「ねむけざまし」
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
1.ラファエルとマリアンヌ
金鹿の学級は現在、野営の訓練をしている。昼間の行軍と模擬戦で疲れた級友たちは就寝時間になるとすぐに夢の中へ入り込んでしまった。だが全員で眠ってしまうわけにはいかない。くじ引きでマリアンヌとラファエルが寝ずの番をすることになった。
今回は火を焚けるので幸運な方だろう。風の吹き付ける甲板よりはるかに快適だ。焚き火がはぜる音のおかげでマリアンヌは意識を失わずに済む。
「マリアンヌさん、随分と眠そうだなあ……」
自分ではしっかりと意識を保っているつもりだったがラファエルの意見は違うらしい。マリアンヌにそんな指摘をしてきた彼もやはり眠そうだった。
「申し訳ありません、やはり疲れているようです」
「寝てる皆がいないなら大声を出して筋肉をいじめてやればいいんだけどよぉ……」
それが出来ないから話しかけてきたのだろう。
「皆さんを起こしてしまいますものね」
ヒルダや義父であるエドマンド辺境伯ならきっと一晩でも他人と話し続けられる。マリアンヌは思わず大きなため息を吐いた。自分にそんなことは絶対出来ない。口下手がこんな所にも影響を及ぼす。
ぱちん、と少し大きめの音がして視線がそちらに吸い込まれる。飛んだ赤い火の粉はすぐに明るさを失い、目の前から消えてしまった。自分が飲み込んだ言葉の末路もこんな感じなのかもしれない。
「先生とクロードくんは眠気覚ましに怖い話をしたんだと」
鍛錬のことしか考えていないラファエルに怖い話が出来るのだろうか。思わず、目を見開いたマリアンヌの姿を見てラファエルが微笑んでいる。
「やっぱり先生とクロードくんはすごいなあ。眠気、どっかにいっちまったんだろう?まだ話してもいないのに」
「し、失礼しました……。どんな話を聞かせてくださるのでしょうか?」
ラファエルはそこで初めて自分が話し手になることに意識が向いたらしい。大きな手を口に当て、煌々と世界を照らす月に目をやり考え込んでいる。一見、粗野に見えるが彼は思慮深いのだ。
「ちょっと考えたんだけどよぉ……オデ、怖い話は知らないんだよな……だからこの場で作ることにする」
ではマリアンヌも聞いた話ではなく作り話をするべきだろうか。確かにこれは眠気覚ましになる。
───オデはこの通り身体がでかいだろう?筋肉もきちんといじめてるしな。だから村にいた時は力仕事をよく手伝ってたんだ。でも力仕事ってのは楽しいことだけじゃねぇ。
マリアンヌさんは村の葬式って出たことあるか?仲の良い家族や親戚がいっぱいいる年寄りの葬式は親戚の男衆が棺をでっけぇ輿にのせて担ぐんだ。教会で葬式をやって、墓地に運んで埋める。
でもな、そういう縁が薄い死人もいるんだ。オデは村でそういう担ぎ手のいない葬式を手伝ってたんだよ。棺をのせるでっけえ輿は日頃、どこに置いてあると思う?
「教会の物置でしょうか?」
村はずれの小屋にしまってあるんだ。まあ、あんまり目にしたいもんじゃねえよなあ。作ってて気分が良いもんでもないから、しょっちゅう作り直さなくてもいいように輿はすごく頑丈に作ってある。何十年も使うんだ。
そんな代物は重くて、勝手に動くわけがねぇ。でもな、夜にその小屋の近くを通ると、たまに小屋の中でがたがたと重くてでかいものが動いてる音がする時があるんだ。そんな時は必ず十日以内に葬式がある。輿が出番を呼んでるのか、出番が待ち切れないのか、はオデには分からねえ……。なんてったって作り話だからな───
「な、なるほど……」
マリアンヌはきちんと怖かったのだ。縁に恵まれなかった村人の行く末は他人事と思えなかったし、数多くの亡骸を運び続けた輿に染み込んでいるかもしれない何か、は獣の紋章と似た匂いがする。だが最後の一言に全てを持っていかれてしまった。
「オデの話、きちんと怖かったかぁ?」
焚き火に照らされるラファエルはいつものように微笑んでいる。
「はい、きちんと恐ろしかったです……。私も頑張ります」
「まだ夜は長いもんなあ」
ラファエルのように上手に話が作れるかは分からない。だが全力を尽くそう。そう考えたマリアンヌは大きく息を吸った。夜の空気を取り込んでゆっくりと口から吐いていく。それだけで頭の中が整理されていった。
───海沿いに暮らしていると……そうですね、クロードさんなら支離滅裂、の一言で済ませそうな話がよく耳に入ります。ラファエルさんは海を見たことがありますか?浜辺に立ったことは?
