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雑多です。
「さかしま」17.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 ダフネル領の領主ジュディッドの厚意で身支度を整えたクロードとローレンツは用意してもらった馬車で、デアドラ郊外にある馬場までは共に行動した。水の都デアドラの市街地には水路と歩道しかないのでデアドラに滞在するものは皆、自分たちが乗ってきた馬や天馬、それに飛竜をそこに預ける。建物が密集しているので〝落し物〟の懸念がある天馬や飛竜も原則として飛行が許可されていない。
 知らせが来ていたのかリーガン家からもグロスタール家の上屋敷からも迎えのものが来ていた。両家は家臣同士も仲が悪いので飛竜を連れたリーガン家の召使をグロスタール家の召使が睨んでいる。飛行がらみの特権を見せつけられたのが悔しいのだ。
 消火隊と産婆、それにリーガン家の者だけが、デアドラの市街地で自由に飛竜や天馬で飛ぶことが出来る。
 二人はここまで送り届けてくれたダフネル家の家臣に礼を言いながら馬車を降りた。互いの顔を一瞥したがその後は一切、振り返ることもなくクロードは飛竜に跨り、ローレンツは渡し船に乗った。二人が個人でいられた時間はこれでおしまいだ。

 クロードのまたがる飛竜の鞍には三日月の紋章が、ローレンツの乗ったグロスタール家の船には長衣をまとった洋灯の紋章があしらわれている。ゴネリル家、ダフネル家の家紋と共にレスター諸侯同盟の紋章を構成しているものだ。クロードはこれから祖父オズワルドに会わねばならない。
 今後のフォドラの情勢について考えるとクロードは実家で異母兄たちから真っ暗な物置に閉じ込められた時のような気持ちになる。クロードはあの時、あれだけ欲しかった暖かな光を放つ洋灯を手放してしまった。しかし自分はフォドラの情勢を落ち着かせたら故郷に帰るのだから仕方ない。
 母ティアナが育ったリーガン家の本宅に着くとクロードは外套姿のまま、祖父がいる書斎へ向かった。定期的に執事によって片付けられているが、クロードの祖父なだけあって混沌としていることも多い。今日はどうだろうか。
「祖父さん、戻ったぜ。両手両足の指も全部無事だ」
 そう言って扉をいきなり開けたクロードを出迎えたのは書斎の椅子に腰掛け、うたた寝をしている祖父オズワルドの姿だった。自分の後継者と決めた息子のゴドフロア一家を事故で失い、憔悴しきって眠ることも忘れていた時期なら有り得ないだろう。唯一この世に残された孫の声を聞き、年を経て垂れてきた瞼が上がるとクロードと同じ緑の瞳が現れた。
「お帰りクロード」
「あまりによく寝てるから呼吸してるかどうか確認するところだった」
 クロードの故郷パルミラでは人を虜にして殺す怪物の瞳の色が緑だと信じられている。母ティアナも同じ瞳の色をしていてとにかく不吉だと言われていた。パルミラの者たちがフレンやセテス、それにレアが女神に仕える者たちだ、と知ったらどんな顔をするだろうか。
「お前のための椅子を温められればそれで構わない。よく無事に戻って来た。近寄ってよく顔を見せておくれ」
 痩せて皮が骨に張り付いているような手が雪で焼けたクロードの顔を挟む。
「男っぷりが上がってると良いんだがな」
「ああ、若い頃の儂にそっくりだ。これならどんな娘でもなびくさ」
 クロードがなびいて欲しいのはグロスタール家の嫡子だ。それを知ったら祖父はなんというのだろう。叔父一家やラファエルの両親の死に関わっている噂があるグロスタール家の嫡子、ということでクロードは最初、ローレンツを警戒していた。しかし今思えば彼は最初から誠実だったのだ。クロードにもきちんと警告を発し、宣言してから監視を始めている。危ういが生真面目だ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ……」
