-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」10.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 抑制された集団生活は魔道学院で体験済みのローレンツだが、士官学校での生活は波乱尽くしで調子が狂ってしまう。前節、鷲獅子戦の勝利後に頭から麦酒をかけられた。宴の後に皆でふざけながら風呂場で髪や身体を濯いだことが今や、昔見た夢のようにぼやけている。ローレンツの瞳に映る現実は地獄としか言いようがない。長閑な村だったのだ、と担任のベレトは言うが現在のルミール村は炎と呪いと恐怖と死に包まれていた。
 呪いのせいで正気を失った村人が見境なく親しい隣人や家族を襲い、傷つけ殺そうとしている。学生たちはジェラルドから正気の村人の安全を確保せよ、と命じられた。魔獣も恐ろしかったが呪いで狂わされた人々も恐ろしい。介入がなければまともだったからだ。
 目ざといクロードが見つけた怪しげな連中の排除と村人の救出を同時に行うため二手に分かれた。ヒルダがベレトの副官を務めている間、延焼を避けるためイグナーツが消火のためブリザーを放ち、正気を失って家族や隣人を殺そうとする村人をラファエルが死なない程度に殴って行動不能にする。その隙に襲われていた村人をレオニーが確保し、安全なところへ避難させていた。マリアンヌは村中を移動して弱っている村人や兵士に回復魔法をかけている。ローレンツは馬を駆り無事な村人がいないか辺りをくまなく探している最中、クロードからリシテアを連れてくるように頼まれた。
 馬で彼女の元に駆けつけるとリシテアはちょうど得意の黒魔法で敵を仕留め終えたところだった。これほど巧みに魔法を操れるのは何故なのか、彼女が説明してくれたことはない。ローレンツが民家の柵に馬を横付けし、身体をずらして鞍の前に空間を作ると察したリシテアが柵によじ登りなんとか鞍に腰を下ろした。ローレンツは落馬しないように左腕で彼女を抱えて右手で手綱を取った。実家でこんな風に弟妹たちを乗せてやったことを思い出す。
「クロードがリシテアさんに確かめて欲しいことがあるそうなので奴の元までお送りしよう」
 煙と血の匂いが充満する中で馬を駆り、物陰から様子を伺うクロードの元に戻ると悪いな、と言ってリシテアの手を取り馬から下ろした。
「あのトマシュさんらしき男と話している連中に見覚えはあるか?」
「あの装束は……コーデリア領をめちゃくちゃにした連中が身につけていたものとよく似て……います。本人達かどうかはこの距離では分かりませんが……」
「そうか。俺とローレンツがついてるから大丈夫だ」
 ルミール村で何が行われたのか、金鹿の学級に所属する他の誰よりも深く把握出来たリシテアは顔を手で覆っている。クロードは感情を持て余し、震えているリシテアの肩を軽く叩いた。その拍子に涙の粒が感情を持て余した彼女の頬を伝っていく。
 緑色の瞳が気がつかなかったことにしよう、と無言で提案してきたのでローレンツも無言で頷いた。リシテアはクロードから年下扱いされると揶揄うな、と言っていつもかなり激しく怒る。しかし今日ばかりは素直に礼を言った。
「ローレンツ、村人たちはどうなった?」
「助けられる限りは」
 ただし落ち着いてから村を見回れば更に亡骸の数は増えるだろう。自らを万能で無謬と信じる者たちの所業は深く、皆の心の内に刻みつけられた。裕福さや才の有無、老若男女を問わず人間は誰でも侵されてはならない光り輝く宝石のような何か、を手にして生まれてくる。統治する者や武器を振るう者は決して、それを蔑ろにしてはならない。
「そうか。じゃあ答え合わせをしに行こうか。リシテアは援護を、ローレンツは前衛を頼む」
 そして書庫でクロードとよく行きあったという修道士は彼の問いかけに最悪の形で答えた。
 いつもなら疲れや興奮や嫌悪感を紛らわすため、多弁になりがちな金鹿の学級の面々も今日は口数が少ない。皆、何かを言おうとするのだが無意味な指示語しか口から出てこなかったので、諦めて黙り込んでいる。ベレトですら落ち込んでいたので仕方ないのかもしれない。
 その晩は珍しくローレンツがクロードの部屋を訪れた。
「クロード、指二本までだぞ」
 クロードは大きなため息をつくとお言葉に甘えることにするよ、と言って手にしていた本を閉じた。本の上下が逆さまで、彼の受けた衝撃の強さが窺い知れる。あえてそこは指摘せず、ローレンツは自室に戻り硝子の杯をふたつ棚から出した。卓の上には炒って砂糖がけにした胡桃とマリアンヌにブリザーで作ってもらった氷がある。扉を叩く音がしたので入るように言うとクロードがやってきた。
「ご招待どうも。流石に先生もしょげてたよ」
「水で割るか?」
「いや、せっかくだから氷だけで良い」
 ローレンツが硝子の杯に氷を入れ、実家から持ってきた蒸留酒を指二本分だけ注ぐ。形だけの、気が乗らない乾杯をすると二人とも杯を煽った。気落ちしている時に呑んでも良い香りがして、それが分かるならまだ自分たちは大丈夫だと思った。
「実験だとさ。正直言ってお前はここまでやれないだろう、と煽られた気分だ」
「君は自分を奴等の同類だ、 とでも思っているのか?」
 これは本当に深刻だと思いながらローレンツは胡桃を摘んだ。室温で少し砂糖が溶け、べたついたせいで塊になってしまっている。
「俺もフレンに興味があるから」
 クロードの言葉を聞いたローレンツは何故か動悸がおかしくなった。日頃あまり呑まない強い酒と昼間の惨劇に酔っているせいかもしれない。黙っているとクロードは更に言葉を続けた。
「正確に言うとフレンの血だな。俺は伝承から探っていた。俺たちは十傑の子孫だがフレンは多分……確証があるわけでなし、これは口に出して良いものか迷うな」
「では言うべきではないし僕も聞かない。風説の出元になるのはごめんだ」
 杯の中の氷が音を立てて割れた。
「そうだな。確実なことだけ話す。どんな人間でも血になんらかの情報が刻まれている。だから第二性の検査には血を使う」
 嫡子の血がオメガの血と混ざり合った日にローレンツの両親は安堵のため息を吐いた。これでグロスタールの紋章は自分たちの目が黒いうちには絶えずに済む、と。紋章を持つ子がアルファかオメガであれば孫にもグロスタールの紋章が発現する。十傑の血を継ぐ家で最も重要視されるのは子供に紋章が発現することだ。平民の家庭であれば男性のオメガなど良くて悩みの種、蔑みの対象だが名家においては価値観が逆転する。
「そしてその辺の人間はフレンの血に耐えられない。そこを悪用したのが昼間の連中だ。もし村の生き残りの中に耐えた奴がいればそいつの血こそ修道院が調べなきゃならない」
「君はそのことを先生やセテス殿に伝えたのか?」
「マヌエラ先生あたりがとっくに気付いてる筈さ。実は優秀だし躊躇しないんだぜ、薬の原料になる怪しげな茸や蛇、虫も平気で扱う。そうか、原料にするとして……だが……」
 クロードは氷が溶け、少し薄まった蒸留酒を流し込むと小首を傾げた。何か建設的なことでも思いついたのか、それまでどろりと濁っていた緑色の瞳に光が戻っている。
「酒、ご馳走様。ありがたいことに少し気が紛れたよ」
 今すぐにでも自室に戻って何かを確かめたそうにしているクロードの姿を見られて、ローレンツの気も少し紛れたような気がした。畳む