「さかしま」26.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース 続きを読む ミルディン大橋を確保したので各々実家に戻って援助の約束を取り付けて欲しい、とクロードが言った。それなのに連れて歩けば最も説得力が出るベレトの身柄は早々にクロードが押さえてしまっている。クロードくんだけずるいよ!と主張していたヒルダと実家が遠方にあるマリアンヌは既に出発していた。彼女たちに続いてローレンツもクロードと同じく明朝にはガルグ=マクを後にする。 ローレンツはミルディン大橋へ行く前、流石に思うところあってガルグ=マクから実家へ便りを出した。だが父エルヴィンからの返事はまだ受け取っていない。届いたのかどうかも定かではないし、ローレンツがこの先どこに行き、何をするのか彼自身にも分からないのだ。実家とのやりとりが安定するにはもうしばらく時間がかかるだろう。今後のローレンツの行き先を知っているのは、癪に触ることにクロードだけだった。 ミルディン大橋はダフネル家のジュデイッドに、本拠地であるガルグ=マクは級友たちに任せる、というのがクロードの方針だった。確かに今更実家に帰れないものたちは多い。ローレンツは自領に向けて出発する前にようやく時間が取れたので、ラファエルたちと共にガルグ=マクに残るフェルディナントと二人、中庭で茶会をしている。好天に恵まれたことがありがたい。 「フェルディナントくん、僕は書き置きをして出てきたのだが、今となっては内容の殆どが虚偽になってしまったのだよ」 ベレトはエーデルガルトとヒューベルトに置いて行かれた黒鷲の学生たちの面倒を見るため、彼らを転籍させていなかったらフェルディナントたちは五年後の約束など知るはずもなかった。こうして彼とガルグ=マクで茶会をすることが叶ったのは面倒見の良いベレトのおかげだった。 「ほう、例えばどんな所が?」 「まず二週間ほどで帰ると書いたのだ。ガルグ=マクに数泊したらそのまま解散するのだろうと思っていた」 「三節経ったな」 「危険なことは避けるとも書いた」 「アリルでも戦闘があったしミルディン大橋を陥落させたな」 そう言って茶器を手に愉快そうに微笑むフェルディナントには帰る実家がない。そんな彼に実家の話をして良いものか悩んだが、遠慮する方が失礼に当たるような気がして話題に出している。 「会って話せばレア様の代理である先生から頼まれてのことだ、と両親も理解してくれるとは思う。しかし僕は自分の見込みの甘さが恥ずかしい」 「クロードが何を考えているのか分からなかったから、かい?」 ローレンツは恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。だがクロードと違ってフェルディナントに見破られるのは嫌ではない。共により良い貴族になろうと誓った仲だからだろうか。 「学生時代から行動を監視し続け、誰よりも奴のことを分かっていると思っていたのに現状はこれだ」 「気持ちは分かるよ、ローレンツ。私もエーデルガルトがあんなことを仕出かすとは思ってもいなかった。我々は同じだな」 フェルディナントは優しく微笑み、ローレンツの茶器にお代わりを注いだ。一年間、エーデルガルトの監視下に置かれた後に帝国中を放浪していた彼は帝国がどうなっているのかよく知っている。箍が外れ、とにかく高揚していた、という彼の説明はローレンツにもわかりやすかった。 帝国はそもそも七貴族の変が起きる前から南方教会が形骸化し、行き過ぎた紋章主義や厳格な階級制度を咎める存在が社会から消滅している。階級制度が強固な国であったせいか平民たちのエーデルガルトに対する熱狂が凄まじい。出奔するような形でガルグ=マクにやってきた黒鷲の元同級生たちのうち紋章を持っているフェルディナント、リンハルト、ベルナデッタは特に居心地の悪さを感じていた。 「素朴な疑問なのだがエーデルガルトさんもセイロスの紋章を持ちアイムールを使うだろう?矛盾を感じないのだろうか」 「その辺りが相容れなくて出奔したのだ。確かに我が国は解決せねばならない問題だらけだが、それは戦争で解決するとも思えない」 親友のローレンツが黙って耳を傾けてくれているのでフェルディナントは更に言葉を続けた。自由に意見が言えるのも、ここが懐かしい士官学校の敷地内だからかもしれない。 「何か事情はあるのだろうが、明かされないならば判明していることだけで判断するしかない。明かして貰えなかったことがひたすら残念だよ」 「僕としてはエーデルガルトさんもヒューベルトくんも、最初からディミトリくんやクロードを敵と見做していただろうにそれを見破れなかったのが残念だな。監視すべき相手を間違えた」 フェルディナントはローレンツの言葉を受け、持論を展開した。───エーデルガルトとヒューベルトが何故大陸を統一したいのかさっぱり分からない。偽りの歴史を訂正したいなら形骸化した南方教会を使って、新しく聖典を作って普及させれば良い。