「crossing」5.
#クロロレ #完売本 #年齢操作 #crossing
同一人物同士であれば、他の者に目撃された時にそっくりな親戚だと強弁することが出来るからしばらく世話になる、とかなんとか言ってきたくせに現在のローレンツの部屋に行くなんて、未来の自分はまるで言動が一致していない。身支度を整えた未来のローレンツはこちらへ戻ってきた未来のクロードの耳元に薄い唇を寄せて一言二言何か話した。
この部屋で何も起きなかったような顔をしていた彼は用事が済んだのか、本来滞在するはずの部屋に戻っていった。初めてのことで長持ちしなかったからなんとか取り繕えたもののもし自分にもう少し堪え性があったらどうなっていたのだろう。
未来の自分は勝手知ったる、という風情で寝台の上に程よくできた空間に座り込み、枕元に置いてある本を手に取っていた。
「ローレンツ、綺麗になっただろ」
さきほどこの寝台で自分と彼が何をしたのか分かったとしても未来の自分は余裕綽々なのだろうか。殺されても文句は言えないので黙っておくが。
「正直驚いた。声かけに関して苦情を言ってた女子どもに未来のローレンツを見せてやりたいね」
取り繕っても意味がない相手なのでクロードは素直に心境を吐露した。彼の圭角とも言える焦りがなくなっている。展開は早かったが焦燥感のようなものは全くなかった。
「気持ちはわからんでもないが、あいつらに見る目がなかったおかげで助かった面もあるぞ。分かってるだろ?不利な点がいくつもあるって」
素直にローレンツの美を讃えた自分の姿を見て未来のクロードが苦笑する。そこは気になる点だった。家督を継ぐ子供を作れない同性同士である上に、クロードにはもうひとつひた隠しにしている秘密があった。
「なあ、あんたのローレンツは全部知ってるのか?」
クロードに天国を見せてくれた彼は既にクロードの正体を暴いたのだろうか?
「黙秘する」
「一番気になるところなんだけどな」
おどけて見せたが当然、未来の自分には通用しない。寝台を乗っ取った未来の自分の値踏みするかのような視線が刺さる。緑の瞳が故郷で忌み嫌われたのも分かるような気がした。それだけに真正面から見つめ返してくるローレンツの存在がありがたい。
「ひとつだけ言っておく。この先は今のお前には想像もつかないような厄介なことしか起きない。格好をつける余裕も取り繕う余裕もない。死力を尽くすことだ」
「葬式出したのか?」
「黙秘する」
だが彼が身につけている外套を見れば明らかだ。未来の自分は祖父のオズワルドを看取っている。元服した際に切り落とした三つ編みは母の元に届いたのだろうか。それもきっと教えてもらえない。未来の自分の言葉を聞いて何も聞き出せない、と悟ったクロードは本をどかして椅子に座りその上で胡座をかいた。そう言えば今晩はどちらが床に寝るのか決めていない。昨晩は間借りする身だからな、と言って未来の自分が床に寝ている。
「何にも言う気はないんだな!まあいいや。今日は俺が床に寝るよ」
「寝台を譲られても言えないことは言えないからな」
翌朝、特に何かしくじった覚えもないのだが若いローレンツがクロードの部屋にやってきた。寝台に座り込んでいる未来のクロードを見て正式な礼をしている。
「俺が盟主になったら俺にもそれやってくれるのか?」
「では礼を尽くしたくなるような実績を積みたまえ」
どうやらローレンツは未来のクロードへ朝の挨拶をするために来たらしい。コナン塔で遺産が暴走しシルヴァンの兄マイクランが命を落とした時、眠れないと縋ってきたローレンツの予想から外れたことをして以来、クロードは警戒されている。学生のうちにそんなふしだらなことはしてはならない、と言うのが彼の主張だ。鷹揚に構えて挨拶を返す未来の自分はどんなエグいことをやってローレンツをあんな風にしたのか。そもそもどうやって一線を越えたのか。
「昔の俺はともかくローレンツが講義に遅れたら大変だ。そろそろ行ったほうが良い」
年上の自分が言う通り始業時間が近く、皆教室や訓練場へむかったのか教室へ向かう廊下にはほとんど人は居なかった。ローレンツに急ぎ足で歩かれると追いつくのがクロードには中々難しい。小走りで追いつきながらうぶな恋人に話しかける。
「お前随分と綺麗になるんだな、びっくりしたよ」
「今の僕では不満かね」
クロードの言葉を聞き白い眉間に皺が寄った。険のある表情は二人が出会ったばかりの頃を思い起こさせる。クロードは未来の自分を見た時の感想が無理をして偉く見せようとしている、でしかなかったが未来のローレンツを見た時の感想は口から生まれてきたと言われているにも関わらずワーオ、の一言だ。
「いや、そんなことないさ」
クロードは人目がないのを良いことにローレンツの白い手を手に取った。こうすれば同じ早さで歩くことができる。
「すまない。確かに外見は僕の目指す理想に近かったがなんと言うか四角四面で」
基本、ローレンツは自分に厳しい。そうやって掲げた理想の姿に近づこうとしているから仕方ないのだが、現在の自分と未来の自分がいるという異常事態においては未来の自分からの目線が厳しいものになる。兄弟関係、特に異母兄シャハドとの関係に悩んだクロードからしてみれば羨ましい限りだが、彼は長子で兄や姉というものを知らず、弟や妹との関係は良好だと聞く。
どうやら未来の自分たちは口裏を合わせている。そっくりな親戚ということで誤魔化せる、という主張をローレンツも聞いたはずだ。きっと年上の兄に甘えてみたかったのに、未来の自分相手にそれが叶わず少し拗ねている。あの懐き方からいって未来の自分は現在のローレンツを甘やかしたのだろう。
「ただすごく未来が楽しみだなと思っただけだよ」
クロードが親指の腹で白い手のひらの真ん中に小さく円を描くと歩みが止まった。見上げてみれば白い顔は赤く染まっていふ。数年後にはあんな妖艶な雰囲気になるというのに、たったこれだけの触れ合いでこんな風になるというなら初体験の時にはどんなことになるのか。クロードには想像もつかない。
「え……あ、急ごう!クロード、走らないと本当におくれてしまう!」
ほんの数秒の触れ合いの後、手は振り払われた。未来の彼に至るまでの道筋が全く想像できない。ローレンツが本気で走ったのでクロードも三つ編みを揺らして本気で走るしかなかった。教室へ走って入り込めば頬の赤みは走ったから、と言うことで誤魔化せるだろう。畳む
#クロロレ #完売本 #年齢操作 #crossing
同一人物同士であれば、他の者に目撃された時にそっくりな親戚だと強弁することが出来るからしばらく世話になる、とかなんとか言ってきたくせに現在のローレンツの部屋に行くなんて、未来の自分はまるで言動が一致していない。身支度を整えた未来のローレンツはこちらへ戻ってきた未来のクロードの耳元に薄い唇を寄せて一言二言何か話した。
この部屋で何も起きなかったような顔をしていた彼は用事が済んだのか、本来滞在するはずの部屋に戻っていった。初めてのことで長持ちしなかったからなんとか取り繕えたもののもし自分にもう少し堪え性があったらどうなっていたのだろう。
未来の自分は勝手知ったる、という風情で寝台の上に程よくできた空間に座り込み、枕元に置いてある本を手に取っていた。
「ローレンツ、綺麗になっただろ」
さきほどこの寝台で自分と彼が何をしたのか分かったとしても未来の自分は余裕綽々なのだろうか。殺されても文句は言えないので黙っておくが。
「正直驚いた。声かけに関して苦情を言ってた女子どもに未来のローレンツを見せてやりたいね」
取り繕っても意味がない相手なのでクロードは素直に心境を吐露した。彼の圭角とも言える焦りがなくなっている。展開は早かったが焦燥感のようなものは全くなかった。
「気持ちはわからんでもないが、あいつらに見る目がなかったおかげで助かった面もあるぞ。分かってるだろ?不利な点がいくつもあるって」
素直にローレンツの美を讃えた自分の姿を見て未来のクロードが苦笑する。そこは気になる点だった。家督を継ぐ子供を作れない同性同士である上に、クロードにはもうひとつひた隠しにしている秘密があった。
「なあ、あんたのローレンツは全部知ってるのか?」
クロードに天国を見せてくれた彼は既にクロードの正体を暴いたのだろうか?
