蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.13」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───巫者が祖霊に肉体を明け渡している際は暗闇の中にいるようで周囲で何が起きているのかよく分からないし覚えていられず意識も保てないのだという。辺りを見回す目、物音を聞く耳、思考する頭、言葉を発する口を貸し出していると考えれば納得できる。(中略)言葉と思考は切り離し難いものだ。思考だけがあっても言葉がなければその思考は他者から理解されない。思考と言葉は互いに根源にも結果にもなりうる。思考の限界と言葉の限界は一致しているのだ───
セイロス騎士団は出自を問わない。シャミアのような信徒ではないものも所属しているし、ハンネマンやマヌエラのような帝国出身者も、同盟出身者も王国出身者もいる。だからクロードとディミトリは同じ手法を取っていた。血筋を利用して騎士たちを油断させ、レアの出した箝口令を掻い潜っている。図々しい話だが、女神と教会は無謬だとしても騎士やその実家の面々は俗世間に属しているので責めないでやって欲しいと思う。
そんなわけで夜中に書庫へ行く目的が増えていた。ディミトリが書庫へ向かうと机上に禁帯出の地図が広がっている。その上には白くて丸い石が置かれていた。《リュファスを見ろ、賢しげなことをいうやつを信用するな》
ディミトリは懐から黒くて丸い石を取り出した。《本当なものか、あいつも嘘をついている》ファーガス出身の騎士から聞き出した地点にその石を置く。あと何日かすれば法則が掴めることだろう。《どこだ、殺してやる》二点の位置を覚えたので白い石を懐にしまった。
数日後の朝、ドゥドゥーが朝食を取れというのでディミトリは食堂に向かった。もう何年も食べ物の味がしない。きっと毒を盛られても気がつかないだろう。《あはは、間抜けは死ね》運んでもらった食事を無理やり咀嚼しているとクロードが挨拶をしながら隣に腰を下ろした。彼はドゥドゥーにもきちんと声をかける。
「駒の動きが読めたような気がしないか?」
「何というか……非常に大胆だな。おそ、ぬ成功するが」
「近々出撃することになる。そっちに移った連中を頼むぞ」
レアさんと連中はこのフォドラを盤上に見立てている───クロードはそういって話を持ちかけてきた。彼は移籍したものたちに愛着を、レアには微かな憤りを持っている。《相応しくない!塔から放り投げろ!》ジェラルドを殺害した一味の駒は目撃情報で、レアの駒はセイロス騎士団だ。空白地帯を作り、そこに嵌った方が負ける。
彼女はベレトに復讐を禁じることによって彼を守ろうとしているが《ふざけるな、人生を奪うな》同時に彼を何かに利用しようとしていた。
書庫番のトマシュにクロードは親近感を覚えていた。意外にも大司教座のあるガルグ=マクにはセイロス教に親しみを覚えていないものは割と多い。クロードがさっと思いつくだけで、トマシュを騙っていたもの以外に自分を含めて四人はいた。問題は想像より多かったこと、親しみではなく憎しみを覚えていたこと、だ。あのままトマシュと親しくしていたら白きものの絵以外に何を見せられたのだろう。
ディミトリは狙い通りベレトと共に出撃していった。クロードは少し彼が羨ましい。クロードの求める真相はレアが握っている。ベレトを使って脅せば打ち明けてもらえるかもしれない。
「下策だな……」
気を失った状態でガルグ=マクに担ぎ込まれたベレトを見たクロードはぽつりと呟いた。聞き取れたものはいないだろうが、いたとしても意味が分からないだろう。ガルグ=マクに帰還したものたちは珍しく高揚していた。おそらくレアそっくりに変化したベレトの髪の色が関係している。
知っておくべきだ、と言ってこれまでローレンツが話してくれたことからも分かる通り、青獅子の学級に与えられた課題は気が滅入るものばかりだった。だが今回はレアが帰還したベレトを見てまさに狂喜したのだという。ローレンツは大きなため息をついた。礼儀作法にこだわりのある彼はクロードの部屋以外でこんな態度は取らない。
「先生が本懐を遂げたことも無事であることも喜ばしい。僕も聖典を読んで育った。当て嵌めたい気持ちもわかる。だが……」
後は寝るだけ、と言った格好をしているローレンツの眉間に皺が寄った。付け焼き刃かつ他人事で聖典を読んだクロードはこんな時にどんな顔をすればいいのか分からない。仕方ないので無表情を保った。
「先生が助かった理由にも髪の色が変化した理由にもならないな」
ローレンツは寒気を感じたのか両腕を擦り合わせている。隠喩を使って修身をといたもの、と思って読んでいた書物が客観的な事実を買いた歴史書だ、と言われたら困惑するし混乱して当たり前だ。
「僕が目撃したものは一体何だったのだろう」
クロードは黙って頷いた。こんな風に何かあった時にすぐ腹を割って話せる日々は残り少ない。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───巫者が祖霊に肉体を明け渡している際は暗闇の中にいるようで周囲で何が起きているのかよく分からないし覚えていられず意識も保てないのだという。辺りを見回す目、物音を聞く耳、思考する頭、言葉を発する口を貸し出していると考えれば納得できる。(中略)言葉と思考は切り離し難いものだ。思考だけがあっても言葉がなければその思考は他者から理解されない。思考と言葉は互いに根源にも結果にもなりうる。思考の限界と言葉の限界は一致しているのだ───
セイロス騎士団は出自を問わない。シャミアのような信徒ではないものも所属しているし、ハンネマンやマヌエラのような帝国出身者も、同盟出身者も王国出身者もいる。だからクロードとディミトリは同じ手法を取っていた。血筋を利用して騎士たちを油断させ、レアの出した箝口令を掻い潜っている。図々しい話だが、女神と教会は無謬だとしても騎士やその実家の面々は俗世間に属しているので責めないでやって欲しいと思う。
そんなわけで夜中に書庫へ行く目的が増えていた。ディミトリが書庫へ向かうと机上に禁帯出の地図が広がっている。その上には白くて丸い石が置かれていた。《リュファスを見ろ、賢しげなことをいうやつを信用するな》
ディミトリは懐から黒くて丸い石を取り出した。《本当なものか、あいつも嘘をついている》ファーガス出身の騎士から聞き出した地点にその石を置く。あと何日かすれば法則が掴めることだろう。《どこだ、殺してやる》二点の位置を覚えたので白い石を懐にしまった。
数日後の朝、ドゥドゥーが朝食を取れというのでディミトリは食堂に向かった。もう何年も食べ物の味がしない。きっと毒を盛られても気がつかないだろう。《あはは、間抜けは死ね》運んでもらった食事を無理やり咀嚼しているとクロードが挨拶をしながら隣に腰を下ろした。彼はドゥドゥーにもきちんと声をかける。
