「flow」第2部 2.神様の足跡 #完売本 #クロロレ #flow #現パロ 続きを読む フォドラの殆どの地域において野生の飛竜は十八世紀頃に絶滅している。現在使役動物としてフォドラで使用されている飛竜はダグザ原産の品種で、牧場で繁殖させたものだ。パルミラとの国境近くにあるクパーラ居留地にはまだ野生の群れが残っているが、数が減り中世のように気軽な使役動物には出来ない。 絶滅させないように全ての個体に認識番号が与えられ、保護区で政府と学者たちに守られている。死因がなんであれ亡骸が見つかれば解剖され剥製にされる状態だ。それが現代の弔いだとしたら、遠い未来の人々は現代人の精神の営みをどう感じるのだろうか。 埋葬の仕方やその時に施された装飾などは当時の人々の精神を分かりやすく教えてくれる。ローレンツは学部生たちに向けて認知考古学の説明をする際、フォドラ各地に残っている軍馬の慰霊碑を例に出す。 羽をつけてしまうと天馬と見分けがつかなくなるのだが、戦闘で命を落とした軍馬たちを悼んだ中世フォドラの人々は彼らが天国へ直接飛んで行くことを望んだらしい。軍馬たちをレリーフに刻む時、彼らの背中に羽を彫った。一方で天馬は埋葬する際にオーナーが角を折って角だけを手元に残して美しい箱に入れる。そのようにして生前の姿を偲ぶ風習があったせいか、天馬たちは角のない姿でレリーフに刻まれていた。とにかく慰霊碑のレリーフだけを見ると馬なのか天馬なのか判別出来ない。 では何故軍馬も天馬も慰霊碑に残したのが、死後の姿であったのか。このように残された遺物から当時の人々の精神や身体の営みを考察するのが認知考古学だ、というと分かってもらいやすいからだ。 ローレンツは碑文が傷んで読めなくなっている慰霊碑に狙いを定め、ガルグ=マク公文書館で取り寄せ可能な全ての軍馬と軍用天馬の登録書類と傷んだ慰霊碑を管理している修道院や教会に納められた台帳を照らし合わせた。どの慰霊碑が軍馬のものでどの慰霊碑が軍用天馬のものであったのかを丹念に調べ、その結果を論文にまとめて博士号を取得している。 社会科を教えていたベレトはローレンツの学位取得をとても喜んで論文の感想をメールで寄越した。それをきっかけにゆるやかなやりとりが2人の間で交わされるようになっている。ただし、なかなか直接会うことは叶わなかった。ローレンツはそれが自分が多忙であるからだ、と思い込んでいた。 ザナドにはセイロス教の主神である女神ソティスとその娘である大司教レアが眠っている。戦後レアが体調を崩して亡くなった時、彼女が寂しくないようにベレトは天帝の剣をレアの胸に抱かせて葬った。本当に君はそれでいいのか、と戸惑いながらも問うたセテスの顔を今でも覚えている。 ベレトがレアの弔いのためだけにフォドラ最強の武器を手放したからだ。ナバテアの民のものをナバテアの民へ返した件について今でも悔いはない。ただローレンツの論文を読んであること思い出した。 レアの亡骸を納めた棺は二重になっている。外側の棺は当時の典型的なフォドラの装飾が施されていたが内側の棺は全く違う。セテスの指示で、幾何学的な模様と当時のベレトが絶対に見たことがない物のレリーフが彫られていた。だが、現代人ならひと目見て理解する。 何百年か前に眷族の亡骸を悪用されない埋葬方法について調べた時は結局答えが出なかった。 ───だがあれなら。 クロードの学年を担当した後、ベレトは更に強烈な眠気を感じるようになった。これではもう教師を続けられない。そう考えて職を辞している。 ソティスが教えてくれた寿命が近づきつつあるだけ、と分かっていたのでクパーラには行かなかった。ありがたいことに、かつてシルヴァンが贈与してくれたブレーダッドオイル株のおかげで生活費には困らない。うたた寝の合間に自分が作った街を彷徨って砂山が風に撒き散らされて消えるように独り、この世を去るのだろう。そう思っていたベレトだがローレンツのおかげで最後に答えを見つけられた。 ならば起きている間は悔いがないように動かねばならない。 ベレトが再び動き始めた頃、英雄の遺産が当時の人々からどのように認知されていたのか、を研究テーマに定めたローレンツはどうしても神経科学の専門家───特に物の見え方について詳しい専門家に協力してもらう必要があるのに見つからず、困っていた。当たり前だが彼はベレトが抱える事情など知る由もない。ローレンツが呑気に自分の研究に協力してくれそうな神経科学の専門家を知らないか、と恩師に問い合わせてきた。 