2025クロロレウェブオンリー匿名小説企画(匿名でお題にあった小説を書いて提出し、誰がどれを書いたのか予想する遊び)参加作品「月」
#クロロレ
夢の中で久しぶりに■■■■に会った。
「■■■■!そんなところにいたのか!」
「よう、ローレンツ」
「久しぶりだな。皆、君に会いたがっているぞ」
「そうか、すまんなあ……」
これが現実なら、申し訳なさそうな顔をするくらいなら連絡をよこせ、と怒っていただろう。だがこれは夢だ。
「無事でいてくれるならなんだっていいさ」
僕がそういうと■■■■は安堵のため息をついて手を差し出した。
「良かったら少し一緒に歩かないか?」
特に断る理由もないので僕は■■■■の手を取った。夢の中は何もかもが支離滅裂なので彼の案内なしに歩けない。行き先の分からない階段は上っていたはずなのにいつの間にか下りになっていた。扉を開けると部屋の様子を描いた絵があるだけで中には入れない部屋もどきがそこらじゅうにある。右側の窓から手を出すと雨粒で手のひらや袖が濡れるのに左側の窓から手を出すとなにもない部屋もあった。食堂に生けられた花は木彫りで皿の上の果物は布製だったので食べ物もない。夢の中では飲食できないという話は本当らしい。
「どうして地下の酒蔵に硝子で出来た窓があるのだ?土しか見えないではないか」
「まあこんな感じでことごとく奇妙なわけだ」
そういって■■■■は踊り場の扉を開けた。その先には渡り廊下とその先に煉瓦造りの塔が見える。星空に照らされた渡り廊下は途中から完全に闇に沈んでいるのにかなり大きな塔だけは松明で明るく照らされていた。
「夢の中とはいってもめちゃくちゃだ。一体どうなっているのだ、ここは」
「まあまあ、そんなに気にしないでくれよ。気を取り直してあの塔に行ってみようぜ」
「だがこの渡り廊下があの塔に繋がっているとは限らないだろう」
暗闇の中に足を浸した■■■■が手を叩くと三日月がまるで懐いた飛竜のように目の前に着地した。
「だからこれに乗っていくんだよ。詰めれば多分二人くらい乗れる」
落ちないように背中から抱きしめられながら、三日月に跨ったので僕は生まれて初めて馬に乗った時のことを思い出した。乗り心地は飛竜とほぼ変わらず、三日月はどんどん高度を上げていく。空の色は青、橙、紺、と目まぐるしく変わっていった。全てが歪んでいるが美しい。
「すごい景色だな!」
「そうだろ?だから退屈はしないんだ」
今は見事な星空なのにあの渡り廊下だけは途中から完全に闇に沈んでいて、それがやけに不自然だった。空の途中に窓があるような夢の中でそんな風に感じるのは無意味かもしれないが。
塔の周りをぐるぐる飛んでから僕たちはバルコニーへ降りることにした。だがバルコニーから中に入る扉が存在しない。
「この塔の中には何があるのだろう。大きさから言って、階段だけということはありえない」
「この塔は危険なもの、物騒なものを封じ込めてあるのさ」
「どうやって中を確かめたのだ?」
「塔の外に出てこられたのはこいつだけでね。まあ何処にいてもこいつが俺にまとわりつくから俺はここに囚われているのかもしれないな……」
■■■■は聞き捨てならない愚痴をこぼしたが、それでも僕たちを乗せてくれた三日月をそっと愛おしげに撫でた。夢の中には月がふたつある。僕たちを乗せてくれた、■■■■に懐いている月と空に浮かぶ月だ。
「この、君によく懐いている三日月が危険……?」
「世間ではそういうことになってるんだよ。残念ながら、な……」
二つの月に照らされた■■■■は何故か泣きそうな顔をしている。
「……どういうことだ?説明したまえ!クロード!!」
「ローレンツ、お前夢の中でも俺と一緒だったのか?」
瞼が上がって真っ先に目に飛び込んできたのは腰に布を一枚巻いたきりのクロードだった。
「え、あ?夢……?」
「どんな夢だったんだ?俺は何をした?」
「支離滅裂で言葉にしにくいな……それに今、君と話したせいか殆ど忘れてしまった」
ローレンツは基本的に寝つきが良く、夢も見ないほど深く眠ってしまう。
「やっぱり現実の俺が良いだろ?」
だからクロード、いや、カリード王はやたら機嫌がいい。苦労して連れてきた王配が文字通り自分に夢中だったからだ。
「そうだな、君と共にいられるだけで安心する。もう勝手に消え失せてくれるなよ」
そういうとローレンツはクロードの頬を撫でた。畳む
#クロロレ
夢の中で久しぶりに■■■■に会った。
「■■■■!そんなところにいたのか!」
「よう、ローレンツ」
「久しぶりだな。皆、君に会いたがっているぞ」
「そうか、すまんなあ……」
