「さかしま」6.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む 今節のクロードとヒルダはずっと疲労困憊だ。口を開けば疲れた、しか言わない。休みの日には担任であるベレトに呼び出されエーデルガルト、リンハルト、ディミトリ、アッシュと共に守秘義務のある課題に取り組んでいる。当然だが彼らは同級生たちにも何に取り組んでいるのか秘密にしていた。マリアンヌもヒルダから何も知らされていないが、ローレンツによるとヒューベルトやドゥドゥですら主君がベレトとどこで何をしているのか知らされていないらしい。 「ではヒルダさんから嫌われているわけではないのですね」 「良かった。マリアンヌさんがようやく明るい顔を見せてくれて安心したよ」 ヒルダがいないと極端に内向き思考なマリアンヌが誰かを苛立たせたり動揺させてしまうことが多い。そんなマリアンヌを庇うため、ローレンツは彼女と共に行動する機会が自然と増えた。今日もローレンツが掴んでいることだけでも伝えよう、と思って茶会に招いている。 マリアンヌが男性であるローレンツと安心して共に行動できるのはオメガ同士だからだ。オメガはベータやアルファに対して自分の第二性を明かさないが、オメガだけの場であれば事情は異なる。学生たちの健康管理を担う医師のマヌエラが秘密裏に主催したオメガ達の会合で、互いの姿を初めて見た時には驚いたものだが今は茶会に招き合う仲だ。 「エドマンド家の力があれば第二性に振り回されるのも最小限になるだろう、と実の両親が……」 「僕もグロスタール家に生まれていなければどうなっていたか分からない。僕の場合は天佑だが、マリアンヌさんは辺境伯のお眼鏡にかなったのだ。もっと自信を持っていい」 何度目かの会合でそんな会話を交わして以降、二人は親友になった。オメガの男女同士は結婚しても子供を授かることはない。だが悩みや恐れを共有し、生涯を通じた大切な友人になることは出来る。発情なのか恋愛なのか、お相手からの愛は肉欲なのか愛情なのか、区別をつけたいお年頃のオメガたちにとって同じ立場の者に話を聞いてもらう時間は精神の安定に必要不可欠なものだ。 マリアンヌは在学中にとにかくまずは有力者の友人を作れ、と養父であるエドマンド辺境伯から言われているらしい。だがヒルダとローレンツがいるのでこれで充分、とばかりに彼女は金鹿の学級に篭っていた。良港を抱えるエドマンド領の後継者としてファーガスやアドラステアに知己を作れ、ということなのだろうが第二性に加えて他にも何やら秘密があるマリアンヌにはまだ難しい。 一方で人見知りを全くしないローレンツは将来の伴侶を探すため、アルファであろうと思われる貴族の女性たちに声をかけている。しかし彼女たちからの評判はすごぶる悪い。いくつか理由はあるのだが、中庭で語らうローレンツとマリアンヌの二人が事情を知らぬものたちから見ればお似合いに見えるのもそのうちのひとつだ。既にマリアンヌがいるのに更に声をかけるなんて、と思われている。 「失礼、肩に虫が」 そう言うとローレンツは手巾を手に取り、マリアンヌの肩に止まっていた緑色に輝く甲虫をそっとつまんだ。季節が進み、山の中といえども気温が上がり虫も含めて動物たちの行動が活発になっている。 「ありがとうございます。ローレンツさん」 「いや、礼にはおよばない」 「鳥たちも何故かこの虫は食べないのです。不思議ですね」 ローレンツが白い手巾を軽く払うと甲虫は角度によっては金色に見える翅を広げて、木々の向こうへ飛んでいった。クロードと話している時にも紛れ込んで場を和ませた小さな来訪者はオグマ山脈の固有種なのだろうか。 「あーっ!マリアンヌちゃんたちいいなー!」 戦闘後なのか眉間に皺を寄せ、ぼろぼろの格好をしたベレトとヒルダとクロードの三人が中庭にやってきた。疲れているのか目を何度か瞬かせてクロードがため息をつく。ペラペラとよく口が回る、口から先に生まれてきたのか、となじられるクロードだが疲れのせいか言葉も出てこないらしい。 「他言無用だ」 ベレトがヒルダとクロードがローレンツとマリアンヌに秘密を話さないよう釘を刺した。彼らは一体、どこで何をやっているのだろう。二人の動きがベレトの言葉に拘束され、ヒルダとクロードが息を呑んだ。ただならぬ三人の雰囲気にローレンツとマリアンヌも黙っているしかない。気まずくなったその刹那、テーブルの上にまだ残っていた胡瓜のサンドイッチにベレトの手が伸び、あっという間に口の中に消えた。尊重されて育った長男と一人っ子という組み合わせでは遠慮の塊がよく発生する。茶会用に口を大きく開けずとも食べられるよう小さく切り分けてあったせいか、元傭兵のベレトはまさに一口で食べてしまった。 クロードが相手ならばローレンツはくどくどと行儀作法について注意しただろう。