-horreum-倉庫

雑多です。
「また会えようが、会えまいが」10.真相
#クロロレ #完売本 #現パロ #また会えようが、会えまいが

 ある日、いつもは飄々としているクロードが些か強張った顔で家主を出迎えた。目は泳ぎ本当に落ち着きを欠いている。ローレンツは脱いだ軍服の上着をハンガーにかけ、まずは目つきで問い詰めた。
「何をやらかした」
 次に言葉でも問いただす。
「こんなもんを見つけてな……」
 きっとパルミラで見かけたならば彼は歯牙にも掛けなかっただろう。褐色の指がメモリーカードを摘んでいる。くしゃみをすればどこかに飛んでいってしまいそうな大きさで、敢えて言うなら女性の小指の爪くらいだろうか。よくデジカメや携帯ゲーム機に入っているものだ。だがフォドラではどちらも持っている者は限定される。ローレンツもブリギットにいる時しか触った事がない。今この村には個人的にデジカメや携帯ゲーム機を持っている者は居ないだろう。ノートパソコンやデジカメは軍の備品で、それに付随するメモリーカードも軍の備品だ。
「どこで見つけた」
「市場で買ったもんの中に混ざってたんだよ。なあローレンツ、中身見られるもん持ってるか?」
 せめてデジカメがあれば中に入っているもの、が画像や動画なのかそれ以外であるかくらいは確認が出来る。ローレンツはあらぬ誤解を避ける為、ブリギットで使っていたデジカメを実家に置きっぱなしにしている。それがこんな風に兵舎村での暮らしに影響するとは思わなかった。
「買ったもの、とはどう言うことだ?」
「いやそんなことに拘ってどうするんだ?果物より中身の種の方がこの場合は問題だろ」
「ここはフォドラの辺境だぞ。個人宅にあるわけがない。中身はオフィスで確認するしかないだろうな」
 軍のオフィスにあるノートパソコンならスロットが付いている。軍専用ネットワークへの接続を切った状態にしてメモリーカードを読み込ませれば良い。
「軍のパソコンもすげえ古そう。読み込めるのかな」
「馬鹿にしないでくれたまえ。これは僕が預かる」
 クロードは摘んでいたメモリーカードを白いハンカチに包んで寄越してきた。一番温和な中身は誰かのデジカメデータだが、それにしても何故クロードが買った物の中に紛れ込んでいたのか分からない。だがローレンツはクロードのおかげで従弟の遺品にまつわる謎を久々に思い出せた。叔父の家には息子の遺品としてブリギットでローレンツが買ってやったデジカメが飾ってある。
 従弟の死後、ローレンツは彼を偲ぶ為に中の写真を現像しようとしたのだがメモリーカードが入っていなかった。あの機種は本体にハードディスクが搭載されていない。機械に疎い親族たちには壊れているとかなんとかいって誤魔化したが、思えばあの時からローレンツは従弟の死を訝しむようになったのだ。
 翌日、ローレンツはイグナーツの助言通り、ノートパソコンがネットワークに繋がらなくなった体でルーターの電源を落とすことにした。レオニーもさりげなく配線の点検をするために色々とどかした風に装ってドアの近くにバリケードもどきを作ってくれている。
「皆、申し訳ないがルーターを再起動させて貰うよ」
「あの……プリンターは使えますか?」
「どうだろうか、イグナーツくん」
「ケーブルで繋げてあるのでそれは大丈夫です」
「分かりました。ではこちらは気にせずに作業を続けさせていただきます……」
 前後に会話がないと不自然なのでマリアンヌやイグナーツに茶番に付き合って貰った。イグナーツが画面に映し出された接続なし、という表示を確認し親指を立てたのでローレンツはノートパソコンのスロットにクロードから渡されたメモリーカードを差し込んだ。物理的に壊れていなければ中を確認できるだろう。微かな駆動音を聞きながらローレンツがマウスを何度かクリックしフォルダの中身をざっと確認する。
 中からは軍用トラックの写真と整備用パーツの在庫管理データ、整備記録それに何かの帳簿が現れた。軍用トラックの写真はフロント部分に見慣れない装甲パーツが付いている。新しく開発中のものなのかもしれない。メモリーカードの中身はどう見ても個人の持ち物ではなさそうだった。整備部の備品が流出したのだろうか。急いで印刷し再びルーターの電源を入れ直す。再び画面に接続あり、と言う表示が映し出された。