公会議を開いて論戦に勝てば大司教座も士官学校もアンヴァルへと移せる。戦費が出せるならばその経費が出せる筈だ。紋章主義を否定したいならば何故、紋章を持たねば使えないアイムールを振るい、ファーガスへと侵攻したのか───フェルディナントが彼女たちを問いただす機会が訪れるのかどうか、ローレンツには正直言って分からない。だが聞いてみたいのだ、と彼は言う。 「これからはお互い、悔いが残らない選択をしたいものだ。こうしてローレンツと紅茶を楽しんでいるとやはり、シルヴァンが今どうしているのか考えてしまうな」 ガルグ=マクで再会するまで、ローレンツから一方的に心配される側だったのはシルヴァンではなく、フェルディナントだった。ベレトと再会し、エーギル領を取り戻すまでは本拠地をガルグ=マクとする、と腹を括ったせいか彼は落ち着きを取り戻している。 「端的に言ってとても辛い時期を過ごしているだろう。シルヴァンはご婦人方に対する態度はともかく、ブレーダッド家に対しては忠誠を誓っているし領民に対しては誠実だ」 そもそもファーガスはダスカーの悲劇の痛手から立ち直っていない。そんな状況下でアドラステア帝国に侵攻され、ファーガス神聖王国という国家は瓦解しつつある。レスター諸侯同盟がまだ瓦解していないのはクロードの手腕に依るところが大きい。王子であったディミトリが生きていればこんな事態にはならなかった、とシルヴァンたちは思っているに違いない。彼らの人生は帝国のファーガス侵攻により大きく変わってしまった。 「それは辛い、な……」 フェルディナントが瞼を伏せると睫毛で彼の頬に影が落ちた。出自に関係なく陽の光は平等に皆を照らしていくのに人間は本当に儘ならない。 この争乱で人生が変わってしまった者はフォドラのありとあらゆる所に存在する。フェルディナントやシルヴァンに比べれば些細な変化だが、ローレンツもそのうちの一人だ。 平和なままであればローレンツはクロードと深い仲になることはなかった、と断言出来る。それに結婚するまで純潔を保っていた筈だ。男性オメガの場合は破瓜にあたる現象がないため、女性オメガほど結婚の条件として純潔は問われない。 しかしローレンツは一生、配偶者に対して引け目を感じるだろう。純潔を失ったことを将来の結婚相手に伝えるべきかどうか、マリアンヌに相談した時にはすぐに結論が出せないので持ち帰らせて欲しいと言われている。彼女の出す結論が耳に痛いものであろうと聞ける日が楽しみだった。畳む 小説,BL 2024/11/14(Thu)
ミルディン大橋を確保したので各々実家に戻って援助の約束を取り付けて欲しい、とクロードが言った。それなのに連れて歩けば最も説得力が出るベレトの身柄は早々にクロードが押さえてしまっている。クロードくんだけずるいよ!と主張していたヒルダと実家が遠方にあるマリアンヌは既に出発していた。彼女たちに続いてローレンツもクロードと同じく明朝にはガルグ=マクを後にする。
ローレンツはミルディン大橋へ行く前、流石に思うところあってガルグ=マクから実家へ便りを出した。だが父エルヴィンからの返事はまだ受け取っていない。届いたのかどうかも定かではないし、ローレンツがこの先どこに行き、何をするのか彼自身にも分からないのだ。実家とのやりとりが安定するにはもうしばらく時間がかかるだろう。今後のローレンツの行き先を知っているのは、癪に触ることにクロードだけだった。
ミルディン大橋はダフネル家のジュデイッドに、本拠地であるガルグ=マクは級友たちに任せる、というのがクロードの方針だった。確かに今更実家に帰れないものたちは多い。ローレンツは自領に向けて出発する前にようやく時間が取れたので、ラファエルたちと共にガルグ=マクに残るフェルディナントと二人、中庭で茶会をしている。好天に恵まれたことがありがたい。
「フェルディナントくん、僕は書き置きをして出てきたのだが、今となっては内容の殆どが虚偽になってしまったのだよ」
ベレトはエーデルガルトとヒューベルトに置いて行かれた黒鷲の学生たちの面倒を見るため、彼らを転籍させていなかったらフェルディナントたちは五年後の約束など知るはずもなかった。こうして彼とガルグ=マクで茶会をすることが叶ったのは面倒見の良いベレトのおかげだった。
「ほう、例えばどんな所が?」
「まず二週間ほどで帰ると書いたのだ。ガルグ=マクに数泊したらそのまま解散するのだろうと思っていた」
「三節経ったな」
「危険なことは避けるとも書いた」
「アリルでも戦闘があったしミルディン大橋を陥落させたな」
そう言って茶器を手に愉快そうに微笑むフェルディナントには帰る実家がない。そんな彼に実家の話をして良いものか悩んだが、遠慮する方が失礼に当たるような気がして話題に出している。
「会って話せばレア様の代理である先生から頼まれてのことだ、と両親も理解してくれるとは思う。しかし僕は自分の見込みの甘さが恥ずかしい」
