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雑多です。
「さかしま」1.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース #表紙 #台詞まとめ
初版時の表紙
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台詞の抜粋
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 図星を刺された時に人は取り繕うように笑う。笑って口角が上がれば犬歯が見える。犬歯という武器を晒して誠実さを訴えているのか、これで噛みついてやると脅しているのか───その一瞬を切り取っただけでは区別がつかない。流れを把握せねば意図を読むのは不可能だ。クロードが修道院の敷地内で何を探していたのか、その答えをローレンツが知ることはないだろう。
「何かやましいことをしていたに違いない」
 寮生活にも慣れ、建物の構造を把握した身であればこそこんな場所から出てくる筈もない、と言うところで二人は遭遇した。
 ローレンツは口喧しい。だが出てくる言葉はクロードにとって全て誰かの言葉の丸写しに過ぎない。埃まみれになった外套や表面に貼り付けた笑顔の奥にある物には辿り着けるはずがない。クロードはそう思って彼をあからさまに見くびっていた。だが、今は違う。何故か紫の瞳に心の内を見透かされているような気持ちになっていた。薄暗い廊下に立つ伯爵家の嫡子はいつもクロードの監視を怠らない。
「俺はこの歴史の古い修道院が大好きなんだよ」
 クロードはフォドラにしかないものについて調べるため修道院内をうろついている。パルミラには英雄の遺産も紋章も存在しない。だがハンネマンがいることからも分かる通り、ガルグ=マクはそれらの研究の最先端を担っている。
 リーガン家の嫡子として正式に認められる前、何度か血を取られた時のことをクロードは今でも偶に思い出す。クロードの血は学者によって他人の血と混ぜられ、凝固した時もあれば凝固しなかった時もあった。一喜一憂する大人たちの気持ちは未だによく分からない。
 とにかくクロードはリーガンの紋章を持つアルファである、とセイロス教会そしてレスター諸侯同盟から正式に認められた。
 第二の性別とも言われるアルファ・ベータ・オメガはフォドラ社会全体では一・八・一の割合で安定している。だが人口の五パーセントを占める魔法適性がある人々においては二・六・二となり紋章適合者では四・二・四の割合だ。力が強ければ強いほどアルファかオメガに偏っていく。パルミラにいた頃の検査で既に分かっていたことをなぜ改めて検査したのか謎だったが、セイロス教会が独自に魔法適性と紋章と第二性に関して資料を集めているから、らしい。
 今年度のガルグ=マク修道院附属士官学校は紋章適合者の当たり年で、クロードが級長を務める金鹿の学級だけでも五人の紋章適合者がいる。今、洋灯が作ったゆらめく影の下でクロードを問い詰めているローレンツもグロスタールの小紋章を持っていた。皆、アルファかオメガどちらかの筈だが公言はしない。極私的な事柄はわざわざ告げて回らなくても宜しい、というのがセイロス教の教えだからだ。この教えは他の事柄にも及んでおりそれを利用してマリアンヌとリシテアも何事かを隠している。クロードも含めて皆秘密ばかりだ。
「君は胡散臭いのだよ。必ず尻尾を掴んでみせる」
 そんな中で何の秘密も抱えていなさそうに見える、あくまでも見えるだけだが───ローレンツがクロードを睨んだ。
「俺から目が離せないなんて熱烈だな。発情期か?」
 クロードの直接的な物言いにローレンツは虚をつかれたのか、目と口をぽかんと丸く開けたが負けてはいない。呆れたようにふっと笑う姿はもう余裕を取り戻していた。
「馬鹿だな、君は。こんなアルファだらけの学校に来るオメガが抑制剤を飲んでいない筈がないだろう」
 もっと踏み込んで言うならばアルファが存在する社会の一員である以上、オメガは抑制剤を服用しないわけにはいかない。それが互いの身の安全を社会的な立場を守る。
 クロードはローレンツが下品だ、と言って激昂するかと思っていたのに当てが外れて調子が狂ってしまった。今晩のところは自室へ引き上げる方が良いだろう。隣室のローレンツと共に足音が響かないよう、そっと階段を上りながら小さな声で話を続けた。
「抑制剤の製法を独占するのもセイロス教会だったな」
「だが商人が儲け目当てに参入し、粗悪品を流通させたら人生が壊れる者が沢山出るだろう。やはり世俗とは関係ない教会に任せておくべきだ」
 オメガの発情期を抑える薬はセイロス教会がフォドラ全土に流通させているが独占もしている。原材料は公開されておらず、それが分かれば大司教座が何故セイロスが降り立ったという帝都アンヴァルではなく山中のガルグ=マクにあるのか、も分かるのかもしれない。
