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雑多です。
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.22」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───ダスカーでは魂は微細で軽いが実質を伴ったものである、と信じられている。巫者以外に姿を見ることができず、ほとんど重さを持たず枯葉の上を歩いても音を立てることはない。このような魂にとって一番恐ろしいのは悪霊や祖霊に捕らえられることだ。巫者はそのようにして行方不明となった魂を発見し、本来の身体に戻す。何年も見つからない場合もあり、ある巫者によると九年間かかった例もあるという───

 ゴーティエ家にはスレン人の人質を預かっていた時期がある。シルヴァンは彼から憑き物が落ちたような、という言い回しを教えてもらった。
 今のディミトリはまさに憑き物が落ちたような顔をしている。あの時ディミトリを庇ったロドリグは命を落とすつもりはなく、これまで通り狂気に囚われたディミトリを守り続けるつもりだったろう。だがシルヴァンはロドリグが死ななければディミトリは正気を取り戻せなかったような気がしている。フェリクスやイングリットのことを思うと絶対に口外出来ないが。
 ダスカーの悲劇以降、ディミトリはずっと死者のために生きていた。ドゥドゥーと離れ離れになって拍車がかかったのだろう。仇討ちをせよ、と強請る死者の声に突き動かされて全てを決めていた。ロドリグも愛おしい死者の一員となったが、彼だけは一貫して王都奪還しか願っていない。ディミトリは妄想の世界に逃げ込めなくなったのだ。
 自分が現実を蔑ろにしたせいでフェリクスは父親を失った件に打ちひしがれたディミトリはグロンダーズからガルグ=マクに一度兵を引き、フェルディアへ進軍するための準備をしている。主に動いているのはグロンダーズに出撃しなかった他国出身のものたちだ。シルヴァンはあの総力戦で選り好みをするベレトに内心では反発していたが、今となっては正しかったと認めている。組織にはいつでも必ず活力に満ちた人材が必要だ。誰かが倒れた時に補ってもらえる。
「ローレンツ、少し休憩するべきだ」
「心配をかけてすまないね、フェルディナントくん」
 例外はアラドヴァルや天帝の覇剣を相手に大立ち回りを演じて命を落としかけたローレンツだった。メルセデスたちが必死に治療したおかげで一命は取り留めているがやはりまだ本調子ではない。
「よう、転向者ども!進捗を確かめに来たぜ」
 フェルディナントとローレンツはシルヴァンの下手な冗談を聞いて笑った。
「気が済むまで検分するといい」
 戦争は未だ終わる気配を見せないし問題は山積みだが、こうして三人で笑い合えるなら───今日はもしかして良い日なのではないだろうか。


 ローレンツはごくわずかな期間だけフェルディアにいたことがある。あの時、すでに生じていた綻びは後にファーガス神聖王国を真っ二つに割った。ディミトリが王都奪還に成功すればそんな日々がようやく終わりを告げる。遺恨は残りいがみ合いはまだ続くとしても命を奪い合うような激しさは失せるはずだ。
 これまでの経緯に戸惑っていた兵も将もどことなく安心している。確かに大司教レア奪還のため帝国に侵攻するより奪われた王都フェルディアを取り戻す方が納得しやすい。
 軍が北上するのに合わせて民衆が蜂起するのも納得なほど国土は荒廃しきっていた。ファーガス西部が本拠地である公国派の貴族たちは王都近辺に思い入れがない。自領の民と同じようには扱わず、搾取した結果が大量の見たこともないほど大きな魔道兵器だ。維持費は途方もなく高いだろう。
「魔力の供給装置を破壊するように!」
 ベレトの指示通り、ローレンツは手綱を取り街中を駆け回った。いつまで彼らと行動を共にするのかは不明だが、こういう地味な役割を果たすことによって信頼を勝ち取るしかない。街のあちこちで黒魔法の炸裂する音がして、誰かの血が石畳の目を染めながら下水道へ流れ込んでいく。ディミトリたちはグロンダーズでエーデルガルトの元へ向かった時のように敵将コルネリアの元へ直進している。敵兵といえどもディミトリたちにとっては同胞であることに変わりはない。争いが長引けば長引くほど命を落とす同胞が増えるのなら、敵の頭はなるべく早く潰すべきだ。
 コルネリアはフェルディアの下水道を整備し、流行病を終息に導いたのでかつては聖女と讃えられていた、と聞く。ガルグ=マクでトマシュやモニカの身分や顔を盗んだものたちはきっと王家からの信頼目当てに彼女の身分や顔を盗んだのだ。おそらく、ねえやの恋人も同じ目に遭っている。
 彼をきっかけとして連中はレスターに恐ろしい災いをもたらす予定だった。現にゴドフロア卿一家の件でグロスタール家はあらぬ疑いをかけられている。現れただけでその企みを阻止したのがクロードだった。