これが現実なら、申し訳なさそうな顔をするくらいなら連絡をよこせ、と怒っていただろう。だがこれは夢だ。
「無事でいてくれるならなんだっていいさ」
僕がそういうと■■■■は安堵のため息をついて手を差し出した。
「良かったら少し一緒に歩かないか?」
特に断る理由もないので僕は■■■■の手を取った。夢の中は何もかもが支離滅裂なので彼の案内なしに歩けない。行き先の分からない階段は上っていたはずなのにいつの間にか下りになっていた。扉を開けると部屋の様子を描いた絵があるだけで中には入れない部屋もどきがそこらじゅうにある。右側の窓から手を出すと雨粒で手のひらや袖が濡れるのに左側の窓から手を出すとなにもない部屋もあった。食堂に生けられた花は木彫りで皿の上の果物は布製だったので食べ物もない。夢の中では飲食できないという話は本当らしい。
「どうして地下の酒蔵に硝子で出来た窓があるのだ?土しか見えないではないか」
「まあこんな感じでことごとく奇妙なわけだ」
そういって■■■■は踊り場の扉を開けた。その先には渡り廊下とその先に煉瓦造りの塔が見える。星空に照らされた渡り廊下は途中から完全に闇に沈んでいるのにかなり大きな塔だけは松明で明るく照らされていた。
「夢の中とはいってもめちゃくちゃだ。一体どうなっているのだ、ここは」
「まあまあ、そんなに気にしないでくれよ。気を取り直してあの塔に行ってみようぜ」
「だがこの渡り廊下があの塔に繋がっているとは限らないだろう」
暗闇の中に足を浸した■■■■が手を叩くと三日月がまるで懐いた飛竜のように目の前に着地した。
「だからこれに乗っていくんだよ。詰めれば多分二人くらい乗れる」
落ちないように背中から抱きしめられながら、三日月に跨ったので僕は生まれて初めて馬に乗った時のことを思い出した。乗り心地は飛竜とほぼ変わらず、三日月はどんどん高度を上げていく。空の色は青、橙、紺、と目まぐるしく変わっていった。全てが歪んでいるが美しい。
「すごい景色だな!」
「そうだろ?だから退屈はしないんだ」
今は見事な星空なのにあの渡り廊下だけは途中から完全に闇に沈んでいて、それがやけに不自然だった。空の途中に窓があるような夢の中でそんな風に感じるのは無意味かもしれないが。
塔の周りをぐるぐる飛んでから僕たちはバルコニーへ降りることにした。だがバルコニーから中に入る扉が存在しない。
「この塔の中には何があるのだろう。大きさから言って、階段だけということはありえない」
「この塔は危険なもの、物騒なものを封じ込めてあるのさ」
「どうやって中を確かめたのだ?」
「塔の外に出てこられたのはこいつだけでね。まあ何処にいてもこいつが俺にまとわりつくから俺はここに囚われているのかもしれないな……」
■■■■は聞き捨てならない愚痴をこぼしたが、それでも僕たちを乗せてくれた三日月をそっと愛おしげに撫でた。夢の中には月がふたつある。僕たちを乗せてくれた、■■■■に懐いている月と空に浮かぶ月だ。
「この、君によく懐いている三日月が危険……?」
「世間ではそういうことになってるんだよ。残念ながら、な……」
二つの月に照らされた■■■■は何故か泣きそうな顔をしている。
「……どういうことだ?説明したまえ!クロード!!」
「ローレンツ、お前夢の中でも俺と一緒だったのか?」
瞼が上がって真っ先に目に飛び込んできたのは腰に布を一枚巻いたきりのクロードだった。
「え、あ?夢……?」
「どんな夢だったんだ?俺は何をした?」
「支離滅裂で言葉にしにくいな……それに今、君と話したせいか殆ど忘れてしまった」
ローレンツは基本的に寝つきが良く、夢も見ないほど深く眠ってしまう。
「やっぱり現実の俺が良いだろ?」
だからクロード、いや、カリード王はやたら機嫌がいい。苦労して連れてきた王配が文字通り自分に夢中だったからだ。
「そうだな、君と共にいられるだけで安心する。もう勝手に消え失せてくれるなよ」
そういうとローレンツはクロードの頬を撫でた。畳む
クロロレワンドロワンライ第121回:赤面・紫陽花
紫陽花は土の質によって色が変わる。もしクロードがローレンツと同じく首飾りの西側で生まれ育っていたら、彼の恐怖や憤り、それにもしかしたら悲しさを真に理解することができたのだろうか。勿論クロードも破裂の槍に関する教会の沙汰には苛立ちを感じた。だがクロードはそもそも教会を信頼したことがない。だから教会は不誠実だ、と断言できてしまった。
もしローレンツがクロードと同じく首飾りの東側で生まれていたら教会の沙汰には苛立ちしか感じなかっただろう。そこには千年近い蓄積が一切ない。
