「ねむけざまし」
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
2.イグナーツとリシテア
隣に座っているリシテアの頭ががくん、と大きく下がった。その衝撃で目が覚めたのか彼女が急に背筋を伸ばす。それでも瞼がどうしても落ちてきてしまうようだった。昼の模擬戦を思えば無理はない。イグナーツは火のはぜる音を聞きながら、一連の動作をぼんやりと見つめていた。眠気を誤魔化すため、眼鏡を外して目を擦ってみたが瞼の重さは変わってくれない。
級友たちは皆、夢の世界を楽しんでいる。前回の訓練でまさに貧乏籤を引いたラファエルはイグナーツに助言するとすぐに眠ってしまった。三秒もかからなかったのではないだろうか。
「眠そうですね、イグナーツ」
急に声をかけられ、狼狽したイグナーツは眼鏡を取り落としてしまった。迂闊に動いたら貴重な眼鏡を踏んで壊してしまう。その場にしゃがみ、炎の明かりを頼りに探すしかない。
だが指が土埃まみれになる前にリシテアから眼鏡を差し出された。彼女は読書家だが目は悪くないらしい。
「すみません。ありがとうございます」
「しっかりして下さいよ……これでは私が一人で寝ずの番をしているのと変わらないじゃないですか」
彼女は先ほどのうたた寝に気がついていないのかもしれない。目をつぶって考えごとをしていただけ、と思ってしまうのはよくある話だ。きっかけがなんであれ、お互いに眠気を振り払えたなら良しとしよう。
「気をつけます。ラファエルくんからいい眠気覚ましを教えてもらったんですが、少し使いにくくて」
「えっ、何か持ってるんですか?ずるくないですか?それに二人一組だって先生も言ってましたよね?」
どうやらリシテアは香り袋や甘いものの類だと思っているらしい。
「物じゃあないんですよ。怖い話をその場で作るんです」
「こ、こここ、怖い話??私の前ではやめて下さい。いえ、怖くなんかありませんけどね!苦手なだけです!」
イグナーツはクロードからリシテアは怖がりだから大きめの明るい洋燈を持たせてやってくれ、と助言されている。
「ではどんなものが苦手か教えてくれませんか?避けられるように工夫出来るかもしれません。気を逸らすためにローレンツくんが歌っているところを想像するのはどうですか?」
ローレンツは地声が大きいのに歌は自信がないのか、歌い始めがずれることが多く、よく咳き込んで誤魔化している。聖堂でのそんな姿を思い出したのかリシテアは吹き出してしまった。
───イグナーツって人のことよく見てますよね。でもあんたの描く絵をみれば納得できます。私が苦手なのは分からないこと、です。暗闇の中には何が潜んでいるのか分からない。だから怖……、いいえ、苦手なんだわ。うめき声やうなり声も、それと足音も嫌いです。私に何を伝えたいのか、何をさせたいのか、具体的なことが何も分からないから。
足音といえば……消灯後はすごく響くでしょう?昼間も同じように足音を立ててみんな歩いているはずですが、話し声や他の物音で打ち消されています。
「夜は松明を持ったセイロス騎士団の皆さんがニ、三人で見回りをしてますね」
彼らの足音は別に怖くないんです。たまにアロイスさんの話し声が聞こえることもありますし。あの人、騎士団長のはずなのに何をやってるんでしょうね……他にするべきことがあるはずなのに。とにかく、夕食後に書庫で読書や勉強に集中していると彼らとすれ違うことがあるんです。会釈だけされる時もあれば早く帰るよう促される時もあります。
ただ、たまに足音の数が合っていないような気がするんです。もう角を曲がってしまったからすれ違った彼らが二人なのか三人なのか、わざわざ確認するのも変ですから、引き返して確認したことはありません。こういうのは本当に訳がわからなくて苦手です───
「なるほど……確かに僕もそういうのは苦手です」
