「説明できない」5.典儀 #説明できない #クロロレ #完売本 続きを読む 情報には出元と行き先がある。それを見極めずに判断を下すと間違いが起きる。前節、カトリーヌがロナート卿の所持品から見つけた大司教レアの暗殺計画に関する密書は様々な波紋を呼んだ。真偽の程は定かではないが対応せねばならない。 謁見の間に呼び出されたベレトから今節の課題を聞いたクロードは教会があの密書をどう判断したのか悟った。今回も彼の記憶と同じく何者かが教会を混乱させるため、作成した偽物であると判断したのだ。そうでなければ士官学校の学生に警備や見回りを担当させないだろう。だがクロードにとっては丁度良かった。賊の狙いが何処であるのか確かめるため、という大義名分を得て修道院の敷地内を直接、自由に見て回れる。 賊が聖廟の中で何かを探し、奪いに来た。そこでベレスが天帝の剣を手に取り賊を撃退したことをクロードはきちんと覚えている。だが、だからといって日頃入れない聖廟を直接探る機会を逃したくはなかった。それにロナート卿の叛乱の時と同じくまたクロードたちが当事者になっている。詳しく調査しておいて損はないだろう。 ガルグ=マクにはフォドラの外からやってきた住人がクロード以外にも存在する。自然と祖先を崇拝するパルミラからやってきたクロードはセイロス教の信者ではないし決まった信仰を持たない。いずれセイロス教の信者になるため堅信の儀をうけるであろうツィリルよりダグザから来たシャミアやブリギット出身のペトラ、そして後に教会に叛旗を翻すエーデルガルトとヒューベルトの方がクロードと精神的な距離が近い。洋灯を手に聖廟の中を眺めるとそこには無数の棺が置いてあった。盗掘されるような副葬品はない。皆、強欲を戒める宗教の聖職者だから基本は身を宝石で飾ることなく埋葬されている。彼らの生前の生き方が残された遺骨に聖なる力を与える、らしい。賊が宝物殿に宝石を盗みに来るようなそんな単純な者たちであったならば戦争は起きなかっただろう。 探索から戻った埃まみれで白く汚れたクロードから話しかけられた聖廟の衛兵が何度もくしゃみをした。ローレンツなら手巾を何枚も持ち歩いているのだろうが残念ながらクロードには持ち合わせがない。すると心底意外な人物が聖廟の入口の衛兵に手巾を渡した。 「返さなくて結構です。クロード殿、酷いお姿ですな。そのような状態で我が主と同じ建物に入らないでいただきたい」 次期皇帝の侍従に手巾を渡された衛兵は数節後、クロードの記憶通りに帝国軍がガルグ=マクへ侵攻してきたら何を思うのだろう。この時点で帝国、というかエーデルガルトたちの危険性を言いふらして回ることも出来たが白きものを冠に戴き、セイロス教の聖職者に見守られながら即位するアドラステア帝国の皇帝が教会に叛意を持っていると言っても誰も信じないことは明らかだった。 「同感だね。俺も俺と同じ建物に居たくないからさっさと風呂に入るよ」 そういうとクロードは聖廟から足早に立ち去った。おそらくヒューベルトはクロードがどこまで潜ったのか確かめに来たのだろう。埃まみれのまま敷地内を歩いていると訓練を終えて首にかけた布で顔を拭きながら寮の入り口へと歩いてくるローレンツの姿が目に入った。 「十中八九課題絡みだろうが一体どこに顔を突っ込んできたのだ? クロード、埃を払ってやるから外套を貸したまえ。外でやらないと皆の迷惑になる」 手渡された黄色い外套を入り口から少し離れた隅っこでばさばさと振っているローレンツを見てクロードは呆気に取られた。 「ぼんやりしていないで君は上着の埃を払いたまえ。効率が悪いだろう」 クロードはこの手の自分が興味が持てない日常的な作業が苦手だ。食堂で皿を洗えば割ってしまうしディミトリとは違う理由で裁縫も駄目だ。服はうまく畳んで背嚢に入れないと行軍訓練の際に不便なことが身に染みて分かったので、ようやく畳めるようになった。ローレンツの見よう見真似で上着を振っていると手付きがなっていない、とかで取り上げられてしまった。 