コナン塔でおぞましい物を目撃したローレンツはひどく感情的になっていて───多少飲んだとは言え顔は真っ赤だし目の縁には涙が滲んでいる。安堵のせいなのか後悔のせいなのか、は本人にも分からないだろう。
「知ってるか?理由によって涙は味が変わるらしい」
クロードは白い頬を伝っていく涙をそっと拭ってから指を口元に運んだ。甘いような、気がする。だがこれは観察者の主観に過ぎない。
「これだけだと何とも言えないな」
「それは……そうだろう……比較する対象がなければ……」
生来の気の強さがそうさせるのか、混ぜ返してくるが、まだ頬は赤く伏し目がちになっている。先ほどとは違う理由で頬を染めて欲しい。
「比較させてくれるのか?」
「嫌だ、僕はもう二度と君の前で泣かない」
「何でだよ、慰めてやるよ!」
ふざけて肩を組もうとした時に姿勢が崩れたのはどちらの意志だったのか、追求するのは野暮というものだろう。クロードの寝台に倒れ込んだ彼はどこもかしこも良い匂いがして滑らかで温かかった。畳む
紫陽花は土の質によって色が変わる。もしクロードがローレンツと同じく首飾りの西側で生まれ育っていたら、彼の恐怖や憤り、それにもしかしたら悲しさを真に理解することができたのだろうか。勿論クロードも破裂の槍に関する教会の沙汰には苛立ちを感じた。だがクロードはそもそも教会を信頼したことがない。だから教会は不誠実だ、と断言できてしまった。
もしローレンツがクロードと同じく首飾りの東側で生まれていたら教会の沙汰には苛立ちしか感じなかっただろう。そこには千年近い蓄積が一切ない。
コナン塔でおぞましい物を目撃したローレンツはひどく感情的になっていて───多少飲んだとは言え顔は真っ赤だし目の縁には涙が滲んでいる。安堵のせいなのか後悔のせいなのか、は本人にも分からないだろう。
「知ってるか?理由によって涙は味が変わるらしい」
クロードは白い頬を伝っていく涙をそっと拭ってから指を口元に運んだ。甘いような、気がする。だがこれは観察者の主観に過ぎない。
「これだけだと何とも言えないな」
「それは……そうだろう……比較する対象がなければ……」
生来の気の強さがそうさせるのか、混ぜ返してくるが、まだ頬は赤く伏し目がちになっている。先ほどとは違う理由で頬を染めて欲しい。
「比較させてくれるのか?」
「嫌だ、僕はもう二度と君の前で泣かない」
「何でだよ、慰めてやるよ!」
ふざけて肩を組もうとした時に姿勢が崩れたのはどちらの意志だったのか、追求するのは野暮というものだろう。クロードの寝台に倒れ込んだ彼はどこもかしこも良い匂いがして滑らかで温かかった。畳む
2025ローレンツ誕生日
物資不足は解消されつつあるがそれでも新生軍を率いる軍師として、ベレトは無駄遣いをする訳にはいかない。倹約家のレオニーが蜂の巣を見つけてくれたおかげで蜂蜜が取れるようになった。リシテアの指導で焼いた菓子には砕いた木の実がいれてある。改良を重ね、なかなか良い味になった。
「お招きありがとう、先生」
育ちの良いローレンツは優雅に微笑みかけてくれた。学生時代の茶会で彼はこれまでの誕生日の思い出について語ってくれたことがある。五歳の時に貰った馬のこと、十二歳になった時はテュルソスの杖に触ることを許されたという。そんな彼の背後では兵たちが瓦礫を片づけている。
ここは中庭だ。ローレンツの背後では兵たちが大きな瓦礫に綱をかけ、どこかに運び出そうとしている。あれはおそらく吹き飛んだ屋根の一部だ。セイロス騎士団はいつか来るであろう、レアを迎え入れる日のために修道院全体の修復を開始している。
「誕生日おめでとう、ローレンツ」
「忙しいのに時間を作ってくれたことに感謝するよ」
そう言いながら彼は真っ白な手巾を広げ、ベレトの作った焼き菓子の上にかぶせた。飛んできた埃や砂が掛からないように、というさり気ない心遣いが心に沁みる。
「ローレンツとゆっくり話をしたくて」
ベレトの本心だ。本心ではあるのだが───今頃、ローレンツの部屋はヒルダたちの手で勝手に飾り立てられているし、食堂ではクロードたちが彼には秘密で宴の支度をしている。ベレトはローレンツの目を食堂と自室から逸らしてくれ、とクロードたちから頼まれたのだ。
「そうか。だが……何故、屋外なのだろうか?」
確かにいつもは静かな中庭が今日に限って掛け声がうるさいし埃も出る。
「天気がいいから」
無理やり捻り出した理由だ、と悟られないよう食い気味にベレトは返答した。そう言えばあとどのくらいローレンツを足止めしておけばいいのか、ベレトは知らない。
悪いことは重なるもので遠くから雷鳴の音が耳に届いていた。畳む
