-horreum-倉庫

雑多です。
「説明できない」5.典儀
#説明できない #クロロレ #完売本

 情報には出元と行き先がある。それを見極めずに判断を下すと間違いが起きる。前節、カトリーヌがロナート卿の所持品から見つけた大司教レアの暗殺計画に関する密書は様々な波紋を呼んだ。真偽の程は定かではないが対応せねばならない。
 謁見の間に呼び出されたベレトから今節の課題を聞いたクロードは教会があの密書をどう判断したのか悟った。今回も彼の記憶と同じく何者かが教会を混乱させるため、作成した偽物であると判断したのだ。そうでなければ士官学校の学生に警備や見回りを担当させないだろう。だがクロードにとっては丁度良かった。賊の狙いが何処であるのか確かめるため、という大義名分を得て修道院の敷地内を直接、自由に見て回れる。
 賊が聖廟の中で何かを探し、奪いに来た。そこでベレスが天帝の剣を手に取り賊を撃退したことをクロードはきちんと覚えている。だが、だからといって日頃入れない聖廟を直接探る機会を逃したくはなかった。それにロナート卿の叛乱の時と同じくまたクロードたちが当事者になっている。詳しく調査しておいて損はないだろう。

 ガルグ=マクにはフォドラの外からやってきた住人がクロード以外にも存在する。自然と祖先を崇拝するパルミラからやってきたクロードはセイロス教の信者ではないし決まった信仰を持たない。いずれセイロス教の信者になるため堅信の儀をうけるであろうツィリルよりダグザから来たシャミアやブリギット出身のペトラ、そして後に教会に叛旗を翻すエーデルガルトとヒューベルトの方がクロードと精神的な距離が近い。洋灯を手に聖廟の中を眺めるとそこには無数の棺が置いてあった。盗掘されるような副葬品はない。皆、強欲を戒める宗教の聖職者だから基本は身を宝石で飾ることなく埋葬されている。彼らの生前の生き方が残された遺骨に聖なる力を与える、らしい。賊が宝物殿に宝石を盗みに来るようなそんな単純な者たちであったならば戦争は起きなかっただろう。

 探索から戻った埃まみれで白く汚れたクロードから話しかけられた聖廟の衛兵が何度もくしゃみをした。ローレンツなら手巾を何枚も持ち歩いているのだろうが残念ながらクロードには持ち合わせがない。すると心底意外な人物が聖廟の入口の衛兵に手巾を渡した。
「返さなくて結構です。クロード殿、酷いお姿ですな。そのような状態で我が主と同じ建物に入らないでいただきたい」
 次期皇帝の侍従に手巾を渡された衛兵は数節後、クロードの記憶通りに帝国軍がガルグ=マクへ侵攻してきたら何を思うのだろう。この時点で帝国、というかエーデルガルトたちの危険性を言いふらして回ることも出来たが白きものを冠に戴き、セイロス教の聖職者に見守られながら即位するアドラステア帝国の皇帝が教会に叛意を持っていると言っても誰も信じないことは明らかだった。
「同感だね。俺も俺と同じ建物に居たくないからさっさと風呂に入るよ」
 そういうとクロードは聖廟から足早に立ち去った。おそらくヒューベルトはクロードがどこまで潜ったのか確かめに来たのだろう。埃まみれのまま敷地内を歩いていると訓練を終えて首にかけた布で顔を拭きながら寮の入り口へと歩いてくるローレンツの姿が目に入った。
「十中八九課題絡みだろうが一体どこに顔を突っ込んできたのだ? クロード、埃を払ってやるから外套を貸したまえ。外でやらないと皆の迷惑になる」
 手渡された黄色い外套を入り口から少し離れた隅っこでばさばさと振っているローレンツを見てクロードは呆気に取られた。
「ぼんやりしていないで君は上着の埃を払いたまえ。効率が悪いだろう」
 クロードはこの手の自分が興味が持てない日常的な作業が苦手だ。食堂で皿を洗えば割ってしまうしディミトリとは違う理由で裁縫も駄目だ。服はうまく畳んで背嚢に入れないと行軍訓練の際に不便なことが身に染みて分かったので、ようやく畳めるようになった。ローレンツの見よう見真似で上着を振っていると手付きがなっていない、とかで取り上げられてしまった。
「これでよし。ああ、ようやく着替えが取りに行ける」
「訓練場に持っていけば二度手間にならないだろう?」
「あそこに持参すると着替えに埃や土がつくから嫌なのだ」
 そう言ってさっさと自分の部屋に向かうローレンツの広い背中をぼんやりと見送ったクロードは彼に礼を言うため、慌てて階段を駆け上がった。ローレンツは足が長いし動作もきびきびしているので日常ではすぐに置いていかれてしまう。
「ごめんな、礼を言い忘れてた」
「頼まれたわけではないから礼は結構だ」
 ようやく追い付けたのは浴場だった。湯浴み着姿のローレンツが蒸し風呂で長い手足を投げ出して休んでいる。長居するつもりなのか頭と顔に布をかけていたが、白い肌と長い手足でクロードにはすぐに分かった。髪が短く色白で背の高い大男は士官学校に沢山いる。先程くしゃみが止まらなくなった衛兵に手巾をくれてやったヒューベルトもローレンツと仲が良いフェルディナントやシルヴァンも髪が短く手足が長い。
 何故クロードはすぐにローレンツが分かったのだろうか。



 クロードの誕生日が近い。彼は今節の終わりにようやく十八歳になる。今は服についた埃も上手く払えないような幼さだが、初めての野営訓練で必死になって囮となりザナドでもガスパール領でも実に上手くやっていた。五年前のローレンツは彼の開いた宴に義理で参加してそれだけで済ませている。結局、クロードを監視し分析はしていたが検証や助言はしなかったのだ。やり直しの機会が与えられた現在はきちんと祝いの品を用意するつもりでいる。