 王都奪還に沸く人々をツィリルがどこか他人事のように眺めている。皆、口々に新王としてのディミトリと女神を讃えていた。教会に祝福されたという国の成り立ちを思い起こさせる。ツィリルはパルミラ人でレアを尊敬しているが敬虔なセイロス教徒というわけでもないので腑に落ちないようだった。
「フェルディアまで付き合うことはなかったと思うが」
「それを言ったらこっちに付き合ったグロンダーズこそ、王国の人たちには意味がなかったでしょ」
 セイロス騎士団にも王国軍にも平等に遠慮がない物言いにドゥドゥーは苦笑した。確かに辛うじて勝利をおさめたが、あのままアンヴァルに向かっていたら今頃は敵地で孤立していただろう。セイロス騎士団はディミトリが正気でないことを利用した。だがドゥドゥーはツィリルがわかっているならそれで良い、とすら思ってしまう。
「ツィリル……俺に心を許しすぎではないだろうか」
 王宮の一番大きな露台の中央にはディミトリがいる。片隅ではダスカー人のドゥドゥーとパルミラ人のツィリルがフォドラ語で話し合っていた。どんな悲劇に見舞われようと暮らしを積み重ねていけばそこには考えもしなかった出会いがある。
「今日は皆、ディミトリしか見てないでしょ」
 ツィリルの言う通りだった。ディミトリに熱狂する大衆たちは事情を知らない。傍にいるべき人の代わりにギュスタヴとベレトが民の前へディミトリを引っ張り出していた。この歓声がディミトリの頭にこだまする亡霊たちの声をかき消してくれたら良い。また揺り戻しがあったらこの日のことを話そう、とドゥドゥーは思った。
「そうだな。ようやく相応しい場所にお戻りになった」
 答え合わせをする時は当分先だろうがロドリグも同じ考えに違いない。彼は悪霊に囚われたディミトリの魂を解放してくれた。悪霊は感情を保留し続ける力に弱い。
 ツィリルはレアがガルグ=マクに戻ることを望んでいるせいか、ドゥドゥーの言葉を聞いて少し羨ましそうな顔をした。彼はいつでもレアを第一に考えている。その気持ちがドゥドゥーには痛いほどよく理解できた。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.21」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───ダスカーでは布で死者の人形を作る。誰もが皆死後に人形を作ってもらえるわけではない。誰の人形を作るべきか、は巫者が決める。人形の目は鉛か硝子玉で作られることが多い。これらの人形は晴れ着を着せられ供物を供えられる。(中略)有害な死者は夜に外を徘徊する。供物は供えられず、隻眼だという。動物に変身しても片目のままだ。勘の良いものは悪臭や物音で気付くがその姿は巫者以外には見えない───

 ギュスタヴとロドリグが深刻そうに話している。だがミルディン大橋が確保できたディミトリにとって瑣末なことだった。大軍がいてもディミトリがするべきことは変わらない。《そうだ、穴を穿て!》〔分かった、槍を突き刺してやる〕ディミトリにとって世界は単純だった。仇討ちに協力するものと妨害するものしか存在しない。くっきりと鮮やかな世界に死者の声が響き渡る。《他人の力など借りるな!》〔勿論、己の手でやり遂げるさ〕鼻の奥から血の匂いがした。ディミトリを守って、背中から切られたグレンが吐いた血の味を忘れてはならない。
 クロードの元へ送り出した使者はディミトリの伯父であるリュファスと同じく無惨な姿で発見された。おそらく魔獣に甚振られたのだろう。帝国か公国の仕業であることは明白だった。だがそんなことを指摘しても意味がない。
「……同盟の助けなど、端から期待していなかった。立ち塞がる者は、まとめて轢き潰すまでだ」
 斥候の報告通りクロードも帝国に向けて進軍しているならば彼らに追い付かれる前にエーデルガルトの首を捻じ切るしかない。他のものたちと違ってディミトリは霧の中でもどこへ向かえばいいのかはっきりと分かる。

