-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」15.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 話し合いは杞憂に終わった。
 あまり大股で歩けないローレンツに合わせて歩くしかなかったため、日が暮れても人里に辿り着けていない。天幕を張るのにちょうどいい場所を探しているときに一言あ、と言ってローレンツが背嚢を持ったまま、木陰に身を隠した。用でも足すのかとクロードが少し離れた場所で待っていると中々戻ってこない。心配になって何が起きたのか見に行くと彼は身を丸くして蹲っていた。
「どうやら君の矢は的を外したようだ。そして今日はもう歩けそうにない」
 抑制剤を服用していない状態での生理は重いと聞くのに、貧血気味で青ざめたローレンツがそんな冗談を言うのでクロードは思わず笑ってしまった。彼は自分の体調が悪く、足を引っ張ってしまっていることを気にしている。ここで笑わない方がもっと失礼な気がした。
「いいさ、背負ってやるよ。借りを返すなんて思わないでくれ」
 大柄なローレンツを背負って休み休み歩きながらようやく小さな集落に辿り着いた。開戦の知らせはこんなところにも伝わっていて村人たちは不安がっている。金貨を差し出し、ローレンツを暖かい場所で休ませてもらうことにした。
 屋内に入れて安心したのかローレンツは毛布に包まって暖炉の前から動かない。彼の代わりにクロードがこの先の足の手配をしていた。街道まではおそらく馬か橇になるだろう。そして案の定、橇は余っていてもそれを引く馬や犬が余っていなかった。
 時間の経過とともにローレンツの体調は戻るが追っ手も距離を詰めてくる可能性が高い。ダフネル家が完全に支配している街道まで早く移動しなければならなかった。少し遠くまで狩りにでている男衆が戻ったら改めて相談するしかない。
 クロードが脳内で地図を広げ、黙りこくって考えごとに耽っているとクロードたちを招き入れてくれた家の奥方が、背中に赤ん坊をおぶったまま煎じ薬と身体を拭く布や水桶を持ってきてくれた。微動だにしないローレンツを見てため息をつく。
「ちょっと旦那さんあなたね、早く子供を産ませてあげないからいつまでも月のものが重いのよ。可哀想に、私も覚えがあるわ。でも子供を産んで本当に軽くなったの」
 そりゃあね、すごく綺麗な男オメガだし二人きりの時間を長く楽しみたいってのは分かるけど───から始まった怒涛の小言が終わるまでクロードは押し黙っていた。傾聴を終えご忠告感謝します、というと満足したのか働き者の彼女は再び外へと戻っていった。確かにクロードとローレンツは発情期に行為に及んでいる。だが、無関係な他者から連れ合いに見られるとは考えていなかった。
「血の匂いかな……いつもなら香水で誤魔化すのだがこんな状況では仕方がない。クロード、君は不本意だろうが僕の体調が戻るまではそう思わせておいた方がいい。僕はまだ君に肩を貸してもらわねば歩けないし、これで追手への証言内容も変わるだろう」
 毛布の塊から声がした。彼はずっとうずくまっていたがきちんと会話は耳にしていたらしい。クロードはそっとローレンツの隣に座って労るように身体を撫でた。
「明日になったところで身動きが取れるかどうか分からないんだ。今はゆっくり休むといい」
 追手が探しているのはリーガン家の嫡子とグロスタール家の嫡子だ。だが集落の住民たちはクロードとローレンツをアルファとオメガの若い連れ合いだと思っている。誤解が深まれば深まるほどローレンツの言うとおり追手の聞き込みを否定してくれるだろう。
 深くため息をついたローレンツは意を決して身を起こし、奥方が煎じてくれた薬を口にした。山で摘んだ薬草をただ煎じただけの素朴なものなので見るからに苦い。クロードは苦さに溜まりかねて眉間に皺を寄せているローレンツの眉間に唇を落として真っ直ぐな紫の髪を褐色の手で梳いた。
「なっ……何をするんだ?!」
 驚いたローレンツが取り落とす前にクロードは煎じ薬の入った水呑みを取り上げ、倒さないように机の上に置いた。
「誤解させといた方が良いんだろ?しかしローレンツも髪の毛伸びたな」
 ガルグ=マクにいた頃は耳の辺りで切り揃えられて髪が顎のあたりまで伸びている。手入れも満足に出来なかったので少し不揃いになっていた。だが、悪くない。
「フェルディアにいた頃はもっと長かった。魔力は髪の毛にも宿るからな」
 ローレンツは白い指で肩のあたりを叩いた。この辺まで伸ばしていた、ということなのだろう。そして彼のいう通り、確かに各学級で魔法の専門職を目指していた生徒は皆髪の毛を伸ばしていた。
「そういやマリアンヌやアネットも髪の毛が長かったな」
「メルセデスさんやリンハルトくん、それにドロテアさんも伸ばしていただろう?ハンネマン先生やマヌエラ先生の域に達すれば関係ないが」
「また伸ばせよ」
 クロードがそういうとローレンツは自分の頭を手櫛で梳いた。
「ああ、毛先が跳ねていて苛々する。手入れにも手間が掛かるし馬術や槍術の邪魔になると思ってあの長さにしていた」
「剃刀だけじゃあの髪型は無理だよな」
 フォドラの歩兵は基本、髭を生やさない。格闘中に敵の戦士に髭を掴まれてしまうと不利になるからだ。士官学校では騎兵を目指す者達も基本、髭を伸ばさないようにこまめに手入れせよ、と指導される。セテスの顎髭やハンネマンやアロイスの口髭は実力の証なのだ。
「そういう君は狩猟小屋で剃るまでは随分と髭が伸びていたな」
 ローレンツがクロードの頬にそっと触れた。ここ数日は髭剃りを怠けているので無精髭が生えている。一方でローレンツは体毛が薄い。あんな仲になる前は単に身嗜みに気をつけていると思っていたが、彼の体毛が薄いのは男オメガだからだ。
「歩兵っぽくなくて良いだろ?」
「君も頬髭なら似合うのではないだろうか」
「考えておく。そうだ、水と布をもらったから身体拭いてやろうか?」
 オメガにまつわる艶やかな噂話は他にもいくつかある。しかしクロードが実際に確かめるに至ったのは手入れをせずとも体毛が薄い、ということだけだ。他のことはフェロモンにあてられていたのでよく覚えていない。細い腰に回した手は軽くつねられてしまった。
「自分で出来るからいい。好奇心を満たしたいだけなら外に出て行け」
 図星だったのでクロードは外に追い出された。薪割りでもするか、と家の裏に回ってみれば余所者であることが明らかな武装した何者かが奥方に話しかけている。エーデルガルトが同盟領に潜伏させていた密偵の可能性も、先に戻したマリアンヌが帰りがてらエドマンド家の名でクロードたちの救助を手配してくれた可能性もある。どちらなのか判るまで迂闊なことはできない。騒ぎを起こしてしまったらまだ具合の悪いローレンツを抱えてどう姿を眩ますべきか。クロードは奥方と余所者の様子を物陰に潜んで窺った。
「若夫婦を探している。……の方が無精髭で……の方は髪の長さが顎くらいまでの……」
「その二人なら今うちで休んでるわ!男オメガの方は随分と辛そうだから迎えがきてくれて安心したよ」
 エーデルガルトが放った密偵ならばクロードとローレンツをそれぞれ探すはずだが、正確なことを伝えられないまま二人まとめて探しているならばマリアンヌが手配したものだろう。こうして安全と移動手段は確保できたが、クロードとローレンツの二人旅は突然終わった。畳む