-horreum-倉庫

雑多です。
#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
8.

 熊を狩る前に毛皮を売るような事態を避けるためディミトリもクロードもセイロス騎士団の意見を聞き、慎重に部隊を配置していた。クロードとの別れ際の会話がローレンツの脳裏に浮かぶ。
「魔道士の件、さっきも言ったが念を押しておくぜ。それと活躍、期待してるぜ。ローレンツ先生。なんてったって今後のことが絡んでるからな」
「魔道士の件は他の者にも伝えておく。他人をあてにしないで君自身もこの僕のように奮闘努力したまえ」
 だが離れて行動している間に随分と神経を使ったのだろう。ベルグリーズ伯を騙し、東側に引きつけるために本当に複雑な作戦を立てていた、と言う話が多方面から流れてきた。気取られないように演技していたが少し顔も疲れていたし、ヒルダが心配するのも納得できる。
 全軍の方針を決めるのはディミトリとクロードだが、王国軍に組み込まれたままのローレンツたちの配置を決めるのは彼の信頼が厚いシェズだ。彼女はたまにらしくない冴えを見せる時があって、皆そこにも一目置いている。
 シェズはクロードたちと連携がとりやすくなるよう自分の近くにローレンツとマリアンヌを配置していた。周辺の砦から落として帝国軍を押し出し、ガルグ=マクへ一直線に向かう予定だと言う。とにかく足の速い彼女に振り落とされないようにするのは大変だ。
 ローレンツたちの遥か前方では皇帝直属軍の軍旗が翻っている。国内の惨状を放置してエーデルガルトは今まで何をやっていたのだろうか。
「誰がアリルまで来ているのでしょう……気になりますね……」
 傍にいるマリアンヌが手の甲で汗を拭いながらそう呟いた。今から手巾を使っていたのでは何枚あっても足りないだろう。アリルはどの土地と比べても暑いところだが最近まで王国にいたせいで余計に暑く感じる。王国軍に降ってローレンツたちと行動を共にしているペトラやリンハルトも同じ気持ちだろう。
 フェルディナントやヒューベルト、それに確か亡骸を確認できていないモニカはどこで何をしているのか。マリアンヌは彼らを気にかけている。あの三人が健在なら自己を厳しく律しているディミトリが帝国に攻め込むほど国土が荒れることはなかったはずだ。
「フェルディナントくんと相見えたいものだ」
「はい、フェルディナントさんを捕虜にすればエーギル公と交渉出来る可能性が高まりますし……」
 クロードとヒルダが随分親密な仲になった、と思ったが自分もどうやらマリアンヌと親密な仲になれたらしい。これデフォドラの趨勢が決まる、と言う戦いを前にして二人で都合の良い妄想をしているのだから。
 フェルディナントは人当たりの良い好青年でローレンツともマリアンヌとも仲が良かった。ガルグ=マク奪還後に彼の安否が判ると良い。
 ローレンツは飛竜に跨り上空で檄を飛ばすクロードを指差した。よく通る声を持つ彼の言葉に兵たちが耳を傾けている。きっとその傍らにヒルダがいるのだろう。
「その手の交渉ごとはクロードに任せよう」
 マリアンヌはローレンツの言葉に頷いてくれた。生き残ることが出来たなら新しい年がやってくる。年越しの瞬間くらいは楽しいことだけ考えていたい。その時、自分の傍らにマリアンヌが居てくれたら言うことはない。そんな未来を確実にするためにローレンツは槍を握った。



 ローレンツたちが落とした砦に伝令兵がやってきた。死神騎士が現れたので彼を捕縛するためクロードの指示に従って欲しいのだと言う。だが一対一では絶対に勝てないのだ。熊のように罠にかけるしかない。
「クロードさんの予想通りになりましたね」
 辺りにいる傷病兵たちに回復魔法をかけおえたマリアンヌはそう言った。ガルグ=マクを抜かれたら帝国は後がないので死に物狂いで連合軍をつぶしにかかってくる。分かっていたからこそ、彼らにはみつかりたくなかったのだがこうなってしまっては粛々と対処するしかない。
「やつの悪巧みが成功するよう微力を尽くすとしようか」
 クロードは枝分かれしていく未来に可能な限り対応しようと努力していた。死神騎士が追い込まれた砦に向けて、矢が降り注ぐ雨のように放たれている。あれで死なないのだからやはりクロードが正しかったのだろう。
 カスパルと彼の父ベルグリーズ伯もアリルに現れていた。ローレンツたちは目視したわけではないが、それなら本当にこのアリルにエーデルガルトがいる。影武者の可能性はこれで消えた。彼女さえ倒してしまえばこの戦争は終わる。全てはディミトリの選択にかかっていた。
 あくまでも友軍に過ぎないローレンツたちは最初からこれまでずっと節度を守っている。もしクロードが直接、行動を共にしていたらディミトリやフェリクスの事情を嗅ぎ回っていた筈だ。クロードからはガルグ=マク奪還まではディミトリたちと行動を共にするようにと言われている。だが彼らがエーデルガルトに固執して遠回りをしたらどうすべきか。
「どうしてこちらに?!」
 マリアンヌは滅多に大きな声を出さない。死にかけたローレンツが意識を取り戻した時も消え入りそうな静かな声で話していた。驚いて振り向くとクロードと共にいるはずのヒルダが飛竜にまたがってマリアンヌの目の前にいる。ローレンツがあんな風に再会を喜んでもらえる立場になる、そんな日が早く来てほしい。
「伝令兵が足りなくなっちゃったの!それにこっちの様子を見てきて欲しいってクロードくんが!」
 連合軍は大所帯な上に死神騎士を罠にかけるため、かなり広範囲に部隊が散ってしまった。ミルディン以降、目がまわるような忙しさだったろうにヒルダがドラゴンマスターの資格を取っているのは何故か。答えは言うまでもない。
「分かった。それでヒルダさん、クロードは僕らにどうしろ、と?」
「ディミトリくんのそばにいて見届けてくれって言ってた!」
 ダスカーの悲劇にまつわる噂話はローレンツたちも耳にしている。あれで人生が狂った者は多くディミトリたちはその筆頭だ。
「だが、ヒルダさんそれでは!」
 エーデルガルトを失えば帝国の崩壊は確実となってしまう。それを避けるため決死隊のようになっている兵をクロードたちだけで押し留めなければならない。
「兄さんと私がいるからクロードくんは大丈夫!だから行って!」
 咄嗟にホルストの名を出すのがとてもヒルダらしかった。こんな時でもこちらの心を軽くしようとする彼女を早くクロードの元へ戻してやらねばならない。ローレンツとマリアンヌは彼女に背を向けた。畳む
#真昼の月と花冠
#クロヒル
#ロレマリ
9.