 グロンダーズ平原は怒号と悲鳴で覆い尽くされた。《目玉に指を突き刺せ!》《そんな暇があるならあの騎士の足を折ってやれ!》〔あの女はどこだ?〕土は血に染まり死者たちは興奮のあまり口論をしている。《丘の向こうだ!早くあの女の首を!さあ!》ここ数年、これほど軽やかにディミトリの足が動くことはなかった。ドゥドゥーが共にある今、後ろも左右も気にかける必要がない。
 何も語らずともドゥドゥーが言いたいことは分かる。彼のためにもディミトリは本懐を遂げなくてはならない。血に染まれば染まるほどアラドヴァルも手に馴染んでいく。
「胸を抉るか、首を折るか、頭を潰すか……死に方は選ばせてやる……」
 グレンの血の味を忘れてしまうことだけが残念だった。


 ローレンツはグロスタール家の嫡子として立派に務めを果たした。グロスタール家が親帝国派筆頭といえども嫡子の身柄を王国軍に押さえられてしまっては帝国に従うことは出来ない。
「信頼とは双方が滞りなく義務を果たすことによって成立するのだ。倅はそれを理解している。盟主殿と違ってな」
 フォドラは臆病者の国、レスター諸侯同盟は欲の皮が突っ張った貴族の集まり、と言われる。実際に飛び込んでみればとんでもなく見当違いな評価だった。彼らには自分の命より大切なものがある。
「とりあえずグロスタール家が賭けに勝ったことを讃えさせてくれ」
 リーガン家とグロスタール家の和平の場で今後の方針が速やかに話し合われた。諸侯たちはディミトリの正気を疑っている。クロードは王国軍がミルディン大橋を素通りできるように取り計らってやったが何かの陽動ではなく本気だったらしい。
、確かに君主としてあるまじき行動だ。アネットたちが望んでいるとは思えない。ミルディン大橋から帝国へ進軍しようとしている王国軍にはこちらも帝国を侵攻する、と伝えたが真の目的は違う。
 無謀な作戦で王国軍が敗れた場合、帝国軍はそのまま雪崩を打って同盟領を侵攻するだろう。もう二正面作戦にはならないからだ。

 ディミトリは正気を失っていて全く会話が成立しない。大将首だけ取れば良い、というのは子供が考える屁理屈のはずだった。だが寡兵であるはずの王国軍は脇目も振らず、巨大な矢印のようにエーデルガルトへ向かって直進している。
 そのおかげで今回の作戦を手伝ってくれた学友たちを死なせずに済んだがクロード自身は傷を負った。それでも敗軍の将として整然と自軍を撤退させねばならない。飛竜の手綱を少し引いただけで胸に激痛が走った。救いがあるとすればベレトと接触できたことだろうか。彼は三つ巴となってしまった乱戦の中、同盟軍とは戦う気がなく───無謀な突撃をしているディミトリを守るため追いかけていった。
 彼の献身がディミトリに通じると良い。もし通じなかったら王国軍は近いうちに帝国という薬研の中ですり潰されてしまうだろう。


