「さかしま」31.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む ネメシスとの戦いを数刻後に控え、緊張に身体を硬くしていたローレンツはベレトからこっそり枢機卿の間にくるように、と耳打ちされた。個人的なの話なのかもしれない。黙って赴いた枢機卿の間には先客のマリアンヌ、メルセデスがいた。 彼女たちに加えてローレンツ、という顔ぶれにリンハルトが遅刻してやって来てベルナデッタが欠席ならばこれはオメガの会合だったのかという話になる。しかし招集をかけたのは学生時代から医師としてオメガたちを気にかけてくれるマヌエラではなくベレトだ。それにベレトはまだ誰かを待っている。続けてやってきたのはリシテア、ヒルダ、クロードだった。紋章を持っているものだけを呼び出したならばインデッハの紋章を持つベルナデッタ、キッホルの紋章を持つフェルディナント、セスリーンの紋章を持つリンハルトやセイロス騎士団関係者たちもいなければおかしい。理由は分からないがベレトは十傑の紋章を継ぐものだけを集めていた。 「集まったな。レアに全て任せると言われたので早速始めたいと思う。クロードが同じ話をレアから聞いているので俺の理解や説明が間違っていたら訂正してくれ。十傑の紋章のことだ」 「きょうだい、今告げるのは皆の悩みの種が増えるだけかもしれんぞ」 いや、ネメシスとの戦いが始まる前に言わねば意味がないのだ、と前置きしてからベレトは話し始めた。二人の意見が異なるのは珍しい。クロードからの訂正はほぼ入らず、つっかえながらではあったがベレトは丁寧にローレンツが生まれた時から親しんでいたセイロス教がいかに急拵えで興された宗教であったかという話をした。 確かに当初は急拵えだったがその後、信徒たちが信仰ゆえに成し遂げた偉業は多い。オメガであるローレンツの社会生活を守ってくれる抑制剤もセイロス教の修道院が開発し、フォドラ全土に普及させている。千年間の理論武装を経たものが現在のセイロス教だ。 「つまりレア様は罪人の子供が生まれついての罪人にならないように工夫して下さったのね〜?」 ベレトが何を言いたいのかメルセデスが三秒でまとめた。彼女は喋り方がゆっくりだが言葉はいつも真実を突く。教会での奉仕活動に人生を捧げたいと言っているメルセデスの深い信仰は揺らがなかったようだ。 「ネメシスは軍勢を引き連れているのだろう?彼らの中にタレスやソロンのようなものがいて仲違いさせるためにこの情報を悪用するかもしれない。だから先に俺から伝えたかった」 「ようやく、何故あの時レア様が破裂の槍を回収したがったのかがわかりました……。結局はスレン族と戦うゴーティエ家の元へ戻すことになるのに、と不思議だったのです。まさか素材がレア様のご家族の亡骸だったなんて……」 マリアンヌは胸の前で手を組み上わせザナドの人々のために祈りを捧げた。どんな存在も女神の愛と我々を引き裂くことは出来ない、と聖典は語る。学生時代とは異なり、厭世的な態度が薄れた彼女の祈りが死者たちに届くことをローレンツも願った。おそらく特定の信仰を持たないクロードには理解し難いかもしれない。だが信心深いセイロス教徒としては普通のことだ。 「先生、カトリーヌさんの雷霆とエーデルガルトのアイムールはセイロス騎士団が保有していますが、アラドヴァルと破裂の槍とルーンとアイギスの盾は今どこにあるんですか?」 新生軍が利用可能な英雄の遺産はローレンツが父であるグロスタール伯から使うことを許されたテュルソスの杖、同じようにゴネリル家から提供されたヒルダのフライクーゲル、クロードが所有するフェイルノート、マリアンヌ個人が所有するブルトガング、メルセデスが持つラフォイルの宝珠の五つだ。アイムールは回収したが使える者が誰もいない。 リシテアの質問にベレトは即座に答えた。 「その件についても言わねばと思って皆に集まってもらった。打ち砕くものはドミニク家にあると確認が取れたがその四つは所在不明だ」 ヒルダとリシテアが同時にはあ?!と大声を出した。 「グロンダーズで勝った後、私、ディミトリくんがどの辺りで討ち死にしたか報告したのに!」 