浜辺には様々なものが流れつきます。よく見つかるのは貝殻や流木……それに硝子や陶器の欠片でしょうか。波に耐える固さを持っているものですね。
たまに胸を締め付けられるようなものも見つかります。海で命を落とした人の骨です。どこの骨かと言うと……一目で人の骨だ、と分かる部分の骨です。当然波に晒されて傷んでいるので、見ただけでは死因は分かりません。陸から鉛色の海の中を覗けないのと同じです。
「海は青くねえのか?そういう歌もあるだろ?」
北の海は季節によって色が変わります。冬の海は今にも雪や雨が降りそうな曇天と通じている、と義父は話していました。人間は自然に勝てません。それでも時々、諦めの悪い骨があって……冬にそういった骨を手に取ると、一度だけ眼窩の向こうにありえないほど美しい、青い海が見えるのだそうです。
その骨が最後に見た光景なのか、生前に見た最も美しい海の眺めなのか、陸にいる私たちには分かりません。作り話ですから───
「い…、いかがでしたか?」
大して長く話したわけでもないのに喉がひどく渇いている。マリアンヌは水筒を手に取った。昼間にレオニーが見つけてくれた湧き水を汲んだので、中身がまだ半分は残っている。
「きちんと怖かったぞぉ、マリアンヌさん。オデ、今ちっとも眠くねぇ……」
マリアンヌは水を少しずつ飲みながらラファエルの言葉を待った。もしかしたらどこが怖かったのか教えてくれるかもしれない。
「いきなり頭の骨だけ見つかったら訳がわからなくて怖いだろうなぁ……あと終わりの言葉がオデとお揃いで嬉しかった」
そういうとラファエルは新しい薪を数本、火に追加した。あと三回くらい薪を足した頃には明けの明星が輝きだすだろう。その頃には面倒見の良いベレトが目を覚ます筈だ。畳む
※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
1.ラファエルとマリアンヌ
金鹿の学級は現在、野営の訓練をしている。昼間の行軍と模擬戦で疲れた級友たちは就寝時間になるとすぐに夢の中へ入り込んでしまった。だが全員で眠ってしまうわけにはいかない。くじ引きでマリアンヌとラファエルが寝ずの番をすることになった。
今回は火を焚けるので幸運な方だろう。風の吹き付ける甲板よりはるかに快適だ。焚き火がはぜる音のおかげでマリアンヌは意識を失わずに済む。
「マリアンヌさん、随分と眠そうだなあ……」
自分ではしっかりと意識を保っているつもりだったがラファエルの意見は違うらしい。マリアンヌにそんな指摘をしてきた彼もやはり眠そうだった。
「申し訳ありません、やはり疲れているようです」
「寝てる皆がいないなら大声を出して筋肉をいじめてやればいいんだけどよぉ……」
それが出来ないから話しかけてきたのだろう。
「皆さんを起こしてしまいますものね」
ヒルダや義父であるエドマンド辺境伯ならきっと一晩でも他人と話し続けられる。マリアンヌは思わず大きなため息を吐いた。自分にそんなことは絶対出来ない。口下手がこんな所にも影響を及ぼす。
ぱちん、と少し大きめの音がして視線がそちらに吸い込まれる。飛んだ赤い火の粉はすぐに明るさを失い、目の前から消えてしまった。自分が飲み込んだ言葉の末路もこんな感じなのかもしれない。
「先生とクロードくんは眠気覚ましに怖い話をしたんだと」
鍛錬のことしか考えていないラファエルに怖い話が出来るのだろうか。思わず、目を見開いたマリアンヌの姿を見てラファエルが微笑んでいる。
「やっぱり先生とクロードくんはすごいなあ。眠気、どっかにいっちまったんだろう?まだ話してもいないのに」
「し、失礼しました……。どんな話を聞かせてくださるのでしょうか?」
ラファエルはそこで初めて自分が話し手になることに意識が向いたらしい。大きな手を口に当て、煌々と世界を照らす月に目をやり考え込んでいる。一見、粗野に見えるが彼は思慮深いのだ。
「ちょっと考えたんだけどよぉ……オデ、怖い話は知らないんだよな……だからこの場で作ることにする」
ではマリアンヌも聞いた話ではなく作り話をするべきだろうか。確かにこれは眠気覚ましになる。
───オデはこの通り身体がでかいだろう?筋肉もきちんといじめてるしな。だから村にいた時は力仕事をよく手伝ってたんだ。でも力仕事ってのは楽しいことだけじゃねぇ。
マリアンヌさんは村の葬式って出たことあるか?仲の良い家族や親戚がいっぱいいる年寄りの葬式は親戚の男衆が棺をでっけぇ輿にのせて担ぐんだ。教会で葬式をやって、墓地に運んで埋める。
でもな、そういう縁が薄い死人もいるんだ。オデは村でそういう担ぎ手のいない葬式を手伝ってたんだよ。棺をのせるでっけえ輿は日頃、どこに置いてあると思う?
「教会の物置でしょうか?」
村はずれの小屋にしまってあるんだ。まあ、あんまり目にしたいもんじゃねえよなあ。作ってて気分が良いもんでもないから、しょっちゅう作り直さなくてもいいように輿はすごく頑丈に作ってある。何十年も使うんだ。
そんな代物は重くて、勝手に動くわけがねぇ。でもな、夜にその小屋の近くを通ると、たまに小屋の中でがたがたと重くてでかいものが動いてる音がする時があるんだ。そんな時は必ず十日以内に葬式がある。輿が出番を呼んでるのか、出番が待ち切れないのか、はオデには分からねえ……。なんてったって作り話だからな───
「な、なるほど……」
マリアンヌはきちんと怖かったのだ。縁に恵まれなかった村人の行く末は他人事と思えなかったし、数多くの亡骸を運び続けた輿に染み込んでいるかもしれない何か、は獣の紋章と似た匂いがする。だが最後の一言に全てを持っていかれてしまった。
「オデの話、きちんと怖かったかぁ?」
焚き火に照らされるラファエルはいつものように微笑んでいる。
「はい、きちんと恐ろしかったです……。私も頑張ります」
「まだ夜は長いもんなあ」
ラファエルのように上手に話が作れるかは分からない。だが全力を尽くそう。そう考えたマリアンヌは大きく息を吸った。夜の空気を取り込んでゆっくりと口から吐いていく。それだけで頭の中が整理されていった。
───海沿いに暮らしていると……そうですね、クロードさんなら支離滅裂、の一言で済ませそうな話がよく耳に入ります。ラファエルさんは海を見たことがありますか?浜辺に立ったことは?
浜辺には様々なものが流れつきます。よく見つかるのは貝殻や流木……それに硝子や陶器の欠片でしょうか。波に耐える固さを持っているものですね。
たまに胸を締め付けられるようなものも見つかります。海で命を落とした人の骨です。どこの骨かと言うと……一目で人の骨だ、と分かる部分の骨です。当然波に晒されて傷んでいるので、見ただけでは死因は分かりません。陸から鉛色の海の中を覗けないのと同じです。
「海は青くねえのか?そういう歌もあるだろ?」
北の海は季節によって色が変わります。冬の海は今にも雪や雨が降りそうな曇天と通じている、と義父は話していました。人間は自然に勝てません。それでも時々、諦めの悪い骨があって……冬にそういった骨を手に取ると、一度だけ眼窩の向こうにありえないほど美しい、青い海が見えるのだそうです。
その骨が最後に見た光景なのか、生前に見た最も美しい海の眺めなのか、陸にいる私たちには分かりません。作り話ですから───
「い…、いかがでしたか?」
大して長く話したわけでもないのに喉がひどく渇いている。マリアンヌは水筒を手に取った。昼間にレオニーが見つけてくれた湧き水を汲んだので、中身がまだ半分は残っている。
「きちんと怖かったぞぉ、マリアンヌさん。オデ、今ちっとも眠くねぇ……」
マリアンヌは水を少しずつ飲みながらラファエルの言葉を待った。もしかしたらどこが怖かったのか教えてくれるかもしれない。
「いきなり頭の骨だけ見つかったら訳がわからなくて怖いだろうなぁ……あと終わりの言葉がオデとお揃いで嬉しかった」
そういうとラファエルは新しい薪を数本、火に追加した。あと三回くらい薪を足した頃には明けの明星が輝きだすだろう。その頃には面倒見の良いベレトが目を覚ます筈だ。畳む
webアンソロ参加作品「大切なあなたへ」
#クロヒル #ロレマリ
1.