 マリアンヌは明日には船団を率いてエドマンドに戻らねばならない。その前にクロードやヒルダと話せたことは幸運だった。彼らが二人とも生き延びていることは本当に喜ばしい。
「私も行くべきだったのでしょうか?」
 デアドラにあるゴネリル家の上屋敷で、ヒルダは笑って首を横に振った。三つ巴の戦いは辛うじて王国が勝利した、と言えるのかもしれない。だが王国軍の陣地では予想外の不幸があり、どの陣営も今は本国に兵を退いた。それでも近いうちに必ず帝国は同盟領へ軍を進めるだろう、とマリアンヌの義父エドマンド辺境伯は予想している。
「優しいマリアンヌちゃんには向いてないと思うよ。勿論、私にも向いてなかった」
 ヒルダはそっとタグ上に茶器を置いた。冗談めかしているが鬼神の如き強さだった、とクロードから聞いている。治癒魔法で強引に傷を治したせいかヒルダの顔はまだ少し青い。血が足りていないのだ。茶菓子よりラファエルのように肉を食べるべきかもしれない。
「一度……ゴネリルに戻られてはいかがでしょうか?」
 誰か一人しか助けられないとしたらマリアンヌの答えは決まっていた。世間は広いのだから一人くらいそういう選択をするものがいてもいいだろう。そもそもマリアンヌはこの件に関して権限がないので単なる戯れだ。
「マリアンヌちゃん、私より私のこと大切にしてくれてありがとう」
 ローレンツと同じく、彼女も責務を果たすために命を賭けようとしている。今は王都に向かったというディミトリも最初から同じことができたはずだった。だが死に魅入られていたマリアンヌには彼を責める資格はない。消えてしまえと言う声は今も甘く誘ってくる。だがそれは真の献身ではない。
「申し訳ありません。クロードさんに頼まれた物資は必ず、期限までにデアドラに届けますので」
「うん、頼りにしてるね!それとあんまり思い詰めないで欲しいな。上手く言えないけど私今、すごく楽しいの」
 これから再び死地に赴く友人がこちらを気遣っている。その思いやりに応えるためマリアンヌは無理やり笑顔を作り、デアドラ港に戻った。グロンダーズでは読みを外したクロードだが、今回は当てるかもしれない。それにまだ自分にはヒルダのためにできることがある。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.20」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───スレンでは亡骸を野晒しにするがただ放置するわけではない。悪霊になることがないように祈祷が捧げられ、生まれた時間や土地によって頭の向きが決まる。亡骸の周りには祭具を設置され、犬が亡骸に口をつけなければそれは生前、罪を犯した証だと言う。(中略)ダスカーではセイロス教に影響を受けていない地方と受けた地方では埋葬方法にかなり大きな違いがある。野晒しにして自然に任せるか墓を作り───

 丁寧に情と理を持って諭すロドリグの言葉ですらディミトリには届かなかった。あっという間に準備は終わり、シルヴァンたちは死人のためにミルディン大橋を攻め落とそうとしている。いずれ帝国と雌雄を決する日はやってくるだろう。だが本当にそれは今なのだろうか。
 与えられた責務に忠実ではあるもののフェリクスの機嫌は最高に悪い。死者のために動くディミトリもディミトリの行動を許容する父も許せないのだ。それでも王国派としてシルヴァンたちはディミトリに従わざるを得ない。彼の復讐心に大義名分を与えてしまったセイロス騎士団を排除したくとも戦力不足のいまそんなことは不可能だった。
 五年前の約束を覚えていたものの中には帝国出身者もいる。ディミトリと親しかったシルヴァンやフェリクスですら現状に納得出来ないのだ。彼らからすれば理解不能だろう。
「先生とも話したが……エーギル領からであれば多少は楽に侵入できると思う。だが要地ではないからな」
 シルヴァンと馬首を並べるフェルディナントは宰相であった父の失脚後、ひどく苦労したが思考に歪みはない。
「俺が言えた話じゃないが、見限らないでやって欲しい」
「……失言では?」
 フェルディナントがそう言って苦笑したのでシルヴァンは手で口を押さえた。単純な不満とも取れるし一度エーデルガルトを見限ったのだから二回目はもっと簡単だろう、とも取れる。ただでさえ立場の弱い彼相手にして良い発言ではなかった。
「忘れてくれ。今この場で言うべきじゃあなかった」
 シルヴァンたちの前にはガルグ=マク修道院と並んでフォドラ建築の粋、と称されるミルディン大橋がある。大軍の通過に耐えうる橋を守るため帝国軍は守りを固めていた。グロスタール家の軍旗は今のところ見当たらない。
 クロードの陽動作戦が上手くいっている証だがシルヴァンはひどく不安だった。ゴーティエ家がそうしたように父は本来の責務を果たし、息子が未来に向けた責務を果たすならローレンツがいつ、ここに現れても不思議ではない。その時ディミトリに逆らえるものがこの軍にいるのだろうか。
 