「でも再利用出来そうなものがないか負傷者を探すついでに検分したわよね〜?」 「はい。物資が不足気味でしたから武器と医薬品は見逃さなかったはずです……」 その晩、人の往来が途絶えるまでクロードの天幕の中で人に言えないようなことに耽っていたローレンツは黙ってクロードを見た。クロードも黙ってローレンツを見ていた。これはとても拙い。 「きょうだい、きょうだいの杞憂かもしれない。アンヴァルから持ち出した物の検分はまだ終わってないんだ」 「クロードくん!何それ!撤退する帝国軍に回収されてたかもしれないってこと??」 「あの時はヒューベルトが生きてた!あいつならそれくらいやるだろ!」 枢機卿の間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。グロスタール家の名誉を挽回し、英雄として歴史に名を残すには堕ちたとはいえ伝説の英雄であるネメシスと戦って勝たねばならない。そのことを思うと緊張しローレンツは己の胃を石のように重く感じていたのだがベレトの話を聞いて力が抜けた。 「先生、行方不明になっている英雄の遺産がある、と知っているのはこの場にいるものたちだけか?」 「この場にいないものは皆、自軍の誰かが回収したと思い込んでいるはずだ」 ベレトが言う通り、今の今までローレンツもそうだと思い込んでいた。旗手が生存していれば破裂の槍はシルヴァンの形見としてゴーティエ領に持ち帰られた可能性が高いがあの惨状では期待できない。 「皆、ネメシスとの戦いに勝った後は自領にすぐ帰るつもりでいると思うがもうしばらくガルグ=マクに留まって俺を手伝って欲しい」 リシテアが頭を抱えて机に突っ伏した。 「こんな話を聞いてしまっては帰れるわけがないでしょう……」 他のものはともかく破裂の槍の所在が判明するまでローレンツはベレトのそばを離れるわけにいかない、と思った。自領に戻らない理由が出来てしまった。自領に戻ったら未来の領主としての生活が待っている。自領に戻ればパルミラへの個人的な旅行やお忍びで訪れた学友を自領でもてなすことくらいは可能だろう。だがそれ以上は無理だ。両親や領民たちにどう申し開きをすればよいのか分からない。 「先生、提案がある。セスリーン、インデッハ、キッホルの紋章を持っている者達にも所在が不明であると伝えて協力してもらおう」 紋章を持たないものが英雄の遺産を手に取って使おうとすると人間としての形を保っていられなくなってしまう。だが別の紋章であっても紋章さえ持っていれば手に取っても健康を害することはない。ローレンツの提案を受け、それぞれ協力依頼をすることとなった。 「ベルナデッタには私から伝えておくわ〜」 「ではリンハルトさんへは私が……」 自然とキッホルの紋章を持つフェルディナントへは発案者であるローレンツが伝えることとなった。 「フレンには俺から伝えておくよ」 学生の頃、フレンと話すクロードを見て感じていたのは嫉妬なのだろう。ようやくローレンツは認めた。幾多の夜を共に経た今は心がざわめくようなことはない。 「セテスさまには先生から伝えてくださいね!私はハンネマン先生とカトリーヌさんに伝えてきます!」 ヒルダの言葉を聞いたベレトはうっと呻いて両手で顔を隠した。彼はそんな仕草も含めてとても表情豊かになったと皆から言われている。ローレンツたちの学生生活は不本意な終わりを遂げたが、五年の時を経て形を変えて帰ってきた。帰ってきた学生のような暮らしもこの大乱も終わりが見え、また大人としての生活に戻る日が近づいている。 五年前に一度陥落していることから判るとおりガルグ=マクは防衛戦には向かない。どの国のものでもなくセイロス教の総本山としたのは中立を保ち、攻め込まれないようにするためだ。実際千年間はレアたちの思惑通りに過ぎている。ベレトたちはガルグ=マクを背に、攻め込んでくるネメシスの軍勢を迎撃するためカレドニス台地に陣を敷いた。籠城出来るほどの物資はなく、五年前の帝国軍による襲撃やシャンバラでベレトを守るついでに白きものの姿で皆を守ってくれたレアも床に臥している。