 士官学校の学生達は実地訓練と言うことで近頃は大体、二週に一度は出撃させられている。皆、体力もつき精神的にも慣れてきたのだがローレンツからすればまだまだだ。冷や冷やさせられることも多く、咄嗟に突き飛ばしてでも敵の攻撃を避けさせる場合も多い。今日もそんな訳でローレンツはキルソードをもった敵が近くにいるにも関わらず回復を怠り、消耗していたクロードを遠ざけるため突き飛ばして彼の利き手の肘に怪我をさせてしまった。その場ですぐにうろ覚えのライブをかけ、戦場でも軽く詫びたが改めて謝罪せねばならない。
 ローレンツは夜、後は眠るだけという時間帯に隣室の扉を叩いた。幸いライブがすぐに効いたようで招き入れてくれたクロードの所作に怪我の影響は現れていない。混沌とした部屋の中で何か書き物をしていたようで机の上に灯りがあった。
「怪我の具合はどうだ? 咄嗟のこととはいえ乱暴な扱いをして申し訳なかった」
「いや、おかげで無事だった。こちらこそ昼はきちんと礼も言えなかったから改めて今、礼を言わせてほしい」
 クロードはローレンツが座る場所を作るため慌てて椅子の上の本をどかそうとした。崩れ落ちた本の角が柔らかい室内履きしか履いていない足の甲に当たる。あまり知られていないが人間の弱点のひとつだ。さぞ痛いことだろう。
「痛ってぇ!!」
 日頃から片付けておかないからだぞ、と叱りたくなったが既にクロードは報いは受けている。ローレンツはクロードに寝台で座って待っているように言い、机の上を片付けてやることにした。そうしなければ床に転がった本のせいで更に怪我をするだろう。
 まず開きっぱなしの書字板を手に取った。表紙の木彫が美しくリーガン家の者が持つのに相応しい。きっとローレンツが扉を叩く音を聞いた瞬間に慌てて書字板の蝋を均したのだろう。中身を見るのは貴族らしからぬ行いなので閉じようとした瞬間、文字の消しが甘くうっすらと残った単語がいくつか読めてしまった。
───天帝の剣、死神騎士、エーデルガルト───
 動揺が表に現れなければ良いのだが。天帝の剣はこの後ベレトが聖墓で入手するし、死神騎士ともそこで相対する。けしかけていたのはエーデルガルトだ。
「クロード、瓶の蓋はきちんと締めておきたまえ。中身が乾いてしまうし倒して溢れたらどうするのだ。置きっぱなしの本や紙が汚れるだろうに」
 ローレンツは机の上に乱雑に置いてある顔や髪につける香油や傷薬、それにインクの瓶を手に取った。倒せば溢れてしまう物だらけのところで、よく書き物が出来るものだと思う。昔はクロードのこういうところがローレンツの癇に障っていた。しかし今はそんな事に構っていられない。クロードも自分と同じくこの先の記憶を持っている可能性が出てきた。
「あれ? 蓋しまってなかったのか? 気がつかなかったよ」
「今後、気をつけることだ。足の甲は平気かね」
 ローレンツは物置になっていた背もたれのない腰掛けから本を机の上に移すと、寝台に寝転がって片付け終わるのを待っていたクロードの褐色の足をぐいっと引っ張った。膝の上に腫れた足を載せ机の上で見つけた傷薬を塗ってやる。
「ありがとう。今日はローレンツに助けてもらってばかりだな。ちょっと待っててくれ」
 クロードは手当てしてもらったばかりの脚でひょこひょこと床の上のものを避けながら歩き、棚の奥からローレンツにも見覚えがある酒瓶と小ぶりな陶器の杯を出してきた。
「陶器の杯も中々良い物だね」
「この大きさだと飲みすぎないのがいいんだ」
 クロードは寝台、ローレンツは椅子に座っているので互いに手元で杯を掲げ琥珀色の液体に口をつける。鼻の奥へ豊かな香りが届いていった。小さな杯が好みだというなら次の休みに市場へ買い出しに行く際に探してみようか、そんなことを考えて先程のクロードの覚え書きから必死で考えを逸らす。クロードが話す時間をとってくれる、と言うなら何を問えば良いのだろうか。酒の味と香りを深く楽しむふりをしてローレンツは白い瞼を下ろした。頭の中を整理したかったからだ。
「なあ、ローレンツ、いつ修道士の資格取ったんだ?」
 その隙に背後をとったクロードがローレンツの耳元で囁く。入学当初は槍と馬術に集中し修道士の資格を取ったのは秋なので、本来ならばこの時点のローレンツはライブを使えない。だが幸か不幸か身体が覚えていた。もしあの時、回復してやらなかったら今、こうして背中に感じているクロードの熱が失われていたかもしれない。戦闘中に利き腕が使えなくなったクロードを目にしてライブを使わない、という選択肢はローレンツの中に存在しなかった。瞼を上げずとも喉に、尖らせた串のような物が突きつけられているのが分かる。あとは眠るだけと言う状態なのでいつもと違い立襟が喉を守ってくれない。
 クロードは確実にこの先、何が起こるのかを知っている。これはトマシュやモニカの正体がなんであったのか分かっている者の反応だ。彼はローレンツがローレンツではないことを恐れていた。
「確かめたいことがあるなら確かめればいい」
 とにかく敵意がないことを伝えるとクロードはローレンツの耳元でサイレスの呪文を唱えた。これでしばらくローレンツは声を上げることができない。何故持っているのか見当もつかないが、クロードは布で出来た紐でローレンツの両腕を縛り上げると寝台の上に転がした。そのままのし掛かられ足の動きも封じられる。褐色の手によって寝間着の前を開かれ、白い肌が夜の冷えた空気にさらされた。クロードの指が左右の鎖骨の下と身体の中央に線を引いていく。獲物を捌き皮を剥ぐ時の刃の動きだ。流石に恐怖を感じたが腕も足も魔法も封じられているので、ローレンツはクロードからされるがままでいるしかない。それに無抵抗でなければ信用されないだろう。
