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雑多です。
「説明できない」8.鷲獅子戦
#説明できない #クロロレ #完売本

 フレンが金鹿の学級に入った。クロードにとっては謎を探る機会が増えた事になる。彼女は教室の片隅に座ってにこにこと授業を聞いてはいるが、盗賊と戦闘した際の身のこなしから察するに只者ではない。兄であるセテスから槍の手解きを受けた、と話しているがそういう次元は超えている。
「鷲獅子戦にはフレンも出撃してもらう」
 やたら大きな紙を持ったベレトが箱を乗せた教壇でそう告げると教室は歓声に包まれた。これで別働隊にも回復役をつけられる。治療の手間を気にせず攻撃に回せるのは本当にありがたい。今まで金鹿の学級には回復役がマリアンヌしかいなかった。負担が減ったマリアンヌの様子をクロードが横目で伺うと後れ毛を必死で編み目に押し込んでいる。安心した拍子に髪の毛を思いっきり掻き上げて編み込みを崩してしまったらしい。彼女もまたクロードと同じく秘密を抱える者だ。二重の意味で仲間が増えている。五年前のクロードは周りの学生に興味は持たず、大きな謎だけに目を向けていたからマリアンヌのことも軽く流していた。どこに世界の謎を解く手がかりがあるか、分かりはしないのに勿体ない。
「クロード、地図を広げたいから手伝ってくれ」
 ベレトから声をかけられたクロードは席を立って手を貸した。床に広げた端から紙が丸まらないように駒を置いていく。各学級に全く同じグロンダーズの地図が与えられているが、きっとカスパルのいる黒鷲の学級が圧倒的に有利だろう。ベレトは地図の周りに集まるように言った。背が低いフレン、リシテアとヒルダ、それにイグナーツが前列に座り背が高いローレンツやラファエルは後ろから立ったまま覗き込んでいる。地図に置かれた駒は色分けされていないのでとても分かりにくい。
 べレスは無表情で近寄り難い美人だったが身なりに無頓着で、クロードはそこに闇を感じた。後宮生まれ、後宮育ちの者にしかその感覚は分からないだろう。クロードは飾らない素朴な美しさを愛でられるような、健やかな育ち方をしていない。クロードが育ったパルミラの後宮における妃同士の争いは実に過酷だ。後宮での過酷な争いで心を病み、肉体と精神が乖離していくと何故か皆、判で押したようにまず髪の手入れが出来なくなる。次第に身につける服にも構わなくなっていく。出身地や一族の利権を背負った争いなので身に付けるものには全て意味がある。
 べレスの無頓着さは今までの人生において外見で判断されなかった証だ。クロードの方が歪んでいる。だが当時のクロードは彼女に感じた闇のようなもの、をどうしても拭いきれなかった。パルミラでの体験がクロードの認知を歪ませていたのだろう。そういった心境が表に漏れ出していたから、最後にべレスはクロードを見逃さなかったのかもしれない。
 ベレトもべレスと同じく無表情で女子学生たちが騒ぐ程度には整った顔立ちをしている。彼も身なりに構わないのだが男性なので闇は感じない。級長として彼の補佐をしていると些細なところが抜けていることが分かった。無表情で無口だが人間らしく主張はいちいちまともだ。きっとベレスもそうだったのだろう。
「先生、駒は色別に箱を分けることにした筈だが」
 ベレトもクロードもローレンツが指さした方向を見た。確かに箱が二つある。気を利かせたイグナーツが箱を二つとも持ってきてくれた。赤青黄とはいかないがこれで三色の駒を使うことが出来る。
「ありがとう、イグナーツ。早速始めようか。皆、誰が一番の強敵だと思う?」
 ディミトリやフェリクス、それにエーデルガルトやドロテアの名が上がる。クロードにとって一番の強敵はやはりエーデルガルトだ。