「駒の動きが読めたような気がしないか?」
「何というか……非常に大胆だな。おそ、ぬ成功するが」
「近々出撃することになる。そっちに移った連中を頼むぞ」
レアさんと連中はこのフォドラを盤上に見立てている───クロードはそういって話を持ちかけてきた。彼は移籍したものたちに愛着を、レアには微かな憤りを持っている。《相応しくない!塔から放り投げろ!》ジェラルドを殺害した一味の駒は目撃情報で、レアの駒はセイロス騎士団だ。空白地帯を作り、そこに嵌った方が負ける。
彼女はベレトに復讐を禁じることによって彼を守ろうとしているが《ふざけるな、人生を奪うな》同時に彼を何かに利用しようとしていた。
書庫番のトマシュにクロードは親近感を覚えていた。意外にも大司教座のあるガルグ=マクにはセイロス教に親しみを覚えていないものは割と多い。クロードがさっと思いつくだけで、トマシュを騙っていたもの以外に自分を含めて四人はいた。問題は想像より多かったこと、親しみではなく憎しみを覚えていたこと、だ。あのままトマシュと親しくしていたら白きものの絵以外に何を見せられたのだろう。
ディミトリは狙い通りベレトと共に出撃していった。クロードは少し彼が羨ましい。クロードの求める真相はレアが握っている。ベレトを使って脅せば打ち明けてもらえるかもしれない。
「下策だな……」
気を失った状態でガルグ=マクに担ぎ込まれたベレトを見たクロードはぽつりと呟いた。聞き取れたものはいないだろうが、いたとしても意味が分からないだろう。ガルグ=マクに帰還したものたちは珍しく高揚していた。おそらくレアそっくりに変化したベレトの髪の色が関係している。
知っておくべきだ、と言ってこれまでローレンツが話してくれたことからも分かる通り、青獅子の学級に与えられた課題は気が滅入るものばかりだった。だが今回はレアが帰還したベレトを見てまさに狂喜したのだという。ローレンツは大きなため息をついた。礼儀作法にこだわりのある彼はクロードの部屋以外でこんな態度は取らない。
「先生が本懐を遂げたことも無事であることも喜ばしい。僕も聖典を読んで育った。当て嵌めたい気持ちもわかる。だが……」
後は寝るだけ、と言った格好をしているローレンツの眉間に皺が寄った。付け焼き刃かつ他人事で聖典を読んだクロードはこんな時にどんな顔をすればいいのか分からない。仕方ないので無表情を保った。
「先生が助かった理由にも髪の色が変化した理由にもならないな」
ローレンツは寒気を感じたのか両腕を擦り合わせている。隠喩を使って修身をといたもの、と思って読んでいた書物が客観的な事実を買いた歴史書だ、と言われたら困惑するし混乱して当たり前だ。
「僕が目撃したものは一体何だったのだろう」
クロードは黙って頷いた。こんな風に何かあった時にすぐ腹を割って話せる日々は残り少ない。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの期間.12」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーでは葬儀を終えた一週間から四週間後に巫者を呼ぶ。巫者は遺族や故人の友人たちの前で死後の世界へ旅立ったばかりの故人の魂を呼び戻し、己の身体に憑依させる。遺族や友人は故人と生前の思い出話をして死後の世界での暮らしぶりを聞き、何かして欲しいことがないか、言い残したことがないかを問う。この場では遺族と死者との口論が起きることも珍しくない。葬儀は死者を悪霊ではなく祖霊にするための儀式で、巫者による呼び戻しは死者個人のために行われる───
昨日は本当にいい日で、フェリクスとイングリットがそれぞれに踊る姿を見たディミトリはずっと微笑んでいた。彼の伯父であるイーハ公は絶対に認めようとしないが、ディミトリは他人の幸福に喜びを見出す。それなのに続いて欲しい日常は儚い。
ディミトリの箍が外れつつあった。父の死、が目の前でくりかえされたからだ。心中で起きていること、と現実で起きていること、の違いとはなんだろうか。たとえ遺言があったとしても死者たちの最後の願いは想像するしかない。きっとそこが生者と死者を分ける最後の一線なのだろう。その空白を事実で埋めるのは不可能だ。
シルヴァンは兄を自らの手で討ったのでゴーティエ家のものは他人を恨まずに済む。兄の仇はシルヴァン自身で───仇を討とうとするなら自裁するしかないし、当然そんなことをするつもりもない。だからディミトリがひどく遠い。察したドゥドゥーがすぐに寮へ連れ帰っていた。これくらいしか彼のために出来ることがないので同じ武器を扱うシルヴァンとローレンツが彼の槍を手入れしている。魔獣を相手にしていたせいか返り血を拭う感触がどことなく違う。
「これも刃こぼれしている」
ディミトリは他者と槍の使い方が違った。シルヴァンもローレンツも槍を敵に突き刺すのだが彼は槍を打撃用の武器として使う。敵兵の頭を割り、腕や肋骨の骨を折るのだ。
「こっちもだ。全部ドゥドゥーに研いでもらわないとだめだな」
傷み方が違うので穂先の汚れを拭き取り、錆止めの油を塗るだけでは足りない。だが単純作業が気を紛らわせてくれる。フェリクスが刀の手入れを好む理由が今更ながらシルヴァンにもわかった。グレンを失った時も一人で刀を研いでいたのかもしれない。
「彼は器用だな。温室で植物の世話しているところを見たことがある」
「料理も上手いよな」
シルヴァンもローレンツもジェラルド本人とベレトについて話すことが出来なかった。ディミトリたちは今頃どんなことを話しているのだろう。いや、そもそも会話が成立しているのだろうか。
ローレンツとクロードが下らない意地の張り合いをしていられるのもエルヴィンとオズワルドが健在だからだ。星辰の節が終われば一年の終わりは近い。自領に戻れば周囲から未来の領主としての振る舞いを求められ、こんな風にクロードの私室へ招かれる機会もなくなる。舞踏会の晩のいざこざも子供時代の思い出になることだろう。
「何というか、密偵の報告を受けているような気分になるな……」
旧礼拝堂の顛末を聞いたクロードはそういうと杯に口をつけた。滅入った気分も飲み込んでいるのかもしれない。酒瓶の残りも想像より遥かに血生臭い学生生活も残り僅かだ。
「それでも伝えないわけにはいかないだろう?」
クロードは微かに痙攣する瞼を指で抑えている。彼も士官学校で起きた一連の騒動を現在の盟主であるリーガン公に伝えないわけにはいかない。
「……それもそうだな。俺もお前が知るべきだと思うことを話すよ。話すんだが、まずは最後まで黙って聞いてくれ」
故人の部屋に入り込み、その日記を勝手に読む、という貴族らしからぬ行いが吹き飛ぶほど異常な話だった。お産で亡くなった母、笑わず鼓動が聞こえない赤ん坊。不審な火事に乗じて団長という位を投げ打ち、ガルグ=マクから出奔する父。