「これでよし。ああ、ようやく着替えが取りに行ける」 「訓練場に持っていけば二度手間にならないだろう?」 「あそこに持参すると着替えに埃や土がつくから嫌なのだ」 そう言ってさっさと自分の部屋に向かうローレンツの広い背中をぼんやりと見送ったクロードは彼に礼を言うため、慌てて階段を駆け上がった。ローレンツは足が長いし動作もきびきびしているので日常ではすぐに置いていかれてしまう。 「ごめんな、礼を言い忘れてた」 「頼まれたわけではないから礼は結構だ」 ようやく追い付けたのは浴場だった。湯浴み着姿のローレンツが蒸し風呂で長い手足を投げ出して休んでいる。長居するつもりなのか頭と顔に布をかけていたが、白い肌と長い手足でクロードにはすぐに分かった。髪が短く色白で背の高い大男は士官学校に沢山いる。先程くしゃみが止まらなくなった衛兵に手巾をくれてやったヒューベルトもローレンツと仲が良いフェルディナントやシルヴァンも髪が短く手足が長い。 何故クロードはすぐにローレンツが分かったのだろうか。 クロードの誕生日が近い。彼は今節の終わりにようやく十八歳になる。今は服についた埃も上手く払えないような幼さだが、初めての野営訓練で必死になって囮となりザナドでもガスパール領でも実に上手くやっていた。五年前のローレンツは彼の開いた宴に義理で参加してそれだけで済ませている。結局、クロードを監視し分析はしていたが検証や助言はしなかったのだ。やり直しの機会が与えられた現在はきちんと祝いの品を用意するつもりでいる。 士官学校の学生達は実地訓練と言うことで近頃は大体、二週に一度は出撃させられている。皆、体力もつき精神的にも慣れてきたのだがローレンツからすればまだまだだ。冷や冷やさせられることも多く、咄嗟に突き飛ばしてでも敵の攻撃を避けさせる場合も多い。今日もそんな訳でローレンツはキルソードをもった敵が近くにいるにも関わらず回復を怠り、消耗していたクロードを遠ざけるため突き飛ばして彼の利き手の肘に怪我をさせてしまった。その場ですぐにうろ覚えのライブをかけ、戦場でも軽く詫びたが改めて謝罪せねばならない。 ローレンツは夜、後は眠るだけという時間帯に隣室の扉を叩いた。幸いライブがすぐに効いたようで招き入れてくれたクロードの所作に怪我の影響は現れていない。混沌とした部屋の中で何か書き物をしていたようで机の上に灯りがあった。 「怪我の具合はどうだ? 咄嗟のこととはいえ乱暴な扱いをして申し訳なかった」 「いや、おかげで無事だった。こちらこそ昼はきちんと礼も言えなかったから改めて今、礼を言わせてほしい」 クロードはローレンツが座る場所を作るため慌てて椅子の上の本をどかそうとした。崩れ落ちた本の角が柔らかい室内履きしか履いていない足の甲に当たる。あまり知られていないが人間の弱点のひとつだ。さぞ痛いことだろう。 「痛ってぇ!!」 日頃から片付けておかないからだぞ、と叱りたくなったが既にクロードは報いは受けている。ローレンツはクロードに寝台で座って待っているように言い、机の上を片付けてやることにした。そうしなければ床に転がった本のせいで更に怪我をするだろう。 まず開きっぱなしの書字板を手に取った。表紙の木彫が美しくリーガン家の者が持つのに相応しい。きっとローレンツが扉を叩く音を聞いた瞬間に慌てて書字板の蝋を均したのだろう。中身を見るのは貴族らしからぬ行いなので閉じようとした瞬間、文字の消しが甘くうっすらと残った単語がいくつか読めてしまった。 ───天帝の剣、死神騎士、エーデルガルト─── 動揺が表に現れなければ良いのだが。天帝の剣はこの後ベレトが聖墓で入手するし、死神騎士ともそこで相対する。けしかけていたのはエーデルガルトだ。 「クロード、瓶の蓋はきちんと締めておきたまえ。中身が乾いてしまうし倒して溢れたらどうするのだ。置きっぱなしの本や紙が汚れるだろうに」 ローレンツは机の上に乱雑に置いてある顔や髪につける香油や傷薬、それにインクの瓶を手に取った。