-horreum-倉庫

雑多です。
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.18」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───葬られなかった死者は悪霊になってしまう。死んだ場所で鬼火となって現れ、音を立て近くを通るものを脅かす。闇の中や人気のない場所で聞こえる不気味な音は悪霊が人間を脅かすために立てている。居場所によっては人間を森の中で迷わせたり水中に引っ張り込み、小枝や石を投げることもある。(中略)これらの悪霊を封じるため像を作る際には紐を必ず巻く。悪霊が紐をつたって像の中に入り込むからだ───

 ゴーティエ領にもファーガス公国からの使いがやってきた。イングリットやフェリクスは何日か早く、この茶番を済ませたのだろう。先ほどは可及的速やかに使いを政庁から叩き出した父だが───執務室にシルヴァンしかいないせいか流石に肩を落としている。
「殿下をお探しせねば」
 それは身柄なのか亡骸なのか。シルヴァンは虚ろな目をした父にそこを問うことはできなかった。

 ガルグ=マクで再会したディミトリは亡骸ではないが健在である、とも言えない。ただひたすら壊れている。エーデルガルトの首を求めてフェルディアから南下していくうちにガルグ=マクに辿り着いただけだ。しかしそれがあの約束の日と重なったことこそが奇跡なのだ、とシルヴァンは思っている。クロードやリンハルトは否定するだろう。
 ギルベルトとベレトは辛うじてディミトリと会話が成立するが、他のものとは基本的に会話が成立しない。大聖堂に佇むディミトリに珍しく話しかけたイングリットの頬には涙が伝っていた。騎士でありたいと願う彼女は滅多なことでは涙を流さない。
「殿下が珍しく微笑んでいらしたから話しかけたの。そうしたら"グレン、イングリットと話すのは久しぶりだろう"って……」
 暴言よりも更に酷い。フェリクスならきっと右の頬を殴っただろう。左目に映る現実はディミトリの脳内で像を結ばず、失った右目に映る過去は像を結んでいるらしい。シルヴァンはそっと手巾をイングリットに差し出した。気の利いた言葉がかけられずとも思いやりを示すことはできる。
 しがらみのないベレトや辛うじてディミトリと会話が可能なギルベルトにシルヴァンは感謝していた。だがセイロス騎士団のものたちと合流できてしまったせいでディミトリの妄執が強化されている。大司教を探すために帝国に侵入したい彼らの思惑と敵討ちが合致してしまったからだ。
 耐えきれなかったイングリットが去ったあともディミトリは相変わらず死者と話している。彼女の新しい髪型を褒めているのは一体、いつの誰なのだろうか。


 アミッド大河の向こうから使いが来る際は政庁に緊張が走る。だがローレンツは彼らと顔を合わせたことがない。直接相手をするのは父のエルヴィンだけで、嫡子として彼らとどんなことを話したのか知りたい、と聞いてもはぐらかされてしまう。
「父上、僕にどこか欠けたところがあるのでしょうか?」
 ある晩、耐えかねたローレンツは書斎で書き物をしていたエルヴィンに問うてしまった。年下のクロードは盟主として責務を果たしているのに自分はまだ大人として扱われない。だから彼の隣に立つことが許されていない。
「彼らにお前の顔を覚えさせたくない」
 エルヴィンにじっと見つめられたローレンツは困惑のあまり何度も瞬きをした。貴族社会においては顔は広ければ広いほど良い。人脈を広げておけば様々な局面で有利になる。
「どういう……ことでしょうか?」
「ローレンツ、お前が人の姿を奪う怪しい輩がいる、と私に教えてくれたのではないか」
 想像もしない答えだった。確かに長年コーデリア家に仕えた後にガルグ=マクへ移ったトマシュもオックス家のモニカも顔を奪われ、死後に名誉を傷つけられている。
「では何故、父上が彼らを歓待なさるのでしょうか?領主である父上こそグロスタール領の要です」
 父の名誉が傷つけられる、と考えただけでローレンツは怒りに震えてしまう。モニカの顔を奪ったものの振る舞いはそれほどまでに酷かった。
「私はもうとっくに顔を知られているからな。ローレンツ、お前が領主になったら今度はお前が弟や妹の盾となるのだ」
「未来の話はともかく、それでは当分の間は父上お一人が危険ではありませんか」
 エルヴィンは親指で立襟に守られた己の喉にそっと横線を引いた。本来なら信じられないほどの無作法なのでローレンツと書斎に二人きり、という状況でなければそんな仕草をしなかっただろう。
「こんな時代だ。我々名誉ある貴族は命の使い所を考えておく必要がある」
 父の指が描いた直線のせいでローレンツの背中に冷や汗が伝っていく。領民及び領地の安全と己の首が等価となるようローレンツは今後も研鑽の日々を送らねばならない。


