「flow」第2部 ※ここから現パロです 1.嘘しかつけないクロード #完売本 #クロロレ #flow #台詞まとめ #ペトラ#現パロ 続きを読む たった一年で済むはずのクロードの留学は家庭の事情が拗れた影響で伸びに伸びた。帰国が叶わず翌年、そのまま首都ガルグ=マクにある国立ガルグ=マク大学に進学している。帰国後にややこしいことにならぬよう、通常の就職ではなく研究職に就いた。 黒い瞳に黒い髪、それに褐色の肌をしたものしかいないパルミラからフォドラへやってきた当初、クロードはは人々の髪や瞳の多彩さに驚いた。だが今は全く驚いていない。山の湿った空気や朝靄に最初は戸惑っていたが、今は逆に乾燥したパルミラの空気で喉を痛めてしまうだろう。 高校生の頃は未成年という立場が、大学生の頃は国立ガルグ=マク大学の名がフォドラ社会の視線からクロードを守ってくれた。街中で大学のロゴ入りパーカーを着ているとフォドラ有数の名門校なだけあって好意的に見られる。 学生さん勉強頑張ってね、とかフォドラ語が上手いね等の優しい言葉をかけられた。クロードのパーカーを見た若い母親がお勉強を頑張ってあのお兄ちゃんみたいに良い大学に行ってね、と我が子に語りかけるというこそばゆいエピソードも多々あったが、今は一切ない。 クロードの見た目が緑色の瞳以外は完全にパルミラ人の成人男性になったからだ。人間は本当に容赦がない。緑の瞳はパルミラにいた頃は異物、混ざりものといじめられる原因になったが、フォドラの人々はクロードの中のフォドラに気づかない。肌の色で判断し、フォドラでの研究成果を盗み出す余所者と見做す。 そんな冷たい目で見られるたびに自分に緑の瞳を与えてくれたフォドラ出身の母が、故郷の人々から無視されていることを実感する。きっとパルミラの男と子供を作った女など爪弾きにするつもりだろう。 しかし悲しいことにクロードはそんな視線にも慣れてしまった。きっと研究所の同僚たちはクロードが見ていることなど全く気にせず今日もSNSに自分の職場にパルミラ人がいるという愚痴を書き、排外的な記事をシェアすることだろう。 クロードは自分からSNSアカウントをあまり動かしていない。しかしガルグ=マクからアンヴァルにある先端医療研究所へ出向中のリンハルトがダイレクトメッセージを面倒くさがって、クロードとタイムラインでやりとりしたがるのだ。 だからクロードのアカウントはどうしても同僚たにの目についてしまう。彼らはきっとその件でも苛ついている筈だ。以前、クロードはリンハルトに高校時代のように先輩後輩としてパルミラ人の自分とやりとりしている件で、周囲から何か嫌味を言われていないのか聞いたことがある。 彼の答えは「他人から注目されなかったことがないから特に気にしない」だった。確かにアドラステア帝国時代から続く名家、六大貴族ヘヴリング家の者は常に注目されるだろう。研究所の同僚たち、というかフォドラの人々はフォドラ屈指の名家であるヘヴリング家のリンハルト、それにブリギットからこの研究所へやってきたペトラとパルミラ人が親しいのが気に食わない。 フォドラ統一戦争の際にまだ姫君だったブリギットの女王は統一王ベレトと共に最前線で戦い、戦後は真っ先に不可侵条約を結んでいる。その条約を八百年の長きに渡って忠実に守り続けるブリギットはフォドラの人々にとっては特別な相思相愛の外国だ。そのブリギットと比べるとパルミラはかなり分が悪い。大陸統一前から何度となくレスター地方へ攻め込み、統一後はフォドラの船を狙い撃ちにする私掠船で財を築いた。掠奪を止める条件として九十九年間デアドラ近郊に租界を作らせたのだから良い感情を持たれないのは当たり前だった。 だがそんな国際情勢や歴史はペトラとクロードの友情に関係ない。二人は共にアーチェリーが好きで.母国ではない土地に異邦人として暮らしているから気が合う。ただそれだけだ。 だからクロードを連行するため宗教警察が研究所へやって来た時、心の底から心配してくれたのはペトラだけだった。 若草色の髪に若草色の瞳、女神への純粋な信仰心を表す白い制服に身を包む彼ら宗教警察は司法警察と同じく捜査・逮捕・勾留の権限を持ち、司法警察ならば検察に任せる起訴に関しても権限を持っている。そして裁判所は絶対に彼らに逆らわない。