「どうやら再起動だけで何とかなったようだ。面倒をかけてすまなかったねイグナーツくん」
 プリンターのデータが上書きされるようにマリアンヌが先週作った報告書をプリントアウトした。メモリーカードを紛失したと言うことで整備部内部では騒ぎが起きているかもしれない。ローレンツもクロードを匿っている身だ。内々に渡して穏便に済ませてやるのはやぶさかではないが精査する必要がある。このメモリーカードが従弟の事故に関する情報を引き出す材料となったらクロードを誉めてやらねばならない。
 ローレンツはクリップでプリントアウトした紙を束ねてデスクの引き出しに隠した。以前、何者かに盗み見されたであろうメモ帳も含めて自宅に持ち帰るつもりだ。
「本当に何ともなくてよかったね、ローレンツくん!さあ皆で年越し前に書類ぜーんぶ片付けちゃお!」
 そう言ってヒルダが手を叩くとどこか異様だったオフィス内の雰囲気がいつもの和気藹々としたものに戻っていった。配線の点検を装ったおかげで溜まった埃も掃除することができたのは予想外の成果と言えるだろう。

 ローレンツが持っていても不自然ではないもの、を新年の贈り物として渡してから去ろう、クロードは元からそう思っていた。そんな訳でピアスを質入れした金で、質流れしていた自社製品を買ったのだが放置されていたことがどうしても気になる。
 試しに腕に嵌めてみるとやはり違和感を覚えた。以来、ずっと渡す前にオーバーホールしようと思っていたが、なかなか精密作業用の工具が手に入らない。密かに焦っていたが今日、クロードはようやく精密作業用の工具を手に入れることができた。左右の順もあやふやだが、感謝の十字を切るべきかもしれない。
 そして違和感の正体はクロードが本体であるムーブメントをケースから外した瞬間に判明した。中に何故かメモリーカードが入っている。ピンセットで慎重につまんで剥がしたが、当然メモリーカードの中身は分からない。こんな隠し方をするのだから秘密にせねばならないもの、に決まっている。
 ローレンツは中身を確かめる、と言ってメモリーカードを軍のオフィスに持っていってしまった。あのお人好しの彼がどうやって周囲を誤魔化しながら中身を確認するのだろう。
 余計なものを外した結果、手首に感じた微かな違和感はなくなった。こんな曰く付きのものをローレンツの元に戻していくのは良くない。良くないのだがクロードはこれでもパルミラに戻ればセレブの一員で、周りから混血だ遊び人だ、と様々な陰口を叩かれてきたが吝嗇家とだけは言われたことがない。そんなクロードにとってこの兵舎村の市場で売っているものはこの時計以外、全て記念の贈り物にならないほど安っぽいのだ。ローレンツの身の安全を守るため愛の言葉を書き残していくことも叶わない。
 生涯でただ一度の贈り物だ。
 やはりダグザ製の安物などで済ませることなど出来なかった。
 クロードは想像の中でローレンツの手首を握った。男としては悔しいが本当に彼はいい体をしているので、ベルトをもう少し伸ばした方がいいだろう。ピンを抜き金属のベルトを引っ張って長さを確保する。家事以外の細かい作業はクロードにとって全く苦ではなかった。作業を終えたクロードを落日が赤く照らす。年末が近いせいか随分と日が短くなってきた。また停電になるかもしれないがそれでも居間の電気を付けておく。
 実母はそのうち迎えに来ると言って本家にクロードを置いていった。クロードは最初の一年間は毎日実母が来るのを待っていて、自分の居場所が分かりやすいように暗くなればすぐに部屋の灯りをつけ、寝る時も自室のカーテンを閉めなかった。結局、願いは叶わずに育っているのでクロードは待たされるのが好きではない。
 防寒対策を兼ねているやたら分厚いカーテンを閉めていると買い物袋の音を立てながらローレンツが帰ってきた。カーテンの隙間から彼が庭の食料貯蔵庫を漁っているのが見える。
「今日はひき肉とトマトの缶詰を買ってきた。炒めてブリヌイに包んで食べよう」