 クロードの目論見は悔しいが当たっていた。エーギル公、そしてシェズの仇である灰色の悪魔がディミトリとエーデルガルトの間には立ちはだかっている。ディミトリたちに助太刀が必要なのは確かだった。
 何故か帝国軍はアリルからガルグ=マクへ直行するせず、ガルグ=マク周辺を彷徨っているのだという。軍議では罠かもしれないので各方面を力押しをするべし、という結論になっていた。しかしマリアンヌの意見は違うらしい。軍議の後、ローレンツたちは出立前にシェズと食事をすることになった。形勢が決定的になったと看做した商人たちが品を持ってくるので食事の質は以前より上がっている。ラファエルはイグナーツを連れて塊肉を貰いに行ってしまった。
 マリアンヌには気になることがあるようで、シェズを待っている間も口を開かず考えごとをしている。
「帝国軍も、というかエーギル公も私どもと同じくエーデルガルトさんを探しているのではないでしょうか?」
 その成果を真っ先に聞けたことがローレンツは嬉しい。
「それならこの不可解な帝国軍の動きも理解できる」
「ここから先は最悪を避けるため、いつ彼女を諦めるか、の駆け引きになっていく筈です」
 エーデルガルトを確保し、ガルグ=マクを奪還することが最良の結果だが双方を追い求めてガルグ=マク奪還に失敗しては意味がない。エーギル公もエーデルガルトを確保しガルグ=マク防衛に成功したいので事情が似ている。
「戦列を伸ばさないように心がけよう」
 ディミトリとシェズがどんな駆け引きをするか、ローレンツもマリアンヌもその目で確認せねばならない。足の早いシェズに着いていくのは大変な筈だ。
 戦場には相変わらずローレンツたちが探しているフェルディナント、そして全軍をあげて探しているエーデルガルトの姿が見えない。エーギル公を撃破した勢いをどちらに活かすのかローレンツたちが見守っていると遠くから兵たちの悲鳴が聞こえてきた。皆、口々に灰色の悪魔、と言っている。
 双剣を手にしたシェズが兵たちの流れに逆らうようにして走り出した。このフォドラには紋章の力を超えたような武の力を持つ者がいる。クロードがそんな者たちと相対する際は武で競うようなことはせず、災害か何かのように扱う。だがシェズは正面から打って出た。
 白い光と紫の光に誰に包まれて戦う二人はまるで災害のようで、誰も手出しはできない。シェズはロドリグを死なせてしまったことを深く悔いていた。士官学校にやってきた当初は皆に馴染む自信がなかったのだろう。何故ジェラルド傭兵団を探しているのか、すら明かしていなかった。今もなお奪われ、奪い、を繰り返しているのはそんな遠慮のせいかもしれない。
「ローレンツさん、あれは一体、何の力なのでしょう……?」
 王国に降ったリンハルトも全く分からないと言っていた。ローレンツも紋章の力を身に宿している。だからこそ彼女たちがそんな枠を超えたところで戦っていることが分かるのだ。武器同士がぶつかり合う音が聞こえなければ光に包まれたニ人が何をしているのか分からなかっただろう。永遠に続くかと思われたその殺し合いは緑の光が消えたところで決着がついた。



