-horreum-倉庫

雑多です。
「説明できない」7.誘拐
#説明できない #クロロレ #完売本

 フレンが行方不明になった。クロードとローレンツは誘拐犯がイエリッツァであること、彼が死神騎士でありエーデルガルトの手の者であることを既に知っている。ローレンツが知る過去ではディミトリたちがフレンを見つけ、クロードが知る過去ではベレスとカスパルがフレンを見つけている。
「ではこの時点でベレト……失礼、言い慣れないもので。ベレス先生は現時点で既に教会に不信感を持ち、敵対すると決めていた可能性もあるのか」
 ローレンツの知るベレトは教会と敵対せずディミトリに寄り添っていたらしい。記憶についての話を他の者に聞かれるわけにいかないので、近頃のクロードはヒルダにからかわれる位ローレンツの部屋に入り浸っている。彼の部屋に行けばお茶と茶菓子が出るので夜ふかし前に行くと夜食がわりになってちょうど良かった。
「そうでもなければ、あの状況で親の仇を守ろうとしないと思うんだよな」
「だが今、僕たちの学校にいるのはベレト先生だ」
 ベレスはエーデルガルトの戴冠式に参加していたらしいので、そこで何かあった可能性もある。クロードはどうしてもかつての記憶に囚われてしまう。
「大手を振って何かを調べる良い機会なのは確かだ。しかしフレンさんは助けを待っているだろう」
「そうだな、ローレンツの言う通りだ。お門違いな質問で揺さぶるのは一度だけにする」
 翌日の夕食後、クロードはセテスの執務室を訪れた。
「失礼します。セテスさん、何故フレンが拐かされたのだと思いますか? 貴方ではない理由は何だと思いますか?」
 彼女の兄であるセテスは大司教補佐だ。大司教レアと親しい間柄であるとはいえ補佐に過ぎず、権限も財産も持っていない。セテスを脅迫し、意のままに操るためにフレンを誘拐したところでたかが知れているのだ。クロードの記憶に残るあの茶番は何を隠すべく演じられたのだろうか。
「何を馬鹿な、いや、すまなかった。確かに考える価値はある。そうだな、まずフレンと違い私を誘拐しようとすれば骨を折ることになる」
 では死神騎士はセテスでも構わなかったのだろうか。
「セテスさんを脅迫するために拐かされた可能性もありますよね。何か連絡はありましたか?」
 クロードが見当違いなことを言うとセテスはそれまで緊張していたせいか顔が力んでいたのに一瞬、どこか安心したような力の抜けた顔をした。妹は取り返したいが犯人の真の動機についてクロードに知られたくないのだろう。
「もし犯人から連絡があればとっくに皆を呼び出している。情報の共有は大切だからな」
 やはりフレン本人に何かがあるのだ。そこまではクロードにも予想できる。だがそこから先がわからない。エーデルガルトは半年後セイロス教会へ宣戦布告する。ディミトリはエーデルガルトの動きを見てファーガスに中央教会とセイロス騎士団を迎え入れた。クロードと違ってセイロス教を信じていたからだ。クロードは命を落としたのにまだセイロス教を信じることが出来ない。
「何か思い当たることがあれば俺には言わなくても良いですが、ベレト先生には話してください」
 セテスにそう告げてクロードは部屋に戻った。愛用している書字板を開き鉄筆を蝋の上に走らせていく。フレンに限定はしない。一般的な人体からは何を得られるのか。髪の毛は鬘の材料や火口、肉は食材、骨や皮膚は加工品の素材になる。だがそんなありふれたものは人を誘拐せずとも入手可能だ。呪術的な観点から見れば血や眼球が人気だが、そんな面倒なことをする位なら直接、毒を盛るか剣で斬りつけた方が早い。英雄の遺産のように戦況を一変させる何かをその身に秘めているならば話は別だが───そんなものをその身に宿す存在はヒトであると言えるのだろうか。
 仮にヒトではないとして、それはフレンが消費される理由になるのだろうか。答えの出ない問いがクロードの脳内を満たす。その詳細が分かったところでクロードの好奇心が満たされるだけで彼女がいたのはイエリッツァの部屋であった、と突き止めた理由にはならない。
 クロードは緑色の瞳で書字板を眺めた。長いこと考え込んで単語をいくつも書き散らしたが、フレンは何の材料?と言う一文以外は残しておく価値がない。鉄筆の後ろについているヘラで蝋を均した。ローレンツに書字板の中身を見られて以来クロードは書き付けを暗号化している。パルミラ語で文章を作り、その音をフォドラの文字で記す。その際に文字を置き換えて、ぱっと見では単語すら拾えない状態にしてあった。ローレンツには全てを曝け出させたのにひどく不均衡な状態だが、知らずにいれば彼の悩みをひとつ減らせる。
