-horreum-倉庫

雑多です。
「さかしま」24.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 修道院の敷地を完全に制圧した後でローレンツが大広間に向かうと、そこにはクロードとフレンが共にいた。
「俺も差し入れを用意しないとな。作り方を教えてくれるか?」
「簡単ですわよ、でもクロードさんは私のお教えした通りに作って下さるのかしら?おかしな物を混ぜないと約束して下さいますか?」
 フレンもベレトと同じく時の流れを感じさせない。若草色の巻いた髪も紺色の上衣も靴も昔のままだ。彼女は何もかもが変わらない。学生時代もクロードとフレンが話している所に出くわすと感情が揺れ動いたが今もそれは変わらなかった。だが、理由があの時とは異なる。
 十九歳の男性であった自分が五年間でこれだけ変化を遂げたのに、十五歳くらいの女性の見た目がこの五年間で全く変化しないのは不自然だ。兄であるセテスが妹を社交界へ出す気がなくとも成人女性に立場が変わるはずなのに。ローレンツは先ほど、ベレトへの挨拶を終えて喜色満面で寮の自室へと駆け込まんとするベルナデッタの姿を見た。社交界に出る気のない彼女ですら装いは改っている。
 クロードが情熱を傾けるフレンの秘密とは一体どんなものなのだろうか?まだフレンにちょっかいを出し続けているクロードへどう意見すべきか。
 考えが上手くまとまらないまま、ローレンツは自分の部屋へ戻る前に修道院の現状を知るべく敷地内を見て回った。荘厳な美しさがあった頃の記憶があるだけに現状が痛々しい。往年の美しい姿を取り戻すまでどれほどの時間と費用がかかるだろうか。
 枢機卿の間でフェルディナントと再会し、ベレトの指示で五年前、投降した黒鷲の学級にいた学生たちがそれぞれ、どのように過ごしていたのか教えてもらった。ドロテアは歌劇団の疎開を手伝い、ペトラはブリギットに戻っていた。リンハルトはアンヴァルからの呼び出しを無視してずっと自領にいたが、カスパルは実家の事情もあり、ベルグリーズ領に帰るに帰れずなんと王国で傭兵の真似事をしていたらしい。
 王国といえばメルセデスもガルグ=マクへ来ている、とフェルディナントから教えてもらった。国が滅びつつあるファーガス出身の学生のうちガルグ=マクに来られたのは瓦礫だらけの大聖堂にいたメルセデスだけらしい。
「私がガルグ=マクに来られたのは受け継ぐ領地がないからなの」
 何かを覚悟した証なのか、メルセデスは学生時代は肩の下まで伸ばしていた緩やかに波打つ豊かな髪をばっさりと切り落としている。いまやローレンツの方が髪が長い。
「アネットさんもそれで来られなかったのか。クロードと仲が良かったから来るかもしれないと思っていたのだが」
 アネットは母がドミニク男爵家の出で、彼女自身もドミニクの紋章を持つ。ドミニク男爵の跡を継ぐならばガルグ=マクに来られなくても不思議ではなかった。
「アンは叔父様が許さなかったのよ。アッシュもローベ伯の手伝いをしていて……ほらガスパール領が落ち着かないから……」
「そうか、残念だ。残念と言えばディミトリくんと従者のドゥドゥくんは本当に……?」
 ローレンツの問いを聞き、メルセデスは辛そうに目を伏せた。彼女の瞳の色に合わせた耳飾りがかすかに揺れている。無事を信じたいが情報が錯綜していてなんとも言い難いのだろう。
 それ以外でこの場にいないのは皆、反ファーガス公国派である名家出身の学生たちだった。フラルダリウス家のフェリクス、ゴーティエ家のシルヴァン、ガラテア家のイングリット。皆、同盟が秘密裏に援助という名の投資をしている家の者だ。悲痛な顔をしているメルセデスに対して、レスター諸侯同盟出身であるローレンツにはかける言葉がない。
「メルセデスさん、ローレンツさんお久しぶりです」
 ローレンツとメルセデスが話していると二人に気づいたマリアンヌがそっと近寄り、声をかけてきた。マリアンヌと直接会うのも久しぶりだった。
「リンハルトも書庫に居たわ」
「大広間の二階にマヌエラ先生がいらっしゃいました。またオメガの皆で集まるのでしょうか?」
「ベルナデッタさんはきっとまた欠席だな…」
「顔合わせはあると思うわ〜。抑制剤を配布しないとダメでしょうし。後でベルナデッタのところにもきちんと持っていってあげましょうね」
 今こうして話している三人と名前が出たリンハルト、それにベルナデッタの第二性はオメガだ。ベルナデッタとローレンツ以外の三人は回復職に就いている。そしてローレンツ以外の四人はきっと自分の肉体の変化に戸惑う迷いの時期を脱しているのだろう。自分だけが迷っているような気がして、親友のマリアンヌが共にいるのに初めてローレンツは孤独を感じた。
「また皆で集まるのならクロードが嘴を突っ込んでこないように慎重に計画せねば」
 メルセデスがローレンツの言葉を聞いて不思議そうに小首を傾げた。
「あらあらクロードになんの関係があるの?」
「え、あ、いやその、近頃クロードは箍の外れた行動が目立つので……」
 メルセデスは口調がゆったりしているがとても鋭い。もし偶然オメガの会合に出ている時にクロードがローレンツと会いたい、と思ったら修道院の構造に詳しい彼は秘密の会合場所を見つけてしまうだろう。クロードは第二性についての感覚が常人とは異なるので、彼がどんな火種を撒くのか想像も付かず恐ろしかった。
「近況を知っているなんて仲良しなのね〜」
「あれでもレスター諸侯同盟の盟主なのでどうしても近況は漏れ聞こえてくる」
 マリアンヌが助け舟のつもりか咳払いをした。彼女にも早く時間を作ってもらってクロードとのことを相談したいと思っている。
「セイロス騎士団にいる方々も含めて一度オメガの皆で集まらねばなりません」
「そうねえ、セイロス騎士団が動けば帝国軍は絶対に攻めてくるはずよ。その前に色々と把握しておきましょう」
 そこから話はどんどんと逸れていった。プリーストの資格を持ち、部隊では回復役を担当する二人が温室で育てていた薬草が無事か確かめたい、と言うのでローレンツは自室に戻った。今日は色々ありすぎて疲れたのでもう泥のように眠りたい。それなのに今日見聞きしたことが頭の中で繰り返される。こんな時にクロードの体温を感じながら横になれば、すぐに眠れるのだろうか。
 盟主にも関わらず一番乗りして斥候の真似事をしたクロードが言うにはルミール村近くに現在、帝国軍の小さな駐屯地があるらしい。いつその駐屯地の連中に気取られるか分からないのだから、皆で協力して早く修道院を復興させよう!───クロードはガルグ=マクに集まった者たち、主にセイロス教会関係者たちにそう言って回った。白々しいにも程がある。レスター諸侯同盟の盟主がこんな情勢下で、フォドラの中心であるガルグ=マクにいる理由は決まっている。
 盗賊の排除に成功したと言う知らせを受け、避難先からセイロス騎士団の騎士たちが戻ってきた。同盟に吸収するわけではない、とイグナーツに協力してもらって用意した新生軍の軍旗を手に、貼り付けたような笑顔を浮かべて語るクロードを疑いの目で見ていたのはヒルダだけでない。ローレンツもだった。
 クロードはガルグ=マクにレスター諸侯同盟の拠点を築いて、ここから帝国に攻め込むつもりなのだ。膠着状態を打破する為に。畳む