蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.8」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛冶職人は武具、馬具、調理器具、農機具と言った人間の生活に関わる品だけでなく巫者が使う呪具、つまり精霊や祖霊が関わる品も作る。霊を呼ぶ時に鳴らす鈴や儀式の際に使う角付きの兜、捧げ物を載せておく皿などだ。ダスカーの神話では、鉄鍛治の技法は天から授かったとされている(中略) 霊力がある鉄鍛治職人は祈祷を捧げながら呪具を作り、霊力を移す。霊力を吸い取ってしまわぬよう彼らの仕事道具には数年に一度、生贄が捧げられる───
アドラステア帝国からディミトリの母国ファーガス神聖王国が独立し、ファーガス神聖王国からレスター諸侯同盟が独立した。どの国もセイロス教を信じているせいか帝国は南征、王国は北伐、同盟もパルミラの侵攻を止める防衛戦しかしない。国の周縁がちぎれていく時以外フォドラの中で大乱が起きることはなかった。
魂の平穏を司るガルグ=マク大司教座はフォドラの中心でもある。《そのなまくらをへし折って捨てろ、首をねじ切れ》そこに三国の若者が集い、グロンダーズの野で武を競い合うのが鷲獅子戦だ。国同士の争いが絶えて久しいフォドラでは学生時代の勝ち負けが終生にわたって付きまとう。
故郷であるファーガスや山中であるガルグ=マクと比べると生温い、平地の空気が身体にまとわりついている。豊かな穀倉地帯の空気がディミトリにはひどく濃厚な気がした。
行軍中、殆どの学生たちは緊張していたが中には例外もいる。フェリクスは冷めた目で辺りを見回していたし、クロードは不思議そうな顔をして緊張する学生たちを眺めていた。確かにこんなものは児戯に過ぎない。
「仲良く行軍しといて今から敵味方だ、と言われても調子が出ないよな」
「あら、敵味方なんていつ切り替わるか分からないものでしょう?」
引率役の騎士から演習をつつがなく進行するため最後の確認を、と言われた級長たちは本部に集められていた。彼らが手にしている斧も弓矢も訓練用に殺傷力を削いである。《けだもの、その槍をあいつの目玉に突き刺せ、きちんとねじこめ》クロードの髪飾りが持ち主の動きに合わせてちらちらと揺れるせいか反射的にディミトリの瞼は痙攣した。《きっと目玉はぐしゃぐしゃだ》それを誤魔化すように籠手を付けたままの手で軽く頬を押さえる。《油断するな、ここは敵だらけだ》
「争うな、と言うことかもしれない」
ディミトリは半分、亡霊たちに対して言い返した。
「王子様は面白いことを言う。親近感が刃を鈍らせるかどうか、は検証する価値があるかもな」
ゴーティエ辺境伯は北の地で命を落とした帝国出身の前妻とガルグ=マクで出会っている。無骨な彼と前妻の愛の証は破裂の槍が喰らってしまった。
ガルグ=マクに帰還後、クロードの提案で勝者敗者の区別なく全員参加の宴が開かれた。勝者だけで呑んでも親近感は育たない。同盟のものたちは奢侈が過ぎる、と眉を顰めるものもいたがそんな風だから母方の先祖は王国から独立したのだろう。
だが今はクロードも輪に加わって手拍子を打って騒いでいる。王国に伝わる酒の飲み方で正直言ってかなり野蛮だ。男女混合ではやらない。参加出来るのは発起人と同じ性別のものだけだ。参加者はまず輪になって座る。そして真ん中に空になった酒瓶を寝かせてくるくると回し、止まるまで手を叩きながら待つ。止まった時に酒瓶の口の真正面にいるものは酒で満たされた自分の杯を飲み干さねばならない。最初に発起人のシルヴァンからその手順を聞いた時、クロードは瓶の回し方次第でいくらでも酒量が操作出来るのではないかと疑った。しかしこの場に限っては皆、疲労と酩酊で手先は狂っているのでその手の不正はない。
今回、酒瓶が指名したのはアッシュだ。向かい側にいるクロードから見てもわかるほど彼の頬は酒精で赤く染まっている。
「かっこいいとこ見せてくれ!無理なら喜んで手伝うぜ」