ローレンツも杯に口をつけた。鏡が手元にないから確認できないが、きっと先程のクロードと同じ表情をしていることだろう。
「何をされたのか分からない状態は不気味だ。距離を取りたい気持ちは理解できる」
「俺たちと先生、それにジェラルドさんには共通点がある」
クロードが指摘した通り四人ともその身に紋章を宿している。ローレンツは黙って彼の言葉を待った。
「俺の身体は俺の持ち物のはずなのに、俺より教会の方が俺の身体についてよく知ってる」
その静かな怒りをローレンツは理解できる。だが、自分一人分ならきっと押さえ込んでしまう。
「先生はジェラルドさんにとって、一人息子というだけではない。奥方の忘れ形見でもあったから思い切ったことが出来たのだろう」
ローレンツも自分のためならその怒りを押さえ込んでしまうだろう。だが家族を守るためならきっと躊躇しない。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーでは葬儀を終えた一週間から四週間後に巫者を呼ぶ。巫者は遺族や故人の友人たちの前で死後の世界へ旅立ったばかりの故人の魂を呼び戻し、己の身体に憑依させる。遺族や友人は故人と生前の思い出話をして死後の世界での暮らしぶりを聞き、何かして欲しいことがないか、言い残したことがないかを問う。この場では遺族と死者との口論が起きることも珍しくない。葬儀は死者を悪霊ではなく祖霊にするための儀式で、巫者による呼び戻しは死者個人のために行われる───
昨日は本当にいい日で、フェリクスとイングリットがそれぞれに踊る姿を見たディミトリはずっと微笑んでいた。彼の伯父であるイーハ公は絶対に認めようとしないが、ディミトリは他人の幸福に喜びを見出す。それなのに続いて欲しい日常は儚い。
ディミトリの箍が外れつつあった。父の死、が目の前でくりかえされたからだ。心中で起きていること、と現実で起きていること、の違いとはなんだろうか。たとえ遺言があったとしても死者たちの最後の願いは想像するしかない。きっとそこが生者と死者を分ける最後の一線なのだろう。その空白を事実で埋めるのは不可能だ。
シルヴァンは兄を自らの手で討ったのでゴーティエ家のものは他人を恨まずに済む。兄の仇はシルヴァン自身で───仇を討とうとするなら自裁するしかないし、当然そんなことをするつもりもない。だからディミトリがひどく遠い。察したドゥドゥーがすぐに寮へ連れ帰っていた。これくらいしか彼のために出来ることがないので同じ武器を扱うシルヴァンとローレンツが彼の槍を手入れしている。魔獣を相手にしていたせいか返り血を拭う感触がどことなく違う。
「これも刃こぼれしている」
ディミトリは他者と槍の使い方が違った。シルヴァンもローレンツも槍を敵に突き刺すのだが彼は槍を打撃用の武器として使う。敵兵の頭を割り、腕や肋骨の骨を折るのだ。
「こっちもだ。全部ドゥドゥーに研いでもらわないとだめだな」
傷み方が違うので穂先の汚れを拭き取り、錆止めの油を塗るだけでは足りない。だが単純作業が気を紛らわせてくれる。フェリクスが刀の手入れを好む理由が今更ながらシルヴァンにもわかった。グレンを失った時も一人で刀を研いでいたのかもしれない。
「彼は器用だな。温室で植物の世話しているところを見たことがある」
「料理も上手いよな」
シルヴァンもローレンツもジェラルド本人とベレトについて話すことが出来なかった。ディミトリたちは今頃どんなことを話しているのだろう。いや、そもそも会話が成立しているのだろうか。
ローレンツとクロードが下らない意地の張り合いをしていられるのもエルヴィンとオズワルドが健在だからだ。星辰の節が終われば一年の終わりは近い。自領に戻れば周囲から未来の領主としての振る舞いを求められ、こんな風にクロードの私室へ招かれる機会もなくなる。舞踏会の晩のいざこざも子供時代の思い出になることだろう。
「何というか、密偵の報告を受けているような気分になるな……」
旧礼拝堂の顛末を聞いたクロードはそういうと杯に口をつけた。滅入った気分も飲み込んでいるのかもしれない。酒瓶の残りも想像より遥かに血生臭い学生生活も残り僅かだ。
「それでも伝えないわけにはいかないだろう?」
クロードは微かに痙攣する瞼を指で抑えている。彼も士官学校で起きた一連の騒動を現在の盟主であるリーガン公に伝えないわけにはいかない。
「……それもそうだな。俺もお前が知るべきだと思うことを話すよ。話すんだが、まずは最後まで黙って聞いてくれ」
故人の部屋に入り込み、その日記を勝手に読む、という貴族らしからぬ行いが吹き飛ぶほど異常な話だった。お産で亡くなった母、笑わず鼓動が聞こえない赤ん坊。不審な火事に乗じて団長という位を投げ打ち、ガルグ=マクから出奔する父。
ローレンツも杯に口をつけた。鏡が手元にないから確認できないが、きっと先程のクロードと同じ表情をしていることだろう。
「何をされたのか分からない状態は不気味だ。距離を取りたい気持ちは理解できる」
「俺たちと先生、それにジェラルドさんには共通点がある」
クロードが指摘した通り四人ともその身に紋章を宿している。ローレンツは黙って彼の言葉を待った。
「俺の身体は俺の持ち物のはずなのに、俺より教会の方が俺の身体についてよく知ってる」
その静かな怒りをローレンツは理解できる。だが、自分一人分ならきっと押さえ込んでしまう。
「先生はジェラルドさんにとって、一人息子というだけではない。奥方の忘れ形見でもあったから思い切ったことが出来たのだろう」
ローレンツも自分のためならその怒りを押さえ込んでしまうだろう。だが家族を守るためならきっと躊躇しない。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.11」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
11
───魂の抜けた身体は御者のいない馬車に例えられる。馬はあちこち好き勝手に走り回り、方々にぶつかり馬も傷つく。そのうち御者がいないことに気づいた悪霊が馬車に乗り込む。一方で巫者は御者に例えられる。自らの意思で魂を抜いた身体に精霊を憑依させるからだ。だが巫者の内なる世界で何が起きているのか、は彼らを外部から観察するしかない余所者が客観的に判断するのは不可能だ。───
日頃は施錠されていて出入りの許されない女神の塔はわざとらしく鍵が外されていた。修道院の粋な計らいだろうか。クロードは少し離れた場所から、散り散りに塔へ向かっては見つからないように出てくる学生たちを眺めた。結果として入れ替え制になっていることに皆が気が付かないのは見つからないように必死だからだろう。意識はお相手に集中しているので前後に誰がいたのか、など考えもしない。
