-horreum-倉庫

雑多です。
「ねむけざまし」
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
1.ラファエルとマリアンヌ

 金鹿の学級は現在、野営の訓練をしている。昼間の行軍と模擬戦で疲れた級友たちは就寝時間になるとすぐに夢の中へ入り込んでしまった。だが全員で眠ってしまうわけにはいかない。くじ引きでマリアンヌとラファエルが寝ずの番をすることになった。
 今回は火を焚けるので幸運な方だろう。風の吹き付ける甲板よりはるかに快適だ。焚き火がはぜる音のおかげでマリアンヌは意識を失わずに済む。
「マリアンヌさん、随分と眠そうだなあ……」
 自分ではしっかりと意識を保っているつもりだったがラファエルの意見は違うらしい。マリアンヌにそんな指摘をしてきた彼もやはり眠そうだった。
「申し訳ありません、やはり疲れているようです」
「寝てる皆がいないなら大声を出して筋肉をいじめてやればいいんだけどよぉ……」
 それが出来ないから話しかけてきたのだろう。
「皆さんを起こしてしまいますものね」
 ヒルダや義父であるエドマンド辺境伯ならきっと一晩でも他人と話し続けられる。マリアンヌは思わず大きなため息を吐いた。自分にそんなことは絶対出来ない。口下手がこんな所にも影響を及ぼす。
 ぱちん、と少し大きめの音がして視線がそちらに吸い込まれる。飛んだ赤い火の粉はすぐに明るさを失い、目の前から消えてしまった。自分が飲み込んだ言葉の末路もこんな感じなのかもしれない。
「先生とクロードくんは眠気覚ましに怖い話をしたんだと」
 鍛錬のことしか考えていないラファエルに怖い話が出来るのだろうか。思わず、目を見開いたマリアンヌの姿を見てラファエルが微笑んでいる。
「やっぱり先生とクロードくんはすごいなあ。眠気、どっかにいっちまったんだろう?まだ話してもいないのに」
「し、失礼しました……。どんな話を聞かせてくださるのでしょうか?」
 ラファエルはそこで初めて自分が話し手になることに意識が向いたらしい。大きな手を口に当て、煌々と世界を照らす月に目をやり考え込んでいる。一見、粗野に見えるが彼は思慮深いのだ。
「ちょっと考えたんだけどよぉ……オデ、怖い話は知らないんだよな……だからこの場で作ることにする」
 ではマリアンヌも聞いた話ではなく作り話をするべきだろうか。確かにこれは眠気覚ましになる。

───オデはこの通り身体がでかいだろう?筋肉もきちんといじめてるしな。だから村にいた時は力仕事をよく手伝ってたんだ。でも力仕事ってのは楽しいことだけじゃねぇ。
 マリアンヌさんは村の葬式って出たことあるか?仲の良い家族や親戚がいっぱいいる年寄りの葬式は親戚の男衆が棺をでっけぇ輿にのせて担ぐんだ。教会で葬式をやって、墓地に運んで埋める。
 でもな、そういう縁が薄い死人もいるんだ。オデは村でそういう担ぎ手のいない葬式を手伝ってたんだよ。棺をのせるでっけえ輿は日頃、どこに置いてあると思う?

「教会の物置でしょうか?」

 村はずれの小屋にしまってあるんだ。まあ、あんまり目にしたいもんじゃねえよなあ。作ってて気分が良いもんでもないから、しょっちゅう作り直さなくてもいいように輿はすごく頑丈に作ってある。何十年も使うんだ。
 そんな代物は重くて、勝手に動くわけがねぇ。でもな、夜にその小屋の近くを通ると、たまに小屋の中でがたがたと重くてでかいものが動いてる音がする時があるんだ。そんな時は必ず十日以内に葬式がある。輿が出番を呼んでるのか、出番が待ち切れないのか、はオデには分からねえ……。なんてったって作り話だからな───

「な、なるほど……」
 マリアンヌはきちんと怖かったのだ。縁に恵まれなかった村人の行く末は他人事と思えなかったし、数多くの亡骸を運び続けた輿に染み込んでいるかもしれない何か、は獣の紋章と似た匂いがする。だが最後の一言に全てを持っていかれてしまった。
「オデの話、きちんと怖かったかぁ?」
 焚き火に照らされるラファエルはいつものように微笑んでいる。
「はい、きちんと恐ろしかったです……。私も頑張ります」
「まだ夜は長いもんなあ」
 ラファエルのように上手に話が作れるかは分からない。だが全力を尽くそう。そう考えたマリアンヌは大きく息を吸った。夜の空気を取り込んでゆっくりと口から吐いていく。それだけで頭の中が整理されていった。

───海沿いに暮らしていると……そうですね、クロードさんなら支離滅裂、の一言で済ませそうな話がよく耳に入ります。ラファエルさんは海を見たことがありますか?浜辺に立ったことは?
 浜辺には様々なものが流れつきます。よく見つかるのは貝殻や流木……それに硝子や陶器の欠片でしょうか。波に耐える固さを持っているものですね。
 たまに胸を締め付けられるようなものも見つかります。海で命を落とした人の骨です。どこの骨かと言うと……一目で人の骨だ、と分かる部分の骨です。当然波に晒されて傷んでいるので、見ただけでは死因は分かりません。陸から鉛色の海の中を覗けないのと同じです。

「海は青くねえのか?そういう歌もあるだろ?」

 北の海は季節によって色が変わります。冬の海は今にも雪や雨が降りそうな曇天と通じている、と義父は話していました。人間は自然に勝てません。それでも時々、諦めの悪い骨があって……冬にそういった骨を手に取ると、一度だけ眼窩の向こうにありえないほど美しい、青い海が見えるのだそうです。
 その骨が最後に見た光景なのか、生前に見た最も美しい海の眺めなのか、陸にいる私たちには分かりません。作り話ですから───

「い…、いかがでしたか?」
 大して長く話したわけでもないのに喉がひどく渇いている。マリアンヌは水筒を手に取った。昼間にレオニーが見つけてくれた湧き水を汲んだので、中身がまだ半分は残っている。
「きちんと怖かったぞぉ、マリアンヌさん。オデ、今ちっとも眠くねぇ……」
 マリアンヌは水を少しずつ飲みながらラファエルの言葉を待った。もしかしたらどこが怖かったのか教えてくれるかもしれない。
「いきなり頭の骨だけ見つかったら訳がわからなくて怖いだろうなぁ……あと終わりの言葉がオデとお揃いで嬉しかった」
 そういうとラファエルは新しい薪を数本、火に追加した。あと三回くらい薪を足した頃には明けの明星が輝きだすだろう。その頃には面倒見の良いベレトが目を覚ます筈だ。畳む