「アッシュ、こいつの言うことは聞かなくていい。シルヴァンは単に他人の酒が呑みたいだけだ」
「シルヴァンもフェリクスも心配しなくていいですよ!」
周りは好き勝手に囃し立てるがこうして助け舟も出す。アッシュはこうした呑み方に慣れているのかどちらも否定せず、強いられたわけでもないのに杯を空にして掲げた。クロードの隣に座るローレンツも苦笑しながら手を叩いている。
「意外だな。下品だなんだと文句を言うかと思ったが」
「今は気楽な場だからこれで良い。だが円卓会議には導入するな」
機嫌の悪そうな諸侯たちが手拍子を打ち、円卓の真ん中で寝かせた酒瓶がくるくると回転する様子を想像したクロードは思わず吹き出してしまった。ローレンツ本人は嫌がるだろうが議題として提案し、国の記録に残してやりたいとすら思う。だがそこまでやっても彼が他者を許容する様子や手を叩く音はクロードが心に刻んでおくしかない。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛冶職人は武具、馬具、調理器具、農機具と言った人間の生活に関わる品だけでなく巫者が使う呪具、つまり精霊や祖霊が関わる品も作る。霊を呼ぶ時に鳴らす鈴や儀式の際に使う角付きの兜、捧げ物を載せておく皿などだ。ダスカーの神話では、鉄鍛治の技法は天から授かったとされている(中略) 霊力がある鉄鍛治職人は祈祷を捧げながら呪具を作り、霊力を移す。霊力を吸い取ってしまわぬよう彼らの仕事道具には数年に一度、生贄が捧げられる───
アドラステア帝国からディミトリの母国ファーガス神聖王国が独立し、ファーガス神聖王国からレスター諸侯同盟が独立した。どの国もセイロス教を信じているせいか帝国は南征、王国は北伐、同盟もパルミラの侵攻を止める防衛戦しかしない。国の周縁がちぎれていく時以外フォドラの中で大乱が起きることはなかった。
魂の平穏を司るガルグ=マク大司教座はフォドラの中心でもある。《そのなまくらをへし折って捨てろ、首をねじ切れ》そこに三国の若者が集い、グロンダーズの野で武を競い合うのが鷲獅子戦だ。国同士の争いが絶えて久しいフォドラでは学生時代の勝ち負けが終生にわたって付きまとう。
故郷であるファーガスや山中であるガルグ=マクと比べると生温い、平地の空気が身体にまとわりついている。豊かな穀倉地帯の空気がディミトリにはひどく濃厚な気がした。
行軍中、殆どの学生たちは緊張していたが中には例外もいる。フェリクスは冷めた目で辺りを見回していたし、クロードは不思議そうな顔をして緊張する学生たちを眺めていた。確かにこんなものは児戯に過ぎない。
「仲良く行軍しといて今から敵味方だ、と言われても調子が出ないよな」
「あら、敵味方なんていつ切り替わるか分からないものでしょう?」
引率役の騎士から演習をつつがなく進行するため最後の確認を、と言われた級長たちは本部に集められていた。彼らが手にしている斧も弓矢も訓練用に殺傷力を削いである。《けだもの、その槍をあいつの目玉に突き刺せ、きちんとねじこめ》クロードの髪飾りが持ち主の動きに合わせてちらちらと揺れるせいか反射的にディミトリの瞼は痙攣した。《きっと目玉はぐしゃぐしゃだ》それを誤魔化すように籠手を付けたままの手で軽く頬を押さえる。《油断するな、ここは敵だらけだ》
「争うな、と言うことかもしれない」
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6年目のお茶会参加用ページ
webアンソロ参加作品
「木箱」

かのひとはうつくしくpixiv factory版-通販A6p.192¥1530+送料
翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説です。支援Cから結婚するまでの長編です。
本文はこちらのハッシュタグから
#かのひとはうつくしく
※1