倒せば溢れてしまう物だらけのところで、よく書き物が出来るものだと思う。昔はクロードのこういうところがローレンツの癇に障っていた。しかし今はそんな事に構っていられない。クロードも自分と同じくこの先の記憶を持っている可能性が出てきた。 「あれ? 蓋しまってなかったのか? 気がつかなかったよ」 「今後、気をつけることだ。足の甲は平気かね」 ローレンツは物置になっていた背もたれのない腰掛けから本を机の上に移すと、寝台に寝転がって片付け終わるのを待っていたクロードの褐色の足をぐいっと引っ張った。膝の上に腫れた足を載せ机の上で見つけた傷薬を塗ってやる。 「ありがとう。今日はローレンツに助けてもらってばかりだな。ちょっと待っててくれ」 クロードは手当てしてもらったばかりの脚でひょこひょこと床の上のものを避けながら歩き、棚の奥からローレンツにも見覚えがある酒瓶と小ぶりな陶器の杯を出してきた。 「陶器の杯も中々良い物だね」 「この大きさだと飲みすぎないのがいいんだ」 クロードは寝台、ローレンツは椅子に座っているので互いに手元で杯を掲げ琥珀色の液体に口をつける。鼻の奥へ豊かな香りが届いていった。小さな杯が好みだというなら次の休みに市場へ買い出しに行く際に探してみようか、そんなことを考えて先程のクロードの覚え書きから必死で考えを逸らす。クロードが話す時間をとってくれる、と言うなら何を問えば良いのだろうか。酒の味と香りを深く楽しむふりをしてローレンツは白い瞼を下ろした。頭の中を整理したかったからだ。 「なあ、ローレンツ、いつ修道士の資格取ったんだ?」 その隙に背後をとったクロードがローレンツの耳元で囁く。入学当初は槍と馬術に集中し修道士の資格を取ったのは秋なので、本来ならばこの時点のローレンツはライブを使えない。だが幸か不幸か身体が覚えていた。もしあの時、回復してやらなかったら今、こうして背中に感じているクロードの熱が失われていたかもしれない。戦闘中に利き腕が使えなくなったクロードを目にしてライブを使わない、という選択肢はローレンツの中に存在しなかった。瞼を上げずとも喉に、尖らせた串のような物が突きつけられているのが分かる。あとは眠るだけと言う状態なのでいつもと違い立襟が喉を守ってくれない。 クロードは確実にこの先、何が起こるのかを知っている。これはトマシュやモニカの正体がなんであったのか分かっている者の反応だ。彼はローレンツがローレンツではないことを恐れていた。 「確かめたいことがあるなら確かめればいい」 とにかく敵意がないことを伝えるとクロードはローレンツの耳元でサイレスの呪文を唱えた。これでしばらくローレンツは声を上げることができない。何故持っているのか見当もつかないが、クロードは布で出来た紐でローレンツの両腕を縛り上げると寝台の上に転がした。そのままのし掛かられ足の動きも封じられる。褐色の手によって寝間着の前を開かれ、白い肌が夜の冷えた空気にさらされた。クロードの指が左右の鎖骨の下と身体の中央に線を引いていく。獲物を捌き皮を剥ぐ時の刃の動きだ。流石に恐怖を感じたが腕も足も魔法も封じられているので、ローレンツはクロードからされるがままでいるしかない。それに無抵抗でなければ信用されないだろう。 まださほど筋肉のついていないローレンツの白い腹や胸元にクロードの耳が押し当てられた。胃の腑が立てる音や心音を聞いているクロードの顔が熱い。夏といえどもガルグ=マクは高地にあり夜は冷える。意外なことに冷えた白い肌に触れるクロードの熱が心地よかった。今まで感じたことのなかった衝動がローレンツの中から沸き起こり、それを少しでも逃せることを期待して大きく息を吐く。ローレンツの異常を何一つ見逃すまいと大きく見開かれた目がそれを見逃すはずもなかった。 褐色の指がローレンツの薄い唇を割り開く。咥内を探る指を歯で傷つけないようにローレンツは口を大きく開けた。