「さかしま」9.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む 鷲獅子戦前にローレンツが体調を崩したが、それをきっかけにクロードは彼と和解することが出来た。あの晩の判断は大当たりで当時の自分を褒めてやりたい。真っ先にマヌエラを呼ばねばと思ったが、酒に酔った彼女が寮に来られない可能性に気づいて回復魔法が使えるマリアンヌへ先に声をかけたのは大正解だった。 彼女はあの時、自分一人ではローレンツの部屋に入れないからヒルダも呼んで欲しいと言ったのだ。婚約を内定させようとしているならば、後付けでそれ以前の振る舞いは修正される。だが彼女は他人からの誤解を恐れた。おかげでクロードは二人の仲を見誤っていたと分かり、それ以来何となく気分が上向いている。だが何故なのかは絶対言語化しなかった。それを言葉で明確にしてしまったら、クロードは野望どころではなくなってしまう。 クロードの目の前ではすっかり元気になったローレンツが先程自分で淹れたお茶を飲んでいる。体調が戻るまでの間カミツレの花茶以外飲めなかった彼にクロードは今夜は自分の好みではなく、彼好みの物を淹れてほしいと頼んでいた。クロードはパルミラ出身でフォドラは比較的温暖なデアドラのことしか知らない。ローレンツが飲みたがる物、の方が冷えた身体が温まめてくれる筈だ。 「秋の山中は熱いお茶なしには過ごせないな」 「そうだな。だが今晩出したものは完全に僕好みだから君の口に合うかどうかは知らないぞ」 趣味に走ってしまったことをローレンツが詫びた。選んだ物と照れのせいか頬が少し赤く染まっている。今晩、彼が淹れた、というか作ったのは紅茶に蒸留酒と牛乳を入れて作るスピリッツティーと呼ばれるものだ。一口含むと鼻腔に紅茶と蒸留酒の香りが広がる。少し牛乳が入れてあるので胃が荒れることもない。寒い晩にはありがたい飲み物だった。 「いや美味いなこれ。俺が作ったら欲望に負けて蒸留酒を沢山入れて紅茶の匂いは完全に飛ばすだろうな。流石だよ」 「クロード……僕は紅茶を淹れると言っただろう?」 呆れ顔のローレンツが自分で淹れたスピリッツティーに口をつけた。薄い唇が茶器に触れ白い喉が微かに動く。本人も味に納得したようで小さく頷いた。 「はは、そうだったな。ところでこれを見てくれるか?」 クロードはグロンダーズ平原の地図を広げた。セイロス教会が発行している地図には、意図したものかどうかは置いておくとして───とにかく抜けがある。クロードは戦記や戦術書に出てくる地形描写を参考にして彼なりの地図を作ってみた。 「責任重大だな。この地図が間違っていたら僕たちは総崩れだぞ」 「カスパルが協力してくれたら良かったんだが、流石に口止めされてたよ。まあ黒鷲の学級が有利なのは毎年変わらんか」 グロンダーズ平原はアドラステア帝国内のベルグリーズ領にある。カスパルの父は軍務卿である前にベルグリーズ領の領主なので、領内の古戦場であり、帝国を支える穀倉地帯でもあるグロンダーズ平原へ息子を連れていったこともあるだろう。クロードはカスパルを捕まえて地図を見てもらい、答え合わせをしようとしたがヒューベルトに見つかってしまった。正確な地図は軍事情報でもある。ヒューベルトは本当にうんざりした顔でカスパルに主君へ勝利を捧げるつもりはないのか、と問うていた。 「だが何もしないよりずっとましだ。この線はなんだ?」 クロードの描いた地図の上で、視線を忙しく右へ左へと走らせていたローレンツが問うた。 「平原といっても真っ平らじゃあない。小高い丘の描写が出てくるんだ。