完売してしまったので無双で追加された情報も加えて文章を修正したPDFをpixivfactoryに登録しました。注文があるごとに印刷されるオンデマンド方式です。
※2
pixiv factoryはカバーやカラー口絵に対応していないので初版の際にカバー下のイラストやカラー口絵に使用したイラストを表紙に使ってあります。
※3
初版を頒布する際にboostしてくださった方へのお礼につけていた冊子掲載の「雷雨」全年齢版も掲載してあります。

かのひとはうつくしく2-通販A6p.94¥1200+送料
翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説短編集です。設定は「かのひとはうつくしく」と共通です。
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#かのひとはうつくしく番外編

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無双青ルートのクロヒル+ロレマリ小説です。
本文はこちらのハッシュタグから
#真昼の月と花冠
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#真昼の月と花冠
生えてるマリアンヌちゃんのロレマリです。※女攻めオンリー展示作品
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クロヒルの出られない部屋ネタです。(未遂)※女攻めオンリー展示作品
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蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.7」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーやパルミラの巫者は患者の主体的な経験としての苦しみを癒す。フォドラの回復魔法や医術のように客体的な疾患を治療するわけではない。だから霊的な理由で体調不良に陥る、と信じるものたちも骨折や脱臼の際には骨接ぎを利用するし、発熱の際はまず、薬師に薬草を煎じてもらう。(中略)おそらく病という単語の意味がフォドラとは違うのだ。彼らの苦しみは他者に認められて初めて認識される───
フレンが行方不明になった。学生も彼女の行方を探すようとのお達しが出ていて、シルヴァンはひどく居心地が悪い。自分がマイクランに殺されかけた時もこんな騒ぎだったのかもしれない、と思うと感情が昂る。───お前を山に還せば母上が喜ぶ───
ゴーティエ家には一時停戦の証としてスレン族の若者が預けられることがあった。異教徒である彼にフォドラの内情を知らしめ、その上で向こうに戻せば何かの役に立つかもしれない。同じことはこちらでも起き、両者の常識が滲んでいった。
マイクランも悲しみと怒りを撒き散らすきっかけが欲しかっただけで本気で信じていなかっただろう。父はなんと愚かで無意味なことを、と言って兄を叱りつけていた。だが、本当に腹違いの弟を山に捧げれば前妻や生まれてくるはずだった子供が必ず蘇るとしたらどうだろうか。それでもゴーティエの紋章を選ぶのか、前妻を選ぶのか。
「シルヴァン、手が止まっている」
課題協力を繰り返した結果、担任教師であるベレトに誘われて転籍してきたローレンツが眉間に皺を寄せている。大柄な男二人がしゃがんで草むしりをしているさまは妙に滑稽だった。
「なあ、フレンの件についてどう思う?」
ローレンツとフェルディナントはどの名家にとっても理想の第一子だ。健康な男で紋章をその身に宿している。
「情熱に突き動かされ、彼女に手を差し出す者が存在していて欲しい」
シルヴァンは思わず瞬きをした。ローレンツもそう言う存在を欲しているのだろうか。自分なら絶対にその手を取らないし、それが自分の闇だ。
「意外だな。妹や弟が駆け落ちしたらどうするんだ?」
「僕に言わないはずがないだろう」