「では皆彼らと絶対に一騎打ちをするな。弓や魔法が得意な者と槍や斧が得意な者は絶対に対となって離れずに行動すること」
 華やかな一騎打ちは騎士物語でも人気の題材だ。だが戦場が日常であったベレトは事あるごとにそれを否定する。ベレトは白い駒で茶色い駒の四方を囲った。
「これが理想だ。この形を作るために大軍を用意するし、敵を狭いところに誘い出す」
 べレスも同じことをエーデルガルトに話したのだろう。クロードの記憶では突出したローレンツが真っ先に撃破されている。エピタフであったべレスは戦場において常にエーデルガルトの傍を離れなかったし、ドロテアはペトラとリンハルトはカスパルとヒューベルトはフェルディナントと必ず組まされていた。インデッハの小紋章を持つハンネマンが強いのは当然だが、紋章を持っていないマヌエラも負けず劣らず強い。ハンネマンもマヌエラも自分のように強い戦士を育成しようとする。だがべレスもベレトも弱いままでも戦場で生き残れる術を教えようとしていた。最後に立っていられる者が一番強い。
「逐次投入は駄目って話だな? そうだろ、先生」
「そうだ。そして突出するのは逐次投入と変わらない。今後も戦う時はまず地形をよく見て敵を誘い込むように」
 皆、ベレトの言葉に耳を傾けている。クロードは級長としてベレトの補佐をするようになってから今までよりも更に地図をよく見るようになったし、地理の本を読むようになった。こういう教えが生死を分けていく。クロードはデアドラを熟知しているつもりだったがきっと彼の教えを受けた五年後の布陣は全く異なる筈だ。



 ローレンツがグロンダーズに立つのは二度目だ。一度目はローレンツの認識からすると五年前でベレト率いる青獅子の学級が勝利している。敗因は堪え切れずに飛び出してしまったローレンツだ。更に危険な実戦で囮をやらされた時に堪えられたのだから今日、堪えられないはずはない。
 赤狼の節と言えば秋の始まりだが、日頃山の中の修道院にいるせいか平原に下りてくると空気を暖かく感じた。開けた土地は豊かさを保証する。グロンダーズ平原は穀倉地帯でアドラステア帝国の食糧庫だ。畑に影響が出ない領域で模擬戦は行われる。模擬戦と言っても怪我人続出の激しいもので、回復担当の学生はどの学級であれ大変な思いをするだろう。
 ベレトが持ってきた地図を見て思うところがあったのか、クロードは慌ててレオニーとラファエルを伴って書庫に向けて駆け出した。読書と縁遠い二人を選んだのは二人とも延滞している本がないからだろう。
 三人は書庫で禁帯出のもの以外のグロンダーズに関する本を全て借りた。教室に戻るとクロードは皆に本を渡し、地形描写があるかないかで仕分けさせた。彼はこの時、即座に役に立たない本だけを返却させている。情報を独占し他の学級に無駄足を踏まさせるためだ。クロードのこういう所がローレンツがあったこともないべレスから疎まれたのかもしれない。
 次にクロードは皆に確保した本の中で地形について言及している部分を読み上げさせ、デアドラで購入したと言う美しい意匠の書字板に鉄筆で書き取っていった。学級の者たち全員で協力して戦場の地図を作ったからだろうか。どこに何があるか皆、きちんと把握することができた。
 こんな大袈裟な芝居を打たずとも、グロンダーズは二度目であるクロードとローレンツの二人で記憶を擦り寄せてさっさと地図を描いてしまう方が早い。しかしそれだと根拠に乏しく説得力がないのだ。模擬戦前、最後に行われた軍議の際も皆の理解度が高かった。咄嗟に思いついたクロードはやはり先頭に立って皆を引っ張る力を持っている。