刺激を受けて分泌され始めた唾液がクロードの指を濡らしていく。敵意がないことを示すため、舌で指の腹を舐めるとしばらく口の中を探っていた指が引き抜かれた。口の端が唾液でべたついて気持ち悪い。ローレンツはクロードの様子を伺いながら口の端についた唾液を舌で舐め取った。手で拭えないなら仕方がない。 「お前今、自分がどういう顔してるのか分かってるのかよ……」 クロードの顔が近づいてきた。咥内の様子でも見るのかと思ったがそうではなかった。熱い舌がローレンツの口の中を探っていく。美しい女性の伴侶が欲しいと思っていた筈なのに、上顎の溝をそっとなぞられるとそれだけでかつての理想が頭に浮かばなくなった。口の端から白い顎に向けて垂れた唾液を褐色の指が拭き取る。指が先ほどと同じくローレンツの白い身体に不吉な線を描くのかと思って身構えたが淡く色付く胸の飾りの縁をなぞられた。声は出せないがローレンツの意志とは関係なくクロードから与えられた刺激で身体が痙攣する。どう感じているのか、などクロードには筒抜けだろう。 しかしクロードが何を考えて固くなった自身を押し付けながらローレンツの寝巻を剥いで身体を弄んでいるのか、はさっぱり分からない。だがこの程度ならまだ学生時代の火遊びで済むのだろうか。ローレンツの腹は白濁で汚れていたがクロードの手で高められた結果自身が出したものなのか、クロードがローレンツの腹に擦り付けて出したものなのかよく分からなかった。魔法でかき消された声が荒い息遣いと共に戻ってくる。 「僕が修道士の資格を取ったのは角弓の節だ。覚えているだろう、クロード。腕を解いてくれ」 中途半端なサイレスが中途半端な状態で解けるとローレンツはクロードの耳元で囁いた。ローレンツの頬にぽたぽたとクロードの涙が落ちてくる。ここ数節に渡って彼の感じていた恐ろしいほどの孤独は理解できた。だからローレンツももう孤独ではない。ようやく自由になった腕でローレンツはクロードのことを抱きしめてやった。畳む 小説,BL 2024/11/16(Sat)
#説明できない #クロロレ #完売本
情報には出元と行き先がある。それを見極めずに判断を下すと間違いが起きる。前節、カトリーヌがロナート卿の所持品から見つけた大司教レアの暗殺計画に関する密書は様々な波紋を呼んだ。真偽の程は定かではないが対応せねばならない。
謁見の間に呼び出されたベレトから今節の課題を聞いたクロードは教会があの密書をどう判断したのか悟った。今回も彼の記憶と同じく何者かが教会を混乱させるため、作成した偽物であると判断したのだ。そうでなければ士官学校の学生に警備や見回りを担当させないだろう。だがクロードにとっては丁度良かった。賊の狙いが何処であるのか確かめるため、という大義名分を得て修道院の敷地内を直接、自由に見て回れる。
賊が聖廟の中で何かを探し、奪いに来た。そこでベレスが天帝の剣を手に取り賊を撃退したことをクロードはきちんと覚えている。だが、だからといって日頃入れない聖廟を直接探る機会を逃したくはなかった。それにロナート卿の叛乱の時と同じくまたクロードたちが当事者になっている。詳しく調査しておいて損はないだろう。
ガルグ=マクにはフォドラの外からやってきた住人がクロード以外にも存在する。自然と祖先を崇拝するパルミラからやってきたクロードはセイロス教の信者ではないし決まった信仰を持たない。いずれセイロス教の信者になるため堅信の儀をうけるであろうツィリルよりダグザから来たシャミアやブリギット出身のペトラ、そして後に教会に叛旗を翻すエーデルガルトとヒューベルトの方がクロードと精神的な距離が近い。洋灯を手に聖廟の中を眺めるとそこには無数の棺が置いてあった。盗掘されるような副葬品はない。皆、強欲を戒める宗教の聖職者だから基本は身を宝石で飾ることなく埋葬されている。彼らの生前の生き方が残された遺骨に聖なる力を与える、らしい。賊が宝物殿に宝石を盗みに来るようなそんな単純な者たちであったならば戦争は起きなかっただろう。