 国外育ちのクロードはリーガン家の嫡子として公表される前、名門貴族の嫡子として相応しい言動ができるように内密に教育を受けていた。その中にはフォドラの一般的な人々の考えも含まれる。殆どの人々がセイロス教会の至上権を認めていた。信仰、道徳をはじめありとあらゆる事象に関してセイロス教会は無謬であると信じている。
 そんな考えだからアルファの抗フェロモン剤がいつまで経っても開発されないのだ、と当時のクロードは呆れた。産む側であり三ヶ月に一度十日ほど発情期のあるオメガはアルファ、ベータと比べて立場が弱いとされている。社会の規範はどうしても多数派であるベータからの視線に準じていく。
 ベータはオメガがアルファを惹きつけるために分泌するフェロモンの感受性に乏しく、ほとんど感知出来ない。アルファが本能を理由に一切我慢をせず、オメガを襲う様子を見ればオメガの立場は弱く見えるのだろう。襲われないように自衛する必要があり、仮に不誠実なアルファと番になった場合は人生が破滅してしまう。男性女性を問わずオメガの社会的役割はベータ女性と同じく出産することなので、どの階層の女性からも共感は得やすい。
 だがクロードに言わせればアルファもベータと比べればオメガと同じく立場が弱いのだ。アルファがどんなに優秀だとしても、抑制剤を飲んでいない発情期を迎えたオメガを目の前に出されたら理性は飛び、獣になってしまう。いくらアルファが本能に抗えないから、と主張しても第三者から見れば理不尽な暴力以外の何者でもない。見た目ではいっさい第二性の区別が付かないためアルファにとっては更に事態が悪化する。本当に襲われていたのはオメガなのか?実はベータだったのでは?そんな風に社会の大多数を占めるベータたちから疑われてもおかしくはない。
 クロードもそんな本能に任せた行動はしたくなかった。例え自分の両親がフォドラの首飾りを超えるような、運命の出会いを果たした夫妻だったとしても、だ。
 ローレンツの考えは一風、変わっている。幻想を抱く社会の一員のくせに妙に現実的なのだ。
「確かにな。大陸全土に遍く存在するオメガたちに抑制剤を配って回るなんて、儲けを考えたらやっていられない。慈善事業かな?」
「君のその、何にでも利益や理由を求めたがる姿勢は危ういぞ」
 まあ、君という存在自体が抱える問題と比べれば些細なことだがね───と付け加え、ローレンツは隣室に消えていった。確かに自分は危うい。洋灯を机に置き気合を入れるため、鏡で自分の顔を見た。
《しっかりしろ、〝クロード=フォン=リーガン〟こんな時期にこんな所で尻尾を出すわけにはいかないのだから》
 睫毛で出来た影の下で緑の瞳が煌めいている。故郷パルミラで忌み嫌われた瞳に動揺は現れていない。だが内心は違っていた。理由を必要としない人々が理解出来ない、というフォドラにおけるクロードの弱点をローレンツから見透かされたような気がする。畳む
「さかしま」2.#クロロレ #さかしま #完売本 #オメガバース

 第二性の検査は血液検査で行われる。ベータの血と混ぜられた時に凝固しなければ検査はそれで終了だ。ローレンツの血はベータの血と混ぜた際に凝固し、オメガの血とは混ざり合い、アルファの血と混ぜた時に凝固した。彼がグロスタールの紋章を継がないただのオメガであったならば絶望したかもしれない。
 しかしローレンツはその身にグロスタールの小紋章を宿しており将来、彼の伴侶となる者には元より様々な条件を課されていた。当事者であるローレンツからしてみればそこにアルファであるべし、という条件がひとつ加わるだけにすぎない。恋を知らない身の上だからそんなに冷静でいられるのだ、という意見もある。だが物心ついた頃から領民のため家のために生きよ、と言い聞かせられて育てば当たり前の話だった。
 幸い、まだ実家で暮らしていた十四才の頃に自宅で初めての発情期、いわゆる熱発作を迎えたのでローレンツは知らない誰かを加害者にせず済んでいる。嫡子がオメガだと診断されると両親はすぐに教育係をつけた。教育係はどう振る舞えばローレンツが生き物として破滅しないのかを教えてくれた。セイロス教会が開発した抑制剤のおかげで第二性は個人の能力に影響しないが、立ち振る舞いには指導が必要となる。
 親元から離れる前に必ず毎日抑制剤を服用すればアルファを刺激せずに済むことや運命の番とその美しい誤謬について学ぶことができた。不運なオメガは単にその場にいただけのアルファを誘惑してしまうし、そのアルファを運命の番だと誤解してしまう。実際はその場にいる最も強い独り者のアルファを無意識下で本能的に狙っているに過ぎないが、気の持ちようで物事の捉え方は変わるものだ。自分で自分を騙した方が結果を許容して幸せに生きていけるのだろう。

 暴走した脳の熱が全身に伝わっていくような熱さと今まで味わったことのない快楽があと少しで味わえる筈なのに、という焦ったさと悔しさはローレンツにとってさっさと過去のものにしたい感覚だ。しかし忌々しいことにこれが中々過ぎ去ってくれない。
