「ねむけざまし」 ※カップリングものではありません ※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです #ねむけざまし 2.イグナーツとリシテア 続きを読む 隣に座っているリシテアの頭ががくん、と大きく下がった。その衝撃で目が覚めたのか彼女が急に背筋を伸ばす。それでも瞼がどうしても落ちてきてしまうようだった。昼の模擬戦を思えば無理はない。イグナーツは火のはぜる音を聞きながら、一連の動作をぼんやりと見つめていた。眠気を誤魔化すため、眼鏡を外して目を擦ってみたが瞼の重さは変わってくれない。 級友たちは皆、夢の世界を楽しんでいる。前回の訓練でまさに貧乏籤を引いたラファエルはイグナーツに助言するとすぐに眠ってしまった。三秒もかからなかったのではないだろうか。 「眠そうですね、イグナーツ」 急に声をかけられ、狼狽したイグナーツは眼鏡を取り落としてしまった。迂闊に動いたら貴重な眼鏡を踏んで壊してしまう。その場にしゃがみ、炎の明かりを頼りに探すしかない。 だが指が土埃まみれになる前にリシテアから眼鏡を差し出された。彼女は読書家だが目は悪くないらしい。 「すみません。ありがとうございます」 「しっかりして下さいよ……これでは私が一人で寝ずの番をしているのと変わらないじゃないですか」 彼女は先ほどのうたた寝に気がついていないのかもしれない。目をつぶって考えごとをしていただけ、と思ってしまうのはよくある話だ。きっかけがなんであれ、お互いに眠気を振り払えたなら良しとしよう。 「気をつけます。ラファエルくんからいい眠気覚ましを教えてもらったんですが、少し使いにくくて」 「えっ、何か持ってるんですか?ずるくないですか?それに二人一組だって先生も言ってましたよね?」 どうやらリシテアは香り袋や甘いものの類だと思っているらしい。 「物じゃあないんですよ。怖い話をその場で作るんです」 「こ、こここ、怖い話??私の前ではやめて下さい。いえ、怖くなんかありませんけどね!苦手なだけです!」 イグナーツはクロードからリシテアは怖がりだから大きめの明るい洋燈を持たせてやってくれ、と助言されている。 「ではどんなものが苦手か教えてくれませんか?避けられるように工夫出来るかもしれません。気を逸らすためにローレンツくんが歌っているところを想像するのはどうですか?」 ローレンツは地声が大きいのに歌は自信がないのか、歌い始めがずれることが多く、よく咳き込んで誤魔化している。聖堂でのそんな姿を思い出したのかリシテアは吹き出してしまった。 ───イグナーツって人のことよく見てますよね。でもあんたの描く絵をみれば納得できます。私が苦手なのは分からないこと、です。暗闇の中には何が潜んでいるのか分からない。だから怖……、いいえ、苦手なんだわ。うめき声やうなり声も、それと足音も嫌いです。私に何を伝えたいのか、何をさせたいのか、具体的なことが何も分からないから。 足音といえば……消灯後はすごく響くでしょう?昼間も同じように足音を立ててみんな歩いているはずですが、話し声や他の物音で打ち消されています。 「夜は松明を持ったセイロス騎士団の皆さんがニ、三人で見回りをしてますね」 彼らの足音は別に怖くないんです。たまにアロイスさんの話し声が聞こえることもありますし。あの人、騎士団長のはずなのに何をやってるんでしょうね……他にするべきことがあるはずなのに。とにかく、夕食後に書庫で読書や勉強に集中していると彼らとすれ違うことがあるんです。会釈だけされる時もあれば早く帰るよう促される時もあります。 ただ、たまに足音の数が合っていないような気がするんです。もう角を曲がってしまったからすれ違った彼らが二人なのか三人なのか、わざわざ確認するのも変ですから、引き返して確認したことはありません。こういうのは本当に訳がわからなくて苦手です─── 「なるほど……確かに僕もそういうのは苦手です」 風が強く吹いて炎がその身を細くしたのでイグナーツは用意しておいた薪をそっと追加した。リシテアや自分は暗闇を恐れるが獣たちは炎を恐れている。獣たちは暗闇の方が安らぐのだ。 暗闇や物音は分からない、で立ち止まるリシテアは賢い。イグナーツは暗闇の分からなさに耐えかねて脳裏に絵を描いてしまう。 