-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」2.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 第二性の検査は血液検査で行われる。ベータの血と混ぜられた時に凝固しなければ検査はそれで終了だ。ローレンツの血はベータの血と混ぜた際に凝固し、オメガの血とは混ざり合い、アルファの血と混ぜた時に凝固した。彼がグロスタールの紋章を継がないただのオメガであったならば絶望したかもしれない。
 しかしローレンツはその身にグロスタールの小紋章を宿しており将来、彼の伴侶となる者には元より様々な条件を課されていた。当事者であるローレンツからしてみればそこにアルファであるべし、という条件がひとつ加わるだけにすぎない。恋を知らない身の上だからそんなに冷静でいられるのだ、という意見もある。だが物心ついた頃から領民のため家のために生きよ、と言い聞かせられて育てば当たり前の話だった。
 幸い、まだ実家で暮らしていた十四才の頃に自宅で初めての発情期、いわゆる熱発作を迎えたのでローレンツは知らない誰かを加害者にせず済んでいる。嫡子がオメガだと診断されると両親はすぐに教育係をつけた。教育係はどう振る舞えばローレンツが生き物として破滅しないのかを教えてくれた。セイロス教会が開発した抑制剤のおかげで第二性は個人の能力に影響しないが、立ち振る舞いには指導が必要となる。
 親元から離れる前に必ず毎日抑制剤を服用すればアルファを刺激せずに済むことや運命の番とその美しい誤謬について学ぶことができた。不運なオメガは単にその場にいただけのアルファを誘惑してしまうし、そのアルファを運命の番だと誤解してしまう。実際はその場にいる最も強い独り者のアルファを無意識下で本能的に狙っているに過ぎないが、気の持ちようで物事の捉え方は変わるものだ。自分で自分を騙した方が結果を許容して幸せに生きていけるのだろう。

 暴走した脳の熱が全身に伝わっていくような熱さと今まで味わったことのない快楽があと少しで味わえる筈なのに、という焦ったさと悔しさはローレンツにとってさっさと過去のものにしたい感覚だ。しかし忌々しいことにこれが中々過ぎ去ってくれない。
 全て、未だに生々しく刻みつけられている。あの時は全身からどっと汗が噴き出し、雨に打たれたかのように身につけていた服が内側からびしょ濡れになった。アルファはその大量にかいた汗に混ざって出てくるフェロモンを甘く感じるらしい。つまり嗅覚だけでなく味覚まで侵食されてしまうのだ。決して他言はできないが、匂いに惹きつけられ行動が制御できないアルファをある意味では哀れな存在だ、とローレンツは思う。
 学生の身の安全を確保し正しく指導せねばならない教師や士官学校の職員たちは学生たちの第二性を正確に把握しているが、それを決して学生には明かさない。そしてガルグ=マクの士官学校で寮生活を送る学生たちは誰も第二性について互いに問うような真似はしない。知ったところで生まれつきのものは変更出来ないからだ。
 好いた女性が女性しか愛せない人だった、好いた男性が男性しか愛せない人だったという事態は第二性に関係なく起こり得る。そのように考えておけばアルファだからオメガだから、と過剰に悲劇に浸らずとも生きていける。
 故にローレンツが父であるグロスタール伯から監視せよ、と言われていたクロードの第二性がなんであろうとローレンツには全く関係ない筈だった。しかしあの物言いで彼が発情期のオメガたちから切望される側なのであろう、アルファなのであろう、と予想ができてしまった。正直言って察したくなかった。これでは彼を冷静な目で見られない。
 今晩もクロードは自室を抜け出し何かを探って回っていたようだ。消灯後だったのでローレンツは軽装だったが、クロードはきちんと私服の上着を着込んでいた。一体どこまで足を伸ばしたのだろうか。
 セイロス教の中央教会が平民たちにあかせない秘密を抱えているのはクロードに指摘されるまでもない。そんなことは火を見るより明らかだ。だがその秘密が暴露され、平民たちが不安に駆られた時に領主が無能であれば暴動に発展するだろう。領主が平民たちと信頼で結ばれていれば彼らが不安を感じることはない。
 ───それが理想の在り方だが理想と現実は違う。
 教会が沈黙を守っているとしたら、それは領主の側に至らぬ点があるからだ。故に教会の秘密を不要不急であるにも関わらず、好奇心に任せて暴くのはとても下品な振る舞いだとローレンツは考えている。自分の欲望は完全に制御するのが望ましい。

 ガルグ=マクの士官学校で学ぶ将来の領主たちは皆、領主として知っておくべきことは然るべき時に教会から知らされるだろう、と信じている。クロードも将来、レスター諸侯同盟の盟主になれば中央教会の秘密に触れる機会もあるだろうに彼は待てないらしい。どんな育ち方をしたのだろうか?第二性に関する言質を取られるような物言いを鑑みるに、ローレンツの父エルヴィンがクロードを訝しむのも当然だった。監視していく中で彼が隠しておきたいと思っているものが何なのか、おいおい分かっていくのだろう。
 ローレンツは自室に置いてある水差しから杯に水を注いだ。初めての熱発作のことを思い出すだけで喉が渇いてしまう。誰も見ていない自室なので不作法だが喉を鳴らして杯の水を一気に飲んだ。自分の喉あるいは頸に噛み付き、身体の奥深くを開くアルファは一体、誰なのだろうか。熱発作の前は自分の喉や頸など意識しなかったがあの日以来、そのことを考えない日はない。
 横になったローレンツは薄い寝巻きの上から臍の下を白い手でさすった。おそらく子宮がある辺りが疼いているような気がする。伴侶となるのが女性のアルファであれ男性のアルファであれ、命がけで出産するのはローレンツだ。医師が切開しその場で修道士から回復魔法をかけてもらうのだが、腹が切り開かれている最中の痛みもさることながら回復魔法をかけてもらった後も暫くはとても痛むものだ、と出産経験のある男性オメガの教育係から聞いている。生物としての本能を満たした快楽の果てに、命を落としかねない苦痛が待っているのはオメガの人生における理不尽のうち最大のものと言えるだろう。
 前節、ローレンツたちは盗賊が相手とはいえ、初めて人を手にかけた。噎せ返るような血の匂いのせいで感覚が鈍るかと思ったのに、かえって五感が研ぎ澄まされた。自分の振るった槍が肉体にめり込んでいく感触も顔の脇を掠めていった矢羽の立てる音も全て、この身に刻まれている。そうでなければクロードをもう少し平然とした態度で見られた筈だ。
 先ほどクロードはローレンツに発情期なのかと問うた。冗談とはいえあまりに明け透けな物言いについ、素で返答してしまった。素は危うい。素を隠さなければ発情期ではないから困っているのだよ───とクロードに告げてしまう。確かにクロードは父の言う通り胡散臭く監視対象だが、ローレンツは彼を困惑させたい訳ではない。
 初めての熱発作から数年を経て、抑制剤の服用は完全に習慣としてローレンツに身についている。発情期を薬で抑制しながら送る集団生活、寮生活も魔道学院で経験済みだ。それなのに。
 発情期でもないのにクロードを目にするとあの日を思い出し、感情が昂るのを抑えられないからローレンツは困っている。畳む