 ローレンツはどうも学校とは縁がないらしい。魔道学院も政情不安の煽りを受けて退学し士官学校に戻る数節しか居られなかった。王国軍も同盟軍もあの時、士官学校にいた者が多い。皆二年ぶりにガルグ=マク修道院を目にして何とも言い難い表情を浮かべている。そして当然と言えば当然だがここにもフェルディナントの姿がない。
 マリアンヌもローレンツもじわじわと彼のことを諦めつつあった。ディミトリの気質なのか痛くもない腹を探られたくないための方便なのか王国の者たちは降伏した敵将が尋問で明かしたことをローレンツたちと共有してくれる。
「ねえ、ローレンツとマリアンヌに同盟軍との合流場所の確保を任せてもいい?確かあっちなんだけど」
 仇討ちに成功したシェズが指差した方向に砦はない。足は早いが彼女はとにかく道を間違えるのだ。
「良いだろう。このローレンツ=ヘルマン=グロスタールに全て任せたまえ」
 もしアリルに置き去りにしたクロードが帝国軍相手に負けていたらローレンツたちは王国軍を守る盾にならねばならない。
「シェズさんのおかげで真っ先にヒルダさんとクロードさんをお迎えできますね」
 そんなことは承知した上でマリアンヌは顔に笑みを浮かべた。彼女は自己否定の度が過ぎる時も多い。だが自然とこういうことを言える人物でもあるのでヒルダもマリアンヌを好いているのだ。
 敵もローレンツたちが陥落させた砦が何に使われるのか分かっているらしい。帝国軍であると偽装することを止めた怪しげな魔道士たちが群れをなして攻め込んでくる。これまで散々、苦しめられてきた怪しげな兵器も惜しみなく投入されている。敵もここを占拠されれば終わりなことがわかっているのだろう。
 降り注ぐ悪意の中、無我夢中で槍を振るい続けたローレンツは敵将を倒した。本隊の者たちがいつの間にやら砲台や怪しげな兵器を停止させたようで空は静かになっている。
 おかげで飛竜の羽音がよく聞こえた。疲れで目が霞んでいるがイグナーツが弓を構えていないので警戒する必要はない。
「ちょっと遅れちゃったかな?みんな、王国軍に加勢するよー!」
 ヒルダの声がして、喜ぶマリアンヌの声を耳にしてローレンツはようやく安堵のため息をつくことができた。疲れ果てた身体にマリアンヌが申し訳なさそうにかけてくれた白魔法の力が満ちていく。
「すみません、私……副官なのにローレンツさんのことを放置してしまって。クロードさんも無事で、後から来るそうです」
「きっと何か企んでいるのだろうな」
 これは予感ですらなく、単なる確信に過ぎなかった。
「そうだよ!今は言えないけどローレンツくんもきっとびっくりするよ!」
「ヒルダさんに先陣を切らせたことにまず驚いたよ」
 いつも楽をしたいヒルダが今回は敵を切り開く過酷な役目を引き受けている。つまりクロードが率いる部隊はもっと厄介なことに従事しているのだ。偽りの臣従作戦と違って秘密にされても腹は立たない。
「まあこれで最後だろうから私もちょっとだけ頑張ろうかな〜?って」
 自称・猜疑心の塊が随分と甘え上手になったものだ、ローレンツは素直にそう思う。
「クロードを出迎えてやるに相応しい場所はどこだろうか?」
 ヒルダは黙ってフライクーゲルでガルグ=マクの高層防衛門を指した。畳む
#真昼の月と花冠
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10.

───ガルグ=マク講和会議でベルグリーズ領とフリュム領がレスター諸侯同盟に割譲されるのは勿論、僕やマリアンヌさん、僕の騎士であるイグナーツくん、そしてラファエルくんの活躍あってのことだが───それも君の人選が正しかったからだ。西部派遣部隊として、短期間だがフェルディアに滞在したことがある僕を、そして僕と相性が良い者を選んでくれたことに改めて感謝する。
 これでレスター諸侯同盟はアミッド大河の両岸と豊かな穀倉地帯を擁することになった。百年後も彼の地がレスター諸侯同盟のものであり続けるよう我々は努力せねばならない。他人の顔を奪って成り代わる者たちが跋扈していた土地だ。平民たちの間にもどんな禍根が残されているかわからない。
 恥を晒すのは忍びないがグロスタール家も数年前、彼らに入り込まれていたことが判明した。リーガン家にも関係があることなので現当主として報告させてもらおう。父の家臣から顔を奪った者が傭兵団を使ってリーガン領との境で商人を襲っていたのだ。犠牲者の中にゴトフロア卿とラファエルくんのご両親が含まれている。
 クロード、認めたくはないが君は奇跡のような存在なのだ。君がいなければリーガン家は絶えていたしあの難局をここまで有利な形で終えられたとは思えない。講和条約が結ばれ血を流さずに済む現状は君がもたらしたのだ。今後、我々は民と土地を癒すことに全力を尽くさねばならない。
 旧ベルグリーズ領はアミッド大河の対岸にある我がグロスタール家とコーデリア家が、旧フリュム領はゴネリル家が暫定的に統治する件も了承した。父は元々そうせざるを得ないと考えていたらしい。僕たちがガルグ=マクで王国、帝国の者たちと会議を重ねている間にコーデリア伯や前ゴネリル公やホルスト卿と既に会っていた。爵位は継いだがまだまだ先達の手助けが必要だ。これは僕たちが頼りないからではない。先代の領主たちと違って大乱を経た分だけ多忙だ、ということだ。
 前ゴネリル公そしてホルスト卿も今後はフリュム領の件でますます忙しくなる。君も早いうちに時間を作ってゴネリル領へ挨拶に行くべきではないだろうか。その際には花束と指輪そして特効薬を多めに持っていくことをお勧めする───




