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雑多です。
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.25」#クロロレ #家出息子たちの帰還
───セイロス教の信徒によって辺境へと追いやられ、生き延びるために文化的変容を強いられたにもかかわらずダスカー人たちが北部に源流を見るのはいささか不思議な気持ちになる。だが現在のダスカー人たちはどこ出身であろうと北を神聖な方角と見做し、祭壇や上座を北側に作る。(中略)巫者は儀式の前に衣装や道具を北に設えた祭壇の上に置くか吊るす───

 ディミトリはアンヴァルに突入する直前にエーデルガルトと話し合う機会を得られた。まだ起きていないことを阻止しようとする彼女との会話は全く噛み合わず、決裂を確認するだけで終わったが悔いはない。
 帝都を突っ切って宮城の最上部まで突き進み、変わり果てた彼女を見た皆は言葉を失っていた。あんな姿になってまで守りたいものが何なのか全く分からない、と表情だけで訴えかけてくる。だが、片目を失いドゥドゥーを失ったと思い込んで闇の中を彷徨っていた時期のディミトリは化け物そのものだった。《似合いの姉弟だ!お前たちに違いなどあるものか!殺し合うがいい!》
 ヒューベルトは主君のあの姿を許容したのだろうか。不可逆なのだろうか。それとも魔獣に変化させられた学生たちのように元に戻れるのだろうか。従者であったヒューベルトを失った結果、エーデルガルトがあんな選択をしたならディミトリには責任がある。

 苛烈な攻撃を掻い潜り悍ましい姿になったエーデルガルトの眼前にようやく出られるか、と言う局面でドゥドゥーがディミトリの隣にやってきた。
「失礼します。お顔に血が」
 確かに飛んできた瓦礫が額に当たった感触はあった。だが眼帯の少し上なので視野に影響はない。
「後で構わない。メルセデスから離れるな」
 ドゥドゥーには回復役のメルセデスを守るよう命じていたのに、ディミトリは戦場において非常に貴重な汚れていない布で顔を拭われてしまった。
「俺だけでなく、皆が共にいることをどうかお忘れにならないでください」
 遠くでメルセデスが小さく手を振っている。自分のことは気にするな、と言うことかもしれないし───弟を中途半端に保護して利用したエーデルガルトへの細やかな意趣返しなのかもしれない。姿を変えた彼女は玉座で一人、ディミトリとの直接対決の時を待っている。
 答え合わせがしたい、と思った。そんな些細なことが裂けたディミトリの心を縫い合わせていく。裂けた心からまた周囲全てを呪う声が漏れ出す日もあるだろう。
 だが、それでも皆が共にいてくれる。ディミトリはアラドヴァルを改めて構えた。


 ギルベルトとセテスがエーデルガルトの亡骸を検分している。先ほどディミトリが彼女の亡骸に触れようとした時にベレトが些か強引にディミトリの手を引いた。シルヴァンたちにはあれが出来ない。
 フェリクスとイングリットが慌てて彼らについていった。今は勝利に貢献してくれた兵たちを労っている。彼らの歓声は帝都に響き渡っていることだろう。
「引き離してもらえて助かりました。異形の姿になることを躊躇わなかったのですからどんな罠を仕掛けているか分かりません」
 ギルベルトが言う通り、亡骸を辱めようとするものが出ないように服や装備に毒や呪詛の類を仕込む話は確かによく聞く。シルヴァンは何となく年長者として彼らのそばにいた。
 結局、大した罠がなかったのはやはりエーデルガルトがヒューベルトを失ったからだろう。 彼女は迅速に、だが丁重に、ヒューベルトの隣に葬られることになった。その他に死者にしてやれることは墓が辱められないように見張りをたてるくらいだろうか。

 ローレンツは意外なほどその沙汰を喜んだ。彼もミルディンに葬られていた可能性があったからだろう。笑顔のままそれぞれの領地に戻れることがシルヴァンは嬉しかった。なんと長い同窓会になったのだろう。ディミトリと王都を奪還する想像はしていたが、帝都アンヴァルに攻め込むことになるとは考えていなかった。
「ああ、ようやく自領に戻れる。早く家族や領民たちを安心させてやらねば」
「統一式典には顔出せよな。俺もフェルディアに行くからさ」
 レスター諸侯同盟の諸侯たちは既に書面で王国への帰順を申し出ていたが大々的にフォドラを統一したのはファーガス神聖王国である、と知らしめる必要がある。
「クロードが出られなかったことを惜しむくらい式典と祝宴が壮麗だといい」
「そうだな、派手にやるよう陛下に進言してみるよ」
 ディミトリは名実共にシルヴァンが忠誠を誓う王となった。ファーガスの気風通り質実剛健だが、彼を祝福する大司教となったベレトなら案外乗っかってくれるかもしれない。


