「さかしま」8.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む 大司教補佐セテスの妹フレンは不思議な少女だ。浮世離れしているだけなら育ちが良いだけだが、時々老婆めいたこともいう。ローレンツが見るにどうやらクロードは彼女に惹かれているようだ。血を狙われた彼女は安全のため、金鹿の学級に編入してきたからちょうど良いのだろう。クロードはいつも彼女を熱心に見つめている。 前節、ローレンツはクロードの言葉を曲解して言いがかりをつけてしまった。せっかく褒めてくれたのに素直に受け取れなかったのは見下されたような気がしたからだ。あの時まで全く気付かなかったが、クロードは常に必死で顔面に笑顔を貼り付けていたらしい。しかしローレンツの物言いのせいでその笑顔が剥がれ落ち、内側にいる常に不機嫌な子供が見えてしまっていた。 これまで通りなら炎帝や死神騎士、それに突然現れたモニカと言う昨年度の学生について考えをまとめたい、と言ってクロードがローレンツの部屋を何度も訪れていただろう。ところが今節はまだ一度も来ないので茶葉がたくさん余っている。 だが今晩は抑制剤のおかげでいつもは軽い生理がやたらと重く、早く休みたいから丁度良い。山中にあるガルグ=マクは秋の訪れが平地よりも早く、夜はかなり冷える。今までは薄がけで眠っていたが毛布も出すべきかもしれない。ローレンツは将来、子を産むのだから腰回りを冷やしてはならないと周りから言い聞かせられている。 次節には鷲獅子戦があるため、父エルヴィンからも勝利を期待する手紙が来ていた。クロードと自分がぎくしゃくしたままでは上手くいくものも上手くいかないだろう。早く謝らなくてはならないが、意中の少女を同じ教室で熱心に見つめるクロードに無礼を詫びるのは何故か癪に触った。いや、何故なのかは分かっている。ただこの哀れな感情に名前をつけたところで死産になると確定している。だから絶対に名前はつけない。ローレンツが探しているのはグロスタールの紋章を継ぐ嫡子を共に作り、共に育ててくれるアルファの女性だ。 「若様、具合が悪い時に考えごとをしても上手くいきませんよ」 幼い頃のローレンツには身体が弱い実母の代わりに面倒を見てくれたねえやがいた。美しく優しい娘で色々と断りきれず、悩んだ末に自ら命を絶ってしまった。具合が悪い時に出した結論通りの行動をしたのだろう。皮肉な話だがその数年後、ローレンツもねえやと同じオメガであると判明した。検査後、すぐに両親が男性オメガの教育係をさがしてきたのは幼い息子が失ったねえやのことを思い出したから、かもしれない。 出産させられる側は基本、心や体の調子がうつろいやすく当てにならない、と男性たちから詰られる。だが彼らの気まぐれで聖母だ、と祀り上げられる時もある。社会からの扱いが不安定な者には宝石のように輝き固く、揺らがぬ何かが必要になるのだ。 棚から毛布を取り出そうと手を伸ばした時、血の巡りに異常をきたしているのがわかった。寒気を感じていた筈なのに痛みのせいで身体は汗だくで指先が痺れている。拙い、とローレンツが思った時にはもう床に倒れていた。 次にローレンツが瞼を上げた時には床に横たわっていて、寝巻きの上に外套を羽織ったマリアンヌがレストとライブをかけてくれていた。隣にはやはり同じく寝巻きの上に外套を羽織ったヒルダがいる。看病のためとは言えマリアンヌだけで深夜、男子学生の部屋に入る訳にはいかないからヒルダが親切についてきてくれたのだろう。第二性を明かさない限りは身なりでの性別が行動の基準となる。 「どうしてここに…?」 「クロードくんが来てくれって」 「クロードさんは私たちを呼んだ後でマヌエラ先生を呼びに行きました。元気になったらお礼をしないといけませんね」 クロードに言いがかりをつけてしまって以来、ローレンツが落ち込んでいたのを知っているマリアンヌがそっと囁いた。足音がふたつ聞こえてきたのでどうやらクロードがマヌエラを連れて到着したらしい。 「先生が酒を飲んでなかったのは奇跡だぞローレンツ!」 「ちょっとクロード!あたくしのこと、そんな風に思っていたの?!まあ良いわ。ローレンツ、寝台に自力で戻れる?もし無理ならクロードと二人で上に乗せるわよ」 ローレンツがのろのろと寝台に身体を乗せて長い手足を投げ出したのを見て皆、安堵のため息をついた。 「皆、部屋に戻ってちょうだい。診察するから患者と二人きりにして!」 マヌエラが手を叩いてそう言ったのをきっかけにクロードもヒルダもマリアンヌもお大事に、と言いながら自分の部屋へ帰っていった。明朝には三人にお礼を言えたら良いのだがどうなるだろうか。マヌエラは触診する、と声をかけ聴診器で身体のあちこちを触って回った。 