 考え込んでいるうちに蝋燭が燃え尽きつつあった。エーデルガルトたちの悪意に気付かず、父の仇にベレスが与すると予想出来ずにいた五年前のクロードが大喜びで修道院内を探索していた時間帯だ。挙兵の準備に勤しむヒューベルトには深夜の徘徊に気付かれていた可能性が高い。逆に近頃、クロードが出歩かない事を不審に思われている可能性もある。クロードは部屋着の上から黒い外套を羽織った。



 ローレンツとクロードの記憶通り事態は進行した。一つ付け加えるならばクロードがセテスにちょっかいを出したことだろうか。敢えて見当違いだと分かっている質問をセテスにしたら先方は何故か安心した、とクロードから聞いてローレンツは眉を顰めた。やはりセイロス教会は何かを隠している。
 五年前からセイロス教会の体質を問題視していたクロードが正しかった。だがそれは大乱を起こす理由になり得るのだろうか。クロードは元から英雄の遺産と白きものについて探っていたが、それに加えて五年後のエーデルガルトが檄文で言及していた教会の暗部についても調べ始めた。
「先に掴んで暴露してしまえば檄文自体無効になるかと思ったが、そんな都合の良い案件は見当たらなかった。敢えて言うならダスカーがらみか?」
「だがあれも機能不全に陥った王国の要請がなければ騎士団が担当することはなかっただろう」
 エーデルガルトが見つけた、と称するセイロス教会がフォドラの全てを牛耳っている証拠とセイロス教会の秘密は同一なのだろうか、それとも違うのだろうか。探さねばならないものが増えてクロードは大変そうだ。大変そう、と言えばベレトも大変そうだ。彼は修道院内を丹念に探しているがイエリッツァに中々辿りつかない。彼の目からすれば同僚であるイエリッツァは疑いにくいのだろう。事態が膠着したまま日数を重ね、商人から依頼された盗賊の征伐を終えた晩にローレンツはクロードの部屋を訪ねた。
「クロード、君の記憶でも月末だったか?」
「そうだ。ただ、知っていて犯人を泳がせていた可能性もある」
 クロードは五年後のクロードにとどめを刺したと言うベレスをとことん警戒している。だがローレンツには想像がつかない。ベレトはベレトだ。ダスカーの悲劇で傷ついたファーガスの学生たちに真摯に寄り添っていた姿しか浮かばない。
「君の体験を思えば仕方ないのだろうがそれでも穿ちすぎだ」
 エーデルガルトの所業についてはローレンツもクロードも庇いようがない。入学早々盗賊を雇ってクロードとディミトリを殺害しようとしただけでも噴飯物だし、五年前に惨劇が起きたルミール村は帝国の領土だ。そしてローレンツの記憶では生き残った村人を保護したのは帝国ではなくセイロス教会だ。そんなエーデルガルトにベレスが与した理由は何なのだろうか。グロスタール家が帝国に与したのは、領地がルミール村のように扱われるのを恐れてのことだった。ローレンツはクロードの机上に置かれた本を大きさ別に積み上げてから言葉を続けた。考え過ぎかもしれない。
「案外、何故そんなことをしたのかエーデルガルトさんから話が聞きたかっただけかもしれないではないか」
 ローレンツの素朴な言葉を聞いてクロードはぽかんと口を開けた。中身はローレンツより一歳下なだけだが年相応の少年らしい表情をしている。
「倫理観が好奇心に負けただけってことか? だがレアさんの代わりに勝手に戴冠式に出てたんだぜ?」
 今後の展開を知っているからこそ、現在のローレンツはクロードの深夜徘徊について好意的に評価が出来る。しかし学生時代は好奇心に負けて規則を破るクロードをよく思っていなかった。
「それだって単なる好奇心の発露かもしれない。君にも心当たりがあるだろう。だが僕も人のことは言えない」
 教師陣に対してイエリッツァが怪しい、とローレンツが示唆していないのは、今のクロードなら時間さえあれば五年後を知る自分たちですら知らない何かを突き止めるのではないか、と期待しているからだ。クロードはローレンツの真っ直ぐな視線に耐えかねて視線を外した。その先には工具がいくつか置きっぱなしになっている。
「期待に応えられなくて悪かった。明日、先生たちにそれとなく伝えよう。俺たちに知らされてからもう十日になる。探索の時間はいくらでも欲しいが、さすがにフレンが気の毒だ」
「分かった。君に任せる」
 セテスも自力で一日二日はフレンを探したはずだから実際はそれよりも数日長い。月末までフレンは堪えられると知っているが、クロードの言う通り辛い時間は短い方がいいに決まっている。だがローレンツの記憶に残るクロードらしからぬ判断だった。そう感じてしまったことが申し訳なくて、ローレンツも先程のクロードのように相手から視線を外した。