 エドマンド家には毎日ひっきりなしに書簡が届く。和平成立前はその殆どがマリアンヌの義父エドマンド辺境伯に宛てたものだった。引っ込み思案なマリアンヌへこまめに手紙を書いてくれるのはヒルダくらいだったが今は違う。爵位を継ぎグロスタール伯となったローレンツがヒルダの倍は手紙を寄越してくる。手紙だけではなくちょっとした贈り物が添えてあることも多い。
 こんなことができるのは両家共にデアドラに上屋敷があるからだ。自領の本宅と上屋敷は定期的に荷物や文書のやり取りがあり、そこからエドマンド家の上屋敷へ使用人が届けに行く。両家の幾人もの使用人を介したやりとりはしっかりと身内に知れ渡っている。
 そんな中、珍しくクロードからマリアンヌにあてた手紙が届いた。年越しの晩餐会への招待状だったが短い私信もついている。煩わしい連中は呼んでいない、親しい者しかいない気軽なものだから軽率に来てほしい、と書いてあった。その書きぶりが彼らしくて思わず顔が綻んでしまう。
 マリアンヌは私信を引き出しにしまい、招待状だけを手にしてエドマンド辺境伯の執務室に向かった。商才と弁舌に長けた彼を苦手とする者は多い。ローレンツによると彼の父エルヴィンですらそうだと聞く。
「お義父さま、今年の年越しについてお話があります」
「デアドラで過ごすのか?」
 クロードは義父にも手紙を書いたのかもしれないし手紙を振り分けた秘書が差出人と宛名について報告したのかもしれない。だがマリアンヌはもう慣れることにした。そんな風に思い切れるようになったのはあの戦いの日々───成長の糧であった、と言うか成長の糧にせざるを得なかった、と言うか───があったからなのだろう。
「はい、クロードさんの……リーガン公主催の晩餐会に出席しようと思います」
 エドマンド辺境伯はマリアンヌ宛の紹介状を手に取った。目を細めているのは感情を誤魔化すため、のように思えるが老いのせいなのかもしれない。彼はいつも洒脱に装っているが、それでも引き取った養女に結婚の話が出てくるような、そんな年齢になったことは事実だ。
 



 
───頼もしい年寄りたちには当分、ややこしい戦後処理などでもご活躍いただこう。帝国と比べれば随分まし、と言っても人手不足なことに変わりはない。
 頼もしさで言えばローレンツ、お前も同等だ。ミルディン大橋の件でグロスタール家には大きな負担がかかってしまった。失陥についても奪還についても、だ。その負担の中に名誉にまつわるものがあったことを本当に申し訳なく思う。
 だが現グロスタール伯の西部戦線における活躍で汚名は十分に濯げたようだ。お前の武勲は家中や同盟内部での問題を解決したがそれだけに止まらない。
 王国に派遣した連中が皆、誠実だったからベルグリーズ領とフリュム領の割譲が王国や中央教会から円滑に認められた、と思う。これは俺のような、人を信じることが苦手な人間には絶対にできないことだ。
 これぞまさに花冠を賜るに相応しい戦果と言える。ヒルダはずっとローレンツに会えたら仮の贈り物をする、と言っていたが分かるだろう?アリルからガルグ=マクまでは余裕が全くなかったから、ヒルダがどうするつもりなのか正直言って俺には見当もつかなかった。
 ディミトリがタレスを討って、大修道院の安全が確保された途端にヒルダが温室へ行った時には流石だと思ったね。なんと言っても仮の贈り物だ。てっきり収穫しそびれた果物でも適当にもいで籠に盛って終わりにするのかと思ったよ。
 だが出来上がったのはあの色鮮やかな花冠だ。赤い薔薇だけで作れなかったことを残念がっていたがそれでも挫けず手作りするところがヒルダらしい。本人は自分は直ぐにへこたれる、と考えているらしいが俺から言わせればそんなことはない。直ぐにへこたれる面倒くさがり屋は宝飾品作りを趣味にしないと思わないか?
 気も器も小さかったヴァーリ伯が温室の価値は分かっていた、と言うだけの話かもしれない。だが激しい戦闘が終わってもなお、温室に色とりどりの花が咲いていたこと、それらがローレンツの頭を飾っていたことを奇跡のように感じたよ。
 温室で花を編んでいるところをずっと眺めていたがあれもまた魔法の一種だな。俺は黒魔法も白魔法もヒルダが使う魔法もまともに習得できそうにない───



 マリアンヌも随分と変わったがローレンツもここ数年でかなり人柄が丸くなった、とヒルダは思う。学生時代の彼には失敗を恐れてかえって失敗を呼び込むようなところがあった。ホルストのように長子として厳しくも暖かく見守られながら育ったのだから、あとほんの少し鷹揚にするだけで皆が付いてくる。
 ただ、そんなことを言っても相手を困惑させてしまう。だからヒルダは口を噤んでいたのだが士官学校が休校になり戦争が始まってしまった。いつ誰が亡くなってもおかしくないなら何でも直ぐに行動を起こした方がいい。遠方の友人たちにまめに差し入れや手紙を送り、クロードにも言いたいことを全て言い、人目を忍ぶようなことも含め───してやりたいことは全てやった。
 その一連の流れでローレンツたちはヒルダから温室前に呼び出された。彼への感謝の念を表すために作った花冠はクロードにじっと見つめられつつ、有り合わせのもので作った割に良くできたと思う。赤い薔薇だけで作ってやりたかったが仕方がない。だがこれはあくまでも仮の贈り物だ。
「マリアンヌちゃんの命を救ってくれてありがとう。これは急場凌ぎで拵えた物だけど受け取ってくれると嬉しいな」
 背の低いヒルダがそう言って腕を上に伸ばすと彼は石畳の上で膝をついて首を垂れた。真っ直ぐな紫の髪がマリアンヌに撫で付けらる日はきっと近いだろう。髪の手入れのこつを聞かれるかもしれない。
「貴族として、というか人として当然のことをしたまでだが、褒賞はありがたく受け取ろう」
 確かに平民でも罪人でも想い人が危ない目に遭っていたら無我夢中で助けようとするはずだ。
「ローレンツさん、とってもお似合いです!ヒルダさん、ありがとうございました!」
 大真面目な二人を見たクロードが顔に笑みを浮かべていた。あんな光景を見たら誰でも笑みを浮かべるだろう。だが、それは兵たちを落ち着かせるための演技ではなく、柔らかな───ヒルダと二人きりの時にしか見せないような笑顔だった。畳む
#かのひとはうつくしく
#クロヒル
#ロレマリ
翠風ルートのクロヒル+ロレマリ小説です。
1.C-(side:L)