少しでも高いところに陣をはった方が有利だから目印をつけておいた」 駆け降りるより駆け上がる方が大変なので上を取られると不利になってしまう。なるほど、とつぶやいてローレンツは再び地図に視線を落とした。白い指がクロードの描いた線に沿って滑っていく。いつかは誰かの肌の上を滑っていくのであろう指先で光る爪はきちんとやすりで整えられていた。彼は色が白いのでクロードの故郷の人々のように指甲花で、指先や手の甲に模様を描いたらさぞ映えるだろう。成人した彼が気軽にパルミラに来られるような、そんな世の中にするのがクロードの野望だ。そのためには完璧な学生生活など必要ないのだが、ヒューベルトはエーデルガルトに完璧な学生生活を送ってもらいたいらしい。 「確かに高地は有利だから速やかに奪取したいな。この地図は悪天候の際に最も効果を発揮するだろう。天気が良ければどこが丘なのかは見ればわかってしまう」 紫水晶のような瞳がクロードが地図上に描いた線を丹念に追っている。 「敢えて奪取させてやるっていうのはどうだ?俺たちを出し抜けたと思わせてそこに火矢を放ったり、な……」 クロードは自分たちの掘った落とし穴の上で敵がしてやったり、と思うように仕向けたい。だが鷲獅子戦は学生同士の模擬戦、演習にすぎない。学生たちに怪我をさせないで帰すのが士官学校の職員たちの務めだ。 「やりすぎだぞ。クロード」 ローレンツはいつも表情が豊かなのでクロードの物騒な意見に対して、眉間に皺を寄せて眉を吊り上げているかと思った。しかし草木も揺るがぬような穏やかな顔をしている。いつもそんな顔をしていたらいいのに滅多に見せてくれない。 「傭兵上がりの先生ならどう返すかな」 「試してみたらどうだ。人を選ばず露悪的なことを言ってまわると皆から警戒されて上手くいくものもいかなくなる」 逆に穏やかでないのはクロードの方だった。これならローレンツが感情の赴くまま眉間に皺を寄せて怒ってくれた方がいい。それなら彼を揶揄って上の立場になれたのに、こんな風に穏やかにたしなめられてはそれも出来ない。酒にはそこそこ強い方なのにクロードは頬が熱くなった。 「失言、かな…?」 「いや、本当に興味があるなら先生に意見を聞いてみると良い。ただ、そんな悪辣なことをやるなら二度と反抗出来ないくらいに相手をへし折らないと恨みを買うだけだ」 ローレンツはその覚悟はあるのか?とクロードに問うとお代わり用のお湯を取りに席を立った。その所作は幼少期から厳しく躾けられてきたもの特有な所作で、殆ど音がしない。あの晩、ローレンツがこの部屋で倒れたとクロードが気付いたのは僥倖だった。そして彼は彼らしさゆえに助かった、とも言える。 「お前、声は大きいのに全然物音は立てないな」 「急にどうした」 「いや、物音に紛れて酒の栓を開けて勝手に飲みたくても静かだから無理だな、って」 お代わりを注ぎながらローレンツが呆れたように笑った。 「君と言う男は本当に馬鹿だな。勝手に飲もうとする前に頼んでみたら良いではないか」 「はは、じゃあ指二本分くれよ」 「後日、指一本分だけ飲ませてやろう」 そう言いながらも先程は小匙に一杯しか入れなかった蒸留酒を今度は二杯入れてくれた。拒絶されずに育ってきたローレンツが本当に眩しく感じる。 「俺もお返しにとっておきの酒を近々飲ませてやるよ」 「デアドラから届くのか?」 「いや、勝利の美酒だよ。鷲獅子戦の、な」 それは楽しみだと言って微笑むローレンツの顔を見て、クロードは自分の進む道がより険しくなったことを自覚した。リーガン家に入るにあたって母ティアナから祖父へ出された条件がある。いずれパルミラに戻る子なのだから絶対にフォドラで結婚させないで欲しい、と言われていた。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
