「さかしま」12.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む ジェラルドは忙しい合間を縫って学生たちに剣の指導をしていたらしい。彼から剣の稽古をつけて貰っていた者たちは皆、彼の死に衝撃を受けていた。彼ほど強くても脇腹を小刀で刺されて死んでしまう。肉体の儚さを思えば舞踏会で踊るべきだし、女神の塔にも行くべきだ。騎士団の宴はいつでも馬鹿騒ぎだがそれには理由がある。やりたいことを我慢出来るほど人生は長くない。人生は儚く短すぎる。 ベレトは健啖家でローレンツをよく昼食に誘ってくれたがここ数日は食堂で彼を見かけることがない。クロードやフレン、それにセイロス騎士団のアロイスがたまに食事を届けに行っているが、中身が残ったままの籠が戻ってくることも多いと聞く。だが今日はクロードが空の籠を持っていた。 「食べてくれたようだな」 「二日ぶりだ。あの大食漢の先生が食べないなんてよっぽどだ。まあひどいことが起きたから当たり前だが……」 「そうだな。ところでクロード、今晩僕の部屋に来てくれ。先生や皆に伝えるべきか迷っている話があるから相談したい」 「分かった。時間を作る」 生徒たちは皆、表立って口にださないがジェラルドの仇討ちを望んでいる。ガルグ=マクから各地方へ部隊が派遣されクロニエたちの行方を探しているが捕縛したという報告はまだない。 士官学校の生徒たちは追跡する部隊には加えられずにいるが皆、同郷のセイロス騎士団所属の騎士たちから話を聞き、彼らの動向だけは掴んでいた。そしてローレンツはグロスタール領出身の騎士から気になる話を聞いている。 その晩、ローレンツは給茶器に火を入れてから地図を広げた。頭の中を整理するため盤上遊戯の駒を印代わりに置いていく。クロードにどう説明すべきかローレンツが考え込んでいると扉を叩く音がした。 近頃クロードはローレンツの部屋を訪れるときに小さなお土産を持ってくる。今日は干し葡萄を持ってきたので礼を言い、皿に開けているとクロードはもう地図を凝視していた。 「ソロンとクロニエが目撃された場所がてんでばらばら過ぎるな。あいつらは外見を操れるだろう?遠方の仲間に化けさせただけかもしれない」 ソロンたちの人相は早馬などで各地に伝えられたが遠方に行けば行くほど不正確になっていく。ソロンたちの協力者が彼を装うのは簡単だろう。 「こちらの戦線が伸び切って簡単には戻ってこれなくなったところで姿を表し、先生を誘き出そうとしていると僕は思う。だが見過ごせない話がある」 クロードがローレンツの淹れた紅茶に口をつけた。 「この辺りで連中が目撃されたらしい。グロスタール領出身のセイロス騎士団団員が僕に教えてくれた」 「あの時、礼拝堂にもいた奴か?」 ローレンツが頷くとクロードは持参した干し葡萄を何粒が口に放り込んで唸った。多分ローレンツと同じことを考えている。一度対決している者たちを適当な変装で誤魔化すのは難しい。 「それなら本物だろう。自分の身を囮にしてるんだ」 「わざわざ罠に嵌りに行くのか」 「先生と俺たちなら勝てる」 はったりなのか本気なのか、クロードの顔を見ているだけでは分からない。 「何を賭けているのか分かっているのか?勝てなかったらどうするつもりなのだ?」 紋章の力を持ってしても勝てるかどうか不明な相手に騎士団の加勢なしで戦いを挑もう、とクロードは言っている。 「頭を掻いて誤魔化すさ。もし負けても生きていられたらな」 「では僕はもし生き残れたらその頭を引っ叩いてやるから覚悟しておけ」 だが自分たち単独で出撃など出来るはずもない。クロードは教会を説得する必要がある。きっと無理だろうと思っていたが、ローレンツたちに大司教レアから正式な出撃許可が下りた。 クロードは使命を果たす、といって大司教レアとその補佐セテスを説得したようだ。騎士物語では使命を題材として取り上げることが多い。子供っぽい話だがローレンツはまるで自分が騎士物語の登場人物になったような気持ちがした。しかしその後の展開は著者がいる物語を超え、伝説や神話のようになっていった。ザラスの闇に呑まれ、女神の力によって教え子たちの元に戻ってきたベレトはその髪の色も瞳の色も若草色に変化している。あまりの展開にローレンツはクロードの頭を引っ叩き忘れた。 大司教レアはベレトが女神の啓示を受けるに相応しい状態になったので女神再臨の儀式を執り行う、と告げた。聖域の内部で目につく機構にいちいちはしゃぐクロードを皆で寄ってたかってうるさいから黙れ、と注意するだけでこの日が終わってくれたなら、どれほど良かっただろうか。儀式の成否は人智を超えているので身の安全が保障される限りは正直言ってどちらでも構わなかった。結果として儀式は失敗に終わり───しかも帝国軍が攻め込んできた。なんとか撃退できたもののこれまでの叛乱とは訳が違う。 