 ガルグ=マク修道院附属士官学校にはフォドラ中の者が集まる。出身地別に学級は分かれるがそれでも一年間身分に関係なく共に同じ学び舎で学ぶ。礼服に身を包んだローレンツは級長になれなかったことで落胆していた。ただあの胡散臭いクロード=フォン=リーガンを見極める機会は得られたし生涯の伴侶をガルグ=マクで見つけることができるかもしれない。親からは士官学校で見つけられなければ見合いをするようにと言われている。結婚した後で妻を愛せるようになるのだろうと思っていてもローレンツは最初から親を頼るのは嫌だった。
 職員の指示に従い壮麗な聖堂での長い式典の後それぞれの教室で待機することになった。こうして改めて学友たちを眺めてみると金鹿の学級は他の学級と比べて平民の学生の割合が多く逆にグロスタール家の嫡子であるローレンツが気を使わねばならないような名家の出の者は少ない。ゴネリル家、エドマンド家、コーデリア家のご令嬢くらいだろうか。ローレンツは彼女たちとは初対面だが失礼のないように名前と髪の色、瞳の色は先に覚えておいた。
 そのうちの一人であるリシテアは長い長い式典に参加中、人混みに酔ってしまったらしく教室までは何とか堪えたものの今は真っ青な顔をして椅子に座り込んでいる。
「大丈夫かい?水か何か持ってこようか?医務室まで歩けないなら僕が抱えていくが」
「少し休めば大丈夫です」
 本人は大丈夫と言っているが本当にその言葉を信じても良いのだろうか。今日は礼服なので身につけてはいないが明日からは級長の証である黄色の外套を身につける予定のクロードはリシテアの体調不良に気づいていないのか女子学生の中で小柄だが最も華やかで目立っていたゴネリル家のご令嬢ヒルダに話しかけている。
「だから手伝って欲しいんだよ」
「えぇ〜でもマヌエラ先生の方が話しやすいんじゃないかな」
「おい、クロード!こちらに来てくれ」
 クロードとは円卓会議に出席する父グロスタール伯に随行した際に名乗りあった程度でほぼ初対面だが同じ五大諸侯の家柄でもあるので敬語は使ってやらない。ローレンツが呼ぶとクロードはすぐにやってきてリシテアの異変に気づいた。
「リシテア、一体何枚着てるんだ?確かにここは山の中だから寒いが着込みすぎも身体が締まって良くないぞ」
「ご婦人相手になんてことを聞くのだ!君は将来レスター諸侯同盟の盟主になるのだぞ!」
「必要だから聞いただけだ!」
 ローレンツの剣幕に押されずクロードは言い返してきた。久しぶりに顔を見たが自分が身につけることのできない級長の証である黄色の外套はきっと少し浅黒い肌の彼によく似合うことだろう。
「君は必要なことなら何でも聞き出すのか?!他人のいる場で!」
「ローレンツ、お前はもういいよ。な、ヒルダ。言った通りになっただろう?」
 ヒルダはため息をつくと堪えきれずに机に突っ伏しているリシテアに話しかけた。その口調はとても優しい。
「クロードくんは男子だから言い出しにくいよね、これからはマヌエラ先生がいない場で体調のことで不安があったら私に言って欲しいの」
 士官学校では学級単位かつ男女共同で奉仕活動にあたる。クロードは具合が悪い女子に大変な仕事を割り振らずに済むよう内密に聞き取っておいて貰いたいようだ。
「とりあえず制服の襟元と腰回りを緩めようね、少しは楽になるだろうから」
 青い顔をしているリシテアにヒルダが優しく話しかけたのがきっかけになったのかリシテアの周りに女子学生たちが集まっている。これ以上、淑女を凝視しては失礼なのでローレンツは目を逸らした。年代物の教卓と黒板が目に入る。ローレンツの父もこの教室で学んでいた。教室の内装は細かいところまで父から聞いた通りでその記憶力の良さに身内ながら舌を巻いてしまう。父と同じように鷲獅子戦で勝利を収めねばどんな叱言を言われるのか分かったものではない。その為にはまず当日、体調不良の者がいないことが大前提だ。ローレンツは水を汲む為にそっと席を離れた。黒鷲や青獅子の教室の前を通ったがどうやら特に体調を崩した者はいないらしい。
 リシテアの為に水を汲んで戻ってきたローレンツは女子学生の輪に入りそびれた水色の髪の女子学生がいることに気づいた。きっとエドマンド辺境伯の養女マリアンヌだろう。輪に入りそびれていてもリシテアのことが心配なのか壁際から小柄な彼女を薄茶色の瞳でちらちらと見ている。マリアンヌは背が高いことを気にかけているのか少し猫背気味だがローレンツは長身だ。彼女は自分と並んで歩けば俯く必要はない。
 入学式の日に起きた細やかな事件は初めての野営訓練の夜に起きた大事件によって上書きされてしまい皆すっかり忘れていたが後になって思い返してみるにあの時点で充分に帝国はその策謀をもってレスター諸侯同盟へ深く強く介入していた。クロードがリーガン家の嫡子になったのもリシテアの体調が悪いのも元を正せばこの時点で帝国の工作が成功していたからだ。ただその中途半端な成功ゆえに帝国によるフォドラ統一は失敗した、とも言える。畳む
#かのひとはうつくしく
#クロヒル
#ロレマリ
2.C-(side:H)