探索から戻った埃まみれで白く汚れたクロードから話しかけられた聖廟の衛兵が何度もくしゃみをした。ローレンツなら手巾を何枚も持ち歩いているのだろうが残念ながらクロードには持ち合わせがない。すると心底意外な人物が聖廟の入口の衛兵に手巾を渡した。
「返さなくて結構です。クロード殿、酷いお姿ですな。そのような状態で我が主と同じ建物に入らないでいただきたい」
次期皇帝の侍従に手巾を渡された衛兵は数節後、クロードの記憶通りに帝国軍がガルグ=マクへ侵攻してきたら何を思うのだろう。この時点で帝国、というかエーデルガルトたちの危険性を言いふらして回ることも出来たが白きものを冠に戴き、セイロス教の聖職者に見守られながら即位するアドラステア帝国の皇帝が教会に叛意を持っていると言っても誰も信じないことは明らかだった。
「同感だね。俺も俺と同じ建物に居たくないからさっさと風呂に入るよ」
そういうとクロードは聖廟から足早に立ち去った。おそらくヒューベルトはクロードがどこまで潜ったのか確かめに来たのだろう。埃まみれのまま敷地内を歩いていると訓練を終えて首にかけた布で顔を拭きながら寮の入り口へと歩いてくるローレンツの姿が目に入った。
「十中八九課題絡みだろうが一体どこに顔を突っ込んできたのだ? クロード、埃を払ってやるから外套を貸したまえ。外でやらないと皆の迷惑になる」
手渡された黄色い外套を入り口から少し離れた隅っこでばさばさと振っているローレンツを見てクロードは呆気に取られた。
「ぼんやりしていないで君は上着の埃を払いたまえ。効率が悪いだろう」
クロードはこの手の自分が興味が持てない日常的な作業が苦手だ。食堂で皿を洗えば割ってしまうしディミトリとは違う理由で裁縫も駄目だ。服はうまく畳んで背嚢に入れないと行軍訓練の際に不便なことが身に染みて分かったので、ようやく畳めるようになった。ローレンツの見よう見真似で上着を振っていると手付きがなっていない、とかで取り上げられてしまった。
「これでよし。ああ、ようやく着替えが取りに行ける」
「訓練場に持っていけば二度手間にならないだろう?」
「あそこに持参すると着替えに埃や土がつくから嫌なのだ」
そう言ってさっさと自分の部屋に向かうローレンツの広い背中をぼんやりと見送ったクロードは彼に礼を言うため、慌てて階段を駆け上がった。ローレンツは足が長いし動作もきびきびしているので日常ではすぐに置いていかれてしまう。
「ごめんな、礼を言い忘れてた」
「頼まれたわけではないから礼は結構だ」
ようやく追い付けたのは浴場だった。湯浴み着姿のローレンツが蒸し風呂で長い手足を投げ出して休んでいる。長居するつもりなのか頭と顔に布をかけていたが、白い肌と長い手足でクロードにはすぐに分かった。髪が短く色白で背の高い大男は士官学校に沢山いる。先程くしゃみが止まらなくなった衛兵に手巾をくれてやったヒューベルトもローレンツと仲が良いフェルディナントやシルヴァンも髪が短く手足が長い。
何故クロードはすぐにローレンツが分かったのだろうか。
クロードの誕生日が近い。彼は今節の終わりにようやく十八歳になる。今は服についた埃も上手く払えないような幼さだが、初めての野営訓練で必死になって囮となりザナドでもガスパール領でも実に上手くやっていた。五年前のローレンツは彼の開いた宴に義理で参加してそれだけで済ませている。結局、クロードを監視し分析はしていたが検証や助言はしなかったのだ。やり直しの機会が与えられた現在はきちんと祝いの品を用意するつもりでいる。
士官学校の学生達は実地訓練と言うことで近頃は大体、二週に一度は出撃させられている。皆、体力もつき精神的にも慣れてきたのだがローレンツからすればまだまだだ。冷や冷やさせられることも多く、咄嗟に突き飛ばしてでも敵の攻撃を避けさせる場合も多い。今日もそんな訳でローレンツはキルソードをもった敵が近くにいるにも関わらず回復を怠り、消耗していたクロードを遠ざけるため突き飛ばして彼の利き手の肘に怪我をさせてしまった。その場ですぐにうろ覚えのライブをかけ、戦場でも軽く詫びたが改めて謝罪せねばならない。