教え子たちとゆるく交流しつつフォドラ各地にあるナバテアの民の痕跡を探るくらいなら、在野の研究者の行動として見逃されただろう。だがベレトはセイロス教会が聖地として封印していた墓所に入り込んでは、フォドラの民からは隠されていた内棺のレリーフがどんなものであったか確かめて回っていた。宗教警察からすれば度し難い行為だろう。 宗教警察のベレトに対する態度は事情がわからないものからすれば矛盾していた。聖地に入り込んで墓暴きをした時点で射殺されてもおかしくないのに何故か勾留している。ベレトは行動だけ見れば許し難い大罪人ではあるがそれと同時に逮捕時の抵抗ぶりから、彼が眷族である可能性が排除できないからだ。 加えて彼の唐突な眠りや深い眠り、それに半覚醒状態がナルコレプシーのようなヒトの病気なのか、弱った眷族や弱った白きものが陥る状態異常なのか宗教警察には分からない。墓暴きを阻止するためにも、衰弱死される前に保護して調べるためにも宗教警察はベレトを勾留する必要があった。 後に変わり果てたベレトを見たクロードが発した「どうして」は宗教警察に向けられていたが、ローレンツが発した「どうして」は恩師ベレトに向けられていた。フォドラ育ちかどうかの違いだろう。 「先生、どうしてそんな危険なことをしたんだ」 「天啓があった」 その天啓はローレンツの論文からもたらされた、と伝えると更に揉めそうなのでベレトは必要最低限のことしか言わなかった。 「手続きを蔑ろにするなと僕に教えてくれたのは先生ではないか!!」 「そうだな、現代社会で手続きを蔑ろにした結果がこれだ」 そう言ってベレトはガラス越しに右腕の鎖をじゃらじゃらと振った。ローレンツが苛立ちと心配のあまり震えながらとにかく何か言い返そうとしたその時、ベレトは意識を失い床に崩れ落ちた。その光景を見た捜査官がため息を吐いてタッチパネルを操作し始める。 医者らしきスタッフが現れ、ガラス越しの会話は不可能になった。老けない人だと思っていたがそんな単純化、合理化は良くなかったのかもしれない。ベレトのいる部屋から視線を外さず、ローレンツは捜査官に話しかけた。答えが得られずとも問うことが止められない。 「あなた方は僕に何をさせたい。変わった人だが世話になったんだ」 「いつもはとても無口なのです。何をしようと話さない」 「被告人の不利になるのなら僕は絶対に協力しない」 ガラスの向こうの部屋ではローレンツが医師だと思った男がベレトのバイタルを確認し、レストを掛けている。どうやら修道士のようだった。そしてレストは効き目がないらしい。あの急激な意識の喪失は状態異常ではない可能性がある。 「これは私個人の考察に過ぎませんが彼は死につつある。アポトーシス状態です」 その言葉を聞いたローレンツは捜査官を殴らず、その代わりに睨みつけた。声を荒げないでいられるだろうか。 「では治癒専門の修道士がいる施療院か病院か医療刑務所に移送すべきだ」 「その前に一体彼が何を知っているのか、何をしようとしたのか把握せねばなりません。それが把握出来なければ移送は不可能です」 このままこの部屋で誰にも会わせず死なせたいですか?と捜査官から問われ、ローレンツから尋問に協力する以外の選択肢が失われてしまった。きっとローレンツ自身も痛くもない腹を探られるだろう。 ベレトが逮捕された時、ローレンツはパルミラにおいてゴネリル家に伝わる十傑の遺産、フライクーゲルがどの様に記録されていたのかを調査していた。国を跨ぐとネット回線には色々と不具合が起きるものらしい。逮捕前の恩師から送信されていた謎の圧縮ファイルは上手く開けず、ローレンツがパルミラにいる間だけ使っていた現地のフリーメールサービスのサーバー上にずっと残っている。あれの正体も彼らは暴くのだろうか。 週に二時間程度で構わない、と提案されたのはローレンツの生活に影響が出ないように配慮したわけではない。宗教警察がローレンツに大して期待していないからだ。ガラス越しではなくベレトの入る独房に入っての会話が許されたのも、ローレンツが危害を加えられても構わない程度の存在だからだ。 「そうだ、ローレンツ。この部屋は魔法が封じられているらしいぞ。まあこんな室内でメテオを撃つ気にはならないが」 ローレンツはその身にグロスタールの小紋章を宿すので当然、魔法が使える。しかし科学の発展したこのご時世において魔法など、使えずとも生活には困らない。