 クロードは他人の喉元に入り込むのが上手い。ヒルダ自身も楽をするために他人の喉元に入り込む自覚があるのですぐに分かった。それにしても十代の男子が女子の体調を気遣うのは珍しい。ディミトリもメルセデス辺りに頼んでいるのだろうか。そんな訳で不本意ながらヒルダは女子学生の意見をまとめクロードに伝える係をやっている。レオニーは臆さないが盟主の嫡子と言うだけで萎縮してしまう学生もいるのだ。
 一度役割を任されてしまえば期待に応えないわけにいかない。だからこそヒルダは期待をかけられることを嫌い責任というものから逃げ回っていたのだがそうなってみるとどうしても気になる同級生がいた。マリアンヌだ。とにかく何も話さずすぐに一人で厩舎へ行ってしまうので噂話だけが流れている。ダフネル家の代わりに五大諸侯に加わったやり手のエドマンド辺境伯は注目度が高い。おそらくヒルダの兄ホルストの次くらいに学生たちから注目されている親族だろう。マリアンヌは彼のお眼鏡に叶って養女になったとか目ぼしい若者が彼女しかいなかったから仕方なく彼女を養女にしたとかそんな噂だ。クロードの耳にも当然入っている。
「ヒルダはどっちだと思う?」
「もー!私に無責任なこと言わせないでよね!」
 クロードはふざけて話題を振ってきたが有名な家族がいる誇らしさと煩わしさはヒルダにも分かる。その件に関してはマリアンヌをそっとしておいてやりたいので普通に言い返した。そんな会話をした数日後、逃げた教師に代わってヒルダたちの担任を務めることになったベレトに誘われヒルダとクロードは彼と昼食を共にしていた。
「マリアンヌは足が早い」
 士官学校の生徒はとにかく走らされる。訓練服姿なら楽な方で鎧や武器を身につけた状態でも走ることになる。そうだとしても唐突なベレトの一言に驚いたクロードは瞬きをしていた。何の工夫をせずとも黒くて長いまつ毛が緑の瞳に影を落としている。角度によっては目の下に隈が出来ているように見えることもある。
「それは意外だな」
「だからきっと良い修道士になる」
「前後の繋がりが分からないんですけど?!」
「現場に出れば分かるようになる」
 デアドラ風キジの揚げ焼きを器用に切り分けながらベレトは言った。彼は口数が少なすぎて言っていることがよく分からないことが多い。それでもいつもは説明を促されると一言二言は足すのだがこの日は同じ言葉を繰り返すのみだった。

 午後は座学なので皆、鍛練とは別の意味で辛い思いをする。眠らないように必死だ。ヒルダも例外ではない。眠気を覚ますために何か面白いものはないかと桃色の瞳で教室を見回した。
 ラファエルは諦めて眠る方かと思いきや椅子に座る振りをして足の筋肉を鍛えている。マリアンヌはもう陥落寸前だったが前後に船を漕ぎ始めた瞬間に持っていた鉄筆を取り落としてその衝撃で目を覚ました。そして案の定、鉄筆の行く先を見失っている。ヒルダが軽い音がした方を見ると通路を挟んだ隣に座っているローレンツがすぐに身体を曲げ長い腕を伸ばして拾ってやっていた。授業中なせいか彼はいつものような無駄口を叩かない。余計なことを言わなければ彼はあんなに感じが良いのかとヒルダは驚いた。
 クロードと張り合っているローレンツはこうした時も居眠りなどしないが実は女子学生からとにかく評判が悪い。近々ヒルダは皆の意見を取りまとめ担任であるベレトを経由して彼への苦情を申し立てねばならないだろう。ローレンツから食事に誘われたことがない領主の娘はこの士官学校に存在しない。当然、ヒルダも誘われたが断っている。薔薇の花のように美しいと言われたがずば抜けて背が高い彼と常に並んで歩けば小柄な自分は首を痛めてしまうだろう。級友の意外な姿を目撃しすっかり眠気の覚めたヒルダは余所見をしていた間に書き連ねられた黒板の中身を意味も分からず手元の書字板に書き写した。
 午後の座学が終わると学生は基本自由に過ごして良いことになっている。クロードはどこかへ雲隠れしてしまうがローレンツは基本的に訓練場で槍を振るっていることが多い。
「ローレンツくん、ちょっと良いかな。さっきの授業でよく分からないところがあって……」
 だがヒルダは自分に余所見をさせた責任を取らせるべくローレンツに声をかけた。ヒルダが意味も分からず書き写した書字板を見てローレンツの菫青石のような瞳が左右に動いていく。そして彼は本当に意外なことを言った。
「申し訳ない。ここは僕もよく聞いていなかったので後でハンネマン先生に質問しに行こうと思っていた」
「じゃあ後で教えてくれる?」
「ああ、任せてくれたまえ」
 ローレンツはクロードへの対抗意識が本当に強く彼が茶化すものは必ず尊重する。それは身分であったり規則をきちんと守ることであったり様々だか授業を真面目に受けることはその中核をなしていた。きっと彼もヒルダと同じものを横目で見ていたからその間の解説がすっぽ抜けているのだろう。いや、ヒルダよりずっとよく見ていたのだ。そうでなければマリアンヌの鉄筆が転がっていった先などわかるはずもない。畳む
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3.C(side:L)