風が強く吹いて炎がその身を細くしたのでイグナーツは用意しておいた薪をそっと追加した。リシテアや自分は暗闇を恐れるが獣たちは炎を恐れている。獣たちは暗闇の方が安らぐのだ。
暗闇や物音は分からない、で立ち止まるリシテアは賢い。イグナーツは暗闇の分からなさに耐えかねて脳裏に絵を描いてしまう。
「でしょう?苦手なものについて話すのは私だけですか?イグナーツも話してくださいよ」
苦手、という表現に誤魔化されているが、リシテアの話はイグナーツが聞いても結構怖かった。それと同時に日頃こんな恐怖を感じる彼女を気の毒に思う。リシテアにせがまれるまま、イグナーツは口を開いた。
──考えごとが止まらなくなる時があって、僕はそういう自分が苦手です。こんなことはやめた方がいい、ってあとで反省はできるんですけど、その時は止まらないんです。
さっきリシテアさんは分からないことが苦手だ、と言ってましたよね?僕もそうなんです。ただ、僕は苦手すぎて勝手に考えてしまうんです。暗闇の中に潜んでいるものの正体を良くないものだ、と決めつけてしまう。例えばクロードくんが面倒くさがって畳まずに丸めただけの幌が動いた時に子供の頭くらいの大きさで人間と同じ形の瞳が沢山ある大きな蜘蛛の化け物が隠れている、とかそんな考えがよぎるんです。
「紛れ込んだ野ネズミより先にそっちが出てくるんですか?うーん……。ではイグナーツ、あの木の影に何が潜んでいると思いますか?」
いや、何もいないと思いますし、何かが潜んでいるとしてもきっと普通の盗賊だと思います……。でも分からないものって暗闇だけじゃありませんよね。他人が何を考えているか、も分からないでしょう?特にもう亡くなっていて、答えを聞くことができない人たちの考えは永久に確かめることができません。
だから僕はそういう時に勝手にひどい何か当てはめてしまって……それを止めることができない自分が苦手です───
キルステン家に起きたことを思うとイグナーツは本当に心が痛む。命を落とす瞬間にヴィクター商会を恨んでいても不思議ではない。ラファエル本人はことあるごとにイグナーツたちのせいではない、と慰めてくれるがそんなことを考えてしまう。
「いや、そういう時こそローレンツの歌でしょう?大丈夫ですよ、どうせ平民を良からぬ考えから遠ざけるのも貴族の責務だって言いますから」
いつもの調子を取り戻したリシテアが大人びた口調でそんなことを言ったので、イグナーツは先ほどの彼女と同じく吹き出してしまった。畳む
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
2.イグナーツとリシテア
隣に座っているリシテアの頭ががくん、と大きく下がった。その衝撃で目が覚めたのか彼女が急に背筋を伸ばす。それでも瞼がどうしても落ちてきてしまうようだった。昼の模擬戦を思えば無理はない。イグナーツは火のはぜる音を聞きながら、一連の動作をぼんやりと見つめていた。眠気を誤魔化すため、眼鏡を外して目を擦ってみたが瞼の重さは変わってくれない。
級友たちは皆、夢の世界を楽しんでいる。前回の訓練でまさに貧乏籤を引いたラファエルはイグナーツに助言するとすぐに眠ってしまった。三秒もかからなかったのではないだろうか。
「眠そうですね、イグナーツ」
急に声をかけられ、狼狽したイグナーツは眼鏡を取り落としてしまった。迂闊に動いたら貴重な眼鏡を踏んで壊してしまう。その場にしゃがみ、炎の明かりを頼りに探すしかない。
だが指が土埃まみれになる前にリシテアから眼鏡を差し出された。彼女は読書家だが目は悪くないらしい。
「すみません。ありがとうございます」
「しっかりして下さいよ……これでは私が一人で寝ずの番をしているのと変わらないじゃないですか」
彼女は先ほどのうたた寝に気がついていないのかもしれない。目をつぶって考えごとをしていただけ、と思ってしまうのはよくある話だ。きっかけがなんであれ、お互いに眠気を振り払えたなら良しとしよう。