もう少し近寄れば顔も分かるだろうが、そこまで近寄ると人目を避けたい二人がクロードに気がついて塔に入らず去ってしまう。クロードは特別な、今晩だけの時間潰しとして塔の入り口付近にある物陰に一人で隠れることにした。それにローレンツに見つかれば先ほどの件で叱言を言われるに決まっている。早寝な彼が眠ってしまうまで時間を潰した方がいい。寝て起きれば怒りも薄まっているはずだ。
束の間の自由を楽しむ鳥籠の鳥たちは本当に終生その相手を愛するのだろうか。クロードのどこか他人事な態度は早々に崩れることとなった。長身で性根も髪の毛も真っ直ぐな人物が塔に向かって歩いてくる。
自分とあんなことをした彼が相応しいと認定した女学生は誰なのだろう。自分から均衡を崩したくせにクロードの心はざわめいていた。ローレンツは通路の真ん中で辺りを見回している。人目を避けているのか、それともお相手が来るのを待っているのか。
今晩は舞踏会にいた学生たち誰もが歩みを進める夜なのかもしれない。それならクロードはどこに向かっていくのだろう。そして事態は思わぬ方に進んだ。ローレンツがこちらに近づいてくる。
「悪趣味だぞ、クロード」
影がさしていて彼の表情はよく見えなかった。
「おいおいローレンツ、俺のこと構ってる場合か?お相手のことを考えろよ」
吹き出た冷や汗が背中を伝っていく。口から出まかせはいくらでも出てくる。故郷ではそうやって危機を回避してきたからだ。だが一体、何の危機というのだろう。単なる色恋沙汰に過ぎないのに。
「全く……君は自分だけが指し手だと思っているようだ。場所を変えるぞ」
ローレンツは眉間に皺を寄せたままクロードを睨みつけた。
クロードが舞踏会を引っ掻き回すところをローレンツは呆然と見つめていた。彼は何故、自分の前であんなことをするのか。耳目が集まるような場であんなことをするなら何故、コナン塔から帰還した後であんなことをしたのか。曲が終わったらすぐにクロードの元へ行って───何かを言わねばならない。そう考えて黄色い外套を目で追っていたローレンツは後ろからそっと肘を掴まれた。それが振り払えないほどの力であったので誰なのか察する。
「喜んでお相手するよ」
ローレンツは振り向いて右手を胸に当て、ヒルダに礼をした。次の曲が始まり、大広間の真ん中に二人で手を取って踊り出る。皆、音楽と相手に夢中で密談するにはもってこいだった。
「ローレンツくん、また騒ぎを起こすのは駄目だよ」
くるくると回りながらヒルダが忠告してくる。二つ結びにした薄紅色の髪がすれ違うものたちにぶつからないよう、ローレンツが進行方向を調整せねばならない。
「何もかもあの調子でいくと思わせたくない」
「試してもらいたいことがあるから今は堪えてくれるかなー?」
彼女がそう言った時は半信半疑だった。しかしローレンツが数曲踊った後、確かにクロードはヒルダが誘導した通りに先に引き上げていた。
真の事情を知らないヒルダは単に友情と善意ゆえにローレンツの名誉を救ってくれたに過ぎない。そんな彼女の手のひらで転がされたことが信じられないのだろう。寮に戻る道中、種明かしをされたクロードはローレンツの部屋で頭を抱えている。
「いや、本当に油断禁物、だな……」
「周りのものたちを甘く見るな。ヒルダさんに悪趣味な好奇心を見抜かれていたではないか」
恥ずかしさは底を打ったのかクロードは顔を上げた。言うべきことを言おうとする姿は年相応で可愛らしい。
「不安な思いをさせて悪かった」
ローレンツは今後、この口からこの類の言葉を何度も聞かされそうな気がする。
「分かっているなら結構」
そして聞かされる度にこんな風に返事をするのだろう。女神の塔に現れた自分を見て、ひどく不安そうな顔をしていた時点でローレンツはクロードのことを許していた。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
11
───魂の抜けた身体は御者のいない馬車に例えられる。馬はあちこち好き勝手に走り回り、方々にぶつかり馬も傷つく。そのうち御者がいないことに気づいた悪霊が馬車に乗り込む。一方で巫者は御者に例えられる。自らの意思で魂を抜いた身体に精霊を憑依させるからだ。だが巫者の内なる世界で何が起きているのか、は彼らを外部から観察するしかない余所者が客観的に判断するのは不可能だ。───
日頃は施錠されていて出入りの許されない女神の塔はわざとらしく鍵が外されていた。修道院の粋な計らいだろうか。クロードは少し離れた場所から、散り散りに塔へ向かっては見つからないように出てくる学生たちを眺めた。結果として入れ替え制になっていることに皆が気が付かないのは見つからないように必死だからだろう。意識はお相手に集中しているので前後に誰がいたのか、など考えもしない。
もう少し近寄れば顔も分かるだろうが、そこまで近寄ると人目を避けたい二人がクロードに気がついて塔に入らず去ってしまう。クロードは特別な、今晩だけの時間潰しとして塔の入り口付近にある物陰に一人で隠れることにした。それにローレンツに見つかれば先ほどの件で叱言を言われるに決まっている。早寝な彼が眠ってしまうまで時間を潰した方がいい。寝て起きれば怒りも薄まっているはずだ。
束の間の自由を楽しむ鳥籠の鳥たちは本当に終生その相手を愛するのだろうか。クロードのどこか他人事な態度は早々に崩れることとなった。長身で性根も髪の毛も真っ直ぐな人物が塔に向かって歩いてくる。
自分とあんなことをした彼が相応しいと認定した女学生は誰なのだろう。自分から均衡を崩したくせにクロードの心はざわめいていた。ローレンツは通路の真ん中で辺りを見回している。人目を避けているのか、それともお相手が来るのを待っているのか。
今晩は舞踏会にいた学生たち誰もが歩みを進める夜なのかもしれない。それならクロードはどこに向かっていくのだろう。そして事態は思わぬ方に進んだ。ローレンツがこちらに近づいてくる。
「悪趣味だぞ、クロード」
影がさしていて彼の表情はよく見えなかった。
「おいおいローレンツ、俺のこと構ってる場合か?お相手のことを考えろよ」
吹き出た冷や汗が背中を伝っていく。口から出まかせはいくらでも出てくる。故郷ではそうやって危機を回避してきたからだ。だが一体、何の危機というのだろう。単なる色恋沙汰に過ぎないのに。
「全く……君は自分だけが指し手だと思っているようだ。場所を変えるぞ」
ローレンツは眉間に皺を寄せたままクロードを睨みつけた。
クロードが舞踏会を引っ掻き回すところをローレンツは呆然と見つめていた。彼は何故、自分の前であんなことをするのか。耳目が集まるような場であんなことをするなら何故、コナン塔から帰還した後であんなことをしたのか。曲が終わったらすぐにクロードの元へ行って───何かを言わねばならない。そう考えて黄色い外套を目で追っていたローレンツは後ろからそっと肘を掴まれた。それが振り払えないほどの力であったので誰なのか察する。