ローレンツは士官学校で過ごす一年間をとても楽しみにしていた。各地から集まる優秀な若者たちと友人となり、共に武術や学問を修め運が良ければ名家出身で紋章を持つアルファのご令嬢と出会えるかもしれない───そう考えていた。オメガの仲間たちが出来てシルヴァンやフェルディナントと友人になり、ベレトから武術を学べたので最後の目標以外は達成出来ている。 最後の目標は士官学校で達成出来なければ両親が探してくるのは決定済みだ。それだけに運命の出会いのようなものがあれば良かったのに、と思っていたがこんな事態では伴侶探しも中断せざるをえない。 クロードが炎帝の仮面を落とし、その正体がエーデルガルトであると知らしめたその日から皆どうやって故郷に帰るのか、を最優先に過ごしている。セテスから今はまだ安全のために寮に留まれ、と言われているが水面下では皆、荷物をまとめていた。金鹿の学級の学生たちはヒルダやリシテアのように東へ向かってアミッド大河を目指すものたちとローレンツ、クロード、マリアンヌのように北上するものたちに別れる。 連日連夜、ローレンツとクロードはローレンツの部屋で地図を見て誰をどのように帰すべきか考えていた。おそらくきちんと引き上げるのは不可能なので、持ち帰ることができないであろう良い茶葉を使い切ってしまいたくて紅茶を毎晩、何杯も何杯も飲んでいる。 「全土の諸侯へ檄文が送られている筈だから息子や娘が心配な諸侯は迎えを出しているだろう。グロスタール家はどんな感じだ?」 「うちはデアドラに上屋敷があるからグロスタール領に戻れない場合は僕がそこへ行くだけだ。デアドラまで行く必要のない学生も多い。解散するとしたらもっと手前であるべきだ」 帝国軍は斥候も兼ねて逃げた学生たちを追いながら北上してくるはずだ。帝国の動きを警戒し、領内に大部隊を展開させているダフネルに入ってしまえば逃げ切れるだろう。 「そうするとひとまずダフネル領を目指すことになるかな?ジュディッドがいるから帝国軍も介入し難いだろう」 「そうだな。ディミトリくんたちともそこまでは行動を共に出来るだろう」 ファーガス出身の学生たちはそこからガラテア領に向けてさらに北上していく。 「俺たちは雪山に紛れられるがヒルダたちは大変だな」 「ヒルダさんたちは船に乗れるか乗れないかで大違いだな。彼女たちの幸運を祈ろう」 この時点のローレンツは自分が最も自領に戻るのに苦労する羽目になるとは考えていなかった。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
ジェラルドは忙しい合間を縫って学生たちに剣の指導をしていたらしい。彼から剣の稽古をつけて貰っていた者たちは皆、彼の死に衝撃を受けていた。彼ほど強くても脇腹を小刀で刺されて死んでしまう。肉体の儚さを思えば舞踏会で踊るべきだし、女神の塔にも行くべきだ。騎士団の宴はいつでも馬鹿騒ぎだがそれには理由がある。やりたいことを我慢出来るほど人生は長くない。人生は儚く短すぎる。
ベレトは健啖家でローレンツをよく昼食に誘ってくれたがここ数日は食堂で彼を見かけることがない。クロードやフレン、それにセイロス騎士団のアロイスがたまに食事を届けに行っているが、中身が残ったままの籠が戻ってくることも多いと聞く。だが今日はクロードが空の籠を持っていた。
「食べてくれたようだな」
「二日ぶりだ。あの大食漢の先生が食べないなんてよっぽどだ。まあひどいことが起きたから当たり前だが……」
「そうだな。ところでクロード、今晩僕の部屋に来てくれ。先生や皆に伝えるべきか迷っている話があるから相談したい」
「分かった。時間を作る」
生徒たちは皆、表立って口にださないがジェラルドの仇討ちを望んでいる。ガルグ=マクから各地方へ部隊が派遣されクロニエたちの行方を探しているが捕縛したという報告はまだない。
士官学校の生徒たちは追跡する部隊には加えられずにいるが皆、同郷のセイロス騎士団所属の騎士たちから話を聞き、彼らの動向だけは掴んでいた。そしてローレンツはグロスタール領出身の騎士から気になる話を聞いている。
その晩、ローレンツは給茶器に火を入れてから地図を広げた。頭の中を整理するため盤上遊戯の駒を印代わりに置いていく。クロードにどう説明すべきかローレンツが考え込んでいると扉を叩く音がした。
近頃クロードはローレンツの部屋を訪れるときに小さなお土産を持ってくる。今日は干し葡萄を持ってきたので礼を言い、皿に開けているとクロードはもう地図を凝視していた。
「ソロンとクロニエが目撃された場所がてんでばらばら過ぎるな。あいつらは外見を操れるだろう?遠方の仲間に化けさせただけかもしれない」
ソロンたちの人相は早馬などで各地に伝えられたが遠方に行けば行くほど不正確になっていく。ソロンたちの協力者が彼を装うのは簡単だろう。