 ここ五年の間、意図的に演出されたグロスタール家とリーガン家の不和では死者も出ている。これらは全て帝国の侵攻さえなければ失われなかった命だ。戦禍を避けるため、帝国の介入を避けるため、人の身でありながら誰の命が失われ、誰の命が助かるのかに介入する。コーデリア領や王国の惨状を知っている領主たちはそんな風にこの五年間も過ごした。
 だからこそローレンツもエルヴィンも矢面に立たねばならない。不幸にも失われてしまった命に対して誠実でなくては今後、平民たちに対してどんな顔をして命令を下せば良いのだろう。
「クロードと対峙するのは、奴と立場が対等な父上でなくてはなりません」
 そうでなければ最終的に帝国が勝った場合、申し開きすらできない。帝国が負けた場合も嫡子である自分の死を理由にすれば速やかにリーガン家と手打ちが出来るだろう。支離滅裂な行動をしている王国相手でも父とクロードなら同盟の領地と領民を守り切るはずだ。
「武運を祈る。だが開戦と同時に到着している必要はない」
 平民たちの命を預かる領主が嫡子にかける言葉としてはかなり際どい。だが父の言葉には個人的な愛が滲んでいた。───だからこそローレンツは父や領民のため、同盟のために命を賭けられることに喜びを感じる。

 エドギアを出発したローレンツがミルディン北西の砦に到着した後も戦闘はまだ続いていた。王国軍は大橋を落とし、セイロス騎士団の要請通りアンヴァルに攻め込んだとしてもその途中にはメリセウス要塞がある。王政派諸侯は公国に対抗しつつ、ガルグ=マクを経由して帝国内に入り込んだ部隊へ物資を届けねばならない。
王国軍は先のことを何一つ考えていないにも関わらず、彼らの動きは統率が取れている。ローレンツはその答えを戦場に見た。今も行方が分からない大司教レアが後継者として名指ししたベレトがいる。
「あれは先生か……?なぜこんな無謀な戦いを……!」
 何度も奇跡をおこしたベレトを相手に己の命を賭けたローレンツは賭けに負けたが、とりあえず命は落とさずに済んだ。


 王都フェルディアには皆が想像するよりはるかにダスカー人が多い。滅亡させたいと願うものたちもいたが学生時代のディミトリとベレトがその企みを阻止した。生き延びた彼らは再起を図るとしてもまず暮らしていかねばならない。
 ダスカー地方を支配する公国から使い捨ての労働力として王都に呼び寄せられたダスカー人の生活環境は劣悪で逃げ出すものはかなり多い。そんな彼らは自然と下水道に潜り込んだ。
 ここなら寒さも凌げるし警邏のものたちも好んで探索しようとしない。瀕死のドゥドゥーを匿ってくれたのはそんな同胞だった。苦しい暮らしぶりの彼らは何故ドゥドゥーに手を匿うのだろう。
「祖霊がそうしろって」
 微かな洋燈の灯に照らされて、ドゥドゥーの看病をしている少女は言った。
「巫者がいるのか?」
「実は私なの。ダスカーにいた頃から色んな声が聞こえてたのに無視してたら悪いことが沢山おきて……」
「お前のせいではない。それに兆しを与えられた頃はまだ幼かったのだろう?」
 候補者が巫者になると言う運命に抗うと祖霊は怒り狂って罰を下す。家族や友人に害をなし、時には命を奪うことがある。彼女の不幸はダスカーの悲劇のせいだがそう捉えないことにしたのだろう。
「ありがとう。本当に私のせいじゃないと良いな……。それとドゥドゥーの譫言がうるさかったからもう一つお告げをもらったの。聞きたい?」
 ドゥドゥーは頷いた。ディミトリに関して口外してはならぬことを無意識のうちに口走っていたのかもしれない。
「勿論だ」
「悪霊に奪われる前に砕け散った主人の魂を探せ」
 どうとでも解釈出来るようなぼやけた言葉だ。それにドゥドゥーは巫者ではないから魂に触れて拾い集めることなど出来るはずもない。だがセイロス教の教えよりはるかに縋りやすかった。
 ドゥドゥーはそんな不確かな言葉に導かれ───とうとうミルディン大橋に辿り着いてしまった。本来なら王都フェルディアを奪還するべきなのに、悪霊に取り憑かれたディミトリはエーデルガルトの首を捩じ切ろうとしている。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.19」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───ダスカーやスレンにおける死後の世界は地上と似通っている。死者は皆、地上と同じような生活を送る。ダスカーでは死後の暮らしに困らぬように家財や仕事道具など生活必需品の絵を描いて亡骸と共に燃やし、スレンでは亡骸と個人が使っていた食器や服と共に埋葬する。(中略)死後の世界の王が補佐役にするため優れたものほど早死にするのだという。彼らは死後の世界でも地上にいた頃と同じように活躍する───