だが相手は傭兵団の中で育ったベレトだ。礼儀作法をどこからどう説けば良いのか全く分からない。いつも伏し目がちなマリアンヌも驚いて目を見開いている。 「だから他言無用と言っただろう。しかし美味いな、これは」 真顔で答える担任教師を見てヒルダとクロードが堪えきれないと言った調子で笑い出した。 「あっはっは!いや、先生それは!確かに他言無用だ!セテスさんに知られたら怒られるな!」 「腹が減ったな。食堂に何かないか聞きに行こう」 ベレトは表情が乏しく、いつも真顔で突拍子もないことをしでかすのでいつもローレンツもマリアンヌも呆然としてしまう。だが剣呑な雰囲気は完全に失せた。 守秘義務のある課題に誘われず、内心では失望していたローレンツはベレトの奇行のおかげでクロードたちを問い詰めるという不躾な行為に及ばず済んでいる。そこを見越しあえて不躾な行為に及んで自ら泥を被っているのだとしたらローレンツは一生、ベレトに敵わない。 「マリアンヌさん、先生に皿を空にされてしまったしそろそろお開きにしようか」 「ええ、ローレンツさん、ありがとうございました。近頃気が塞いでいたのでよい気分転換になりました」 オメガである二人は常に抑制剤を服用し発情期が来ないように調整しているため、ごく軽い生理が来るだけだ。血の匂いだけならば香水などでアルファを誤魔化せる。 だが嗅覚が鋭い他の生物は誤魔化せない。犬なども訓練すれば判別に使えるだろう。ただフォドラの社会がその必要を感じないからやっていないだけだ。そしてある種の匂いに反応する昆虫は多い。汗であれば蚊、腐肉であれば蝿、そしてこのガルグ=マクに生息する甲虫はオメガの分泌するフェロモンに反応する。前者二つは微量であっても激しい反応を見せるが、玉虫色の甲虫は個体によって反応の激しさに違いがある。 かつてそこに気付いたセイロス教の修道士がいた。名を忘れられた修道士は特性ごとに甲虫を選り分けて繁殖し、観察した。フォドラには虫を愛でる文化はない。その修道士はクロードのように、どこか別の土地からやってきたものだったから気付いたのかもしれない。その修道士個人の資料も先の大火の際に宝杯の儀にまつわる資料と共に焼失してしまった。男性なのか女性なのか第二性はなんであったのか。今も昔もフォドラ中のオメガたちが女神の次に感謝の祈りを捧げる名無しの誰かは列聖されていない。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
今節のクロードとヒルダはずっと疲労困憊だ。口を開けば疲れた、しか言わない。休みの日には担任であるベレトに呼び出されエーデルガルト、リンハルト、ディミトリ、アッシュと共に守秘義務のある課題に取り組んでいる。当然だが彼らは同級生たちにも何に取り組んでいるのか秘密にしていた。マリアンヌもヒルダから何も知らされていないが、ローレンツによるとヒューベルトやドゥドゥですら主君がベレトとどこで何をしているのか知らされていないらしい。
「ではヒルダさんから嫌われているわけではないのですね」
「良かった。マリアンヌさんがようやく明るい顔を見せてくれて安心したよ」
ヒルダがいないと極端に内向き思考なマリアンヌが誰かを苛立たせたり動揺させてしまうことが多い。そんなマリアンヌを庇うため、ローレンツは彼女と共に行動する機会が自然と増えた。今日もローレンツが掴んでいることだけでも伝えよう、と思って茶会に招いている。
マリアンヌが男性であるローレンツと安心して共に行動できるのはオメガ同士だからだ。オメガはベータやアルファに対して自分の第二性を明かさないが、オメガだけの場であれば事情は異なる。学生たちの健康管理を担う医師のマヌエラが秘密裏に主催したオメガ達の会合で、互いの姿を初めて見た時には驚いたものだが今は茶会に招き合う仲だ。
「エドマンド家の力があれば第二性に振り回されるのも最小限になるだろう、と実の両親が……」
「僕もグロスタール家に生まれていなければどうなっていたか分からない。僕の場合は天佑だが、マリアンヌさんは辺境伯のお眼鏡にかなったのだ。もっと自信を持っていい」
何度目かの会合でそんな会話を交わして以降、二人は親友になった。オメガの男女同士は結婚しても子供を授かることはない。だが悩みや恐れを共有し、生涯を通じた大切な友人になることは出来る。発情なのか恋愛なのか、お相手からの愛は肉欲なのか愛情なのか、区別をつけたいお年頃のオメガたちにとって同じ立場の者に話を聞いてもらう時間は精神の安定に必要不可欠なものだ。
マリアンヌは在学中にとにかくまずは有力者の友人を作れ、と養父であるエドマンド辺境伯から言われているらしい。だがヒルダとローレンツがいるのでこれで充分、とばかりに彼女は金鹿の学級に篭っていた。良港を抱えるエドマンド領の後継者としてファーガスやアドラステアに知己を作れ、ということなのだろうが第二性に加えて他にも何やら秘密があるマリアンヌにはまだ難しい。