自分たちで何とかするしかない。 飛竜に乗っているヒルダが偵察に出て毒の沼に気付いて教えてくれた。沼を越えてやってきた敵はヒルダの振るうフライクーゲルと全く同じ形をした斧を携えている。ベレトが攻撃を避けながら反撃したがどう見ても生者ではなかった。 「ネメシスに従う将は、あと……九人か。倒したこいつを含めると十人……。まさか、こいつらフォドラの十傑……?いやいや、まさかな」 「ネメシス本人が蘇ったなら不思議でもないだろう。ただフライクーゲルは偽物だったな」 二人の会話を聞き数刻前ベレトに聞かされた話を思い出した教え子たちはネメシスの軍勢の将が携えるアラドヴァル、ルーン、破裂の槍、アウロラの盾らしき物も同じく偽物であるよう願った。 「イグナーツ、南側の砲台を確保して魔獣を攻撃。ローレンツ、イグナーツを援護」 「承った。先生は?」 「俺を囮にもう何人かここで倒してから直進する」 ベレトは矢継ぎ早に他の者にも指示を出した。基本に忠実な、包囲網を縮めていくやり方はいつも変わらない。 「最終的にはネメシスのところで皆集合だ。俺の援護を頼む」 ベレトの指示を受けクロードは北に向かうことになった。青い空に白い飛竜が浮かび上がる。雪の深い冬のオグマ山脈ならばともかく、自然界において白は弱い個体の色だ。その白い飛竜を成体になるまで育て上げ調教し、乗りこなすクロードはどこか気が優しいのだろう。そうでなければレスター諸侯同盟のことなど放置していた筈だ。 初めての熱発作の後でローレンツはどんなに癪でも第二性を受け入れねばなりません、とオメガの教育係にきつく言われた。自分の第二性を受け入れ、個性を熟知し対策を練るのが努力であってアルファやベータであるかのように装うのは努力ではなく現実逃避だ、とすら言われた。 「ふん、君なんか好きな所へ行ってしまうがいいさ」 青い空に馴染むことを許されない、白い飛竜に乗るクロードの姿をいつまでも見ていたかった。時は常に流れ、辛い時間が過ぎゆくのと引き換えに幸せな時間も過ぎていく。もう認めるしかない。それが現実だ。ローレンツは槍を構えイグナーツと敵の間に割って入った。 「ありがとうございます!左前方に何か怪しい術を使っている将がいるので気をつけてください!」 その後、ローレンツがミュソンに魔法の撃ち合いでなんとか競り勝ったのとほぼ同時に戦場の逆側では毒の沼を発生させていたラミーヌが倒された。絶対にここで負けるわけにはいかないが、一人ずつ蘇った先祖を倒し、歩みを進めるごとに秘められた幸せな時間の終わりが近づいてくる。 「先生、クロード!ネメシス以外の将はすべて片づいたぞ!」 歴史に残る大乱がなければローレンツはクロードと一線を越えなかっただろう。 「手こずらせてくれたが……これでようやく、ネメシスと同じ舞台に立てたってわけだな」 クロードがネメシスに向けて矢を放つとその背に赤くリーガンの紋章が輝いた。戦う前クロードはフォドラの夜明けが俺たちを待っている、と言っていた。 夜が明けたら三日月は東の空に消える。 ───つまりそういうことだ。 大して強くもない癖に勧められるがままに酒を飲み、今日くらいはと言っていつもとは逆にローレンツの寝室に転がりこんだこの男の真の名をローレンツは知らない。だがそれ以外に知っておくべきことは全て知っていた。 食の好み、服の好み、戦い方、機嫌を損ねる理由、ローレンツと違って人の悪意に敏感であること。 きっかけは発情期だったかもしれないが、その後は完璧に服薬していたのにローレンツは何度も何度もクロードに身体を明け渡した。ダフネル家でリーガン家で戦場で、そしてここガルグ=マクで。こんなにも深く知りたいと思える相手に出会えて幸せだ。目尻から涙が溢れたのは幸せだからなのかその幸せが失われるからなのか単なる生理現象なのか。口を吸われながら中を激しく擦られ、快感で真っ白になったローレンツの頭には判断がつかなかった。 空が白むまでは〝クロード〟はローレンツのものだったので互いに求め合い、二人で朝焼けを眺めた。肌寒い山の朝に感じた温もりや朝焼けの眩しさを忘れなければ大抵のことには耐えられるだろう。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