 ツィリルはギルベルトやセテスにくっつく形でガルグ=マクに帰還した。敬愛する大司教レアの姿はないがいつ彼女が戻ってきても迎え入れられるようにしたい。そんなわけで日々、瓦礫を退けて屋内を修繕しているが圧倒的に人手が足りない。
 大聖堂にディミトリが佇んでいた。ギルベルトやメルセデスのように祈るわけでもなく、ただそこにいる。まるで抜け殻のようだ。抜け出た魂は今頃どこを旅しているのだろう。彼の希望通りにエーデルガルトの下に飛んでいって、魂が肉体を呼ぶからセイロス騎士団の提案に乗ったのかもしれない。正気を失っているから王都を放置出来るのだ。
 ギルベルトからディミトリに近寄る際は一声かけてから、後ろや右側から近寄ってはならない、と注意されている。不注意で近寄ってしまった修道士は利き腕の骨を砕かれたのだという。まるで儀式中の巫者のようだ、とツィリルは思った。霊を下ろしている最中の巫者に迂闊に触れると双方の体格に関係なく弾き飛ばされてしまう。
 帝国軍の攻撃で開いた穴から光が大聖堂に差し込んでくる。セイロス教の女神はあんなに信心深かったレアを救わなかったくせに壊れた説教檀やディミトリを優しく照らす。座面が折れた椅子をいくつも分解しているツィリルも同じ光の下にいる。それがなんだかひどく腹立たしい。
「ツィリル、新しい板を持ってきた方がいいかしら〜?」
 ぼんやりとしていたツィリルはメルセデスが近寄ってきたことに気づかなかった。
「いや、結構大きいのが何枚もいるから……」
 メルセデスはツィリルの視線を辿ってディミトリの後ろ姿を見つめた。彼女は今のディミトリに何を見出すのだろう。
「学生の頃なら一人で何枚も、軽々と運んでくれたでしょうね〜」
「でも必ず何枚か指の力で割ってたよね」
 だから実際に頼りになったのはドゥドゥーだ。ガルグ=マクに暮らす外国人同士、命を捧げても構わない存在がいるもの同士、彼とツィリルの間にはふんわりとした繋がりもあったように思う。ディミトリの魂は肉体を離れてしまったのなら、ドゥドゥーの元へ向かうべきだ。きっと彼ならしっかりしろとディミトリをたしなめたはずだ。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.17」
#クロロレ #家出息子たちの帰還

───死者はその時、身の回りで起きていること全てを理解している。亡骸が家に置いてあるうちは気を緩めることなく、常に死者を褒めねばならない。死者は実に気まぐれでたわいもない理由で癇癪を起こし、周りのものを道連れにする。供物を捧げ、子供や家畜を奪わないように死者を宥めねばならない。(中略)ダスカーでは死者の眼が物を見ることがないよう顔の上に亜麻布や皮を乗せる───

 ディミトリは何故自分が今、呼吸しているのか分からない。《イキが、出来ているなら、それは生きている、ということ、です》まだこちらの言葉が辿々しかった頃のドゥドゥーの声が脳裏にこだまする。
 伯父であるリュファスの亡骸は四肢が千切られていたのだという。本当に心外だった。真っ先に首をねじ切りたいのはエーデルガルトだというのに。
 牢として使われている塔には熱源が全くない。寒い牢内にいるとそれなりに頭が冴えてくる。塔の最上階にいるディミトリはドゥドゥーを愚行に付き合わせてしまった件を猛省していた。彼もどこかに囚われている。
 宮廷を支配するリュファスに逆らってまでディミトリに父の話をしてくれる近侍など、冷静になれば存在するはずがない。フェルディアに帰還したディミトリは基本的にドゥドゥー以外に心を開かずに過ごしていた。だが結婚した際に先王陛下に祝福していただいた、と嬉しそうに話していた彼には心を開いてしまった。《生きているものは信用するな》家族を人質に取られ、脅されていたのだろう。《全て敵だ、許すな》
 近侍はディミトリの元へドゥドゥーを連れてきてくれた───だがその背後にはコルネリアの部下たちが控えていた。ドゥドゥーはディミトリを盾に取られていたら言う通りにするしか、いや、万に一つの可能性に賭けるしかない。《お前が信用したせいで死んだ!》
 おそらくコルネリアの部下は近侍で油断させ、ドゥドゥーを人質にとってディミトリを確実に殺害するつもりだったのだろう。しかしドゥドゥーはディミトリの生存を確認すると大きめの荷物のように近侍を持ち上げ、そのまま魔道士に叩きつけた。
 狭い螺旋状の階段でそんなことをすれば当然、事故は起きる。《あの近侍はお前が殺した!》受け身も取れずに近侍は頭を打って命を落とした。姿勢を崩した魔道士たちのうち一人はディミトリが窓から放り投げたような気がする。
 その後ドゥドゥーに手を引かれるまま、ディミトリは王都に張り巡らされた下水道目掛けて塔の階段を駆け下りた。
「"陛下"、後から必ず追いつきますので」
《生きているものは信用するな》