「回復魔法がよく効いていることから言っても抑制剤への拒否反応ではないわ」 マヌエラは真っ先にローレンツが知りたかったことについて教えてくれた。ローレンツが安堵してため息をつく姿を見てにっこりと微笑む。部屋を物色し水差しに残っていた水を杯に注いだ。 「ただし緊張や心労が祟って体に影響が出ているわ。完璧に体調を管理してもオメガがこんな風に集団生活を送っているとどうしても、ね」 「先生、僕は第二性がオメガだと分かってからアルファが怖いのです。アルファを狂わせるのも怖いしアルファに狂わされるのも怖い」 そう語るローレンツは毛布をかぶって胎児のように体を丸めている。患者の言葉を聞いたマヌエラはローレンツの手が届くところに水を置くと傍に座り腕を組んだ。深酒さえしなければ彼女は本当に当てになる大人なのだ。 「そうね、自分の行動を制御出来ないのは怖いことよ。認めるわ。でもそれはまだ起きていないの」 「でも僕は気付かぬうちに失敗してしまうかもしれない。苦情を言われたこともある」 「子供のうちに大人が見守っている場で失敗なさい。いくらでも元通りになるよう手伝ってあげるから。さあこれ以上おしゃべりして眠らない気ならサイレスをかけるわよ」 マヌエラは冗談めかしていたが本当に休んでおいた方が良さそうだった。瞼がやたらと重く感じる。ローレンツは身体を少し起こし、無言で診察鞄に聴診器をしまうマヌエラを眺めながら水を飲んだ。もう会えないねえやにも、マヌエラや教育係のような人がいてくれたら、と思う。 ローレンツが無言のまま横たわって瞼を閉じ、再び瞼を開けた時にはもう翌朝になっていた。枕元には立ち上がらずとも飲めるように汲まれたおかわり用の水、そしてマヌエラからの伝言が記された蝋引きの書字板が置いてあっる。室温で冷え切ったお代わり用の水を口にしながら読んでみるとまず、今日は講義を休んで安静にせよ、と書いてある。次に刺激物にあたるもの一覧があり、目眩や立ちくらみが治るまではそれを摂取するなと書いてあった。ローレンツの所有する殆どの茶葉が該当する。 今日は水と白湯とカミツレ茶しか飲めない。飲み干した水の冷たさに季節の移り変わりを感じた。節をまたいでわだかまりを持ち越すなど馬鹿らしい。もう少し具合が良くなったら、クロードを自分から招いてカミツレの花茶を淹れてやろう。ローレンツがそう決めたと同時に扉の外から朝食を持ってきたぞ、というクロードの声がして───礼を言うより先にローレンツの腹の虫の方が先に鳴いた。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
大司教補佐セテスの妹フレンは不思議な少女だ。浮世離れしているだけなら育ちが良いだけだが、時々老婆めいたこともいう。ローレンツが見るにどうやらクロードは彼女に惹かれているようだ。血を狙われた彼女は安全のため、金鹿の学級に編入してきたからちょうど良いのだろう。クロードはいつも彼女を熱心に見つめている。
前節、ローレンツはクロードの言葉を曲解して言いがかりをつけてしまった。せっかく褒めてくれたのに素直に受け取れなかったのは見下されたような気がしたからだ。あの時まで全く気付かなかったが、クロードは常に必死で顔面に笑顔を貼り付けていたらしい。しかしローレンツの物言いのせいでその笑顔が剥がれ落ち、内側にいる常に不機嫌な子供が見えてしまっていた。
これまで通りなら炎帝や死神騎士、それに突然現れたモニカと言う昨年度の学生について考えをまとめたい、と言ってクロードがローレンツの部屋を何度も訪れていただろう。ところが今節はまだ一度も来ないので茶葉がたくさん余っている。
だが今晩は抑制剤のおかげでいつもは軽い生理がやたらと重く、早く休みたいから丁度良い。山中にあるガルグ=マクは秋の訪れが平地よりも早く、夜はかなり冷える。今までは薄がけで眠っていたが毛布も出すべきかもしれない。ローレンツは将来、子を産むのだから腰回りを冷やしてはならないと周りから言い聞かせられている。
次節には鷲獅子戦があるため、父エルヴィンからも勝利を期待する手紙が来ていた。クロードと自分がぎくしゃくしたままでは上手くいくものも上手くいかないだろう。早く謝らなくてはならないが、意中の少女を同じ教室で熱心に見つめるクロードに無礼を詫びるのは何故か癪に触った。いや、何故なのかは分かっている。ただこの哀れな感情に名前をつけたところで死産になると確定している。だから絶対に名前はつけない。ローレンツが探しているのはグロスタールの紋章を継ぐ嫡子を共に作り、共に育ててくれるアルファの女性だ。
「若様、具合が悪い時に考えごとをしても上手くいきませんよ」
幼い頃のローレンツには身体が弱い実母の代わりに面倒を見てくれたねえやがいた。美しく優しい娘で色々と断りきれず、悩んだ末に自ら命を絶ってしまった。具合が悪い時に出した結論通りの行動をしたのだろう。皮肉な話だがその数年後、ローレンツもねえやと同じオメガであると判明した。検査後、すぐに両親が男性オメガの教育係をさがしてきたのは幼い息子が失ったねえやのことを思い出したから、かもしれない。