 まださほど筋肉のついていないローレンツの白い腹や胸元にクロードの耳が押し当てられた。胃の腑が立てる音や心音を聞いているクロードの顔が熱い。夏といえどもガルグ=マクは高地にあり夜は冷える。意外なことに冷えた白い肌に触れるクロードの熱が心地よかった。今まで感じたことのなかった衝動がローレンツの中から沸き起こり、それを少しでも逃せることを期待して大きく息を吐く。ローレンツの異常を何一つ見逃すまいと大きく見開かれた目がそれを見逃すはずもなかった。
 褐色の指がローレンツの薄い唇を割り開く。咥内を探る指を歯で傷つけないようにローレンツは口を大きく開けた。刺激を受けて分泌され始めた唾液がクロードの指を濡らしていく。敵意がないことを示すため、舌で指の腹を舐めるとしばらく口の中を探っていた指が引き抜かれた。口の端が唾液でべたついて気持ち悪い。ローレンツはクロードの様子を伺いながら口の端についた唾液を舌で舐め取った。手で拭えないなら仕方がない。
「お前今、自分がどういう顔してるのか分かってるのかよ……」
 クロードの顔が近づいてきた。咥内の様子でも見るのかと思ったがそうではなかった。熱い舌がローレンツの口の中を探っていく。美しい女性の伴侶が欲しいと思っていた筈なのに、上顎の溝をそっとなぞられるとそれだけでかつての理想が頭に浮かばなくなった。口の端から白い顎に向けて垂れた唾液を褐色の指が拭き取る。指が先ほどと同じくローレンツの白い身体に不吉な線を描くのかと思って身構えたが淡く色付く胸の飾りの縁をなぞられた。声は出せないがローレンツの意志とは関係なくクロードから与えられた刺激で身体が痙攣する。どう感じているのか、などクロードには筒抜けだろう。
 しかしクロードが何を考えて固くなった自身を押し付けながらローレンツの寝巻を剥いで身体を弄んでいるのか、はさっぱり分からない。だがこの程度ならまだ学生時代の火遊びで済むのだろうか。ローレンツの腹は白濁で汚れていたがクロードの手で高められた結果自身が出したものなのか、クロードがローレンツの腹に擦り付けて出したものなのかよく分からなかった。魔法でかき消された声が荒い息遣いと共に戻ってくる。
「僕が修道士の資格を取ったのは角弓の節だ。覚えているだろう、クロード。腕を解いてくれ」
 中途半端なサイレスが中途半端な状態で解けるとローレンツはクロードの耳元で囁いた。ローレンツの頬にぽたぽたとクロードの涙が落ちてくる。ここ数節に渡って彼の感じていた恐ろしいほどの孤独は理解できた。だからローレンツももう孤独ではない。ようやく自由になった腕でローレンツはクロードのことを抱きしめてやった。畳む
「説明できない」7.誘拐
#説明できない #クロロレ #完売本

 フレンが行方不明になった。クロードとローレンツは誘拐犯がイエリッツァであること、彼が死神騎士でありエーデルガルトの手の者であることを既に知っている。ローレンツが知る過去ではディミトリたちがフレンを見つけ、クロードが知る過去ではベレスとカスパルがフレンを見つけている。
「ではこの時点でベレト……失礼、言い慣れないもので。ベレス先生は現時点で既に教会に不信感を持ち、敵対すると決めていた可能性もあるのか」
 ローレンツの知るベレトは教会と敵対せずディミトリに寄り添っていたらしい。記憶についての話を他の者に聞かれるわけにいかないので、近頃のクロードはヒルダにからかわれる位ローレンツの部屋に入り浸っている。彼の部屋に行けばお茶と茶菓子が出るので夜ふかし前に行くと夜食がわりになってちょうど良かった。
「そうでもなければ、あの状況で親の仇を守ろうとしないと思うんだよな」
「だが今、僕たちの学校にいるのはベレト先生だ」
 ベレスはエーデルガルトの戴冠式に参加していたらしいので、そこで何かあった可能性もある。クロードはどうしてもかつての記憶に囚われてしまう。
「大手を振って何かを調べる良い機会なのは確かだ。しかしフレンさんは助けを待っているだろう」
「そうだな、ローレンツの言う通りだ。お門違いな質問で揺さぶるのは一度だけにする」
 翌日の夕食後、クロードはセテスの執務室を訪れた。
「失礼します。セテスさん、何故フレンが拐かされたのだと思いますか? 貴方ではない理由は何だと思いますか?」
 彼女の兄であるセテスは大司教補佐だ。大司教レアと親しい間柄であるとはいえ補佐に過ぎず、権限も財産も持っていない。セテスを脅迫し、意のままに操るためにフレンを誘拐したところでたかが知れているのだ。クロードの記憶に残るあの茶番は何を隠すべく演じられたのだろうか。
「何を馬鹿な、いや、すまなかった。確かに考える価値はある。そうだな、まずフレンと違い私を誘拐しようとすれば骨を折ることになる」
 では死神騎士はセテスでも構わなかったのだろうか。
「セテスさんを脅迫するために拐かされた可能性もありますよね。何か連絡はありましたか?」
 クロードが見当違いなことを言うとセテスはそれまで緊張していたせいか顔が力んでいたのに一瞬、どこか安心したような力の抜けた顔をした。妹は取り返したいが犯人の真の動機についてクロードに知られたくないのだろう。
「もし犯人から連絡があればとっくに皆を呼び出している。情報の共有は大切だからな」
 やはりフレン本人に何かがあるのだ。そこまではクロードにも予想できる。だがそこから先がわからない。エーデルガルトは半年後セイロス教会へ宣戦布告する。ディミトリはエーデルガルトの動きを見てファーガスに中央教会とセイロス騎士団を迎え入れた。クロードと違ってセイロス教を信じていたからだ。クロードは命を落としたのにまだセイロス教を信じることが出来ない。
「何か思い当たることがあれば俺には言わなくても良いですが、ベレト先生には話してください」