「気をつけます。ラファエルくんからいい眠気覚ましを教えてもらったんですが、少し使いにくくて」
「えっ、何か持ってるんですか?ずるくないですか?それに二人一組だって先生も言ってましたよね?」
どうやらリシテアは香り袋や甘いものの類だと思っているらしい。
「物じゃあないんですよ。怖い話をその場で作るんです」
「こ、こここ、怖い話??私の前ではやめて下さい。いえ、怖くなんかありませんけどね!苦手なだけです!」
イグナーツはクロードからリシテアは怖がりだから大きめの明るい洋燈を持たせてやってくれ、と助言されている。
「ではどんなものが苦手か教えてくれませんか?避けられるように工夫出来るかもしれません。気を逸らすためにローレンツくんが歌っているところを想像するのはどうですか?」
ローレンツは地声が大きいのに歌は自信がないのか、歌い始めがずれることが多く、よく咳き込んで誤魔化している。聖堂でのそんな姿を思い出したのかリシテアは吹き出してしまった。
───イグナーツって人のことよく見てますよね。でもあんたの描く絵をみれば納得できます。私が苦手なのは分からないこと、です。暗闇の中には何が潜んでいるのか分からない。だから怖……、いいえ、苦手なんだわ。うめき声やうなり声も、それと足音も嫌いです。私に何を伝えたいのか、何をさせたいのか、具体的なことが何も分からないから。
足音といえば……消灯後はすごく響くでしょう?昼間も同じように足音を立ててみんな歩いているはずですが、話し声や他の物音で打ち消されています。
「夜は松明を持ったセイロス騎士団の皆さんがニ、三人で見回りをしてますね」
彼らの足音は別に怖くないんです。たまにアロイスさんの話し声が聞こえることもありますし。あの人、騎士団長のはずなのに何をやってるんでしょうね……他にするべきことがあるはずなのに。とにかく、夕食後に書庫で読書や勉強に集中していると彼らとすれ違うことがあるんです。会釈だけされる時もあれば早く帰るよう促される時もあります。
ただ、たまに足音の数が合っていないような気がするんです。もう角を曲がってしまったからすれ違った彼らが二人なのか三人なのか、わざわざ確認するのも変ですから、引き返して確認したことはありません。こういうのは本当に訳がわからなくて苦手です───
「なるほど……確かに僕もそういうのは苦手です」
風が強く吹いて炎がその身を細くしたのでイグナーツは用意しておいた薪をそっと追加した。リシテアや自分は暗闇を恐れるが獣たちは炎を恐れている。獣たちは暗闇の方が安らぐのだ。
暗闇や物音は分からない、で立ち止まるリシテアは賢い。イグナーツは暗闇の分からなさに耐えかねて脳裏に絵を描いてしまう。
「でしょう?苦手なものについて話すのは私だけですか?イグナーツも話してくださいよ」
苦手、という表現に誤魔化されているが、リシテアの話はイグナーツが聞いても結構怖かった。それと同時に日頃こんな恐怖を感じる彼女を気の毒に思う。リシテアにせがまれるまま、イグナーツは口を開いた。
──考えごとが止まらなくなる時があって、僕はそういう自分が苦手です。こんなことはやめた方がいい、ってあとで反省はできるんですけど、その時は止まらないんです。
さっきリシテアさんは分からないことが苦手だ、と言ってましたよね?僕もそうなんです。ただ、僕は苦手すぎて勝手に考えてしまうんです。暗闇の中に潜んでいるものの正体を良くないものだ、と決めつけてしまう。例えばクロードくんが面倒くさがって畳まずに丸めただけの幌が動いた時に子供の頭くらいの大きさで人間と同じ形の瞳が沢山ある大きな蜘蛛の化け物が隠れている、とかそんな考えがよぎるんです。
「紛れ込んだ野ネズミより先にそっちが出てくるんですか?うーん……。ではイグナーツ、あの木の影に何が潜んでいると思いますか?」