「黙秘する」
「一番気になるところなんだけどな」
おどけて見せたが当然、未来の自分には通用しない。寝台を乗っ取った未来の自分の値踏みするかのような視線が刺さる。緑の瞳が故郷で忌み嫌われたのも分かるような気がした。それだけに真正面から見つめ返してくるローレンツの存在がありがたい。
「ひとつだけ言っておく。この先は今のお前には想像もつかないような厄介なことしか起きない。格好をつける余裕も取り繕う余裕もない。死力を尽くすことだ」
「葬式出したのか?」
「黙秘する」
だが彼が身につけている外套を見れば明らかだ。未来の自分は祖父のオズワルドを看取っている。元服した際に切り落とした三つ編みは母の元に届いたのだろうか。それもきっと教えてもらえない。未来の自分の言葉を聞いて何も聞き出せない、と悟ったクロードは本をどかして椅子に座りその上で胡座をかいた。そう言えば今晩はどちらが床に寝るのか決めていない。昨晩は間借りする身だからな、と言って未来の自分が床に寝ている。
「何にも言う気はないんだな!まあいいや。今日は俺が床に寝るよ」
「寝台を譲られても言えないことは言えないからな」
翌朝、特に何かしくじった覚えもないのだが若いローレンツがクロードの部屋にやってきた。寝台に座り込んでいる未来のクロードを見て正式な礼をしている。
「俺が盟主になったら俺にもそれやってくれるのか?」
「では礼を尽くしたくなるような実績を積みたまえ」
どうやらローレンツは未来のクロードへ朝の挨拶をするために来たらしい。コナン塔で遺産が暴走しシルヴァンの兄マイクランが命を落とした時、眠れないと縋ってきたローレンツの予想から外れたことをして以来、クロードは警戒されている。学生のうちにそんなふしだらなことはしてはならない、と言うのが彼の主張だ。鷹揚に構えて挨拶を返す未来の自分はどんなエグいことをやってローレンツをあんな風にしたのか。そもそもどうやって一線を越えたのか。
「昔の俺はともかくローレンツが講義に遅れたら大変だ。そろそろ行ったほうが良い」
年上の自分が言う通り始業時間が近く、皆教室や訓練場へむかったのか教室へ向かう廊下にはほとんど人は居なかった。ローレンツに急ぎ足で歩かれると追いつくのがクロードには中々難しい。小走りで追いつきながらうぶな恋人に話しかける。
「お前随分と綺麗になるんだな、びっくりしたよ」
「今の僕では不満かね」
クロードの言葉を聞き白い眉間に皺が寄った。険のある表情は二人が出会ったばかりの頃を思い起こさせる。クロードは未来の自分を見た時の感想が無理をして偉く見せようとしている、でしかなかったが未来のローレンツを見た時の感想は口から生まれてきたと言われているにも関わらずワーオ、の一言だ。
「いや、そんなことないさ」
クロードは人目がないのを良いことにローレンツの白い手を手に取った。こうすれば同じ早さで歩くことができる。
「すまない。確かに外見は僕の目指す理想に近かったがなんと言うか四角四面で」
基本、ローレンツは自分に厳しい。そうやって掲げた理想の姿に近づこうとしているから仕方ないのだが、現在の自分と未来の自分がいるという異常事態においては未来の自分からの目線が厳しいものになる。兄弟関係、特に異母兄シャハドとの関係に悩んだクロードからしてみれば羨ましい限りだが、彼は長子で兄や姉というものを知らず、弟や妹との関係は良好だと聞く。
どうやら未来の自分たちは口裏を合わせている。そっくりな親戚ということで誤魔化せる、という主張をローレンツも聞いたはずだ。きっと年上の兄に甘えてみたかったのに、未来の自分相手にそれが叶わず少し拗ねている。あの懐き方からいって未来の自分は現在のローレンツを甘やかしたのだろう。
「ただすごく未来が楽しみだなと思っただけだよ」
クロードが親指の腹で白い手のひらの真ん中に小さく円を描くと歩みが止まった。見上げてみれば白い顔は赤く染まっていふ。数年後にはあんな妖艶な雰囲気になるというのに、たったこれだけの触れ合いでこんな風になるというなら初体験の時にはどんなことになるのか。クロードには想像もつかない。
「え……あ、急ごう!クロード、走らないと本当におくれてしまう!」
ほんの数秒の触れ合いの後、手は振り払われた。未来の彼に至るまでの道筋が全く想像できない。ローレンツが本気で走ったのでクロードも三つ編みを揺らして本気で走るしかなかった。教室へ走って入り込めば頬の赤みは走ったから、と言うことで誤魔化せるだろう。畳む
「crossing」7.