 円卓会議で議題に上がったのはやはりディミトリの件だった。西部諸侯たちはレスターにあやかろうとしたのかファーガス公国を名乗っている。クロードはかつて祖父が座っていた席に腰を下ろした。
「先達である諸侯にお尋ねしたいんだが……ファーガスでは本当に処されたものの首級を晒すんだよな?」
 ゴネリル公を始め皆、黙って頷いた。パルミラにもそう言った慣習はある。世に知らしめ、抵抗しようと言う志を折るためなので特段野蛮だとは思わない。
「だから王族の場合は"急死"するのだ。イーハ公のように」
 解説してくれたグロスタール伯エルヴィンはそんなものをローレンツに見せたくなかったのだろう。
「先ほどエドマンド辺境伯から提供していただいた一覧にもう一度目を通して欲しい」
 エドマンド辺境伯が放った密偵は実際に晒された首級の一覧と公国が発表した死刑囚の一覧を作っていた。
「ディミトリの従者ドゥドゥーの名がない。もし手元に彼の亡骸があったら絶対に晒しているはずだ。ディミトリを誘き出すためにも」
 珍しく諸侯たちの視線が柔らかい。クロード以外は皆、子育てを経験している。
「後に旗印をあげる可能性は否定しません」
「ヒルダからも話は聞いている。それなりに親しかったのだろう?」
「倅も盟主殿より彼らに親しみを抱いていたようだ」
 親帝国派の筆頭であるグロスタール伯の言葉には異議申し立てをしたいが、そんなことをしたらクロードはローレンツに殴られてしまう。
「分かった。訂正させて欲しい。このことから分かるようにファーガス公国は統治権の行使が上手くいっていない。つまり公国は我々の交渉相手にならない」
 彼らは上手くやる必要すらないのだ。帝国の代理店に過ぎない。帝国本土から言われるがままにただ土地を手に入れている。 
「盟主殿が仰った通り同時に王国も我々の交渉相手にならない。ディミトリ殿下の行方が分からないからな」
 エドマンド辺境伯がそう言葉を続けた。彼は現在フラルダリウス家にレスターで収穫された小麦を売って巨万の富を得ている。だがそれとこれは別だった。畳む
7/4〜5開催クロロレwebオンリー2025参加用ページです。

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「家出息子たちの帰還」
蒼月ルートのクロロレR18小説(全30話8万文字)ですがドゥドゥーとディミトリの話でもあります。
11/16こくほこで本にする予定です。

通販(booth)
「数多の叉路」通販(pictspace)
以下の3冊は完売したのでPixiv FactoryにPDFを登録しました。装丁は初版とかなり異なります。
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ふたつ、かさねてbooth
「ふたつ、かさねて」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。オメガバースのビッチングネタです。

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願い骨booth
「願い骨」書き下ろし以外の本文
翠風ルート。年齢操作ネタですがR18シーンでは同い年です。
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「有情たちの夜」booth

「有情たちの夜」boostお礼の短編以外の本文]
紅花ルート。フェルヒュー前提。ヒューベルトに尋問されるクロードの話です。

#クロロレ
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.15」#クロロレ #家出息子たちの帰還

───祖霊や神霊に選ばれて巫者になるものは精神に異常をきたすことが多い。あるはずがないものを見て聞こえないはずの声を聞くうちに日常に支障が生じるのは想像に難くない。だがこうやって祖霊や神霊は巫者候補が他者を二心なく助けられる人物であるかどうか確かめているのだという。選ばれたものが祖霊や神霊の指示に逆らって巫者にならないと今度は家族や飼っている動物の命を奪うのだ───