そんな宗教警察の前で白衣姿のペトラは妹のようにクロードを抱きしめた。 「クロード、出たら連絡すぐ!私、クロードの連絡、怖れません!」 ペトラの勇気と親愛の情に感動したクロードは細かく美しく編まれたペトラの柔らかいブレイズヘアを兄のようにそっと撫でた。異母兄弟とこんな風に打ち解けたことはないので、こんな仲の友人が出来ただけでもフォドラに来た甲斐はあったのかもしれない。アンヴァルにいるリンハルトや彼女に迷惑をかけないため、クロードは宗教警察の車中でずっと口を閉じていた。 こうして全く身に覚えのないままクロードはパルミラ大使館と連絡を取ることも許されず、宗教警察に連行された。ポケットに入れっぱなしになっていたスマートフォンを取り上げられた状態なので取調室に放置されているのも退屈で辛い。壁の染み全てにフォドラ語とパルミラ語の名前をつけ終えた頃、ようやく捜査官がやってきた。乱暴に腕を掴まれ別の部屋に連れて行かれる。 次に通された部屋は先ほどの薄汚れた取調室と違い、殺風景なことに変わりはないが改装したての室内の匂いがした。おそらくマジックミラーになっているのであろう、黒く鈍く光る横長の不自然に大きな鏡や天井に埋め込まれた空調が真新しく清潔に保たれている。何故かその新しさと快適さがクロードの恐怖を掻き立てた。 捜査官が壁のパネルを操作するとマジックミラーが透明に変化していく。こっそり観察するためのものなのに向こう側をクロードに見せて何の意味があるのだろうか。意図が読めず戸惑いながらミラーを眺めているとそこには信じられない光景が広がっていた。 ガラスの向こうにはフォドラに来た最初の年に面倒を見てくれた高校時代の恩師、ベレトらしき男が座っている。クロードが判断を保留したのは彼の髪の色と瞳の色がクロードの知るベレトと異なっているからだ。宗教警察の捜査官達と同じ若草色の髪に若草色の瞳。クロードの知るベレトは黒髪に黒い瞳だった。 「答えてくれ。あれは本当に俺の知る先生なのか?」 「そうですよ」 捜査官の言葉に驚いたクロードはガラスの向こうがどんなことになっているのか改めて観察した。ベレトは囚人服ではなく、襟元が少し伸びてしまった白の長袖のTシャツに少し色が落ちた紺色のデニムを身につけていた。空調次第では寒さを感じるだろう。そして靴を取り上げられたようで裸足の右足首と右手首が鎖で繋がれ、もう片方の足首には発信器が取り付けられていた。彼が今いる部屋の真っ白な内装と共に異様な雰囲気を放っている。 「先生、先生!一体何があったんだ!」 クロードは拘束されていなかったのでベレトの足元がどうなっているのか気づいた瞬間にマジックミラーに近寄り、必死になって特殊ガラスを叩いた。ベッドの上に体育座りをしている恩師に話しかけてみたが反応がない。向こうからはクロードの姿が見えず声も聞こえないのかもしれない。特殊ガラスにすがるクロードをこの部屋に連れてきた捜査官が無理矢理引き剥がした。 「〝協力〟して欲しいのですよ。彼はザナドなど複数の聖地に不法侵入しました。大罪です。どうしてその様なことに及んだのか調べねばなりません」 「たったそれだけで靴も取りあげたのか!パルミラならともかくフォドラは家の中でも靴を履くのに!」 捜査官はクロードのたったそれだけ、という表現を聞いて不愉快そうに舌打ちをした。 「彼とは今ちょっとした行き違いがあって、意思の疎通が少し難しい状態です。しかし取り調べが終わらねば保釈も出来ません。彼を早く自由の身にしたいですよね?」 こうしてクロードから尋問に協力する、以外の選択肢が失われてしまった。再び捜査官がパネルを操作するとようやく双方向通話が可能になった。ベレトはクロードを認識した様で微かに笑みを浮かべている。 「狂った竜の話をしようか」 「竜?パルミラの飛竜のことか?」 「白くて大きくて光の柱をあやつるんだ」 防弾ガラス越しにクロードに語りかけてきたベレトは目の前の教え子ではなく、その場にいない別の誰かに話しかけているような遠い目をしていた。 家庭の事情で留学することが決まった時、フォドラ育ちの母からかなりきつくセイロス教の禁忌に触れない様に、と注意された。しかし当時のクロードは大袈裟だという印象を受けたし、どうせ罰金刑くらいだろうと考えていた。