物資不足は解消されつつあるがそれでも新生軍を率いる軍師として、ベレトは無駄遣いをする訳にはいかない。倹約家のレオニーが蜂の巣を見つけてくれたおかげで蜂蜜が取れるようになった。リシテアの指導で焼いた菓子には砕いた木の実がいれてある。改良を重ね、なかなか良い味になった。
「お招きありがとう、先生」
育ちの良いローレンツは優雅に微笑みかけてくれた。学生時代の茶会で彼はこれまでの誕生日の思い出について語ってくれたことがある。五歳の時に貰った馬のこと、十二歳になった時はテュルソスの杖に触ることを許されたという。そんな彼の背後では兵たちが瓦礫を片づけている。
ここは中庭だ。ローレンツの背後では兵たちが大きな瓦礫に綱をかけ、どこかに運び出そうとしている。あれはおそらく吹き飛んだ屋根の一部だ。セイロス騎士団はいつか来るであろう、レアを迎え入れる日のために修道院全体の修復を開始している。
「誕生日おめでとう、ローレンツ」
「忙しいのに時間を作ってくれたことに感謝するよ」
そう言いながら彼は真っ白な手巾を広げ、ベレトの作った焼き菓子の上にかぶせた。飛んできた埃や砂が掛からないように、というさり気ない心遣いが心に沁みる。
「ローレンツとゆっくり話をしたくて」
ベレトの本心だ。本心ではあるのだが───今頃、ローレンツの部屋はヒルダたちの手で勝手に飾り立てられているし、食堂ではクロードたちが彼には秘密で宴の支度をしている。ベレトはローレンツの目を食堂と自室から逸らしてくれ、とクロードたちから頼まれたのだ。
「そうか。だが……何故、屋外なのだろうか?」
確かにいつもは静かな中庭が今日に限って掛け声がうるさいし埃も出る。
「天気がいいから」
無理やり捻り出した理由だ、と悟られないよう食い気味にベレトは返答した。そう言えばあとどのくらいローレンツを足止めしておけばいいのか、ベレトは知らない。
悪いことは重なるもので遠くから雷鳴の音が耳に届いていた。畳む
7/4〜5開催クロロレwebオンリー2025参加用ページです。

「家出息子たちの帰還」
蒼月ルートのクロロレR18小説(全30話8万文字)ですがドゥドゥーとディミトリの話でもあります。
11/16こくほこで本にする予定です。
通販(booth)
「数多の叉路」通販(pictspace)
以下の3冊は完売したのでPixiv FactoryにPDFを登録しました。装丁は初版とかなり異なります。

ふたつ、かさねてbooth
「ふたつ、かさねて」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。オメガバースのビッチングネタです。

願い骨booth
「願い骨」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。年齢操作ネタですがR18シーンでは同い年です。

「有情たちの夜」booth
「有情たちの夜」boostお礼の短編以外の本文]
紅花ルート。フェルヒュー前提。ヒューベルトに尋問されるクロードの話です。
#クロロレ

「家出息子たちの帰還」
蒼月ルートのクロロレR18小説(全30話8万文字)ですがドゥドゥーとディミトリの話でもあります。
11/16こくほこで本にする予定です。
通販(booth)
「数多の叉路」通販(pictspace)
以下の3冊は完売したのでPixiv FactoryにPDFを登録しました。装丁は初版とかなり異なります。

ふたつ、かさねてbooth
「ふたつ、かさねて」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。オメガバースのビッチングネタです。

願い骨booth
「願い骨」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。年齢操作ネタですがR18シーンでは同い年です。

「有情たちの夜」booth
「有情たちの夜」boostお礼の短編以外の本文]
紅花ルート。フェルヒュー前提。ヒューベルトに尋問されるクロードの話です。
#クロロレ
6年目のお茶会webアンソロ参加作品「木箱」
#クロヒル #ロレマリ
光の杭によってメリセウス要塞が破壊され、ミルディン大橋まで撤退した日はそれぞれに釈然としない思いを抱えたまま解散することとなった。
すぐに受け入れられるものではない、と頭で分かっていてもローレンツの拒絶にクロードは傷ついただろう。ローレンツもひどく驚いて頑なな態度をとってしまったことを今頃悔いているはずだ。ヒルダもまだ戸惑っている。