ローレンツはしゃがみ込んで雑草を抜いているはずなのに何故か自慢げな顔をしている。
「親に告げ口でもするのか?」
「連絡だけは絶やさぬように説得する。フレンさんが言わなかったのならそう言うこと、なのだろう」
彼の弟妹がその身に紋章を宿しているかどうかシルヴァンは知らない。だが、彼ならマイクランと同じ立場になっても自分を憎まないのではないかと思った。
いつ自領に戻るように、と言われても不思議ではない。平然としているように見えて、内心でローレンツは頭を抱えていた。イエリッツァが聖墓を荒らした輩の仲間だったという。聖墓やフレンを結びつける何某かがあるのだがローレンツにはその線が上手く引けない。それに目隠しをされた状態で最適解に辿り着け、と言われているようで何だか癪に触った。
ただ、ディミトリも言うように彼女が無事に発見されてよかった、と思う。ローレンツを青獅子の学級に誘ったベレトは基本無表情だが、あの時は珍しく嬉しそうな顔をしていた。フレンの件で延期になったものの食堂で歓迎会まで開いてくれている。質実剛健なファーガスのものたちらしく、あり物で済ませているのが微笑ましい。
「クロードは寂しくなるね」
「いや、アネットさん。あいつと僕は死ぬまで縁が切れない。だから学生時代のほんの一瞬くらいは構わないかと思ったのだ」
ローレンツは将来、家督を継ぐことになる。リーガン家とグロスタール家が円卓会議に参加する五大諸侯の一員である限り、クロードとは生涯を共にすることになるだろう。
「そうだね、寮の部屋も移らないし!それにしてもローレンツとガルグ=マクで再会するとは思わなかったな、私」
「きっと女神様のお導きね〜」
咄嗟に笑顔は作ったが信心深いメルセデスの言葉にローレンツは心から頷くことができない。確かに、幸運なことに、フェルディアで断たれた学問の道がガルグ=マクではまだ続いている。
セイロス騎士団が守りを固めるガルグ=マクなら安全だと思って子女を送り出している名家の親は多い。しかしイエリッツァは聖墓を荒らした輩の仲間で、そんな男が教師として入り込んでいた。先日救出されたモニカの件も帰路のことまで責任を負えない、という理屈はわかる。だが親たちには報告や警告をすべきだ。快く送り出してくれた父の耳に入っていたのだろうか。
中央教会はひどく緩んでいる。ローレンツがベレトからの誘いに乗ったのは彼が中央教会の文化に深く染まっていなかったから、と言うことが大きい。
ツィリルは毎朝、朝を告げる鐘が鳴り響く前に目を覚ます。寝る前に汲んだ水で顔を洗って身支度を整え、礼拝でも学生たちのようにふざけたりはしない。自分に何か瑕疵があれば引き立ててくれたレアに迷惑をかけてしまう。だが礼拝の説教は何を言っているのかよく分からないし、聖典は読めない。
そもそも故郷の村にやってきた巫者が占いに使う骨を見せてくれるまで、ツィリルは文字というものを認識したことがなかった。巫者は霊をその身に下ろす前にその是非を問う。出た卦が悪い場合は日を改めることが多い。巫者が霊力を使って無理矢理下ろしても霊は宴会の最中だ、と言って天界に戻ってしまう。
パルミラの天界や死後の世界には地上と変わらない生活がある。そんな故郷の霊と比べるとセイロス教の女神や聖人は真面目だ。死後の世界は礼拝の説教で取り上げられることもなく、やたらぼやけているが静謐な日々はツィリルの性分に合っている。
掃除をしていると朝食をとりに行く学生たちとすれ違う。ツィリルは基本、毎年顔ぶれが変わる彼らに注目しないが今年は例外だ。ツィリルの知るモニカは慎ましいと気持ち悪いが両立する奇人だったが絶対に傍若無人ではなかった。今の彼女はひたすらおぞましい。
先ほどすれ違った際もエーデルガルトに馴れ馴れしくしていて不気味だった。何かに取り憑かれているのだろうか。考えても無意味なことを考えているうちにツィリルは箒を手に立ち止まっていたらしい。背中に衝撃を感じた時には柄を手放し、よろめいて膝をついてしまった。足元には箒と籠、そしてその中身らしき布の包みが転がっている。包まれているのは麵麭と乾酪だろうか。