鷲獅子戦前にローレンツが体調を崩したが、それをきっかけにクロードは彼と和解することが出来た。あの晩の判断は大当たりで当時の自分を褒めてやりたい。真っ先にマヌエラを呼ばねばと思ったが、酒に酔った彼女が寮に来られない可能性に気づいて回復魔法が使えるマリアンヌへ先に声をかけたのは大正解だった。
彼女はあの時、自分一人ではローレンツの部屋に入れないからヒルダも呼んで欲しいと言ったのだ。婚約を内定させようとしているならば、後付けでそれ以前の振る舞いは修正される。だが彼女は他人からの誤解を恐れた。おかげでクロードは二人の仲を見誤っていたと分かり、それ以来何となく気分が上向いている。だが何故なのかは絶対言語化しなかった。それを言葉で明確にしてしまったら、クロードは野望どころではなくなってしまう。
クロードの目の前ではすっかり元気になったローレンツが先程自分で淹れたお茶を飲んでいる。体調が戻るまでの間カミツレの花茶以外飲めなかった彼にクロードは今夜は自分の好みではなく、彼好みの物を淹れてほしいと頼んでいた。クロードはパルミラ出身でフォドラは比較的温暖なデアドラのことしか知らない。ローレンツが飲みたがる物、の方が冷えた身体が温まめてくれる筈だ。
「秋の山中は熱いお茶なしには過ごせないな」
「そうだな。だが今晩出したものは完全に僕好みだから君の口に合うかどうかは知らないぞ」
趣味に走ってしまったことをローレンツが詫びた。選んだ物と照れのせいか頬が少し赤く染まっている。今晩、彼が淹れた、というか作ったのは紅茶に蒸留酒と牛乳を入れて作るスピリッツティーと呼ばれるものだ。一口含むと鼻腔に紅茶と蒸留酒の香りが広がる。少し牛乳が入れてあるので胃が荒れることもない。寒い晩にはありがたい飲み物だった。
「いや美味いなこれ。俺が作ったら欲望に負けて蒸留酒を沢山入れて紅茶の匂いは完全に飛ばすだろうな。流石だよ」
「クロード……僕は紅茶を淹れると言っただろう?」
呆れ顔のローレンツが自分で淹れたスピリッツティーに口をつけた。薄い唇が茶器に触れ白い喉が微かに動く。本人も味に納得したようで小さく頷いた。
「はは、そうだったな。ところでこれを見てくれるか?」
クロードはグロンダーズ平原の地図を広げた。セイロス教会が発行している地図には、意図したものかどうかは置いておくとして───とにかく抜けがある。クロードは戦記や戦術書に出てくる地形描写を参考にして彼なりの地図を作ってみた。
「責任重大だな。この地図が間違っていたら僕たちは総崩れだぞ」
「カスパルが協力してくれたら良かったんだが、流石に口止めされてたよ。まあ黒鷲の学級が有利なのは毎年変わらんか」
グロンダーズ平原はアドラステア帝国内のベルグリーズ領にある。カスパルの父は軍務卿である前にベルグリーズ領の領主なので、領内の古戦場であり、帝国を支える穀倉地帯でもあるグロンダーズ平原へ息子を連れていったこともあるだろう。クロードはカスパルを捕まえて地図を見てもらい、答え合わせをしようとしたがヒューベルトに見つかってしまった。正確な地図は軍事情報でもある。ヒューベルトは本当にうんざりした顔でカスパルに主君へ勝利を捧げるつもりはないのか、と問うていた。
「だが何もしないよりずっとましだ。この線はなんだ?」
クロードの描いた地図の上で、視線を忙しく右へ左へと走らせていたローレンツが問うた。
「平原といっても真っ平らじゃあない。小高い丘の描写が出てくるんだ。少しでも高いところに陣をはった方が有利だから目印をつけておいた」