一方で人見知りを全くしないローレンツは将来の伴侶を探すため、アルファであろうと思われる貴族の女性たちに声をかけている。しかし彼女たちからの評判はすごぶる悪い。いくつか理由はあるのだが、中庭で語らうローレンツとマリアンヌの二人が事情を知らぬものたちから見ればお似合いに見えるのもそのうちのひとつだ。既にマリアンヌがいるのに更に声をかけるなんて、と思われている。
「失礼、肩に虫が」
そう言うとローレンツは手巾を手に取り、マリアンヌの肩に止まっていた緑色に輝く甲虫をそっとつまんだ。季節が進み、山の中といえども気温が上がり虫も含めて動物たちの行動が活発になっている。
「ありがとうございます。ローレンツさん」
「いや、礼にはおよばない」
「鳥たちも何故かこの虫は食べないのです。不思議ですね」
ローレンツが白い手巾を軽く払うと甲虫は角度によっては金色に見える翅を広げて、木々の向こうへ飛んでいった。クロードと話している時にも紛れ込んで場を和ませた小さな来訪者はオグマ山脈の固有種なのだろうか。
「あーっ!マリアンヌちゃんたちいいなー!」
戦闘後なのか眉間に皺を寄せ、ぼろぼろの格好をしたベレトとヒルダとクロードの三人が中庭にやってきた。疲れているのか目を何度か瞬かせてクロードがため息をつく。ペラペラとよく口が回る、口から先に生まれてきたのか、となじられるクロードだが疲れのせいか言葉も出てこないらしい。
「他言無用だ」
ベレトがヒルダとクロードがローレンツとマリアンヌに秘密を話さないよう釘を刺した。彼らは一体、どこで何をやっているのだろう。二人の動きがベレトの言葉に拘束され、ヒルダとクロードが息を呑んだ。ただならぬ三人の雰囲気にローレンツとマリアンヌも黙っているしかない。気まずくなったその刹那、テーブルの上にまだ残っていた胡瓜のサンドイッチにベレトの手が伸び、あっという間に口の中に消えた。尊重されて育った長男と一人っ子という組み合わせでは遠慮の塊がよく発生する。茶会用に口を大きく開けずとも食べられるよう小さく切り分けてあったせいか、元傭兵のベレトはまさに一口で食べてしまった。
クロードが相手ならばローレンツはくどくどと行儀作法について注意しただろう。だが相手は傭兵団の中で育ったベレトだ。礼儀作法をどこからどう説けば良いのか全く分からない。いつも伏し目がちなマリアンヌも驚いて目を見開いている。
「だから他言無用と言っただろう。しかし美味いな、これは」
真顔で答える担任教師を見てヒルダとクロードが堪えきれないと言った調子で笑い出した。
「あっはっは!いや、先生それは!確かに他言無用だ!セテスさんに知られたら怒られるな!」
「腹が減ったな。食堂に何かないか聞きに行こう」
ベレトは表情が乏しく、いつも真顔で突拍子もないことをしでかすのでいつもローレンツもマリアンヌも呆然としてしまう。だが剣呑な雰囲気は完全に失せた。
守秘義務のある課題に誘われず、内心では失望していたローレンツはベレトの奇行のおかげでクロードたちを問い詰めるという不躾な行為に及ばず済んでいる。そこを見越しあえて不躾な行為に及んで自ら泥を被っているのだとしたらローレンツは一生、ベレトに敵わない。
「マリアンヌさん、先生に皿を空にされてしまったしそろそろお開きにしようか」
「ええ、ローレンツさん、ありがとうございました。近頃気が塞いでいたのでよい気分転換になりました」
オメガである二人は常に抑制剤を服用し発情期が来ないように調整しているため、ごく軽い生理が来るだけだ。血の匂いだけならば香水などでアルファを誤魔化せる。
だが嗅覚が鋭い他の生物は誤魔化せない。犬なども訓練すれば判別に使えるだろう。ただフォドラの社会がその必要を感じないからやっていないだけだ。そしてある種の匂いに反応する昆虫は多い。汗であれば蚊、腐肉であれば蝿、そしてこのガルグ=マクに生息する甲虫はオメガの分泌するフェロモンに反応する。前者二つは微量であっても激しい反応を見せるが、玉虫色の甲虫は個体によって反応の激しさに違いがある。
かつてそこに気付いたセイロス教の修道士がいた。名を忘れられた修道士は特性ごとに甲虫を選り分けて繁殖し、観察した。フォドラには虫を愛でる文化はない。その修道士はクロードのように、どこか別の土地からやってきたものだったから気付いたのかもしれない。その修道士個人の資料も先の大火の際に宝杯の儀にまつわる資料と共に焼失してしまった。男性なのか女性なのか第二性はなんであったのか。今も昔もフォドラ中のオメガたちが女神の次に感謝の祈りを捧げる名無しの誰かは列聖されていない。畳む