 アリルにまつわる伝説はセイロス教の聖典には載っていない。だが人々の口を膾炙して今も伝わっている。ギルベルト、いや、ギュスタヴは罪を贖いたいと思っているようだ。《無責任な男だ!過去は消えない!》罪が帳消しにされることなどあってはならない。もし女神にそんな能力があるとしたら、エーデルガルトの罪も消せると言うことだ。《知ったことか、あの女の首を、城門に晒せ》ディミトリは己の罪が帳消しになるくらいならエーデルガルトの首と共に地獄へ行く。
 歩みを進めるたびに愛した人々の仇に近付いていけるのなら、煉獄の谷もディミトリにとってそう悪いところではない。息をする度に熱が身体に入り込んでくる。右目のように鼻の奥や喉が失われていないことが驚きだった。《そうだ、お前には首を捩じ切る腕もある!首を、あの女の首を》頭の中が、世界が亡者の声で満たされていく。
 ディミトリは彼らの中に溶けてしまいたいのにそれは許されない。だからメルセデスとギュスタヴ、いや、ギルベルトの声が耳に届いた。崖の上に殺すべき敵が潜んでいる。あの時、躊躇せず先に彼らを殺してしまえば父かグレンどちらか一人だけでも助けられたかもしれない。それが炎でも帳消しにできないディミトリの罪だ。
「……判断も何もない。殺しに行く手間が省けただけだ」
 ローべ伯の忠実な部下グェンダルが目の前にいる。ディミトリは先ず父やグレンにエーデルガルトの首を捧げねばならず、裏切り者を罰するのはその後だと思っていた。だがその機会に恵まれたことが嬉しい。ディミトリはイングリットを狙うスナイパーに向けて手槍を構えた。〔大丈夫だ、グレン〕
 罪を焼く炎は命ごと焼くらしい。ディミトリの手槍から逃れようとしたグェンダルの兵は罪を炎に浄化されて死んだ。《熱い、痛い、苦しい、こんなところは嫌だ》黒焦げになった兵がディミトリに話しかけてくる。〔お前の将であるグェンダルはここがお気に入りのようだぞ〕だが、確かに足の裏が熱いような気がしたのでディミトリは彼の亡骸を踏みつけてロドリグの元へ向かった。


 クロードはその力の及ぶ限り、密偵を放っている。ガルグ=マクもその一つだ。自分がエーデルガルトならあそこは絶対に手放さない。どの国にも行きやすく───何よりもアビスがある。学生時代に探索しきれなかったことが未だに悔しい。
 そのガルグ=マクをセイロス騎士団が奪還した件で円卓会議は日を跨ぐことになった。エドマンド辺境伯によるとフェリクスの実家、フラルダリウス家が兵を動かしているらしい。特に信心深い印象を持たない彼がセイロス騎士団に便宜を図る理由とは何か。
 ディミトリらしき人物が辺りを彷徨いていたと言う話もある。帝国の兵士を卵の殻を割るように殺害できる人物は他に存在しない。膂力は何よりも彼の証明となる。ついに膠着していた事態が動き始めるのかもしれない。それが同盟にとって好ましいものであるよう働きかけるのみだ。
 円卓会議はその方針を決定する。そして円卓会議には参加する諸侯はまともに判断を下すため参加日には必ず休息と食事をとること、という規則がある。祖父からその話を聞いた時クロードは改めてフォドラが好きだ、と思った。理に適っている。