ネメシスとの戦いを数刻後に控え、緊張に身体を硬くしていたローレンツはベレトからこっそり枢機卿の間にくるように、と耳打ちされた。個人的なの話なのかもしれない。黙って赴いた枢機卿の間には先客のマリアンヌ、メルセデスがいた。
彼女たちに加えてローレンツ、という顔ぶれにリンハルトが遅刻してやって来てベルナデッタが欠席ならばこれはオメガの会合だったのかという話になる。しかし招集をかけたのは学生時代から医師としてオメガたちを気にかけてくれるマヌエラではなくベレトだ。それにベレトはまだ誰かを待っている。続けてやってきたのはリシテア、ヒルダ、クロードだった。紋章を持っているものだけを呼び出したならばインデッハの紋章を持つベルナデッタ、キッホルの紋章を持つフェルディナント、セスリーンの紋章を持つリンハルトやセイロス騎士団関係者たちもいなければおかしい。理由は分からないがベレトは十傑の紋章を継ぐものだけを集めていた。
「集まったな。レアに全て任せると言われたので早速始めたいと思う。クロードが同じ話をレアから聞いているので俺の理解や説明が間違っていたら訂正してくれ。十傑の紋章のことだ」
「きょうだい、今告げるのは皆の悩みの種が増えるだけかもしれんぞ」
いや、ネメシスとの戦いが始まる前に言わねば意味がないのだ、と前置きしてからベレトは話し始めた。二人の意見が異なるのは珍しい。クロードからの訂正はほぼ入らず、つっかえながらではあったがベレトは丁寧にローレンツが生まれた時から親しんでいたセイロス教がいかに急拵えで興された宗教であったかという話をした。
確かに当初は急拵えだったがその後、信徒たちが信仰ゆえに成し遂げた偉業は多い。オメガであるローレンツの社会生活を守ってくれる抑制剤もセイロス教の修道院が開発し、フォドラ全土に普及させている。千年間の理論武装を経たものが現在のセイロス教だ。
「つまりレア様は罪人の子供が生まれついての罪人にならないように工夫して下さったのね〜?」
ベレトが何を言いたいのかメルセデスが三秒でまとめた。彼女は喋り方がゆっくりだが言葉はいつも真実を突く。教会での奉仕活動に人生を捧げたいと言っているメルセデスの深い信仰は揺らがなかったようだ。
「ネメシスは軍勢を引き連れているのだろう?彼らの中にタレスやソロンのようなものがいて仲違いさせるためにこの情報を悪用するかもしれない。だから先に俺から伝えたかった」
「ようやく、何故あの時レア様が破裂の槍を回収したがったのかがわかりました……。結局はスレン族と戦うゴーティエ家の元へ戻すことになるのに、と不思議だったのです。まさか素材がレア様のご家族の亡骸だったなんて……」
マリアンヌは胸の前で手を組み上わせザナドの人々のために祈りを捧げた。どんな存在も女神の愛と我々を引き裂くことは出来ない、と聖典は語る。学生時代とは異なり、厭世的な態度が薄れた彼女の祈りが死者たちに届くことをローレンツも願った。おそらく特定の信仰を持たないクロードには理解し難いかもしれない。だが信心深いセイロス教徒としては普通のことだ。
「先生、カトリーヌさんの雷霆とエーデルガルトのアイムールはセイロス騎士団が保有していますが、アラドヴァルと破裂の槍とルーンとアイギスの盾は今どこにあるんですか?」
新生軍が利用可能な英雄の遺産はローレンツが父であるグロスタール伯から使うことを許されたテュルソスの杖、同じようにゴネリル家から提供されたヒルダのフライクーゲル、クロードが所有するフェイルノート、マリアンヌ個人が所有するブルトガング、メルセデスが持つラフォイルの宝珠の五つだ。アイムールは回収したが使える者が誰もいない。
リシテアの質問にベレトは即座に答えた。
「その件についても言わねばと思って皆に集まってもらった。打ち砕くものはドミニク家にあると確認が取れたがその四つは所在不明だ」
ヒルダとリシテアが同時にはあ?!と大声を出した。
「グロンダーズで勝った後、私、ディミトリくんがどの辺りで討ち死にしたか報告したのに!」