キャンプやBBQの時に便利な火種扱いされて終わる。 試しに燃やしてみるか、とベレトから渡されたメモ用紙に向け、ローレンツは初歩の初歩であるファイアーの呪文を唱えてみたが全く発動しない。おそらく床と天井に術式を妨害する魔法陣が書いてあるのだろう。 ベレトは鎖の音をさせながらローレンツから彼が燃やせなかったメモ用紙を受け取ると、掌の上でなんなく燃やした。黒く焦げた残り滓をふっと吹いてあたりに散らかしている。残り滓が空調の風に乗って、若草色の髪に引っ掛かったのでローレンツが摘んでゴミ箱に捨ててやった。指に煤がついてしまったので後で洗わねばならない。 「先生さすがだな」 ベレトの持つ圧倒的な力にローレンツは呆れてしまった。この様子からすると鎖もいつでも壊せるし、メテオやアグネアの矢を撃って建物を壊すことなど簡単なのだろう。出来るのに脱走しないのはローレンツが思うに、ベレトがここに居てやってもいいと考えたからだ。 「クロードとは上手くいっているか。照れ屋だが親切だろう。建物の構造と視線誘導はいいテーマだな。論文を読むのが楽しみだ」 そしてベレトがここに居てやってもいい、と思っているのは眠りにつく時間が段々と伸びているからだ。 「あれは照れ屋という表現を使って良いものか僕には分からない。ちょっとしたことですぐのぼせる。のぼせが症状の病気だってあるのだから病院で検査を受けるべきだ」 ローレンツが少し頬を染め伏し目がちにそうこぼすのを聞いて、ベレトは目の前の泡が弾け飛んだような気持ちになった。ベレトは自分にまとわりつく眠気を泡のようだと感じている。泡が弾け飛んでくれれば頭が動く。ローレンツやクロードの言葉を聞くと泡が弾け飛ぶことが多い。 一方で宗教警察の捜査官たちの言葉は泡となってベレトにまとわり続け、意識を深く───深く沈めていく。おそらく親近感の違いなのだろう。ベレトは不貞寝するくらい設立がショックだった宗教警察に捕らえられ、疑似的な死である眠りにどうしようもなく包まれ、確認したいことやりたいことは全て中途半端というやるせない状況にある。それでもベレトはずれた、としか言いようのない相手に恋をしたクロードに同情してしまった。畳む 小説,BL 2024/11/15(Fri)
#完売本 #クロロレ #flow #現パロ
フォドラの殆どの地域において野生の飛竜は十八世紀頃に絶滅している。現在使役動物としてフォドラで使用されている飛竜はダグザ原産の品種で、牧場で繁殖させたものだ。パルミラとの国境近くにあるクパーラ居留地にはまだ野生の群れが残っているが、数が減り中世のように気軽な使役動物には出来ない。
絶滅させないように全ての個体に認識番号が与えられ、保護区で政府と学者たちに守られている。死因がなんであれ亡骸が見つかれば解剖され剥製にされる状態だ。それが現代の弔いだとしたら、遠い未来の人々は現代人の精神の営みをどう感じるのだろうか。
埋葬の仕方やその時に施された装飾などは当時の人々の精神を分かりやすく教えてくれる。ローレンツは学部生たちに向けて認知考古学の説明をする際、フォドラ各地に残っている軍馬の慰霊碑を例に出す。
羽をつけてしまうと天馬と見分けがつかなくなるのだが、戦闘で命を落とした軍馬たちを悼んだ中世フォドラの人々は彼らが天国へ直接飛んで行くことを望んだらしい。軍馬たちをレリーフに刻む時、彼らの背中に羽を彫った。一方で天馬は埋葬する際にオーナーが角を折って角だけを手元に残して美しい箱に入れる。そのようにして生前の姿を偲ぶ風習があったせいか、天馬たちは角のない姿でレリーフに刻まれていた。とにかく慰霊碑のレリーフだけを見ると馬なのか天馬なのか判別出来ない。
では何故軍馬も天馬も慰霊碑に残したのが、死後の姿であったのか。このように残された遺物から当時の人々の精神や身体の営みを考察するのが認知考古学だ、というと分かってもらいやすいからだ。
ローレンツは碑文が傷んで読めなくなっている慰霊碑に狙いを定め、ガルグ=マク公文書館で取り寄せ可能な全ての軍馬と軍用天馬の登録書類と傷んだ慰霊碑を管理している修道院や教会に納められた台帳を照らし合わせた。どの慰霊碑が軍馬のものでどの慰霊碑が軍用天馬のものであったのかを丹念に調べ、その結果を論文にまとめて博士号を取得している。