「なんでそんな意外そうな顔してるんだ?」
 褐色の手が白い頬を挟んだ。彷徨う視線をこちらに向けろとクロードは言いたいらしい。
「すまない、どうしても自分の記憶と比べてしまう」
「でもお前の目の前にいるのは俺だよ。お前に心を開こうとしなかった奴じゃない」
 緑の瞳がローレンツを捉えた。きっと直視したら目を傷めてしまうほど眩しい、と思ったから五年前の自分は目を閉ざしたのだろう。
「明日、先生方に言うなら君抜きで戦闘があるだろうから失礼するよ」
 クロードの瞳に映る自分をこれ以上、見ることにローレンツは耐えられそうになかった。
 翌日、イグナーツが駆け込んできてイエリッツァの部屋で倒れているマヌエラを発見、死神騎士との戦闘の後にフレンと昨年度の学生だと自称するモニカが保護された。畳む
「説明できない」8.鷲獅子戦
#説明できない #クロロレ #完売本

 フレンが金鹿の学級に入った。クロードにとっては謎を探る機会が増えた事になる。彼女は教室の片隅に座ってにこにこと授業を聞いてはいるが、盗賊と戦闘した際の身のこなしから察するに只者ではない。兄であるセテスから槍の手解きを受けた、と話しているがそういう次元は超えている。
「鷲獅子戦にはフレンも出撃してもらう」
 やたら大きな紙を持ったベレトが箱を乗せた教壇でそう告げると教室は歓声に包まれた。これで別働隊にも回復役をつけられる。治療の手間を気にせず攻撃に回せるのは本当にありがたい。今まで金鹿の学級には回復役がマリアンヌしかいなかった。負担が減ったマリアンヌの様子をクロードが横目で伺うと後れ毛を必死で編み目に押し込んでいる。安心した拍子に髪の毛を思いっきり掻き上げて編み込みを崩してしまったらしい。彼女もまたクロードと同じく秘密を抱える者だ。二重の意味で仲間が増えている。五年前のクロードは周りの学生に興味は持たず、大きな謎だけに目を向けていたからマリアンヌのことも軽く流していた。どこに世界の謎を解く手がかりがあるか、分かりはしないのに勿体ない。
「クロード、地図を広げたいから手伝ってくれ」
 ベレトから声をかけられたクロードは席を立って手を貸した。床に広げた端から紙が丸まらないように駒を置いていく。各学級に全く同じグロンダーズの地図が与えられているが、きっとカスパルのいる黒鷲の学級が圧倒的に有利だろう。ベレトは地図の周りに集まるように言った。背が低いフレン、リシテアとヒルダ、それにイグナーツが前列に座り背が高いローレンツやラファエルは後ろから立ったまま覗き込んでいる。地図に置かれた駒は色分けされていないのでとても分かりにくい。
 べレスは無表情で近寄り難い美人だったが身なりに無頓着で、クロードはそこに闇を感じた。後宮生まれ、後宮育ちの者にしかその感覚は分からないだろう。クロードは飾らない素朴な美しさを愛でられるような、健やかな育ち方をしていない。クロードが育ったパルミラの後宮における妃同士の争いは実に過酷だ。後宮での過酷な争いで心を病み、肉体と精神が乖離していくと何故か皆、判で押したようにまず髪の手入れが出来なくなる。次第に身につける服にも構わなくなっていく。出身地や一族の利権を背負った争いなので身に付けるものには全て意味がある。
 べレスの無頓着さは今までの人生において外見で判断されなかった証だ。クロードの方が歪んでいる。だが当時のクロードは彼女に感じた闇のようなもの、をどうしても拭いきれなかった。パルミラでの体験がクロードの認知を歪ませていたのだろう。そういった心境が表に漏れ出していたから、最後にべレスはクロードを見逃さなかったのかもしれない。
 ベレトもべレスと同じく無表情で女子学生たちが騒ぐ程度には整った顔立ちをしている。彼も身なりに構わないのだが男性なので闇は感じない。級長として彼の補佐をしていると些細なところが抜けていることが分かった。無表情で無口だが人間らしく主張はいちいちまともだ。きっとベレスもそうだったのだろう。
「先生、駒は色別に箱を分けることにした筈だが」
 ベレトもクロードもローレンツが指さした方向を見た。確かに箱が二つある。気を利かせたイグナーツが箱を二つとも持ってきてくれた。赤青黄とはいかないがこれで三色の駒を使うことが出来る。
「ありがとう、イグナーツ。早速始めようか。皆、誰が一番の強敵だと思う?」
 ディミトリやフェリクス、それにエーデルガルトやドロテアの名が上がる。クロードにとって一番の強敵はやはりエーデルガルトだ。
