蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.19」#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーやスレンにおける死後の世界は地上と似通っている。死者は皆、地上と同じような生活を送る。ダスカーでは死後の暮らしに困らぬように家財や仕事道具など生活必需品の絵を描いて亡骸と共に燃やし、スレンでは亡骸と個人が使っていた食器や服と共に埋葬する。(中略)死後の世界の王が補佐役にするため優れたものほど早死にするのだという。彼らは死後の世界でも地上にいた頃と同じように活躍する───
アリルにまつわる伝説はセイロス教の聖典には載っていない。だが人々の口を膾炙して今も伝わっている。ギルベルト、いや、ギュスタヴは罪を贖いたいと思っているようだ。《無責任な男だ!過去は消えない!》罪が帳消しにされることなどあってはならない。もし女神にそんな能力があるとしたら、エーデルガルトの罪も消せると言うことだ。《知ったことか、あの女の首を、城門に晒せ》ディミトリは己の罪が帳消しになるくらいならエーデルガルトの首と共に地獄へ行く。
歩みを進めるたびに愛した人々の仇に近付いていけるのなら、煉獄の谷もディミトリにとってそう悪いところではない。息をする度に熱が身体に入り込んでくる。右目のように鼻の奥や喉が失われていないことが驚きだった。《そうだ、お前には首を捩じ切る腕もある!首を、あの女の首を》頭の中が、世界が亡者の声で満たされていく。
ディミトリは彼らの中に溶けてしまいたいのにそれは許されない。だからメルセデスとギュスタヴ、いや、ギルベルトの声が耳に届いた。崖の上に殺すべき敵が潜んでいる。あの時、躊躇せず先に彼らを殺してしまえば父かグレンどちらか一人だけでも助けられたかもしれない。それが炎でも帳消しにできないディミトリの罪だ。
「……判断も何もない。殺しに行く手間が省けただけだ」
ローべ伯の忠実な部下グェンダルが目の前にいる。ディミトリは先ず父やグレンにエーデルガルトの首を捧げねばならず、裏切り者を罰するのはその後だと思っていた。だがその機会に恵まれたことが嬉しい。ディミトリはイングリットを狙うスナイパーに向けて手槍を構えた。〔大丈夫だ、グレン〕
罪を焼く炎は命ごと焼くらしい。ディミトリの手槍から逃れようとしたグェンダルの兵は罪を炎に浄化されて死んだ。《熱い、痛い、苦しい、こんなところは嫌だ》黒焦げになった兵がディミトリに話しかけてくる。〔お前の将であるグェンダルはここがお気に入りのようだぞ〕だが、確かに足の裏が熱いような気がしたのでディミトリは彼の亡骸を踏みつけてロドリグの元へ向かった。
クロードはその力の及ぶ限り、密偵を放っている。ガルグ=マクもその一つだ。自分がエーデルガルトならあそこは絶対に手放さない。どの国にも行きやすく───何よりもアビスがある。学生時代に探索しきれなかったことが未だに悔しい。
そのガルグ=マクをセイロス騎士団が奪還した件で円卓会議は日を跨ぐことになった。エドマンド辺境伯によるとフェリクスの実家、フラルダリウス家が兵を動かしているらしい。特に信心深い印象を持たない彼がセイロス騎士団に便宜を図る理由とは何か。
ディミトリらしき人物が辺りを彷徨いていたと言う話もある。帝国の兵士を卵の殻を割るように殺害できる人物は他に存在しない。膂力は何よりも彼の証明となる。ついに膠着していた事態が動き始めるのかもしれない。それが同盟にとって好ましいものであるよう働きかけるのみだ。
円卓会議はその方針を決定する。そして円卓会議には参加する諸侯はまともに判断を下すため参加日には必ず休息と食事をとること、という規則がある。祖父からその話を聞いた時クロードは改めてフォドラが好きだ、と思った。理に適っている。
クロードはデアドラの街中にいくつか、店舗に偽装した拠点を持っていて───ローレンツもいくつかの鍵を持っていた。洋燈の灯り油はもう残り少なく、室内は影が優勢になりつつある。秘め事にはちょうど良い。
「休息のための時間では?」
自分から襟締を緩めながらローレンツが問うてきた。彼がどんな工夫をしてここにいるのかクロードは知らない。前にしつこく聞いたら怒られたからだ。野暮な振る舞いだった、と現在は反省している。
「年寄りたちより体力に自信があってね」
これからすること、は灯りなしでも問題ない。だがクロードはそっと灯り油を足した。ゆらめく炎は力を取り戻し、辺りを照らしている。壁に出来た影が一枚ずつ服を脱いでいった。影ですらこちらを煽ってくるとはどう言うことだろう。クロードはそっと横たわるローレンツの上に跨った。薬屋の診察台は幅が狭いので自室の寝台のようにいかない。落っこちないように何もかも慎重にする必要があった。畳む
───ダスカーやスレンにおける死後の世界は地上と似通っている。死者は皆、地上と同じような生活を送る。ダスカーでは死後の暮らしに困らぬように家財や仕事道具など生活必需品の絵を描いて亡骸と共に燃やし、スレンでは亡骸と個人が使っていた食器や服と共に埋葬する。(中略)死後の世界の王が補佐役にするため優れたものほど早死にするのだという。彼らは死後の世界でも地上にいた頃と同じように活躍する───
アリルにまつわる伝説はセイロス教の聖典には載っていない。だが人々の口を膾炙して今も伝わっている。ギルベルト、いや、ギュスタヴは罪を贖いたいと思っているようだ。《無責任な男だ!過去は消えない!》罪が帳消しにされることなどあってはならない。もし女神にそんな能力があるとしたら、エーデルガルトの罪も消せると言うことだ。《知ったことか、あの女の首を、城門に晒せ》ディミトリは己の罪が帳消しになるくらいならエーデルガルトの首と共に地獄へ行く。
歩みを進めるたびに愛した人々の仇に近付いていけるのなら、煉獄の谷もディミトリにとってそう悪いところではない。息をする度に熱が身体に入り込んでくる。右目のように鼻の奥や喉が失われていないことが驚きだった。《そうだ、お前には首を捩じ切る腕もある!首を、あの女の首を》頭の中が、世界が亡者の声で満たされていく。
ディミトリは彼らの中に溶けてしまいたいのにそれは許されない。だからメルセデスとギュスタヴ、いや、ギルベルトの声が耳に届いた。崖の上に殺すべき敵が潜んでいる。あの時、躊躇せず先に彼らを殺してしまえば父かグレンどちらか一人だけでも助けられたかもしれない。それが炎でも帳消しにできないディミトリの罪だ。
「……判断も何もない。殺しに行く手間が省けただけだ」
ローべ伯の忠実な部下グェンダルが目の前にいる。ディミトリは先ず父やグレンにエーデルガルトの首を捧げねばならず、裏切り者を罰するのはその後だと思っていた。だがその機会に恵まれたことが嬉しい。ディミトリはイングリットを狙うスナイパーに向けて手槍を構えた。〔大丈夫だ、グレン〕