 エーデルガルトを討ち、フォドラの王として即位したディミトリ、そして彼をセイロス教の大司教として祝福したベレトは共同でフォドラの内外に向けて布告を出した。残念ながらファーガス神聖王国とパルミラには国交がないのでクロード、いや、カリード王子は王宮内にある自室で密偵が持ち帰ってきた布告の写しを読むしかない。原本はフェルディアとガルグ=マクにあり───あまねく知らしめるために大量に写しを制作したのだと言う。
 木版印刷だが布告の内容から言って、近いうちに活版印刷が解禁されるだろう。ディミトリはフォドラの統一を宣言し、ベレトはセイロス教が信徒を導き損ねた件について丁寧に詫びていた。彼は教会が無謬である、と取り繕うことを止めさせるつもりなのだ。
 この調子だと他人の顔と名前を盗むものたちにどのように対処したのか、も詳らかに公表するだろう。パルミラからフォドラに接触するとしたらその発表の後だ。パルミラにも似たような技術を持つ厄介な呪術師がいる。彼らと技術交流をさせないためにもディミトリとベレトには頑張ってもらうしかない。こういう計算高さが兄弟仲の悪さや自己嫌悪の源だ。
 カリード王子、いや、クロードはかつて信頼についてローレンツの父グロスタール伯エルヴィンから嗜められたことがある。ディミトリが正気を取り戻していなかった時期なので、ローレンツが王国軍でどう扱われるのか分からず二人とも気が揉めていた。あの時、ローレンツと自分は単なる学友ではないと打ち明けていたら身内として手を取り合って互いを慰めることができたのかもしれない。
 益体もない妄想だ。こんなことを考え出すのは決まって淋しさに打ちのめされている時で、そういう時はいつも酒をひっかけて早めに寝ることにしている。夢の中のローレンツは学生だったり成人だったりするのだが、最初はいつもクロードに叱言を言う。その先のことは誰にも言うつもりはない。だがローレンツが似たような夢を見てくれていたら嬉しいし、夢を現実にするための努力は惜しまないつもりでいる。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.24」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───北部から招かれた巫者はダスカー人が崇めるべき霊について南部のものたちに教える。彼らが崇める霊は大まかに二つの集団に分けられる。亡くなった巫者や貴族そして不審な死に方をしたものたちだ。前者は民を厄災から守る。山河と結びついてその土地の主となることもあり、恵みをもたらす。後者は狂い死にや水死したものであることが多い。彼らは子孫など縁があるものを病気や事故から守り、子供の成長を促す───

 後ろ盾であったコルネリアやアランデル公を失ったせいか、西部諸侯たちの抵抗はかなり散発的になっている。その状況を踏まえて王国軍はディミトリの希望通りフェルディアには戻らず、帝都を目指すことになった。ディミトリとエーデルガルトはいつか必ず激突する。早いうちに、と言う皆の気持ちもわかるが帳簿をめくる度にシルヴァンの手は止まった。
 溜息ばかりが無限に生み出されてくる。フェリクスとディミトリがいない枢機卿の間にまた帳簿が運び込まれた。持ってきたのはローレンツだった。彼も忙しいのか茶器の類はない。
「レスターの連中は数字の書き方がおかしい!読みづらい!」
「誤解がないようにきちんと線が引いてあるだけだ。言いがかりをつけるのはやめたまえ」
 ローレンツの眉間に皺が寄る。かつては同じ国だったレスターの領主たちが臣従の証としてまずはミルディンに向かうための物資を提供してくれた。そこから更に南下していく際はローレンツの実家、グロスタール家を頼ることになるだろう。
「ありがたいとは思ってるさ。何せ次はメリセウス要塞だ」
 これだけ援助されているにも関わらず、常識から言えば圧倒的に何もかもが足りなかった。帝国軍も部隊を再編成し、王国軍に備えている。密偵によると死神騎士が指揮官になったと言う。
「メルセデスさんが心配だな」
 ローレンツは敢えて、広く知られるようになってしまったディミトリとエーデルガルトの因縁について語らなかった。そこには線を引き、弟や妹が生まれた日の記憶がある第一子として、まずメルセデスの気持ちを慮っている。聞いた話によるとマイクランはシルヴァンが生まれた日にこいつじゃない、と叫んだらしい。民を守って命を落とした実母と生まれてくることのなかったきょうだいがシルヴァンのせいでいなかったことにされるのが辛かったのだろう。
 これまで王国軍は英雄の遺産と紋章の力を借りて敵に打ち勝ってきた。そのありがたみを思い知っているからこそ───誰にも言えないがシルヴァンはエーデルガルトの気持ちがよくわかる。そしてこの気持ちが八つ当たりであることも承知している。