社会科を教えていたベレトはローレンツの学位取得をとても喜んで論文の感想をメールで寄越した。それをきっかけにゆるやかなやりとりが2人の間で交わされるようになっている。ただし、なかなか直接会うことは叶わなかった。ローレンツはそれが自分が多忙であるからだ、と思い込んでいた。
ザナドにはセイロス教の主神である女神ソティスとその娘である大司教レアが眠っている。戦後レアが体調を崩して亡くなった時、彼女が寂しくないようにベレトは天帝の剣をレアの胸に抱かせて葬った。本当に君はそれでいいのか、と戸惑いながらも問うたセテスの顔を今でも覚えている。
ベレトがレアの弔いのためだけにフォドラ最強の武器を手放したからだ。ナバテアの民のものをナバテアの民へ返した件について今でも悔いはない。ただローレンツの論文を読んであること思い出した。
レアの亡骸を納めた棺は二重になっている。外側の棺は当時の典型的なフォドラの装飾が施されていたが内側の棺は全く違う。セテスの指示で、幾何学的な模様と当時のベレトが絶対に見たことがない物のレリーフが彫られていた。だが、現代人ならひと目見て理解する。
何百年か前に眷族の亡骸を悪用されない埋葬方法について調べた時は結局答えが出なかった。
───だがあれなら。
クロードの学年を担当した後、ベレトは更に強烈な眠気を感じるようになった。これではもう教師を続けられない。そう考えて職を辞している。
ソティスが教えてくれた寿命が近づきつつあるだけ、と分かっていたのでクパーラには行かなかった。ありがたいことに、かつてシルヴァンが贈与してくれたブレーダッドオイル株のおかげで生活費には困らない。うたた寝の合間に自分が作った街を彷徨って砂山が風に撒き散らされて消えるように独り、この世を去るのだろう。そう思っていたベレトだがローレンツのおかげで最後に答えを見つけられた。
ならば起きている間は悔いがないように動かねばならない。
ベレトが再び動き始めた頃、英雄の遺産が当時の人々からどのように認知されていたのか、を研究テーマに定めたローレンツはどうしても神経科学の専門家───特に物の見え方について詳しい専門家に協力してもらう必要があるのに見つからず、困っていた。当たり前だが彼はベレトが抱える事情など知る由もない。ローレンツが呑気に自分の研究に協力してくれそうな神経科学の専門家を知らないか、と恩師に問い合わせてきた。
教え子たちとゆるく交流しつつフォドラ各地にあるナバテアの民の痕跡を探るくらいなら、在野の研究者の行動として見逃されただろう。だがベレトはセイロス教会が聖地として封印していた墓所に入り込んでは、フォドラの民からは隠されていた内棺のレリーフがどんなものであったか確かめて回っていた。宗教警察からすれば度し難い行為だろう。
宗教警察のベレトに対する態度は事情がわからないものからすれば矛盾していた。聖地に入り込んで墓暴きをした時点で射殺されてもおかしくないのに何故か勾留している。ベレトは行動だけ見れば許し難い大罪人ではあるがそれと同時に逮捕時の抵抗ぶりから、彼が眷族である可能性が排除できないからだ。
加えて彼の唐突な眠りや深い眠り、それに半覚醒状態がナルコレプシーのようなヒトの病気なのか、弱った眷族や弱った白きものが陥る状態異常なのか宗教警察には分からない。墓暴きを阻止するためにも、衰弱死される前に保護して調べるためにも宗教警察はベレトを勾留する必要があった。
後に変わり果てたベレトを見たクロードが発した「どうして」は宗教警察に向けられていたが、ローレンツが発した「どうして」は恩師ベレトに向けられていた。フォドラ育ちかどうかの違いだろう。
「先生、どうしてそんな危険なことをしたんだ」
「天啓があった」
その天啓はローレンツの論文からもたらされた、と伝えると更に揉めそうなのでベレトは必要最低限のことしか言わなかった。
「手続きを蔑ろにするなと僕に教えてくれたのは先生ではないか!!」
「そうだな、現代社会で手続きを蔑ろにした結果がこれだ」
そう言ってベレトはガラス越しに右腕の鎖をじゃらじゃらと振った。ローレンツが苛立ちと心配のあまり震えながらとにかく何か言い返そうとしたその時、ベレトは意識を失い床に崩れ落ちた。その光景を見た捜査官がため息を吐いてタッチパネルを操作し始める。
医者らしきスタッフが現れ、ガラス越しの会話は不可能になった。老けない人だと思っていたがそんな単純化、合理化は良くなかったのかもしれない。ベレトのいる部屋から視線を外さず、ローレンツは捜査官に話しかけた。答えが得られずとも問うことが止められない。