 全て、未だに生々しく刻みつけられている。あの時は全身からどっと汗が噴き出し、雨に打たれたかのように身につけていた服が内側からびしょ濡れになった。アルファはその大量にかいた汗に混ざって出てくるフェロモンを甘く感じるらしい。つまり嗅覚だけでなく味覚まで侵食されてしまうのだ。決して他言はできないが、匂いに惹きつけられ行動が制御できないアルファをある意味では哀れな存在だ、とローレンツは思う。
 学生の身の安全を確保し正しく指導せねばならない教師や士官学校の職員たちは学生たちの第二性を正確に把握しているが、それを決して学生には明かさない。そしてガルグ=マクの士官学校で寮生活を送る学生たちは誰も第二性について互いに問うような真似はしない。知ったところで生まれつきのものは変更出来ないからだ。
 好いた女性が女性しか愛せない人だった、好いた男性が男性しか愛せない人だったという事態は第二性に関係なく起こり得る。そのように考えておけばアルファだからオメガだから、と過剰に悲劇に浸らずとも生きていける。
 故にローレンツが父であるグロスタール伯から監視せよ、と言われていたクロードの第二性がなんであろうとローレンツには全く関係ない筈だった。しかしあの物言いで彼が発情期のオメガたちから切望される側なのであろう、アルファなのであろう、と予想ができてしまった。正直言って察したくなかった。これでは彼を冷静な目で見られない。
 今晩もクロードは自室を抜け出し何かを探って回っていたようだ。消灯後だったのでローレンツは軽装だったが、クロードはきちんと私服の上着を着込んでいた。一体どこまで足を伸ばしたのだろうか。
 セイロス教の中央教会が平民たちにあかせない秘密を抱えているのはクロードに指摘されるまでもない。そんなことは火を見るより明らかだ。だがその秘密が暴露され、平民たちが不安に駆られた時に領主が無能であれば暴動に発展するだろう。領主が平民たちと信頼で結ばれていれば彼らが不安を感じることはない。
 ───それが理想の在り方だが理想と現実は違う。
 教会が沈黙を守っているとしたら、それは領主の側に至らぬ点があるからだ。故に教会の秘密を不要不急であるにも関わらず、好奇心に任せて暴くのはとても下品な振る舞いだとローレンツは考えている。自分の欲望は完全に制御するのが望ましい。

 ガルグ=マクの士官学校で学ぶ将来の領主たちは皆、領主として知っておくべきことは然るべき時に教会から知らされるだろう、と信じている。クロードも将来、レスター諸侯同盟の盟主になれば中央教会の秘密に触れる機会もあるだろうに彼は待てないらしい。どんな育ち方をしたのだろうか?第二性に関する言質を取られるような物言いを鑑みるに、ローレンツの父エルヴィンがクロードを訝しむのも当然だった。監視していく中で彼が隠しておきたいと思っているものが何なのか、おいおい分かっていくのだろう。
 ローレンツは自室に置いてある水差しから杯に水を注いだ。初めての熱発作のことを思い出すだけで喉が渇いてしまう。誰も見ていない自室なので不作法だが喉を鳴らして杯の水を一気に飲んだ。自分の喉あるいは頸に噛み付き、身体の奥深くを開くアルファは一体、誰なのだろうか。熱発作の前は自分の喉や頸など意識しなかったがあの日以来、そのことを考えない日はない。
 横になったローレンツは薄い寝巻きの上から臍の下を白い手でさすった。おそらく子宮がある辺りが疼いているような気がする。伴侶となるのが女性のアルファであれ男性のアルファであれ、命がけで出産するのはローレンツだ。医師が切開しその場で修道士から回復魔法をかけてもらうのだが、腹が切り開かれている最中の痛みもさることながら回復魔法をかけてもらった後も暫くはとても痛むものだ、と出産経験のある男性オメガの教育係から聞いている。生物としての本能を満たした快楽の果てに、命を落としかねない苦痛が待っているのはオメガの人生における理不尽のうち最大のものと言えるだろう。
 前節、ローレンツたちは盗賊が相手とはいえ、初めて人を手にかけた。噎せ返るような血の匂いのせいで感覚が鈍るかと思ったのに、かえって五感が研ぎ澄まされた。自分の振るった槍が肉体にめり込んでいく感触も顔の脇を掠めていった矢羽の立てる音も全て、この身に刻まれている。そうでなければクロードをもう少し平然とした態度で見られた筈だ。
 先ほどクロードはローレンツに発情期なのかと問うた。冗談とはいえあまりに明け透けな物言いについ、素で返答してしまった。素は危うい。素を隠さなければ発情期ではないから困っているのだよ───とクロードに告げてしまう。確かにクロードは父の言う通り胡散臭く監視対象だが、ローレンツは彼を困惑させたい訳ではない。
 初めての熱発作から数年を経て、抑制剤の服用は完全に習慣としてローレンツに身についている。発情期を薬で抑制しながら送る集団生活、寮生活も魔道学院で経験済みだ。それなのに。
 発情期でもないのにクロードを目にするとあの日を思い出し、感情が昂るのを抑えられないからローレンツは困っている。畳む