 弓砲台にはどうやらベルナデッタがいるらしい。彼女は独特な言動が目立つが弓の腕は立つ。金鹿の学級はまだ天馬や飛竜に騎乗する者がいないが青獅子にはイングリットがいる。先に弓砲台を潰さねばその強みを活かせない───というわけでシルヴァンとイングリットが先駆けを務めていた。金鹿の学級と比較的近い場所に陣を張っていたアッシュはこちらに目もくれず弓砲台を目指している。イングリットたちが無効化した後で利用するつもりなのだ。
「今日は誰も死なない演習だから我慢せずに皆前に出てみようか」
 いつもなら潰し合うのを待て、と言う筈のベレトが珍しく皆をけしかけた。学級毎に兵種の構成が違うので実際に戦いを挑んでみると学ぶ事が多い。金鹿の学級は槍・弓・斧に偏っている。黒鷲の学級は逆に弓が得意な者がベルナデッタしかおらず、斧と魔道に偏っている。全て揃っているのは青獅子の学級だけだ。
「イングリットさんは素晴らしいな。撃ち落とされることを恐れず一番の強敵に立ち向かっている」
「うちの学級に来てくれたらありがたいよなあ」
「それを言うならペトラさんもだろう。僕の不甲斐なさを痛感しているが、剣が得意な者が一人もいないのは問題だ」
 ローレンツはベレトに指示された通りクロードと組んでいる。だから二人で前方の動きについて講評が出来た。レオニーはリシテア、ヒルダはマリアンヌ、ラファエルはイグナーツと対になって行動するように言われている。クロードが言うにはべレスも黒鷲の学級で似たようなことをしていたらしい。ベレト本人はフレンと共に行動している。
 前方では先行したイングリットたちを援護するためドゥドゥが前進し、ヒューベルトがその動きを阻止しようとしていた。あそこからだな、とクロードが呟く。フェルディナントとペトラ、それにドロテアが守る側は魔防が高いマリアンヌやリシテアに任せてある。即死しないように制限がかけられた武器ならば別に恐れることもない。二人とも一度は死んだ身の上だ。ローレンツはクロードの呟きを受け、手綱を短く持ち直した。
 弓砲台をイングリットとシルヴァンに奪取される前にクロードがイングリットを、ローレンツがシルヴァンを撃破する予定だ。ベルナデッタは誰に向けて矢を放つか悩ましいことだろう。真っ先にやってくるイングリットを仕留めたいが彼女の回避率は凄まじい。貴重な機会を賭けに使うか自分が倒された後、弓砲台を使うつもりのクロードかアッシュに向けて矢を放つべきか。それとも直接攻撃をしてくるであろうシルヴァンかローレンツに向けて放つべきか。ベルナデッタの的となる側として的は多ければ多いほど良い。当たる確率が低くなるからだ。ローレンツはベルナデッタを警護するソシアルナイトとクロードの間に立ちはだかった。
「援護を頼むぞクロード」
 既に矢を番えたクロードは言われずとも弓を引き絞っている。ローレンツは振り向かなかったが引き絞る音と殺傷力を低めるため鏃ではなく先端に球体の飾りがついた矢が鎧にぶつかる音を聞いた。この飾りには塗料が仕込んであり、命中すると弾ける。鎧が守っていたが右の鎖骨の辺りが塗料で真緑になっていた。審査役を務めるセイロス騎士団の騎士たちが後一回当たったら下がれと叫ぶ。
 戦場で命を散らしたローレンツとクロードからしてみれば、実に長閑な演習は金鹿の学級が勝利を収めた。
 その晩、クロードの提案で学年全員が参加する宴が開かれた。まだ幼気な皆と呑んで話すという望外の機会を楽しんでいたローレンツとクロードだが、後ろのテーブルでジェラルドの不在を嘆くレオニーの言葉を聞いた途端に酔いが覚めていくのを自覚した。おそらくルミール村で調査をしている。ローレンツはフェルディナントとクロードはペトラと並んで向かい合うような席順で呑んでいたのだが、いつぞやの仕返しなのかクロードがテーブルの下でローレンツの脛を軽く蹴った。畳む