「喜んでお相手するよ」
ローレンツは振り向いて右手を胸に当て、ヒルダに礼をした。次の曲が始まり、大広間の真ん中に二人で手を取って踊り出る。皆、音楽と相手に夢中で密談するにはもってこいだった。
「ローレンツくん、また騒ぎを起こすのは駄目だよ」
くるくると回りながらヒルダが忠告してくる。二つ結びにした薄紅色の髪がすれ違うものたちにぶつからないよう、ローレンツが進行方向を調整せねばならない。
「何もかもあの調子でいくと思わせたくない」
「試してもらいたいことがあるから今は堪えてくれるかなー?」
彼女がそう言った時は半信半疑だった。しかしローレンツが数曲踊った後、確かにクロードはヒルダが誘導した通りに先に引き上げていた。
真の事情を知らないヒルダは単に友情と善意ゆえにローレンツの名誉を救ってくれたに過ぎない。そんな彼女の手のひらで転がされたことが信じられないのだろう。寮に戻る道中、種明かしをされたクロードはローレンツの部屋で頭を抱えている。
「いや、本当に油断禁物、だな……」
「周りのものたちを甘く見るな。ヒルダさんに悪趣味な好奇心を見抜かれていたではないか」
恥ずかしさは底を打ったのかクロードは顔を上げた。言うべきことを言おうとする姿は年相応で可愛らしい。
「不安な思いをさせて悪かった」
ローレンツは今後、この口からこの類の言葉を何度も聞かされそうな気がする。
「分かっているなら結構」
そして聞かされる度にこんな風に返事をするのだろう。女神の塔に現れた自分を見て、ひどく不安そうな顔をしていた時点でローレンツはクロードのことを許していた。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.10」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───巫者が精霊や神と交流を持つ際にどのような手順を踏むのか、は巫者自身の魂をどう扱うのかによって変化する。ダスカーの巫者は己の肉体から魂を抜き、空き家状態となった肉体に精霊や神を宿して助言を得る。助言の内容を巫者は把握することができず、依頼人や助手に聞き取って貰わねばならない。(中略)安全に魂を抜くには手順が決まっている。太鼓に合わせて歌いながら踊るのだ───
士官学校の舞踏会は白鷺杯の翌日に行われる。制服着用で本来の舞踏会より地味な催しだが、ルミール村で見てしまったものから気を逸らすのには丁度いい。《家も人も黒焦げだ》舞踏会に慣れている貴族階級の学生は淡々としているが、平民や位階があまり高くない貴族の学生からすると王子や皇女と踊る一生に一度の機会だ。《そのまま突き飛ばせ》ディミトリもエーデルガルトも忙しい夜になることだろう。
怒号や悲鳴より足を踏んだ踏まれたぶつかった、と言う刺激の少ない会話の方が耳に心地よいからだろうか。《浮かれるな、お前の手は血まみれだ》今日は亡霊たちの声がうるさい。
「殿下、どこかお加減でも悪いのですか?」
授業が終わっても着席したまま考えごとをしていたせいか、心配したドゥドゥーがディミトリに声をかけた。彼の耳飾りが放つ鈍い輝きが気に食わないのか亡霊たちは言葉は意味を失い、甲高い声できいきいと叫んでいる。
「いや、何でもない。白鷺杯も絶対に観に行くつもりだ」
だからディミトリは嫌がらせのように人生を楽しむことにした。ベレトの踊りは剣技にも役立つ、という理屈でフェリクスが丸め込まれた件の顛末は絶対にロドリグに伝えてやりたい。
「そうですか、外に出て少し日に当たりましょう。俺もお供します」
ダスカー人であるドゥドゥーは幼い頃、たまにディミトリが理解できないことを薦めてきた。枝に布を掛ける、銅貨を煮る、地面の四隅に牛乳を注ぐ、などだ。大人に見つかると叱られるので殆どの提案は習慣として残っていない。だが日の光にあたるという行為だけはこうして根付いている。
中庭に出ると陽光の下でローレンツとヒルダによる宮廷舞踊の講座が開かれていた。二人とも一見そうは見えないのだが実は面倒見が良いし、周囲をよく観察している。クロードや不慣れな平民の学生が何かしでかさないか、が心配なのだろう。
レスターのものたちが騒いでいるので静かなところに移るべきか否か、をドゥドゥーが視線で問うてきた。賑やかな方がずっと良い。ディミトリは首を横に振った。
リーガン家に入った後、クロードが一番手こずったのが宮廷舞踊だった。パルミラでは身体を密着させて踊らない。それにこちらの女性は盛装する際に肩をむき出しにするのでなんだか落ち着かなかった。だが幸い士官学校の舞踏会は制服を着用することになっている。
多少の練習は積んだが、気の毒なことに平民の学生たちは場の雰囲気にのまれていた。国にたった一人の皇女や王子と踊る機会など、今日を逃せば彼らの生涯に訪れるはずがない。見えない仕切りの中で縮こまって快適に過ごす連中が嫌いだからクロードはフォドラにやってきた。
それならこの場でやることは決まっている。クロードは踊らずその場で佇んでいるものたちに視線を向けた。一番の人気者が不思議そうな顔で踊る学生を眺めている。
クロードがそんなベレトの手をとって大広間の真ん中に踊り出ると予想通り、周囲はざわめいた。踊り出てはみたもののクロードもベレトもディミトリやエーデルガルトのように宮廷舞踊に慣れているわけではない。曲が終わる頃には単に音楽に合わせて歩いているだけになってしまった。
だが場の空気は温まり、あちこちに会話の輪が生まれている。そこから予想外の組み合わせが広間の真ん中に文字通り踊り出ていく。クロードがそんな微笑ましい風景を肴に杯を傾けていると背後から声をかけられた。振り向くと皆に踊りを教えていたヒルダが苦笑している。
「クロードくん!出入り口も開いたし、ここが混んでるうちにそっと出ていった方がいいよ。怒られる前にね!」
確かに先ほどまでは全て閉じていた出入り口が何箇所か開放されていた。二人きりになりたい二人、がそれぞれに出ていくのだろう。クロードはヒルダの助言に従ってそっと大広間を後にした。今晩は仕切りの内も外も浮き足立っている。
人気のない場所ならどこでもいいのかと思ったが、案外女神の塔がある方へ向かっていくものが多い。幸せな風聞を信じているのは誰なのか確かめたい、という欲望がわく。クロードは好奇心のままに行動する喜びを知るものとして振る舞うことにした。
ダスカーの悲劇からファーガスが真に立ち直る日は来るのだろうか。これまでドゥドゥーはその件に関して悲観的だった。大多数の人々が悲しみから立ち上がる杖として憎悪を選び、同じ場所で足踏みをして過去を見ている。だが、昨晩と今晩は違った。