罪を焼く炎は命ごと焼くらしい。ディミトリの手槍から逃れようとしたグェンダルの兵は罪を炎に浄化されて死んだ。《熱い、痛い、苦しい、こんなところは嫌だ》黒焦げになった兵がディミトリに話しかけてくる。〔お前の将であるグェンダルはここがお気に入りのようだぞ〕だが、確かに足の裏が熱いような気がしたのでディミトリは彼の亡骸を踏みつけてロドリグの元へ向かった。
クロードはその力の及ぶ限り、密偵を放っている。ガルグ=マクもその一つだ。自分がエーデルガルトならあそこは絶対に手放さない。どの国にも行きやすく───何よりもアビスがある。学生時代に探索しきれなかったことが未だに悔しい。
そのガルグ=マクをセイロス騎士団が奪還した件で円卓会議は日を跨ぐことになった。エドマンド辺境伯によるとフェリクスの実家、フラルダリウス家が兵を動かしているらしい。特に信心深い印象を持たない彼がセイロス騎士団に便宜を図る理由とは何か。
ディミトリらしき人物が辺りを彷徨いていたと言う話もある。帝国の兵士を卵の殻を割るように殺害できる人物は他に存在しない。膂力は何よりも彼の証明となる。ついに膠着していた事態が動き始めるのかもしれない。それが同盟にとって好ましいものであるよう働きかけるのみだ。
円卓会議はその方針を決定する。そして円卓会議には参加する諸侯はまともに判断を下すため参加日には必ず休息と食事をとること、という規則がある。祖父からその話を聞いた時クロードは改めてフォドラが好きだ、と思った。理に適っている。
クロードはデアドラの街中にいくつか、店舗に偽装した拠点を持っていて───ローレンツもいくつかの鍵を持っていた。洋燈の灯り油はもう残り少なく、室内は影が優勢になりつつある。秘め事にはちょうど良い。
「休息のための時間では?」
自分から襟締を緩めながらローレンツが問うてきた。彼がどんな工夫をしてここにいるのかクロードは知らない。前にしつこく聞いたら怒られたからだ。野暮な振る舞いだった、と現在は反省している。
「年寄りたちより体力に自信があってね」
これからすること、は灯りなしでも問題ない。だがクロードはそっと灯り油を足した。ゆらめく炎は力を取り戻し、辺りを照らしている。壁に出来た影が一枚ずつ服を脱いでいった。影ですらこちらを煽ってくるとはどう言うことだろう。クロードはそっと横たわるローレンツの上に跨った。薬屋の診察台は幅が狭いので自室の寝台のようにいかない。落っこちないように何もかも慎重にする必要があった。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.18」#クロロレ #家出息子たちの帰還
───葬られなかった死者は悪霊になってしまう。死んだ場所で鬼火となって現れ、音を立て近くを通るものを脅かす。闇の中や人気のない場所で聞こえる不気味な音は悪霊が人間を脅かすために立てている。居場所によっては人間を森の中で迷わせたり水中に引っ張り込み、小枝や石を投げることもある。(中略)これらの悪霊を封じるため像を作る際には紐を必ず巻く。悪霊が紐をつたって像の中に入り込むからだ───
ゴーティエ領にもファーガス公国からの使いがやってきた。イングリットやフェリクスは何日か早く、この茶番を済ませたのだろう。先ほどは可及的速やかに使いを政庁から叩き出した父だが───執務室にシルヴァンしかいないせいか流石に肩を落としている。
「殿下をお探しせねば」
それは身柄なのか亡骸なのか。シルヴァンは虚ろな目をした父にそこを問うことはできなかった。
ガルグ=マクで再会したディミトリは亡骸ではないが健在である、とも言えない。ただひたすら壊れている。エーデルガルトの首を求めてフェルディアから南下していくうちにガルグ=マクに辿り着いただけだ。しかしそれがあの約束の日と重なったことこそが奇跡なのだ、とシルヴァンは思っている。クロードやリンハルトは否定するだろう。
ギルベルトとベレトは辛うじてディミトリと会話が成立するが、他のものとは基本的に会話が成立しない。大聖堂に佇むディミトリに珍しく話しかけたイングリットの頬には涙が伝っていた。騎士でありたいと願う彼女は滅多なことでは涙を流さない。
「殿下が珍しく微笑んでいらしたから話しかけたの。そうしたら"グレン、イングリットと話すのは久しぶりだろう"って……」
暴言よりも更に酷い。フェリクスならきっと右の頬を殴っただろう。左目に映る現実はディミトリの脳内で像を結ばず、失った右目に映る過去は像を結んでいるらしい。シルヴァンはそっと手巾をイングリットに差し出した。気の利いた言葉がかけられずとも思いやりを示すことはできる。
しがらみのないベレトや辛うじてディミトリと会話が可能なギルベルトにシルヴァンは感謝していた。だがセイロス騎士団のものたちと合流できてしまったせいでディミトリの妄執が強化されている。大司教を探すために帝国に侵入したい彼らの思惑と敵討ちが合致してしまったからだ。
耐えきれなかったイングリットが去ったあともディミトリは相変わらず死者と話している。彼女の新しい髪型を褒めているのは一体、いつの誰なのだろうか。
アミッド大河の向こうから使いが来る際は政庁に緊張が走る。だがローレンツは彼らと顔を合わせたことがない。直接相手をするのは父のエルヴィンだけで、嫡子として彼らとどんなことを話したのか知りたい、と聞いてもはぐらかされてしまう。
「父上、僕にどこか欠けたところがあるのでしょうか?」
ある晩、耐えかねたローレンツは書斎で書き物をしていたエルヴィンに問うてしまった。年下のクロードは盟主として責務を果たしているのに自分はまだ大人として扱われない。だから彼の隣に立つことが許されていない。
「彼らにお前の顔を覚えさせたくない」
エルヴィンにじっと見つめられたローレンツは困惑のあまり何度も瞬きをした。貴族社会においては顔は広ければ広いほど良い。人脈を広げておけば様々な局面で有利になる。
「どういう……ことでしょうか?」
「ローレンツ、お前が人の姿を奪う怪しい輩がいる、と私に教えてくれたのではないか」
想像もしない答えだった。確かに長年コーデリア家に仕えた後にガルグ=マクへ移ったトマシュもオックス家のモニカも顔を奪われ、死後に名誉を傷つけられている。
「では何故、父上が彼らを歓待なさるのでしょうか?領主である父上こそグロスタール領の要です」
父の名誉が傷つけられる、と考えただけでローレンツは怒りに震えてしまう。モニカの顔を奪ったものの振る舞いはそれほどまでに酷かった。
「私はもうとっくに顔を知られているからな。ローレンツ、お前が領主になったら今度はお前が弟や妹の盾となるのだ」
「未来の話はともかく、それでは当分の間は父上お一人が危険ではありませんか」