 ローレンツは大荷物を抱えて忙しそうにしているベレトに手伝いを頼まれた。
「そろそろ雨が降る。では頼んだ」
 ベレトの指差す方向を見てみれば確かに雲が密集し色濃くなっている。彼から渡された学生宛の手紙は雨に降られる前に配った方がよさそうだった。
 結構な量の手紙の束を確認してみると改めて平民と貴族の違いがよく分かる。貴族の学生宛の手紙は中の手紙を守るため頑丈な紙で出来た封筒に入れられているしその封筒はきちんとその家に伝わる印璽で封がされている。知識がある者がみれば差出人の名を読まずとも印璽だけでどの家の者が出した手紙なのか分かるのだ。一方で平民の学生宛の手紙は封筒に入っていない。紙が高価だからだ。平民たちは手紙のやり取りをする際、三つ折りにした紙の真ん中に宛先を書き本文はその裏側に書く。書き終わったら中身が見えないように再び三つ折りにして左右の端を折り蝋で閉じるが印璽など持っていないので適当な意匠の印章で閉じる。封筒に守られていないものから早く渡してやる必要があった。いささか焦りながらも敷地内を歩いて回ると皆がどう放課後を過ごしているのかがよく分かる。
 ラファエル以外の平民の学生たちは意外そうな顔をしながらローレンツに礼を言い自分宛の手紙を受け取っていた。左手には名家の印璽で封をされた豪華な封筒の束があるのにローレンツがそちらには目もくれずたった一枚の紙を折ったもの、から配っていたからだ。
「レオニーさん、先ほどから軽く驚かれるのは何故だろうか?」
 レオニーはいつも堂々としていて何者にも臆することがない。ローレンツはかつて彼女が些か図々しいのではないかと感じたこともあったが今は考えを改めている。彼女はセテスたちの目指す理想、身分や出身地の垣根がない士官学校の在り方を体現しているような優秀な学生だ。
「ローレンツの日頃の言動のせいだな。領地が大きい順に配りそうに見える」
「心外だ!そんなことはしない!」
 ローレンツは常に合理的な行動を心がけている。だがその結果、担任であるベレトから呼び出しを食らい級友からは理不尽な態度をとる人間だと思われていた。
「君たち宛の手紙は便箋が剥き出しだから傷まないように少しでも早く渡したかったのだ。先生が言うにはそろそろ雨が降るらしい」
「はは、冗談だよ。でも先生が言うなら雨は本当に降るんだろうなあ」
 訓練場に行く途中だったレオニーも空を眺めた。ベレトは口数が少ないが繰り返し天候や地形について言及する。彼に師事すればローレンツもレオニーもいつか初めて訪れた土地でも彼のように空模様を読めるようになるのだろうか。
 レオニーと別れローレンツは次に厩舎に向かった。道すがら他の学生にも渡せたので手紙の束はかなり薄くなりマリアンヌ、ヒルダ、クロード宛の三通だけが手元に残っている。マリアンヌはローレンツの予想通り厩舎にいて馬の世話をしていた。制服が汚れることも厭わず丁寧に鉄爪で蹄についた塵を取り除いてあげている。その姿はローレンツの父が恐れる論客エドマンド辺境伯とはかけ離れていた。だが手仕事に没頭する姿は彼女にしては珍しく萎縮していない。今渡しても受け取れそうにないだろうと判断したローレンツは手紙の束を手にそっとその場を離れ曇天の中ヒルダを探すことにした。
 ローレンツがヒルダを探し出した頃には傭兵上がりの教師の読み通り堪えきれなくなった雨粒が天から落ちてきていた。ベレトは本当に天候を読むのがうまい。ヒルダはちょうど食堂で青獅子の女子学生たちと共に焼き菓子を食べているところだった。
「先生からヒルダさん宛の手紙を預かっている」
「ありがとね、ローレンツくん。ああ、これ兄さんからだわ、参ったなあ」
 ヒルダの兄ホルストは隣国パルミラにもその名が知られている勇将だ。彼女自身はその可憐な見た目通り戦いを好まないようだが。
「すぐに読んで返事を出したいところ本当に申し訳ないのだがヒルダさんはマリアンヌさんと部屋が隣同士だったね?先生からマリアンヌさん宛の手紙も預かっているのだ。渡してもらえないだろうか?」
「え、厩舎にいなかったの?」
 厩舎にいたが熱心に馬の世話をしていてとてもではないが渡せる状況でなかったことを説明するとヒルダは快く引き受けてくれた。ゴネリル家の印璽で封がされた手紙とエドマンド家の印璽で封がされた手紙が再びヒルダの手によって重ねられる。
「これで最後寝る前にでもクロードに手紙を渡せば先生の手伝いがようやく終わる」
 クロードは本当に何処にいるのか全く分からない時が多い。無駄に探し回るより消灯前の点呼をやり過ごすために戻ってきたところを捕まえる方が早いのだ。
「そうか、ローレンツくんとクロードくん部屋が隣同士だっけ」
「不運なことにね」
「言っとくけど私はマリアンヌちゃんが隣の部屋なの嫌だと思ったことないからね!」
 この時ローレンツが渡した手紙がきっかけでヒルダとクロードは親交を深めていくことになるのだがまだ誰もそのことには気づいていない。畳む
#かのひとはうつくしく
#クロヒル
#ロレマリ
4.C(side:H)