ヒルダはカリード王、いや、クロードと共に王都で最も大きい市場を歩いていた。どんな凄腕の護衛といるときよりもヒルダが隣にいると安心するのだという。
「地上で一緒なら絶対に大丈夫、って気がするんだよな」
クロードはそう呟くと首を傾げた。雑踏の中で離れ離れにならないよう、腰に手を回されている。学生時代だったら三つ編みがヒルダの頭に触れただろう。だが共に装いは改まり、あの頃には全く想像しなかった未来に生きている。
「うーん、私にもホルスト兄さんやバル兄がいるから、そういう気持ちは分からなくもないんだけど……やっぱりちょっと大袈裟じゃない?」
王都でこっそりとそぞろ歩きをしよう、と提案してきたのはクロードだが、ヒルダも市場に用事があった。近いうちに家族やマリアンヌ宛に手紙を出す。手紙と言っても封書を一通、というわけではない。いつもこまごまとした品をいくつか見繕って一緒に送っている。今回はその品がなかなか定まらないのだ。
「マリアンヌだって俺の意見に同意してくれるよ」
「そう、マリアンヌちゃんなのよ!」
ヒルダはマリアンヌに贈る品を探すため、市場に来ていた。貴金属、美しい布、香辛料、山のように積まれた様々な商品を扱う市場はそこに来る人々の腹を満たすため屋台もたくさん出ている。
「ブリザーで凍らせながら運ぶのは駄目だったって?」
そう言って、クロードは串に刺した果物を売る屋台を指差した。そこには香り高く、色鮮やかで信じられないほど甘い果物が並んでいる。マリアンヌもローレンツもこちらで果物を食べ、その美味しさに感心していた。
「解凍したら萎びちゃったみたい」
マリアンヌたちは王都ではなくフォドラに戻る道中、かなり西にあった市場で見かけた芒果(マンゴー)を買い求めたが上手くいかなかったらしい。
「まあ難しいよなあ……。しかし無事に運べたとして、だ。あいつらフォドラでどう食べるつもりだったのかな」
フォドラでは果汁が滴る果物を素手で食べない。だからクロードが切れ目を入れて、ひっくり返した芒果(マンゴー)を素手で食べるところを見たマリアンヌとローレンツは最初、言葉を失っていた。彼らも行軍中は立ったまま、干し肉を手で裂いてその場で齧っていたというのに。
「切り分けてからお皿に盛り付けて食べるんじゃない?」
「つまんないな、フォドラでもみんな手をべたべたにして食べればいいのに」
結局、ローレンツたちが折れて素手で芒果(マンゴー)を食べたので───クロードは本当に嬉しそうにしていた。自分の文化を受け入れてもらえた、と感じたからだろう。
どんな工夫をすれば美味しさを保ったまま、生の芒果(マンゴー)をフォドラまで運べるのかヒルダには想像もつかない。結局、様々な店で試食に試食を重ねた結果、マリアンヌたちのために薄切りの干し芒果(マンゴー)を買った。丁寧に包んで迅速に運んでもらえば、味と香りを保ったままエドギアで仲睦まじく過ごす2人の元へ届くだろう。
執務に行き詰まったローレンツは干した芒果(マンゴー)を刻んだもの、を茶葉に混ぜてみた。芒果(マンゴー)はフォドラでは育たないので、現地に行って食べるか干したものを食べるしかない。
先日、ローレンツたちに宛ててパルミラから荷物が届いた。包みの中には手紙の他にこまごまとした物が沢山入っていて───送り主であるヒルダが日頃、何に囲まれて過ごしているのかよく分かる。その中に干した芒果(マンゴー)が入っていた。
「香りも味も素晴らしいです」
「僕も良い味になったと思う。まだ改良の余地はあるが」
舅であるエドマンド辺境伯がマリアンヌに持たせた白磁の茶器はもう空になっている。どうやら本当に気に入ったようだ。休憩時のささやかな楽しみが成功すると気分が良い。
ローレンツは脳裏に地図を浮かべた。フォドラとパルミラはオグマ山脈を境に分たれていて、その東西では随分と違いがある。文化も自然も異なるので当然、口にする物も違う。ヒルダがフォドラに残していった者たちは皆、彼女を気にかけていた。事あるごとに今頃何をしているのか、とつい考えてしまう。
「ヒルダさんは今頃、瑞々しい物を手で食べておいででしょうね」
「違いない。パルミラは果物が甘くて美味しいところだった」
パルミラのことを伝聞でしか知らない者たちは悪いことばかり想像するが、何度か訪れたことのあるローレンツたちはそうではない。だから実際に行くこと、見ること、会うことには大きな意味がある。知ってしまえば無知だった頃には戻れない。
「向こうに行ってクロードさんがこちらの甘い物が苦手、と仰っていた理由が初めて正確に理解できましたね」
「確かに。こちらの果物も菓子も向こうに比べれば全く甘くない」
皮を剥いただけの果物ですら驚くほど甘かった。そんな物を食べる人々が好む菓子は───頭痛がするような、衝撃的な甘さだった。ローレンツはテフがあまり好きではないが、あれならテフくらい苦い飲み物が合うだろう。
「お代わりをいただいてもよろしいですか?」
「勿論だとも。茶葉を新しいものに替えるので待ってくれたまえ」
窓の外に目をやれば真っ青な空に真っ白で山のような、雷をよぶ雲が浮かんでいる。パルミラほどではないがこちらも夏を迎えて暑くなってきた。次は茶葉に薄荷を混ぜて爽やかにするのも良いかもしれない。
「ヒルダさんたちを早くこちらにお招きしたいですね」
ローレンツが茶葉を匙で計っているとマリアンヌがそう話しかけてきた。彼女も雲の形がパルミラで見た、一際大きな雷雲に似ていると思ったのだろう。
ヒルダ単身の里帰りなら既に何度かあったのだ。だがパルミラ王夫妻のフォドラ訪問、という形になるとなかなか難しい。ベレトから何とか手筈を整えて欲しいと言われ、ローレンツは毎日頭を悩ませていた。
「このフォドラで一国の王をおまけ扱い出来るのはマリアンヌさんだけだな!さすが僕の妻だ!」
マリアンヌはそんなつもりは、と言って赤面している。だがこの訪問を実現させればクロードに序列というものを教えてやれるかもしれない。
2.