エルヴィンは親指で立襟に守られた己の喉にそっと横線を引いた。本来なら信じられないほどの無作法なのでローレンツと書斎に二人きり、という状況でなければそんな仕草をしなかっただろう。
「こんな時代だ。我々名誉ある貴族は命の使い所を考えておく必要がある」
父の指が描いた直線のせいでローレンツの背中に冷や汗が伝っていく。領民及び領地の安全と己の首が等価となるようローレンツは今後も研鑽の日々を送らねばならない。
ツィリルはギルベルトやセテスにくっつく形でガルグ=マクに帰還した。敬愛する大司教レアの姿はないがいつ彼女が戻ってきても迎え入れられるようにしたい。そんなわけで日々、瓦礫を退けて屋内を修繕しているが圧倒的に人手が足りない。
大聖堂にディミトリが佇んでいた。ギルベルトやメルセデスのように祈るわけでもなく、ただそこにいる。まるで抜け殻のようだ。抜け出た魂は今頃どこを旅しているのだろう。彼の希望通りにエーデルガルトの下に飛んでいって、魂が肉体を呼ぶからセイロス騎士団の提案に乗ったのかもしれない。正気を失っているから王都を放置出来るのだ。
ギルベルトからディミトリに近寄る際は一声かけてから、後ろや右側から近寄ってはならない、と注意されている。不注意で近寄ってしまった修道士は利き腕の骨を砕かれたのだという。まるで儀式中の巫者のようだ、とツィリルは思った。霊を下ろしている最中の巫者に迂闊に触れると双方の体格に関係なく弾き飛ばされてしまう。
帝国軍の攻撃で開いた穴から光が大聖堂に差し込んでくる。セイロス教の女神はあんなに信心深かったレアを救わなかったくせに壊れた説教檀やディミトリを優しく照らす。座面が折れた椅子をいくつも分解しているツィリルも同じ光の下にいる。それがなんだかひどく腹立たしい。
「ツィリル、新しい板を持ってきた方がいいかしら〜?」
ぼんやりとしていたツィリルはメルセデスが近寄ってきたことに気づかなかった。
「いや、結構大きいのが何枚もいるから……」
メルセデスはツィリルの視線を辿ってディミトリの後ろ姿を見つめた。彼女は今のディミトリに何を見出すのだろう。
「学生の頃なら一人で何枚も、軽々と運んでくれたでしょうね〜」
「でも必ず何枚か指の力で割ってたよね」
だから実際に頼りになったのはドゥドゥーだ。ガルグ=マクに暮らす外国人同士、命を捧げても構わない存在がいるもの同士、彼とツィリルの間にはふんわりとした繋がりもあったように思う。ディミトリの魂は肉体を離れてしまったのなら、ドゥドゥーの元へ向かうべきだ。きっと彼ならしっかりしろとディミトリをたしなめたはずだ。畳む
───葬られなかった死者は悪霊になってしまう。死んだ場所で鬼火となって現れ、音を立て近くを通るものを脅かす。闇の中や人気のない場所で聞こえる不気味な音は悪霊が人間を脅かすために立てている。居場所によっては人間を森の中で迷わせたり水中に引っ張り込み、小枝や石を投げることもある。(中略)これらの悪霊を封じるため像を作る際には紐を必ず巻く。悪霊が紐をつたって像の中に入り込むからだ───
ゴーティエ領にもファーガス公国からの使いがやってきた。イングリットやフェリクスは何日か早く、この茶番を済ませたのだろう。先ほどは可及的速やかに使いを政庁から叩き出した父だが───執務室にシルヴァンしかいないせいか流石に肩を落としている。
「殿下をお探しせねば」
それは身柄なのか亡骸なのか。シルヴァンは虚ろな目をした父にそこを問うことはできなかった。
ガルグ=マクで再会したディミトリは亡骸ではないが健在である、とも言えない。ただひたすら壊れている。エーデルガルトの首を求めてフェルディアから南下していくうちにガルグ=マクに辿り着いただけだ。しかしそれがあの約束の日と重なったことこそが奇跡なのだ、とシルヴァンは思っている。クロードやリンハルトは否定するだろう。
ギルベルトとベレトは辛うじてディミトリと会話が成立するが、他のものとは基本的に会話が成立しない。大聖堂に佇むディミトリに珍しく話しかけたイングリットの頬には涙が伝っていた。騎士でありたいと願う彼女は滅多なことでは涙を流さない。
「殿下が珍しく微笑んでいらしたから話しかけたの。そうしたら"グレン、イングリットと話すのは久しぶりだろう"って……」
暴言よりも更に酷い。フェリクスならきっと右の頬を殴っただろう。左目に映る現実はディミトリの脳内で像を結ばず、失った右目に映る過去は像を結んでいるらしい。シルヴァンはそっと手巾をイングリットに差し出した。気の利いた言葉がかけられずとも思いやりを示すことはできる。
しがらみのないベレトや辛うじてディミトリと会話が可能なギルベルトにシルヴァンは感謝していた。だがセイロス騎士団のものたちと合流できてしまったせいでディミトリの妄執が強化されている。大司教を探すために帝国に侵入したい彼らの思惑と敵討ちが合致してしまったからだ。
耐えきれなかったイングリットが去ったあともディミトリは相変わらず死者と話している。彼女の新しい髪型を褒めているのは一体、いつの誰なのだろうか。
アミッド大河の向こうから使いが来る際は政庁に緊張が走る。だがローレンツは彼らと顔を合わせたことがない。直接相手をするのは父のエルヴィンだけで、嫡子として彼らとどんなことを話したのか知りたい、と聞いてもはぐらかされてしまう。
「父上、僕にどこか欠けたところがあるのでしょうか?」
ある晩、耐えかねたローレンツは書斎で書き物をしていたエルヴィンに問うてしまった。年下のクロードは盟主として責務を果たしているのに自分はまだ大人として扱われない。だから彼の隣に立つことが許されていない。
「彼らにお前の顔を覚えさせたくない」
エルヴィンにじっと見つめられたローレンツは困惑のあまり何度も瞬きをした。貴族社会においては顔は広ければ広いほど良い。人脈を広げておけば様々な局面で有利になる。
「どういう……ことでしょうか?」
「ローレンツ、お前が人の姿を奪う怪しい輩がいる、と私に教えてくれたのではないか」
想像もしない答えだった。確かに長年コーデリア家に仕えた後にガルグ=マクへ移ったトマシュもオックス家のモニカも顔を奪われ、死後に名誉を傷つけられている。
「では何故、父上が彼らを歓待なさるのでしょうか?領主である父上こそグロスタール領の要です」
父の名誉が傷つけられる、と考えただけでローレンツは怒りに震えてしまう。モニカの顔を奪ったものの振る舞いはそれほどまでに酷かった。
「私はもうとっくに顔を知られているからな。ローレンツ、お前が領主になったら今度はお前が弟や妹の盾となるのだ」
「未来の話はともかく、それでは当分の間は父上お一人が危険ではありませんか」
エルヴィンは親指で立襟に守られた己の喉にそっと横線を引いた。本来なら信じられないほどの無作法なのでローレンツと書斎に二人きり、という状況でなければそんな仕草をしなかっただろう。