「すまない、ぶつかっちまったな」
「ごめん、クロード。今のはぼんやりしてたボクが悪い。荷物とか大丈夫?」
「食堂できちんと包んでもらったから大丈夫だ。でも俺がここで転んだことはローレンツには内緒な」
どうやらローレンツは珍しく臥せっていて、クロードは彼に朝食を差し入れをするつもりらしい。ツィリルが転がった布の包みと籠を拾ってクロードに渡してやると礼を言い、小走りに去っていった。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーやパルミラの巫者は患者の主体的な経験としての苦しみを癒す。フォドラの回復魔法や医術のように客体的な疾患を治療するわけではない。だから霊的な理由で体調不良に陥る、と信じるものたちも骨折や脱臼の際には骨接ぎを利用するし、発熱の際はまず、薬師に薬草を煎じてもらう。(中略)おそらく病という単語の意味がフォドラとは違うのだ。彼らの苦しみは他者に認められて初めて認識される───
フレンが行方不明になった。学生も彼女の行方を探すようとのお達しが出ていて、シルヴァンはひどく居心地が悪い。自分がマイクランに殺されかけた時もこんな騒ぎだったのかもしれない、と思うと感情が昂る。───お前を山に還せば母上が喜ぶ───
ゴーティエ家には一時停戦の証としてスレン族の若者が預けられることがあった。異教徒である彼にフォドラの内情を知らしめ、その上で向こうに戻せば何かの役に立つかもしれない。同じことはこちらでも起き、両者の常識が滲んでいった。
マイクランも悲しみと怒りを撒き散らすきっかけが欲しかっただけで本気で信じていなかっただろう。父はなんと愚かで無意味なことを、と言って兄を叱りつけていた。だが、本当に腹違いの弟を山に捧げれば前妻や生まれてくるはずだった子供が必ず蘇るとしたらどうだろうか。それでもゴーティエの紋章を選ぶのか、前妻を選ぶのか。
「シルヴァン、手が止まっている」
課題協力を繰り返した結果、担任教師であるベレトに誘われて転籍してきたローレンツが眉間に皺を寄せている。大柄な男二人がしゃがんで草むしりをしているさまは妙に滑稽だった。
「なあ、フレンの件についてどう思う?」
ローレンツとフェルディナントはどの名家にとっても理想の第一子だ。健康な男で紋章をその身に宿している。
「情熱に突き動かされ、彼女に手を差し出す者が存在していて欲しい」
シルヴァンは思わず瞬きをした。ローレンツもそう言う存在を欲しているのだろうか。自分なら絶対にその手を取らないし、それが自分の闇だ。
「意外だな。妹や弟が駆け落ちしたらどうするんだ?」
「僕に言わないはずがないだろう」
ローレンツはしゃがみ込んで雑草を抜いているはずなのに何故か自慢げな顔をしている。
「親に告げ口でもするのか?」
「連絡だけは絶やさぬように説得する。フレンさんが言わなかったのならそう言うこと、なのだろう」
彼の弟妹がその身に紋章を宿しているかどうかシルヴァンは知らない。だが、彼ならマイクランと同じ立場になっても自分を憎まないのではないかと思った。
いつ自領に戻るように、と言われても不思議ではない。平然としているように見えて、内心でローレンツは頭を抱えていた。イエリッツァが聖墓を荒らした輩の仲間だったという。聖墓やフレンを結びつける何某かがあるのだがローレンツにはその線が上手く引けない。それに目隠しをされた状態で最適解に辿り着け、と言われているようで何だか癪に触った。
ただ、ディミトリも言うように彼女が無事に発見されてよかった、と思う。ローレンツを青獅子の学級に誘ったベレトは基本無表情だが、あの時は珍しく嬉しそうな顔をしていた。フレンの件で延期になったものの食堂で歓迎会まで開いてくれている。質実剛健なファーガスのものたちらしく、あり物で済ませているのが微笑ましい。
「クロードは寂しくなるね」