だがアンヴァルに向かう前にこの雰囲気はなんとかせねばならない。そんな訳でヒルダはまずローレンツの部屋の扉を叩いた。部屋が片付いていない、という理由で断られたら彼の部屋を使いたい。
「クロードくんと話をしたいから一緒に来て欲しいんだけど」
扉はすぐに開き、ローレンツは廊下へ出てきてくれた。表情から察するにやはりまだクロードに謝罪していない。ヒルダは続けてクロードの部屋の扉を叩いた。
「私たち話があるの」
「どちらの部屋がいい?」
ローレンツは完璧にヒルダの意図を察している。意外だがヒルダたちはクロードの部屋に入ることが出来た。それほど床も汚れていない。クロードは来客用の椅子にヒルダを、文机用の大きな椅子にローレンツを座らせた。彼自身は寝台に座るつもりらしい。
「ローレンツ、お湯沸かしてくれ」
「僕を火種扱いするな」
息を吸うように反発したがローレンツはファイアーの呪文を唱え始めた。卓上でも使えるような小さな焜炉には小さなやかんが載せてある。クロードはお湯をローレンツに任せると棚から箱を取り出した。
「もう隠す必要もないしな」
どうやら故郷の品らしい。箱からは白い包みが現れた。中には焦茶色の塊が入っている。クロードは板のような謎の物体を机の上に置き、背中を揉むかのように両手を押し付けた。
「あれ?割れないな」
クロードが手こずるそれ、は何かの葉を乾燥させて板状に固めたものらしい。
「私、やってみてもいいかな」
ヒルダが力を込めると焦茶の塊はすぐ真っ二つに割れた。
「流石ヒルダだな!」
「そんなに強く押したつもりないんだけどなー」
「ん?これは茶葉なのか?」
辺りに広がる香りにローレンツが反応する。
「長距離輸送に耐えるように固めるんだ。表面には刃が入らないから最初は割るしかなくてなあ」
クロードは小刀で茶葉の塊を削って茶器に入れるとお湯を注いだ。少し蒸らしてからそれぞれの器に注ぐ。薄い橙色の液体からは少し湯気がたっている。
「フォドラの紅茶とは少し味が違うが悪くない」
「ほお……古今東西の紅茶を知るローレンツ先生が言うなら間違いないな」
「クロードくん!そこでそういう揶揄い方しないの!二人とも言わなきゃいけないことあるでしょ?」
ローレンツもクロードが出自を明かせなかった理由は分かっているのだ。だが人間は理屈だけで生きていない。
「クロード、驚いてしまって申し訳なかった」
ローレンツの謝罪を受けたクロードが安堵のため息をついた。ホルストと彼が受け入れたなら他の諸侯たちもきっとクロードを受け入れる。
「俺も驚かせて悪かった」
だがヒルダが話したかったのはそんな分かりきったことではない。
「そうだよ!私だっていきなり義兄弟が増えて、とっても驚いたんだから!ナデルさんってどんな人なの?」
おそらくクロードの心にはファーガスのお家騒動が深く刻まれている。
「確かに血を分けた兄の義兄弟ならその為人が気になって当たり前だな。詳しく話したまえ」
だが円満な家庭も数多く存在するのだ。
「長くなるぞ」
「それなら茶菓子を持ってこよう」
本来の姿を取り戻したローレンツは実に頼もしい。そして気の利く彼は焼き菓子が入った木箱をクロードに渡すと自分の部屋に引っ込んでしまった。どちらに恩を売ったつもりだろうか。
ある朝、身支度を整えたローレンツが扉を開けるとそこには箱が置いてあった。床に置いても平気なようにきちんと布に包まれていて、身に覚えのある大きさをしている。中身を確かめてみるとやはり先日、焼き菓子を渡すのに使った木箱だった。あの時ヒルダが割った茶葉の片割れとクロードからの手紙が入っている。態度のことも茶菓子のこともその他のことも貸し借りなしにしたいらしい。ローレンツは単に引き際を心得ているだけに過ぎないのだが───単純に気分が良くなった。
珍しい品が手に入ったので、というのは定番の誘い文句だ。マリアンヌは何かに怯えながら暮らしているが、幸運なことにローレンツを警戒しない。
良いきっかけを得たローレンツはマリアンヌを自室に招き、そっと彼女の前に茶葉の塊を置いた。いつもと趣向が違うせいかマリアンヌは不思議そうな顔で焦茶色の塊を見ている。
「これはクロードからお裾分けされた茶葉だ。だがクロードはこれを割るのに失敗して、結局ヒルダさんに手伝ってもらっていた」
ローレンツはマリアンヌが持参した焼き菓子に茶葉がかからないようにそっと白い手巾をかぶせ、茶葉の塊に小刀を突き刺した。使う分だけ削り取るべし、茶葉が重なっている向きを見ながら刃を入れないとせっかくの茶葉を切り刻むことになるので気をつけるべし、とクロードの手紙には書いてあった。
「では元は長方形だったのですね。持ち運びに便利そうです」