「でしょう?苦手なものについて話すのは私だけですか?イグナーツも話してくださいよ」 苦手、という表現に誤魔化されているが、リシテアの話はイグナーツが聞いても結構怖かった。それと同時に日頃こんな恐怖を感じる彼女を気の毒に思う。リシテアにせがまれるまま、イグナーツは口を開いた。 ──考えごとが止まらなくなる時があって、僕はそういう自分が苦手です。こんなことはやめた方がいい、ってあとで反省はできるんですけど、その時は止まらないんです。 さっきリシテアさんは分からないことが苦手だ、と言ってましたよね?僕もそうなんです。ただ、僕は苦手すぎて勝手に考えてしまうんです。暗闇の中に潜んでいるものの正体を良くないものだ、と決めつけてしまう。例えばクロードくんが面倒くさがって畳まずに丸めただけの幌が動いた時に子供の頭くらいの大きさで人間と同じ形の瞳が沢山ある大きな蜘蛛の化け物が隠れている、とかそんな考えがよぎるんです。 「紛れ込んだ野ネズミより先にそっちが出てくるんですか?うーん……。ではイグナーツ、あの木の影に何が潜んでいると思いますか?」 いや、何もいないと思いますし、何かが潜んでいるとしてもきっと普通の盗賊だと思います……。でも分からないものって暗闇だけじゃありませんよね。他人が何を考えているか、も分からないでしょう?特にもう亡くなっていて、答えを聞くことができない人たちの考えは永久に確かめることができません。 だから僕はそういう時に勝手にひどい何か当てはめてしまって……それを止めることができない自分が苦手です─── キルステン家に起きたことを思うとイグナーツは本当に心が痛む。命を落とす瞬間にヴィクター商会を恨んでいても不思議ではない。ラファエル本人はことあるごとにイグナーツたちのせいではない、と慰めてくれるがそんなことを考えてしまう。 「いや、そういう時こそローレンツの歌でしょう?大丈夫ですよ、どうせ平民を良からぬ考えから遠ざけるのも貴族の責務だって言いますから」 いつもの調子を取り戻したリシテアが大人びた口調でそんなことを言ったので、イグナーツは先ほどの彼女と同じく吹き出してしまった。畳む 小説 2026/02/28(Sat)
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
2.イグナーツとリシテア
隣に座っているリシテアの頭ががくん、と大きく下がった。その衝撃で目が覚めたのか彼女が急に背筋を伸ばす。それでも瞼がどうしても落ちてきてしまうようだった。昼の模擬戦を思えば無理はない。イグナーツは火のはぜる音を聞きながら、一連の動作をぼんやりと見つめていた。眠気を誤魔化すため、眼鏡を外して目を擦ってみたが瞼の重さは変わってくれない。
級友たちは皆、夢の世界を楽しんでいる。前回の訓練でまさに貧乏籤を引いたラファエルはイグナーツに助言するとすぐに眠ってしまった。三秒もかからなかったのではないだろうか。
「眠そうですね、イグナーツ」
急に声をかけられ、狼狽したイグナーツは眼鏡を取り落としてしまった。迂闊に動いたら貴重な眼鏡を踏んで壊してしまう。その場にしゃがみ、炎の明かりを頼りに探すしかない。
だが指が土埃まみれになる前にリシテアから眼鏡を差し出された。彼女は読書家だが目は悪くないらしい。
「すみません。ありがとうございます」
「しっかりして下さいよ……これでは私が一人で寝ずの番をしているのと変わらないじゃないですか」
彼女は先ほどのうたた寝に気がついていないのかもしれない。目をつぶって考えごとをしていただけ、と思ってしまうのはよくある話だ。きっかけがなんであれ、お互いに眠気を振り払えたなら良しとしよう。
「気をつけます。ラファエルくんからいい眠気覚ましを教えてもらったんですが、少し使いにくくて」
「えっ、何か持ってるんですか?ずるくないですか?それに二人一組だって先生も言ってましたよね?」
どうやらリシテアは香り袋や甘いものの類だと思っているらしい。
「物じゃあないんですよ。怖い話をその場で作るんです」
「こ、こここ、怖い話??私の前ではやめて下さい。いえ、怖くなんかありませんけどね!苦手なだけです!」
イグナーツはクロードからリシテアは怖がりだから大きめの明るい洋燈を持たせてやってくれ、と助言されている。