「こんな時代だ。我々名誉ある貴族は命の使い所を考えておく必要がある」
父の指が描いた直線のせいでローレンツの背中に冷や汗が伝っていく。領民及び領地の安全と己の首が等価となるようローレンツは今後も研鑽の日々を送らねばならない。
ツィリルはギルベルトやセテスにくっつく形でガルグ=マクに帰還した。敬愛する大司教レアの姿はないがいつ彼女が戻ってきても迎え入れられるようにしたい。そんなわけで日々、瓦礫を退けて屋内を修繕しているが圧倒的に人手が足りない。
大聖堂にディミトリが佇んでいた。ギルベルトやメルセデスのように祈るわけでもなく、ただそこにいる。まるで抜け殻のようだ。抜け出た魂は今頃どこを旅しているのだろう。彼の希望通りにエーデルガルトの下に飛んでいって、魂が肉体を呼ぶからセイロス騎士団の提案に乗ったのかもしれない。正気を失っているから王都を放置出来るのだ。
ギルベルトからディミトリに近寄る際は一声かけてから、後ろや右側から近寄ってはならない、と注意されている。不注意で近寄ってしまった修道士は利き腕の骨を砕かれたのだという。まるで儀式中の巫者のようだ、とツィリルは思った。霊を下ろしている最中の巫者に迂闊に触れると双方の体格に関係なく弾き飛ばされてしまう。
帝国軍の攻撃で開いた穴から光が大聖堂に差し込んでくる。セイロス教の女神はあんなに信心深かったレアを救わなかったくせに壊れた説教檀やディミトリを優しく照らす。座面が折れた椅子をいくつも分解しているツィリルも同じ光の下にいる。それがなんだかひどく腹立たしい。
「ツィリル、新しい板を持ってきた方がいいかしら〜?」
ぼんやりとしていたツィリルはメルセデスが近寄ってきたことに気づかなかった。
「いや、結構大きいのが何枚もいるから……」
メルセデスはツィリルの視線を辿ってディミトリの後ろ姿を見つめた。彼女は今のディミトリに何を見出すのだろう。
「学生の頃なら一人で何枚も、軽々と運んでくれたでしょうね〜」
「でも必ず何枚か指の力で割ってたよね」
だから実際に頼りになったのはドゥドゥーだ。ガルグ=マクに暮らす外国人同士、命を捧げても構わない存在がいるもの同士、彼とツィリルの間にはふんわりとした繋がりもあったように思う。ディミトリの魂は肉体を離れてしまったのなら、ドゥドゥーの元へ向かうべきだ。きっと彼ならしっかりしろとディミトリをたしなめたはずだ。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.17」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───死者はその時、身の回りで起きていること全てを理解している。亡骸が家に置いてあるうちは気を緩めることなく、常に死者を褒めねばならない。死者は実に気まぐれでたわいもない理由で癇癪を起こし、周りのものを道連れにする。供物を捧げ、子供や家畜を奪わないように死者を宥めねばならない。(中略)ダスカーでは死者の眼が物を見ることがないよう顔の上に亜麻布や皮を乗せる───
ディミトリは何故自分が今、呼吸しているのか分からない。《イキが、出来ているなら、それは生きている、ということ、です》まだこちらの言葉が辿々しかった頃のドゥドゥーの声が脳裏にこだまする。
伯父であるリュファスの亡骸は四肢が千切られていたのだという。本当に心外だった。真っ先に首をねじ切りたいのはエーデルガルトだというのに。
牢として使われている塔には熱源が全くない。寒い牢内にいるとそれなりに頭が冴えてくる。塔の最上階にいるディミトリはドゥドゥーを愚行に付き合わせてしまった件を猛省していた。彼もどこかに囚われている。
宮廷を支配するリュファスに逆らってまでディミトリに父の話をしてくれる近侍など、冷静になれば存在するはずがない。フェルディアに帰還したディミトリは基本的にドゥドゥー以外に心を開かずに過ごしていた。だが結婚した際に先王陛下に祝福していただいた、と嬉しそうに話していた彼には心を開いてしまった。《生きているものは信用するな》家族を人質に取られ、脅されていたのだろう。《全て敵だ、許すな》
近侍はディミトリの元へドゥドゥーを連れてきてくれた───だがその背後にはコルネリアの部下たちが控えていた。ドゥドゥーはディミトリを盾に取られていたら言う通りにするしか、いや、万に一つの可能性に賭けるしかない。《お前が信用したせいで死んだ!》
おそらくコルネリアの部下は近侍で油断させ、ドゥドゥーを人質にとってディミトリを確実に殺害するつもりだったのだろう。しかしドゥドゥーはディミトリの生存を確認すると大きめの荷物のように近侍を持ち上げ、そのまま魔道士に叩きつけた。
狭い螺旋状の階段でそんなことをすれば当然、事故は起きる。《あの近侍はお前が殺した!》受け身も取れずに近侍は頭を打って命を落とした。姿勢を崩した魔道士たちのうち一人はディミトリが窓から放り投げたような気がする。
その後ドゥドゥーに手を引かれるまま、ディミトリは王都に張り巡らされた下水道目掛けて塔の階段を駆け下りた。
「"陛下"、後から必ず追いつきますので」
《生きているものは信用するな》
円卓会議で議題に上がったのはやはりディミトリの件だった。西部諸侯たちはレスターにあやかろうとしたのかファーガス公国を名乗っている。クロードはかつて祖父が座っていた席に腰を下ろした。
「先達である諸侯にお尋ねしたいんだが……ファーガスでは本当に処されたものの首級を晒すんだよな?」
ゴネリル公を始め皆、黙って頷いた。パルミラにもそう言った慣習はある。世に知らしめ、抵抗しようと言う志を折るためなので特段野蛮だとは思わない。
「だから王族の場合は"急死"するのだ。イーハ公のように」
解説してくれたグロスタール伯エルヴィンはそんなものをローレンツに見せたくなかったのだろう。
「先ほどエドマンド辺境伯から提供していただいた一覧にもう一度目を通して欲しい」
エドマンド辺境伯が放った密偵は実際に晒された首級の一覧と公国が発表した死刑囚の一覧を作っていた。
「ディミトリの従者ドゥドゥーの名がない。もし手元に彼の亡骸があったら絶対に晒しているはずだ。ディミトリを誘き出すためにも」
珍しく諸侯たちの視線が柔らかい。クロード以外は皆、子育てを経験している。
「後に旗印をあげる可能性は否定しません」
「ヒルダからも話は聞いている。それなりに親しかったのだろう?」
「倅も盟主殿より彼らに親しみを抱いていたようだ」
親帝国派の筆頭であるグロスタール伯の言葉には異議申し立てをしたいが、そんなことをしたらクロードはローレンツに殴られてしまう。
「分かった。訂正させて欲しい。このことから分かるようにファーガス公国は統治権の行使が上手くいっていない。つまり公国は我々の交渉相手にならない」