イングリットがその頃には陛下とお呼びしなくてはならないと言い、ディミトリも皆窮屈な身の上になっている、と言い返していた。これが特別な夜の奇跡というものだろうか。そして二日目の特別な夜はクロードのせいで更に攪拌された。
「ああ、疲れた!槍を振るう方がずっと楽だ!」
ディミトリは自室に戻って早々に愚痴をこぼしたが、その表情は明るい。ドゥドゥーは黙って青い外套を受け取り、形が崩れないように畳んだ。今は主人の言葉に耳を傾けていたい。
「でも……あぁ……言葉が出てこない、胸がいっぱいだ」
フェルディアの舞踏会ではいつも途方に暮れたような顔をしていたが、今晩のディミトリは活き活きとしている。イングリットがラファエルと、フェリクスがレオニーと踊ったからだ。二人ともグレンが亡くなって以来、舞踏会に出席したことがない。極論を言うとドゥドゥーはディミトリさえ幸せであれば他のものはどうでもいい。だが、ディミトリは他人や民が幸せでなければ幸せになれないのだ。だからドゥドゥーはイングリットにもフェリクスにも幸せになってほしい。蜂起したダスカーの民を救うため教会とベレトに頭を下げたディミトリが幸せになれないなら世界の方が間違っている。
「レスターのものたちは皆、大胆ですね。クロードの影響でしょうか」
ディミトリが手を差し出してきたのでドゥドゥーは籠手の紐を解いた。まだ少し早いが今晩は流石に書庫へ行かないのだろう。人前に出る可能性がある時、ディミトリは絶対に籠手を外さない。
「そうだな。場の雰囲気がああなったのはクロードのおかけだ。礼を言おうとしたらいつの間にか大広間から消えていた。疲れたのかもしれないな……」
ドゥドゥーはロドリグからディミトリとフェリクスの異性関係について探りを入れられたことがある。現状を知って深くため息をつき、士官学校から去っていった彼の姿は忘れ難い。きっと今の自分と同じ気持ちだったのだろう。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───巫者が精霊や神と交流を持つ際にどのような手順を踏むのか、は巫者自身の魂をどう扱うのかによって変化する。ダスカーの巫者は己の肉体から魂を抜き、空き家状態となった肉体に精霊や神を宿して助言を得る。助言の内容を巫者は把握することができず、依頼人や助手に聞き取って貰わねばならない。(中略)安全に魂を抜くには手順が決まっている。太鼓に合わせて歌いながら踊るのだ───
士官学校の舞踏会は白鷺杯の翌日に行われる。制服着用で本来の舞踏会より地味な催しだが、ルミール村で見てしまったものから気を逸らすのには丁度いい。《家も人も黒焦げだ》舞踏会に慣れている貴族階級の学生は淡々としているが、平民や位階があまり高くない貴族の学生からすると王子や皇女と踊る一生に一度の機会だ。《そのまま突き飛ばせ》ディミトリもエーデルガルトも忙しい夜になることだろう。
怒号や悲鳴より足を踏んだ踏まれたぶつかった、と言う刺激の少ない会話の方が耳に心地よいからだろうか。《浮かれるな、お前の手は血まみれだ》今日は亡霊たちの声がうるさい。
「殿下、どこかお加減でも悪いのですか?」
授業が終わっても着席したまま考えごとをしていたせいか、心配したドゥドゥーがディミトリに声をかけた。彼の耳飾りが放つ鈍い輝きが気に食わないのか亡霊たちは言葉は意味を失い、甲高い声できいきいと叫んでいる。
「いや、何でもない。白鷺杯も絶対に観に行くつもりだ」
だからディミトリは嫌がらせのように人生を楽しむことにした。ベレトの踊りは剣技にも役立つ、という理屈でフェリクスが丸め込まれた件の顛末は絶対にロドリグに伝えてやりたい。
「そうですか、外に出て少し日に当たりましょう。俺もお供します」
ダスカー人であるドゥドゥーは幼い頃、たまにディミトリが理解できないことを薦めてきた。枝に布を掛ける、銅貨を煮る、地面の四隅に牛乳を注ぐ、などだ。大人に見つかると叱られるので殆どの提案は習慣として残っていない。だが日の光にあたるという行為だけはこうして根付いている。
中庭に出ると陽光の下でローレンツとヒルダによる宮廷舞踊の講座が開かれていた。二人とも一見そうは見えないのだが実は面倒見が良いし、周囲をよく観察している。クロードや不慣れな平民の学生が何かしでかさないか、が心配なのだろう。
レスターのものたちが騒いでいるので静かなところに移るべきか否か、をドゥドゥーが視線で問うてきた。賑やかな方がずっと良い。ディミトリは首を横に振った。
リーガン家に入った後、クロードが一番手こずったのが宮廷舞踊だった。パルミラでは身体を密着させて踊らない。それにこちらの女性は盛装する際に肩をむき出しにするのでなんだか落ち着かなかった。だが幸い士官学校の舞踏会は制服を着用することになっている。
多少の練習は積んだが、気の毒なことに平民の学生たちは場の雰囲気にのまれていた。国にたった一人の皇女や王子と踊る機会など、今日を逃せば彼らの生涯に訪れるはずがない。見えない仕切りの中で縮こまって快適に過ごす連中が嫌いだからクロードはフォドラにやってきた。
それならこの場でやることは決まっている。クロードは踊らずその場で佇んでいるものたちに視線を向けた。一番の人気者が不思議そうな顔で踊る学生を眺めている。
クロードがそんなベレトの手をとって大広間の真ん中に踊り出ると予想通り、周囲はざわめいた。踊り出てはみたもののクロードもベレトもディミトリやエーデルガルトのように宮廷舞踊に慣れているわけではない。曲が終わる頃には単に音楽に合わせて歩いているだけになってしまった。
だが場の空気は温まり、あちこちに会話の輪が生まれている。そこから予想外の組み合わせが広間の真ん中に文字通り踊り出ていく。クロードがそんな微笑ましい風景を肴に杯を傾けていると背後から声をかけられた。振り向くと皆に踊りを教えていたヒルダが苦笑している。
「クロードくん!出入り口も開いたし、ここが混んでるうちにそっと出ていった方がいいよ。怒られる前にね!」
確かに先ほどまでは全て閉じていた出入り口が何箇所か開放されていた。二人きりになりたい二人、がそれぞれに出ていくのだろう。クロードはヒルダの助言に従ってそっと大広間を後にした。今晩は仕切りの内も外も浮き足立っている。
人気のない場所ならどこでもいいのかと思ったが、案外女神の塔がある方へ向かっていくものが多い。幸せな風聞を信じているのは誰なのか確かめたい、という欲望がわく。クロードは好奇心のままに行動する喜びを知るものとして振る舞うことにした。
ダスカーの悲劇からファーガスが真に立ち直る日は来るのだろうか。これまでドゥドゥーはその件に関して悲観的だった。大多数の人々が悲しみから立ち上がる杖として憎悪を選び、同じ場所で足踏みをして過去を見ている。だが、昨晩と今晩は違った。