 あの日のディミトリはグレンの断末魔を聞いた。父の首が落ちるところを見た。にも関わらず首謀者の姿だけは見ることが叶わなかった。《許さない、殺す前に手足をもいでやる》あの日以来、死者は毎日ディミトリの耳元で首を捧げよと訴えて来る。名前が分からなければ、顔が分からなければこの手で首を捩じ切ることもできない。だがそんな歯痒い日々は地道な努力とは関係なく終わりを告げた。
「後は成すべきことを成すだけだ。そうすれば俺たちは結果に左右されない」
 大袈裟な身振り手振りで話したクロードは口を閉じ、静かな教室でディミトリの返事を待っている。
「そうだな」
 時を知らせる鐘が鳴るたびにディミトリの胸も高鳴った。悲願が達成される瞬間も近い。エーデルガルトが大軍を率いていてもディミトリ個人には関係なかった。《しくじるな、逃げられる前に手足をもげ》心の霧は晴れ、いつもより遠くが見渡せるような気がする。
「全員、無事に帰宅させてやりたいんだよ」
《早く、王都の城門に首を晒せ》
「問題ない。頭を潰せばいいだけだ」
 ドゥドゥーが分かりやすく咳き込んだ。だがクロードもヒルダも怪訝な顔すらしない。それでも場を取り繕いたくてディミトリはぎこちなく微笑んだ。伯父のリュファスはこういう時に嫌悪感を露わにする。だが二人ともその身に紋章を宿しているせいか、不自然な笑顔もきちんと無視してくれた。その陽気な柔軟さがありがたい。
「私たちはどうしても北と東に分かれちゃうから協力してほしいんだよねー」
 ヒルダが最初にドゥドゥーの腕を取ったのは上手いやり方だったと思う。二人の思惑通り、少し動揺したディミトリも釣られて無人の教室に入る羽目になってしまった。
「教会も俺たち全員に殉死してほしいわけじゃないだろ?踏みとどまるかどうかの基準は絶対に必要だ」
《臆病者!首を捩じ切る千載一遇の機会を奪うな!》クロードの言葉にドゥドゥーが頷いている。それなら亡霊たちがどう思うかはともかく、ディミトリ個人に反対する理由などない。

 
 ディミトリとドゥドゥーがクロードたちの教室から去った後、ヒルダは手巾で額の汗を拭った。日頃は軽薄な態度が目立つがこういう時は本当に頼りになる。
「手伝ってくれて助かった。やっぱりまず王子様に話を通しておかんとなあ」
 そういうとクロードは手の甲で額の汗を拭った。ディミトリには二心がある。こちらを裏切ろうとしているとかそういった類のことではない。ただ事実として心が二つある。
「ラファエルくんは気にしないだろうけどさ、ローレンツくんはどう思ってるの?何か聞いた?」
 そもそもクロードに何だかディミトリの様子がおかしい、と教えてくれたのはローレンツなのだ。夜に二人で語り合い、それぞれに意見を固めたと言っても過言ではない。
 ディミトリは先王の血を引き、ブレーダッドの紋章をその身に宿すたった一人の王子だ。周囲の大人たちが彼の二心に向き合わねばならない。だが彼の心に巣食うもう一つの心は周囲の大人たちの心と完全に重なる。
「あいつの考えも俺たちと似たようなもんさ」
「エーデルガルトちゃんだけ考えが違うんだね。どうしてなんだろう?」
 おそらくその答えが世に広く知られる時にディミトリかエーデルガルト、どちらかが命を落とす。それくらい決定的な破綻があったのだ。
「答え合わせは当分先になる筈だ」
「その時まで無事でいないとね。じゃあ私、大広間に行くからクロードくんは頑張って」
「途中でベレト先生とすれ違ったら俺が探してた、とだけ伝えておいてくれ」
 大広間では話し合いのため教室を無人にするのに協力してくれた級友たちが結果を待っている。そこそこ好ましい結論が出たせいかヒルダの後ろ姿は嬉しそうだった。クロードはこれからいつも敷地内を駆け回っているベレトを捕まえ、レアとアロイスの元へ行って撤退する際の物資を分けてもらえないか交渉せねばならない。
 ディミトリは勝敗を気にしていないがおそらくセイロス騎士団は敗北する。エーデルガルトは大軍を擁している上にアビスも含めたガルグ=マクの敷地や建物の構造に詳しいからだ。