 物資や人員に余裕があろうとなかろうとベレトの闘い方はあまり変わらない。真っ先に敵将を討ち取って他の兵を無力化する。効率を最優先した結果、副次的に敵味方双方の戦死者が減少していく。
 メリセウス要塞攻略戦でも直進したせいでウォーマスターや魔獣に挟み撃ちにされ、ローレンツは生きた心地がしなかった。だがディミトリ、そして意外なことにカスパルがベレトの信頼に応えてくれたおかげでこうして生きながらえている。
 しかし迎えた結末は苦く、未来の予行演習のようだった。民の願いが叶うならディミトリはエーデルガルトを倒すしかない。アネットがメルセデスの手を取って静かな場所へ連れて行ったので、負傷兵の治療はフレンが担当している。
 ギルベルトと共に投降した兵たちの武装解除を終えたカスパルとフェルディナント、それにシルヴァンが厩舎の前で話し込んでいた。少し珍しい組み合わせな気がする。
「俺がこれまで色々と気にしないで済んだのは親父のおかげだ」
 サリエルの大鎌を得て、リンハルトを死なせずに済んだにも関わらずカスパルの表情は暗い。環境への抵抗がメルセデスにマルトリッツの姓を名乗らせていた。グロスタール家もベルグリーズ家も一家の主人が健在でなかったら、その他の条件が重なったら、あんな風に崩壊していたのかもしれない。
「皆カスパルのような環境であるべきだ。だが……その実現手段として戦争は有効なのだろうか?メルセデスの弟は救われたのか?」
 姉はマルトリッツの名を名乗る図太さがあった。弟は武勇を誇れど姉のような図太さは持ち合わせていなかった。勿論、環境の違いはある。
「一度始まれば何でもありだ。理論上は文句のある奴を全員消すことが可能になる」
 シルヴァンが誰を念頭に話しているかローレンツには予想できた。そのヒューベルトとは近いうちに帝都で直接、対決することになる。
「大人しく殺されるものか、必死で抵抗するに決まっている」
 ローレンツが反射的に言い返すとその場にいた三人が皆、大きなため息をついた。この先、何としても平和な世をもたらさねばならない。ディミトリはたった一人の家族を贄に捧げてでも平和な世をもたらすだろう。


 ドゥドゥーはディミトリの父や義母それに少女時代のエーデルガルトを知らない。ダスカーの悲劇を経て、彼らと入れ替わるようにしてフェルディアの王宮に入った。だから捕虜の供述もギルベルトの推理もすんなりと受け入れることができたがディミトリは違う。新たな事実のせいで過去が揺らぎ、せっかく固まってきた現在が崩れかねない。
 再び戻って来れるとは思っていなかったガルグ=マクの寮で、ドゥドゥーはとりあえずカミツレの花茶を淹れた。茶器を素直に受け取ったディミトリは湯気を顎に当てながら考え込んでいる。
「釣り合いが取れていない」
 ダスカーにも呪詛のため人間の内臓を要求する巫者は存在するが、それでもあのような殺戮は求めない。ディミトリの義母を利用して大量の死を捧げたものたちは一体、何を求め、何を得たのか。ダスカーの悲劇で大切な誰かを失ったものたちはしょっちゅう、その問いに囚われてしまう。
「そう考えてしまうのは俺が酷薄な人間だからだろうか」
 握りしめて卵の殻のように割ってしまう前にディミトリはそっと茶器を卓の上に置いた。五年間寮に放置されたにも関わらず、無事であった茶器はまだ幸運に恵まれているようだ。
「それは違います。少なくとも俺にとっては違います」
 離れ離れになっている間、ギルベルトが何を目印としてディミトリを探していたのかドゥドゥーは知っている。損壊された亡骸を見つけるたびにどんな気持ちになったのだろう。絶望と喜びに耐えた甲斐はあった、と言うためにも帝都でエーデルガルトたちと決着をつけねばならない。
「今から善行を積んだところで帳消しにならないのは分かっている」
 幼い頃の自分はディミトリに取り憑いた悪霊を祓うことに失敗した。
「それでも積み重ねていきましょう。俺がお手伝いします」
 彼の肉体が犯した罪は生涯、本人と他人を苛むだろう。だがそれでも長い旅を経てあの時、災禍の中でドゥドゥーを助けてくれたあの高貴な魂が本来の場所に戻ってきた。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.22」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───ダスカーでは魂は微細で軽いが実質を伴ったものである、と信じられている。巫者以外に姿を見ることができず、ほとんど重さを持たず枯葉の上を歩いても音を立てることはない。このような魂にとって一番恐ろしいのは悪霊や祖霊に捕らえられることだ。巫者はそのようにして行方不明となった魂を発見し、本来の身体に戻す。何年も見つからない場合もあり、ある巫者によると九年間かかった例もあるという───