#クロロレ #完売本 #年齢操作 #crossing
流石にクロードも思うところがあったらしい。旧礼拝堂の魔法陣の中心に二人並んで白い光に包まれた時、黒い手袋越しにローレンツがそっと手を握ると彼が微かに震えているのがわかった。大聖堂の方へ顔を背けたまま、ローレンツの手を軽く握り返してきたのできっと怖かったのだろう。クロードはローレンツを見栄っ張りだと言って揶揄うがクロードも充分見栄っ張りだ。五年前、赤狼の節に互いの肉体に縋り付いた者同士、いまさら何の遠慮があると言うのだろうか。あの夜を境にローレンツはクロードをより深く理解出来た気がしたしクロードもローレンツを深く理解するようになった。
枢機卿の間に二人だけで残って打ち合わせを終え、廊下へ出た時に五年前戦死した筈の修道士が目の前を通り過ぎたのでローレンツもクロードもこの異変に気付いた。お互いに幽霊を見たような顔をしていたが何のことはない。自分たちの方が異物である、と気づかせてくれたのは荘厳な姿を保つ大聖堂だった。慌てて二人揃ってセテスの部屋に駆け込み、奇妙な数日間を経て───ローレンツとクロードは元の時代へ戻ることができた。
今、二人の目の前には帝国軍の攻撃で破壊されたままの大聖堂がある。二人が真っ先にこの目で見たかったものだ。
「崩壊した大聖堂を見て心が安らぐ日が来るとは思わなかったよ」
ローレンツがそう呟くとクロードも珍しく素直に同意した。星辰の節にガルグ=マクで皆と再会し打ち捨てられた大聖堂を見て、心が締め付けられるような心地がしたものだがこれこそが一一八五年である証だ。クロードと共に過ごした五年間は消え失せてなどいない。過去に紛れ込んで数日経過した筈が殆どずれることなく、元の時間軸の自分たちが過ごしていた直後の時刻に戻れたことは鳴り響く晩鐘が教えてくれた。星辰の節に合流し、修道院敷地内の被害を確認した際にクロードが真っ先に鐘を修復させたので無生物なりに恩返しをしているのかもしれない。
食堂の明かりを確認できたので二人で慌てて駆け込むと幸運なことにダフネルシチューだけは残っていた。五年前の世界では麺麭もワインも干し肉も提供してもらえたがやはり温かい食べ物が食べたかったので注文する。
湯気と温かさを感じながら食事をしている間ローレンツもクロードも無言だった。話している間も惜しんで食事を終えてしまった。
「はぁー流石に風呂に入りたいな」
手巾で口を拭いたクロードが伸びをしながら呟いた。食欲が満たされれば他のことに関しても欲が出てくる。それぞれ学生時代の自分がいない時に室内で水差しの水を使って身体を拭いたが、入浴と比べてしまえば当然だが入浴の方に軍配が上がる。
「同感だ。火が落とされる前に支度して入ろう」
それぞれ今の自室に戻り入浴の支度を整えた。最後の最後、滑り込むように入ったせいか浴場は貸切状態になっている。湯気の中で足を投げ出していると若いクロードから受け取った熱も含めて奇妙な数日がまるで夢のようにローレンツには思えた。あんなこと果たして現実に起きたのだろうか。
天井から落ちる水滴の音がやけに耳に響くのは時間が遅く、クロードと二人きりで入っているからだろう。隣り合って寛いではいるが二人とも疲れ果てて話す気にもなれなかった。汗で濡れた湯浴み着が身体に張り付きクロードの身体の線が顕になる。彼は祖父から盟主の座を継いでから少しでも威厳を出したい、とのことで体が少し大きく見えるような服を好んで着るようになった。だから浴場から寝室くらいでしか彼の身体の線を目にする機会がない。つまりローレンツが最も彼の身体の線を見る機会に恵まれている、と言える。学生時代の彼よりも随分と逞しい身体つきになっていた。クロードも同じようにローレンツの身体つきを舐めるように見ている。きっと記憶の中のかつての姿を見比べているのだ。クロードは昔と比べて随分素直になった。
「いや、お互い細かったな!身長差が縮まらないと悟った時の自分の顔は見ものだった」
おどけて笑うクロードは頬髭を生やしていても五年前の彼のように可愛い顔立ちをしていたが、ローレンツは本人にそう言ってやったことがない。
「今でも悔しいのかね?」
ローレンツは紫の瞳だけ動かしてクロードを眺めた。彼が小さく横に首を振ると褐色の肌の上を玉のような汗が筋肉に沿って流れていく。
「いいや、男の価値はそんなとこでは決まらんからな」
クロードは軽く腰を上げ首を伸ばしローレンツに頬ずりすると薄い唇に触れるだけの軽い口づけをした。クロードに体を開かれる前のローレンツならこれだけで顔を真っ赤にしていただろう。彼に茶を供し頭巾を着せてやっていた頃のローレンツなら。だが今のローレンツは微かに触れた粘膜がひんやりとして心地よいと感じるだけだ。これは浴室内の気温の問題だけではない。
「先に部屋に戻りたまえ。僕はもう少し時間がかかる」
「いや、たまには俺が手伝うよ」
学生時代のクロードとローレンツがすぐに身体を繋げることが出来たのはあの現象に巻き込まれる前の晩も今、浴場にいる二人で身体を重ねていたからだ。この後、褐色の指でローレンツの奥が探られれば過去のクロードに対してローレンツが何をくれてやったのか、すぐに判明するだろう。
「君の指は悪戯ばかりする」
ローレンツはそういうと褐色の手を取り中指と人差し指を第一関節まで自らの咥内に迎え入れた。舌の裏で爪を舐め舌の表面で指の脇にできている胼胝の形を確かめる。クロードは爪の背で上顎の溝を撫でようとしたがローレンツが強く指を吸うので出来なかった。
「こんな浅いところじゃ満足できないだろ」
確かに指を奥まで入れて欲しいし当然指だけでは足りない。ローレンツを見つめるクロードの緑の瞳が欲望でぎらぎらと輝いている。五年前の彼が同じ瞳で自分を見つめたのでつい口づけ以上のものをくれてやってしまった。まだ道具を使うことなど考えつきもしない幼いクロードのことを思い出すと口の端が上がってしまう。本当に初心だったし、ローレンツはクロードの身体だけで充分気持ち良くなれると再確認させてくれた。きっと今晩も羽根だの目隠しだのを使いたがるだろうがそこは粘り強く訴えていくしかない。
「爪の手入れは怠っていないようだね」
「弓使いの嗜みってやつだよ」
二人は汗を流すため共に立ち上がった。畳む
#クロロレ #完売本 #年齢操作 #crossing