「包むのやってみたい」
「……自分の分だけにしたまえ」
 手際よく玉ねぎと人参をみじん切りにしたローレンツはひき肉をバターで炒めるとそこにトマトの缶詰を開けて煮始めた。その間にブリヌイの生地を作って焼くのだろう。
「いつも思うんだけど面倒臭くないのか?俺、市場で食い物売ってるのたくさん見たぞ」
 食べ物の屋台も出ているのだ。クロードなら絶対に屋台で食べてから帰宅する。買って帰らないのは洗い物が面倒だからだ。そしてどうしても、という場合に備えて缶詰をストックしておく。
「面倒だと言って家の中でも靴を履いたまま暮らす国があるが、僕は出入りのたびに靴を脱ぐのが面倒だと思ったことはない」
 靴を履いたまま過ごすのはローレンツが留学していたブリギットの習慣だ。そしてきっとブリギットの食事が口に合わなかったのだろう。温暖な気候で果物が美味しいのだがソースがとにかく甘い。現在の彼は手際よく焼けたブリヌイを皿の上に重ねていくが学生時代にはブリヌイを焦がしたことがあるのかもしれない。深皿いっぱいの炒めたひき肉と別皿によそったスメタナ、それと山のように焼いたブリヌイが今日の夕食だ。
「俺も料理に慣れる日が来るのかねえ……」
 クロードはスプーンでブリヌイにトマト味のひき肉を乗せて包んでみたが分量を間違えたのか生地が破けてしまった。やはり経験値が足りていない。
「僕だって大学で親元を出るまでは何も出来なかった。必要に迫られれば人間どうとでもなるものだ」
「必要に迫られれば、ねえ……それでメモリーカードの件はどうにかなったのか?」
 ローレンツはトマト味のひき肉にスメタナを少し乗せて包んだが、慣れているのか生地は破けず綺麗な筒状になっている。
「個人の持ち物ではなさそうだった。中身は印刷してきたから今晩精査する」
 きっと必要に迫られどうにかして軍のネットワークから自分の端末とプリンターを切り離しその隙に中身を見て印刷したのだ。
「俺も見たい」
「駄目だ。どうやら軍関係の物のようでね。無くした部署に穏便な形で戻してやりたい」
「親切心からか?」
 クロードがにやにや笑いながら聞くとローレンツはすました顔で口を拭いた。
「もちろん見返りが目当てに決まっているだろう」

 クロードをさっさと寝室に追いやったローレンツは今晩は停電がありませんように、と女神に祈り右手で十字を描くと居間で印刷してきた紙の束をじっくりと眺め始めた。異様な装甲の軍用トラックはどうやら数台あるらしい。実戦配備前のテスト車両なのだろうかと思いながらローレンツは整備記録を眺めた。日付を見るにローレンツがブリギットにいた頃の物らしい。しかし従弟の死後、兵舎村や前線基地付近での交通事故について調べてまわったローレンツにとって見覚えのある日付ばかりだった。
 巻き付けてあるゴムバンドを慌てて外し、メモ帳を捲っていけばローレンツが怪しいと感じた死亡事故の翌日に必ずこの装甲をつけたトラックが整備されていることがわかった。残念ながら従弟が亡くなる直前で記録は途切れている。どうやらあの装甲はダグザ製らしい。そして事は整備部だけではおさまらない、と分かってきた。不審な事故はどれも憲兵隊が関係している。皆、憲兵隊へ行こうとする途中で亡くなっていた。口封じのためだろうか。
 これはどこかの部隊の備品などではない。告発するための資料だ。憲兵隊へ知られては困るから起きた事故なのか、それとも憲兵隊が起こした事故なのか。その答えを知るためにローレンツは帳簿を必死になって読み始めた。
 非武装地帯には今もなお放棄された修道院や民家が点在している。現在の目線で見れば不便で辺鄙な土地だがコンクリートの舗装道路も電気もガスも水道もなかった時代の人々からすれば訳が違う。山の恵みは豊かで燃料も食材も水も手に入れやすい。都市部の貧困層などより遥かに豊かに暮らしていたのだ。ローレンツたちもフォドラ側に残っているいくつかの建屋を立哨の際は休憩場所として使わせてもらっている。帳簿に記されていた建屋は全て心当たりがあった。点在するいくつかの修道院にレスター諸侯同盟時代の軍資金が蓄えられている、という与太話はローレンツも聞いたことがある。実際にゴネリルでは貴石が採れることもあり、その与太話を信じて盗掘にくる者が確かに存在するのだ。