 ドゥドゥーとアネットは倉庫にいた。可能な限り帝国軍に抗うつもりだがそれでも限界はある。
「ベレト先生にお願いされたんだけど、元はクロードの提案なんだって」
 くしゃみをした後でアネットが教えてくれた。倉庫には火の気がないので小柄で筋肉の少ないアネットは居るだけで身体が冷えてしまうのだろう。
「軽薄に見えても皆のことを考えて行動できるということだ」
 計算高いクロードが大軍を前にしても義理を優先していることは素直にありがたい。これ以上情勢が混沌としたら困惑したままで全てが終わってしまう。
 とにかく帝国軍がこちらに到着する前にセイロス騎士団の厚意で分けてもらった食料や薬の数を正確に数え、皆に分配しなくてはならない。アネットから間違いがないように手伝ってほしい、と言われたドゥドゥーは棚の上から箱を下ろした。小柄なアネットが無理に下ろしたら中身を割ったかもしれない。
「私、士官学校に来てよかった。殿下とも色んなお話ができたし、ドゥドゥーとお友達になれたしローレンツにも謝ってもらえたしから」
「謝る?」
 アネットはドゥドゥーに魔道学院でローレンツから迷子の町娘に間違われたことを話してくれた。気持ちはわからなくもない。アネットは苦労や努力がわかりにくい見た目をしている。彼女もいつかヒルダのように己の外見を利用するような強かさを身につける日が来るのだろうか。
「ドゥドゥー、五年後の同窓会もだけど……私、殿下の戴冠式がすっごく楽しみなの!王国なのが嫌だ、って独立して出来たのが同盟だけど、こうして協力も出来てるしクロードやローレンツもフェルディアに招かれるといいなーって」
 ドゥドゥーはフェルディアの王宮にローレンツやクロードがいる様子を想像してみた。玉座に座るディミトリの御前でも騒々しくしているだろう。
「そうだな。こうして協力できたならそんな日が来るのかもしれない」
「すっごく怖いけど、その日のためにやれることは全部やっておこうね!」
 アネットの望む未来はドゥドゥーも復讐を果たした後のディミトリも望む未来だ。だがディミトリは本懐を遂げるその日まで、未来を見ることがないような気がしている。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.14」
#クロロレ #家出息子たちの帰還

───ダスカー人は憑霊状態になった巫者と巫者本人の間に明確な一線を引く。巫者は祖霊と交流するのに欠かせない特殊技能の持ち主であると認めているが、それでも巫者本人は祖霊の入れ物に過ぎないからだ。依頼者は巫者がその身に宿した祖霊にしか用はない。憑霊状態の時には平伏しても巫者本人は人として扱う。(中略)老いや病でその身に祖霊を下ろせなくなった巫者は弟子に地位を譲り、依頼者そして信者としてかつての弟子を相手に平伏すらするのだ───


 シルヴァンの副官として儀式に参加しているローレンツは緊張しているのか、ずっと黙っていた。本来なら俗人が入ることを許されない聖域は静謐さに満ちている。軽口を飛ばすのも憚られるような状況で儀式は失敗に終わった。望んだ時に望んだような奇跡は起こらない。
 居た堪れない雰囲気は敵襲によって終わりを告げ───シルヴァンもローレンツも何を信じれば良いのか分からなくなっている。
 フェリクスは初陣を終えてからディミトリを詰るようになった。ジェラルトの死がきっかけとなり、ディミトリの中に埋もれていた火は再び勢いを増している。あの時、彼は自分の母親を殺しておきながら、と言った。
 どうやら短剣の子、はエーデルガルトであったらしい。彼の人生は苦難と悲しみに満ちている。そんな中で短剣の子、だけは微笑ましい話として周囲から消費されていた。紋章由来の怪力を持つディミトリと凡人の間には元から深い溝があり───その溝を埋める素材はもうない。
 皆と共に教室で待機しているローレンツは儀式の時からずっと黙っている。シルヴァンは彼の隣に腰を下ろした。先ほどからフェリクスはアネットと話しこんでいるので邪魔をしたくない。
「ローレンツ、ちょっといいか?」
「……構わない」
「気を紛らわしたいからこの場とは関係ない話をしよう」
 ローレンツはため息をついた。グロスタール領は帝国と面している。領民を巻き込まないために今後どうすべきか、で頭がいっぱいのはずだ。
「理性は感情に敵わないのかもしれない」
 これは哲学の話ではない。哲学に見せかけた現実の話だ。ディミトリは首を捻じ切ることを熱望している。おそらく比喩ではない。
「手綱が切れたら足腰で何とかするしかないな」
「その場合、足腰は何が該当するのだろう?」
「そこは信仰……じゃないか?」
 口をついて出た言葉が自分でも意外で、シルヴァンは思わず唇に手を当てた。ローレンツも驚いたのか何度も瞬きしている。だが、そこまで追い詰められた時に役に立たないのであれば───セイロス教の五戒など存在する意味がない。