 マリアンヌの鉄筆をすぐに拾ってやれたことからも分かる通りローレンツには気になることがあるとつい目で追ってしまう癖があるようだ。そして自分が見られていることには無頓着らしい。断りきれずに彼と食事を共にした女子学生はさぞ居心地が悪かっただろう、とヒルダは思う。
「マリアンヌちゃん、何か困っていることはない?」
 先日、マリアンヌに書庫整理の手伝いをしてもらった結果全て自分で作業をする羽目になったヒルダは本格的に彼女が心配になった。マリアンヌには何か根本的な欠落がある。
「特にないつもりです……」
 養父であるエドマンド辺境伯はマリアンヌとの関係を良好にしたいと考えているのだろう。こまめに手紙や差し入れが届く。だがローレンツから託された手紙をヒルダが渡した時マリアンヌは戸惑っていた。きっと理由を聞いても教えてくれないのだろう。無駄なことはしないに限る。身内になれない他人が踏み込むべきではない領域があるのだ。そう思ってヒルダがマリアンヌに対して引いていた線を数日前、ローレンツはあっさり越えた。
「いや、お父上のことを思い出していたのだ。君との共通点はあるのだろうか、と」

 何か揉めごとがあっても基本的に面白そうだ、という態度を崩さないあのクロードが褐色の手で顔を隠し首を横に振っていたのがヒルダには忘れられない。挨拶のついでに出すような話題ではないからだ。幸運なことに教室前の中庭は人がまばらであの会話が聞こえてしまったのはヒルダとクロードだけらしい。だがヒルダが無言で顔を顰めるとクロードが親指で無人の教室を指差した。
「ローレンツくんはどうすれば言動に気をつけるようになるの!!」
「あいつ俺にも胡散臭いって直接言ってきたぜ」
 女子学生の意見を取りまとめてベレトにローレンツへの苦情を寄せたのはヒルダだ。
「うぅ……どうして本人が全く気にしてないことを私が気にしなきゃならないの……」
「あいつあれで周りとうまくやってるつもりなんだよ」
 クロードのいうことは正しい。ローレンツはヒルダに利用されているが彼自身はそれを彼独自の理屈で良しとしている。ヒルダは思わずため息をついた。
「見てるだけで居た堪れないんだけど」
「でもあいつ嘘はつかないんだよなどこかの誰かと違って」
 少し厚めの唇は端が上がっているし目も細められている。だがクロードは笑っていないような気がする。
「ひどーい!私は本当にか弱い乙女だもん!」
「ま、そういうことにしてやってもいいぜ。今のところはな」
 そういうとクロードはいつものようにどこかへ去っていった。これ以上クロードと話していると色々と見透かされてしまいそうな気がする。問題はそれが別に嫌ではないということだ。

 ベレトは隔週で週末を休養日にする、と決めているらしい。ヒルダが先週からずっと買いたかった小物を市場で探していると珍しくマリアンヌを見かけた。小物屋で色んな手巾を手に取っている。
「マリアンヌちゃん新しい手巾探してるの?」
「ヒルダさん……はい、養父から持たされた手巾をローレンツさんにさしあげましたので」
 一体どういうことなのか全くわからなかったのでヒルダはマリアンヌに経緯を説明してもらった。先日はローレンツの発言に冷や冷やさせられたがマリアンヌも負けていない。ヒルダは流石にローレンツが気の毒になった。そして彼をほんの少しだけ見直した。迂闊に外見を褒めると本人がそこを気に入っていない場合かなり気まずくなる。ヒルダの場合で言えば背が小さくてかわいいと褒められたら良い気分がしない。もう少し背が高かったらと思うし自分の意志ではどうにもならない背の低さを褒められるより制服の着こなしや付けている香水を褒められた方が嬉しい。だからローレンツはマリアンヌが選んだものを褒めたくて彼女の手巾を褒めたのだろう。
「小物、自分で選んでないの?!全部?!」
「はい……」
 やはりマリアンヌには根本的な欠落がある。ヒルダはなんだか悲しくなってしまった。彼女が自分の持ち物に全く愛着がないのは自分で選んでいないからだろう。ヒルダはガルグ=マクでの新生活が少しでも快適であるようにと願いを込めてお気に入りの小物を厳選し荷造りをした。だがマリアンヌは違う。ここでの生活がどうなろうと構わないと思っていたから養父任せだったのだ。
「これがガルグ=マクに来てから初めての個人的な買い物です」
 マリアンヌは絹で出来た刺繍入りの手巾二つを見比べている。持たされていた物よりだいぶ地味だがそれでも雰囲気が似ていた。きっと養女であるマリアンヌが持つに相応しい物を、と辺境伯が心を込めて用意したからだろう。
「どっちも素敵だね。私は両方買っても良いと思うなー。ねえ、それ買い終わったら他の小物も見に行こうよ!見るだけで良いから!」
 手巾二枚程度エドマンド家の財力からすればなんてことはない。ローレンツは見ていると苛々するが彼はヒルダがマリアンヌに対して引いた線をあっさりと越えた。多分悪いことではない。畳む