 だが二キロ東に行けば敵国パルミラ、という土地にそんな大事なものを隠しておくだろうかと思ったのでローレンツは軍資金に関しては話半分にしか聞いていない。まともな大人ならそう判断する。ところが事実は小説よりも奇なり、だ。どうやら換金できる価値があるもの、は出土したらしい。本来なら首都アンヴァルの科学アカデミーに報告し考古学者たちが発掘するべきだ。人類の宝として博物館に収められるべき貴重な品が闇から闇へと流れている。
 ローレンツはすっかり冷めてしまった紅茶に口をつけた。どこへこの資料を提出し盗掘者のグループを告発するにしても、このメモリーカードをどこで手に入れたのかクロードから聞き出さねばならない。元の持ち主はそのグループの一員なのか、告発しようとして丹念に情報をまとめたのかを見極める必要がある。首筋を少し揉み肩を軽く回してからローレンツは寝室に向かった。
「クロード、起きているか?」
 何が出てくるのか気になってクロードも寝付けなかったらしい。部屋は暗くしてあったが小玉電球が付いていた。
「起きてるよ。中身はなんだった?」
「かなり厄介な代物だ。僕はこれから重大な告発をすることになるのかもしれない。あれはどこに紛れ込んでいたのだ?」
 横たわったままのクロードがローレンツの言葉を聞いて身体を起こした。
「出所が確かでなかったら怪文書だもんな。電気つけてくれるか?」
 褐色の手が自分の洋服を入れてある袋をベッドの上に置いた。クロードはがさごそと中を漁り始めローレンツの買ってやった服とローレンツの買ってやった服の間から小さな箱を取り出した。メモリーカードはあの箱に入っていたのだろうか。クロードがその箱を開けると中から腕時計が出てきた。緑のフェースに逆回転防止ベゼルがついていて文字盤と長針短針の先に夜光塗料が塗ってある。ローレンツがブリギットの免税店で軍務に就く従弟のために買ったものだ。ブリギット以外では買えない記念になるような、アウトドア用で暗がりでも時刻が見えるものが良いと言って店員に見繕ってもらった覚えがある。
「それを……どこで?」
「質屋だよ」
「嘘だ。この家ではないのか?」
「そんなの新年の贈り物にならないだろうが!市場の質屋で見つけたんだよ。質流れ品だ」
 クロードは混乱し、立ち尽くしているローレンツを隣に座らせ右手に時計をはめた。
「ああ、やっぱりベルトを伸ばして正解だったな。渡す前にオーバーホールしたんだよ。その時に中に入ってたメモリーカードを見つけたんだ」
「どうしてそんなことを!僕は君に何も書き残すなと言ったんだぞ……」
 ローレンツはどう感情を処理すれば良いのかもう分からなくなってしまった。メモリーカードが従弟の物ならば彼はやはり交通事故を装って殺されたのだ。腕時計と同じくローレンツがあげたデジタルカメラの中にメモリーカードを入れていたが、軍務中の家探しを恐れて腕時計の中に隠し持っていたのだろう。そしてその腕時計を守るために質入れした。ローレンツは従弟が搬送先の病院で盗難にあったから腕時計をつけていないのだと思い込んでいて、誰にも確かめなかった。
「俺はまだ何が何だかちっともわからないよ。話せるか?」

 ローレンツは泣きながらクロードに色んな話をしてくれた。五歳下の従弟もグロスタールの紋章を持ち、共にピアノを習っていたから兄弟のように仲が良かったこと、ローレンツがブリギットの王立音楽アカデミーに留学できるように従弟が軍に入ったこと、従弟がリシテアと婚約したこと、その最愛の従弟が軍務中に交通事故で死んでしまったこと。
 ヒルダはローレンツが留学を切り上げて入った士官学校の同期で彼女もゴネリルの紋章を持っている。それもあって意気投合した。従弟の代わりに国境警備隊に配属されてしばらく過ごすうちにローレンツはこの国境付近の基地近辺でおかしな交通事故が頻発していることに気づいたがヒルダも含めて皆よくあること、と言って取り合ってくれなかったらしい。