 ローレンツは女神の奇跡を目撃したはずなのに聖墓での儀式は失敗した。大司教であるレアがベレトに求めているものがさっぱり分からない。戸惑ったまま皆で教室に戻り、しばらく待機させられた後で解散となった。セイロス騎士団のものたちもエーデルガルトの行動に呆然としている。
 元から寮で過ごす時間は残り少ないはずだった。だがこんな終わり方をするはずではなかった。
「ちょっと来てくれ」
 クロードの表情はこれまで見たことがないほど硬い。鏡で確認する気もしないがローレンツも似た様な表情をしているだろう。
「いや、偶には僕の部屋で……」
 フェルディナントの部屋をを横目でちらりと見たクロードは無言で己の部屋を指差した。フェルディナントは盗み聞きをするような人物ではない。だが彼を疑わずに済むようローレンツは無言で頷いた。意地を張るような局面ではない。
 
「教会か帝国か選べってことだ」
 部屋に入るなり寝台に寝っ転がったクロードは現状を要約した。疲れて身体を投げ出したい気持ちはローレンツにもよくわかる。
「君ならどちらを選ぶ?」
 グロスタール家は領民のため不本意でも帝国を選ばねばならない。苦い思いを飲み込みながらローレンツは文机用の椅子に腰を下ろした。
「帝国は豊かだがエーデルガルトは無限に金貨が湧き続ける壺を持ってる訳じゃあない」
 兵士は存在するだけで糧食を必要とするし輸送部隊は物資を運びながら消費していく。
「まさか……戦費が尽きるまで誤魔化し続けるつもりか?」
 頰に手を当てたクロードが上目遣いにローレンツの様子を窺っている。
「信頼に値するか?」
 どちらも信頼できないのは確かだ。気取られずに戦争の準備をしていた帝国も枢機卿が別人に入れ替わっていたのに全く気付いていなかった教会も───それぞれの理由で財や命を賭ける気になれない。
「だがそれではこちらが信頼を失ってしまう」
「勿論、俺の私見に過ぎない。大人たちには全く別の考えがあって、そっちの方が名案な可能性だってある」
 そういうとクロードは起き上がって棚の酒瓶を手に取った。予定が狂った苛立ちを鎮めなければきっと余計な犠牲が生まれる。


 ツィリルは騎士や修道士たちの会話からエーデルガルトの檄文の内容について察した。彼女がしたいことも分かった。だが何を言いたいのか、はよく分からない。
 しかしパルミラとフォドラの国境地帯で育ったので敵の軍勢が迫ってくる際特有の雰囲気には覚えがある。生きのびるためには恐怖で強張る身体を動かさねばならない。だから空元気を出すために皆で祖霊や神霊に加護を祈っていた。しかしツィリルは結局両親を失い捕虜になっている。
 だがよく分からない女神に祈りを捧げる気も起きなかった。ツィリルが崇拝しているのはレア本人で、女神ではなくレアの行為に感謝している。それが騎士たちとの最も大きい違いかもしれない。彼らは聖堂で毎日聖典を読み、頭を垂れて祈っている。
 ツィリルはこれまで本の中身に興味を持ったことはない。だがリシテアに文字を習い始めた今なら理解できるのではないか───そう考えて手に取ったがやはり難解すぎた。
 リシテアは聖典を手にしたツィリルから聖堂で話しかけられて驚いたのか何度も瞬きをしている。確かにツィリルにとって聖堂は蝋燭を取り替えたり掃除をする仕事場であっておしゃべりを楽しむような場所ではなかったのだ。
「リシテア、この本を読めばどうして帝国がレア様を虐めようとしているのか、ボクにも分かるようになる?」
「いいえ、そんなことは書いてありません。そうではなくてこれまで何があったのか、してはならないこと、するべきことについて書いてあります」
 何故騎士たちは熱心に聖典をめくり、女神に頭を垂れているのだろう。
「聖堂でお祈りするのは……しなさいって書いてあるから?」
「そうですね。祈祷、祈りを捧げることは義務……つまりするべきこと、になっています」
 パルミラの祖霊たちの中には祈祷が足りないと言う理由で人間を呪うものも存在する。
「お祈りしないと何か嫌なことが起きたりするの?」
「起きませんよ、安心してください」
 リシテアはそう言って微笑んだ。しかし罰も与えられないような存在にレアや騎士それに学生たちを守る力はあるのだろうか。畳む
6年目のお茶会webアンソロ参加作品「木箱」
#クロヒル #ロレマリ