彼らは上手くやる必要すらないのだ。帝国の代理店に過ぎない。帝国本土から言われるがままにただ土地を手に入れている。
「盟主殿が仰った通り同時に王国も我々の交渉相手にならない。ディミトリ殿下の行方が分からないからな」
エドマンド辺境伯がそう言葉を続けた。彼は現在フラルダリウス家にレスターで収穫された小麦を売って巨万の富を得ている。だがそれとこれは別だった。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───死者はその時、身の回りで起きていること全てを理解している。亡骸が家に置いてあるうちは気を緩めることなく、常に死者を褒めねばならない。死者は実に気まぐれでたわいもない理由で癇癪を起こし、周りのものを道連れにする。供物を捧げ、子供や家畜を奪わないように死者を宥めねばならない。(中略)ダスカーでは死者の眼が物を見ることがないよう顔の上に亜麻布や皮を乗せる───
ディミトリは何故自分が今、呼吸しているのか分からない。《イキが、出来ているなら、それは生きている、ということ、です》まだこちらの言葉が辿々しかった頃のドゥドゥーの声が脳裏にこだまする。
伯父であるリュファスの亡骸は四肢が千切られていたのだという。本当に心外だった。真っ先に首をねじ切りたいのはエーデルガルトだというのに。
牢として使われている塔には熱源が全くない。寒い牢内にいるとそれなりに頭が冴えてくる。塔の最上階にいるディミトリはドゥドゥーを愚行に付き合わせてしまった件を猛省していた。彼もどこかに囚われている。
宮廷を支配するリュファスに逆らってまでディミトリに父の話をしてくれる近侍など、冷静になれば存在するはずがない。フェルディアに帰還したディミトリは基本的にドゥドゥー以外に心を開かずに過ごしていた。だが結婚した際に先王陛下に祝福していただいた、と嬉しそうに話していた彼には心を開いてしまった。《生きているものは信用するな》家族を人質に取られ、脅されていたのだろう。《全て敵だ、許すな》
近侍はディミトリの元へドゥドゥーを連れてきてくれた───だがその背後にはコルネリアの部下たちが控えていた。ドゥドゥーはディミトリを盾に取られていたら言う通りにするしか、いや、万に一つの可能性に賭けるしかない。《お前が信用したせいで死んだ!》
おそらくコルネリアの部下は近侍で油断させ、ドゥドゥーを人質にとってディミトリを確実に殺害するつもりだったのだろう。しかしドゥドゥーはディミトリの生存を確認すると大きめの荷物のように近侍を持ち上げ、そのまま魔道士に叩きつけた。
狭い螺旋状の階段でそんなことをすれば当然、事故は起きる。《あの近侍はお前が殺した!》受け身も取れずに近侍は頭を打って命を落とした。姿勢を崩した魔道士たちのうち一人はディミトリが窓から放り投げたような気がする。
その後ドゥドゥーに手を引かれるまま、ディミトリは王都に張り巡らされた下水道目掛けて塔の階段を駆け下りた。
「"陛下"、後から必ず追いつきますので」
《生きているものは信用するな》
円卓会議で議題に上がったのはやはりディミトリの件だった。西部諸侯たちはレスターにあやかろうとしたのかファーガス公国を名乗っている。クロードはかつて祖父が座っていた席に腰を下ろした。
「先達である諸侯にお尋ねしたいんだが……ファーガスでは本当に処されたものの首級を晒すんだよな?」
ゴネリル公を始め皆、黙って頷いた。パルミラにもそう言った慣習はある。世に知らしめ、抵抗しようと言う志を折るためなので特段野蛮だとは思わない。
「だから王族の場合は"急死"するのだ。イーハ公のように」
解説してくれたグロスタール伯エルヴィンはそんなものをローレンツに見せたくなかったのだろう。
「先ほどエドマンド辺境伯から提供していただいた一覧にもう一度目を通して欲しい」
エドマンド辺境伯が放った密偵は実際に晒された首級の一覧と公国が発表した死刑囚の一覧を作っていた。
「ディミトリの従者ドゥドゥーの名がない。もし手元に彼の亡骸があったら絶対に晒しているはずだ。ディミトリを誘き出すためにも」
珍しく諸侯たちの視線が柔らかい。クロード以外は皆、子育てを経験している。
「後に旗印をあげる可能性は否定しません」
「ヒルダからも話は聞いている。それなりに親しかったのだろう?」
「倅も盟主殿より彼らに親しみを抱いていたようだ」
親帝国派の筆頭であるグロスタール伯の言葉には異議申し立てをしたいが、そんなことをしたらクロードはローレンツに殴られてしまう。
「分かった。訂正させて欲しい。このことから分かるようにファーガス公国は統治権の行使が上手くいっていない。つまり公国は我々の交渉相手にならない」
彼らは上手くやる必要すらないのだ。帝国の代理店に過ぎない。帝国本土から言われるがままにただ土地を手に入れている。
「盟主殿が仰った通り同時に王国も我々の交渉相手にならない。ディミトリ殿下の行方が分からないからな」
エドマンド辺境伯がそう言葉を続けた。彼は現在フラルダリウス家にレスターで収穫された小麦を売って巨万の富を得ている。だがそれとこれは別だった。畳む
7/4〜5開催クロロレwebオンリー2025参加用ページです。

「家出息子たちの帰還」
蒼月ルートのクロロレR18小説(全30話8万文字)ですがドゥドゥーとディミトリの話でもあります。
11/16こくほこで本にする予定です。
通販(booth)
「数多の叉路」通販(pictspace)
以下の3冊は完売したのでPixiv FactoryにPDFを登録しました。装丁は初版とかなり異なります。

ふたつ、かさねてbooth
「ふたつ、かさねて」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。オメガバースのビッチングネタです。

願い骨booth
「願い骨」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。年齢操作ネタですがR18シーンでは同い年です。

「有情たちの夜」booth
「有情たちの夜」boostお礼の短編以外の本文]
紅花ルート。フェルヒュー前提。ヒューベルトに尋問されるクロードの話です。
#クロロレ

「家出息子たちの帰還」
蒼月ルートのクロロレR18小説(全30話8万文字)ですがドゥドゥーとディミトリの話でもあります。
11/16こくほこで本にする予定です。
通販(booth)
「数多の叉路」通販(pictspace)
以下の3冊は完売したのでPixiv FactoryにPDFを登録しました。装丁は初版とかなり異なります。

ふたつ、かさねてbooth
「ふたつ、かさねて」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。オメガバースのビッチングネタです。