 セテスにそう告げてクロードは部屋に戻った。愛用している書字板を開き鉄筆を蝋の上に走らせていく。フレンに限定はしない。一般的な人体からは何を得られるのか。髪の毛は鬘の材料や火口、肉は食材、骨や皮膚は加工品の素材になる。だがそんなありふれたものは人を誘拐せずとも入手可能だ。呪術的な観点から見れば血や眼球が人気だが、そんな面倒なことをする位なら直接、毒を盛るか剣で斬りつけた方が早い。英雄の遺産のように戦況を一変させる何かをその身に秘めているならば話は別だが───そんなものをその身に宿す存在はヒトであると言えるのだろうか。
 仮にヒトではないとして、それはフレンが消費される理由になるのだろうか。答えの出ない問いがクロードの脳内を満たす。その詳細が分かったところでクロードの好奇心が満たされるだけで彼女がいたのはイエリッツァの部屋であった、と突き止めた理由にはならない。
 クロードは緑色の瞳で書字板を眺めた。長いこと考え込んで単語をいくつも書き散らしたが、フレンは何の材料?と言う一文以外は残しておく価値がない。鉄筆の後ろについているヘラで蝋を均した。ローレンツに書字板の中身を見られて以来クロードは書き付けを暗号化している。パルミラ語で文章を作り、その音をフォドラの文字で記す。その際に文字を置き換えて、ぱっと見では単語すら拾えない状態にしてあった。ローレンツには全てを曝け出させたのにひどく不均衡な状態だが、知らずにいれば彼の悩みをひとつ減らせる。
 考え込んでいるうちに蝋燭が燃え尽きつつあった。エーデルガルトたちの悪意に気付かず、父の仇にベレスが与すると予想出来ずにいた五年前のクロードが大喜びで修道院内を探索していた時間帯だ。挙兵の準備に勤しむヒューベルトには深夜の徘徊に気付かれていた可能性が高い。逆に近頃、クロードが出歩かない事を不審に思われている可能性もある。クロードは部屋着の上から黒い外套を羽織った。



 ローレンツとクロードの記憶通り事態は進行した。一つ付け加えるならばクロードがセテスにちょっかいを出したことだろうか。敢えて見当違いだと分かっている質問をセテスにしたら先方は何故か安心した、とクロードから聞いてローレンツは眉を顰めた。やはりセイロス教会は何かを隠している。
 五年前からセイロス教会の体質を問題視していたクロードが正しかった。だがそれは大乱を起こす理由になり得るのだろうか。クロードは元から英雄の遺産と白きものについて探っていたが、それに加えて五年後のエーデルガルトが檄文で言及していた教会の暗部についても調べ始めた。
「先に掴んで暴露してしまえば檄文自体無効になるかと思ったが、そんな都合の良い案件は見当たらなかった。敢えて言うならダスカーがらみか?」
「だがあれも機能不全に陥った王国の要請がなければ騎士団が担当することはなかっただろう」
 エーデルガルトが見つけた、と称するセイロス教会がフォドラの全てを牛耳っている証拠とセイロス教会の秘密は同一なのだろうか、それとも違うのだろうか。探さねばならないものが増えてクロードは大変そうだ。大変そう、と言えばベレトも大変そうだ。彼は修道院内を丹念に探しているがイエリッツァに中々辿りつかない。彼の目からすれば同僚であるイエリッツァは疑いにくいのだろう。事態が膠着したまま日数を重ね、商人から依頼された盗賊の征伐を終えた晩にローレンツはクロードの部屋を訪ねた。
「クロード、君の記憶でも月末だったか?」
「そうだ。ただ、知っていて犯人を泳がせていた可能性もある」
 クロードは五年後のクロードにとどめを刺したと言うベレスをとことん警戒している。だがローレンツには想像がつかない。ベレトはベレトだ。ダスカーの悲劇で傷ついたファーガスの学生たちに真摯に寄り添っていた姿しか浮かばない。
「君の体験を思えば仕方ないのだろうがそれでも穿ちすぎだ」
 エーデルガルトの所業についてはローレンツもクロードも庇いようがない。入学早々盗賊を雇ってクロードとディミトリを殺害しようとしただけでも噴飯物だし、五年前に惨劇が起きたルミール村は帝国の領土だ。そしてローレンツの記憶では生き残った村人を保護したのは帝国ではなくセイロス教会だ。そんなエーデルガルトにベレスが与した理由は何なのだろうか。グロスタール家が帝国に与したのは、領地がルミール村のように扱われるのを恐れてのことだった。ローレンツはクロードの机上に置かれた本を大きさ別に積み上げてから言葉を続けた。考え過ぎかもしれない。
「案外、何故そんなことをしたのかエーデルガルトさんから話が聞きたかっただけかもしれないではないか」
 ローレンツの素朴な言葉を聞いてクロードはぽかんと口を開けた。中身はローレンツより一歳下なだけだが年相応の少年らしい表情をしている。
「倫理観が好奇心に負けただけってことか? だがレアさんの代わりに勝手に戴冠式に出てたんだぜ?」
 今後の展開を知っているからこそ、現在のローレンツはクロードの深夜徘徊について好意的に評価が出来る。しかし学生時代は好奇心に負けて規則を破るクロードをよく思っていなかった。
「それだって単なる好奇心の発露かもしれない。君にも心当たりがあるだろう。だが僕も人のことは言えない」
 教師陣に対してイエリッツァが怪しい、とローレンツが示唆していないのは、今のクロードなら時間さえあれば五年後を知る自分たちですら知らない何かを突き止めるのではないか、と期待しているからだ。クロードはローレンツの真っ直ぐな視線に耐えかねて視線を外した。その先には工具がいくつか置きっぱなしになっている。
「期待に応えられなくて悪かった。明日、先生たちにそれとなく伝えよう。俺たちに知らされてからもう十日になる。探索の時間はいくらでも欲しいが、さすがにフレンが気の毒だ」