「でも再利用出来そうなものがないか負傷者を探すついでに検分したわよね〜?」
「はい。物資が不足気味でしたから武器と医薬品は見逃さなかったはずです……」
その晩、人の往来が途絶えるまでクロードの天幕の中で人に言えないようなことに耽っていたローレンツは黙ってクロードを見た。クロードも黙ってローレンツを見ていた。これはとても拙い。
「きょうだい、きょうだいの杞憂かもしれない。アンヴァルから持ち出した物の検分はまだ終わってないんだ」
「クロードくん!何それ!撤退する帝国軍に回収されてたかもしれないってこと??」
「あの時はヒューベルトが生きてた!あいつならそれくらいやるだろ!」
枢機卿の間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。グロスタール家の名誉を挽回し、英雄として歴史に名を残すには堕ちたとはいえ伝説の英雄であるネメシスと戦って勝たねばならない。そのことを思うと緊張しローレンツは己の胃を石のように重く感じていたのだがベレトの話を聞いて力が抜けた。
「先生、行方不明になっている英雄の遺産がある、と知っているのはこの場にいるものたちだけか?」
「この場にいないものは皆、自軍の誰かが回収したと思い込んでいるはずだ」
ベレトが言う通り、今の今までローレンツもそうだと思い込んでいた。旗手が生存していれば破裂の槍はシルヴァンの形見としてゴーティエ領に持ち帰られた可能性が高いがあの惨状では期待できない。
「皆、ネメシスとの戦いに勝った後は自領にすぐ帰るつもりでいると思うがもうしばらくガルグ=マクに留まって俺を手伝って欲しい」
リシテアが頭を抱えて机に突っ伏した。
「こんな話を聞いてしまっては帰れるわけがないでしょう……」
他のものはともかく破裂の槍の所在が判明するまでローレンツはベレトのそばを離れるわけにいかない、と思った。自領に戻らない理由が出来てしまった。自領に戻ったら未来の領主としての生活が待っている。自領に戻ればパルミラへの個人的な旅行やお忍びで訪れた学友を自領でもてなすことくらいは可能だろう。だがそれ以上は無理だ。両親や領民たちにどう申し開きをすればよいのか分からない。
「先生、提案がある。セスリーン、インデッハ、キッホルの紋章を持っている者達にも所在が不明であると伝えて協力してもらおう」
紋章を持たないものが英雄の遺産を手に取って使おうとすると人間としての形を保っていられなくなってしまう。だが別の紋章であっても紋章さえ持っていれば手に取っても健康を害することはない。ローレンツの提案を受け、それぞれ協力依頼をすることとなった。
「ベルナデッタには私から伝えておくわ〜」
「ではリンハルトさんへは私が……」
自然とキッホルの紋章を持つフェルディナントへは発案者であるローレンツが伝えることとなった。
「フレンには俺から伝えておくよ」
学生の頃、フレンと話すクロードを見て感じていたのは嫉妬なのだろう。ようやくローレンツは認めた。幾多の夜を共に経た今は心がざわめくようなことはない。
「セテスさまには先生から伝えてくださいね!私はハンネマン先生とカトリーヌさんに伝えてきます!」
ヒルダの言葉を聞いたベレトはうっと呻いて両手で顔を隠した。彼はそんな仕草も含めてとても表情豊かになったと皆から言われている。ローレンツたちの学生生活は不本意な終わりを遂げたが、五年の時を経て形を変えて帰ってきた。帰ってきた学生のような暮らしもこの大乱も終わりが見え、また大人としての生活に戻る日が近づいている。
五年前に一度陥落していることから判るとおりガルグ=マクは防衛戦には向かない。どの国のものでもなくセイロス教の総本山としたのは中立を保ち、攻め込まれないようにするためだ。実際千年間はレアたちの思惑通りに過ぎている。ベレトたちはガルグ=マクを背に、攻め込んでくるネメシスの軍勢を迎撃するためカレドニス台地に陣を敷いた。籠城出来るほどの物資はなく、五年前の帝国軍による襲撃やシャンバラでベレトを守るついでに白きものの姿で皆を守ってくれたレアも床に臥している。自分たちで何とかするしかない。