願い骨booth
「願い骨」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。年齢操作ネタですがR18シーンでは同い年です。

「有情たちの夜」booth
「有情たちの夜」boostお礼の短編以外の本文]
紅花ルート。フェルヒュー前提。ヒューベルトに尋問されるクロードの話です。
#クロロレ
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.15」#クロロレ #家出息子たちの帰還
───祖霊や神霊に選ばれて巫者になるものは精神に異常をきたすことが多い。あるはずがないものを見て聞こえないはずの声を聞くうちに日常に支障が生じるのは想像に難くない。だがこうやって祖霊や神霊は巫者候補が他者を二心なく助けられる人物であるかどうか確かめているのだという。選ばれたものが祖霊や神霊の指示に逆らって巫者にならないと今度は家族や飼っている動物の命を奪うのだ───
あの日のディミトリはグレンの断末魔を聞いた。父の首が落ちるところを見た。にも関わらず首謀者の姿だけは見ることが叶わなかった。《許さない、殺す前に手足をもいでやる》あの日以来、死者は毎日ディミトリの耳元で首を捧げよと訴えて来る。名前が分からなければ、顔が分からなければこの手で首を捩じ切ることもできない。だがそんな歯痒い日々は地道な努力とは関係なく終わりを告げた。
「後は成すべきことを成すだけだ。そうすれば俺たちは結果に左右されない」
大袈裟な身振り手振りで話したクロードは口を閉じ、静かな教室でディミトリの返事を待っている。
「そうだな」
時を知らせる鐘が鳴るたびにディミトリの胸も高鳴った。悲願が達成される瞬間も近い。エーデルガルトが大軍を率いていてもディミトリ個人には関係なかった。《しくじるな、逃げられる前に手足をもげ》心の霧は晴れ、いつもより遠くが見渡せるような気がする。
「全員、無事に帰宅させてやりたいんだよ」
《早く、王都の城門に首を晒せ》
「問題ない。頭を潰せばいいだけだ」
ドゥドゥーが分かりやすく咳き込んだ。だがクロードもヒルダも怪訝な顔すらしない。それでも場を取り繕いたくてディミトリはぎこちなく微笑んだ。伯父のリュファスはこういう時に嫌悪感を露わにする。だが二人ともその身に紋章を宿しているせいか、不自然な笑顔もきちんと無視してくれた。その陽気な柔軟さがありがたい。
「私たちはどうしても北と東に分かれちゃうから協力してほしいんだよねー」
ヒルダが最初にドゥドゥーの腕を取ったのは上手いやり方だったと思う。二人の思惑通り、少し動揺したディミトリも釣られて無人の教室に入る羽目になってしまった。
「教会も俺たち全員に殉死してほしいわけじゃないだろ?踏みとどまるかどうかの基準は絶対に必要だ」
《臆病者!首を捩じ切る千載一遇の機会を奪うな!》クロードの言葉にドゥドゥーが頷いている。それなら亡霊たちがどう思うかはともかく、ディミトリ個人に反対する理由などない。
ディミトリとドゥドゥーがクロードたちの教室から去った後、ヒルダは手巾で額の汗を拭った。日頃は軽薄な態度が目立つがこういう時は本当に頼りになる。
「手伝ってくれて助かった。やっぱりまず王子様に話を通しておかんとなあ」
そういうとクロードは手の甲で額の汗を拭った。ディミトリには二心がある。こちらを裏切ろうとしているとかそういった類のことではない。ただ事実として心が二つある。
「ラファエルくんは気にしないだろうけどさ、ローレンツくんはどう思ってるの?何か聞いた?」
そもそもクロードに何だかディミトリの様子がおかしい、と教えてくれたのはローレンツなのだ。夜に二人で語り合い、それぞれに意見を固めたと言っても過言ではない。
ディミトリは先王の血を引き、ブレーダッドの紋章をその身に宿すたった一人の王子だ。周囲の大人たちが彼の二心に向き合わねばならない。だが彼の心に巣食うもう一つの心は周囲の大人たちの心と完全に重なる。
「あいつの考えも俺たちと似たようなもんさ」
「エーデルガルトちゃんだけ考えが違うんだね。どうしてなんだろう?」
おそらくその答えが世に広く知られる時にディミトリかエーデルガルト、どちらかが命を落とす。それくらい決定的な破綻があったのだ。
「答え合わせは当分先になる筈だ」
「その時まで無事でいないとね。じゃあ私、大広間に行くからクロードくんは頑張って」
「途中でベレト先生とすれ違ったら俺が探してた、とだけ伝えておいてくれ」
大広間では話し合いのため教室を無人にするのに協力してくれた級友たちが結果を待っている。そこそこ好ましい結論が出たせいかヒルダの後ろ姿は嬉しそうだった。クロードはこれからいつも敷地内を駆け回っているベレトを捕まえ、レアとアロイスの元へ行って撤退する際の物資を分けてもらえないか交渉せねばならない。
ディミトリは勝敗を気にしていないがおそらくセイロス騎士団は敗北する。エーデルガルトは大軍を擁している上にアビスも含めたガルグ=マクの敷地や建物の構造に詳しいからだ。
ドゥドゥーとアネットは倉庫にいた。可能な限り帝国軍に抗うつもりだがそれでも限界はある。
「ベレト先生にお願いされたんだけど、元はクロードの提案なんだって」
くしゃみをした後でアネットが教えてくれた。倉庫には火の気がないので小柄で筋肉の少ないアネットは居るだけで身体が冷えてしまうのだろう。
「軽薄に見えても皆のことを考えて行動できるということだ」
計算高いクロードが大軍を前にしても義理を優先していることは素直にありがたい。これ以上情勢が混沌としたら困惑したままで全てが終わってしまう。
とにかく帝国軍がこちらに到着する前にセイロス騎士団の厚意で分けてもらった食料や薬の数を正確に数え、皆に分配しなくてはならない。アネットから間違いがないように手伝ってほしい、と言われたドゥドゥーは棚の上から箱を下ろした。小柄なアネットが無理に下ろしたら中身を割ったかもしれない。
「私、士官学校に来てよかった。殿下とも色んなお話ができたし、ドゥドゥーとお友達になれたしローレンツにも謝ってもらえたしから」
「謝る?」
アネットはドゥドゥーに魔道学院でローレンツから迷子の町娘に間違われたことを話してくれた。気持ちはわからなくもない。アネットは苦労や努力がわかりにくい見た目をしている。彼女もいつかヒルダのように己の外見を利用するような強かさを身につける日が来るのだろうか。
「ドゥドゥー、五年後の同窓会もだけど……私、殿下の戴冠式がすっごく楽しみなの!王国なのが嫌だ、って独立して出来たのが同盟だけど、こうして協力も出来てるしクロードやローレンツもフェルディアに招かれるといいなーって」