空で繋がるところの全て、を欲した先祖のおかげでクロード、いや、カリード王が治めている国は広大だ。砂漠も大瀑布も広大な森も豊かな農地もある。だが帰国して以来ずっと王都近辺にいるので実感がない。今日も昨日と同じく、書類と会議で一日が潰れてしまうだろう。
執務室の窓から見える空は青く、先日ヒルダが活けてくれた花は瑞々しい。近侍がきちんと水を換えているからだ。今日も彼らはきちんと見えないところに控えている。鈴を鳴らせば籠に入った果物の皮だって剥きに来るはずだ。だがカリード王、いや、クロードは命じたことがない。思索にふけることの多い執務室に刃物を持った他人を入れる気になれなかったからだ。籠の中には好き嫌いを理由として手で皮が剥ける果物だけを入れよ、と命じてある。
小腹のすいたクロードはいつものように籠に手を伸ばした。フォドラにいた頃はなんでも自分でやっていたので果物の皮も自分で剥く。いつもなら籠には葡萄や甘蕉(バナナ)しか入っていないが、今日は違っていた。
赤くて丸く懐かしい果物がいくつか入っている。クロードは鈴を鳴らしながら艶々と光る実にかぶりついた。蜜も多く、熟している。運ぶために早めに収穫したわけではないらしい。早めに収穫したものであっても王都に運び込む間に傷んでしまうだろう。
「どこから運んできた?誰の考えだ?」
鈴の音で呼ばれた近侍はひざまずき、林檎に齧り付く主君から目を逸らしている。クロードは王宮のものたちから威厳ある佇まいを求められるとつい、揶揄いたくなってしまう。
「面を上げろ」
観念した近侍は気まずそうに顔をあげた。
「王都の北にある果樹園からで、料理長の発案でございます」
クロードは手にした林檎をかじりながら脳内で地図を広げた。これまで特に気にかけることはなかったが、確かに山がある。それにいかにも料理長が考えつきそうなことだった。彼は古今東西の食材に強烈な興味を持っている。
「山を切り拓いて果樹園を作った者がいるのか!頭がいいな」
暑さに苦しむ王都の近辺といえども、標高が高ければ気温が低い。高地なら寒い土地でしか育たない果物や野菜が収穫できる。
「お気に召しましたでしょうか?」
クロードは好き嫌いを理由として葡萄や甘蕉(バナナ)だけを籠に入れさせていたが、召使たちは愚かではない。王の心に根付く他人への不信感に気が付いている。シャハドなら気に入ったので食べたい時に皮を剥け、と命じるだろう。
「料理長もお前も美味い、と思ったから俺の籠に入れたんだろう?」
心尽くしの一環であることはクロードにも分かっている。だが試されていることも分かっている。
「残りは厨房に持っていって氷菓にしてくれ。ヒルダにも食べさせてやりたい。最近暑くて辛そうだからな」
有能な近侍は表情を変えることなく、林檎を手に部屋から下がっていった。クロードとヒルダが子に恵まれたとして───その子が無事、この王宮で健やかに育ったらきっと召使たちに果物の皮を剥いてくれ、とねだるのだろう。
人が朝起きるのは首飾りの西も東も変わらない。だが、灼熱の太陽が照らすパルミラでは一日の始まりは日没から───とされている。フォドラとは何もかもあべこべだが、ヒルダはそれなりに楽しくやっていた。何よりも昼寝の習慣が素晴らしい。無理をしない生活習慣にはすぐに馴染んだ。目が覚める頃に月が出ていたら言うことはない。
「よう、氷菓なら食べられそうか?」
ヒルダが目が覚めたような、でもまたすぐに眠れそうな心地を寝台の上で味わっているとクロードに話しかけられた。昼寝に馴染みすぎたせいだろうか。近頃は眠っても眠っても眠り足りないし、本格的な夏がやってきたせいか食欲もない。
パルミラの氷室は半球型をしていて、天辺に穴が空いている。理屈を聞いてもにわかには信じ難いが、フォドラと違って氷を作るのにブリザーの魔法は使わない。ブリザーが使えるお抱え料理人なしでも作れるため、パルミラでは氷菓は気軽な食べ物だ。
クロードによると氷室は砂と粘土と卵白、それにヤギの毛を混ぜて作った断熱材で作られている。暖かい空気が天辺の穴から出ていくので下の方は低温が保たれる───そんな仕組みらしい。これならきっとフォドラでも導入は可能だろう。
「うん、喉乾いたから食べたい……」
身体を起こしてみたがやたらと瞼が重い。クロードの声がなんとなくいつもより楽しそうなので様子を確かめたいのに身体はまだ眠ろうとする。
「じゃあ口開けてくれ」
言われるがままに口を開けるとクロードはヒルダの口に匙をそっと入れた。意識が一気に覚醒したのは冷たさが理由ではない。味と香りのせいだ。一口目はすぐに飲み込んでしまったので早く確認がしたい。
「えっ!これ林檎?どこから持ってきたの?」
クロードは細かく刻んだ林檎を凍らせた氷菓をどこからか手に入れていた。パルミラとフォドラは植物相が全く違う。暑さに弱い林檎は王都近辺では栽培できないし、寒さに弱い芒果(マンゴー)はフォドラでは栽培できない。どちらも好きなヒルダには少し寂しい話だ。
「王都から少し離れたところに割と高い山があってな。中腹より上の方はガルグ=マクみたいに寒いんだ」
だらだらと過ごすのは大好きだが、こう暑いと趣味の宝飾品作りもする気になれない。道具と材料を持って山に行けば捗るのではないか。
「もっと早く教えてよ〜!離宮も良いんだろうけど山の方にも行ってみたいな」
暑い夏をやり過ごすための離宮は海沿いにある。クロードによると海から吹き付ける風があるので王都と比べればかなり涼しいらしい。来月はそちらで過ごそう、という話は既に出ている。
「うーん、あの山に泊まれるようなところはあったかな……」
考え事をするとクロードは手元がおろそかになる。こぼして無駄になる前にヒルダは皿と匙をとりあげて銀色の丸い盆に置いて、窓掛と窓を開けた。玉ねぎ型の屋根の上には三日月がかかっている。太陽が昇るまで、月は全てを支配下に置く。今のうちにしたいこととできることをしてしまおう。
「ほら、せっかくだからクロードくんも食べて」
ヒルダは月明かりに照らされながら匙で氷菓を掬い、クロードの口にそっと入れた。良いものはすぐに愛する人と分かち合うに限る。畳む
#クロヒル #ロレマリ
1.