 ゴーティエ家にはスレン人の人質を預かっていた時期がある。シルヴァンは彼から憑き物が落ちたような、という言い回しを教えてもらった。
 今のディミトリはまさに憑き物が落ちたような顔をしている。あの時ディミトリを庇ったロドリグは命を落とすつもりはなく、これまで通り狂気に囚われたディミトリを守り続けるつもりだったろう。だがシルヴァンはロドリグが死ななければディミトリは正気を取り戻せなかったような気がしている。フェリクスやイングリットのことを思うと絶対に口外出来ないが。
 ダスカーの悲劇以降、ディミトリはずっと死者のために生きていた。ドゥドゥーと離れ離れになって拍車がかかったのだろう。仇討ちをせよ、と強請る死者の声に突き動かされて全てを決めていた。ロドリグも愛おしい死者の一員となったが、彼だけは一貫して王都奪還しか願っていない。ディミトリは妄想の世界に逃げ込めなくなったのだ。
 自分が現実を蔑ろにしたせいでフェリクスは父親を失った件に打ちひしがれたディミトリはグロンダーズからガルグ=マクに一度兵を引き、フェルディアへ進軍するための準備をしている。主に動いているのはグロンダーズに出撃しなかった他国出身のものたちだ。シルヴァンはあの総力戦で選り好みをするベレトに内心では反発していたが、今となっては正しかったと認めている。組織にはいつでも必ず活力に満ちた人材が必要だ。誰かが倒れた時に補ってもらえる。
「ローレンツ、少し休憩するべきだ」
「心配をかけてすまないね、フェルディナントくん」
 例外はアラドヴァルや天帝の覇剣を相手に大立ち回りを演じて命を落としかけたローレンツだった。メルセデスたちが必死に治療したおかげで一命は取り留めているがやはりまだ本調子ではない。
「よう、転向者ども!進捗を確かめに来たぜ」
 フェルディナントとローレンツはシルヴァンの下手な冗談を聞いて笑った。
「気が済むまで検分するといい」
 戦争は未だ終わる気配を見せないし問題は山積みだが、こうして三人で笑い合えるなら───今日はもしかして良い日なのではないだろうか。