「では皆彼らと絶対に一騎打ちをするな。弓や魔法が得意な者と槍や斧が得意な者は絶対に対となって離れずに行動すること」
 華やかな一騎打ちは騎士物語でも人気の題材だ。だが戦場が日常であったベレトは事あるごとにそれを否定する。ベレトは白い駒で茶色い駒の四方を囲った。
「これが理想だ。この形を作るために大軍を用意するし、敵を狭いところに誘い出す」
 べレスも同じことをエーデルガルトに話したのだろう。クロードの記憶では突出したローレンツが真っ先に撃破されている。エピタフであったべレスは戦場において常にエーデルガルトの傍を離れなかったし、ドロテアはペトラとリンハルトはカスパルとヒューベルトはフェルディナントと必ず組まされていた。インデッハの小紋章を持つハンネマンが強いのは当然だが、紋章を持っていないマヌエラも負けず劣らず強い。ハンネマンもマヌエラも自分のように強い戦士を育成しようとする。だがべレスもベレトも弱いままでも戦場で生き残れる術を教えようとしていた。最後に立っていられる者が一番強い。
「逐次投入は駄目って話だな? そうだろ、先生」
「そうだ。そして突出するのは逐次投入と変わらない。今後も戦う時はまず地形をよく見て敵を誘い込むように」
 皆、ベレトの言葉に耳を傾けている。クロードは級長としてベレトの補佐をするようになってから今までよりも更に地図をよく見るようになったし、地理の本を読むようになった。こういう教えが生死を分けていく。クロードはデアドラを熟知しているつもりだったがきっと彼の教えを受けた五年後の布陣は全く異なる筈だ。



 ローレンツがグロンダーズに立つのは二度目だ。一度目はローレンツの認識からすると五年前でベレト率いる青獅子の学級が勝利している。敗因は堪え切れずに飛び出してしまったローレンツだ。更に危険な実戦で囮をやらされた時に堪えられたのだから今日、堪えられないはずはない。
 赤狼の節と言えば秋の始まりだが、日頃山の中の修道院にいるせいか平原に下りてくると空気を暖かく感じた。開けた土地は豊かさを保証する。グロンダーズ平原は穀倉地帯でアドラステア帝国の食糧庫だ。畑に影響が出ない領域で模擬戦は行われる。模擬戦と言っても怪我人続出の激しいもので、回復担当の学生はどの学級であれ大変な思いをするだろう。
 ベレトが持ってきた地図を見て思うところがあったのか、クロードは慌ててレオニーとラファエルを伴って書庫に向けて駆け出した。読書と縁遠い二人を選んだのは二人とも延滞している本がないからだろう。
 三人は書庫で禁帯出のもの以外のグロンダーズに関する本を全て借りた。教室に戻るとクロードは皆に本を渡し、地形描写があるかないかで仕分けさせた。彼はこの時、即座に役に立たない本だけを返却させている。情報を独占し他の学級に無駄足を踏まさせるためだ。クロードのこういう所がローレンツがあったこともないべレスから疎まれたのかもしれない。
 次にクロードは皆に確保した本の中で地形について言及している部分を読み上げさせ、デアドラで購入したと言う美しい意匠の書字板に鉄筆で書き取っていった。学級の者たち全員で協力して戦場の地図を作ったからだろうか。どこに何があるか皆、きちんと把握することができた。
 こんな大袈裟な芝居を打たずとも、グロンダーズは二度目であるクロードとローレンツの二人で記憶を擦り寄せてさっさと地図を描いてしまう方が早い。しかしそれだと根拠に乏しく説得力がないのだ。模擬戦前、最後に行われた軍議の際も皆の理解度が高かった。咄嗟に思いついたクロードはやはり先頭に立って皆を引っ張る力を持っている。
 弓砲台にはどうやらベルナデッタがいるらしい。彼女は独特な言動が目立つが弓の腕は立つ。金鹿の学級はまだ天馬や飛竜に騎乗する者がいないが青獅子にはイングリットがいる。先に弓砲台を潰さねばその強みを活かせない───というわけでシルヴァンとイングリットが先駆けを務めていた。金鹿の学級と比較的近い場所に陣を張っていたアッシュはこちらに目もくれず弓砲台を目指している。イングリットたちが無効化した後で利用するつもりなのだ。
「今日は誰も死なない演習だから我慢せずに皆前に出てみようか」
 いつもなら潰し合うのを待て、と言う筈のベレトが珍しく皆をけしかけた。学級毎に兵種の構成が違うので実際に戦いを挑んでみると学ぶ事が多い。金鹿の学級は槍・弓・斧に偏っている。黒鷲の学級は逆に弓が得意な者がベルナデッタしかおらず、斧と魔道に偏っている。全て揃っているのは青獅子の学級だけだ。