流石にクロードも思うところがあったらしい。旧礼拝堂の魔法陣の中心に二人並んで白い光に包まれた時、黒い手袋越しにローレンツがそっと手を握ると彼が微かに震えているのがわかった。大聖堂の方へ顔を背けたまま、ローレンツの手を軽く握り返してきたのできっと怖かったのだろう。クロードはローレンツを見栄っ張りだと言って揶揄うがクロードも充分見栄っ張りだ。五年前、赤狼の節に互いの肉体に縋り付いた者同士、いまさら何の遠慮があると言うのだろうか。あの夜を境にローレンツはクロードをより深く理解出来た気がしたしクロードもローレンツを深く理解するようになった。
枢機卿の間に二人だけで残って打ち合わせを終え、廊下へ出た時に五年前戦死した筈の修道士が目の前を通り過ぎたのでローレンツもクロードもこの異変に気付いた。お互いに幽霊を見たような顔をしていたが何のことはない。自分たちの方が異物である、と気づかせてくれたのは荘厳な姿を保つ大聖堂だった。慌てて二人揃ってセテスの部屋に駆け込み、奇妙な数日間を経て───ローレンツとクロードは元の時代へ戻ることができた。
今、二人の目の前には帝国軍の攻撃で破壊されたままの大聖堂がある。二人が真っ先にこの目で見たかったものだ。
「崩壊した大聖堂を見て心が安らぐ日が来るとは思わなかったよ」
ローレンツがそう呟くとクロードも珍しく素直に同意した。星辰の節にガルグ=マクで皆と再会し打ち捨てられた大聖堂を見て、心が締め付けられるような心地がしたものだがこれこそが一一八五年である証だ。クロードと共に過ごした五年間は消え失せてなどいない。過去に紛れ込んで数日経過した筈が殆どずれることなく、元の時間軸の自分たちが過ごしていた直後の時刻に戻れたことは鳴り響く晩鐘が教えてくれた。星辰の節に合流し、修道院敷地内の被害を確認した際にクロードが真っ先に鐘を修復させたので無生物なりに恩返しをしているのかもしれない。
食堂の明かりを確認できたので二人で慌てて駆け込むと幸運なことにダフネルシチューだけは残っていた。五年前の世界では麺麭もワインも干し肉も提供してもらえたがやはり温かい食べ物が食べたかったので注文する。
湯気と温かさを感じながら食事をしている間ローレンツもクロードも無言だった。話している間も惜しんで食事を終えてしまった。
「はぁー流石に風呂に入りたいな」
手巾で口を拭いたクロードが伸びをしながら呟いた。食欲が満たされれば他のことに関しても欲が出てくる。それぞれ学生時代の自分がいない時に室内で水差しの水を使って身体を拭いたが、入浴と比べてしまえば当然だが入浴の方に軍配が上がる。
「同感だ。火が落とされる前に支度して入ろう」
それぞれ今の自室に戻り入浴の支度を整えた。最後の最後、滑り込むように入ったせいか浴場は貸切状態になっている。湯気の中で足を投げ出していると若いクロードから受け取った熱も含めて奇妙な数日がまるで夢のようにローレンツには思えた。あんなこと果たして現実に起きたのだろうか。
天井から落ちる水滴の音がやけに耳に響くのは時間が遅く、クロードと二人きりで入っているからだろう。隣り合って寛いではいるが二人とも疲れ果てて話す気にもなれなかった。汗で濡れた湯浴み着が身体に張り付きクロードの身体の線が顕になる。彼は祖父から盟主の座を継いでから少しでも威厳を出したい、とのことで体が少し大きく見えるような服を好んで着るようになった。だから浴場から寝室くらいでしか彼の身体の線を目にする機会がない。つまりローレンツが最も彼の身体の線を見る機会に恵まれている、と言える。学生時代の彼よりも随分と逞しい身体つきになっていた。クロードも同じようにローレンツの身体つきを舐めるように見ている。きっと記憶の中のかつての姿を見比べているのだ。クロードは昔と比べて随分素直になった。
「いや、お互い細かったな!身長差が縮まらないと悟った時の自分の顔は見ものだった」
おどけて笑うクロードは頬髭を生やしていても五年前の彼のように可愛い顔立ちをしていたが、ローレンツは本人にそう言ってやったことがない。
「今でも悔しいのかね?」
ローレンツは紫の瞳だけ動かしてクロードを眺めた。彼が小さく横に首を振ると褐色の肌の上を玉のような汗が筋肉に沿って流れていく。
「いいや、男の価値はそんなとこでは決まらんからな」
クロードは軽く腰を上げ首を伸ばしローレンツに頬ずりすると薄い唇に触れるだけの軽い口づけをした。クロードに体を開かれる前のローレンツならこれだけで顔を真っ赤にしていただろう。彼に茶を供し頭巾を着せてやっていた頃のローレンツなら。だが今のローレンツは微かに触れた粘膜がひんやりとして心地よいと感じるだけだ。これは浴室内の気温の問題だけではない。
「先に部屋に戻りたまえ。僕はもう少し時間がかかる」
「いや、たまには俺が手伝うよ」
学生時代のクロードとローレンツがすぐに身体を繋げることが出来たのはあの現象に巻き込まれる前の晩も今、浴場にいる二人で身体を重ねていたからだ。この後、褐色の指でローレンツの奥が探られれば過去のクロードに対してローレンツが何をくれてやったのか、すぐに判明するだろう。
「君の指は悪戯ばかりする」
ローレンツはそういうと褐色の手を取り中指と人差し指を第一関節まで自らの咥内に迎え入れた。舌の裏で爪を舐め舌の表面で指の脇にできている胼胝の形を確かめる。クロードは爪の背で上顎の溝を撫でようとしたがローレンツが強く指を吸うので出来なかった。
「こんな浅いところじゃ満足できないだろ」
確かに指を奥まで入れて欲しいし当然指だけでは足りない。ローレンツを見つめるクロードの緑の瞳が欲望でぎらぎらと輝いている。五年前の彼が同じ瞳で自分を見つめたのでつい口づけ以上のものをくれてやってしまった。まだ道具を使うことなど考えつきもしない幼いクロードのことを思い出すと口の端が上がってしまう。本当に初心だったし、ローレンツはクロードの身体だけで充分気持ち良くなれると再確認させてくれた。きっと今晩も羽根だの目隠しだのを使いたがるだろうがそこは粘り強く訴えていくしかない。
「爪の手入れは怠っていないようだね」
「弓使いの嗜みってやつだよ」
二人は汗を流すため共に立ち上がった。畳む

表紙

台詞まとめ
※Netflixで配信されている「愛の不時着」パロで、紅花ルートの21世紀という設定です。
「また会えようが、会えまいが」1.越境
#クロロレ #完売本 #現パロ #また会えようが、会えまいが #台詞まとめ
アドラステア帝国はフォドラを統一し、それまでの紋章主義に基づく貴族制度は解体された。聖人や十傑の血を引く者たちは身分を失ったが、その空白は埋めねばならない。
身分を問わず幅広く人材を確保する為、官僚の採用試験が実施された。合格した者たちは自らが勝ち取った権限や資産を子供に継がせたがる。こうして新たな階級制度が固定され、新しい葡萄酒に相応しい新しい皮袋は用意されることがなかった。