 ローレンツはごくわずかな期間だけフェルディアにいたことがある。あの時、すでに生じていた綻びは後にファーガス神聖王国を真っ二つに割った。ディミトリが王都奪還に成功すればそんな日々がようやく終わりを告げる。遺恨は残りいがみ合いはまだ続くとしても命を奪い合うような激しさは失せるはずだ。
 これまでの経緯に戸惑っていた兵も将もどことなく安心している。確かに大司教レア奪還のため帝国に侵攻するより奪われた王都フェルディアを取り戻す方が納得しやすい。
 軍が北上するのに合わせて民衆が蜂起するのも納得なほど国土は荒廃しきっていた。ファーガス西部が本拠地である公国派の貴族たちは王都近辺に思い入れがない。自領の民と同じようには扱わず、搾取した結果が大量の見たこともないほど大きな魔道兵器だ。維持費は途方もなく高いだろう。
「魔力の供給装置を破壊するように!」
 ベレトの指示通り、ローレンツは手綱を取り街中を駆け回った。いつまで彼らと行動を共にするのかは不明だが、こういう地味な役割を果たすことによって信頼を勝ち取るしかない。街のあちこちで黒魔法の炸裂する音がして、誰かの血が石畳の目を染めながら下水道へ流れ込んでいく。ディミトリたちはグロンダーズでエーデルガルトの元へ向かった時のように敵将コルネリアの元へ直進している。敵兵といえどもディミトリたちにとっては同胞であることに変わりはない。争いが長引けば長引くほど命を落とす同胞が増えるのなら、敵の頭はなるべく早く潰すべきだ。
 コルネリアはフェルディアの下水道を整備し、流行病を終息に導いたのでかつては聖女と讃えられていた、と聞く。ガルグ=マクでトマシュやモニカの身分や顔を盗んだものたちはきっと王家からの信頼目当てに彼女の身分や顔を盗んだのだ。おそらく、ねえやの恋人も同じ目に遭っている。
 彼をきっかけとして連中はレスターに恐ろしい災いをもたらす予定だった。現にゴドフロア卿一家の件でグロスタール家はあらぬ疑いをかけられている。現れただけでその企みを阻止したのがクロードだった。


 王都奪還に沸く人々をツィリルがどこか他人事のように眺めている。皆、口々に新王としてのディミトリと女神を讃えていた。教会に祝福されたという国の成り立ちを思い起こさせる。ツィリルはパルミラ人でレアを尊敬しているが敬虔なセイロス教徒というわけでもないので腑に落ちないようだった。
「フェルディアまで付き合うことはなかったと思うが」
「それを言ったらこっちに付き合ったグロンダーズこそ、王国の人たちには意味がなかったでしょ」
 セイロス騎士団にも王国軍にも平等に遠慮がない物言いにドゥドゥーは苦笑した。確かに辛うじて勝利をおさめたが、あのままアンヴァルに向かっていたら今頃は敵地で孤立していただろう。セイロス騎士団はディミトリが正気でないことを利用した。だがドゥドゥーはツィリルがわかっているならそれで良い、とすら思ってしまう。
「ツィリル……俺に心を許しすぎではないだろうか」
 王宮の一番大きな露台の中央にはディミトリがいる。片隅ではダスカー人のドゥドゥーとパルミラ人のツィリルがフォドラ語で話し合っていた。どんな悲劇に見舞われようと暮らしを積み重ねていけばそこには考えもしなかった出会いがある。
「今日は皆、ディミトリしか見てないでしょ」
 ツィリルの言う通りだった。ディミトリに熱狂する大衆たちは事情を知らない。傍にいるべき人の代わりにギュスタヴとベレトが民の前へディミトリを引っ張り出していた。この歓声がディミトリの頭にこだまする亡霊たちの声をかき消してくれたら良い。また揺り戻しがあったらこの日のことを話そう、とドゥドゥーは思った。
「そうだな。ようやく相応しい場所にお戻りになった」
 答え合わせをする時は当分先だろうがロドリグも同じ考えに違いない。彼は悪霊に囚われたディミトリの魂を解放してくれた。悪霊は感情を保留し続ける力に弱い。
 ツィリルはレアがガルグ=マクに戻ることを望んでいるせいか、ドゥドゥーの言葉を聞いて少し羨ましそうな顔をした。彼はいつでもレアを第一に考えている。その気持ちがドゥドゥーには痛いほどよく理解できた。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.21」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───ダスカーでは布で死者の人形を作る。誰もが皆死後に人形を作ってもらえるわけではない。誰の人形を作るべきか、は巫者が決める。人形の目は鉛か硝子玉で作られることが多い。これらの人形は晴れ着を着せられ供物を供えられる。(中略)有害な死者は夜に外を徘徊する。供物は供えられず、隻眼だという。動物に変身しても片目のままだ。勘の良いものは悪臭や物音で気付くがその姿は巫者以外には見えない───