「イングリットさんは素晴らしいな。撃ち落とされることを恐れず一番の強敵に立ち向かっている」
「うちの学級に来てくれたらありがたいよなあ」
「それを言うならペトラさんもだろう。僕の不甲斐なさを痛感しているが、剣が得意な者が一人もいないのは問題だ」
 ローレンツはベレトに指示された通りクロードと組んでいる。だから二人で前方の動きについて講評が出来た。レオニーはリシテア、ヒルダはマリアンヌ、ラファエルはイグナーツと対になって行動するように言われている。クロードが言うにはべレスも黒鷲の学級で似たようなことをしていたらしい。ベレト本人はフレンと共に行動している。
 前方では先行したイングリットたちを援護するためドゥドゥが前進し、ヒューベルトがその動きを阻止しようとしていた。あそこからだな、とクロードが呟く。フェルディナントとペトラ、それにドロテアが守る側は魔防が高いマリアンヌやリシテアに任せてある。即死しないように制限がかけられた武器ならば別に恐れることもない。二人とも一度は死んだ身の上だ。ローレンツはクロードの呟きを受け、手綱を短く持ち直した。
 弓砲台をイングリットとシルヴァンに奪取される前にクロードがイングリットを、ローレンツがシルヴァンを撃破する予定だ。ベルナデッタは誰に向けて矢を放つか悩ましいことだろう。真っ先にやってくるイングリットを仕留めたいが彼女の回避率は凄まじい。貴重な機会を賭けに使うか自分が倒された後、弓砲台を使うつもりのクロードかアッシュに向けて矢を放つべきか。それとも直接攻撃をしてくるであろうシルヴァンかローレンツに向けて放つべきか。ベルナデッタの的となる側として的は多ければ多いほど良い。当たる確率が低くなるからだ。ローレンツはベルナデッタを警護するソシアルナイトとクロードの間に立ちはだかった。
「援護を頼むぞクロード」
 既に矢を番えたクロードは言われずとも弓を引き絞っている。ローレンツは振り向かなかったが引き絞る音と殺傷力を低めるため鏃ではなく先端に球体の飾りがついた矢が鎧にぶつかる音を聞いた。この飾りには塗料が仕込んであり、命中すると弾ける。鎧が守っていたが右の鎖骨の辺りが塗料で真緑になっていた。審査役を務めるセイロス騎士団の騎士たちが後一回当たったら下がれと叫ぶ。
 戦場で命を散らしたローレンツとクロードからしてみれば、実に長閑な演習は金鹿の学級が勝利を収めた。
 その晩、クロードの提案で学年全員が参加する宴が開かれた。まだ幼気な皆と呑んで話すという望外の機会を楽しんでいたローレンツとクロードだが、後ろのテーブルでジェラルドの不在を嘆くレオニーの言葉を聞いた途端に酔いが覚めていくのを自覚した。おそらくルミール村で調査をしている。ローレンツはフェルディナントとクロードはペトラと並んで向かい合うような席順で呑んでいたのだが、いつぞやの仕返しなのかクロードがテーブルの下でローレンツの脛を軽く蹴った。畳む
「説明できない」10.回雪
#説明できない #クロロレ #完売本

 フォドラの人々にとって舞踊は人との繋がりを示すものだが、パルミラ人にとっては基本、舞踊は神や先祖や精霊に捧げるものだ。誰かに見てもらう為に踊るので動きが観客から分かりやすいように袖や裾が大きな衣装を着用することが多い。裾の長い鮮やかな色合いの衣装を身につけた僧侶たちが数百人集まって踊りを捧げる儀式もある。太鼓に合わせて次々と裾を翻していく光景は見事としか言いようがない。
 クロードはリーガン家に入った際にリーガン家の嫡子が舞踏会で恥をかいてはならぬ、という理由で一応、宮廷式の舞踊を習ってはいる。習ってはいるが苦手だ。身体は密着させるが腰は揺らしてはならない等細かな決まりに対応するのがとにかく難しい。白鷺杯に舞踏会、と今節は連続してクロードの苦手とする分野で士官学校の学生たちが盛り上がっている。
 マリアンヌがベレトにより白鷺杯の代表として選出され彼女は当初、強い戸惑いを見せていた。しかしベレトの説得や実際に指導にあたったローレンツの熱心さに影響されて自ら努力の成果を披露したい、と意見を変えた。そんな訳で金鹿の学級の皆でマリアンヌの応援に来ている。ヒルダがどこからか捨てるはずの敷布を手に入れ、そこにイグナーツが絵の具でマリアンヌの名前を大きく書いた。白鷺杯で踊るマリアンヌの目に留まるように長身なラファエルが高々と掲げている。同じ姿勢を取るのも筋肉いじめの一環になるらしく喜んでラファエルが引き受けてくれた。周りでフレンがはしゃいでいる。
「マリアンヌさんなら出来ますわ!」
「それ良いですね、書き足しましょう!」