「産地はクロードの故郷よりかなり東の山奥らしい。きっと道も細いのだろう」
飛竜や天馬は大規模な輸送に向かない。重くて大きい荷物を持たせるとすぐに疲れて速度が下がってしまう。だから茶葉の産地から一番近い市場や港までは陸路で運ぶしかない。
「港までの距離がある土地ではこのような工夫をしているのですね、勉強になりました」
つい最近まで茶葉の旬を気にするものなど殆どいなかったらしい。だがエドマンド家は茶葉が旬のうちにファーガスに届けることでその名を上げた。ローレンツの父エルヴィンはエドマンド辺境伯のそれまで対して注目されていなかったものに付加価値をつける技術を警戒している。
そんなエドマンド家の養女であるマリアンヌの言葉に頷きながらローレンツは茶器に茶葉を入れ、沸かしておいたお湯を注いだ。クロードがどこ出身であろうと彼を見て苛々することに変わりはない。ローレンツはその思いを新たにした。
少し蒸らしてから白磁の器に薄い橙色の液体を注ぐと辺りにふんわりと異国の香りが漂う。マリアンヌも静かに口をつけ味と香りを楽しんでいた。
「その……先日は見苦しい姿を見せてしまって申し訳なかった」
ローレンツには友人が沢山いる。だが国と立場を同じくする友人はクロードしかいない。そう思っていたのに出自について隠されたことが悔しかった。
「仲が……よろしいからこそ、だと思います」
慎重に言葉を選ぶ彼女は本当に美しい。ローレンツはマリアンヌが美の根源であるその身に秘める何か、を穏やかな気持ちで明かしてくれる日をじっと待っている。
「仲が良い、とは……一体、誰と誰の話だろうか?」
「まあ、ローレンツさんったら!」
マリアンヌは口に手を当てて笑っている。誕生日に扇子を贈ったら彼女は使ってくれるだろうか。ローレンツがまともな買い物をするためにもレスター諸侯同盟に有利な形で早く戦争を終わらせねばならない。
「流石にクロードと言えどもこれ以上の騒ぎは起こせないだろう。いや、起こさないように監視せねば……」
「きっとヒルダさんからも感謝されますね」
だがクロードはフォドラにいる間中ずっと騒ぎを起こし続け───去った際も蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。そんな未来が来ることをローレンツたちはまだ知らない。畳む
#クロヒル #ロレマリ
光の杭によってメリセウス要塞が破壊され、ミルディン大橋まで撤退した日はそれぞれに釈然としない思いを抱えたまま解散することとなった。
すぐに受け入れられるものではない、と頭で分かっていてもローレンツの拒絶にクロードは傷ついただろう。ローレンツもひどく驚いて頑なな態度をとってしまったことを今頃悔いているはずだ。ヒルダもまだ戸惑っている。
だがアンヴァルに向かう前にこの雰囲気はなんとかせねばならない。そんな訳でヒルダはまずローレンツの部屋の扉を叩いた。部屋が片付いていない、という理由で断られたら彼の部屋を使いたい。
「クロードくんと話をしたいから一緒に来て欲しいんだけど」
扉はすぐに開き、ローレンツは廊下へ出てきてくれた。表情から察するにやはりまだクロードに謝罪していない。ヒルダは続けてクロードの部屋の扉を叩いた。
「私たち話があるの」
「どちらの部屋がいい?」
ローレンツは完璧にヒルダの意図を察している。意外だがヒルダたちはクロードの部屋に入ることが出来た。それほど床も汚れていない。クロードは来客用の椅子にヒルダを、文机用の大きな椅子にローレンツを座らせた。彼自身は寝台に座るつもりらしい。
「ローレンツ、お湯沸かしてくれ」
「僕を火種扱いするな」
息を吸うように反発したがローレンツはファイアーの呪文を唱え始めた。卓上でも使えるような小さな焜炉には小さなやかんが載せてある。クロードはお湯をローレンツに任せると棚から箱を取り出した。
「もう隠す必要もないしな」
どうやら故郷の品らしい。箱からは白い包みが現れた。中には焦茶色の塊が入っている。クロードは板のような謎の物体を机の上に置き、背中を揉むかのように両手を押し付けた。
「あれ?割れないな」
クロードが手こずるそれ、は何かの葉を乾燥させて板状に固めたものらしい。
「私、やってみてもいいかな」
ヒルダが力を込めると焦茶の塊はすぐ真っ二つに割れた。
「流石ヒルダだな!」
「そんなに強く押したつもりないんだけどなー」
「ん?これは茶葉なのか?」
辺りに広がる香りにローレンツが反応する。
「長距離輸送に耐えるように固めるんだ。表面には刃が入らないから最初は割るしかなくてなあ」