 ギュスタヴとロドリグが深刻そうに話している。だがミルディン大橋が確保できたディミトリにとって瑣末なことだった。大軍がいてもディミトリがするべきことは変わらない。《そうだ、穴を穿て!》〔分かった、槍を突き刺してやる〕ディミトリにとって世界は単純だった。仇討ちに協力するものと妨害するものしか存在しない。くっきりと鮮やかな世界に死者の声が響き渡る。《他人の力など借りるな!》〔勿論、己の手でやり遂げるさ〕鼻の奥から血の匂いがした。ディミトリを守って、背中から切られたグレンが吐いた血の味を忘れてはならない。
 クロードの元へ送り出した使者はディミトリの伯父であるリュファスと同じく無惨な姿で発見された。おそらく魔獣に甚振られたのだろう。帝国か公国の仕業であることは明白だった。だがそんなことを指摘しても意味がない。
「……同盟の助けなど、端から期待していなかった。立ち塞がる者は、まとめて轢き潰すまでだ」
 斥候の報告通りクロードも帝国に向けて進軍しているならば彼らに追い付かれる前にエーデルガルトの首を捻じ切るしかない。他のものたちと違ってディミトリは霧の中でもどこへ向かえばいいのかはっきりと分かる。

 グロンダーズ平原は怒号と悲鳴で覆い尽くされた。《目玉に指を突き刺せ!》《そんな暇があるならあの騎士の足を折ってやれ!》〔あの女はどこだ?〕土は血に染まり死者たちは興奮のあまり口論をしている。《丘の向こうだ!早くあの女の首を!さあ!》ここ数年、これほど軽やかにディミトリの足が動くことはなかった。ドゥドゥーが共にある今、後ろも左右も気にかける必要がない。
 何も語らずともドゥドゥーが言いたいことは分かる。彼のためにもディミトリは本懐を遂げなくてはならない。血に染まれば染まるほどアラドヴァルも手に馴染んでいく。
「胸を抉るか、首を折るか、頭を潰すか……死に方は選ばせてやる……」
 グレンの血の味を忘れてしまうことだけが残念だった。


 ローレンツはグロスタール家の嫡子として立派に務めを果たした。グロスタール家が親帝国派筆頭といえども嫡子の身柄を王国軍に押さえられてしまっては帝国に従うことは出来ない。
「信頼とは双方が滞りなく義務を果たすことによって成立するのだ。倅はそれを理解している。盟主殿と違ってな」
 フォドラは臆病者の国、レスター諸侯同盟は欲の皮が突っ張った貴族の集まり、と言われる。実際に飛び込んでみればとんでもなく見当違いな評価だった。彼らには自分の命より大切なものがある。
「とりあえずグロスタール家が賭けに勝ったことを讃えさせてくれ」
 リーガン家とグロスタール家の和平の場で今後の方針が速やかに話し合われた。諸侯たちはディミトリの正気を疑っている。クロードは王国軍がミルディン大橋を素通りできるように取り計らってやったが何かの陽動ではなく本気だったらしい。
、確かに君主としてあるまじき行動だ。アネットたちが望んでいるとは思えない。ミルディン大橋から帝国へ進軍しようとしている王国軍にはこちらも帝国を侵攻する、と伝えたが真の目的は違う。
 無謀な作戦で王国軍が敗れた場合、帝国軍はそのまま雪崩を打って同盟領を侵攻するだろう。もう二正面作戦にはならないからだ。

 ディミトリは正気を失っていて全く会話が成立しない。大将首だけ取れば良い、というのは子供が考える屁理屈のはずだった。だが寡兵であるはずの王国軍は脇目も振らず、巨大な矢印のようにエーデルガルトへ向かって直進している。
 そのおかげで今回の作戦を手伝ってくれた学友たちを死なせずに済んだがクロード自身は傷を負った。それでも敗軍の将として整然と自軍を撤退させねばならない。飛竜の手綱を少し引いただけで胸に激痛が走った。救いがあるとすればベレトと接触できたことだろうか。彼は三つ巴となってしまった乱戦の中、同盟軍とは戦う気がなく───無謀な突撃をしているディミトリを守るため追いかけていった。
 彼の献身がディミトリに通じると良い。もし通じなかったら王国軍は近いうちに帝国という薬研の中ですり潰されてしまうだろう。