ところがどうだろう。ベレトは秘密裏に捕われ、正気を保っているのかどうかすら怪しい。 「多少の誤差はあるがこの機会を逃す訳にいかない」 「先生、俺は先生が何を言ってるのか全く分からない」 特殊ガラス越しに交わされるクロードとベレトの会話を監視している捜査官にとって期待外れだろうがなんだろうがそう言うしかない。 「また近々話そう」 「今のは流石にわかったぞ。だがこんな環境で何を話すんだ?」 「クロードは今月誕生日だろ?カードと薔薇の花を送りたいから住所を教えてくれ」 教えて良いものか迷ったクロードは自分の傍に立つ捜査官をちらりと眺めた。捜査官が微かにうなづいたので茶番だと思いつつ、手持ちのレシートの裏に住所を書いてベレトがきちんと読めるようにガラスに押し付けた。 「割と便利なところに住んでるな」 クロードたちを見張る捜査官が、出来るだけ多く聞き取って解析したいのはこういうきちんと成立した会話ではなく先ほどの様な独り言なのかもしれない。何の根拠もなく、ふとそう思ったがクロードにベレトの発言をコントロールなど出来るはずがない。その後は面談を終えて良い、と捜査官から言われるまでベレトが口を開くことはなかった。 ベレトとの不可解な面会終了後、スマートフォンは返却されたがおそらく中によろしくないものが仕込まれているだろう。ペトラに電話するか迷ったがクロードからの連絡を怖れない、と言い切ってくれた彼女に敬意を表して無事を伝えた。 期待外れだったのかその後、クロードが宗教警察から呼び出されベレトと面談をする頻度は時を経る毎に減っていった。 研究所の上司も同僚も宗教警察に目をつけられたクロードをはっきりと避けるようになった。しかしクロードは彼らを責める気にはなれない。ペトラだけはクロードの手助けをしようとしてくれたが、周囲によって巧妙に遠ざけられている。後輩のリンハルトがガルグ=マクにいてくれればまた違ったかもしれない。 だが全て自力でやれ、と言わんばかりに周囲から人がいなくなり、クロードは自分の誕生日も思い出せなかったほど忙しくしていた。それなのにある問い合わせについて対応しろ、と上司から言われた。本人がもう来ているのに誰も手が空いていないという。 この研究所の事務処理は一体どうなってるんだ、と苛立ちながらクロードが応接室のドアを開けた。黒いレザージャケットにワインレッドのシャツ、という研究機関を訪れるには少し派手な身なりの男性が来客用のカップの中でも最も値がはるティーカップを手に座っている。アシンメトリーに伸ばされた紫の髪は美しく整えられ、肌は磁器のように白い。整った鼻筋と紫水晶のような瞳が見る人にシャープな印象を与える。手足が細長い典型的なフォドラの美丈夫だ。 クロードの客にも関わらず、お高い茶器を出してもらっているのは来客を確認するモニターで女子の皆さんによる顔面の審査に合格し、玄関から応接室までの数メートルで案内役を〝落とした〟からだろう。 「ローレンツ=ヘルマン=グロスタールだ。国立ガルグ=マク大学で認知考古学を研究している。研究に協力してくれる神経科学の専門家を紹介して欲しい、と相談したらここを紹介された」 ローレンツがカップを置き、立ち上がって握手を求めてきたのでクロードも名乗って手を差し出した。手首に香水でもつけているのか彼からは薔薇の香りがする。手を握られた際に白く長い指でそっと白衣の袖口に畳んだ紙を差し込まれた。突然のことに驚愕したクロードだが、ここで過剰に反応するのも未熟さを晒すだけような気がして必死で無反応を装った。 袖口の感触に思考の一部をとらわれながら彼の研究にクロードがどう協力できるのか、について二人で話していたらあっという間に時間が経ってしまった。とりあえず今日のところはこの辺で、と玄関まで見送った時に彼の方が足が長く歩幅が大きいことが分かり、それが少し悔しい。解散してすぐにクロードはトイレの個室に駆け込んだ。 袖口から紙を取り出すとそこには「誕生日おめでとう」とだけ書いてある。握手した時のひんやりとした手の感触を思い出したクロードはバツが悪そうな顔をして、ベレトからの祝いの言葉が書かれた紙を破いてトイレに流した。帳尻を合わせるためにも改めて彼の私的な連絡先を聞き出さなくてはならない。畳む 小説,BL 2024/11/15(Fri)