「分かった。君に任せる」
 セテスも自力で一日二日はフレンを探したはずだから実際はそれよりも数日長い。月末までフレンは堪えられると知っているが、クロードの言う通り辛い時間は短い方がいいに決まっている。だがローレンツの記憶に残るクロードらしからぬ判断だった。そう感じてしまったことが申し訳なくて、ローレンツも先程のクロードのように相手から視線を外した。
「なんでそんな意外そうな顔してるんだ?」
 褐色の手が白い頬を挟んだ。彷徨う視線をこちらに向けろとクロードは言いたいらしい。
「すまない、どうしても自分の記憶と比べてしまう」
「でもお前の目の前にいるのは俺だよ。お前に心を開こうとしなかった奴じゃない」
 緑の瞳がローレンツを捉えた。きっと直視したら目を傷めてしまうほど眩しい、と思ったから五年前の自分は目を閉ざしたのだろう。
「明日、先生方に言うなら君抜きで戦闘があるだろうから失礼するよ」
 クロードの瞳に映る自分をこれ以上、見ることにローレンツは耐えられそうになかった。
 翌日、イグナーツが駆け込んできてイエリッツァの部屋で倒れているマヌエラを発見、死神騎士との戦闘の後にフレンと昨年度の学生だと自称するモニカが保護された。畳む
「説明できない」8.鷲獅子戦
#説明できない #クロロレ #完売本

 フレンが金鹿の学級に入った。クロードにとっては謎を探る機会が増えた事になる。彼女は教室の片隅に座ってにこにこと授業を聞いてはいるが、盗賊と戦闘した際の身のこなしから察するに只者ではない。兄であるセテスから槍の手解きを受けた、と話しているがそういう次元は超えている。
「鷲獅子戦にはフレンも出撃してもらう」
 やたら大きな紙を持ったベレトが箱を乗せた教壇でそう告げると教室は歓声に包まれた。これで別働隊にも回復役をつけられる。治療の手間を気にせず攻撃に回せるのは本当にありがたい。今まで金鹿の学級には回復役がマリアンヌしかいなかった。負担が減ったマリアンヌの様子をクロードが横目で伺うと後れ毛を必死で編み目に押し込んでいる。安心した拍子に髪の毛を思いっきり掻き上げて編み込みを崩してしまったらしい。彼女もまたクロードと同じく秘密を抱える者だ。二重の意味で仲間が増えている。五年前のクロードは周りの学生に興味は持たず、大きな謎だけに目を向けていたからマリアンヌのことも軽く流していた。どこに世界の謎を解く手がかりがあるか、分かりはしないのに勿体ない。
「クロード、地図を広げたいから手伝ってくれ」
 ベレトから声をかけられたクロードは席を立って手を貸した。床に広げた端から紙が丸まらないように駒を置いていく。各学級に全く同じグロンダーズの地図が与えられているが、きっとカスパルのいる黒鷲の学級が圧倒的に有利だろう。ベレトは地図の周りに集まるように言った。背が低いフレン、リシテアとヒルダ、それにイグナーツが前列に座り背が高いローレンツやラファエルは後ろから立ったまま覗き込んでいる。地図に置かれた駒は色分けされていないのでとても分かりにくい。
 べレスは無表情で近寄り難い美人だったが身なりに無頓着で、クロードはそこに闇を感じた。後宮生まれ、後宮育ちの者にしかその感覚は分からないだろう。クロードは飾らない素朴な美しさを愛でられるような、健やかな育ち方をしていない。クロードが育ったパルミラの後宮における妃同士の争いは実に過酷だ。後宮での過酷な争いで心を病み、肉体と精神が乖離していくと何故か皆、判で押したようにまず髪の手入れが出来なくなる。次第に身につける服にも構わなくなっていく。出身地や一族の利権を背負った争いなので身に付けるものには全て意味がある。
 べレスの無頓着さは今までの人生において外見で判断されなかった証だ。クロードの方が歪んでいる。だが当時のクロードは彼女に感じた闇のようなもの、をどうしても拭いきれなかった。パルミラでの体験がクロードの認知を歪ませていたのだろう。そういった心境が表に漏れ出していたから、最後にべレスはクロードを見逃さなかったのかもしれない。
 ベレトもべレスと同じく無表情で女子学生たちが騒ぐ程度には整った顔立ちをしている。彼も身なりに構わないのだが男性なので闇は感じない。級長として彼の補佐をしていると些細なところが抜けていることが分かった。無表情で無口だが人間らしく主張はいちいちまともだ。きっとベレスもそうだったのだろう。
「先生、駒は色別に箱を分けることにした筈だが」
 ベレトもクロードもローレンツが指さした方向を見た。確かに箱が二つある。気を利かせたイグナーツが箱を二つとも持ってきてくれた。赤青黄とはいかないがこれで三色の駒を使うことが出来る。
「ありがとう、イグナーツ。早速始めようか。皆、誰が一番の強敵だと思う?」
 ディミトリやフェリクス、それにエーデルガルトやドロテアの名が上がる。クロードにとって一番の強敵はやはりエーデルガルトだ。
「では皆彼らと絶対に一騎打ちをするな。弓や魔法が得意な者と槍や斧が得意な者は絶対に対となって離れずに行動すること」
 華やかな一騎打ちは騎士物語でも人気の題材だ。だが戦場が日常であったベレトは事あるごとにそれを否定する。ベレトは白い駒で茶色い駒の四方を囲った。
「これが理想だ。この形を作るために大軍を用意するし、敵を狭いところに誘い出す」
