-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」5.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 クロードは薬学に興味がある。自分の命を守るために身につけざるを得なかった。しかしそのおかげで自然の中で目に入るありとあらゆるものが、クロードにとっては利用できる可能性を秘めた素材となった。クロードにとって雑草という名の草はない。修道院の中も同じだ。全てが謎を解くための鍵に見える。
 一方でローレンツは「美術品ならともかく、壁を眺めて何が楽しいのか分からない」と言っていた。彼には少しでも自分が有利になるよう、目につくもの全てを利用してやろうと考えた経験がない。周囲を飢えた目で見る必要がなかったのだ。それはローレンツの育ちの良さの表れだ。
 修道院を狙う賊の目的を探るためクロードは担任であるベレト、それにセイロス騎士団の許可を得て堂々と敷地内を探って回った。あまり良い顔はされなかったがそこは気にしていない。日頃入れない聖廟に実際に換金出来る宝物があるかどうか、はクロードにとって関係なかった。情報という宝が詰まった宝物庫も同然の立入禁止区域に堂々と入れることが素晴らしい。
 換気されていない埃だらけの空間で探索をするのでクロードは久しぶりに髪や顔に布を巻いていた。顔を隠していると故郷にいた頃、こっそり街中に行った時のような気持ちになる。あの時より背は伸び、口は回るようになったが。
 葬られている人々の棺や墓石の文字は書体が違いすぎて、崩し字の字典がなければクロードには読めない。だが意匠を丹念に見ていくと故人がどのような功績を立てたのかがわかってくる。書記の棺には文房具や書物が彫られていたし、天秤が彫られているものはおそらく法学で功績があったのだろう。そんな中、とある棺がクロードの興味を引いた。場違いなまでに様々な草花や果物それに蟹や蜥蜴、甲虫の姿が彫られている。セイロス教の施設で自然を称えるような物が見つかるのは珍しい。この棺は彩色が微かに残っていて、先日ローレンツの部屋で見かけた美しい甲虫らしきものが色付きで描かれていた。可能ならば木炭と大きな紙を使って原寸大で写し取りたいところだが、そんな都合が良い物を持っているわけもなく時間も限られている。仕方ないのでクロードは手持ちの書字板にわかったことを急いで記した。興味は尽きないがこの棺ばかりに関わってはいられない。階段の上から俯瞰で聖廟を眺め異質な、目を引く物がないか確かめた。
 この聖廟はセイロス教に尽くした故人を偲び讃えるために作られている。その証拠にほとんどの棺には様々な意匠が凝らされていた。だがただひとつ、誰にも何も伝えようとしない棺がある。ひた隠しにせねばならない何かがあの棺にはあるらしい。賊の狙いが聖廟であるならばあの棺が目当てだとクロードは思った。無銘の棺に近寄り触ろうとするとぐにゃりと空間が歪む。結界を張ってまで見せたくない何かがあるのだろう。

 聖廟から出るとクロードは埃から守ってくれた布を頭から取り去った。埃を叩いて畳んでしまえば単なる一枚布に戻り、持っていても怪しまれはしない。自室に置いてある植物図鑑で、棺に彫られていた植物がなんであったか調べようと扉に手をかけた時にくしゃみの音がクロードの鼓膜を刺激した。反射的に音がした方を見ると訓練着姿のローレンツが手巾を顔にあてていた。隣室の住人のくしゃみは体格の割に音が高く、こう言っては何だが可愛らしい。
「クロード、君はいったい何処でそんな埃まみれになったのだ?」
「先生の手伝いだ」
 ローレンツは着替えと身体を拭く布や香油、それに櫛を手に持って自室から出てきたところだった。直接訓練場に一式を持っていく者もいるが、土埃で汚れてしまうことを気にする者は自室まで取りに戻る。ローレンツは後者だった。汗だくだから早く身体を清めたいだろうにわざわざ取りに戻るその姿を見て、クロードの身体の手綱を握っていた知的好奇心が鞍から降りてしまう。植物図鑑は後で読むことにした。
「そうか。僕は見ての通りだよ。君も早く入浴した方がいいな。ではお先に」
 クロードが手早く支度を終えて自室の扉を開けると当然だがローレンツの姿は見る影もなかった。彼は足が長いので歩くのが早い。先ほどのくしゃみはクロードにまとわりついていた埃のせいかもしれないが、汗をかいた体が冷えれば同じように可愛らしい音を立ててくしゃみをするのだろう。
───可愛らしい?何故そんなことを考えた?
 最近ローレンツとは互いに歩み寄っているとは言え、彼はどう小さく見積もっても自分より握り拳二つ分は背が高く、うなじの毛を刈り上げているような男性だ。だがもし仮に彼の第二性がオメガであってくれたなら。
 独身のオメガは男性であれ女性であれ親しくならない限り、アルファやベータ相手には絶対に第二性を隠してしまう。過去の歴史がそうさせるし質の良い抑制剤があるここフォドラではそれが可能なのだ。そして社会の多数派を占めるベータたちは第二性を表明する必要がない。そんな社会に属するアルファは発情期のせいで社会との関わりに障害を持ち、蔑まれていたオメガとは対称的な理由で自身がアルファであると表明できない。都合よく、加害者にさせられてしまう危険がある。
 ローレンツと仲が良いと言えばフェルディナントやシルヴァンだ。彼らはローレンツから第二性を告げられているのだろうか。クロードが自分はアルファである、とローレンツにきちんと告げる日は来るのだろうか。そんな益体もないことを考えていると何故か寂寥感に心を支配された。
 脱衣所の籠は空のままになっているものが多く、浴室内はあまり人がいないらしい。クロードは前髪の三つ編みを解き、脱衣所で湯浴み着に着替えた。これもフォドラ独特の風習で、なんと裸ではないという理由で浴室が男女別になっていない───流石に洗い場は男女別だが。
 浴室への通り道である洗い場には何人か学生がいた。適当に挨拶をして浴室内に備え付けられている大きな鉢のお湯を何杯か身体にかける。浴室に入るとやはり中は空いていて、ローレンツが独り充満する蒸気の中、目を閉じたまま白く長い手足を台の上に投げ出して寛いでいた。汗で湯浴み着が貼り付き鍛練でついた筋肉の線が透けて見える。ローレンツは汗を含んだ紫の髪の毛を白い手でかきあげた際に反対側に座ったクロードに気づいて目線だけ寄越してきた。温まって血行がよくなったせいか頬が赤い。彼は元の顔色が磁器のように白いので赤みが目立つ。日頃はよく回る舌が動いてくれず、なんと声をかけるべきかクロードが迷っていると向こうから話しかけてきた。
「さっきから黙ってこちらを見ているが僕の顔に何かついているのか?」
「何もついていないから黙って見てたのさ」
「今晩はどうする」
「そうだな、課題について先生に報告する前に少し話したい」
 ローレンツは頷いてお先に、と言うと洗い場へ向かった。汗で湯浴み着が貼り付いているせいで背中や腰の線がクロードからよく見えた。後を追う気にもなれず、空いているのを良いことにクロードも手足を台の上に投げ出す。聖廟から出てきた時は早く植物図鑑で自分が見たものの裏を取りたいと思っていたのに何故のんびりと入浴しているのだろうか。
 今、クロードの身体の手綱を握っているものの正体は何なのだろうか。畳む