イングリットがその頃には陛下とお呼びしなくてはならないと言い、ディミトリも皆窮屈な身の上になっている、と言い返していた。これが特別な夜の奇跡というものだろうか。そして二日目の特別な夜はクロードのせいで更に攪拌された。
「ああ、疲れた!槍を振るう方がずっと楽だ!」
ディミトリは自室に戻って早々に愚痴をこぼしたが、その表情は明るい。ドゥドゥーは黙って青い外套を受け取り、形が崩れないように畳んだ。今は主人の言葉に耳を傾けていたい。
「でも……あぁ……言葉が出てこない、胸がいっぱいだ」
フェルディアの舞踏会ではいつも途方に暮れたような顔をしていたが、今晩のディミトリは活き活きとしている。イングリットがラファエルと、フェリクスがレオニーと踊ったからだ。二人ともグレンが亡くなって以来、舞踏会に出席したことがない。極論を言うとドゥドゥーはディミトリさえ幸せであれば他のものはどうでもいい。だが、ディミトリは他人や民が幸せでなければ幸せになれないのだ。だからドゥドゥーはイングリットにもフェリクスにも幸せになってほしい。蜂起したダスカーの民を救うため教会とベレトに頭を下げたディミトリが幸せになれないなら世界の方が間違っている。
「レスターのものたちは皆、大胆ですね。クロードの影響でしょうか」
ディミトリが手を差し出してきたのでドゥドゥーは籠手の紐を解いた。まだ少し早いが今晩は流石に書庫へ行かないのだろう。人前に出る可能性がある時、ディミトリは絶対に籠手を外さない。
「そうだな。場の雰囲気がああなったのはクロードのおかけだ。礼を言おうとしたらいつの間にか大広間から消えていた。疲れたのかもしれないな……」
ドゥドゥーはロドリグからディミトリとフェリクスの異性関係について探りを入れられたことがある。現状を知って深くため息をつき、士官学校から去っていった彼の姿は忘れ難い。きっと今の自分と同じ気持ちだったのだろう。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.9」#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛治職人の道具に生贄の雄山羊を捧げる儀式を執り行うのは精霊や神と交流する力を持つ巫者だ。金槌や大槌などの鉄鍛治道具はそれぞれに神が宿っている。巫者はそれらの神々の名前を巧みに取り入れた祈祷歌を歌いながら順番に祈りを捧げていく。(中略)ダスカーの悲劇の後、ファーガス本土からの入植者たちはダスカー人の鉄鍛治小屋の建造を制限した。生活必需品である農機具の数を管理することによって支配力を強化し───
疫病、と聞いてシルヴァンの胸は再びざわついた。疫病が蔓延していなかったらシルヴァンはこの世に生まれていない。疫病が蔓延したからシルヴァンの父は身重であった前妻を北方に避難させた。そこで彼女が命を落としたからシルヴァンの母はゴーティエ家に後添えとして入っている。
だが漏れ聞こえてくる話が刻一刻と変わっていく。そのうち呪いではないか、という意見が優勢となった。荒事なら何の心配もないが疫病も呪いも殴ることはできない。たが青獅子の学級には今節もセイロス騎士団の補助をせよ、という課題と護符が与えられた。
通常なら目的地に到着する前に装備の確認をする。だがルミール村が近づくにつれて煙の匂いや騒ぎ声が増してきた。シルヴァンと馬首を並べているローレンツが手綱を短く持ち、馬を慰めるように首をそっと撫でている。一刻も早く村に入って現状を確認せねばならない。
村の中は想像よりはるかにひどい有様で暴れる村人を無力化するだけでも一苦労だった。可能な限り村人を助けたつもりだが、それでも無力感はこちらを打ちのめしてくる。中央教会の内部におかしな術を使う輩が入り込んでいることも判明して気が休まらない。それに加えてシルヴァンはフェリクスが何故ディミトリに対してああいう態度を取るのか理解してしまった。身に秘めた激情が苛烈すぎる。
「シルヴァン、先ほどからため息ばかりだな。気持ちはわかるが」
「流石の俺でも言葉が出てこない」
馬首を並べているローレンツの声にもいつものような張りがない。空元気を出しそびれているようだった。
「……無理にでも話さなくては駄目だ」
「言えるようなことは何もないさ」
「ため息しかつかなくなった僕のねえやはその後、程なくして自ら命を絶った」
口を閉ざす理由はいくらでも思いつく。だがそれらは助言をはねつける理由にならない。
「それは……残念だったな」
「それで済まされたくないなら誰かと話すべきだ。皆シルヴァンの話を聞きたいはずだ」
そう言うとローレンツは馬首を翻し、少し遅れて青獅子の学級に入ってきたラファエルがいる後方に向かってしまった。きっと彼の話を聞くのだろう。
ガルグ=マクに戻ったローレンツは出迎えてくれたクロードの表情を見て、今の自分がどんな顔をしているのか察した。誤魔化すように挨拶しながら手櫛で髪を整えてみたが効果はたかが知れている。コナン塔の時は寄る辺のない不安と恐怖のせいで息が苦しかった。今は無力感と疑念で腹の内がかき混ぜられたような気分になっている。
「疲れてるところ悪いがちょっと来てくれるか?」
そっと耳打ちした声が穏やかだったことが今のローレンツにはありがたかった。リーガン家の嫡子であるクロードは近い将来、レスター諸侯同盟の盟主になる。だから彼はルミール村を襲った悲劇、そしてゴドフロア卿一家とラファエルの両親を襲った悲劇の詳細を知らねばならない。
入浴を済ませて訪れたクロードの部屋は手伝いなしにしては、という但し書きつきだがそれでも片付けてあった。寝台の脇にはいつものように椅子と小さな卓が用意してある。ローレンツが促されるままに寝台に座るとクロードは椅子に座って足を組んだ。緑色の瞳に爪先からてっぺんまで観察される。
「何か話すにしても一杯やってからの方が良さそうだ」
「残念だが素面のうちに伝えねばならないことがある。茶化さずに聞きたまえ」
トマシュの件を酒や見間違いのせいにするわけにいかない。ローレンツは人の外見や声を盗んだ輩について見た通りに語った。クロードはトマシュに懐いていたので衝撃だったのだろう。言葉を失っていた。
「グロスタール家の家臣が一人行方不明になっている。彼は姿を消す前に傭兵団を雇ってグロスタール領とリーガン領を行き来する商人を襲うように命令した」
「だから俺が嫡子に……」
リーガン公がクロードを引っ張り出すきっかけとなった事件にグロスタール家が利用されている。ローレンツはそのことがひどく腹立たしい。
「当然、父はそのような命令など出していない。その家臣は行方不明になる前、ある時から人が変わったような言動が目立った」
そして恋人の変化に絶望したねえやは自ら命を絶った。最悪に最悪が重なったのだろう。ローレンツはこの後、村人がどんな目にあったのかも伝えねばらない。畳む