いや、何もいないと思いますし、何かが潜んでいるとしてもきっと普通の盗賊だと思います……。でも分からないものって暗闇だけじゃありませんよね。他人が何を考えているか、も分からないでしょう?特にもう亡くなっていて、答えを聞くことができない人たちの考えは永久に確かめることができません。
だから僕はそういう時に勝手にひどい何か当てはめてしまって……それを止めることができない自分が苦手です───
キルステン家に起きたことを思うとイグナーツは本当に心が痛む。命を落とす瞬間にヴィクター商会を恨んでいても不思議ではない。ラファエル本人はことあるごとにイグナーツたちのせいではない、と慰めてくれるがそんなことを考えてしまう。
「いや、そういう時こそローレンツの歌でしょう?大丈夫ですよ、どうせ平民を良からぬ考えから遠ざけるのも貴族の責務だって言いますから」
いつもの調子を取り戻したリシテアが大人びた口調でそんなことを言ったので、イグナーツは先ほどの彼女と同じく吹き出してしまった。畳む
「ねむけざまし」
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
1.ラファエルとマリアンヌ
金鹿の学級は現在、野営の訓練をしている。昼間の行軍と模擬戦で疲れた級友たちは就寝時間になるとすぐに夢の中へ入り込んでしまった。だが全員で眠ってしまうわけにはいかない。くじ引きでマリアンヌとラファエルが寝ずの番をすることになった。
今回は火を焚けるので幸運な方だろう。風の吹き付ける甲板よりはるかに快適だ。焚き火がはぜる音のおかげでマリアンヌは意識を失わずに済む。
「マリアンヌさん、随分と眠そうだなあ……」
自分ではしっかりと意識を保っているつもりだったがラファエルの意見は違うらしい。マリアンヌにそんな指摘をしてきた彼もやはり眠そうだった。
「申し訳ありません、やはり疲れているようです」
「寝てる皆がいないなら大声を出して筋肉をいじめてやればいいんだけどよぉ……」
それが出来ないから話しかけてきたのだろう。
「皆さんを起こしてしまいますものね」
ヒルダや義父であるエドマンド辺境伯ならきっと一晩でも他人と話し続けられる。マリアンヌは思わず大きなため息を吐いた。自分にそんなことは絶対出来ない。口下手がこんな所にも影響を及ぼす。
ぱちん、と少し大きめの音がして視線がそちらに吸い込まれる。飛んだ赤い火の粉はすぐに明るさを失い、目の前から消えてしまった。自分が飲み込んだ言葉の末路もこんな感じなのかもしれない。
「先生とクロードくんは眠気覚ましに怖い話をしたんだと」
鍛錬のことしか考えていないラファエルに怖い話が出来るのだろうか。思わず、目を見開いたマリアンヌの姿を見てラファエルが微笑んでいる。
「やっぱり先生とクロードくんはすごいなあ。眠気、どっかにいっちまったんだろう?まだ話してもいないのに」
「し、失礼しました……。どんな話を聞かせてくださるのでしょうか?」
ラファエルはそこで初めて自分が話し手になることに意識が向いたらしい。大きな手を口に当て、煌々と世界を照らす月に目をやり考え込んでいる。一見、粗野に見えるが彼は思慮深いのだ。
「ちょっと考えたんだけどよぉ……オデ、怖い話は知らないんだよな……だからこの場で作ることにする」
ではマリアンヌも聞いた話ではなく作り話をするべきだろうか。確かにこれは眠気覚ましになる。
───オデはこの通り身体がでかいだろう?筋肉もきちんといじめてるしな。だから村にいた時は力仕事をよく手伝ってたんだ。でも力仕事ってのは楽しいことだけじゃねぇ。
マリアンヌさんは村の葬式って出たことあるか?仲の良い家族や親戚がいっぱいいる年寄りの葬式は親戚の男衆が棺をでっけぇ輿にのせて担ぐんだ。教会で葬式をやって、墓地に運んで埋める。
でもな、そういう縁が薄い死人もいるんだ。オデは村でそういう担ぎ手のいない葬式を手伝ってたんだよ。棺をのせるでっけえ輿は日頃、どこに置いてあると思う?