ローレンツは夜、後は眠るだけという時間帯に隣室の扉を叩いた。幸いライブがすぐに効いたようで招き入れてくれたクロードの所作に怪我の影響は現れていない。混沌とした部屋の中で何か書き物をしていたようで机の上に灯りがあった。
「怪我の具合はどうだ? 咄嗟のこととはいえ乱暴な扱いをして申し訳なかった」
「いや、おかげで無事だった。こちらこそ昼はきちんと礼も言えなかったから改めて今、礼を言わせてほしい」
クロードはローレンツが座る場所を作るため慌てて椅子の上の本をどかそうとした。崩れ落ちた本の角が柔らかい室内履きしか履いていない足の甲に当たる。あまり知られていないが人間の弱点のひとつだ。さぞ痛いことだろう。
「痛ってぇ!!」
日頃から片付けておかないからだぞ、と叱りたくなったが既にクロードは報いは受けている。ローレンツはクロードに寝台で座って待っているように言い、机の上を片付けてやることにした。そうしなければ床に転がった本のせいで更に怪我をするだろう。
まず開きっぱなしの書字板を手に取った。表紙の木彫が美しくリーガン家の者が持つのに相応しい。きっとローレンツが扉を叩く音を聞いた瞬間に慌てて書字板の蝋を均したのだろう。中身を見るのは貴族らしからぬ行いなので閉じようとした瞬間、文字の消しが甘くうっすらと残った単語がいくつか読めてしまった。
───天帝の剣、死神騎士、エーデルガルト───
動揺が表に現れなければ良いのだが。天帝の剣はこの後ベレトが聖墓で入手するし、死神騎士ともそこで相対する。けしかけていたのはエーデルガルトだ。
「クロード、瓶の蓋はきちんと締めておきたまえ。中身が乾いてしまうし倒して溢れたらどうするのだ。置きっぱなしの本や紙が汚れるだろうに」
ローレンツは机の上に乱雑に置いてある顔や髪につける香油や傷薬、それにインクの瓶を手に取った。倒せば溢れてしまう物だらけのところで、よく書き物が出来るものだと思う。昔はクロードのこういうところがローレンツの癇に障っていた。しかし今はそんな事に構っていられない。クロードも自分と同じくこの先の記憶を持っている可能性が出てきた。
「あれ? 蓋しまってなかったのか? 気がつかなかったよ」
「今後、気をつけることだ。足の甲は平気かね」
ローレンツは物置になっていた背もたれのない腰掛けから本を机の上に移すと、寝台に寝転がって片付け終わるのを待っていたクロードの褐色の足をぐいっと引っ張った。膝の上に腫れた足を載せ机の上で見つけた傷薬を塗ってやる。
「ありがとう。今日はローレンツに助けてもらってばかりだな。ちょっと待っててくれ」
クロードは手当てしてもらったばかりの脚でひょこひょこと床の上のものを避けながら歩き、棚の奥からローレンツにも見覚えがある酒瓶と小ぶりな陶器の杯を出してきた。
「陶器の杯も中々良い物だね」
「この大きさだと飲みすぎないのがいいんだ」
クロードは寝台、ローレンツは椅子に座っているので互いに手元で杯を掲げ琥珀色の液体に口をつける。鼻の奥へ豊かな香りが届いていった。小さな杯が好みだというなら次の休みに市場へ買い出しに行く際に探してみようか、そんなことを考えて先程のクロードの覚え書きから必死で考えを逸らす。クロードが話す時間をとってくれる、と言うなら何を問えば良いのだろうか。酒の味と香りを深く楽しむふりをしてローレンツは白い瞼を下ろした。頭の中を整理したかったからだ。
「なあ、ローレンツ、いつ修道士の資格取ったんだ?」