 光の杭によってメリセウス要塞が破壊され、ミルディン大橋まで撤退した日はそれぞれに釈然としない思いを抱えたまま解散することとなった。
 すぐに受け入れられるものではない、と頭で分かっていてもローレンツの拒絶にクロードは傷ついただろう。ローレンツもひどく驚いて頑なな態度をとってしまったことを今頃悔いているはずだ。ヒルダもまだ戸惑っている。
 だがアンヴァルに向かう前にこの雰囲気はなんとかせねばならない。そんな訳でヒルダはまずローレンツの部屋の扉を叩いた。部屋が片付いていない、という理由で断られたら彼の部屋を使いたい。
「クロードくんと話をしたいから一緒に来て欲しいんだけど」
 扉はすぐに開き、ローレンツは廊下へ出てきてくれた。表情から察するにやはりまだクロードに謝罪していない。ヒルダは続けてクロードの部屋の扉を叩いた。
「私たち話があるの」
「どちらの部屋がいい?」
 ローレンツは完璧にヒルダの意図を察している。意外だがヒルダたちはクロードの部屋に入ることが出来た。それほど床も汚れていない。クロードは来客用の椅子にヒルダを、文机用の大きな椅子にローレンツを座らせた。彼自身は寝台に座るつもりらしい。
「ローレンツ、お湯沸かしてくれ」
「僕を火種扱いするな」
 息を吸うように反発したがローレンツはファイアーの呪文を唱え始めた。卓上でも使えるような小さな焜炉には小さなやかんが載せてある。クロードはお湯をローレンツに任せると棚から箱を取り出した。
「もう隠す必要もないしな」
 どうやら故郷の品らしい。箱からは白い包みが現れた。中には焦茶色の塊が入っている。クロードは板のような謎の物体を机の上に置き、背中を揉むかのように両手を押し付けた。
「あれ?割れないな」
 クロードが手こずるそれ、は何かの葉を乾燥させて板状に固めたものらしい。
「私、やってみてもいいかな」
 ヒルダが力を込めると焦茶の塊はすぐ真っ二つに割れた。
「流石ヒルダだな!」
「そんなに強く押したつもりないんだけどなー」
「ん?これは茶葉なのか?」
 辺りに広がる香りにローレンツが反応する。
「長距離輸送に耐えるように固めるんだ。表面には刃が入らないから最初は割るしかなくてなあ」
 クロードは小刀で茶葉の塊を削って茶器に入れるとお湯を注いだ。少し蒸らしてからそれぞれの器に注ぐ。薄い橙色の液体からは少し湯気がたっている。
「フォドラの紅茶とは少し味が違うが悪くない」
「ほお……古今東西の紅茶を知るローレンツ先生が言うなら間違いないな」
「クロードくん!そこでそういう揶揄い方しないの!二人とも言わなきゃいけないことあるでしょ?」
 ローレンツもクロードが出自を明かせなかった理由は分かっているのだ。だが人間は理屈だけで生きていない。
「クロード、驚いてしまって申し訳なかった」
 ローレンツの謝罪を受けたクロードが安堵のため息をついた。ホルストと彼が受け入れたなら他の諸侯たちもきっとクロードを受け入れる。
「俺も驚かせて悪かった」
 だがヒルダが話したかったのはそんな分かりきったことではない。
「そうだよ!私だっていきなり義兄弟が増えて、とっても驚いたんだから!ナデルさんってどんな人なの?」
 おそらくクロードの心にはファーガスのお家騒動が深く刻まれている。
「確かに血を分けた兄の義兄弟ならその為人が気になって当たり前だな。詳しく話したまえ」
 だが円満な家庭も数多く存在するのだ。
「長くなるぞ」
「それなら茶菓子を持ってこよう」
 本来の姿を取り戻したローレンツは実に頼もしい。そして気の利く彼は焼き菓子が入った木箱をクロードに渡すと自分の部屋に引っ込んでしまった。どちらに恩を売ったつもりだろうか。