ドゥドゥーはフェルディアの王宮にローレンツやクロードがいる様子を想像してみた。玉座に座るディミトリの御前でも騒々しくしているだろう。
「そうだな。こうして協力できたならそんな日が来るのかもしれない」
「すっごく怖いけど、その日のためにやれることは全部やっておこうね!」
アネットの望む未来はドゥドゥーも復讐を果たした後のディミトリも望む未来だ。だがディミトリは本懐を遂げるその日まで、未来を見ることがないような気がしている。畳む
───祖霊や神霊に選ばれて巫者になるものは精神に異常をきたすことが多い。あるはずがないものを見て聞こえないはずの声を聞くうちに日常に支障が生じるのは想像に難くない。だがこうやって祖霊や神霊は巫者候補が他者を二心なく助けられる人物であるかどうか確かめているのだという。選ばれたものが祖霊や神霊の指示に逆らって巫者にならないと今度は家族や飼っている動物の命を奪うのだ───
あの日のディミトリはグレンの断末魔を聞いた。父の首が落ちるところを見た。にも関わらず首謀者の姿だけは見ることが叶わなかった。《許さない、殺す前に手足をもいでやる》あの日以来、死者は毎日ディミトリの耳元で首を捧げよと訴えて来る。名前が分からなければ、顔が分からなければこの手で首を捩じ切ることもできない。だがそんな歯痒い日々は地道な努力とは関係なく終わりを告げた。
「後は成すべきことを成すだけだ。そうすれば俺たちは結果に左右されない」
大袈裟な身振り手振りで話したクロードは口を閉じ、静かな教室でディミトリの返事を待っている。
「そうだな」
時を知らせる鐘が鳴るたびにディミトリの胸も高鳴った。悲願が達成される瞬間も近い。エーデルガルトが大軍を率いていてもディミトリ個人には関係なかった。《しくじるな、逃げられる前に手足をもげ》心の霧は晴れ、いつもより遠くが見渡せるような気がする。
「全員、無事に帰宅させてやりたいんだよ」
《早く、王都の城門に首を晒せ》
「問題ない。頭を潰せばいいだけだ」
ドゥドゥーが分かりやすく咳き込んだ。だがクロードもヒルダも怪訝な顔すらしない。それでも場を取り繕いたくてディミトリはぎこちなく微笑んだ。伯父のリュファスはこういう時に嫌悪感を露わにする。だが二人ともその身に紋章を宿しているせいか、不自然な笑顔もきちんと無視してくれた。その陽気な柔軟さがありがたい。
「私たちはどうしても北と東に分かれちゃうから協力してほしいんだよねー」
ヒルダが最初にドゥドゥーの腕を取ったのは上手いやり方だったと思う。二人の思惑通り、少し動揺したディミトリも釣られて無人の教室に入る羽目になってしまった。
「教会も俺たち全員に殉死してほしいわけじゃないだろ?踏みとどまるかどうかの基準は絶対に必要だ」
《臆病者!首を捩じ切る千載一遇の機会を奪うな!》クロードの言葉にドゥドゥーが頷いている。それなら亡霊たちがどう思うかはともかく、ディミトリ個人に反対する理由などない。
ディミトリとドゥドゥーがクロードたちの教室から去った後、ヒルダは手巾で額の汗を拭った。日頃は軽薄な態度が目立つがこういう時は本当に頼りになる。
「手伝ってくれて助かった。やっぱりまず王子様に話を通しておかんとなあ」
そういうとクロードは手の甲で額の汗を拭った。ディミトリには二心がある。こちらを裏切ろうとしているとかそういった類のことではない。ただ事実として心が二つある。
「ラファエルくんは気にしないだろうけどさ、ローレンツくんはどう思ってるの?何か聞いた?」
そもそもクロードに何だかディミトリの様子がおかしい、と教えてくれたのはローレンツなのだ。夜に二人で語り合い、それぞれに意見を固めたと言っても過言ではない。
ディミトリは先王の血を引き、ブレーダッドの紋章をその身に宿すたった一人の王子だ。周囲の大人たちが彼の二心に向き合わねばならない。だが彼の心に巣食うもう一つの心は周囲の大人たちの心と完全に重なる。
「あいつの考えも俺たちと似たようなもんさ」
「エーデルガルトちゃんだけ考えが違うんだね。どうしてなんだろう?」
おそらくその答えが世に広く知られる時にディミトリかエーデルガルト、どちらかが命を落とす。それくらい決定的な破綻があったのだ。
「答え合わせは当分先になる筈だ」
「その時まで無事でいないとね。じゃあ私、大広間に行くからクロードくんは頑張って」
「途中でベレト先生とすれ違ったら俺が探してた、とだけ伝えておいてくれ」
大広間では話し合いのため教室を無人にするのに協力してくれた級友たちが結果を待っている。そこそこ好ましい結論が出たせいかヒルダの後ろ姿は嬉しそうだった。クロードはこれからいつも敷地内を駆け回っているベレトを捕まえ、レアとアロイスの元へ行って撤退する際の物資を分けてもらえないか交渉せねばならない。
ディミトリは勝敗を気にしていないがおそらくセイロス騎士団は敗北する。エーデルガルトは大軍を擁している上にアビスも含めたガルグ=マクの敷地や建物の構造に詳しいからだ。
ドゥドゥーとアネットは倉庫にいた。可能な限り帝国軍に抗うつもりだがそれでも限界はある。
「ベレト先生にお願いされたんだけど、元はクロードの提案なんだって」
くしゃみをした後でアネットが教えてくれた。倉庫には火の気がないので小柄で筋肉の少ないアネットは居るだけで身体が冷えてしまうのだろう。
「軽薄に見えても皆のことを考えて行動できるということだ」
計算高いクロードが大軍を前にしても義理を優先していることは素直にありがたい。これ以上情勢が混沌としたら困惑したままで全てが終わってしまう。
とにかく帝国軍がこちらに到着する前にセイロス騎士団の厚意で分けてもらった食料や薬の数を正確に数え、皆に分配しなくてはならない。アネットから間違いがないように手伝ってほしい、と言われたドゥドゥーは棚の上から箱を下ろした。小柄なアネットが無理に下ろしたら中身を割ったかもしれない。
「私、士官学校に来てよかった。殿下とも色んなお話ができたし、ドゥドゥーとお友達になれたしローレンツにも謝ってもらえたしから」
「謝る?」
アネットはドゥドゥーに魔道学院でローレンツから迷子の町娘に間違われたことを話してくれた。気持ちはわからなくもない。アネットは苦労や努力がわかりにくい見た目をしている。彼女もいつかヒルダのように己の外見を利用するような強かさを身につける日が来るのだろうか。
「ドゥドゥー、五年後の同窓会もだけど……私、殿下の戴冠式がすっごく楽しみなの!王国なのが嫌だ、って独立して出来たのが同盟だけど、こうして協力も出来てるしクロードやローレンツもフェルディアに招かれるといいなーって」
ドゥドゥーはフェルディアの王宮にローレンツやクロードがいる様子を想像してみた。玉座に座るディミトリの御前でも騒々しくしているだろう。
「そうだな。こうして協力できたならそんな日が来るのかもしれない」