「教会の物置でしょうか?」
村はずれの小屋にしまってあるんだ。まあ、あんまり目にしたいもんじゃねえよなあ。作ってて気分が良いもんでもないから、しょっちゅう作り直さなくてもいいように輿はすごく頑丈に作ってある。何十年も使うんだ。
そんな代物は重くて、勝手に動くわけがねぇ。でもな、夜にその小屋の近くを通ると、たまに小屋の中でがたがたと重くてでかいものが動いてる音がする時があるんだ。そんな時は必ず十日以内に葬式がある。輿が出番を呼んでるのか、出番が待ち切れないのか、はオデには分からねえ……。なんてったって作り話だからな───
「な、なるほど……」
マリアンヌはきちんと怖かったのだ。縁に恵まれなかった村人の行く末は他人事と思えなかったし、数多くの亡骸を運び続けた輿に染み込んでいるかもしれない何か、は獣の紋章と似た匂いがする。だが最後の一言に全てを持っていかれてしまった。
「オデの話、きちんと怖かったかぁ?」
焚き火に照らされるラファエルはいつものように微笑んでいる。
「はい、きちんと恐ろしかったです……。私も頑張ります」
「まだ夜は長いもんなあ」
ラファエルのように上手に話が作れるかは分からない。だが全力を尽くそう。そう考えたマリアンヌは大きく息を吸った。夜の空気を取り込んでゆっくりと口から吐いていく。それだけで頭の中が整理されていった。
───海沿いに暮らしていると……そうですね、クロードさんなら支離滅裂、の一言で済ませそうな話がよく耳に入ります。ラファエルさんは海を見たことがありますか?浜辺に立ったことは?
浜辺には様々なものが流れつきます。よく見つかるのは貝殻や流木……それに硝子や陶器の欠片でしょうか。波に耐える固さを持っているものですね。
たまに胸を締め付けられるようなものも見つかります。海で命を落とした人の骨です。どこの骨かと言うと……一目で人の骨だ、と分かる部分の骨です。当然波に晒されて傷んでいるので、見ただけでは死因は分かりません。陸から鉛色の海の中を覗けないのと同じです。
「海は青くねえのか?そういう歌もあるだろ?」
北の海は季節によって色が変わります。冬の海は今にも雪や雨が降りそうな曇天と通じている、と義父は話していました。人間は自然に勝てません。それでも時々、諦めの悪い骨があって……冬にそういった骨を手に取ると、一度だけ眼窩の向こうにありえないほど美しい、青い海が見えるのだそうです。
その骨が最後に見た光景なのか、生前に見た最も美しい海の眺めなのか、陸にいる私たちには分かりません。作り話ですから───
「い…、いかがでしたか?」
大して長く話したわけでもないのに喉がひどく渇いている。マリアンヌは水筒を手に取った。昼間にレオニーが見つけてくれた湧き水を汲んだので、中身がまだ半分は残っている。
「きちんと怖かったぞぉ、マリアンヌさん。オデ、今ちっとも眠くねぇ……」
マリアンヌは水を少しずつ飲みながらラファエルの言葉を待った。もしかしたらどこが怖かったのか教えてくれるかもしれない。
「いきなり頭の骨だけ見つかったら訳がわからなくて怖いだろうなぁ……あと終わりの言葉がオデとお揃いで嬉しかった」
そういうとラファエルは新しい薪を数本、火に追加した。あと三回くらい薪を足した頃には明けの明星が輝きだすだろう。その頃には面倒見の良いベレトが目を覚ます筈だ。畳む
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
1.ラファエルとマリアンヌ
金鹿の学級は現在、野営の訓練をしている。昼間の行軍と模擬戦で疲れた級友たちは就寝時間になるとすぐに夢の中へ入り込んでしまった。だが全員で眠ってしまうわけにはいかない。くじ引きでマリアンヌとラファエルが寝ずの番をすることになった。
今回は火を焚けるので幸運な方だろう。風の吹き付ける甲板よりはるかに快適だ。焚き火がはぜる音のおかげでマリアンヌは意識を失わずに済む。