 べレスも同じことをエーデルガルトに話したのだろう。クロードの記憶では突出したローレンツが真っ先に撃破されている。エピタフであったべレスは戦場において常にエーデルガルトの傍を離れなかったし、ドロテアはペトラとリンハルトはカスパルとヒューベルトはフェルディナントと必ず組まされていた。インデッハの小紋章を持つハンネマンが強いのは当然だが、紋章を持っていないマヌエラも負けず劣らず強い。ハンネマンもマヌエラも自分のように強い戦士を育成しようとする。だがべレスもベレトも弱いままでも戦場で生き残れる術を教えようとしていた。最後に立っていられる者が一番強い。
「逐次投入は駄目って話だな? そうだろ、先生」
「そうだ。そして突出するのは逐次投入と変わらない。今後も戦う時はまず地形をよく見て敵を誘い込むように」
 皆、ベレトの言葉に耳を傾けている。クロードは級長としてベレトの補佐をするようになってから今までよりも更に地図をよく見るようになったし、地理の本を読むようになった。こういう教えが生死を分けていく。クロードはデアドラを熟知しているつもりだったがきっと彼の教えを受けた五年後の布陣は全く異なる筈だ。



 ローレンツがグロンダーズに立つのは二度目だ。一度目はローレンツの認識からすると五年前でベレト率いる青獅子の学級が勝利している。敗因は堪え切れずに飛び出してしまったローレンツだ。更に危険な実戦で囮をやらされた時に堪えられたのだから今日、堪えられないはずはない。
 赤狼の節と言えば秋の始まりだが、日頃山の中の修道院にいるせいか平原に下りてくると空気を暖かく感じた。開けた土地は豊かさを保証する。グロンダーズ平原は穀倉地帯でアドラステア帝国の食糧庫だ。畑に影響が出ない領域で模擬戦は行われる。模擬戦と言っても怪我人続出の激しいもので、回復担当の学生はどの学級であれ大変な思いをするだろう。
 ベレトが持ってきた地図を見て思うところがあったのか、クロードは慌ててレオニーとラファエルを伴って書庫に向けて駆け出した。読書と縁遠い二人を選んだのは二人とも延滞している本がないからだろう。
 三人は書庫で禁帯出のもの以外のグロンダーズに関する本を全て借りた。教室に戻るとクロードは皆に本を渡し、地形描写があるかないかで仕分けさせた。彼はこの時、即座に役に立たない本だけを返却させている。情報を独占し他の学級に無駄足を踏まさせるためだ。クロードのこういう所がローレンツがあったこともないべレスから疎まれたのかもしれない。
 次にクロードは皆に確保した本の中で地形について言及している部分を読み上げさせ、デアドラで購入したと言う美しい意匠の書字板に鉄筆で書き取っていった。学級の者たち全員で協力して戦場の地図を作ったからだろうか。どこに何があるか皆、きちんと把握することができた。
 こんな大袈裟な芝居を打たずとも、グロンダーズは二度目であるクロードとローレンツの二人で記憶を擦り寄せてさっさと地図を描いてしまう方が早い。しかしそれだと根拠に乏しく説得力がないのだ。模擬戦前、最後に行われた軍議の際も皆の理解度が高かった。咄嗟に思いついたクロードはやはり先頭に立って皆を引っ張る力を持っている。
 弓砲台にはどうやらベルナデッタがいるらしい。彼女は独特な言動が目立つが弓の腕は立つ。金鹿の学級はまだ天馬や飛竜に騎乗する者がいないが青獅子にはイングリットがいる。先に弓砲台を潰さねばその強みを活かせない───というわけでシルヴァンとイングリットが先駆けを務めていた。金鹿の学級と比較的近い場所に陣を張っていたアッシュはこちらに目もくれず弓砲台を目指している。イングリットたちが無効化した後で利用するつもりなのだ。
「今日は誰も死なない演習だから我慢せずに皆前に出てみようか」
 いつもなら潰し合うのを待て、と言う筈のベレトが珍しく皆をけしかけた。学級毎に兵種の構成が違うので実際に戦いを挑んでみると学ぶ事が多い。金鹿の学級は槍・弓・斧に偏っている。黒鷲の学級は逆に弓が得意な者がベルナデッタしかおらず、斧と魔道に偏っている。全て揃っているのは青獅子の学級だけだ。
「イングリットさんは素晴らしいな。撃ち落とされることを恐れず一番の強敵に立ち向かっている」
「うちの学級に来てくれたらありがたいよなあ」
「それを言うならペトラさんもだろう。僕の不甲斐なさを痛感しているが、剣が得意な者が一人もいないのは問題だ」
 ローレンツはベレトに指示された通りクロードと組んでいる。だから二人で前方の動きについて講評が出来た。レオニーはリシテア、ヒルダはマリアンヌ、ラファエルはイグナーツと対になって行動するように言われている。クロードが言うにはべレスも黒鷲の学級で似たようなことをしていたらしい。ベレト本人はフレンと共に行動している。
 前方では先行したイングリットたちを援護するためドゥドゥが前進し、ヒューベルトがその動きを阻止しようとしていた。あそこからだな、とクロードが呟く。フェルディナントとペトラ、それにドロテアが守る側は魔防が高いマリアンヌやリシテアに任せてある。即死しないように制限がかけられた武器ならば別に恐れることもない。二人とも一度は死んだ身の上だ。ローレンツはクロードの呟きを受け、手綱を短く持ち直した。
 弓砲台をイングリットとシルヴァンに奪取される前にクロードがイングリットを、ローレンツがシルヴァンを撃破する予定だ。ベルナデッタは誰に向けて矢を放つか悩ましいことだろう。真っ先にやってくるイングリットを仕留めたいが彼女の回避率は凄まじい。貴重な機会を賭けに使うか自分が倒された後、弓砲台を使うつもりのクロードかアッシュに向けて矢を放つべきか。それとも直接攻撃をしてくるであろうシルヴァンかローレンツに向けて放つべきか。ベルナデッタの的となる側として的は多ければ多いほど良い。当たる確率が低くなるからだ。ローレンツはベルナデッタを警護するソシアルナイトとクロードの間に立ちはだかった。
「援護を頼むぞクロード」