その隙に背後をとったクロードがローレンツの耳元で囁く。入学当初は槍と馬術に集中し修道士の資格を取ったのは秋なので、本来ならばこの時点のローレンツはライブを使えない。だが幸か不幸か身体が覚えていた。もしあの時、回復してやらなかったら今、こうして背中に感じているクロードの熱が失われていたかもしれない。戦闘中に利き腕が使えなくなったクロードを目にしてライブを使わない、という選択肢はローレンツの中に存在しなかった。瞼を上げずとも喉に、尖らせた串のような物が突きつけられているのが分かる。あとは眠るだけと言う状態なのでいつもと違い立襟が喉を守ってくれない。
クロードは確実にこの先、何が起こるのかを知っている。これはトマシュやモニカの正体がなんであったのか分かっている者の反応だ。彼はローレンツがローレンツではないことを恐れていた。
「確かめたいことがあるなら確かめればいい」
とにかく敵意がないことを伝えるとクロードはローレンツの耳元でサイレスの呪文を唱えた。これでしばらくローレンツは声を上げることができない。何故持っているのか見当もつかないが、クロードは布で出来た紐でローレンツの両腕を縛り上げると寝台の上に転がした。そのままのし掛かられ足の動きも封じられる。褐色の手によって寝間着の前を開かれ、白い肌が夜の冷えた空気にさらされた。クロードの指が左右の鎖骨の下と身体の中央に線を引いていく。獲物を捌き皮を剥ぐ時の刃の動きだ。流石に恐怖を感じたが腕も足も魔法も封じられているので、ローレンツはクロードからされるがままでいるしかない。それに無抵抗でなければ信用されないだろう。
まださほど筋肉のついていないローレンツの白い腹や胸元にクロードの耳が押し当てられた。胃の腑が立てる音や心音を聞いているクロードの顔が熱い。夏といえどもガルグ=マクは高地にあり夜は冷える。意外なことに冷えた白い肌に触れるクロードの熱が心地よかった。今まで感じたことのなかった衝動がローレンツの中から沸き起こり、それを少しでも逃せることを期待して大きく息を吐く。ローレンツの異常を何一つ見逃すまいと大きく見開かれた目がそれを見逃すはずもなかった。
褐色の指がローレンツの薄い唇を割り開く。咥内を探る指を歯で傷つけないようにローレンツは口を大きく開けた。刺激を受けて分泌され始めた唾液がクロードの指を濡らしていく。敵意がないことを示すため、舌で指の腹を舐めるとしばらく口の中を探っていた指が引き抜かれた。口の端が唾液でべたついて気持ち悪い。ローレンツはクロードの様子を伺いながら口の端についた唾液を舌で舐め取った。手で拭えないなら仕方がない。
「お前今、自分がどういう顔してるのか分かってるのかよ……」
クロードの顔が近づいてきた。咥内の様子でも見るのかと思ったがそうではなかった。熱い舌がローレンツの口の中を探っていく。美しい女性の伴侶が欲しいと思っていた筈なのに、上顎の溝をそっとなぞられるとそれだけでかつての理想が頭に浮かばなくなった。口の端から白い顎に向けて垂れた唾液を褐色の指が拭き取る。指が先ほどと同じくローレンツの白い身体に不吉な線を描くのかと思って身構えたが淡く色付く胸の飾りの縁をなぞられた。声は出せないがローレンツの意志とは関係なくクロードから与えられた刺激で身体が痙攣する。どう感じているのか、などクロードには筒抜けだろう。
しかしクロードが何を考えて固くなった自身を押し付けながらローレンツの寝巻を剥いで身体を弄んでいるのか、はさっぱり分からない。だがこの程度ならまだ学生時代の火遊びで済むのだろうか。ローレンツの腹は白濁で汚れていたがクロードの手で高められた結果自身が出したものなのか、クロードがローレンツの腹に擦り付けて出したものなのかよく分からなかった。魔法でかき消された声が荒い息遣いと共に戻ってくる。
「僕が修道士の資格を取ったのは角弓の節だ。覚えているだろう、クロード。腕を解いてくれ」
中途半端なサイレスが中途半端な状態で解けるとローレンツはクロードの耳元で囁いた。ローレンツの頬にぽたぽたとクロードの涙が落ちてくる。ここ数節に渡って彼の感じていた恐ろしいほどの孤独は理解できた。だからローレンツももう孤独ではない。ようやく自由になった腕でローレンツはクロードのことを抱きしめてやった。畳む