「マリアンヌさん、随分と眠そうだなあ……」
自分ではしっかりと意識を保っているつもりだったがラファエルの意見は違うらしい。マリアンヌにそんな指摘をしてきた彼もやはり眠そうだった。
「申し訳ありません、やはり疲れているようです」
「寝てる皆がいないなら大声を出して筋肉をいじめてやればいいんだけどよぉ……」
それが出来ないから話しかけてきたのだろう。
「皆さんを起こしてしまいますものね」
ヒルダや義父であるエドマンド辺境伯ならきっと一晩でも他人と話し続けられる。マリアンヌは思わず大きなため息を吐いた。自分にそんなことは絶対出来ない。口下手がこんな所にも影響を及ぼす。
ぱちん、と少し大きめの音がして視線がそちらに吸い込まれる。飛んだ赤い火の粉はすぐに明るさを失い、目の前から消えてしまった。自分が飲み込んだ言葉の末路もこんな感じなのかもしれない。
「先生とクロードくんは眠気覚ましに怖い話をしたんだと」
鍛錬のことしか考えていないラファエルに怖い話が出来るのだろうか。思わず、目を見開いたマリアンヌの姿を見てラファエルが微笑んでいる。
「やっぱり先生とクロードくんはすごいなあ。眠気、どっかにいっちまったんだろう?まだ話してもいないのに」
「し、失礼しました……。どんな話を聞かせてくださるのでしょうか?」
ラファエルはそこで初めて自分が話し手になることに意識が向いたらしい。大きな手を口に当て、煌々と世界を照らす月に目をやり考え込んでいる。一見、粗野に見えるが彼は思慮深いのだ。
「ちょっと考えたんだけどよぉ……オデ、怖い話は知らないんだよな……だからこの場で作ることにする」
ではマリアンヌも聞いた話ではなく作り話をするべきだろうか。確かにこれは眠気覚ましになる。
───オデはこの通り身体がでかいだろう?筋肉もきちんといじめてるしな。だから村にいた時は力仕事をよく手伝ってたんだ。でも力仕事ってのは楽しいことだけじゃねぇ。
マリアンヌさんは村の葬式って出たことあるか?仲の良い家族や親戚がいっぱいいる年寄りの葬式は親戚の男衆が棺をでっけぇ輿にのせて担ぐんだ。教会で葬式をやって、墓地に運んで埋める。
でもな、そういう縁が薄い死人もいるんだ。オデは村でそういう担ぎ手のいない葬式を手伝ってたんだよ。棺をのせるでっけえ輿は日頃、どこに置いてあると思う?
「教会の物置でしょうか?」
村はずれの小屋にしまってあるんだ。まあ、あんまり目にしたいもんじゃねえよなあ。作ってて気分が良いもんでもないから、しょっちゅう作り直さなくてもいいように輿はすごく頑丈に作ってある。何十年も使うんだ。
そんな代物は重くて、勝手に動くわけがねぇ。でもな、夜にその小屋の近くを通ると、たまに小屋の中でがたがたと重くてでかいものが動いてる音がする時があるんだ。そんな時は必ず十日以内に葬式がある。輿が出番を呼んでるのか、出番が待ち切れないのか、はオデには分からねえ……。なんてったって作り話だからな───
「な、なるほど……」
マリアンヌはきちんと怖かったのだ。縁に恵まれなかった村人の行く末は他人事と思えなかったし、数多くの亡骸を運び続けた輿に染み込んでいるかもしれない何か、は獣の紋章と似た匂いがする。だが最後の一言に全てを持っていかれてしまった。
「オデの話、きちんと怖かったかぁ?」
焚き火に照らされるラファエルはいつものように微笑んでいる。
「はい、きちんと恐ろしかったです……。私も頑張ります」
「まだ夜は長いもんなあ」
ラファエルのように上手に話が作れるかは分からない。だが全力を尽くそう。そう考えたマリアンヌは大きく息を吸った。夜の空気を取り込んでゆっくりと口から吐いていく。それだけで頭の中が整理されていった。
───海沿いに暮らしていると……そうですね、クロードさんなら支離滅裂、の一言で済ませそうな話がよく耳に入ります。ラファエルさんは海を見たことがありますか?浜辺に立ったことは?