 既に矢を番えたクロードは言われずとも弓を引き絞っている。ローレンツは振り向かなかったが引き絞る音と殺傷力を低めるため鏃ではなく先端に球体の飾りがついた矢が鎧にぶつかる音を聞いた。この飾りには塗料が仕込んであり、命中すると弾ける。鎧が守っていたが右の鎖骨の辺りが塗料で真緑になっていた。審査役を務めるセイロス騎士団の騎士たちが後一回当たったら下がれと叫ぶ。
 戦場で命を散らしたローレンツとクロードからしてみれば、実に長閑な演習は金鹿の学級が勝利を収めた。
 その晩、クロードの提案で学年全員が参加する宴が開かれた。まだ幼気な皆と呑んで話すという望外の機会を楽しんでいたローレンツとクロードだが、後ろのテーブルでジェラルドの不在を嘆くレオニーの言葉を聞いた途端に酔いが覚めていくのを自覚した。おそらくルミール村で調査をしている。ローレンツはフェルディナントとクロードはペトラと並んで向かい合うような席順で呑んでいたのだが、いつぞやの仕返しなのかクロードがテーブルの下でローレンツの脛を軽く蹴った。畳む
「説明できない」10.回雪
#説明できない #クロロレ #完売本

 フォドラの人々にとって舞踊は人との繋がりを示すものだが、パルミラ人にとっては基本、舞踊は神や先祖や精霊に捧げるものだ。誰かに見てもらう為に踊るので動きが観客から分かりやすいように袖や裾が大きな衣装を着用することが多い。裾の長い鮮やかな色合いの衣装を身につけた僧侶たちが数百人集まって踊りを捧げる儀式もある。太鼓に合わせて次々と裾を翻していく光景は見事としか言いようがない。
 クロードはリーガン家に入った際にリーガン家の嫡子が舞踏会で恥をかいてはならぬ、という理由で一応、宮廷式の舞踊を習ってはいる。習ってはいるが苦手だ。身体は密着させるが腰は揺らしてはならない等細かな決まりに対応するのがとにかく難しい。白鷺杯に舞踏会、と今節は連続してクロードの苦手とする分野で士官学校の学生たちが盛り上がっている。
 マリアンヌがベレトにより白鷺杯の代表として選出され彼女は当初、強い戸惑いを見せていた。しかしベレトの説得や実際に指導にあたったローレンツの熱心さに影響されて自ら努力の成果を披露したい、と意見を変えた。そんな訳で金鹿の学級の皆でマリアンヌの応援に来ている。ヒルダがどこからか捨てるはずの敷布を手に入れ、そこにイグナーツが絵の具でマリアンヌの名前を大きく書いた。白鷺杯で踊るマリアンヌの目に留まるように長身なラファエルが高々と掲げている。同じ姿勢を取るのも筋肉いじめの一環になるらしく喜んでラファエルが引き受けてくれた。周りでフレンがはしゃいでいる。
「マリアンヌさんなら出来ますわ!」
「それ良いですね、書き足しましょう!」
 イグナーツは手持ちの木炭でラファエルから受け取った敷布にさらさらと飾り文字で文章を書いていく。長生きすれば名画を何枚も何枚も描き上げた筈の彼もクロードが情勢を見誤ったせいで戦死してしまった。クロードは生き生きとしているイグナーツを見ると彼に時間を返してやりたいと思う。
 あんな風に横断幕のそばで無邪気にはしゃいでいるがフレンには、ソロンが狙っていたという血の件についてしらを切り通すような強かな面もある。大騒ぎしながら代表であるマリアンヌを応援する金鹿の学級の面々を見て、真面目な学生たちは戸惑っていたが審査員のアロイスやマヌエラは気に入ったようだった。
「これとっても楽しいわね、あたくし次の学年の子たちにも作るように勧めてみようかしら」
「それは良い考えですなマヌエラ殿!」
 この場にいるクロードとローレンツ、それにエーデルガルトとヒューベルトの四人だけが来年は白鷺杯が開催されないと知っている。皆、顔色ひとつ変えずに審査員たちの言葉をやり過ごした。

 前節の嫌な光景を忘れる為かベレトに依頼されたローレンツは熱心にマリアンヌを指導していた。今のところ起きてほしくなかった事件は全て記憶通りに発生している。士官学校の外へ出ればクロードもローレンツもそれなりの権限を持っているのだが、ガルグ=マクの敷地にいる限りは全ては無効だ。士官学校は基本、学生を平等に扱う。二人ともそれぞれ旧礼拝堂の辺りをふらついたりはしてみたが空振りに終わり結局、何も出来ないまま時は過ぎクロードたちは舞踏会の前夜祭を迎えた。
 白鷺杯の後もローレンツは忙しかった。今度はレオニーの練習に秘密で付き合っていたからだ。彼女は宮廷式に踊るのは苦手だ、と公言していたがそれでもやはり将来、子供や孫に若い頃本物の王子様と踊った、と自慢する為にディミトリを誘いたいのだという。それを何故クロードが知っているか、というと人気のない所へ行きたがる二人を見て何かあるのではないかと勘ぐったからだ。
 レオニーはクロードが采配を失敗したせいで独身のまま五年後、戦死してしまう。皆を生き残らせるにはどうしたら良いのだろうか、と考えに考えたクロードは前夜祭の時に五年後、修道院に再び集まろうと提案してみた。卒業さえしてしまえば権限はクロードの手に戻る。自分一人で考えて失敗したのだから今度は皆と集まり、対帝国の戦略を練り直したい。そんな思惑が絡んだ提案だった。それなのに皆、同窓会だと言って大はしゃぎしている。
 べレスが見つかる前に皆でガルグ=マクではなくデアドラで集まっていたらどんな展開になっていたのだろう。ローレンツは父であるグロスタール伯に逆らってデアドラに来てくれたかもしれないし、皆きちんと降伏してくれたかもしれない。二度目の機会を与えられたクロードは取りこぼしたものの輝きや美しさを痛感している。あの時の自分は何故、知ったつもりになっていたのだろうか。

 舞踏会当日、レオニーの努力は実った。ディミトリと見事な踊りを見せたレオニーは会場を沸かせ、その光景を見たローレンツは嬉しそうに微笑んでいる。