「ではどんなものが苦手か教えてくれませんか?避けられるように工夫出来るかもしれません。気を逸らすためにローレンツくんが歌っているところを想像するのはどうですか?」
ローレンツは地声が大きいのに歌は自信がないのか、歌い始めがずれることが多く、よく咳き込んで誤魔化している。聖堂でのそんな姿を思い出したのかリシテアは吹き出してしまった。
───イグナーツって人のことよく見てますよね。でもあんたの描く絵をみれば納得できます。私が苦手なのは分からないこと、です。暗闇の中には何が潜んでいるのか分からない。だから怖……、いいえ、苦手なんだわ。うめき声やうなり声も、それと足音も嫌いです。私に何を伝えたいのか、何をさせたいのか、具体的なことが何も分からないから。
足音といえば……消灯後はすごく響くでしょう?昼間も同じように足音を立ててみんな歩いているはずですが、話し声や他の物音で打ち消されています。
「夜は松明を持ったセイロス騎士団の皆さんがニ、三人で見回りをしてますね」
彼らの足音は別に怖くないんです。たまにアロイスさんの話し声が聞こえることもありますし。あの人、騎士団長のはずなのに何をやってるんでしょうね……他にするべきことがあるはずなのに。とにかく、夕食後に書庫で読書や勉強に集中していると彼らとすれ違うことがあるんです。会釈だけされる時もあれば早く帰るよう促される時もあります。
ただ、たまに足音の数が合っていないような気がするんです。もう角を曲がってしまったからすれ違った彼らが二人なのか三人なのか、わざわざ確認するのも変ですから、引き返して確認したことはありません。こういうのは本当に訳がわからなくて苦手です───
「なるほど……確かに僕もそういうのは苦手です」
風が強く吹いて炎がその身を細くしたのでイグナーツは用意しておいた薪をそっと追加した。リシテアや自分は暗闇を恐れるが獣たちは炎を恐れている。獣たちは暗闇の方が安らぐのだ。
暗闇や物音は分からない、で立ち止まるリシテアは賢い。イグナーツは暗闇の分からなさに耐えかねて脳裏に絵を描いてしまう。
「でしょう?苦手なものについて話すのは私だけですか?イグナーツも話してくださいよ」
苦手、という表現に誤魔化されているが、リシテアの話はイグナーツが聞いても結構怖かった。それと同時に日頃こんな恐怖を感じる彼女を気の毒に思う。リシテアにせがまれるまま、イグナーツは口を開いた。
──考えごとが止まらなくなる時があって、僕はそういう自分が苦手です。こんなことはやめた方がいい、ってあとで反省はできるんですけど、その時は止まらないんです。
さっきリシテアさんは分からないことが苦手だ、と言ってましたよね?僕もそうなんです。ただ、僕は苦手すぎて勝手に考えてしまうんです。暗闇の中に潜んでいるものの正体を良くないものだ、と決めつけてしまう。例えばクロードくんが面倒くさがって畳まずに丸めただけの幌が動いた時に子供の頭くらいの大きさで人間と同じ形の瞳が沢山ある大きな蜘蛛の化け物が隠れている、とかそんな考えがよぎるんです。
「紛れ込んだ野ネズミより先にそっちが出てくるんですか?うーん……。ではイグナーツ、あの木の影に何が潜んでいると思いますか?」
いや、何もいないと思いますし、何かが潜んでいるとしてもきっと普通の盗賊だと思います……。でも分からないものって暗闇だけじゃありませんよね。他人が何を考えているか、も分からないでしょう?特にもう亡くなっていて、答えを聞くことができない人たちの考えは永久に確かめることができません。
だから僕はそういう時に勝手にひどい何か当てはめてしまって……それを止めることができない自分が苦手です───
キルステン家に起きたことを思うとイグナーツは本当に心が痛む。命を落とす瞬間にヴィクター商会を恨んでいても不思議ではない。ラファエル本人はことあるごとにイグナーツたちのせいではない、と慰めてくれるがそんなことを考えてしまう。
「いや、そういう時こそローレンツの歌でしょう?大丈夫ですよ、どうせ平民を良からぬ考えから遠ざけるのも貴族の責務だって言いますから」
いつもの調子を取り戻したリシテアが大人びた口調でそんなことを言ったので、イグナーツは先ほどの彼女と同じく吹き出してしまった。畳む