツ。俺が思うにダスカーの件、ファーガスの連中はまだ下手人なんかどうでもいいんだ」
緑色の瞳を穏やかな琥珀色の水面に映しながらクロードはとんでもない発言をした。
「クロード!あれほどの大事件に対して下手人がどうでもいいなどあり得ない」
「国王弑逆だぞ。そんな大それた事件、地方の少数民族だけで起こせるもんか。皆、無意識のうちに当時からわかっていた筈だ。人間、安心するためならどんな荒唐無稽な話でも信じるもんさ。そして連中が冷静になるまで真相は解明されない」
ローレンツにも分かっていた。ただ、言語化しなかっただけだ。後始末を担当したセイロス騎士団も分かっていたが、当事者ではないからファーガス神聖王国の主張を受け入れた。さっさと幕を引きたかったからだろう。ダスカー人はその時、そこに居たからという理由で虐殺されている。
ロナート卿の反乱鎮圧後、大司教の暗殺を企む密書について知らされた瞬間に馬鹿らしい、そんな素直なやり方で暗殺などできるわけがない、と切って捨てたクロードらしい意見だった。過激な意見を述べた本人二杯目の紅茶で呑気に喉を潤している。一方でローレンツは落ち着きを取り戻すために紅茶に口をつけた。今晩はこれで終いだ。
「ではロナート卿に嘘を吹き込んだ者がダスカーの首謀者、もしくは首謀者に連なる者だろうな。今回の件でファーガスは更に弱体化した。その連中が満を持して修道院へ直接手を出してくるのか」
「そうだ。それに連中はいずれ同盟にも似たようなことを仕掛けてくる可能性が高い。俺もお前もお互い弱点につけ込んだ、甘い毒みたいな嘘に惑わされない様に気をつけようぜ」
クロードはそう言うとローレンツの部屋から出ていった。クロードにとっての甘い毒のような嘘はなんだろうか。ローレンツにとっての甘い毒は……。畳む