出産させられる側は基本、心や体の調子がうつろいやすく当てにならない、と男性たちから詰られる。だが彼らの気まぐれで聖母だ、と祀り上げられる時もある。社会からの扱いが不安定な者には宝石のように輝き固く、揺らがぬ何かが必要になるのだ。
棚から毛布を取り出そうと手を伸ばした時、血の巡りに異常をきたしているのがわかった。寒気を感じていた筈なのに痛みのせいで身体は汗だくで指先が痺れている。拙い、とローレンツが思った時にはもう床に倒れていた。
次にローレンツが瞼を上げた時には床に横たわっていて、寝巻きの上に外套を羽織ったマリアンヌがレストとライブをかけてくれていた。隣にはやはり同じく寝巻きの上に外套を羽織ったヒルダがいる。看病のためとは言えマリアンヌだけで深夜、男子学生の部屋に入る訳にはいかないからヒルダが親切についてきてくれたのだろう。第二性を明かさない限りは身なりでの性別が行動の基準となる。
「どうしてここに…?」
「クロードくんが来てくれって」
「クロードさんは私たちを呼んだ後でマヌエラ先生を呼びに行きました。元気になったらお礼をしないといけませんね」
クロードに言いがかりをつけてしまって以来、ローレンツが落ち込んでいたのを知っているマリアンヌがそっと囁いた。足音がふたつ聞こえてきたのでどうやらクロードがマヌエラを連れて到着したらしい。
「先生が酒を飲んでなかったのは奇跡だぞローレンツ!」
「ちょっとクロード!あたくしのこと、そんな風に思っていたの?!まあ良いわ。ローレンツ、寝台に自力で戻れる?もし無理ならクロードと二人で上に乗せるわよ」
ローレンツがのろのろと寝台に身体を乗せて長い手足を投げ出したのを見て皆、安堵のため息をついた。
「皆、部屋に戻ってちょうだい。診察するから患者と二人きりにして!」
マヌエラが手を叩いてそう言ったのをきっかけにクロードもヒルダもマリアンヌもお大事に、と言いながら自分の部屋へ帰っていった。明朝には三人にお礼を言えたら良いのだがどうなるだろうか。マヌエラは触診する、と声をかけ聴診器で身体のあちこちを触って回った。
「回復魔法がよく効いていることから言っても抑制剤への拒否反応ではないわ」
マヌエラは真っ先にローレンツが知りたかったことについて教えてくれた。ローレンツが安堵してため息をつく姿を見てにっこりと微笑む。部屋を物色し水差しに残っていた水を杯に注いだ。
「ただし緊張や心労が祟って体に影響が出ているわ。完璧に体調を管理してもオメガがこんな風に集団生活を送っているとどうしても、ね」
「先生、僕は第二性がオメガだと分かってからアルファが怖いのです。アルファを狂わせるのも怖いしアルファに狂わされるのも怖い」
そう語るローレンツは毛布をかぶって胎児のように体を丸めている。患者の言葉を聞いたマヌエラはローレンツの手が届くところに水を置くと傍に座り腕を組んだ。深酒さえしなければ彼女は本当に当てになる大人なのだ。
「そうね、自分の行動を制御出来ないのは怖いことよ。認めるわ。でもそれはまだ起きていないの」
「でも僕は気付かぬうちに失敗してしまうかもしれない。苦情を言われたこともある」
「子供のうちに大人が見守っている場で失敗なさい。いくらでも元通りになるよう手伝ってあげるから。さあこれ以上おしゃべりして眠らない気ならサイレスをかけるわよ」
マヌエラは冗談めかしていたが本当に休んでおいた方が良さそうだった。瞼がやたらと重く感じる。ローレンツは身体を少し起こし、無言で診察鞄に聴診器をしまうマヌエラを眺めながら水を飲んだ。もう会えないねえやにも、マヌエラや教育係のような人がいてくれたら、と思う。
ローレンツが無言のまま横たわって瞼を閉じ、再び瞼を開けた時にはもう翌朝になっていた。枕元には立ち上がらずとも飲めるように汲まれたおかわり用の水、そしてマヌエラからの伝言が記された蝋引きの書字板が置いてあっる。室温で冷え切ったお代わり用の水を口にしながら読んでみるとまず、今日は講義を休んで安静にせよ、と書いてある。次に刺激物にあたるもの一覧があり、目眩や立ちくらみが治るまではそれを摂取するなと書いてあった。ローレンツの所有する殆どの茶葉が該当する。
今日は水と白湯とカミツレ茶しか飲めない。飲み干した水の冷たさに季節の移り変わりを感じた。節をまたいでわだかまりを持ち越すなど馬鹿らしい。もう少し具合が良くなったら、クロードを自分から招いてカミツレの花茶を淹れてやろう。ローレンツがそう決めたと同時に扉の外から朝食を持ってきたぞ、というクロードの声がして───礼を言うより先にローレンツの腹の虫の方が先に鳴いた。畳む