飛竜に乗っているヒルダが偵察に出て毒の沼に気付いて教えてくれた。沼を越えてやってきた敵はヒルダの振るうフライクーゲルと全く同じ形をした斧を携えている。ベレトが攻撃を避けながら反撃したがどう見ても生者ではなかった。
「ネメシスに従う将は、あと……九人か。倒したこいつを含めると十人……。まさか、こいつらフォドラの十傑……?いやいや、まさかな」
「ネメシス本人が蘇ったなら不思議でもないだろう。ただフライクーゲルは偽物だったな」
二人の会話を聞き数刻前ベレトに聞かされた話を思い出した教え子たちはネメシスの軍勢の将が携えるアラドヴァル、ルーン、破裂の槍、アウロラの盾らしき物も同じく偽物であるよう願った。
「イグナーツ、南側の砲台を確保して魔獣を攻撃。ローレンツ、イグナーツを援護」
「承った。先生は?」
「俺を囮にもう何人かここで倒してから直進する」
ベレトは矢継ぎ早に他の者にも指示を出した。基本に忠実な、包囲網を縮めていくやり方はいつも変わらない。
「最終的にはネメシスのところで皆集合だ。俺の援護を頼む」
ベレトの指示を受けクロードは北に向かうことになった。青い空に白い飛竜が浮かび上がる。雪の深い冬のオグマ山脈ならばともかく、自然界において白は弱い個体の色だ。その白い飛竜を成体になるまで育て上げ調教し、乗りこなすクロードはどこか気が優しいのだろう。そうでなければレスター諸侯同盟のことなど放置していた筈だ。
初めての熱発作の後でローレンツはどんなに癪でも第二性を受け入れねばなりません、とオメガの教育係にきつく言われた。自分の第二性を受け入れ、個性を熟知し対策を練るのが努力であってアルファやベータであるかのように装うのは努力ではなく現実逃避だ、とすら言われた。
「ふん、君なんか好きな所へ行ってしまうがいいさ」
青い空に馴染むことを許されない、白い飛竜に乗るクロードの姿をいつまでも見ていたかった。時は常に流れ、辛い時間が過ぎゆくのと引き換えに幸せな時間も過ぎていく。もう認めるしかない。それが現実だ。ローレンツは槍を構えイグナーツと敵の間に割って入った。
「ありがとうございます!左前方に何か怪しい術を使っている将がいるので気をつけてください!」
その後、ローレンツがミュソンに魔法の撃ち合いでなんとか競り勝ったのとほぼ同時に戦場の逆側では毒の沼を発生させていたラミーヌが倒された。絶対にここで負けるわけにはいかないが、一人ずつ蘇った先祖を倒し、歩みを進めるごとに秘められた幸せな時間の終わりが近づいてくる。
「先生、クロード!ネメシス以外の将はすべて片づいたぞ!」
歴史に残る大乱がなければローレンツはクロードと一線を越えなかっただろう。
「手こずらせてくれたが……これでようやく、ネメシスと同じ舞台に立てたってわけだな」
クロードがネメシスに向けて矢を放つとその背に赤くリーガンの紋章が輝いた。戦う前クロードはフォドラの夜明けが俺たちを待っている、と言っていた。
夜が明けたら三日月は東の空に消える。
───つまりそういうことだ。
大して強くもない癖に勧められるがままに酒を飲み、今日くらいはと言っていつもとは逆にローレンツの寝室に転がりこんだこの男の真の名をローレンツは知らない。だがそれ以外に知っておくべきことは全て知っていた。
食の好み、服の好み、戦い方、機嫌を損ねる理由、ローレンツと違って人の悪意に敏感であること。
きっかけは発情期だったかもしれないが、その後は完璧に服薬していたのにローレンツは何度も何度もクロードに身体を明け渡した。ダフネル家でリーガン家で戦場で、そしてここガルグ=マクで。こんなにも深く知りたいと思える相手に出会えて幸せだ。目尻から涙が溢れたのは幸せだからなのかその幸せが失われるからなのか単なる生理現象なのか。口を吸われながら中を激しく擦られ、快感で真っ白になったローレンツの頭には判断がつかなかった。
空が白むまでは〝クロード〟はローレンツのものだったので互いに求め合い、二人で朝焼けを眺めた。肌寒い山の朝に感じた温もりや朝焼けの眩しさを忘れなければ大抵のことには耐えられるだろう。畳む