ヒルダはカリード王、いや、クロードと共に王都で最も大きい市場を歩いていた。どんな凄腕の護衛といるときよりもヒルダが隣にいると安心するのだという。
「地上で一緒なら絶対に大丈夫、って気がするんだよな」
クロードはそう呟くと首を傾げた。雑踏の中で離れ離れにならないよう、腰に手を回されている。学生時代だったら三つ編みがヒルダの頭に触れただろう。だが共に装いは改まり、あの頃には全く想像しなかった未来に生きている。
「うーん、私にもホルスト兄さんやバル兄がいるから、そういう気持ちは分からなくもないんだけど……やっぱりちょっと大袈裟じゃない?」
王都でこっそりとそぞろ歩きをしよう、と提案してきたのはクロードだが、ヒルダも市場に用事があった。近いうちに家族やマリアンヌ宛に手紙を出す。手紙と言っても封書を一通、というわけではない。いつもこまごまとした品をいくつか見繕って一緒に送っている。今回はその品がなかなか定まらないのだ。
「マリアンヌだって俺の意見に同意してくれるよ」
「そう、マリアンヌちゃんなのよ!」
ヒルダはマリアンヌに贈る品を探すため、市場に来ていた。貴金属、美しい布、香辛料、山のように積まれた様々な商品を扱う市場はそこに来る人々の腹を満たすため屋台もたくさん出ている。
「ブリザーで凍らせながら運ぶのは駄目だったって?」
そう言って、クロードは串に刺した果物を売る屋台を指差した。そこには香り高く、色鮮やかで信じられないほど甘い果物が並んでいる。マリアンヌもローレンツもこちらで果物を食べ、その美味しさに感心していた。
「解凍したら萎びちゃったみたい」
マリアンヌたちは王都ではなくフォドラに戻る道中、かなり西にあった市場で見かけた芒果(マンゴー)を買い求めたが上手くいかなかったらしい。
「まあ難しいよなあ……。しかし無事に運べたとして、だ。あいつらフォドラでどう食べるつもりだったのかな」
フォドラでは果汁が滴る果物を素手で食べない。だからクロードが切れ目を入れて、ひっくり返した芒果(マンゴー)を素手で食べるところを見たマリアンヌとローレンツは最初、言葉を失っていた。彼らも行軍中は立ったまま、干し肉を手で裂いてその場で齧っていたというのに。
「切り分けてからお皿に盛り付けて食べるんじゃない?」
「つまんないな、フォドラでもみんな手をべたべたにして食べればいいのに」
結局、ローレンツたちが折れて素手で芒果(マンゴー)を食べたので───クロードは本当に嬉しそうにしていた。自分の文化を受け入れてもらえた、と感じたからだろう。
どんな工夫をすれば美味しさを保ったまま、生の芒果(マンゴー)をフォドラまで運べるのかヒルダには想像もつかない。結局、様々な店で試食に試食を重ねた結果、マリアンヌたちのために薄切りの干し芒果(マンゴー)を買った。丁寧に包んで迅速に運んでもらえば、味と香りを保ったままエドギアで仲睦まじく過ごす2人の元へ届くだろう。
執務に行き詰まったローレンツは干した芒果(マンゴー)を刻んだもの、を茶葉に混ぜてみた。芒果(マンゴー)はフォドラでは育たないので、現地に行って食べるか干したものを食べるしかない。
先日、ローレンツたちに宛ててパルミラから荷物が届いた。包みの中には手紙の他にこまごまとした物が沢山入っていて───送り主であるヒルダが日頃、何に囲まれて過ごしているのかよく分かる。その中に干した芒果(マンゴー)が入っていた。
「香りも味も素晴らしいです」
「僕も良い味になったと思う。まだ改良の余地はあるが」
舅であるエドマンド辺境伯がマリアンヌに持たせた白磁の茶器はもう空になっている。どうやら本当に気に入ったようだ。休憩時のささやかな楽しみが成功すると気分が良い。
ローレンツは脳裏に地図を浮かべた。フォドラとパルミラはオグマ山脈を境に分たれていて、その東西では随分と違いがある。文化も自然も異なるので当然、口にする物も違う。ヒルダがフォドラに残していった者たちは皆、彼女を気にかけていた。事あるごとに今頃何をしているのか、とつい考えてしまう。
「ヒルダさんは今頃、瑞々しい物を手で食べておいででしょうね」
「違いない。パルミラは果物が甘くて美味しいところだった」
パルミラのことを伝聞でしか知らない者たちは悪いことばかり想像するが、何度か訪れたことのあるローレンツたちはそうではない。だから実際に行くこと、見ること、会うことには大きな意味がある。知ってしまえば無知だった頃には戻れない。
「向こうに行ってクロードさんがこちらの甘い物が苦手、と仰っていた理由が初めて正確に理解できましたね」
「確かに。こちらの果物も菓子も向こうに比べれば全く甘くない」
皮を剥いただけの果物ですら驚くほど甘かった。そんな物を食べる人々が好む菓子は───頭痛がするような、衝撃的な甘さだった。ローレンツはテフがあまり好きではないが、あれならテフくらい苦い飲み物が合うだろう。
「お代わりをいただいてもよろしいですか?」
「勿論だとも。茶葉を新しいものに替えるので待ってくれたまえ」
窓の外に目をやれば真っ青な空に真っ白で山のような、雷をよぶ雲が浮かんでいる。パルミラほどではないがこちらも夏を迎えて暑くなってきた。次は茶葉に薄荷を混ぜて爽やかにするのも良いかもしれない。
「ヒルダさんたちを早くこちらにお招きしたいですね」
ローレンツが茶葉を匙で計っているとマリアンヌがそう話しかけてきた。彼女も雲の形がパルミラで見た、一際大きな雷雲に似ていると思ったのだろう。
ヒルダ単身の里帰りなら既に何度かあったのだ。だがパルミラ王夫妻のフォドラ訪問、という形になるとなかなか難しい。ベレトから何とか手筈を整えて欲しいと言われ、ローレンツは毎日頭を悩ませていた。
「このフォドラで一国の王をおまけ扱い出来るのはマリアンヌさんだけだな!さすが僕の妻だ!」
マリアンヌはそんなつもりは、と言って赤面している。だがこの訪問を実現させればクロードに序列というものを教えてやれるかもしれない。
2.