1.嘘しかつけないクロード
#完売本 #クロロレ #flow #台詞まとめ #ペトラ#現パロ
たった一年で済むはずのクロードの留学は家庭の事情が拗れた影響で伸びに伸びた。帰国が叶わず翌年、そのまま首都ガルグ=マクにある国立ガルグ=マク大学に進学している。帰国後にややこしいことにならぬよう、通常の就職ではなく研究職に就いた。
黒い瞳に黒い髪、それに褐色の肌をしたものしかいないパルミラからフォドラへやってきた当初、クロードはは人々の髪や瞳の多彩さに驚いた。だが今は全く驚いていない。山の湿った空気や朝靄に最初は戸惑っていたが、今は逆に乾燥したパルミラの空気で喉を痛めてしまうだろう。
高校生の頃は未成年という立場が、大学生の頃は国立ガルグ=マク大学の名がフォドラ社会の視線からクロードを守ってくれた。街中で大学のロゴ入りパーカーを着ているとフォドラ有数の名門校なだけあって好意的に見られる。
学生さん勉強頑張ってね、とかフォドラ語が上手いね等の優しい言葉をかけられた。クロードのパーカーを見た若い母親がお勉強を頑張ってあのお兄ちゃんみたいに良い大学に行ってね、と我が子に語りかけるというこそばゆいエピソードも多々あったが、今は一切ない。
クロードの見た目が緑色の瞳以外は完全にパルミラ人の成人男性になったからだ。人間は本当に容赦がない。緑の瞳はパルミラにいた頃は異物、混ざりものといじめられる原因になったが、フォドラの人々はクロードの中のフォドラに気づかない。肌の色で判断し、フォドラでの研究成果を盗み出す余所者と見做す。
そんな冷たい目で見られるたびに自分に緑の瞳を与えてくれたフォドラ出身の母が、故郷の人々から無視されていることを実感する。きっとパルミラの男と子供を作った女など爪弾きにするつもりだろう。
しかし悲しいことにクロードはそんな視線にも慣れてしまった。きっと研究所の同僚たちはクロードが見ていることなど全く気にせず今日もSNSに自分の職場にパルミラ人がいるという愚痴を書き、排外的な記事をシェアすることだろう。
クロードは自分からSNSアカウントをあまり動かしていない。しかしガルグ=マクからアンヴァルにある先端医療研究所へ出向中のリンハルトがダイレクトメッセージを面倒くさがって、クロードとタイムラインでやりとりしたがるのだ。
だからクロードのアカウントはどうしても同僚たにの目についてしまう。彼らはきっとその件でも苛ついている筈だ。以前、クロードはリンハルトに高校時代のように先輩後輩としてパルミラ人の自分とやりとりしている件で、周囲から何か嫌味を言われていないのか聞いたことがある。
彼の答えは「他人から注目されなかったことがないから特に気にしない」だった。確かにアドラステア帝国時代から続く名家、六大貴族ヘヴリング家の者は常に注目されるだろう。研究所の同僚たち、というかフォドラの人々はフォドラ屈指の名家であるヘヴリング家のリンハルト、それにブリギットからこの研究所へやってきたペトラとパルミラ人が親しいのが気に食わない。
フォドラ統一戦争の際にまだ姫君だったブリギットの女王は統一王ベレトと共に最前線で戦い、戦後は真っ先に不可侵条約を結んでいる。その条約を八百年の長きに渡って忠実に守り続けるブリギットはフォドラの人々にとっては特別な相思相愛の外国だ。そのブリギットと比べるとパルミラはかなり分が悪い。大陸統一前から何度となくレスター地方へ攻め込み、統一後はフォドラの船を狙い撃ちにする私掠船で財を築いた。掠奪を止める条件として九十九年間デアドラ近郊に租界を作らせたのだから良い感情を持たれないのは当たり前だった。
だがそんな国際情勢や歴史はペトラとクロードの友情に関係ない。二人は共にアーチェリーが好きで.母国ではない土地に異邦人として暮らしているから気が合う。ただそれだけだ。
だからクロードを連行するため宗教警察が研究所へやって来た時、心の底から心配してくれたのはペトラだけだった。
若草色の髪に若草色の瞳、女神への純粋な信仰心を表す白い制服に身を包む彼ら宗教警察は司法警察と同じく捜査・逮捕・勾留の権限を持ち、司法警察ならば検察に任せる起訴に関しても権限を持っている。そして裁判所は絶対に彼らに逆らわない。そんな宗教警察の前で白衣姿のペトラは妹のようにクロードを抱きしめた。
