-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」18.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 ローレンツが帰郷して何ヶ月か経った頃、ファーガスで政変が起きたという一報がグロスタール領に入った。アドラステア帝国は王国と同盟で二正面作戦をせずに済むように以前から計画していたのだろう。アドラステア帝国は高らかに友好国であるファーガス公国を支持する、と宣言したがファーガス公国は帝国から派遣された者が作った傀儡であるのは火を見るより明らかだった。ガルグ=マクでもフェルディアまでの道中でも殺せなかったディミトリをやっと仕留めたエーデルガルトが今後はいよいよ同盟領に本格的に介入してくる。
 父エルヴィンからディミトリの死を知らされたローレンツは先ほどからため息をつくことしかできなかった。学生時代のディミトリは真面目で心が広く、きっと良い王になると思っていたので残念でならない。それに青獅子の学級にいた同期生たちのことを思うと心が痛む。国境を守るゴーティエ家の嫡子であるシルヴァンはフェルディアに居られなかっただろう。ローレンツの目には少々馴れ馴れしく映ったが、青獅子の学級の学生たちは皆ディミトリを心の底から好いていた。そのことを知っているだけに辛さや悔しさしか感じない。
「帝国からすれば大きな戦果だから隠す必要がない。おそらく直近の出来事だろう。もう少しすれば大々的に宣伝される筈だ。今はもっとも都合が良い台本を選んでいる段階だろうな」
「命をかけて冬のオグマ山脈を登り皆、自領へ戻りました。それは僕も同じです。その結果がこれとは…」
「帝国が一枚上手だったと言うことだ」
 当事者であるディミトリたちからすればそんな一言で切って捨てられる筋合いはない筈だ。
「帝国は一体、何年前から準備をしていたのでしょうか?」
「相当昔からの筈だ」
「ですが宮内卿は僕と殆ど歳は変わりません」
「ローレンツ、ファーガスだけではないぞ。エーギル家の嫡子と親しくなったそうだな」
 エルヴィンは露骨に話題を変えた。ガルグ=マクが帝国軍に攻め込まれる中、金鹿の学級担任であったベレトがエーデルガルトに置いていかれた帝国出身の学生達を転籍させ、彼らの面倒を見ていた。それでも念のため脱出行については隠していたせいで、彼らとはなんとなく精神的な距離が出来てしまっている。しかしフェルディナントならば話は別だ。
「エーギル家はその領地が全て皇帝預かりとなった」
 フェルディナントの父は七貴族の変でエーデルガルトの父イオニアス九世から権力を奪った側なので報復されたのだろう、とローレンツにもわかった。
「直轄領になる日も近そうですね。父上、フェルディナントくんは無事なのでしょうか?」
「今のところは無事だと聞いている。ローレンツ、これから忙しくなるぞ」
 父が言うのならば間違いない。ローレンツは小さく安堵のため息をついた。
「何なりとお申し付け下さい」
「お前には私の名代を勤めてもらう。まずはリーガン公の元へ親書を届けてほしい。この同盟が王国やエーギル領のように介入されないためにもな」
 リーガン公オズワルドの元へ顔を出すならクロードと再会することになる。ダフネル家の屋敷でしでかしたことを不意に思い出すたびにローレンツは冷や汗をかいてしまう。近頃のローレンツはクロードと再会し二人きりになった時にどんな態度を取れば良いのか悩んでいて、いっそその答えが出るまでは会わずに済みますようにと女神に祈って過ごしている。父の名代としてデアドラに赴くまでに答えが出せるかどうかは分からなかった。

 デアドラにあるグロスタール家の上屋敷は橋が三方向に渡され商工会議所にも劇場にも港にも繁華街にも行きやすいデアドラのど真ん中にあるため、とにかく屋敷を囲む道に人通りが絶えない。植栽で敷地を覆っているのだが音は伝わって来るし目の前の水路も朝から晩まで渡し船が行き来していている。
 レスター諸侯同盟成立に関わったローレンツの先祖が利便性だけを考えて建てたため、いつか静かなところへ上屋敷を建て替えたいとエルヴィンも息子に話している。だが買い物にはとにかく便利だ。今回、ローレンツはデアドラを訪れる前にグロスタール領で帽子から靴まで新しく仕立てている。デアドラの商人たちは遠方から来た客の装いや振る舞いをつぶさに見ていて、上客になり得ると認めなければ最上の品を出してこない。デアドラで服を仕立てるための服を仕立てる、という言葉もあるくらいだ。今回は服を仕立てる時間はないが絵画か骨董品で良いものがあれば買って帰りたい、と考えている。そんな時間があるかどうか全く分からないが。
 リーガン公オズワルドへ父エルヴィンからの親書を手渡す日の朝、ローレンツは上屋敷の姿見でてっぺんからつま先まで、何も瑕疵がないか何度も確かめた。髪はデアドラの床屋でで毛先を整えており、羽飾り付きの帽子と上着は共に紺色で縁取りの赤も合わせてある。採寸して作った上着も白いズボンも身体の線にきちんと沿っていた。牛革で出来た膝までの黒い長靴はよく磨かれ輝いている。
 そもそもローレンツは父親であるグロスタール伯エルヴィンなしでリーガン家の中に入るのは初めてだった。緊張して他の客と共に待合室で待っていると召使がローレンツを呼びに来た。緊張していると気取られぬよう、優雅に微笑んで礼を言いレスター諸侯同盟盟主の執務室へ足を踏み入れた。帽子を取って脇に持ち最敬礼をする。
「父、グロスタール伯エルヴィンの名代として公爵閣下へ親書を持って参りました」
 本来の後継者であった息子ゴドフロアとその一家を亡くして一気に弱った、と聞く。だが痩せ細ってしまったとはいえリーガン公オズワルドの眼光はまだ鋭い。クロードと同じ緑の瞳でローレンツをてっぺんからつま先まで観察していた。クロードは気軽にじいさん、と呼んでいたが彼にグロスタール家の嫡子がオメガであることや関係を持ったことを話したのだろうか。ローレンツはクロードと関係を持ったことをまだ教育係にすら話していない。マリアンヌになら相談できたかもしれないが彼女は実家があるエドマンド領に戻ってしまった。
「生まれたと知らせを貰ったのがついこの間のような気がするがいくつかね?」
「今年で二十歳になります。公爵閣下」
 あとふた月ほどで誕生日を迎えるので敢えて十九歳だとは言わなかった。
「クロードと士官学校で同級だったとか。クロードより大きいな」
「年上でもありますので。クロードもこの先まだ背が伸びるでしょう」
「そうだな、あれもまだあたりを彷徨いているような子供だ。縁があれば会えるだろう。返事は今すぐに書くので待合室で受け取りなさい」
 そういうとゴドフロアは無言で手をひらひらと振った。ローレンツに退出せよ、と仕草で伝えている。名代とはいえ自分はまだその程度の立場だと思い知らされた。しかし焦らずに力を示す機会を待って、大人たちに実力を認めさせるしかない。待合室で返信を待っている間、ローレンツは召使いにクロードがどこにいるのか質問してみた。帰郷して以来、ますますデアドラ中をうろついていることが多く今日は誰も彼がどこにいるのかは知らない、とのことだった。今日は結論を出さずに済む。
 ローレンツがクロードの祖父オズワルドと直接、二人きりで話したのはそれが最初で最後だった。畳む