 イグナーツは手持ちの木炭でラファエルから受け取った敷布にさらさらと飾り文字で文章を書いていく。長生きすれば名画を何枚も何枚も描き上げた筈の彼もクロードが情勢を見誤ったせいで戦死してしまった。クロードは生き生きとしているイグナーツを見ると彼に時間を返してやりたいと思う。
 あんな風に横断幕のそばで無邪気にはしゃいでいるがフレンには、ソロンが狙っていたという血の件についてしらを切り通すような強かな面もある。大騒ぎしながら代表であるマリアンヌを応援する金鹿の学級の面々を見て、真面目な学生たちは戸惑っていたが審査員のアロイスやマヌエラは気に入ったようだった。
「これとっても楽しいわね、あたくし次の学年の子たちにも作るように勧めてみようかしら」
「それは良い考えですなマヌエラ殿!」
 この場にいるクロードとローレンツ、それにエーデルガルトとヒューベルトの四人だけが来年は白鷺杯が開催されないと知っている。皆、顔色ひとつ変えずに審査員たちの言葉をやり過ごした。

 前節の嫌な光景を忘れる為かベレトに依頼されたローレンツは熱心にマリアンヌを指導していた。今のところ起きてほしくなかった事件は全て記憶通りに発生している。士官学校の外へ出ればクロードもローレンツもそれなりの権限を持っているのだが、ガルグ=マクの敷地にいる限りは全ては無効だ。士官学校は基本、学生を平等に扱う。二人ともそれぞれ旧礼拝堂の辺りをふらついたりはしてみたが空振りに終わり結局、何も出来ないまま時は過ぎクロードたちは舞踏会の前夜祭を迎えた。
 白鷺杯の後もローレンツは忙しかった。今度はレオニーの練習に秘密で付き合っていたからだ。彼女は宮廷式に踊るのは苦手だ、と公言していたがそれでもやはり将来、子供や孫に若い頃本物の王子様と踊った、と自慢する為にディミトリを誘いたいのだという。それを何故クロードが知っているか、というと人気のない所へ行きたがる二人を見て何かあるのではないかと勘ぐったからだ。
 レオニーはクロードが采配を失敗したせいで独身のまま五年後、戦死してしまう。皆を生き残らせるにはどうしたら良いのだろうか、と考えに考えたクロードは前夜祭の時に五年後、修道院に再び集まろうと提案してみた。卒業さえしてしまえば権限はクロードの手に戻る。自分一人で考えて失敗したのだから今度は皆と集まり、対帝国の戦略を練り直したい。そんな思惑が絡んだ提案だった。それなのに皆、同窓会だと言って大はしゃぎしている。
 べレスが見つかる前に皆でガルグ=マクではなくデアドラで集まっていたらどんな展開になっていたのだろう。ローレンツは父であるグロスタール伯に逆らってデアドラに来てくれたかもしれないし、皆きちんと降伏してくれたかもしれない。二度目の機会を与えられたクロードは取りこぼしたものの輝きや美しさを痛感している。あの時の自分は何故、知ったつもりになっていたのだろうか。

 舞踏会当日、レオニーの努力は実った。ディミトリと見事な踊りを見せたレオニーは会場を沸かせ、その光景を見たローレンツは嬉しそうに微笑んでいる。
「よう、ローレンツ先生」
「君に指導した覚えはないぞ」
 ローレンツはクロードが持ってきた杯を傾け一気に空けた。
「ああ、良い夜だ。この先に艱難辛苦が待ち受けているのは承知だがそれは今晩には関係ない」
 本当に良い夜だった。畳む
「説明できない」11.永訣
#説明できない #クロロレ #完売本

 ベレトが青獅子の学級からイングリットを連れてきた。金鹿の学級にはまだ飛行職がいないので課題に協力してもらうためだ。
「イングリットには上空から、調査依頼をされた区域を見てもらおうと思う」
 地形の把握に拘る彼らしい選択だった。クロードが学級を代表してイングリットに礼を言おうとしたが、皆口々に彼女に話しかけて礼を言っている。皆自分がしっかりしなければ学級がまとまらないと思いこんでいるのだ。しかしそのせいでいつも賑やか、というか五月蝿いしまとまりを欠く。
「こら、全員に返事させるのも手間だろ。金鹿の学級に協力してくれて感謝する」
 クロードが大袈裟な身振りで差し出した手を、槍の鍛錬で肉刺や胼胝だらけなイングリットの白い手が握った。
 白鷺杯も舞踏会も終わり、そろそろ時間がないのだがモニカは常にエーデルガルトかヒューベルトの傍にいて一人きりになることがない。ジェラルドを助けるためにもモニカをエーデルガルトから引き剥がさねばならないのだが、あの状態は一体どちらの意志なのだろうか。ローレンツは心苦しく思いながらも黒鷲の学級での彼女の様子を知るためフェルディナントを茶会に誘った。
「お招きありがとうローレンツ」