皇族と官僚と農奴しか存在しない歪な国家は数世紀の時を経て、革命の種を芽吹かせることになる。七十年ほど前に革命が起きようやく皮袋は新しくなったが、この革命は王制を敷いている周囲の国々、とりわけパルミラの王族や貴族たちを強く刺激した。自国で同じことが起きたらたまったものではない。
パルミラは租界地であるデアドラに住むパルミラ人の保護を名目としてフォドラ連邦に攻めこんだ。大規模な侵攻と小規模な小競り合いを経て三十年ほど前に休戦協定が結ばれ、両国を隔てる山脈、通称フォドラの喉元が軍事境界線、事実上の国境線となっている。
七十年前の革命を嫌い、隣国パルミラや永遠の友好国ブリギットへと亡命したフォドラ人とその子孫は何十万人と存在する。赤い革命を嫌った彼らはそれぞれの国において白フォドラ人と名乗って生活していた。七十年も経てば祖国を知らない子供たちの方が多くなる。白フォドラ人の間では辛うじて言語が保たれているものの、八世紀の歴史を誇るセイロス正教への信仰と伝統は失われつつあった。
カリードもその一人だ。カリードの母ティアナは白フォドラ人だが王家に近しい財閥総帥の子を産んだ。だが第一夫人でもパルミラ人でもなかったので、そもそもカリード自身は後継者争いに興味を持っていなかった。しかし自分たちが後継者である、と信じて疑わない異母兄弟たちは感情的でしょっちゅう部下を怒鳴りつけて殴り、無茶な投資で損ばかりしている。
そんな彼らに任せていては社員たちが幸福になれない。カリードが金銭的には豊かな子供時代を送ることができたのは社員たちが真面目に働いてくれたおかげだ。そんな社員たちに恩返しをするためカリードは後継者レースに加わった。宝飾品及び高級時計メーカーの社長、というのが現在のカリードの立場だが近年ではグループ内での存在感を増している。母の身分は低いもののカリードはよく働き、派手に遊び新聞のゴシップ欄を騒がせた。遊び相手の女優やモデルには自社の商品を贈ることにしているので、左手首や耳元、首を必ず写すようにとゴシップ紙のカメラマンに裏で金を払っている。
そんな遊び人のカリードが一番愛しているレジャーは飛竜の騎乗で、これだけは華やかな遊び相手と共に行うことはない。カリードは厄介な案件を片付けた自分へのご褒美にフォドラとの国境地帯へとやってきた。政治情勢はきな臭いがここは自然に恵まれており素晴らしい景色が楽しめる。
だが、山の麓で飛竜の管理をしているインストラクターが眉間に皺を寄せながら、飛竜の鞍に腰を下ろしているカリードに話しかけてきた。
「社長、今日は風が強いので出来れば飛行を控えていただきたいのですが……」
「予備日はこれで最後だ。必死になって時間を作ったから一度くらいは飛びたいな」
「では絶対に西に流されないように気をつけてください。少しでも国境線を越えればフォドラの国境警備隊から撃墜されます」
分かった、というとカリードは額に当てていたゴーグルを下ろした。ミラー加工がしてあるので白フォドラ人の血を引く証である緑の瞳が隠される。フォドラとの国境が近いこの地域では、革命を嫌い山越えをしてきた白フォドラ人やその子孫が特に多い。この地方ではカリードの瞳の色も珍しいものではない、という事情もあって国境沿いで遊ぶのがカリードは好きだった。飛竜に乗る資格もこちらで取得している。
「危ないと思ったらすぐに着陸するよ、着陸地点からは無線で連絡する。」
背中のパラシュートを後ろ手で叩き、反対の手で胸ポケットに入れた無線機を指さしたがカリードはインストラクターを安心させられなかったようだ。
「社長、パルミラである、と確信できない場所でその無線機を使ったらフォドラ側の国境警備隊に捕まります」
「なんだ、経済封鎖されてる癖にレーダーなんか使ってるのか?落下しちまった用のパラシュートだって背負ってるし、トータルの飛行時間も短くない。だからそんなに心配しないでくれよ」
どうしてこんなに意地になっているのかカリード自身にも全く分からない。しかし鎧に足を乗せ離陸するよう合図を出すと、おかしなテンションになっている人間の思惑を理解していない飛竜は嬉しそうに翼を広げた。
飛竜の足が地面から離れる時はバランスを崩しやすいと言われる。先程のカリードは謙遜していたが、忙しい身の上でありながら単独飛行時間は実際かなり長い。百時間は軽く超えている。
手綱と鎧でさらに上昇するよう、飛竜に命じるとお調子者な個体らしく勢いよく高度を上げる。動物は人間の外見や身分を気にしない。他人からすれば孤独な時間かもしれないが、カリードは空の上で自由を満喫していた。
山頂すら足元になるほど高度を上げると西側にあるフォドラもよく見える。山頂付近は人の手が入らないせいか見事な森が広がっていた。きっと鹿や兎や狐が住んでいることだろう。しかし人間が豊かな自然の中に勝手に国境線を引いたせいで、山頂付近を飛び回る野生の飛竜が誰かに騎乗されているものと誤解され撃墜される痛ましい事故もあった。インストラクターの言う通り国境地帯に入り込むのは避けた方がいい。東に旋回しようと手綱を引いたその瞬間、カリード、いやクロードの運命を変える竜巻が山に襲いかかったのだった。
フォドラ連邦とパルミラの国境線は自然物を基準としている。山の稜線が国境線だ。隣国の兵士や民間人が国境を越えることがないようにフォドラ連邦もパルミラもその手前二キロ地点に拠点と柵を作り、そこには高圧電流を流していた。しかし野生動物が勝手に国境線を越えるように、悪天候も双方に平等に影響を及ぼす。パルミラとの国境線であるフォドラの首飾り近辺で強風が数日間に渡って発生した。強風は人間の都合を嘲笑うかのように、両国が作った柵をそれぞれ何キロにも渡って壊している。
国境地帯の立哨は骨が折れる任務だ。パルミラの兵士と遭遇し、運が悪ければ自分が戦端を開くことになる。ローレンツが肩に固定している無線機から雑音混じりの通信が入った。詰所の通信機器の調子が悪く近々修理用の部品が来ることになっている。
「こちらカッコー。フクロウ応答せよ」
「こちらフクロウ。電気柵の破損を現時点で四ヶ所確認。麓から工兵を派遣してもらう必要がある」
ひどい雑音混じりであっても詰所に残っているヒルダがため息をつくのがわかった。悪天候で柵が破損するとそこから豊かな自然の恵みを狙って猟師たちが入り込む。フォドラ連邦は革命の波及を恐れられ、正式に国交を結んでいるのは友好国であるブリギットと永世中立国であるダグザそれとモルフィスだけだ。輸入に頼ることはできず自給自足せねばならない。