「儂がお前くらいの頃にそんなことばかり考えていたよ。平和だった証拠だろう。年長者として情けなく思う」
「爺さんのせいじゃないだろ、宣戦布告した帝国のせいだ」
 クロードはセイロス教や英雄の遺産や修道院の謎という浪漫より現実に関心を持つべきだったのかもしれない、と思っていた。修道院の壁を見るよりローレンツのように人を見るべきだったのかもしれない。エーデルガルトもヒューベルトも全力で隠していたが、今思えばとても怪しかったのだ。
「儂は先に逝く。それは順番だから当たり前のことだ。だがクロード、お前は山に物資を隠しておいた時のように凡ゆる手を打って、どんなことがあっても生き延びるのだ」
「もう知ってるのか?」
「エドマンド辺境伯の娘から、な。あの娘を最初に帰して正解だったな。旅装姿のまま直接、儂宛の手紙とお前宛の手紙を持ってきた」
 クロードたちを保護して教会やダフネル家まで連れて行ってくれた迎えの者がデアドラで余計なことに気づく前に、ダフネル領からエドマンド領へ陸路で直帰させたのも中々に気が利いている。オズワルドは書類の山からマリアンヌからの手紙を引っぱり出した。
「祖父さん宛?」
「脱出行に関してお前の判断と手腕を褒めていたよ。自分が辺境伯になったらクロードを支持するがそれはオズワルド公の孫だからではない、とも書いてあった。実に惜しい。美人か?」
「そうだな、ゴネリル家のご令嬢と並んでも引けは取らないね」
 オズワルドが自分宛の手紙をクロードに見せてくれた。馬車に乗りながら書いたのか字はところどころ乱れているが、マリアンヌからの手紙はすぐに口ごもる本人が書いたものとは思えないほど表現が豊かで理路整然としている。素早い行動といい手紙だけ読めば領主の妻にぴったりだろう。
「養女だそうだな。多分後継者になれるだろう。数年後には引く手数多だな」
 カリードがクロードになるにあたって、母ティアナから祖父のオズワルドに出された条件がいくつかある。そのうちのひとつが息子はパルミラの王子でもあるのだからティアナの許可なくリーガン家のために婚約や結婚をさせないこと、だった。オズワルドは今のところ娘との約束を守るつもりらしい。
 自分宛の手紙が本当に未開封かどうかは判らない。だが、祖父から盗み読みをされなかったという体でクロードは封を開けた。祖父宛のものと同じく移動中に急いで書いたのか字がところどころ乱れている。
 真っ先に戻してもらったお礼に独断で迎えを出したこと、そして迎えの者が自分が誰を探しているのか分からない方が裏切られることなく、安全だと思ったので迎えの者に敢えて嘘を教えた件について詫びていた。
 マリアンヌはクロードがアルファだとは知らない。本当にクロードたちを偽装させたと思っている。ローレンツと本当に深い仲になった、と彼女に告げたらどんな顔をするだろうか。信心深い彼女なら自分は嘘をついていなかった、と女神に感謝の祈りを捧げるかもしれない。
「何にしても無事に帰せて良かったよ。マリアンヌが一番家が遠いんだ」
 マリアンヌはやたらクロードに宛てた手紙の中でローレンツが無事かどうか気にしていた。天候が不順な中でローレンツを放置するのも、彼を発情させたまま連れて歩くのも嫌で肉体関係を持ってしまった。無事に帰すための手段だったが、ローレンツがもし女性だったなら純潔を失ったことになる。無事に帰してやれたとは言えないだろう。
「向こうもお前に感謝しとるだろう。今日はゆっくり休みなさい。食事も自分の部屋で取って構わない」
 祖父がそう言ってくれたのでクロードは自分宛の手紙をそのまま懐に入れて書斎から退出した。流石に疲れ果てていて、祖父相手に自分宛の手紙を読んだか読んでいないのか腹の探り合いをする気力が湧かなかった。畳む