「クロード、出たら連絡すぐ!私、クロードの連絡、怖れません!」
ペトラの勇気と親愛の情に感動したクロードは細かく美しく編まれたペトラの柔らかいブレイズヘアを兄のようにそっと撫でた。異母兄弟とこんな風に打ち解けたことはないので、こんな仲の友人が出来ただけでもフォドラに来た甲斐はあったのかもしれない。アンヴァルにいるリンハルトや彼女に迷惑をかけないため、クロードは宗教警察の車中でずっと口を閉じていた。
こうして全く身に覚えのないままクロードはパルミラ大使館と連絡を取ることも許されず、宗教警察に連行された。ポケットに入れっぱなしになっていたスマートフォンを取り上げられた状態なので取調室に放置されているのも退屈で辛い。壁の染み全てにフォドラ語とパルミラ語の名前をつけ終えた頃、ようやく捜査官がやってきた。乱暴に腕を掴まれ別の部屋に連れて行かれる。
次に通された部屋は先ほどの薄汚れた取調室と違い、殺風景なことに変わりはないが改装したての室内の匂いがした。おそらくマジックミラーになっているのであろう、黒く鈍く光る横長の不自然に大きな鏡や天井に埋め込まれた空調が真新しく清潔に保たれている。何故かその新しさと快適さがクロードの恐怖を掻き立てた。
捜査官が壁のパネルを操作するとマジックミラーが透明に変化していく。こっそり観察するためのものなのに向こう側をクロードに見せて何の意味があるのだろうか。意図が読めず戸惑いながらミラーを眺めているとそこには信じられない光景が広がっていた。
ガラスの向こうにはフォドラに来た最初の年に面倒を見てくれた高校時代の恩師、ベレトらしき男が座っている。クロードが判断を保留したのは彼の髪の色と瞳の色がクロードの知るベレトと異なっているからだ。宗教警察の捜査官達と同じ若草色の髪に若草色の瞳。クロードの知るベレトは黒髪に黒い瞳だった。
「答えてくれ。あれは本当に俺の知る先生なのか?」
「そうですよ」
捜査官の言葉に驚いたクロードはガラスの向こうがどんなことになっているのか改めて観察した。ベレトは囚人服ではなく、襟元が少し伸びてしまった白の長袖のTシャツに少し色が落ちた紺色のデニムを身につけていた。空調次第では寒さを感じるだろう。そして靴を取り上げられたようで裸足の右足首と右手首が鎖で繋がれ、もう片方の足首には発信器が取り付けられていた。彼が今いる部屋の真っ白な内装と共に異様な雰囲気を放っている。
「先生、先生!一体何があったんだ!」
クロードは拘束されていなかったのでベレトの足元がどうなっているのか気づいた瞬間にマジックミラーに近寄り、必死になって特殊ガラスを叩いた。ベッドの上に体育座りをしている恩師に話しかけてみたが反応がない。向こうからはクロードの姿が見えず声も聞こえないのかもしれない。特殊ガラスにすがるクロードをこの部屋に連れてきた捜査官が無理矢理引き剥がした。
「〝協力〟して欲しいのですよ。彼はザナドなど複数の聖地に不法侵入しました。大罪です。どうしてその様なことに及んだのか調べねばなりません」
「たったそれだけで靴も取りあげたのか!パルミラならともかくフォドラは家の中でも靴を履くのに!」
捜査官はクロードのたったそれだけ、という表現を聞いて不愉快そうに舌打ちをした。
「彼とは今ちょっとした行き違いがあって、意思の疎通が少し難しい状態です。しかし取り調べが終わらねば保釈も出来ません。彼を早く自由の身にしたいですよね?」
こうしてクロードから尋問に協力する、以外の選択肢が失われてしまった。再び捜査官がパネルを操作するとようやく双方向通話が可能になった。ベレトはクロードを認識した様で微かに笑みを浮かべている。
「狂った竜の話をしようか」
「竜?パルミラの飛竜のことか?」
「白くて大きくて光の柱をあやつるんだ」
防弾ガラス越しにクロードに語りかけてきたベレトは目の前の教え子ではなく、その場にいない別の誰かに話しかけているような遠い目をしていた。
家庭の事情で留学することが決まった時、フォドラ育ちの母からかなりきつくセイロス教の禁忌に触れない様に、と注意された。しかし当時のクロードは大袈裟だという印象を受けたし、どうせ罰金刑くらいだろうと考えていた。ところがどうだろう。ベレトは秘密裏に捕われ、正気を保っているのかどうかすら怪しい。