そんなわけで一攫千金を狙った猟師たちが国境を越えてしまうのだが、パルミラ側の国境警備隊に捕まれば工作員扱いをされる。聴取は厳しく手荒いものとなるだろう。そこから自国民を守るのもローレンツたちの任務のひとつだ。
「こちらカッコー。了解した。先程気象部隊より本日は竜巻が発生するとの報告を受けた。迅速に帰還せよ」
「こちらフクロウ。了解した」
この竜巻も近年の異常気象の影響だろうか。全ての破損箇所の確認は最終日である明日に持ち越すしかなさそうだった。
「マリアンヌさん、何か聞こえなかったか?」
ローレンツが耳を澄ませたのでマリアンヌも息を止めあたりを伺う。木の枝が折れる音と複数の足音を聞いたマリアンヌの顔に一瞬迷いが生じた。
「詠唱する暇はない!」
ローレンツの一喝でマリアンヌがローレンツと共に短銃を構えた瞬間、ボロボロの服を身につけ、弓矢を持ったフォドラの猟師が駆け込んできた。銃声が聞こえると密猟しているのが明白になってしまうし、その銃声をきっかけに戦闘が開始されかねない。だから密猟者たちは猟銃ではなく弓矢を使う。ローレンツとマリアンヌが身に纏っているフォドラ連邦国境警備隊の軍服を見て、彼らの瞳が潤んだ。
「助けてください!鹿を追ってただけなんです!!」
彼らの背後にはローレンツたちと同じく短銃を構えたパルミラ軍国境警備隊の兵士たちがいる。彼らが肩につけている無線機にも拠点からの通信が入った。国境警備の任に就く士官は隣国の言葉を習得していることが望ましい。ローレンツの階級章を確認したパルミラの兵士たちは拠点からの通信が傍受されることを一瞬躊躇した。
『こちらハト。オンドリ応答せよ』
『こちらオンドリ。西側からの侵入者を追跡中フォドラの兵士に見つかった』
『彼らは狩りをしていただけだ!密猟者はこちらで処罰する!』
「兵隊さん!助けてください!!お願いします!!」
『パルミラの密猟に対する罰などたかが知れている!強制収容所の悪名はパルミラにも知れ渡っているだろう?彼らをこちらに渡せ!』
『こちらハト。オンドリ、深追いせず帰還せよ。気象部隊からの報告によると竜巻が発生するらしい。繰り返す。深追いせず直ちに帰還せよ』
目の前のパルミラ軍兵士及びパルミラ軍の拠点、そしてローレンツによるパルミラ語の短く激しい言い争いは天気予報とローレンツの勝利に終わった。ここ数年は命がけで密猟をする者が増えている。三人の密猟者は涙を流してローレンツに感謝の言葉を述べたが、ローレンツは容赦せず拠点に彼らを連れ帰ると憲兵隊に彼らを引き渡した。
「お疲れ様でーす!」
拠点に戻ると通信手をしていたヒルダが出迎えてくれた。マリアンヌの手を取りあと一日で村に戻れるよ!とはしゃいでいる。立哨の任務は二ヶ月交代で終わるまで山から降りられない。年頃の娘である二人はあれが欲しいこれが買いたい、と盛り上がっていた。今回の任務があと一日早く始まり、昨日終わっていたらローレンツの人生には何の変化も訪れなかっただろう。
国が望み家が望み軍が望む人生を歩む。その身に紋章を宿す者たちに職業選択の自由はない。紋章の力は戦争の役にしか立たないからだ。七十年前の革命でローレンツたち紋章保持者の名誉が回復されたのも、当初は戦力に乏しかった革命軍が貴重な戦力として迎え入れたからだ。戦功を立て、ささやかな恩賞を得た祖父母たちのおかげで幼い頃のローレンツは幸せに過ごしている。
最終日の朝、いつものように立哨の任についたローレンツは昨日と同じくマリアンヌと共に電気柵の破損箇所を見て回った。今は何の変哲もない山道に見える。だが、かつての戦闘の際に両軍共に地雷を大量に設置しているので目印がつけてあるところ以外はまともに歩けない───そんな区域をチェックしている。
数度の危機を乗り越え、ようやく安全な区域にたどり着いた時に呻き声が聞こえたような気がして、ローレンツは辺りを見回した。口の前に人差し指を当てハンドサインでマリアンヌに指示を出し、左右に分かれて走り出す。単独行動をとって数分後、ローレンツは小さな小川沿いに生えているやたら大きな木に、破れたパラシュートと怪我人が引っかかっているのを見つけた。近頃の悪天候を受け、パラシュート部隊も飛竜の部隊も訓練を実施していない。どうしてよりによって最終日にこんな揉めごとが起きるのか。村に戻れば取っておきの茶葉が自分を待っていると言うのに。
『降りろ!』
肌が少し浅黒いのでパルミラ語で話しかけてみるとローレンツの声に反応し、瞼が上がった。パルミラ人ならば工作員の可能性がある。しかし瞼の下から現れた瞳は美しい緑色だった。彼は一体、どこの何者なのだろうか。我に返った怪我人は辺りを見回し息を呑んだ。ロープで辛うじてぶら下がっていることとローレンツが銃を構えていることが分かったからだろう。
『おいおい、俺は目が緑だけどフォドラ人じゃあないぜ』
ローレンツは今、深緑色をベースとした迷彩柄の戦闘服に身を包んでいる。軍装の色合いはフォドラ軍もパルミラ軍も変わりがない。緑深い山の中で任務にあたるとどうしてもデザインが似通ってくる。興味のない者からは見分けがつかないだろう。
『誤解しているようだがここはフォドラだ』
「何を言ってるんだ?俺の飛竜はきちんと東に旋回した!!そっちこそパルミラ側に入り込んでるんじゃないだろうなあ?」
「む……フォドラ語が話せるのか?」
「ああ、お袋が白フォドラ人でね。一応、セイロス正教の洗礼も受けてるぜ。堅信礼以来教会には行ってないがな」
男はローレンツに言い聞かせるためなのかフォドラ語で話しかけてきた。セイロス正教は長いフォドラの歴史の中で唯一、大帝と称されるエーデルガルト一世を開祖とする。七十年前に国を捨てた者の子孫と七十年前に名誉を回復された者の子孫が実に奇妙な形で再会していた。
「そうか。君は飛竜に乗っていたらしいがその飛竜はどこにいる?」
「分からない。ひどい竜巻だった。俺なしでも無事に竜舎まで飛べていると良いんだが」
強風に煽られ飛竜から吹き飛ばされた男は木からぶら下がり、銃を突きつけられているというのに飛竜の心配をしている。
「逃げるにしても僕に捕まえられるにしても降りねばならないのはわかるだろう!」
大きな枝に引っかかっているカリードに銃口を向けたフォドラ兵の言うことを聞くのは癪だったが、彼のいうことは正しい。そして彼の前で迂闊に無線を使ったら本国からの救助隊が迎撃される可能性がある。額から流れた血を黒いグローブ越しに拭うとカリードはバックルに手を掛けた。かなり高さがある。せっかく骨折していないのにこれで骨を折ってしまうかもしれない。