駆け降りるより駆け上がる方が大変なので上を取られると不利になってしまう。なるほど、とつぶやいてローレンツは再び地図に視線を落とした。白い指がクロードの描いた線に沿って滑っていく。いつかは誰かの肌の上を滑っていくのであろう指先で光る爪はきちんとやすりで整えられていた。彼は色が白いのでクロードの故郷の人々のように指甲花で、指先や手の甲に模様を描いたらさぞ映えるだろう。成人した彼が気軽にパルミラに来られるような、そんな世の中にするのがクロードの野望だ。そのためには完璧な学生生活など必要ないのだが、ヒューベルトはエーデルガルトに完璧な学生生活を送ってもらいたいらしい。
「確かに高地は有利だから速やかに奪取したいな。この地図は悪天候の際に最も効果を発揮するだろう。天気が良ければどこが丘なのかは見ればわかってしまう」
紫水晶のような瞳がクロードが地図上に描いた線を丹念に追っている。
「敢えて奪取させてやるっていうのはどうだ?俺たちを出し抜けたと思わせてそこに火矢を放ったり、な……」
クロードは自分たちの掘った落とし穴の上で敵がしてやったり、と思うように仕向けたい。だが鷲獅子戦は学生同士の模擬戦、演習にすぎない。学生たちに怪我をさせないで帰すのが士官学校の職員たちの務めだ。
「やりすぎだぞ。クロード」
ローレンツはいつも表情が豊かなのでクロードの物騒な意見に対して、眉間に皺を寄せて眉を吊り上げているかと思った。しかし草木も揺るがぬような穏やかな顔をしている。いつもそんな顔をしていたらいいのに滅多に見せてくれない。
「傭兵上がりの先生ならどう返すかな」
「試してみたらどうだ。人を選ばず露悪的なことを言ってまわると皆から警戒されて上手くいくものもいかなくなる」
逆に穏やかでないのはクロードの方だった。これならローレンツが感情の赴くまま眉間に皺を寄せて怒ってくれた方がいい。それなら彼を揶揄って上の立場になれたのに、こんな風に穏やかにたしなめられてはそれも出来ない。酒にはそこそこ強い方なのにクロードは頬が熱くなった。
「失言、かな…?」
「いや、本当に興味があるなら先生に意見を聞いてみると良い。ただ、そんな悪辣なことをやるなら二度と反抗出来ないくらいに相手をへし折らないと恨みを買うだけだ」
ローレンツはその覚悟はあるのか?とクロードに問うとお代わり用のお湯を取りに席を立った。その所作は幼少期から厳しく躾けられてきたもの特有な所作で、殆ど音がしない。あの晩、ローレンツがこの部屋で倒れたとクロードが気付いたのは僥倖だった。そして彼は彼らしさゆえに助かった、とも言える。
「お前、声は大きいのに全然物音は立てないな」
「急にどうした」
「いや、物音に紛れて酒の栓を開けて勝手に飲みたくても静かだから無理だな、って」
お代わりを注ぎながらローレンツが呆れたように笑った。
「君と言う男は本当に馬鹿だな。勝手に飲もうとする前に頼んでみたら良いではないか」
「はは、じゃあ指二本分くれよ」
「後日、指一本分だけ飲ませてやろう」
そう言いながらも先程は小匙に一杯しか入れなかった蒸留酒を今度は二杯入れてくれた。拒絶されずに育ってきたローレンツが本当に眩しく感じる。
「俺もお返しにとっておきの酒を近々飲ませてやるよ」
「デアドラから届くのか?」
「いや、勝利の美酒だよ。鷲獅子戦の、な」
それは楽しみだと言って微笑むローレンツの顔を見て、クロードは自分の進む道がより険しくなったことを自覚した。リーガン家に入るにあたって母ティアナから祖父へ出された条件がある。いずれパルミラに戻る子なのだから絶対にフォドラで結婚させないで欲しい、と言われていた。畳む