浜辺には様々なものが流れつきます。よく見つかるのは貝殻や流木……それに硝子や陶器の欠片でしょうか。波に耐える固さを持っているものですね。
たまに胸を締め付けられるようなものも見つかります。海で命を落とした人の骨です。どこの骨かと言うと……一目で人の骨だ、と分かる部分の骨です。当然波に晒されて傷んでいるので、見ただけでは死因は分かりません。陸から鉛色の海の中を覗けないのと同じです。
「海は青くねえのか?そういう歌もあるだろ?」
北の海は季節によって色が変わります。冬の海は今にも雪や雨が降りそうな曇天と通じている、と義父は話していました。人間は自然に勝てません。それでも時々、諦めの悪い骨があって……冬にそういった骨を手に取ると、一度だけ眼窩の向こうにありえないほど美しい、青い海が見えるのだそうです。
その骨が最後に見た光景なのか、生前に見た最も美しい海の眺めなのか、陸にいる私たちには分かりません。作り話ですから───
「い…、いかがでしたか?」
大して長く話したわけでもないのに喉がひどく渇いている。マリアンヌは水筒を手に取った。昼間にレオニーが見つけてくれた湧き水を汲んだので、中身がまだ半分は残っている。
「きちんと怖かったぞぉ、マリアンヌさん。オデ、今ちっとも眠くねぇ……」
マリアンヌは水を少しずつ飲みながらラファエルの言葉を待った。もしかしたらどこが怖かったのか教えてくれるかもしれない。
「いきなり頭の骨だけ見つかったら訳がわからなくて怖いだろうなぁ……あと終わりの言葉がオデとお揃いで嬉しかった」
そういうとラファエルは新しい薪を数本、火に追加した。あと三回くらい薪を足した頃には明けの明星が輝きだすだろう。その頃には面倒見の良いベレトが目を覚ます筈だ。畳む
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
3.レオニーとクロード
寝ずの番を決めるくじ引きで今回、当たりを引いたのはレオニーとクロードだった。木の陰ですら怖がっていたリシテアを含めて皆、輝く星々の下で幸せそうに意識を手放している。野営訓練に慣れるにつれて皆、すぐに眠るようになった。そうしないとガルグ=マクへの帰路が辛くなってしまう。
「さっきクロードは当たりが出た!って言ってたけどこれはどう考えても外れだろ」
焚き火にあたりながらレオニーは口を尖らせた。火のそばは暖かくて何か話していないと瞼が勝手に下りてきてしまう。
「でもそんなに沢山当たりくじを作ってられないだろ?」
月明かりに照らされたクロードがほんの少し、煽るように茶化してきた。レオニーは今ではすっかり彼のそういった態度に慣れたので特に苛立つことはない。
将来、腕利きの傭兵になるレオニーにとって、級友たちは未来の雇い主候補と言える。しかし揃いも揃って変人だ。春頃は彼らと会話が噛み合わなかったし、何を考えているのかもさっぱり分からなかった。しかし今はその分からなさ、に不安を感じることはない。知るべき時が来れば彼らからきっと事情を説明されるだろう。レオニーは静かにその時を待っている。
「はぁ……なんだかどっと疲れた、眠くなってきた」
ため息をついても眠気は去ってくれない。クロードがまぜっ返してきたのも眠気を追い払うためだ。
「夜更かしが得意な俺でも一晩中、四方を確認するのは無理だ!眠気ざましになんかしようぜ」
「うーん……じゃあ、流行りにのって怪談でもするか?」
おあつらえ向きなことに雲が月を隠し、そのまま風も止んだので話し声を遮られることもない。強風下で一言ずつ聞き返しながら話したら、どんなに内容が怖くとも怪談ではなく笑い話になってしまう。
「いいね、どうせなら例のやつにしよう。期待してるぜ、レオニー」
流行りのきっかけを作ったクロードの声は弾んでいる。ちなみにベレトは学生が不安になるような遊びを流行させるな、とセテスから叱られたらしい。
・有名な怪談をそのまま語ってはならない
・その場で作った話でなくてはならない
これが最近、金鹿の学級で流行っている怪談の決まりだ。レオニーはしばらく考え込んでから静かに語り始めた。