 クロードはデアドラの街中にいくつか、店舗に偽装した拠点を持っていて───ローレンツもいくつかの鍵を持っていた。洋燈の灯り油はもう残り少なく、室内は影が優勢になりつつある。秘め事にはちょうど良い。
「休息のための時間では?」
 自分から襟締を緩めながらローレンツが問うてきた。彼がどんな工夫をしてここにいるのかクロードは知らない。前にしつこく聞いたら怒られたからだ。野暮な振る舞いだった、と現在は反省している。
「年寄りたちより体力に自信があってね」
 これからすること、は灯りなしでも問題ない。だがクロードはそっと灯り油を足した。ゆらめく炎は力を取り戻し、辺りを照らしている。壁に出来た影が一枚ずつ服を脱いでいった。影ですらこちらを煽ってくるとはどう言うことだろう。クロードはそっと横たわるローレンツの上に跨った。薬屋の診察台は幅が狭いので自室の寝台のようにいかない。落っこちないように何もかも慎重にする必要があった。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.18」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───葬られなかった死者は悪霊になってしまう。死んだ場所で鬼火となって現れ、音を立て近くを通るものを脅かす。闇の中や人気のない場所で聞こえる不気味な音は悪霊が人間を脅かすために立てている。居場所によっては人間を森の中で迷わせたり水中に引っ張り込み、小枝や石を投げることもある。(中略)これらの悪霊を封じるため像を作る際には紐を必ず巻く。悪霊が紐をつたって像の中に入り込むからだ───

 ゴーティエ領にもファーガス公国からの使いがやってきた。イングリットやフェリクスは何日か早く、この茶番を済ませたのだろう。先ほどは可及的速やかに使いを政庁から叩き出した父だが───執務室にシルヴァンしかいないせいか流石に肩を落としている。
「殿下をお探しせねば」
 それは身柄なのか亡骸なのか。シルヴァンは虚ろな目をした父にそこを問うことはできなかった。

 ガルグ=マクで再会したディミトリは亡骸ではないが健在である、とも言えない。ただひたすら壊れている。エーデルガルトの首を求めてフェルディアから南下していくうちにガルグ=マクに辿り着いただけだ。しかしそれがあの約束の日と重なったことこそが奇跡なのだ、とシルヴァンは思っている。クロードやリンハルトは否定するだろう。
 ギルベルトとベレトは辛うじてディミトリと会話が成立するが、他のものとは基本的に会話が成立しない。大聖堂に佇むディミトリに珍しく話しかけたイングリットの頬には涙が伝っていた。騎士でありたいと願う彼女は滅多なことでは涙を流さない。
「殿下が珍しく微笑んでいらしたから話しかけたの。そうしたら"グレン、イングリットと話すのは久しぶりだろう"って……」
 暴言よりも更に酷い。フェリクスならきっと右の頬を殴っただろう。左目に映る現実はディミトリの脳内で像を結ばず、失った右目に映る過去は像を結んでいるらしい。シルヴァンはそっと手巾をイングリットに差し出した。気の利いた言葉がかけられずとも思いやりを示すことはできる。
 しがらみのないベレトや辛うじてディミトリと会話が可能なギルベルトにシルヴァンは感謝していた。だがセイロス騎士団のものたちと合流できてしまったせいでディミトリの妄執が強化されている。大司教を探すために帝国に侵入したい彼らの思惑と敵討ちが合致してしまったからだ。
 耐えきれなかったイングリットが去ったあともディミトリは相変わらず死者と話している。彼女の新しい髪型を褒めているのは一体、いつの誰なのだろうか。