「いや、アネットさん。あいつと僕は死ぬまで縁が切れない。だから学生時代のほんの一瞬くらいは構わないかと思ったのだ」
ローレンツは将来、家督を継ぐことになる。リーガン家とグロスタール家が円卓会議に参加する五大諸侯の一員である限り、クロードとは生涯を共にすることになるだろう。
「そうだね、寮の部屋も移らないし!それにしてもローレンツとガルグ=マクで再会するとは思わなかったな、私」
「きっと女神様のお導きね〜」
咄嗟に笑顔は作ったが信心深いメルセデスの言葉にローレンツは心から頷くことができない。確かに、幸運なことに、フェルディアで断たれた学問の道がガルグ=マクではまだ続いている。
セイロス騎士団が守りを固めるガルグ=マクなら安全だと思って子女を送り出している名家の親は多い。しかしイエリッツァは聖墓を荒らした輩の仲間で、そんな男が教師として入り込んでいた。先日救出されたモニカの件も帰路のことまで責任を負えない、という理屈はわかる。だが親たちには報告や警告をすべきだ。快く送り出してくれた父の耳に入っていたのだろうか。
中央教会はひどく緩んでいる。ローレンツがベレトからの誘いに乗ったのは彼が中央教会の文化に深く染まっていなかったから、と言うことが大きい。
ツィリルは毎朝、朝を告げる鐘が鳴り響く前に目を覚ます。寝る前に汲んだ水で顔を洗って身支度を整え、礼拝でも学生たちのようにふざけたりはしない。自分に何か瑕疵があれば引き立ててくれたレアに迷惑をかけてしまう。だが礼拝の説教は何を言っているのかよく分からないし、聖典は読めない。
そもそも故郷の村にやってきた巫者が占いに使う骨を見せてくれるまで、ツィリルは文字というものを認識したことがなかった。巫者は霊をその身に下ろす前にその是非を問う。出た卦が悪い場合は日を改めることが多い。巫者が霊力を使って無理矢理下ろしても霊は宴会の最中だ、と言って天界に戻ってしまう。
パルミラの天界や死後の世界には地上と変わらない生活がある。そんな故郷の霊と比べるとセイロス教の女神や聖人は真面目だ。死後の世界は礼拝の説教で取り上げられることもなく、やたらぼやけているが静謐な日々はツィリルの性分に合っている。
掃除をしていると朝食をとりに行く学生たちとすれ違う。ツィリルは基本、毎年顔ぶれが変わる彼らに注目しないが今年は例外だ。ツィリルの知るモニカは慎ましいと気持ち悪いが両立する奇人だったが絶対に傍若無人ではなかった。今の彼女はひたすらおぞましい。
先ほどすれ違った際もエーデルガルトに馴れ馴れしくしていて不気味だった。何かに取り憑かれているのだろうか。考えても無意味なことを考えているうちにツィリルは箒を手に立ち止まっていたらしい。背中に衝撃を感じた時には柄を手放し、よろめいて膝をついてしまった。足元には箒と籠、そしてその中身らしき布の包みが転がっている。包まれているのは麵麭と乾酪だろうか。
「すまない、ぶつかっちまったな」
「ごめん、クロード。今のはぼんやりしてたボクが悪い。荷物とか大丈夫?」
「食堂できちんと包んでもらったから大丈夫だ。でも俺がここで転んだことはローレンツには内緒な」
どうやらローレンツは珍しく臥せっていて、クロードは彼に朝食を差し入れをするつもりらしい。ツィリルが転がった布の包みと籠を拾ってクロードに渡してやると礼を言い、小走りに去っていった。畳む
───鉄鍛治職人の道具に生贄の雄山羊を捧げる儀式を執り行うのは精霊や神と交流する力を持つ巫者だ。金槌や大槌などの鉄鍛治道具はそれぞれに神が宿っている。巫者はそれらの神々の名前を巧みに取り入れた祈祷歌を歌いながら順番に祈りを捧げていく。(中略)ダスカーの悲劇の後、ファーガス本土からの入植者たちはダスカー人の鉄鍛治小屋の建造を制限した。生活必需品である農機具の数を管理することによって支配力を強化し───
疫病、と聞いてシルヴァンの胸は再びざわついた。疫病が蔓延していなかったらシルヴァンはこの世に生まれていない。疫病が蔓延したからシルヴァンの父は身重であった前妻を北方に避難させた。そこで彼女が命を落としたからシルヴァンの母はゴーティエ家に後添えとして入っている。