「こちらの戦線が伸び切って簡単には戻ってこれなくなったところで姿を表し、先生を誘き出そうとしていると僕は思う。だが見過ごせない話がある」
クロードがローレンツの淹れた紅茶に口をつけた。
「この辺りで連中が目撃されたらしい。グロスタール領出身のセイロス騎士団団員が僕に教えてくれた」
「あの時、礼拝堂にもいた奴か?」
ローレンツが頷くとクロードは持参した干し葡萄を何粒が口に放り込んで唸った。多分ローレンツと同じことを考えている。一度対決している者たちを適当な変装で誤魔化すのは難しい。
「それなら本物だろう。自分の身を囮にしてるんだ」
「わざわざ罠に嵌りに行くのか」
「先生と俺たちなら勝てる」
はったりなのか本気なのか、クロードの顔を見ているだけでは分からない。
「何を賭けているのか分かっているのか?勝てなかったらどうするつもりなのだ?」
紋章の力を持ってしても勝てるかどうか不明な相手に騎士団の加勢なしで戦いを挑もう、とクロードは言っている。
「頭を掻いて誤魔化すさ。もし負けても生きていられたらな」
「では僕はもし生き残れたらその頭を引っ叩いてやるから覚悟しておけ」
だが自分たち単独で出撃など出来るはずもない。クロードは教会を説得する必要がある。きっと無理だろうと思っていたが、ローレンツたちに大司教レアから正式な出撃許可が下りた。
クロードは使命を果たす、といって大司教レアとその補佐セテスを説得したようだ。騎士物語では使命を題材として取り上げることが多い。子供っぽい話だがローレンツはまるで自分が騎士物語の登場人物になったような気持ちがした。しかしその後の展開は著者がいる物語を超え、伝説や神話のようになっていった。ザラスの闇に呑まれ、女神の力によって教え子たちの元に戻ってきたベレトはその髪の色も瞳の色も若草色に変化している。あまりの展開にローレンツはクロードの頭を引っ叩き忘れた。
大司教レアはベレトが女神の啓示を受けるに相応しい状態になったので女神再臨の儀式を執り行う、と告げた。聖域の内部で目につく機構にいちいちはしゃぐクロードを皆で寄ってたかってうるさいから黙れ、と注意するだけでこの日が終わってくれたなら、どれほど良かっただろうか。儀式の成否は人智を超えているので身の安全が保障される限りは正直言ってどちらでも構わなかった。結果として儀式は失敗に終わり───しかも帝国軍が攻め込んできた。なんとか撃退できたもののこれまでの叛乱とは訳が違う。
ローレンツは士官学校で過ごす一年間をとても楽しみにしていた。各地から集まる優秀な若者たちと友人となり、共に武術や学問を修め運が良ければ名家出身で紋章を持つアルファのご令嬢と出会えるかもしれない───そう考えていた。オメガの仲間たちが出来てシルヴァンやフェルディナントと友人になり、ベレトから武術を学べたので最後の目標以外は達成出来ている。
最後の目標は士官学校で達成出来なければ両親が探してくるのは決定済みだ。それだけに運命の出会いのようなものがあれば良かったのに、と思っていたがこんな事態では伴侶探しも中断せざるをえない。
クロードが炎帝の仮面を落とし、その正体がエーデルガルトであると知らしめたその日から皆どうやって故郷に帰るのか、を最優先に過ごしている。セテスから今はまだ安全のために寮に留まれ、と言われているが水面下では皆、荷物をまとめていた。金鹿の学級の学生たちはヒルダやリシテアのように東へ向かってアミッド大河を目指すものたちとローレンツ、クロード、マリアンヌのように北上するものたちに別れる。
連日連夜、ローレンツとクロードはローレンツの部屋で地図を見て誰をどのように帰すべきか考えていた。おそらくきちんと引き上げるのは不可能なので、持ち帰ることができないであろう良い茶葉を使い切ってしまいたくて紅茶を毎晩、何杯も何杯も飲んでいる。
「全土の諸侯へ檄文が送られている筈だから息子や娘が心配な諸侯は迎えを出しているだろう。グロスタール家はどんな感じだ?」
「うちはデアドラに上屋敷があるからグロスタール領に戻れない場合は僕がそこへ行くだけだ。デアドラまで行く必要のない学生も多い。解散するとしたらもっと手前であるべきだ」
帝国軍は斥候も兼ねて逃げた学生たちを追いながら北上してくるはずだ。帝国の動きを警戒し、領内に大部隊を展開させているダフネルに入ってしまえば逃げ切れるだろう。
「そうするとひとまずダフネル領を目指すことになるかな?ジュディッドがいるから帝国軍も介入し難いだろう」
「そうだな。ディミトリくんたちともそこまでは行動を共に出来るだろう」
ファーガス出身の学生たちはそこからガラテア領に向けてさらに北上していく。
「俺たちは雪山に紛れられるがヒルダたちは大変だな」
「ヒルダさんたちは船に乗れるか乗れないかで大違いだな。彼女たちの幸運を祈ろう」
この時点のローレンツは自分が最も自領に戻るのに苦労する羽目になるとは考えていなかった。畳む