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雑多です。
「flow」第1部 最終話「クロード」
#flow #完売本 #現パロ

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 教会は伽藍堂である。真善美はその壁に刻まれているだけに過ぎない。

 だがそれ故に聖なるものを、真善美を求める人々の全てを受け入れ、人々の悪しき部分を赦し、人々に良き行いを促すことができる。

 教会は伽藍堂である。だが教会は伽藍堂でなければならない。
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 ベレトはこのままヒトが発展するところを眺めつつ、穏やかに長い生を閉じられると思っていた。科学の恩恵を受け、これだけ豊かに自由に暮らせるようになったのに何故ヒトは他人の行動を縛ろうとする動きを支持できるのだろうか。宗教警察は異端審問官という古い葡萄酒を入れた新しい皮袋にすぎない。
 十七世紀にイングリットやユーリスに手伝ってもらったようなことも監視カメラがあると難しく、どうすべきか分からなかった。ソティスに叱られるのもまた良し、という気持ちでヒルダたちの安全が確保されたのを見届けたベレトはデアドラを去り、再びクパーラで眠ることにした。
 以前と変わらず野生の飛竜もまだ健在で群をなして飛ぶ姿が見られるし、羽音を聞きながら眠ることができる。もしかしたら夢の中では自分も白きものになって空を飛んだり炎を吐きたり出来るかもしれない、と思って眠りについたがそれは叶わなかった。
 今回、クパーラでベレトが見た夢にソティスや白きものは登場せず、ヒトとして過ごした最後の一年間、士官学校で教師をしていたあの一年間の夢しか見なかった。
 フォドラ統一戦争の夢すら見なかった。
 教師に戻るのが自分の運命なのかもしれない。そう考えたベレトは勝手知ったるフェルディア総合大学で高校教師の資格を取った。ガルグ=マクも庭のようなものだったが、石油化学産業で食べている土地なだけあって宗教警察から学生を守ってくれる、シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ記念奨学金で学費の支払いが出来る、という点でフェルディアに軍配があがった。二十世紀になってもまだ入学時にフェルディアブルーのローブを渡す伝統は続いている。
 石油産業で豊かになったファーガスは十二世紀末の貧しい姿が嘘のようだった。レアはセイロス教の禁忌に石油の利用を入れていたが、古代にしても十二世紀末にしても当時は精製する技術がなかった。わざわざ禁忌にせずとも魔法を推奨するだけで充分だったろう。
 フレスベルグ製作所の蒸気機関なくしてファーガスの発展は見込めなかった。結局、全ては絡み合っている。こんな風に技術が進歩していくことを直接知っているせいか、ベレトの授業は臨場感があって分かりやすいと評判が良かった。
 社会科全ての資格があり、剣術と魔道も指導できる教師としてベレトはフォドラ中の高校で教えて回った。ガルグ=マクにこだわるつもりはなかったので場所は何処でも構わなかったが、オグマ山脈が見える土地にいる時にはベレト先生は気がつくと山を見ている、と生徒や同僚皆から言われた。
 当時はまだ全てが紙の書類で管理されていたし、コンタクトレンズで瞳の色が変えられるようになったので各地で沢山名義を作り、別人を装って教師をするのは簡単だった。アンヴァルの教え子はフレスベルグ製作所に就職が決まったと言って喜び、ヌーヴェルの教え子は地元の大学へ進学した後ブリギットでフォドラ語を教える教師になった。ガラテアやゴーティエの高校はブレーダッドオイルから全生徒へ教科書の提供があり、フェルディアの教え子たちはやはり地元フェルディア総合大学へ進学したがった。エドマンドの教え子は地元の農学校で酪農を学び、デアドラの教え子は外航船の船員になった。
 サウィン村にある分校の教師をしていた時の校長がガルグ=マクへ移動し、彼女から国立ガルグ=マク大学附属高校で教師をやらないか、と打診されたベレトは二つ返事で引き受けた。少し怖かったが例え士官学校ではないとしても何者かに呼ばれたのだろう。
 国立ガルグ=マク大学附属高校は全寮制のためフォドラ中から優秀な学生が集まり、交換留学生も多数受け入れている。交換留学生はパルミラとブリギット出身の学生が多い。ベレトはレンズ研磨の修行をした際にパルミラ語を覚えたことを今の職場では明かしていなかった。
 しかしうっかり同僚の前で生徒のパルミラ土産の説明文をすらすらと読んだことが災いし、新年度から地理と倫理と剣術クラブの顧問の他に留学生の受け入れ担当もするはめになってしまった。基本的にはフォドラ語でやりとりをするとはいえ、いざという時のためにパルミラ語のおさらいもしなくてはならない。
 剣術クラブの指導後、誰も残っていない職員室でようやくベレトは来年度受け入れる予定の留学生たちに関する資料を開いた。とあるページで資料を捲る手が止まる。彼と再会するのは五世紀ぶりだった。二年早かったら金鹿の学級の名物コンビが再結成されていただろう。だが、ローレンツは二年前に卒業していた。彼はこのご時世には珍しい紋章持ちで、大学の紋章研究科から身体を調べられたりしてそれなりに面倒な高校生活を送っていたが、数世紀前に再会できた時のように守ってやれたと思う。

───親族同士で揉めている様子を多感な年頃の息子に見せたくない、という両親の意向でクロードは母親の故郷であるフォドラへ一年間留学することになった。特に興味もないのだが、母に言わせるとパルミラ訛りだという自分のフォドラ語が矯正できればそれで充分だと思っている。国立ガルグ=マク大学附属高校への留学生受け入れ試験に合格し、地元でお別れパーティをやったと思ったらもうフォドラの学校に到着していた、そんな状態だった。
 どうやらクロードの到着は早過ぎたらしく構内は人影がまばらだ。事前に送られていた名札を胸元につけ大きなトランクを引っ張りながら歩いていく。乾燥したパルミラとは全く違う、春先の山の湿った空気を吸い込むと何故か肺の中まで冷えるような気がする。
 クロードから見て広場の向こうに〝留学生はこちら〟という表示が見えた。その真下には黒髪に黒い瞳をしたスーツ姿の男性教師が立っている。学生の顔と名前でも確認しているのか書類を懸命に見ていたが、クロードに気がつくと近寄って手を差し出してきた。
『初めまして、クロード。留学生受け入れ担当のベレト=アイスナーです。君の学年に教える科目は倫理。フォドラでの一年間を有意義に楽しく過ごして下さい』
 クロードは一瞬だけ何故名乗る前に名前を知られているのかと不思議に思ったが、胸元の名札に思い当たった。何度か瞬きをして、ベレトから差し出された手を握り返す。
『驚いた、ガルグ=マクにパルミラ語が話せる教師がいるなんて知らなかった!』
『少し話せるのがバレたせいで君ら留学生担当になった。ちなみに明日からはジャージしか着ないしフォドラ語しか話さないよ』
 軽口を叩いてにこやかに笑うベレトを見ているとパルミラ出国前には母親から、フォドラ入国後にはガルグ=マクのパルミラ大使館から、きつく注意された宗教警察がらみのことが疑わしくなってくる。クロードはガルグ=マクでは誰がセイロス教宗教警察の協力者か分からないから言動に注意せよ、セイロス教の禁忌に触れるな、と言う助言を受けていた。
『じゃあベレト先生、俺も明日からフォドラ語しか話さないことにします。訛ってるけど』
 ベレトは無言でクロードに向かって親指を立てた。ベレトの最初の教え子はベレトの最後の教え子でもあった。畳む