「よう、ローレンツ先生」
「君に指導した覚えはないぞ」
 ローレンツはクロードが持ってきた杯を傾け一気に空けた。
「ああ、良い夜だ。この先に艱難辛苦が待ち受けているのは承知だがそれは今晩には関係ない」
 本当に良い夜だった。畳む
「説明できない」11.永訣
#説明できない #クロロレ #完売本

 ベレトが青獅子の学級からイングリットを連れてきた。金鹿の学級にはまだ飛行職がいないので課題に協力してもらうためだ。
「イングリットには上空から、調査依頼をされた区域を見てもらおうと思う」
 地形の把握に拘る彼らしい選択だった。クロードが学級を代表してイングリットに礼を言おうとしたが、皆口々に彼女に話しかけて礼を言っている。皆自分がしっかりしなければ学級がまとまらないと思いこんでいるのだ。しかしそのせいでいつも賑やか、というか五月蝿いしまとまりを欠く。
「こら、全員に返事させるのも手間だろ。金鹿の学級に協力してくれて感謝する」
 クロードが大袈裟な身振りで差し出した手を、槍の鍛錬で肉刺や胼胝だらけなイングリットの白い手が握った。
 白鷺杯も舞踏会も終わり、そろそろ時間がないのだがモニカは常にエーデルガルトかヒューベルトの傍にいて一人きりになることがない。ジェラルドを助けるためにもモニカをエーデルガルトから引き剥がさねばならないのだが、あの状態は一体どちらの意志なのだろうか。ローレンツは心苦しく思いながらも黒鷲の学級での彼女の様子を知るためフェルディナントを茶会に誘った。
「お招きありがとうローレンツ」
 修道院の中庭で白磁の器に琥珀色の液体を注いでいると数日後、この修道院に魔獣が多数出没することがとても信じられない。だがローレンツの記憶の中でもクロードの記憶の中でもその事件は起きたのだ。ローレンツもクロードもジェラルドを救いたいと考えている。そのためにはモニカを行動不能にせねばならない。
「君の学級もなかなか落ち着かないからな。こういった時間が必要だと思ったのだ」
 ローレンツの言葉を聞いてフェルディナントは長いオレンジ色の睫毛を伏せた。モニカに対してかなり思うところがあるらしい。親友に対して本当に申し訳ない、と思いつつローレンツは話を振った。
「モニカの立ち振る舞いを見ているとこちらの肝が冷える」
「貴族らしからぬ言動が目立つのかい?」
「辺境の貴族が皇女の傍に、という望外の幸運に恵まれて浮き足立っているのかもしれないが……」
「ヒューベルトくんは許容しているのかね?」
 そこが最も不可解な点だ、とフェルディナントは言う。モニカはエーデルガルトの監視役なのではないだろうか。エーデルガルトにはヒューベルト以外味方がいないのではないだろうか。口には出さず、ローレンツはそう考えた。

 数日後、やはり修道院内に額に結晶を付けた魔獣が多数、出現した。
「確かに魔獣どもがいやがる……。出どころは礼拝堂と見て間違いねえだろう。俺は礼拝堂に向かう! お前らは、逃げ遅れた生徒たちを保護してやれ!」
 逃げ遅れた、というが老朽化に伴い立ち入りが禁止されていた旧礼拝堂に何故これほど沢山の学生がいるのだろうか。ジェラルドの指示通りローレンツたちはベレトと共に逃げ遅れた学生を救って回り、ついでに話を聞いていった。だが皆、何故自分がここにいるのか分からないという。
 礼拝堂から湧き出て救助活動を邪魔しようとする魔獣たちを引きつけたジェラルドと教団兵が次々と魔獣を撃破していく。
「やっぱり、魔獣の正体は生徒だったか。しかし、何だってこんなことが……?」
 ジェラルドはセイロス騎士団に復帰してからレアに命じられ様々な異変を調査している。コナン塔に関する資料にも目を通している筈だ。だからやっぱり、という表現が使えたのだろう。
 自陣の後ろには救助した学生を保護しておく天幕が張ってある。ジェラルドたちが撃破した魔獣の中から現れた学生をその天幕に運ぶため、ローレンツはリシテアに転移魔法をかけてもらった。気を失った学生を抱きかかえそのまま一目散に天幕へ向かっていく。自陣に戻るだけならば大した手間でもない。天幕の中にはマリアンヌがいた。
「ローレンツさん、お疲れ様です」
「ありがとう、マリアンヌさん」
「少しお時間をいただきますね。皆、中庭で何か光っているものが落ちていることに気づいて拾ったそうです」
 マリアンヌの表情から察するにその後、彼らの記憶は途切れたのだろう。
「地面に落ちたものに触れる時は手巾を使うに限る」
 ローレンツの言葉を聞いたマリアンヌは眉尻を下げて小さく笑った。二人にしか通じない冗談だ。この状況下で、混乱した学生たちから聞き取りができたマリアンヌの冷静さにローレンツは舌を巻いてしまう。これは教会にもクロードにも教えるべき情報だ。
 再び馬首を翻し前線へと戻ったローレンツは日頃大きな声を出さず、表情も殆ど崩さないベレトの絶叫を耳にして深く深くため息をついた。マイクランの時と同じく結果が変わってくれない。ベレトがジェラルドのすぐ近くにいるならば何とかなるかと思ったがジェラルドは救えなかった。
 一方でイングリットの協力もあり学生たちの救助には成功している。彼女はシルヴァンの幼馴染でマイクランとも当然、面識があった。倒した魔獣の中から現れた学生を見た時、ほんの少しだけ彼女が怯えていたのは人の口に戸は立てられないからだろう。魔獣の中から核となった人間の亡骸が現れる、とシルヴァンか誰かから聞いていたのだ。ローレンツはフェルディナントと共にミルディン大橋に立った。あの時の自分たちはある種の魔獣の素材が生きた人間である、と知らなかった。知っていたらミルディン大橋に立っただろうか。畳む