クロードは小刀で茶葉の塊を削って茶器に入れるとお湯を注いだ。少し蒸らしてからそれぞれの器に注ぐ。薄い橙色の液体からは少し湯気がたっている。
「フォドラの紅茶とは少し味が違うが悪くない」
「ほお……古今東西の紅茶を知るローレンツ先生が言うなら間違いないな」
「クロードくん!そこでそういう揶揄い方しないの!二人とも言わなきゃいけないことあるでしょ?」
ローレンツもクロードが出自を明かせなかった理由は分かっているのだ。だが人間は理屈だけで生きていない。
「クロード、驚いてしまって申し訳なかった」
ローレンツの謝罪を受けたクロードが安堵のため息をついた。ホルストと彼が受け入れたなら他の諸侯たちもきっとクロードを受け入れる。
「俺も驚かせて悪かった」
だがヒルダが話したかったのはそんな分かりきったことではない。
「そうだよ!私だっていきなり義兄弟が増えて、とっても驚いたんだから!ナデルさんってどんな人なの?」
おそらくクロードの心にはファーガスのお家騒動が深く刻まれている。
「確かに血を分けた兄の義兄弟ならその為人が気になって当たり前だな。詳しく話したまえ」
だが円満な家庭も数多く存在するのだ。
「長くなるぞ」
「それなら茶菓子を持ってこよう」
本来の姿を取り戻したローレンツは実に頼もしい。そして気の利く彼は焼き菓子が入った木箱をクロードに渡すと自分の部屋に引っ込んでしまった。どちらに恩を売ったつもりだろうか。
ある朝、身支度を整えたローレンツが扉を開けるとそこには箱が置いてあった。床に置いても平気なようにきちんと布に包まれていて、身に覚えのある大きさをしている。中身を確かめてみるとやはり先日、焼き菓子を渡すのに使った木箱だった。あの時ヒルダが割った茶葉の片割れとクロードからの手紙が入っている。態度のことも茶菓子のこともその他のことも貸し借りなしにしたいらしい。ローレンツは単に引き際を心得ているだけに過ぎないのだが───単純に気分が良くなった。
珍しい品が手に入ったので、というのは定番の誘い文句だ。マリアンヌは何かに怯えながら暮らしているが、幸運なことにローレンツを警戒しない。
良いきっかけを得たローレンツはマリアンヌを自室に招き、そっと彼女の前に茶葉の塊を置いた。いつもと趣向が違うせいかマリアンヌは不思議そうな顔で焦茶色の塊を見ている。
「これはクロードからお裾分けされた茶葉だ。だがクロードはこれを割るのに失敗して、結局ヒルダさんに手伝ってもらっていた」
ローレンツはマリアンヌが持参した焼き菓子に茶葉がかからないようにそっと白い手巾をかぶせ、茶葉の塊に小刀を突き刺した。使う分だけ削り取るべし、茶葉が重なっている向きを見ながら刃を入れないとせっかくの茶葉を切り刻むことになるので気をつけるべし、とクロードの手紙には書いてあった。
「では元は長方形だったのですね。持ち運びに便利そうです」
「産地はクロードの故郷よりかなり東の山奥らしい。きっと道も細いのだろう」
飛竜や天馬は大規模な輸送に向かない。重くて大きい荷物を持たせるとすぐに疲れて速度が下がってしまう。だから茶葉の産地から一番近い市場や港までは陸路で運ぶしかない。
「港までの距離がある土地ではこのような工夫をしているのですね、勉強になりました」
つい最近まで茶葉の旬を気にするものなど殆どいなかったらしい。だがエドマンド家は茶葉が旬のうちにファーガスに届けることでその名を上げた。ローレンツの父エルヴィンはエドマンド辺境伯のそれまで対して注目されていなかったものに付加価値をつける技術を警戒している。
そんなエドマンド家の養女であるマリアンヌの言葉に頷きながらローレンツは茶器に茶葉を入れ、沸かしておいたお湯を注いだ。クロードがどこ出身であろうと彼を見て苛々することに変わりはない。ローレンツはその思いを新たにした。
少し蒸らしてから白磁の器に薄い橙色の液体を注ぐと辺りにふんわりと異国の香りが漂う。マリアンヌも静かに口をつけ味と香りを楽しんでいた。
「その……先日は見苦しい姿を見せてしまって申し訳なかった」
ローレンツには友人が沢山いる。だが国と立場を同じくする友人はクロードしかいない。そう思っていたのに出自について隠されたことが悔しかった。
「仲が……よろしいからこそ、だと思います」
慎重に言葉を選ぶ彼女は本当に美しい。ローレンツはマリアンヌが美の根源であるその身に秘める何か、を穏やかな気持ちで明かしてくれる日をじっと待っている。
「仲が良い、とは……一体、誰と誰の話だろうか?」
「まあ、ローレンツさんったら!」
マリアンヌは口に手を当てて笑っている。誕生日に扇子を贈ったら彼女は使ってくれるだろうか。ローレンツがまともな買い物をするためにもレスター諸侯同盟に有利な形で早く戦争を終わらせねばならない。
