-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」21.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 リシテアが珍しくデアドラのリーガン家を訪れている。コーデリア家の爵位返上に関して、盟主であるクロードに書いてもらわねばならない書類があるからだ。クロードがリシテアと会うのは祖父である先代リーガン公の葬儀以来だった。
「リシテア、調子はどうだ?」
「大した変化はありません。ありがたいことですね」
 リシテアはそういうが学生時代と比べると少し背が伸びたようだ。前に会った時は白い襟締に黒い喪服だったが今は私服を着ている。寮生活を共にしていた時は制服を着ていたのでクロードにとって彼女の私服は物珍しかった。
「そうだな。安定しているのが一番だ」
 リーガン家の応接間の窓からはデアドラの美しい街並みや港が見える。昨年手放したというコーデリア家の上屋敷はどれだっただろうか、とクロードの視線が彷徨った。幸いなことに裕福な商人が召使ごと買い上げてくれたと聞いている。リシテアの生活は今後、激しく変化していくのだろう。
「気になってたんだが上屋敷は高く売れたか?あの時期に俺がデアドラに居たら後押ししてやれたんだがなあ。あ、そうだ。こちらに用がある時は遠慮なくうちに泊まってくれ」
「仕事なら手伝いませんよ」
 そういうとリシテアはまだデアドラがファーガス神聖王国の一部だった頃から続く、老舗菓子店の焼き菓子を頬張った。ガルグ=マク修道院附属の士官学校で同期だった、と言えば家臣たちも待合室で待っている客たちも皆、一歩譲ってくれる。本来ならクロードはこんな風に来客と優雅に茶を楽しんでいられないのだが、リシテアを気分転換に利用させて貰った。きっと彼女もそれを分かっていることだろう。
「相変わらず手厳しいな!ところでうちの祖父さんの葬儀以来、誰かと会ったか?」
「去年、ローレンツとは会いましたよ。密偵の亡骸が定期的に流れ着いた件で」
 あいつは元気だったか、とクロードが問うとリシテアが無言で頷き、紅茶に口をつけた。二人が再会したきっかけは今、思い出してもあまり気分が良い話ではない。
 セイロス騎士団からアドラステア帝国へ送り出されていた密偵の亡骸が、これ見よがしにアミッド大河に投げ込まれていたのは昨年のことだ。だが、クロードがアドラステア帝国への対立姿勢を明らかにして以来、牽制しても無駄だと思ったのかぱったりと止んだ。元々大して効果があると先方も考えていなかったのかもしれない。だがルミール村の事件を見れば明らかな通り、相容れない倫理観を持っている彼らのことだ。もしかしたら亡骸の用途を他に思いついた可能性もある。ローレンツの報告書にはそこまできちんと言及されていたが答え合わせをする機会がない。
「亡骸を河に放り込めばグロスタール家の連中が言うことを聞くかもしれない、と思う時点で俺から言わせれば見当違いだ」
 あの親子は二人揃って彼らに対してひたすら嫌悪感を募らせていた。エルヴィンの第二性は知らないがオメガの子を持つ親は皆セイロス教会に恩義を感じている。抑制剤がなければ子供たちの人生は苦難に満ちたものになってしまうからだ。
 フォドラの人々が第二性を隠すおかげでクロードはエーデルガルトよる優位に立っている。パルミラからフォドラへやってきた当初は強く違和感を持った慣習のひとつだが、有事の際に身を守るためにも敵対勢力に失敗させるためにも皆、自分の第二性についてみだりに話さないのだと分かった。
 エーデルガルトやヒューベルトがグロスタール家の嫡子ローレンツがオメガである、と分かっていれば同盟内の親帝国派であるグロスタール家へ圧力をかけるとしてもあんな方法は取らないだろう。拡張した広大な領土を治めるには彼らの手を借りねばならない。
「七人目だけガルグ=マクで見たことがある、とローレンツが言っていました。もしかしたら私もクロードも話したことがある人だったのかもしれませんよ」
 コーデリア領でも背中に焼印を押された亡骸が流れついていたという。だが既にコーデリア家は爵位を返上する手続きを開始していたため、セイロス教会に全て任せていた。だからリシテアはローレンツと会えた時にも彼の役には立てていない。せいぜい報告書に花を添えただけだ。
「だが実際に顔を見られないなら確かめようがないな。フォドラ中にイグナーツみたいな絵の上手い奴がいたらいいんだがなあ」
「なんですかその都合が良い話は。ところでクロード、前から気になってたんですがエーデルガルトはガルグ=マクにいた時、周り全てを敵だと思ってたんでしょうか?」
「俺たち入学早々盗賊に襲われたよな」
 あの時はまずディミトリとクロードが盗賊を二分するため、皆から離れた。勝手な行動をするな、とエーデルガルトが追いかけてきたのは今思えば連れ戻して一網打尽にしたかったからなのだろう。
「ええ、それで偶然出会ったベレト先生に助けられましたね」
「あの時に俺かディミトリを殺す予定だったんだろう。ついでにフェリクスかヒルダあたりを殺せたらこの先が楽になると思って士官学校に入ったんだろうな」
 ヒューベルトがエーデルガルトの同期生が誰になるのか調べていないはずがない。そしてヒューベルトが本気で調べてもセイロス教会の調剤部門が握る信徒たちの第二性に関する情報は掴めなかったのだ。オメガたちは皆、自分の社会的地位を守ってくれる抑制剤を開発し、身分の分け隔てなく普及させたセイロス教会に深く感謝している。
 クロード、いやカリードとしてはフォドラの高品質な抑制剤をパルミラでも普及させたい。きっとパルミラの社会は激烈な変化を遂げるだろう。フォドラと同じように人々が第二性を隠す、いや、隠せるようになるかもしれない。そのためにはセイロス教会が独占する抑制剤の製法や原料を持ち帰らねばならない。あの緑の甲虫はパルミラでも飼育できるのだろうか。
 ローレンツの父エルヴィンの第二性がなんであるのかクロードは知らない。だがグロスタール伯が恐怖を感じ、帝国軍のグロスタール領通過を許そうとしても嫡子であるローレンツを説得する、という一手間がかかる。その一手間分だけでも時間が稼げればクロードもいくつか手は打てるだろう。
「ふむ……私個人はやたらエーデルガルトから親切にされたんです。それについて心当たりはありますが、あまりに荒唐無稽で今も確証が得られないのでクロードに教えてあげられません」
 エーデルガルトに関する情報はどんなものでもありがたいよ、というとクロードはテーブルに残っていた最後の焼き菓子を口に放り込んだ。交易だけでなく、酪農も盛んなレスターの焼き菓子は高品質の牛酪をたっぷり使っているので食べ終えると唇に油がつく。クロードは少し厚めの唇を指で拭った。
「あっひどい!普通、年下の私に譲るのでは!!」
「お土産に包んであるから持って帰れよ」
 そういうことなら許してあげます、といってリシテアは焼き菓子をふた箱持ってコーデリア領へと帰っていった。多分ふた箱ともコーデリア領に着く頃には空になっているだろう。クロードが次に彼女と会えるのはいつなのか分からない。久しぶりに学生時代の話をしたがあの時、集まろうと約束した千年祭まであと二年くらいだ。皆来てくれるだろうか。───行方不明のベレトはそれまでに見つかるのだろうか。畳む