 修道院の中庭で白磁の器に琥珀色の液体を注いでいると数日後、この修道院に魔獣が多数出没することがとても信じられない。だがローレンツの記憶の中でもクロードの記憶の中でもその事件は起きたのだ。ローレンツもクロードもジェラルドを救いたいと考えている。そのためにはモニカを行動不能にせねばならない。
「君の学級もなかなか落ち着かないからな。こういった時間が必要だと思ったのだ」
 ローレンツの言葉を聞いてフェルディナントは長いオレンジ色の睫毛を伏せた。モニカに対してかなり思うところがあるらしい。親友に対して本当に申し訳ない、と思いつつローレンツは話を振った。
「モニカの立ち振る舞いを見ているとこちらの肝が冷える」
「貴族らしからぬ言動が目立つのかい?」
「辺境の貴族が皇女の傍に、という望外の幸運に恵まれて浮き足立っているのかもしれないが……」
「ヒューベルトくんは許容しているのかね?」
 そこが最も不可解な点だ、とフェルディナントは言う。モニカはエーデルガルトの監視役なのではないだろうか。エーデルガルトにはヒューベルト以外味方がいないのではないだろうか。口には出さず、ローレンツはそう考えた。

 数日後、やはり修道院内に額に結晶を付けた魔獣が多数、出現した。
「確かに魔獣どもがいやがる……。出どころは礼拝堂と見て間違いねえだろう。俺は礼拝堂に向かう! お前らは、逃げ遅れた生徒たちを保護してやれ!」
 逃げ遅れた、というが老朽化に伴い立ち入りが禁止されていた旧礼拝堂に何故これほど沢山の学生がいるのだろうか。ジェラルドの指示通りローレンツたちはベレトと共に逃げ遅れた学生を救って回り、ついでに話を聞いていった。だが皆、何故自分がここにいるのか分からないという。
 礼拝堂から湧き出て救助活動を邪魔しようとする魔獣たちを引きつけたジェラルドと教団兵が次々と魔獣を撃破していく。
「やっぱり、魔獣の正体は生徒だったか。しかし、何だってこんなことが……?」
 ジェラルドはセイロス騎士団に復帰してからレアに命じられ様々な異変を調査している。コナン塔に関する資料にも目を通している筈だ。だからやっぱり、という表現が使えたのだろう。
 自陣の後ろには救助した学生を保護しておく天幕が張ってある。ジェラルドたちが撃破した魔獣の中から現れた学生をその天幕に運ぶため、ローレンツはリシテアに転移魔法をかけてもらった。気を失った学生を抱きかかえそのまま一目散に天幕へ向かっていく。自陣に戻るだけならば大した手間でもない。天幕の中にはマリアンヌがいた。
「ローレンツさん、お疲れ様です」
「ありがとう、マリアンヌさん」
「少しお時間をいただきますね。皆、中庭で何か光っているものが落ちていることに気づいて拾ったそうです」
 マリアンヌの表情から察するにその後、彼らの記憶は途切れたのだろう。
「地面に落ちたものに触れる時は手巾を使うに限る」
 ローレンツの言葉を聞いたマリアンヌは眉尻を下げて小さく笑った。二人にしか通じない冗談だ。この状況下で、混乱した学生たちから聞き取りができたマリアンヌの冷静さにローレンツは舌を巻いてしまう。これは教会にもクロードにも教えるべき情報だ。
 再び馬首を翻し前線へと戻ったローレンツは日頃大きな声を出さず、表情も殆ど崩さないベレトの絶叫を耳にして深く深くため息をついた。マイクランの時と同じく結果が変わってくれない。ベレトがジェラルドのすぐ近くにいるならば何とかなるかと思ったがジェラルドは救えなかった。
 一方でイングリットの協力もあり学生たちの救助には成功している。彼女はシルヴァンの幼馴染でマイクランとも当然、面識があった。倒した魔獣の中から現れた学生を見た時、ほんの少しだけ彼女が怯えていたのは人の口に戸は立てられないからだろう。魔獣の中から核となった人間の亡骸が現れる、とシルヴァンか誰かから聞いていたのだ。ローレンツはフェルディナントと共にミルディン大橋に立った。あの時の自分たちはある種の魔獣の素材が生きた人間である、と知らなかった。知っていたらミルディン大橋に立っただろうか。畳む
「説明できない」12.仇討
#説明できない #クロロレ #完売本

 クロードは頼み込んでベレトからジェラルドの日記を貸してもらった。騎士団長を務めていた彼の手記はある時からがらりと趣が変わる。妻であるシトリーの死がきっかけだ。それまでは能天気なものだったが表情が変わらず、泣きもしない赤ん坊相手に違和感を覚えてからの彼の行動は慎重、かつ迅速としか言いようがない。ジェラルドは大司教レアが息子に何かしたと推理していた。