空で繋がるところの全て、を欲した先祖のおかげでクロード、いや、カリード王が治めている国は広大だ。砂漠も大瀑布も広大な森も豊かな農地もある。だが帰国して以来ずっと王都近辺にいるので実感がない。今日も昨日と同じく、書類と会議で一日が潰れてしまうだろう。
執務室の窓から見える空は青く、先日ヒルダが活けてくれた花は瑞々しい。近侍がきちんと水を換えているからだ。今日も彼らはきちんと見えないところに控えている。鈴を鳴らせば籠に入った果物の皮だって剥きに来るはずだ。だがカリード王、いや、クロードは命じたことがない。思索にふけることの多い執務室に刃物を持った他人を入れる気になれなかったからだ。籠の中には好き嫌いを理由として手で皮が剥ける果物だけを入れよ、と命じてある。
小腹のすいたクロードはいつものように籠に手を伸ばした。フォドラにいた頃はなんでも自分でやっていたので果物の皮も自分で剥く。いつもなら籠には葡萄や甘蕉(バナナ)しか入っていないが、今日は違っていた。
赤くて丸く懐かしい果物がいくつか入っている。クロードは鈴を鳴らしながら艶々と光る実にかぶりついた。蜜も多く、熟している。運ぶために早めに収穫したわけではないらしい。早めに収穫したものであっても王都に運び込む間に傷んでしまうだろう。
「どこから運んできた?誰の考えだ?」
鈴の音で呼ばれた近侍はひざまずき、林檎に齧り付く主君から目を逸らしている。クロードは王宮のものたちから威厳ある佇まいを求められるとつい、揶揄いたくなってしまう。
「面を上げろ」
観念した近侍は気まずそうに顔をあげた。
「王都の北にある果樹園からで、料理長の発案でございます」
クロードは手にした林檎をかじりながら脳内で地図を広げた。これまで特に気にかけることはなかったが、確かに山がある。それにいかにも料理長が考えつきそうなことだった。彼は古今東西の食材に強烈な興味を持っている。
「山を切り拓いて果樹園を作った者がいるのか!頭がいいな」
暑さに苦しむ王都の近辺といえども、標高が高ければ気温が低い。高地なら寒い土地でしか育たない果物や野菜が収穫できる。
「お気に召しましたでしょうか?」
クロードは好き嫌いを理由として葡萄や甘蕉(バナナ)だけを籠に入れさせていたが、召使たちは愚かではない。王の心に根付く他人への不信感に気が付いている。シャハドなら気に入ったので食べたい時に皮を剥け、と命じるだろう。
「料理長もお前も美味い、と思ったから俺の籠に入れたんだろう?」
心尽くしの一環であることはクロードにも分かっている。だが試されていることも分かっている。
「残りは厨房に持っていって氷菓にしてくれ。ヒルダにも食べさせてやりたい。最近暑くて辛そうだからな」
有能な近侍は表情を変えることなく、林檎を手に部屋から下がっていった。クロードとヒルダが子に恵まれたとして───その子が無事、この王宮で健やかに育ったらきっと召使たちに果物の皮を剥いてくれ、とねだるのだろう。
人が朝起きるのは首飾りの西も東も変わらない。だが、灼熱の太陽が照らすパルミラでは一日の始まりは日没から───とされている。フォドラとは何もかもあべこべだが、ヒルダはそれなりに楽しくやっていた。何よりも昼寝の習慣が素晴らしい。無理をしない生活習慣にはすぐに馴染んだ。目が覚める頃に月が出ていたら言うことはない。
「よう、氷菓なら食べられそうか?」
ヒルダが目が覚めたような、でもまたすぐに眠れそうな心地を寝台の上で味わっているとクロードに話しかけられた。昼寝に馴染みすぎたせいだろうか。近頃は眠っても眠っても眠り足りないし、本格的な夏がやってきたせいか食欲もない。
パルミラの氷室は半球型をしていて、天辺に穴が空いている。理屈を聞いてもにわかには信じ難いが、フォドラと違って氷を作るのにブリザーの魔法は使わない。ブリザーが使えるお抱え料理人なしでも作れるため、パルミラでは氷菓は気軽な食べ物だ。
クロードによると氷室は砂と粘土と卵白、それにヤギの毛を混ぜて作った断熱材で作られている。暖かい空気が天辺の穴から出ていくので下の方は低温が保たれる───そんな仕組みらしい。これならきっとフォドラでも導入は可能だろう。
「うん、喉乾いたから食べたい……」
身体を起こしてみたがやたらと瞼が重い。クロードの声がなんとなくいつもより楽しそうなので様子を確かめたいのに身体はまだ眠ろうとする。
「じゃあ口開けてくれ」
言われるがままに口を開けるとクロードはヒルダの口に匙をそっと入れた。意識が一気に覚醒したのは冷たさが理由ではない。味と香りのせいだ。一口目はすぐに飲み込んでしまったので早く確認がしたい。
「えっ!これ林檎?どこから持ってきたの?」
クロードは細かく刻んだ林檎を凍らせた氷菓をどこからか手に入れていた。パルミラとフォドラは植物相が全く違う。暑さに弱い林檎は王都近辺では栽培できないし、寒さに弱い芒果(マンゴー)はフォドラでは栽培できない。どちらも好きなヒルダには少し寂しい話だ。
「王都から少し離れたところに割と高い山があってな。中腹より上の方はガルグ=マクみたいに寒いんだ」
だらだらと過ごすのは大好きだが、こう暑いと趣味の宝飾品作りもする気になれない。道具と材料を持って山に行けば捗るのではないか。
「もっと早く教えてよ〜!離宮も良いんだろうけど山の方にも行ってみたいな」
暑い夏をやり過ごすための離宮は海沿いにある。クロードによると海から吹き付ける風があるので王都と比べればかなり涼しいらしい。来月はそちらで過ごそう、という話は既に出ている。