「クロードが何を考えているのか分からなかったから、かい?」
ローレンツは恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。だがクロードと違ってフェルディナントに見破られるのは嫌ではない。共により良い貴族になろうと誓った仲だからだろうか。
「学生時代から行動を監視し続け、誰よりも奴のことを分かっていると思っていたのに現状はこれだ」
「気持ちは分かるよ、ローレンツ。私もエーデルガルトがあんなことを仕出かすとは思ってもいなかった。我々は同じだな」
フェルディナントは優しく微笑み、ローレンツの茶器にお代わりを注いだ。一年間、エーデルガルトの監視下に置かれた後に帝国中を放浪していた彼は帝国がどうなっているのかよく知っている。箍が外れ、とにかく高揚していた、という彼の説明はローレンツにもわかりやすかった。
帝国はそもそも七貴族の変が起きる前から南方教会が形骸化し、行き過ぎた紋章主義や厳格な階級制度を咎める存在が社会から消滅している。階級制度が強固な国であったせいか平民たちのエーデルガルトに対する熱狂が凄まじい。出奔するような形でガルグ=マクにやってきた黒鷲の元同級生たちのうち紋章を持っているフェルディナント、リンハルト、ベルナデッタは特に居心地の悪さを感じていた。
「素朴な疑問なのだがエーデルガルトさんもセイロスの紋章を持ちアイムールを使うだろう?矛盾を感じないのだろうか」
「その辺りが相容れなくて出奔したのだ。確かに我が国は解決せねばならない問題だらけだが、それは戦争で解決するとも思えない」
親友のローレンツが黙って耳を傾けてくれているのでフェルディナントは更に言葉を続けた。自由に意見が言えるのも、ここが懐かしい士官学校の敷地内だからかもしれない。
「何か事情はあるのだろうが、明かされないならば判明していることだけで判断するしかない。明かして貰えなかったことがひたすら残念だよ」
「僕としてはエーデルガルトさんもヒューベルトくんも、最初からディミトリくんやクロードを敵と見做していただろうにそれを見破れなかったのが残念だな。監視すべき相手を間違えた」
フェルディナントはローレンツの言葉を受け、持論を展開した。───エーデルガルトとヒューベルトが何故大陸を統一したいのかさっぱり分からない。偽りの歴史を訂正したいなら形骸化した南方教会を使って、新しく聖典を作って普及させれば良い。公会議を開いて論戦に勝てば大司教座も士官学校もアンヴァルへと移せる。戦費が出せるならばその経費が出せる筈だ。紋章主義を否定したいならば何故、紋章を持たねば使えないアイムールを振るい、ファーガスへと侵攻したのか───フェルディナントが彼女たちを問いただす機会が訪れるのかどうか、ローレンツには正直言って分からない。だが聞いてみたいのだ、と彼は言う。
「これからはお互い、悔いが残らない選択をしたいものだ。こうしてローレンツと紅茶を楽しんでいるとやはり、シルヴァンが今どうしているのか考えてしまうな」
ガルグ=マクで再会するまで、ローレンツから一方的に心配される側だったのはシルヴァンではなく、フェルディナントだった。ベレトと再会し、エーギル領を取り戻すまでは本拠地をガルグ=マクとする、と腹を括ったせいか彼は落ち着きを取り戻している。
「端的に言ってとても辛い時期を過ごしているだろう。シルヴァンはご婦人方に対する態度はともかく、ブレーダッド家に対しては忠誠を誓っているし領民に対しては誠実だ」
そもそもファーガスはダスカーの悲劇の痛手から立ち直っていない。そんな状況下でアドラステア帝国に侵攻され、ファーガス神聖王国という国家は瓦解しつつある。レスター諸侯同盟がまだ瓦解していないのはクロードの手腕に依るところが大きい。王子であったディミトリが生きていればこんな事態にはならなかった、とシルヴァンたちは思っているに違いない。彼らの人生は帝国のファーガス侵攻により大きく変わってしまった。
「それは辛い、な……」
フェルディナントが瞼を伏せると睫毛で彼の頬に影が落ちた。出自に関係なく陽の光は平等に皆を照らしていくのに人間は本当に儘ならない。
この争乱で人生が変わってしまった者はフォドラのありとあらゆる所に存在する。フェルディナントやシルヴァンに比べれば些細な変化だが、ローレンツもそのうちの一人だ。
平和なままであればローレンツはクロードと深い仲になることはなかった、と断言出来る。それに結婚するまで純潔を保っていた筈だ。男性オメガの場合は破瓜にあたる現象がないため、女性オメガほど結婚の条件として純潔は問われない。
しかしローレンツは一生、配偶者に対して引け目を感じるだろう。純潔を失ったことを将来の結婚相手に伝えるべきかどうか、マリアンヌに相談した時にはすぐに結論が出せないので持ち帰らせて欲しいと言われている。彼女の出す結論が耳に痛いものであろうと聞ける日が楽しみだった。畳む