「多少の誤差はあるがこの機会を逃す訳にいかない」
「先生、俺は先生が何を言ってるのか全く分からない」
特殊ガラス越しに交わされるクロードとベレトの会話を監視している捜査官にとって期待外れだろうがなんだろうがそう言うしかない。
「また近々話そう」
「今のは流石にわかったぞ。だがこんな環境で何を話すんだ?」
「クロードは今月誕生日だろ?カードと薔薇の花を送りたいから住所を教えてくれ」
教えて良いものか迷ったクロードは自分の傍に立つ捜査官をちらりと眺めた。捜査官が微かにうなづいたので茶番だと思いつつ、手持ちのレシートの裏に住所を書いてベレトがきちんと読めるようにガラスに押し付けた。
「割と便利なところに住んでるな」
クロードたちを見張る捜査官が、出来るだけ多く聞き取って解析したいのはこういうきちんと成立した会話ではなく先ほどの様な独り言なのかもしれない。何の根拠もなく、ふとそう思ったがクロードにベレトの発言をコントロールなど出来るはずがない。その後は面談を終えて良い、と捜査官から言われるまでベレトが口を開くことはなかった。
ベレトとの不可解な面会終了後、スマートフォンは返却されたがおそらく中によろしくないものが仕込まれているだろう。ペトラに電話するか迷ったがクロードからの連絡を怖れない、と言い切ってくれた彼女に敬意を表して無事を伝えた。
期待外れだったのかその後、クロードが宗教警察から呼び出されベレトと面談をする頻度は時を経る毎に減っていった。
研究所の上司も同僚も宗教警察に目をつけられたクロードをはっきりと避けるようになった。しかしクロードは彼らを責める気にはなれない。ペトラだけはクロードの手助けをしようとしてくれたが、周囲によって巧妙に遠ざけられている。後輩のリンハルトがガルグ=マクにいてくれればまた違ったかもしれない。
だが全て自力でやれ、と言わんばかりに周囲から人がいなくなり、クロードは自分の誕生日も思い出せなかったほど忙しくしていた。それなのにある問い合わせについて対応しろ、と上司から言われた。本人がもう来ているのに誰も手が空いていないという。
この研究所の事務処理は一体どうなってるんだ、と苛立ちながらクロードが応接室のドアを開けた。黒いレザージャケットにワインレッドのシャツ、という研究機関を訪れるには少し派手な身なりの男性が来客用のカップの中でも最も値がはるティーカップを手に座っている。アシンメトリーに伸ばされた紫の髪は美しく整えられ、肌は磁器のように白い。整った鼻筋と紫水晶のような瞳が見る人にシャープな印象を与える。手足が細長い典型的なフォドラの美丈夫だ。
クロードの客にも関わらず、お高い茶器を出してもらっているのは来客を確認するモニターで女子の皆さんによる顔面の審査に合格し、玄関から応接室までの数メートルで案内役を〝落とした〟からだろう。
「ローレンツ=ヘルマン=グロスタールだ。国立ガルグ=マク大学で認知考古学を研究している。研究に協力してくれる神経科学の専門家を紹介して欲しい、と相談したらここを紹介された」
ローレンツがカップを置き、立ち上がって握手を求めてきたのでクロードも名乗って手を差し出した。手首に香水でもつけているのか彼からは薔薇の香りがする。手を握られた際に白く長い指でそっと白衣の袖口に畳んだ紙を差し込まれた。突然のことに驚愕したクロードだが、ここで過剰に反応するのも未熟さを晒すだけような気がして必死で無反応を装った。
袖口の感触に思考の一部をとらわれながら彼の研究にクロードがどう協力できるのか、について二人で話していたらあっという間に時間が経ってしまった。とりあえず今日のところはこの辺で、と玄関まで見送った時に彼の方が足が長く歩幅が大きいことが分かり、それが少し悔しい。解散してすぐにクロードはトイレの個室に駆け込んだ。
袖口から紙を取り出すとそこには「誕生日おめでとう」とだけ書いてある。握手した時のひんやりとした手の感触を思い出したクロードはバツが悪そうな顔をして、ベレトからの祝いの言葉が書かれた紙を破いてトイレに流した。帳尻を合わせるためにも改めて彼の私的な連絡先を聞き出さなくてはならない。畳む