「うーん、あの山に泊まれるようなところはあったかな……」
考え事をするとクロードは手元がおろそかになる。こぼして無駄になる前にヒルダは皿と匙をとりあげて銀色の丸い盆に置いて、窓掛と窓を開けた。玉ねぎ型の屋根の上には三日月がかかっている。太陽が昇るまで、月は全てを支配下に置く。今のうちにしたいこととできることをしてしまおう。
「ほら、せっかくだからクロードくんも食べて」
ヒルダは月明かりに照らされながら匙で氷菓を掬い、クロードの口にそっと入れた。良いものはすぐに愛する人と分かち合うに限る。畳む
「7年目の同窓会」参加ページ(クロヒル+ロレマリ)

webアンソロ参加作品
「大切なあなたへ」

かのひとはうつくしくpixiv factory版-通販A6p.192¥1530+送料
翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説です。支援Cから結婚するまでの長編です。
本文はこちらのハッシュタグから
#かのひとはうつくしく
※1
完売してしまったので無双で追加された情報も加えて文章を修正したPDFをpixivfactoryに登録しました。注文があるごとに印刷されるオンデマンド方式です。
※2
pixiv factoryはカバーやカラー口絵に対応していないので初版の際にカバー下のイラストやカラー口絵に使用したイラストを表紙に使ってあります。
※3
初版を頒布する際にboostしてくださった方へのお礼につけていた冊子掲載の「雷雨」全年齢版も掲載してあります。

かのひとはうつくしく2-通販A6p.94¥1200+送料
翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説短編集です。設定は「かのひとはうつくしく」と共通です。
本文はこちらのハッシュタグから
#かのひとはうつくしく番外編

真昼の月と花冠-通販A6p.84¥1100+送料
無双青ルートのクロヒル+ロレマリ小説です。
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#真昼の月と花冠

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2026年予定
2月
ピクトスクエア開催「7年目の同窓会 」参加
・今回はクロロレで1スペース、クロヒル+ロレマリで1スペース申し込みました。
・今回もwebアンソロにクロヒル+ロレマリ小説を提出しました。
・去年出して完売した再録本4冊セット「いつでもどこでも」を再編集して、イベントに合わせてpixiv factoryにPDFを登録します。


6月

「歯車は動きだす」 が完売して1年経つのでPDFデータをpixiv factoryに登録する予定です。(個人サイトに再録し忘れていたので、再録もします)
7月

「数多の叉路」 が完売して1年経つのでPDFデータをpixiv factoryに登録する予定です。(個人サイトに再録し忘れていたので、再録もします)
初版はBOOTHの禁止商品規約が厳格化された時期に発行したのでとらのあなとpictspaceで頒布していました。
BOOTHの規約より抜粋
禁止商品は、以下の両方の条件を満たすものになります。
実写に近いと判断される写実的な表現
実際に被害者がいるという懸念を完全に払拭できない表現と 人または体の非合法的な切断
確かに戦闘中の負傷欠損描写はありますが、小説なので両方の条件は満たしようがないですね……。しかしこの厳格化された当時は全年齢作品の説明にショタ、の一言を入れただけで商品ページが強制非公開になったため警戒していました。
12月

「家出息子たちの帰還」が完売して1年経つのでPDFデータをpixiv factoryに登録する予定です。
オンラインの活動しか見通しがたっていません!
東京ビッグサイト開催の「刻印の誇り」に参加したい気持ちはあるのでもし出るならこれまで誕生日に書いてきた短編をまとめたうっすい本を出すつもりです。畳む
2月
ピクトスクエア開催「7年目の同窓会 」参加
・今回はクロロレで1スペース、クロヒル+ロレマリで1スペース申し込みました。
・今回もwebアンソロにクロヒル+ロレマリ小説を提出しました。
・去年出して完売した再録本4冊セット「いつでもどこでも」を再編集して、イベントに合わせてpixiv factoryにPDFを登録します。


6月

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BOOTHの規約より抜粋
禁止商品は、以下の両方の条件を満たすものになります。
実写に近いと判断される写実的な表現
実際に被害者がいるという懸念を完全に払拭できない表現と 人または体の非合法的な切断
確かに戦闘中の負傷欠損描写はありますが、小説なので両方の条件は満たしようがないですね……。しかしこの厳格化された当時は全年齢作品の説明にショタ、の一言を入れただけで商品ページが強制非公開になったため警戒していました。
12月

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オンラインの活動しか見通しがたっていません!