「すっごく怖いけど、その日のためにやれることは全部やっておこうね!」
アネットの望む未来はドゥドゥーも復讐を果たした後のディミトリも望む未来だ。だがディミトリは本懐を遂げるその日まで、未来を見ることがないような気がしている。畳む
───スレンでは亡骸を野晒しにするがただ放置するわけではない。悪霊になることがないように祈祷が捧げられ、生まれた時間や土地によって頭の向きが決まる。亡骸の周りには祭具を設置され、犬が亡骸に口をつけなければそれは生前、罪を犯した証だと言う。(中略)ダスカーではセイロス教に影響を受けていない地方と受けた地方では埋葬方法にかなり大きな違いがある。野晒しにして自然に任せるか墓を作り───
丁寧に情と理を持って諭すロドリグの言葉ですらディミトリには届かなかった。あっという間に準備は終わり、シルヴァンたちは死人のためにミルディン大橋を攻め落とそうとしている。いずれ帝国と雌雄を決する日はやってくるだろう。だが本当にそれは今なのだろうか。
与えられた責務に忠実ではあるもののフェリクスの機嫌は最高に悪い。死者のために動くディミトリもディミトリの行動を許容する父も許せないのだ。それでも王国派としてシルヴァンたちはディミトリに従わざるを得ない。彼の復讐心に大義名分を与えてしまったセイロス騎士団を排除したくとも戦力不足のいまそんなことは不可能だった。
五年前の約束を覚えていたものの中には帝国出身者もいる。ディミトリと親しかったシルヴァンやフェリクスですら現状に納得出来ないのだ。彼らからすれば理解不能だろう。
「先生とも話したが……エーギル領からであれば多少は楽に侵入できると思う。だが要地ではないからな」
シルヴァンと馬首を並べるフェルディナントは宰相であった父の失脚後、ひどく苦労したが思考に歪みはない。
「俺が言えた話じゃないが、見限らないでやって欲しい」
「……失言では?」
フェルディナントがそう言って苦笑したのでシルヴァンは手で口を押さえた。単純な不満とも取れるし一度エーデルガルトを見限ったのだから二回目はもっと簡単だろう、とも取れる。ただでさえ立場の弱い彼相手にして良い発言ではなかった。
「忘れてくれ。今この場で言うべきじゃあなかった」
シルヴァンたちの前にはガルグ=マク修道院と並んでフォドラ建築の粋、と称されるミルディン大橋がある。大軍の通過に耐えうる橋を守るため帝国軍は守りを固めていた。グロスタール家の軍旗は今のところ見当たらない。
クロードの陽動作戦が上手くいっている証だがシルヴァンはひどく不安だった。ゴーティエ家がそうしたように父は本来の責務を果たし、息子が未来に向けた責務を果たすならローレンツがいつ、ここに現れても不思議ではない。その時ディミトリに逆らえるものがこの軍にいるのだろうか。
ここ五年の間、意図的に演出されたグロスタール家とリーガン家の不和では死者も出ている。これらは全て帝国の侵攻さえなければ失われなかった命だ。戦禍を避けるため、帝国の介入を避けるため、人の身でありながら誰の命が失われ、誰の命が助かるのかに介入する。コーデリア領や王国の惨状を知っている領主たちはそんな風にこの五年間も過ごした。
だからこそローレンツもエルヴィンも矢面に立たねばならない。不幸にも失われてしまった命に対して誠実でなくては今後、平民たちに対してどんな顔をして命令を下せば良いのだろう。
「クロードと対峙するのは、奴と立場が対等な父上でなくてはなりません」
そうでなければ最終的に帝国が勝った場合、申し開きすらできない。帝国が負けた場合も嫡子である自分の死を理由にすれば速やかにリーガン家と手打ちが出来るだろう。支離滅裂な行動をしている王国相手でも父とクロードなら同盟の領地と領民を守り切るはずだ。
「武運を祈る。だが開戦と同時に到着している必要はない」
平民たちの命を預かる領主が嫡子にかける言葉としてはかなり際どい。だが父の言葉には個人的な愛が滲んでいた。───だからこそローレンツは父や領民のため、同盟のために命を賭けられることに喜びを感じる。
エドギアを出発したローレンツがミルディン北西の砦に到着した後も戦闘はまだ続いていた。王国軍は大橋を落とし、セイロス騎士団の要請通りアンヴァルに攻め込んだとしてもその途中にはメリセウス要塞がある。王政派諸侯は公国に対抗しつつ、ガルグ=マクを経由して帝国内に入り込んだ部隊へ物資を届けねばならない。
王国軍は先のことを何一つ考えていないにも関わらず、彼らの動きは統率が取れている。ローレンツはその答えを戦場に見た。今も行方が分からない大司教レアが後継者として名指ししたベレトがいる。
「あれは先生か……?なぜこんな無謀な戦いを……!」
何度も奇跡をおこしたベレトを相手に己の命を賭けたローレンツは賭けに負けたが、とりあえず命は落とさずに済んだ。
王都フェルディアには皆が想像するよりはるかにダスカー人が多い。滅亡させたいと願うものたちもいたが学生時代のディミトリとベレトがその企みを阻止した。生き延びた彼らは再起を図るとしてもまず暮らしていかねばならない。
ダスカー地方を支配する公国から使い捨ての労働力として王都に呼び寄せられたダスカー人の生活環境は劣悪で逃げ出すものはかなり多い。そんな彼らは自然と下水道に潜り込んだ。
ここなら寒さも凌げるし警邏のものたちも好んで探索しようとしない。瀕死のドゥドゥーを匿ってくれたのはそんな同胞だった。苦しい暮らしぶりの彼らは何故ドゥドゥーに手を匿うのだろう。
「祖霊がそうしろって」
微かな洋燈の灯に照らされて、ドゥドゥーの看病をしている少女は言った。
「巫者がいるのか?」
「実は私なの。ダスカーにいた頃から色んな声が聞こえてたのに無視してたら悪いことが沢山おきて……」
「お前のせいではない。それに兆しを与えられた頃はまだ幼かったのだろう?」
候補者が巫者になると言う運命に抗うと祖霊は怒り狂って罰を下す。家族や友人に害をなし、時には命を奪うことがある。彼女の不幸はダスカーの悲劇のせいだがそう捉えないことにしたのだろう。
「ありがとう。本当に私のせいじゃないと良いな……。それとドゥドゥーの譫言がうるさかったからもう一つお告げをもらったの。聞きたい?」
ドゥドゥーは頷いた。ディミトリに関して口外してはならぬことを無意識のうちに口走っていたのかもしれない。
「勿論だ」
「悪霊に奪われる前に砕け散った主人の魂を探せ」
どうとでも解釈出来るようなぼやけた言葉だ。それにドゥドゥーは巫者ではないから魂に触れて拾い集めることなど出来るはずもない。だがセイロス教の教えよりはるかに縋りやすかった。
ドゥドゥーはそんな不確かな言葉に導かれ───とうとうミルディン大橋に辿り着いてしまった。本来なら王都フェルディアを奪還するべきなのに、悪霊に取り憑かれたディミトリはエーデルガルトの首を捩じ切ろうとしている。畳む