───セイロス騎士団の騎士や修道士はどうだか分かんないけどさ、今年の学生って街育ちばっかりだよな。村の暮らしを知ってるのは私とラファエルくらいか?街の連中は山や森の中には人っ子一人いないと思ってるけどそうじゃない。
街の連中が知ってる山や森ってさ、村育ちの私から言わせれば山奥でも森の奥でもないんだよ。歩いてくる道がある訳だからな。でもさ、街の連中はそうだと信じ込んでるから木こりや炭焼きの仕事場で夜に人目をはばかるようなことをやるんだよ。
「今んとこ無知さが少し恥ずかしいだけで怖くないな……。あ、ローレンツにばれて下品だと叱られるから怖い、って仕掛けか?」
この場合は叱られるとしたらぼんくらさ、だろうな……。話を戻すよ。そっち方面じゃあなくて血を塗った人形を何体も木から逆さ吊りにしたり、とかそう言うことだよ。
当たり前だけど山や森の中って人間だけじゃなくて動物もいるからさ、血の匂いに引き寄せられた動物がそういう場を荒らすんだよ。おぞましい雰囲気になっていくんだけど、よく見れば歯形が熊だ狐だってことであんまり謎はないんだ。でもたまに大きくて真っ青で信じられないくらい綺麗な蝶がたかってることがある。あれだけはよく分かんないんだよな……私が今この場で考えた作り話だから───
「なるほどな……この話、どの部分が怖いか人によって違うと思うぜ」
その場で考えているからこそ語り手のそれまでの経験や知識が浮かび上がる。クロードの感想を聞いたレオニーは眉間に皺を寄せた。
「う、頑張って考えたところが響かなかったら嫌だな……」
「いや、きちんと怖かったぞ!答え合わせは野暮だからやめておこうぜ」
世界は広いのでフォドラの山や森には動物の血を好む蝶がいるのかもしれない。だがクロードの知る蝶は草の汁や花の蜜を吸うだけだ。クロードは動物の血を好む蝶も、己がフォドラとは違う常識を持っていると知れ渡ることも怖い。
口からこぼれ落ちてしまった答え合わせ、と言う発想がレオニーに定着しないよう急がねばならない。これまでも何度も何度も口先で危機をしのいでいる。今晩もきっと成功するはずだ。
───デアドラが水の街なのは知ってるよな?馬車の代わりに水路を船が行き交ってる。水路も慣れちまえば普通の道と使い心地は殆ど変わらないんだよ。だって乗り降りに注意が必要なのは船も馬も同じだろ?
でも一つ大きな違いがあってな、夜に一人歩きの酔っ払いが水路に落ちたら死んじまう。それで朝、家や職場の目の前に亡骸が浮いてたら嫌だろ?不気味だし、航行の邪魔にもなる。だからデアドラでは明け方に巡警が船を出して水路の確認をするんだ。人手や船には限りがあるから主な水路だけだが、それでもやらないよりましでな。
「大変な仕事だな……。それに転落の理由は酒だけじゃないだろ」
鋭いな。人が多いとどうしても物騒なことは起きるもんだ。とにかく巡警たちは潮の流れも細かく枝分かれした水路がどう繋がってるか、もきちんと分かってる。でもな、明け方に記録をとりながら水路に浮かんだ亡骸を回収してるとな、稀に存在しないはずの、どこに繋がってるのか全く分からない水路が目の前にひらけていることがあるんだと。
引き揚げた亡骸は一体、どこの歩道から転落したんだろうな?どうして転落したんだろうな?それは誰にも分からないんだよ。何てったって俺がたった今、作った話だからな───
「将来、デアドラで仕事する時は絶対に酒を呑まないようにしないと」
レオニーはそう言うと焚き火の目の前にいるにもかかわらず、寒そうに二の腕を手のひらで何度も擦った。どうやら彼女はクロードの意図とは異なる箇所を怖がっているらしい。こんな些細なことでも他人を思い通りにするのは難しい。
「うーん、依頼する時は金額に少し色をつけてやろうと思ったが安全のためにやめておくか?」
「えぇ?!そこは現行のままで頼むよ」
「覚えておくよ」
そう言えば、この野営地はレオニーにとって森の奥と言えるのだろうか。森や山との縁が浅いクロードにはまだ見当がつかない。畳む