 アミッド大河の向こうから使いが来る際は政庁に緊張が走る。だがローレンツは彼らと顔を合わせたことがない。直接相手をするのは父のエルヴィンだけで、嫡子として彼らとどんなことを話したのか知りたい、と聞いてもはぐらかされてしまう。
「父上、僕にどこか欠けたところがあるのでしょうか?」
 ある晩、耐えかねたローレンツは書斎で書き物をしていたエルヴィンに問うてしまった。年下のクロードは盟主として責務を果たしているのに自分はまだ大人として扱われない。だから彼の隣に立つことが許されていない。
「彼らにお前の顔を覚えさせたくない」
 エルヴィンにじっと見つめられたローレンツは困惑のあまり何度も瞬きをした。貴族社会においては顔は広ければ広いほど良い。人脈を広げておけば様々な局面で有利になる。
「どういう……ことでしょうか?」
「ローレンツ、お前が人の姿を奪う怪しい輩がいる、と私に教えてくれたのではないか」
 想像もしない答えだった。確かに長年コーデリア家に仕えた後にガルグ=マクへ移ったトマシュもオックス家のモニカも顔を奪われ、死後に名誉を傷つけられている。
「では何故、父上が彼らを歓待なさるのでしょうか?領主である父上こそグロスタール領の要です」
 父の名誉が傷つけられる、と考えただけでローレンツは怒りに震えてしまう。モニカの顔を奪ったものの振る舞いはそれほどまでに酷かった。
「私はもうとっくに顔を知られているからな。ローレンツ、お前が領主になったら今度はお前が弟や妹の盾となるのだ」
「未来の話はともかく、それでは当分の間は父上お一人が危険ではありませんか」
 エルヴィンは親指で立襟に守られた己の喉にそっと横線を引いた。本来なら信じられないほどの無作法なのでローレンツと書斎に二人きり、という状況でなければそんな仕草をしなかっただろう。
「こんな時代だ。我々名誉ある貴族は命の使い所を考えておく必要がある」
 父の指が描いた直線のせいでローレンツの背中に冷や汗が伝っていく。領民及び領地の安全と己の首が等価となるようローレンツは今後も研鑽の日々を送らねばならない。


 ツィリルはギルベルトやセテスにくっつく形でガルグ=マクに帰還した。敬愛する大司教レアの姿はないがいつ彼女が戻ってきても迎え入れられるようにしたい。そんなわけで日々、瓦礫を退けて屋内を修繕しているが圧倒的に人手が足りない。
 大聖堂にディミトリが佇んでいた。ギルベルトやメルセデスのように祈るわけでもなく、ただそこにいる。まるで抜け殻のようだ。抜け出た魂は今頃どこを旅しているのだろう。彼の希望通りにエーデルガルトの下に飛んでいって、魂が肉体を呼ぶからセイロス騎士団の提案に乗ったのかもしれない。正気を失っているから王都を放置出来るのだ。
 ギルベルトからディミトリに近寄る際は一声かけてから、後ろや右側から近寄ってはならない、と注意されている。不注意で近寄ってしまった修道士は利き腕の骨を砕かれたのだという。まるで儀式中の巫者のようだ、とツィリルは思った。霊を下ろしている最中の巫者に迂闊に触れると双方の体格に関係なく弾き飛ばされてしまう。
 帝国軍の攻撃で開いた穴から光が大聖堂に差し込んでくる。セイロス教の女神はあんなに信心深かったレアを救わなかったくせに壊れた説教檀やディミトリを優しく照らす。座面が折れた椅子をいくつも分解しているツィリルも同じ光の下にいる。それがなんだかひどく腹立たしい。
「ツィリル、新しい板を持ってきた方がいいかしら〜?」
 ぼんやりとしていたツィリルはメルセデスが近寄ってきたことに気づかなかった。
「いや、結構大きいのが何枚もいるから……」
 メルセデスはツィリルの視線を辿ってディミトリの後ろ姿を見つめた。彼女は今のディミトリに何を見出すのだろう。
「学生の頃なら一人で何枚も、軽々と運んでくれたでしょうね〜」
「でも必ず何枚か指の力で割ってたよね」
 だから実際に頼りになったのはドゥドゥーだ。ガルグ=マクに暮らす外国人同士、命を捧げても構わない存在がいるもの同士、彼とツィリルの間にはふんわりとした繋がりもあったように思う。ディミトリの魂は肉体を離れてしまったのなら、ドゥドゥーの元へ向かうべきだ。きっと彼ならしっかりしろとディミトリをたしなめたはずだ。畳む