 マリアンヌは明日には船団を率いてエドマンドに戻らねばならない。その前にクロードやヒルダと話せたことは幸運だった。彼らが二人とも生き延びていることは本当に喜ばしい。
「私も行くべきだったのでしょうか?」
 デアドラにあるゴネリル家の上屋敷で、ヒルダは笑って首を横に振った。三つ巴の戦いは辛うじて王国が勝利した、と言えるのかもしれない。だが王国軍の陣地では予想外の不幸があり、どの陣営も今は本国に兵を退いた。それでも近いうちに必ず帝国は同盟領へ軍を進めるだろう、とマリアンヌの義父エドマンド辺境伯は予想している。
「優しいマリアンヌちゃんには向いてないと思うよ。勿論、私にも向いてなかった」
 ヒルダはそっとタグ上に茶器を置いた。冗談めかしているが鬼神の如き強さだった、とクロードから聞いている。治癒魔法で強引に傷を治したせいかヒルダの顔はまだ少し青い。血が足りていないのだ。茶菓子よりラファエルのように肉を食べるべきかもしれない。
「一度……ゴネリルに戻られてはいかがでしょうか?」
 誰か一人しか助けられないとしたらマリアンヌの答えは決まっていた。世間は広いのだから一人くらいそういう選択をするものがいてもいいだろう。そもそもマリアンヌはこの件に関して権限がないので単なる戯れだ。
「マリアンヌちゃん、私より私のこと大切にしてくれてありがとう」
 ローレンツと同じく、彼女も責務を果たすために命を賭けようとしている。今は王都に向かったというディミトリも最初から同じことができたはずだった。だが死に魅入られていたマリアンヌには彼を責める資格はない。消えてしまえと言う声は今も甘く誘ってくる。だがそれは真の献身ではない。
「申し訳ありません。クロードさんに頼まれた物資は必ず、期限までにデアドラに届けますので」
「うん、頼りにしてるね!それとあんまり思い詰めないで欲しいな。上手く言えないけど私今、すごく楽しいの」
 これから再び死地に赴く友人がこちらを気遣っている。その思いやりに応えるためマリアンヌは無理やり笑顔を作り、デアドラ港に戻った。グロンダーズでは読みを外したクロードだが、今回は当てるかもしれない。それにまだ自分にはヒルダのためにできることがある。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.20」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───スレンでは亡骸を野晒しにするがただ放置するわけではない。悪霊になることがないように祈祷が捧げられ、生まれた時間や土地によって頭の向きが決まる。亡骸の周りには祭具を設置され、犬が亡骸に口をつけなければそれは生前、罪を犯した証だと言う。(中略)ダスカーではセイロス教に影響を受けていない地方と受けた地方では埋葬方法にかなり大きな違いがある。野晒しにして自然に任せるか墓を作り───

 丁寧に情と理を持って諭すロドリグの言葉ですらディミトリには届かなかった。あっという間に準備は終わり、シルヴァンたちは死人のためにミルディン大橋を攻め落とそうとしている。いずれ帝国と雌雄を決する日はやってくるだろう。だが本当にそれは今なのだろうか。
 与えられた責務に忠実ではあるもののフェリクスの機嫌は最高に悪い。死者のために動くディミトリもディミトリの行動を許容する父も許せないのだ。それでも王国派としてシルヴァンたちはディミトリに従わざるを得ない。彼の復讐心に大義名分を与えてしまったセイロス騎士団を排除したくとも戦力不足のいまそんなことは不可能だった。
 五年前の約束を覚えていたものの中には帝国出身者もいる。ディミトリと親しかったシルヴァンやフェリクスですら現状に納得出来ないのだ。彼らからすれば理解不能だろう。
「先生とも話したが……エーギル領からであれば多少は楽に侵入できると思う。だが要地ではないからな」
 シルヴァンと馬首を並べるフェルディナントは宰相であった父の失脚後、ひどく苦労したが思考に歪みはない。
「俺が言えた話じゃないが、見限らないでやって欲しい」
「……失言では?」
 フェルディナントがそう言って苦笑したのでシルヴァンは手で口を押さえた。単純な不満とも取れるし一度エーデルガルトを見限ったのだから二回目はもっと簡単だろう、とも取れる。ただでさえ立場の弱い彼相手にして良い発言ではなかった。
「忘れてくれ。今この場で言うべきじゃあなかった」
 シルヴァンたちの前にはガルグ=マク修道院と並んでフォドラ建築の粋、と称されるミルディン大橋がある。大軍の通過に耐えうる橋を守るため帝国軍は守りを固めていた。グロスタール家の軍旗は今のところ見当たらない。
 クロードの陽動作戦が上手くいっている証だがシルヴァンはひどく不安だった。ゴーティエ家がそうしたように父は本来の責務を果たし、息子が未来に向けた責務を果たすならローレンツがいつ、ここに現れても不思議ではない。その時ディミトリに逆らえるものがこの軍にいるのだろうか。
 