だが漏れ聞こえてくる話が刻一刻と変わっていく。そのうち呪いではないか、という意見が優勢となった。荒事なら何の心配もないが疫病も呪いも殴ることはできない。たが青獅子の学級には今節もセイロス騎士団の補助をせよ、という課題と護符が与えられた。
通常なら目的地に到着する前に装備の確認をする。だがルミール村が近づくにつれて煙の匂いや騒ぎ声が増してきた。シルヴァンと馬首を並べているローレンツが手綱を短く持ち、馬を慰めるように首をそっと撫でている。一刻も早く村に入って現状を確認せねばならない。
村の中は想像よりはるかにひどい有様で暴れる村人を無力化するだけでも一苦労だった。可能な限り村人を助けたつもりだが、それでも無力感はこちらを打ちのめしてくる。中央教会の内部におかしな術を使う輩が入り込んでいることも判明して気が休まらない。それに加えてシルヴァンはフェリクスが何故ディミトリに対してああいう態度を取るのか理解してしまった。身に秘めた激情が苛烈すぎる。
「シルヴァン、先ほどからため息ばかりだな。気持ちはわかるが」
「流石の俺でも言葉が出てこない」
馬首を並べているローレンツの声にもいつものような張りがない。空元気を出しそびれているようだった。
「……無理にでも話さなくては駄目だ」
「言えるようなことは何もないさ」
「ため息しかつかなくなった僕のねえやはその後、程なくして自ら命を絶った」
口を閉ざす理由はいくらでも思いつく。だがそれらは助言をはねつける理由にならない。
「それは……残念だったな」
「それで済まされたくないなら誰かと話すべきだ。皆シルヴァンの話を聞きたいはずだ」
そう言うとローレンツは馬首を翻し、少し遅れて青獅子の学級に入ってきたラファエルがいる後方に向かってしまった。きっと彼の話を聞くのだろう。
ガルグ=マクに戻ったローレンツは出迎えてくれたクロードの表情を見て、今の自分がどんな顔をしているのか察した。誤魔化すように挨拶しながら手櫛で髪を整えてみたが効果はたかが知れている。コナン塔の時は寄る辺のない不安と恐怖のせいで息が苦しかった。今は無力感と疑念で腹の内がかき混ぜられたような気分になっている。
「疲れてるところ悪いがちょっと来てくれるか?」
そっと耳打ちした声が穏やかだったことが今のローレンツにはありがたかった。リーガン家の嫡子であるクロードは近い将来、レスター諸侯同盟の盟主になる。だから彼はルミール村を襲った悲劇、そしてゴドフロア卿一家とラファエルの両親を襲った悲劇の詳細を知らねばならない。
入浴を済ませて訪れたクロードの部屋は手伝いなしにしては、という但し書きつきだがそれでも片付けてあった。寝台の脇にはいつものように椅子と小さな卓が用意してある。ローレンツが促されるままに寝台に座るとクロードは椅子に座って足を組んだ。緑色の瞳に爪先からてっぺんまで観察される。
「何か話すにしても一杯やってからの方が良さそうだ」
「残念だが素面のうちに伝えねばならないことがある。茶化さずに聞きたまえ」
トマシュの件を酒や見間違いのせいにするわけにいかない。ローレンツは人の外見や声を盗んだ輩について見た通りに語った。クロードはトマシュに懐いていたので衝撃だったのだろう。言葉を失っていた。
「グロスタール家の家臣が一人行方不明になっている。彼は姿を消す前に傭兵団を雇ってグロスタール領とリーガン領を行き来する商人を襲うように命令した」
「だから俺が嫡子に……」
リーガン公がクロードを引っ張り出すきっかけとなった事件にグロスタール家が利用されている。ローレンツはそのことがひどく腹立たしい。
「当然、父はそのような命令など出していない。その家臣は行方不明になる前、ある時から人が変わったような言動が目立った」
そして恋人の変化に絶望したねえやは自ら命を絶った。最悪に最悪が重なったのだろう。ローレンツはこの後、村人がどんな目にあったのかも伝えねばらない。畳む