覚悟を決めてバックルを外した時は全身が地面に叩きつけられるか、と思ったが予想は裏切られた。カリードは自分に向けて銃を構えていたはずの兵士の上に乗っかっていて、まるで彼を押し倒しているような状態になっている。飛び降りたカリードを受け止めた衝撃で、ヘルメットの中に押し込めていたのであろう彼の真っ直ぐな紫の髪がはみ出ていた。彼は魔法職採用なのだろう。魔法の力は髪に宿ることが多いので伸ばしている者が多い。
「忌々しい……!頭を打つところだった!」
「助けてくれたのか?!」
「死体は尋問出来ないからな!」
反射的に憎まれ口を叩く唇は薄く肌は真っ白で、睨みつけてくるアメジストのような瞳が美しい。肌が白く瞳と鮮やかな髪の色がお揃い、という典型的なフォドラの美丈夫だ。来年の新作にアメジストやバイオレットサファイア、それにタンザナイトを使うのはどうだろうか?カリードは一瞬そんなことを考えた。
フォドラでは昔から全く同性愛が禁忌ではない。エーデルガルト大帝も師であり戦友であった女性と結婚している。同性愛は禁忌ではないが名前も知らない相手の唇を同意もなく奪うのは禁忌だ。カリードは大袈裟な音を立てて組み敷いた軍人の唇を奪い、彼が呆気に取られて固まっている隙にマジックテープで肩に固定されている軍用の無線機を外した。すぐに当てずっぽうに放り投げてやったので拾いに行かねばならない。
「いや、本当に残念だ。顔はものすごく好みなのに」
無線機は軍からの支給品であり、何かあった時の生命線なので絶対に拾いにいかねばならない。自分の唇を奪ったパルミラの男がローレンツの頭をヘルメット越しにぐいっと掴んで無線機の方に向けた。今自分が放り投げた無線機を拾いに行け、ということなのだろう。唇を奪われたことも無線機を奪われたことも悔しいが、行動を操られることこそが最も屈辱に感じる。ローレンツは身体を捩ってなんとか起きあがろうと努力したが、パルミラからの侵入者は体運びが上手いらしい。頭突きでもしてやろうかと腹筋と首に力を入れた瞬間、押さえつけられ通しだった身体が急に軽くなった。慌てて無線機を拾い、先程ローレンツがやってきた方角とは真逆の方へ走り去ろうとしていた緑の瞳の色男に後ろから飛びかかり羽交締めにする。
「そっちは地雷だらけだぞ!」
「どうせ逃さないための嘘だろ?国交が正常化したら続きしようぜ!」
男がそう言うとローレンツの天地がひっくり返った。背負い投げをされたのだ。ローレンツには自分が大男だという自覚があるので、内心では驚愕したが慌てて立ち上がる。だが侵入者を追いかけようと足を踏み出した瞬間、足元からカチッという今は一番聞きたくない音が聞こえた。少しでも動けば地雷に吹き飛ばされてしまう。
「あぁもう忌々しい!!いいか!分かれ道についたら看板通りに進め!二度とこちらに来るな!そしてこちらで見たものについて一言も話すな!」
ローレンツの言葉が聞こえているのかいないのか、一目散に逃げていく緑の瞳の男はよほど運がいいのか、強風に背を押されながら地雷原を駆け抜けて行った。運が良ければ東側に到達するだろう。風は男の命を助けたパラシュートを巻き上げ、ローレンツの管轄外へ運んでいく。自然は人間の思惑など全く考慮しない筈だがこの風は都合が良い。ローレンツがなかったことにすればおしまいだ。それに今日を逃せば工兵が破損箇所を修理してしまうだろう。
ローレンツが必死で足元から意識を逸らし棒立ちになっているとマリアンヌからの通信が入った。急いでローレンツの元にやってきたマリアンヌは大きくため息をついた。爆発物処理を一度始めたらため息をつくこともできない。
「大丈夫ですか……?!ブリザーにしますか?」
「いや、フィンブルだ。迷惑をかけて申し訳ない」
マリアンヌが呪文を詠唱し彼女の右手に魔法陣が浮かんだのを確認すると、ローレンツはポケットから小さなタオルを出して噛んだ。ローレンツが踏んだ古い地雷に向けて凝縮した氷魔法が放たれるが、当然それだけでは済まない。地雷を踏んでいたローレンツの左足に激痛が走り地面に倒れ込んだ。我慢してもしきれない呻き声がでて涙がこぼれ落ちる。マリアンヌは氷に封じられ、無力化された地雷を蹴って遠ざけると次にライブの呪文を唱え始めた。今度は白い光がローレンツの左足を包んでいく。
「ご無事でよかったです。詰所に帰りましょう」
ローレンツはマリアンヌに礼を言い、彼女に肩を借りながら軍用車両まで戻った。
一方カリードは重大な選択を迫られていた。確かあの紫の瞳が美しいフォドラ兵は吐き捨てるように看板通りに進め、と言っていた。しかしその看板はこの強風で飛ばされてしまったらしい。パルミラに戻るには左右どちらの道を行けばいいのか。心細さと緊張で一歩も動けなくなる。闇雲に走ったせいかここがフォドラなのかパルミラなのか全く分からない。パルミラならば話は簡単だ。今すぐ無線機の電源を入れれば良い。きっとすぐに救助隊が駆けつけてくれる。だがここがもしフォドラなら敵国への違法な通信を試みた工作員として逮捕され、強制収容所に送られてしまう。カリードはこれまでずっとビジネスにおいて自分の勘に従ってきた。失敗しても自分のせいで誰も恨まずに済む。カリードは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「右に行こう」
この時、左の道を行けば彼の人生は変わることがなかっただろう。
詰所に入る門、詰所から麓の村へ至る門にはそれぞれイグナーツとヒルダがいた。しかし通信機器の修理用部品が届き、イグナーツが次に立哨を担当する部隊のため必死で修理していたこと、ヒルダが補給物資と共に届いた海軍にいる兄ホルストからの手紙を夢中になって読んでいたこともありカリードはフォドラ側に迷い込んでしまっている。
必死で山道を降りていくと日が暮れて集落の灯りがカリードの目に飛び込んできた。あの光を目指せば明日には帰宅できるだろう。そう考えたカリードの歩みは自然と早くなったが───集落に辿り着こうかという頃、急に灯りは消えた。たとえパルミラといえども山の中の寒村だからインフラが心許ないのだ、そう思いたかったが褐色の背中を冷や汗が辿っていく。
再び灯は点ったが照らしているのはフォドラ語の看板だった。強きフォドラ、革命万歳、などフォドラ連邦のスローガンがビビッドなカラーリングで書かれている。