「あなた方は僕に何をさせたい。変わった人だが世話になったんだ」
「いつもはとても無口なのです。何をしようと話さない」
「被告人の不利になるのなら僕は絶対に協力しない」
ガラスの向こうの部屋ではローレンツが医師だと思った男がベレトのバイタルを確認し、レストを掛けている。どうやら修道士のようだった。そしてレストは効き目がないらしい。あの急激な意識の喪失は状態異常ではない可能性がある。
「これは私個人の考察に過ぎませんが彼は死につつある。アポトーシス状態です」
その言葉を聞いたローレンツは捜査官を殴らず、その代わりに睨みつけた。声を荒げないでいられるだろうか。
「では治癒専門の修道士がいる施療院か病院か医療刑務所に移送すべきだ」
「その前に一体彼が何を知っているのか、何をしようとしたのか把握せねばなりません。それが把握出来なければ移送は不可能です」
このままこの部屋で誰にも会わせず死なせたいですか?と捜査官から問われ、ローレンツから尋問に協力する以外の選択肢が失われてしまった。きっとローレンツ自身も痛くもない腹を探られるだろう。
ベレトが逮捕された時、ローレンツはパルミラにおいてゴネリル家に伝わる十傑の遺産、フライクーゲルがどの様に記録されていたのかを調査していた。国を跨ぐとネット回線には色々と不具合が起きるものらしい。逮捕前の恩師から送信されていた謎の圧縮ファイルは上手く開けず、ローレンツがパルミラにいる間だけ使っていた現地のフリーメールサービスのサーバー上にずっと残っている。あれの正体も彼らは暴くのだろうか。
週に二時間程度で構わない、と提案されたのはローレンツの生活に影響が出ないように配慮したわけではない。宗教警察がローレンツに大して期待していないからだ。ガラス越しではなくベレトの入る独房に入っての会話が許されたのも、ローレンツが危害を加えられても構わない程度の存在だからだ。
「そうだ、ローレンツ。この部屋は魔法が封じられているらしいぞ。まあこんな室内でメテオを撃つ気にはならないが」
ローレンツはその身にグロスタールの小紋章を宿すので当然、魔法が使える。しかし科学の発展したこのご時世において魔法など、使えずとも生活には困らない。キャンプやBBQの時に便利な火種扱いされて終わる。
試しに燃やしてみるか、とベレトから渡されたメモ用紙に向け、ローレンツは初歩の初歩であるファイアーの呪文を唱えてみたが全く発動しない。おそらく床と天井に術式を妨害する魔法陣が書いてあるのだろう。
ベレトは鎖の音をさせながらローレンツから彼が燃やせなかったメモ用紙を受け取ると、掌の上でなんなく燃やした。黒く焦げた残り滓をふっと吹いてあたりに散らかしている。残り滓が空調の風に乗って、若草色の髪に引っ掛かったのでローレンツが摘んでゴミ箱に捨ててやった。指に煤がついてしまったので後で洗わねばならない。
「先生さすがだな」
ベレトの持つ圧倒的な力にローレンツは呆れてしまった。この様子からすると鎖もいつでも壊せるし、メテオやアグネアの矢を撃って建物を壊すことなど簡単なのだろう。出来るのに脱走しないのはローレンツが思うに、ベレトがここに居てやってもいいと考えたからだ。
「クロードとは上手くいっているか。照れ屋だが親切だろう。建物の構造と視線誘導はいいテーマだな。論文を読むのが楽しみだ」
そしてベレトがここに居てやってもいい、と思っているのは眠りにつく時間が段々と伸びているからだ。
「あれは照れ屋という表現を使って良いものか僕には分からない。ちょっとしたことですぐのぼせる。のぼせが症状の病気だってあるのだから病院で検査を受けるべきだ」
ローレンツが少し頬を染め伏し目がちにそうこぼすのを聞いて、ベレトは目の前の泡が弾け飛んだような気持ちになった。ベレトは自分にまとわりつく眠気を泡のようだと感じている。泡が弾け飛んでくれれば頭が動く。ローレンツやクロードの言葉を聞くと泡が弾け飛ぶことが多い。
一方で宗教警察の捜査官たちの言葉は泡となってベレトにまとわり続け、意識を深く───深く沈めていく。おそらく親近感の違いなのだろう。ベレトは不貞寝するくらい設立がショックだった宗教警察に捕らえられ、疑似的な死である眠りにどうしようもなく包まれ、確認したいことやりたいことは全て中途半端というやるせない状況にある。それでもベレトはずれた、としか言いようのない相手に恋をしたクロードに同情してしまった。畳む