 ジェラルドの日記を借りている、とクロードはまだ他の誰にも話していない。ローレンツにすら秘密にしていた。読み進めていくうちに自分がべレスの何に引っかかっていたのか、クロードは理解し始めていた。物質的には恵まれていたしあんな連中に自分は傷つけられていない、と信じていたが故郷の記憶が未だに自分の心を苛む時がある、とクロードは認めねばならない。
 べレスは権力争いに敗れ心を病んだ妃たちのような身なりをしていたのにエーデルガルトたちから愛されていた。泣くことも笑うこともできなかったのにジェラルドは無条件で我が子を愛していた。クロードの父とは全く違う。そもそもクロードは父方の祖父母から見ても母方の祖父母から見ても生まれるはずがなかった孫だったし、まずは優秀さで父の視線を勝ち取らねばならなかった。祖父のオズワルドにしても嫡子であった叔父のゴドフロア一家が命を落とさなければ、自分を捨てた娘が産んだ孫に会おうとも呼び寄せようとも考えなかっただろう。
 クロードは生まれたその日に母を失った不運なべレスに嫉妬していた。己の理不尽な心の動きに気がついたのならば、ベレトが真面目で誠実で、ついでに言えば不思議な人物であると認めるしかない。とっくの昔にローレンツが辿り着いていた地点にクロードはようやく辿り着けた。試されずに愛されて育った者たちが羨ましいのだ、と認めるしかない。クロードは二本目の蝋燭に火を灯してため息を吐いた。父を失い生まれて初めて涙を流し、顔を歪めて感情を露わにしたベレトのためにクロードが出来ることがある。
 明朝、朝食の時間にクロードは青獅子の学級の学生たちが座る席を訪れた。先日、課題に協力してくれたイングリットに礼を言い、次に級長であるディミトリに話しかける。
「ベレト先生とジェラルドさんのことで協力してほしいことがある」
「何なりと言って欲しい」
「セイロス騎士団にはファーガス出身の騎士が沢山いるだろう?どこに出撃したのか聞いて欲しいんだ。勿論俺たちもレスター出身の騎士たちに出撃先を聞く」
 ディミトリたちはすぐにクロードが何をしたいのか察してくれた。クロードはソロンとクロニエの目撃情報を地図で可視化して次の出現場所を特定したい。
「同郷の誼で教えてくれる者は多いと思う。ジェラルド殿はファーガス出身の騎士たちから好かれていた」
 そう語るディミトリは無意識に手に持っているフォークを、まるで草の茎のように二つに折り曲げていた。彼は触れたものを傷つけないように籠手を身につけて生活しているのだが、ブレーダッドの紋章由来の怪力は凄まじい。
「先生方には言わないで欲しい。レアさんはベレト先生本人の出撃に反対だからな」
 ディミトリは基本、不機嫌な表情を浮かべることがない。立場の弱い者が自分の表情や機嫌で振り回されると知っているのだ。だがほんの一瞬だけ彼は黒い、としか表現しようのない顔をした。五年前の自分の目は節穴だったのだろう。自分の醜さにも気付かず、周囲の人々が抱える闇を把握出来ていると思い込んでいた。
 クロードと同じものを見逃さなかったフェリクスがまたか、という顔をしてディミトリが折り曲げたフォークをそっと手に取りドゥドゥに渡した。ドゥドゥはもう慣れているのか反対方向に曲げてフォークを元の形に戻そうとしている。
「おい、猪。お前は何本フォークを駄目にするつもりだ。それとクロード、そう言うことであれば俺も自領出身の騎士たちに聞いてみよう。フラルダリウス出身者は多いからな」
 フェリクスの指摘を受けドゥドゥにいつもすまない、と礼を言った時にはもういつものディミトリに戻っていた。
「すまない、一応確認しておきたいのだが黒鷲の者たちには?」
 クロードはディミトリの推測した通り首を横に振った。モニカの件があったので黒鷲の学級への監視が厳しくなっている。ではロナート卿の叛乱後、青獅子の学級はどうなったかと言うとこれが実は逆だ。元より教会への不満を口にしていた彼が、教会への叛意がないことの表れとして正式に養子としたアッシュを入学させている。実際には蜂起の準備を気取られないための方便だったがその結果アッシュだけは助かった。
 五年前、エーデルガルトがモニカたちを発見し復讐せよとべレスをけしかけた時、クロードはどうやってエーデルガルトが彼らを発見したのか見当が付かなかった。修道院なので修道士や騎士がいて当たり前なのだが黒鷲の学級に対する監視はかなり厳しいものになっていた、と記憶している。身も蓋もない事実を言えばエーデルガルトはモニカたちの作戦を知っていた。
 知っていたのに賭けに出て彼女は聖墓で勝ったのだ。畳む