 ここ五年の間、意図的に演出されたグロスタール家とリーガン家の不和では死者も出ている。これらは全て帝国の侵攻さえなければ失われなかった命だ。戦禍を避けるため、帝国の介入を避けるため、人の身でありながら誰の命が失われ、誰の命が助かるのかに介入する。コーデリア領や王国の惨状を知っている領主たちはそんな風にこの五年間も過ごした。
 だからこそローレンツもエルヴィンも矢面に立たねばならない。不幸にも失われてしまった命に対して誠実でなくては今後、平民たちに対してどんな顔をして命令を下せば良いのだろう。
「クロードと対峙するのは、奴と立場が対等な父上でなくてはなりません」
 そうでなければ最終的に帝国が勝った場合、申し開きすらできない。帝国が負けた場合も嫡子である自分の死を理由にすれば速やかにリーガン家と手打ちが出来るだろう。支離滅裂な行動をしている王国相手でも父とクロードなら同盟の領地と領民を守り切るはずだ。
「武運を祈る。だが開戦と同時に到着している必要はない」
 平民たちの命を預かる領主が嫡子にかける言葉としてはかなり際どい。だが父の言葉には個人的な愛が滲んでいた。───だからこそローレンツは父や領民のため、同盟のために命を賭けられることに喜びを感じる。

 エドギアを出発したローレンツがミルディン北西の砦に到着した後も戦闘はまだ続いていた。王国軍は大橋を落とし、セイロス騎士団の要請通りアンヴァルに攻め込んだとしてもその途中にはメリセウス要塞がある。王政派諸侯は公国に対抗しつつ、ガルグ=マクを経由して帝国内に入り込んだ部隊へ物資を届けねばならない。
王国軍は先のことを何一つ考えていないにも関わらず、彼らの動きは統率が取れている。ローレンツはその答えを戦場に見た。今も行方が分からない大司教レアが後継者として名指ししたベレトがいる。
「あれは先生か……?なぜこんな無謀な戦いを……!」
 何度も奇跡をおこしたベレトを相手に己の命を賭けたローレンツは賭けに負けたが、とりあえず命は落とさずに済んだ。


 王都フェルディアには皆が想像するよりはるかにダスカー人が多い。滅亡させたいと願うものたちもいたが学生時代のディミトリとベレトがその企みを阻止した。生き延びた彼らは再起を図るとしてもまず暮らしていかねばならない。
 ダスカー地方を支配する公国から使い捨ての労働力として王都に呼び寄せられたダスカー人の生活環境は劣悪で逃げ出すものはかなり多い。そんな彼らは自然と下水道に潜り込んだ。
 ここなら寒さも凌げるし警邏のものたちも好んで探索しようとしない。瀕死のドゥドゥーを匿ってくれたのはそんな同胞だった。苦しい暮らしぶりの彼らは何故ドゥドゥーに手を匿うのだろう。
「祖霊がそうしろって」
 微かな洋燈の灯に照らされて、ドゥドゥーの看病をしている少女は言った。
「巫者がいるのか?」
「実は私なの。ダスカーにいた頃から色んな声が聞こえてたのに無視してたら悪いことが沢山おきて……」
「お前のせいではない。それに兆しを与えられた頃はまだ幼かったのだろう?」
 候補者が巫者になると言う運命に抗うと祖霊は怒り狂って罰を下す。家族や友人に害をなし、時には命を奪うことがある。彼女の不幸はダスカーの悲劇のせいだがそう捉えないことにしたのだろう。
「ありがとう。本当に私のせいじゃないと良いな……。それとドゥドゥーの譫言がうるさかったからもう一つお告げをもらったの。聞きたい?」
 ドゥドゥーは頷いた。ディミトリに関して口外してはならぬことを無意識のうちに口走っていたのかもしれない。
「勿論だ」
「悪霊に奪われる前に砕け散った主人の魂を探せ」
 どうとでも解釈出来るようなぼやけた言葉だ。それにドゥドゥーは巫者ではないから魂に触れて拾い集めることなど出来るはずもない。だがセイロス教の教えよりはるかに縋りやすかった。
 ドゥドゥーはそんな不確かな言葉に導かれ───とうとうミルディン大橋に辿り着いてしまった。本来なら王都フェルディアを奪還するべきなのに、悪霊に取り憑かれたディミトリはエーデルガルトの首を捩じ切ろうとしている。畳む