-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」23.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 一一八五年、星辰の節がやってくる。クロードは盟主の仕事を一旦休止するにあたって、現況を事前に調べさせた。半壊したガルグ=マク修道院とその周辺はアビスのように混沌としているらしい。帝国軍は何故かあれだけ苦労して陥落させたガルグ=マク一帯を放棄していた。エーデルガルトはクロード、ディミトリと共にアビスで戦ったが彼女はクロードと違いアビスに興味がないらしい。クロードなら絶対に大規模な調査をさせる。
 エーデルガルトは檄文でセイロス教会が偽りの歴史を語っている、と述べていた。確かにセイロス教会は何かを隠しているし胡散臭い。しかしエーデルガルトに、彼女が主張するところの真の歴史を教えた何ものかはそれ以上に胡散臭い。セイロス教会を否定したいならアビスこそ調べねばならないのに捨て置いているのは、帝国にとっても都合が悪い何かがあるからではないか。クロードはそう予想している。
 今節、行方不明になったベレトと再会出来なかったらクロードは学生時代の友人たちと修道院の跡地とアビスの調査をする予定だ。おそらく十日間くらいで解散し、再びデアドラへ戻ることになるだろう。
 アビスの資料を漁りたいし、フレンから教えてもらった抑制剤の原料になるという甲虫を捕まえて自分でも繁殖させてみたい。あの甲虫はデアドラのセイロス教会でも繁殖させている筈だが、状況が逼迫している今、彼らが神聖だと考えているものを迂闊に探って怒らせたくなかった。それに教会相手に悪さをしたのが信心深い諸侯に知られたら、内紛の規模を操れなくなってしまう。
 だが仮にベレトと再会出来たならば話は別だ。もっと規模の大きなことが出来る。彼に拘っていたレアの威光を利用してセイロス騎士団を巻き込み、ガルグ=マクをレスター諸侯同盟の拠点のひとつとする。ガルグ=マクはフォドラの中心にあり帝国へも王国へも同盟へも行きやすい。自分がエーデルガルトならば絶対にガルグ=マクに拠点を作るが、こうして放置されているのは罠の可能性も高かった。それでもガルグ=マクに詳しいセイロス騎士団なら罠に気づくだろう。
 クロードは飛竜の鎧に足をかけ手綱をひいた。真っ白な相棒は任せてくれ、と言わんばかりに大きな羽根をゆっくり動かし上昇していく。足の下からナルデール、ことナデルが苦虫を噛み潰したような顔でクロードを見上げていた。上昇するにつれてナデルの傷だらけの顔も小さくなっていく。パルミラにはここ五年帰っていないし両親への便りも殆ど出していない。報告はナデルに任せきりだ。フォドラにいればいるだけクロード、いやカリードのパルミラでの存在感が薄まり王位継承争いで不利になる。長居しすぎだと思っているのだろう。
 だが、クロードの祖父も御目付役のナデルも勿論クロード本人も帝国が教会へ宣戦布告するなど予想できなかった。今後の情勢がどうであれパルミラの王宮は対フォドラ政策を根本的に変えることになる。アドラステア帝国がフォドラを統一したら祖国パルミラに攻め込んでくるかもしれない。それを考えるとクロード、いやカリードはまだフォドラを離れることなど出来なかった。シャハドを始めとする異母兄弟たちが嫌いでもパルミラの民草のことは愛している。
 更に上昇し眼下に青い海とデアドラの港、それに市街地を望んだ。母方の一族が代々守り続け、父方の一族が狙い続けるレスター諸侯同盟の首都は今日も美しい。白い飛竜に乗るクロードは青い空と青い海に挟まれて何ものにも紛れることは出来ない。だが目に入る空と海と街を美しく思える今、他人からどう見られようとそんなことはどうでも良かった。クロードの相棒は体力があるし、休憩を最低限にして飛んでいけば約束の刻限には到着するだろう。
 五年前の撤退戦の時にはあれほど苦労したのに飛竜に乗って空を横断してしまえばあっという間だった。ダフネル領を越えオグマ山脈に沿って飛び続け、ガルグ=マクに到着したクロードは使えるような設備がないか探すため、ゆっくりと修道院の上を旋回した。廃墟と化した修道院を見れば、五年前の攻防戦がいかに苛烈だったか改めてよくわかる。それでも五年前に破壊し尽くせなかった建物が残っていた。事前に受けた報告通り周囲に盗賊が住み着いているのだろう。確かに一から拠点を築く必要がなく効率が良い。上空から彼らが煮炊きをしているであろう煙を確認し、クロードは思わず舌打ちをしてしまった。
 なるべく早く排除せねばならないが単騎の今は無理なので見逃すしかない。クロードは盗賊たちに見つからないよう、少し距離を取って静かに飛竜から降りた。舞踏会の晩、皆で会おうと誓った部屋に一人で立ち壁の穴から外を眺める。約束の刻限にはまだ時間はあるがまさか自分が一番乗りとは思わなかった。他の皆の兵種からして時間がかかるのは分かっている。だが釣果なしでデアドラに戻ろうものなら今後ナデルからどんな目で見られることか。それを考えただけでもうんざりする。自分の人徳のなさに思いを馳せていると、瓦礫を蹴散らしながらこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
 自分は五年前と比べてすっかり変わってしまったがクロードの目の前に現れたベレトは時の流れを全く感じさせない。ベレトはクロードが押しても引いても訳のわからないことを話し続け、行方不明になっていた五年間に一体、どうしていたのか具体的には教えてくれなかった。
 埒があかないので強引に誘ったが、久しぶりの恩師との食事の時間は五年の空白があるとは思えないほど和やかに過ぎた。食後の腹ごなしと言わんばかりにベレトの指揮に従い、盗賊たちを一人ずつ倒していく。クロードとベレトは盗賊たちに囲まれていた。四方八方全てから逃すな、ぶっ殺してやる、といった類の叫び声が聞こえていたのに北西側だけ叫び声の種類が変化している。
 盗賊たちは口々に悲鳴をあげて何かから逃げ惑っていた。新たに別の盗賊が現れて縄張り争いでもしているのだろうか。
「クロード、降りて隠れろ」
 ベレトの指示通り飛竜から降りてクロードは物陰に身を潜めた。聞き耳を立てていると北西から矢羽が飛んできて、空気を切り裂く音がする。流れ矢が飛竜に当たってしまったら墜落していただろう。ベレトの指示は以前と変わらず正しい。五年という空白期間があろうと、状況を瞬時に把握する目や耳それに指揮の腕は全く落ちていなかった。北西方向から盗賊たちを排除した者たちがどんどん距離をつめてくる。足音だけでなく話し声も聞こえてきた。
「相変わらず見事だな、イグナーツくん」
「ありがとうございます。声がする方に向かいましょう!」
「多分、騒ぎの中心にクロードがいる。全く、どうしようもない」
 来てくれた。友人たちの声を聞き、物陰に隠れたままのクロードは目が熱くなるのを感じた。行方不明になっていたベレトだけでなく、クロードが良しとするものを同じく良しとする、そんな友人が万難を排して───あんな良い加減な口約束を守る為に来てくれた。彼らと合流出来たらナデルに更にフォドラ滞在が伸びると告げねばならない。パルミラでの自分の立場は更に脆弱性を増すだろう。だがそれでもナデルや両親からどんなに呆れられても、友人たちが安心して彼らの国で暮らせるようにせねばならない。畳む