「従弟もこの家に住んでいた。小隊長の宿舎はここ、と決まっているから」
 クロードは大きなため息をついた。洋服や本はともかく家具や皿は従弟が使っていた物をそのまま使っているのかもしれない。だからローレンツは真っ先に時計がこの家にあったのではないか、とクロードに問うたのだ。これがフォドラ連邦が抱える問題点の原点だ。個人を大切にしない。勿論パルミラ王国も人のことは言えるほど立派ではない。皆の自我が肥大しすぎているせいで揉めごとばかり起きる。それでも個人の意志というものが尊重される分だけパルミラの方がずっと人道的だ。
 従弟が死んで、代わりになれと言われたローレンツは従弟の婚約者と住んでいた家を宛てがわれ、軍に空いた穴を埋めるように命じられた。なんと無神経なのだろうか。
「俺ならそれだけで落ち込みそう。あの奥方連中はローレンツの従弟のこと知らないのか?」
「兵士はともかく士官は人事異動が激しいからな。彼女たちはまだ三年くらいしかこの村に住んでいない。僕もまだ二年目だ」
 三代前から住んでいてなんでも知り尽くしているような顔をした人民委員や大隊長夫人がこの兵舎村に三年くらいしか住んでいない、というのはクロードにとって驚きだった。
「いやでも皆お互いにすげえ細かい昔のことまで知ってるぜ?!遠い親戚のこととか!」
「クロード、彼女たちは生まれながらの情報分析官だぞ」
 クロードはローレンツの言葉を聞いて、リシテアの件を哀れだと思った彼女たちから昼酒に誘われた時にうまく逃げ切れていたのかどうか自信がなくなってきた。寒さのせいか皆信じられないほど強く濃い酒が好きで割らずに飲む。現在国境を守っている夫たちに対して忌憚のない意見を述べている様は聞いているだけで男として心臓が凍りそうになる。それでも年が明けたら帰ってくる夫を喜ばせる為に新しい男物の服や酒や煙草を買っていたのだから話半分で聞いておくべきなのだろう。
「広報官でもあるな?なあ、握りつぶされないように噂を流すべきだ。あり得ないくらいベタな奴だよ。殺された従弟の復讐をするために国境警備隊に入った、とかな」
 ローレンツは大きな音を立てて鼻をかんでからクロードの顔を真っ直ぐに見つめた。鼻の頭だけでなく頬も目も赤くなっている。ハンカチを掴みっぱなしの白い手に緑のフェースとホワイトゴールドのメタルバンドがよく映えていた。
「それは事実ではない……単なる従弟の穴埋め要員だぞ僕は」
 クロードはフォドラの歴史に疎い。しかしエーデルガルト大帝が兄弟姉妹を害したアガルタ人も、その時に手を差し伸べてくれなかったセイロス旧教も許さなかったことによってフォドラ文化が大きな変容を遂げたことを知っている。フォドラにおいて復讐は正義なのだ。
「でもこれで犯人が逮捕されたら結果としてはそうなるじゃないか。それに無視されるよりずっとマシだろ」
 クロードは実母からあなたのためを思ってと言う体で縁を切られ、本家の者たちとも上手くいかなかったがローレンツは違う。家族関係が良好な彼は絶対に復讐を求めている。
「まずは地元の憲兵隊に従弟が持っていた資料を提出して捜査を依頼するさ」
 よほど不満げな表情を浮かべていたのか、ローレンツがクロードの肩に寄りかかりながら抱きついてきた。
「騒乱罪に問われたら無罪にならない限り死刑だし本気で取り調べを受けるのだぞ。噂の出元になるのは止めてくれ。君にお礼を言うこともできなくなる」
 クロードはローレンツの手をとって彼を自分の上に引き倒した。顔を見られたくないのはもうお見通しだ。見えなくても彼がどんな顔をしているのかクロードには分かる。自分のことは棚に上げてクロードのことを心配している顔だ。広い背中に腕を回し、そっと撫で上げてから首の後ろを軽く叩いた。これまでずっと子供扱い、被保護者扱いをされていたがようやくローレンツの役に立てた気がする。
 ローレンツには否定されたが彼の従弟は誰にも言わなかったから口封じのために殺されたのだ。クロードはレオニーとイグナーツに頭を下げてローレンツの付き添いをしてもらうことに決めた。二人は強化選手で地元の有名人だからだ。畳む