 ある朝、身支度を整えたローレンツが扉を開けるとそこには箱が置いてあった。床に置いても平気なようにきちんと布に包まれていて、身に覚えのある大きさをしている。中身を確かめてみるとやはり先日、焼き菓子を渡すのに使った木箱だった。あの時ヒルダが割った茶葉の片割れとクロードからの手紙が入っている。態度のことも茶菓子のこともその他のことも貸し借りなしにしたいらしい。ローレンツは単に引き際を心得ているだけに過ぎないのだが───単純に気分が良くなった。
 珍しい品が手に入ったので、というのは定番の誘い文句だ。マリアンヌは何かに怯えながら暮らしているが、幸運なことにローレンツを警戒しない。
 良いきっかけを得たローレンツはマリアンヌを自室に招き、そっと彼女の前に茶葉の塊を置いた。いつもと趣向が違うせいかマリアンヌは不思議そうな顔で焦茶色の塊を見ている。
「これはクロードからお裾分けされた茶葉だ。だがクロードはこれを割るのに失敗して、結局ヒルダさんに手伝ってもらっていた」
 ローレンツはマリアンヌが持参した焼き菓子に茶葉がかからないようにそっと白い手巾をかぶせ、茶葉の塊に小刀を突き刺した。使う分だけ削り取るべし、茶葉が重なっている向きを見ながら刃を入れないとせっかくの茶葉を切り刻むことになるので気をつけるべし、とクロードの手紙には書いてあった。
「では元は長方形だったのですね。持ち運びに便利そうです」
「産地はクロードの故郷よりかなり東の山奥らしい。きっと道も細いのだろう」
 飛竜や天馬は大規模な輸送に向かない。重くて大きい荷物を持たせるとすぐに疲れて速度が下がってしまう。だから茶葉の産地から一番近い市場や港までは陸路で運ぶしかない。
「港までの距離がある土地ではこのような工夫をしているのですね、勉強になりました」
 つい最近まで茶葉の旬を気にするものなど殆どいなかったらしい。だがエドマンド家は茶葉が旬のうちにファーガスに届けることでその名を上げた。ローレンツの父エルヴィンはエドマンド辺境伯のそれまで対して注目されていなかったものに付加価値をつける技術を警戒している。
 そんなエドマンド家の養女であるマリアンヌの言葉に頷きながらローレンツは茶器に茶葉を入れ、沸かしておいたお湯を注いだ。クロードがどこ出身であろうと彼を見て苛々することに変わりはない。ローレンツはその思いを新たにした。
 少し蒸らしてから白磁の器に薄い橙色の液体を注ぐと辺りにふんわりと異国の香りが漂う。マリアンヌも静かに口をつけ味と香りを楽しんでいた。
「その……先日は見苦しい姿を見せてしまって申し訳なかった」
 ローレンツには友人が沢山いる。だが国と立場を同じくする友人はクロードしかいない。そう思っていたのに出自について隠されたことが悔しかった。
「仲が……よろしいからこそ、だと思います」
 慎重に言葉を選ぶ彼女は本当に美しい。ローレンツはマリアンヌが美の根源であるその身に秘める何か、を穏やかな気持ちで明かしてくれる日をじっと待っている。
「仲が良い、とは……一体、誰と誰の話だろうか?」
「まあ、ローレンツさんったら!」
 マリアンヌは口に手を当てて笑っている。誕生日に扇子を贈ったら彼女は使ってくれるだろうか。ローレンツがまともな買い物をするためにもレスター諸侯同盟に有利な形で早く戦争を終わらせねばならない。
「流石にクロードと言えどもこれ以上の騒ぎは起こせないだろう。いや、起こさないように監視せねば……」
「きっとヒルダさんからも感謝されますね」
 だがクロードはフォドラにいる間中ずっと騒ぎを起こし続け───去った際も蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。そんな未来が来ることをローレンツたちはまだ知らない。畳む