とにかく今晩の夜露をしのぐところを見つけねばならない。この集落は留守にしている家が何軒かあるようだ。そのどれかに忍び込みとりあえず水だけでも確保したい。屋台が数軒並ぶだけのささやかなメインストリートから少し離れた家の門扉に手を掛けた時、カリードの背後から聞き覚えのある声がした。
『そこで何をしている』
振り向くと小川のそばで自分を抱き留めてくれたフォドラの美丈夫が買い物袋を持って立っていた。畳む
#クロロレ #完売本 #年齢操作 #crossing
扉の隙間からそっと紙が差し込まれた。これまで聞こえてきた物音から察するに学生たちは皆、寮から出払っている。しかしそれでも念には念を入れて廊下に極力出ない方が良いだろうに、クロードは何をやっているのだろうか。腕を伸ばして拾い上げてみればそこにはクロードからの伝言が書かれていた。きっとローレンツが昨日黙っていろ、と怒ったからこんな手段を選んだのだろう。
《もう少し自分にも優しくしてやれ》
口の中で小さくファイアーの呪文を唱え、白い手のひらに乗せた紙を燃やす。如何にも、昔のローレンツにすっかり情が移っているクロードが言いそうなことだった。分かっていたことだが若い頃の自分はとにかく堅い。コナン塔で見たもののせいでもあるが一線を越え、自分が自分でなくなることが何よりも恐ろしかったから、若い頃の自分はこの時期のクロードに遊びのような口付けと甘い言葉しか与えなかった。だが人間は望んだ人を相手に純潔を失った程度で個を失ったりはしない。クロードに身体を割り開かれた後も、良いと感じるものも悪いと感じるものも変化しなかった。閉ざされた扉が開いたせいで好きなものが増えたことは確かだが。しかし彼はそんな怖がりで頑なであったローレンツを本心から可愛い、と言う。
一方で若い、というか今のローレンツの目から見れば幼いクロードはとにかく魅力的だった。ローレンツの頬を撫でていた三つ編み、今と比べると少し華奢な身体、何と言っても頭の上から爪先まで舐めるようにローレンツを見ていたあの目付きが素晴らしい。あの目付きを昔は怖いと思っていたが、あれは自分を求める熱だ。あの熱を身体の内に受け入れることでしか味わえない快楽がある。
幼いクロード相手に先程のようなことをする必要があったかなかったか、で言えばする必要は全くない。同じく未来からやってきたクロードは今のお前が口付けのひとつでもくれてやって黙るように頼めばあっさり黙るだろう、としか言っていない。だがローレンツは幼い彼の熱を味わう望外の機会に恵まれてしまったのだ。
かつて人手不足の際に寝台の上でもう一人自分がいたらどうなるか、という益体のない話をクロードとしたことがある。その時のクロードはもう一人の自分と上手くやる自信がないと言い、ローレンツはきっと弟のように可愛がるだろう、と言っていたが実際は逆だった。自分であればこそ色々と粗が見えてしまう。ローレンツは勝手に取り出した新しい手巾で手についた灰を拭いた。年若い自分が暮らすこの部屋のどこに何があるのかなど当たり前だが手に取るようにわかる。ローレンツもこの部屋の主人だったからだ。
誰もいない空間で大あくびをするとローレンツは寝台の上に寝転がった。滲んだ涙を白い指の腹で拭う。元の時代に戻るための魔法陣が完成するまでの待ち時間は良い骨休めになりそうだった。敵襲も進軍も盗賊退治もない。枕はあったが頭の後ろで腕を組み、うとうとしていると扉の外から咳払いの音がした。自室の扉を外側にいる自分が叩くのもおかしな話ではあるから、中に人がいると分かっていても若い頃のローレンツは扉を叩けない。戻ってきた、と彼なりに工夫して知らせているのだろう。
本や書字板を小脇に抱えた制服姿の自分は寝台に寝そべったままのローレンツを見て目を丸くした。きっと咳払いで知らせたはずなのに何と不調法な、と思っている。
「野営よりはるかに楽だったがやはり腰が辛くてね、寝台で少し休ませてもらっているよ」
腰に負担がかかった理由は昨晩、床に寝転がっていたからではないのだがそれを若い自分が知る必要はない。何なら横たわって身体を休める必要すらなかった。
「それは……戻られてからすぐにまた身動きが取れるようにしておかねばなりません。僕はすぐに訓練場に戻りますのでどうかお寛ぎ下さい」
そういって過去の自分が開けた棚で、彼が何を取りに来たのかローレンツは察した。籠手だ。現在でも愛用している籠手は、この時点ではまだ人の血を吸っていない。好ましいと思っていた友人たちの亡骸を確認する日が来るとは夢にも思っていない若い自分に親切にしてやるとしたら……。
「近接戦闘の際にも籠手は役に立つ。素手で殴るより楽だからベレト先生から習うと良い」
「……未来ではそれほど追い詰められることがあるのですか?この僕が?」
騎馬職を目指している時期なので若い自分の疑問はもっともだった。将である自分が馬から降り、槍も魔法も使わず殴り合いをする羽目になるなど負け戦も同然なので想像したこともないはずだ。だが籠手をつけたまま相手を殴ると確実に怪我を負わせることができる。
「それと従士なしで籠手を外せるようになっておいた方が良い。それくらいクロードに振り回される」
手首を口に寄せるローレンツの姿を見て、胸元に籠手を抱えたままの若い自分の眉間に皺が寄った。口で紐を咥えるのが気に食わないのか、将来のクロードを貶されたような気がしたのか、はたまたその両方か。
「信じられません。少しだけお話しさせていただきましたが貴方のクロードがそんな頼りない方であるようには感じられませんでした」
頼り甲斐はあるのだ。だが三つ編みが可愛らしかった彼はとんでもない悪癖も身につける。戦で昂った心を落ち着けるために身体を重ねる際、クロードは勝手にどんどん他人の甲冑を外していく癖に籠手だけはわざと残す。クロードに怪我を負わせてしまうことを恐れたローレンツが動けなくなるよう、追い詰めてから身体を好き放題弄ぶことを好むようになるのだ。口や手だけならまだ良いのだが、伝書フクロウの羽まで持ち出すので助言してやっている。しかし怖がりで寝台の中の世界を知ろうとしない自分には通じない。
「訓練場に行かねばならない者相手に無駄口を叩いてしまったな」
「はい、クロードをしっかり支えられるように鍛錬を重ねることにします」
最後に発言すれば勝ちというわけでもないのに、若い自分は一方的に会話を打ち切り部屋を出ていった。優しくしてやれ、とクロードに頼まれたから将来、真に必要になることを教えてやったのに全く聞く耳を持っていない。きっとアリルの谷で未来の自分から言われたことを思い出すだろう。いや、思い出せないかもしれない。何せクロードに弄ばれると何も考えられなくなるのだから。畳む