「流石にクロードと言えどもこれ以上の騒ぎは起こせないだろう。いや、起こさないように監視せねば……」
「きっとヒルダさんからも感謝されますね」
だがクロードはフォドラにいる間中ずっと騒ぎを起こし続け───去った際も蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。そんな未来が来ることをローレンツたちはまだ知らない。畳む
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「木箱」

かのひとはうつくしくpixiv factory版-通販A6p.192¥1530+送料
翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説です。支援Cから結婚するまでの長編です。
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#かのひとはうつくしく
※1
完売してしまったので無双で追加された情報も加えて文章を修正したPDFをpixivfactoryに登録しました。注文があるごとに印刷されるオンデマンド方式です。
※2
pixiv factoryはカバーやカラー口絵に対応していないので初版の際にカバー下のイラストやカラー口絵に使用したイラストを表紙に使ってあります。
※3
初版を頒布する際にboostしてくださった方へのお礼につけていた冊子掲載の「雷雨」全年齢版も掲載してあります。

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翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説短編集です。設定は「かのひとはうつくしく」と共通です。
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#かのひとはうつくしく番外編

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#真昼の月と花冠
パルミラから祖父を頼ってデアドラにやってきたクロードはいまだに一人での外出を許可されていない。
「こっちにくればもうちょっと好きにやれると思ったのに」
クロードが頬を膨らませて苦情を言うと母方の祖父であるオズワルドは苦労が刻まれた手を伸ばし、髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でた。幼児のように扱われることで互いに何かを取り戻している。だから祖父と自分は共犯なのだ。
「もう少し上手く振る舞えるようになったら、な」
そう言って笑う祖父の顔が好きなのでクロードは未だにリーガン家の本宅から抜け出したことがない。限られた召使と教師に囲まれて静かに時を待っている。デアドラでは数年ぶりに安心して眠ることができた。安心して食事を摂ることができた。母はなぜここから逃げ出したかったのだろう。今はまだ把握したくない。
数日後、祖父から中庭に呼び出されたクロードは目を見開いて驚いた。目の前には立派な飛竜がいて、すぐに飛び立てるようきちんと装備が整えられている。
「えっ?!なんで?!」
人口が密集しているデアドラの市街地では糞害を出さないため市街地では消火隊と産婆以外は飛行が禁じられている、とクロードは習った。理屈としては完全に正しい。
「来なさい。物事には例外がある、と教えてやろう」
鞍が二人乗り用であることは少し気になったが、クロードは祖父に言われるがまま、飛行用の外套を着て鞍に腰を下ろした。手綱は後ろに座る祖父が握っている。装備にリーガンの紋章をあしらった飛竜は祖父の指示通り上昇しはじめた。波の煌めく青い海には船がたくさん浮かんでいて、煉瓦造りの街は水路と橋で出来た網に捕えられている。
「誕生日おめでとうクロード!これがリーガン家の特権だ!」
パルミラでは同じ月に生まれたものたちをまとめて祝う。そこで不愉快な何度も嫌な思いをさせられた。だがフォドラでは誕生日に対するこだわりが強く、個別に祝う。
「もっと早く教えてくれたらよかったのに!」
「飛べるのは十六才以上のものだけだからな!」
上空なので声を張り上げないと会話が成立しない。クロードを驚かせるため、今日まで皆わざと秘密にしていたのだろう。自力で特権に気が付けなかったのは少し悔しいが───気分は悪くなかった。畳む