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※カップリングものではありません
※寝ずの番になった2人が焚き火のそばで怖い話をしているだけです
#ねむけざまし
2.イグナーツとリシテア
隣に座っているリシテアの頭ががくん、と大きく下がった。その衝撃で目が覚めたのか彼女が急に背筋を伸ばす。それでも瞼がどうしても落ちてきてしまうようだった。昼の模擬戦を思えば無理はない。イグナーツは火のはぜる音を聞きながら、一連の動作をぼんやりと見つめていた。眠気を誤魔化すため、眼鏡を外して目を擦ってみたが瞼の重さは変わってくれない。
級友たちは皆、夢の世界を楽しんでいる。前回の訓練でまさに貧乏籤を引いたラファエルはイグナーツに助言するとすぐに眠ってしまった。三秒もかからなかったのではないだろうか。
「眠そうですね、イグナーツ」
急に声をかけられ、狼狽したイグナーツは眼鏡を取り落としてしまった。迂闊に動いたら貴重な眼鏡を踏んで壊してしまう。その場にしゃがみ、炎の明かりを頼りに探すしかない。
だが指が土埃まみれになる前にリシテアから眼鏡を差し出された。彼女は読書家だが目は悪くないらしい。
「すみません。ありがとうございます」
「しっかりして下さいよ……これでは私が一人で寝ずの番をしているのと変わらないじゃないですか」
彼女は先ほどのうたた寝に気がついていないのかもしれない。目をつぶって考えごとをしていただけ、と思ってしまうのはよくある話だ。きっかけがなんであれ、お互いに眠気を振り払えたなら良しとしよう。
「気をつけます。ラファエルくんからいい眠気覚ましを教えてもらったんですが、少し使いにくくて」
「えっ、何か持ってるんですか?ずるくないですか?それに二人一組だって先生も言ってましたよね?」
どうやらリシテアは香り袋や甘いものの類だと思っているらしい。
「物じゃあないんですよ。怖い話をその場で作るんです」
「こ、こここ、怖い話??私の前ではやめて下さい。いえ、怖くなんかありませんけどね!苦手なだけです!」
イグナーツはクロードからリシテアは怖がりだから大きめの明るい洋燈を持たせてやってくれ、と助言されている。
「ではどんなものが苦手か教えてくれませんか?避けられるように工夫出来るかもしれません。気を逸らすためにローレンツくんが歌っているところを想像するのはどうですか?」
ローレンツは地声が大きいのに歌は自信がないのか、歌い始めがずれることが多く、よく咳き込んで誤魔化している。聖堂でのそんな姿を思い出したのかリシテアは吹き出してしまった。
───イグナーツって人のことよく見てますよね。でもあんたの描く絵をみれば納得できます。私が苦手なのは分からないこと、です。暗闇の中には何が潜んでいるのか分からない。だから怖……、いいえ、苦手なんだわ。うめき声やうなり声も、それと足音も嫌いです。私に何を伝えたいのか、何をさせたいのか、具体的なことが何も分からないから。
足音といえば……消灯後はすごく響くでしょう?昼間も同じように足音を立ててみんな歩いているはずですが、話し声や他の物音で打ち消されています。
「夜は松明を持ったセイロス騎士団の皆さんがニ、三人で見回りをしてますね」
彼らの足音は別に怖くないんです。たまにアロイスさんの話し声が聞こえることもありますし。あの人、騎士団長のはずなのに何をやってるんでしょうね……他にするべきことがあるはずなのに。とにかく、夕食後に書庫で読書や勉強に集中していると彼らとすれ違うことがあるんです。会釈だけされる時もあれば早く帰るよう促される時もあります。
ただ、たまに足音の数が合っていないような気がするんです。もう角を曲がってしまったからすれ違った彼らが二人なのか三人なのか、わざわざ確認するのも変ですから、引き返して確認したことはありません。こういうのは本当に訳がわからなくて苦手です───
「なるほど……確かに僕もそういうのは苦手です」
風が強く吹いて炎がその身を細くしたのでイグナーツは用意しておいた薪をそっと追加した。リシテアや自分は暗闇を恐れるが獣たちは炎を恐れている。獣たちは暗闇の方が安らぐのだ。
暗闇や物音は分からない、で立ち止まるリシテアは賢い。イグナーツは暗闇の分からなさに耐えかねて脳裏に絵を描いてしまう。
「でしょう?苦手なものについて話すのは私だけですか?イグナーツも話してくださいよ」
苦手、という表現に誤魔化されているが、リシテアの話はイグナーツが聞いても結構怖かった。それと同時に日頃こんな恐怖を感じる彼女を気の毒に思う。リシテアにせがまれるまま、イグナーツは口を開いた。
──考えごとが止まらなくなる時があって、僕はそういう自分が苦手です。こんなことはやめた方がいい、ってあとで反省はできるんですけど、その時は止まらないんです。
さっきリシテアさんは分からないことが苦手だ、と言ってましたよね?僕もそうなんです。ただ、僕は苦手すぎて勝手に考えてしまうんです。暗闇の中に潜んでいるものの正体を良くないものだ、と決めつけてしまう。例えばクロードくんが面倒くさがって畳まずに丸めただけの幌が動いた時に子供の頭くらいの大きさで人間と同じ形の瞳が沢山ある大きな蜘蛛の化け物が隠れている、とかそんな考えがよぎるんです。
「紛れ込んだ野ネズミより先にそっちが出てくるんですか?うーん……。ではイグナーツ、あの木の影に何が潜んでいると思いますか?」
いや、何もいないと思いますし、何かが潜んでいるとしてもきっと普通の盗賊だと思います……。でも分からないものって暗闇だけじゃありませんよね。他人が何を考えているか、も分からないでしょう?特にもう亡くなっていて、答えを聞くことができない人たちの考えは永久に確かめることができません。
だから僕はそういう時に勝手にひどい何か当てはめてしまって……それを止めることができない自分が苦手です───
キルステン家に起きたことを思うとイグナーツは本当に心が痛む。命を落とす瞬間にヴィクター商会を恨んでいても不思議ではない。ラファエル本人はことあるごとにイグナーツたちのせいではない、と慰めてくれるがそんなことを考えてしまう。
「いや、そういう時こそローレンツの歌でしょう?大丈夫ですよ、どうせ平民を良からぬ考えから遠ざけるのも貴族の責務だって言いますから」
いつもの調子を取り戻したリシテアが大人びた口調でそんなことを言ったので、イグナーツは先ほどの彼女と同じく吹き出してしまった。畳む