───鉄鍛治職人の道具に生贄の雄山羊を捧げる儀式を執り行うのは精霊や神と交流する力を持つ巫者だ。金槌や大槌などの鉄鍛治道具はそれぞれに神が宿っている。巫者はそれらの神々の名前を巧みに取り入れた祈祷歌を歌いながら順番に祈りを捧げていく。(中略)ダスカーの悲劇の後、ファーガス本土からの入植者たちはダスカー人の鉄鍛治小屋の建造を制限した。生活必需品である農機具の数を管理することによって支配力を強化し───
疫病、と聞いてシルヴァンの胸は再びざわついた。疫病が蔓延していなかったらシルヴァンはこの世に生まれていない。疫病が蔓延したからシルヴァンの父は身重であった前妻を北方に避難させた。そこで彼女が命を落としたからシルヴァンの母はゴーティエ家に後添えとして入っている。
だが漏れ聞こえてくる話が刻一刻と変わっていく。そのうち呪いではないか、という意見が優勢となった。荒事なら何の心配もないが疫病も呪いも殴ることはできない。たが青獅子の学級には今節もセイロス騎士団の補助をせよ、という課題と護符が与えられた。
通常なら目的地に到着する前に装備の確認をする。だがルミール村が近づくにつれて煙の匂いや騒ぎ声が増してきた。シルヴァンと馬首を並べているローレンツが手綱を短く持ち、馬を慰めるように首をそっと撫でている。一刻も早く村に入って現状を確認せねばならない。
村の中は想像よりはるかにひどい有様で暴れる村人を無力化するだけでも一苦労だった。可能な限り村人を助けたつもりだが、それでも無力感はこちらを打ちのめしてくる。中央教会の内部におかしな術を使う輩が入り込んでいることも判明して気が休まらない。それに加えてシルヴァンはフェリクスが何故ディミトリに対してああいう態度を取るのか理解してしまった。身に秘めた激情が苛烈すぎる。
「シルヴァン、先ほどからため息ばかりだな。気持ちはわかるが」
「流石の俺でも言葉が出てこない」
馬首を並べているローレンツの声にもいつものような張りがない。空元気を出しそびれているようだった。
「……無理にでも話さなくては駄目だ」
「言えるようなことは何もないさ」
「ため息しかつかなくなった僕のねえやはその後、程なくして自ら命を絶った」
口を閉ざす理由はいくらでも思いつく。だがそれらは助言をはねつける理由にならない。
「それは……残念だったな」
「それで済まされたくないなら誰かと話すべきだ。皆シルヴァンの話を聞きたいはずだ」
そう言うとローレンツは馬首を翻し、少し遅れて青獅子の学級に入ってきたラファエルがいる後方に向かってしまった。きっと彼の話を聞くのだろう。
ガルグ=マクに戻ったローレンツは出迎えてくれたクロードの表情を見て、今の自分がどんな顔をしているのか察した。誤魔化すように挨拶しながら手櫛で髪を整えてみたが効果はたかが知れている。コナン塔の時は寄る辺のない不安と恐怖のせいで息が苦しかった。今は無力感と疑念で腹の内がかき混ぜられたような気分になっている。
「疲れてるところ悪いがちょっと来てくれるか?」
そっと耳打ちした声が穏やかだったことが今のローレンツにはありがたかった。リーガン家の嫡子であるクロードは近い将来、レスター諸侯同盟の盟主になる。だから彼はルミール村を襲った悲劇、そしてゴドフロア卿一家とラファエルの両親を襲った悲劇の詳細を知らねばならない。
入浴を済ませて訪れたクロードの部屋は手伝いなしにしては、という但し書きつきだがそれでも片付けてあった。寝台の脇にはいつものように椅子と小さな卓が用意してある。ローレンツが促されるままに寝台に座るとクロードは椅子に座って足を組んだ。緑色の瞳に爪先からてっぺんまで観察される。
「何か話すにしても一杯やってからの方が良さそうだ」
「残念だが素面のうちに伝えねばならないことがある。茶化さずに聞きたまえ」
トマシュの件を酒や見間違いのせいにするわけにいかない。ローレンツは人の外見や声を盗んだ輩について見た通りに語った。クロードはトマシュに懐いていたので衝撃だったのだろう。言葉を失っていた。
「グロスタール家の家臣が一人行方不明になっている。彼は姿を消す前に傭兵団を雇ってグロスタール領とリーガン領を行き来する商人を襲うように命令した」
「だから俺が嫡子に……」
リーガン公がクロードを引っ張り出すきっかけとなった事件にグロスタール家が利用されている。ローレンツはそのことがひどく腹立たしい。
「当然、父はそのような命令など出していない。その家臣は行方不明になる前、ある時から人が変わったような言動が目立った」
そして恋人の変化に絶望したねえやは自ら命を絶った。最悪に最悪が重なったのだろう。ローレンツはこの後、村人がどんな目にあったのかも伝えねばらない。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.8」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛冶職人は武具、馬具、調理器具、農機具と言った人間の生活に関わる品だけでなく巫者が使う呪具、つまり精霊や祖霊が関わる品も作る。霊を呼ぶ時に鳴らす鈴や儀式の際に使う角付きの兜、捧げ物を載せておく皿などだ。ダスカーの神話では、鉄鍛治の技法は天から授かったとされている(中略) 霊力がある鉄鍛治職人は祈祷を捧げながら呪具を作り、霊力を移す。霊力を吸い取ってしまわぬよう彼らの仕事道具には数年に一度、生贄が捧げられる───
アドラステア帝国からディミトリの母国ファーガス神聖王国が独立し、ファーガス神聖王国からレスター諸侯同盟が独立した。どの国もセイロス教を信じているせいか帝国は南征、王国は北伐、同盟もパルミラの侵攻を止める防衛戦しかしない。国の周縁がちぎれていく時以外フォドラの中で大乱が起きることはなかった。
魂の平穏を司るガルグ=マク大司教座はフォドラの中心でもある。《そのなまくらをへし折って捨てろ、首をねじ切れ》そこに三国の若者が集い、グロンダーズの野で武を競い合うのが鷲獅子戦だ。国同士の争いが絶えて久しいフォドラでは学生時代の勝ち負けが終生にわたって付きまとう。
故郷であるファーガスや山中であるガルグ=マクと比べると生温い、平地の空気が身体にまとわりついている。豊かな穀倉地帯の空気がディミトリにはひどく濃厚な気がした。
行軍中、殆どの学生たちは緊張していたが中には例外もいる。フェリクスは冷めた目で辺りを見回していたし、クロードは不思議そうな顔をして緊張する学生たちを眺めていた。確かにこんなものは児戯に過ぎない。
「仲良く行軍しといて今から敵味方だ、と言われても調子が出ないよな」
「あら、敵味方なんていつ切り替わるか分からないものでしょう?」
引率役の騎士から演習をつつがなく進行するため最後の確認を、と言われた級長たちは本部に集められていた。彼らが手にしている斧も弓矢も訓練用に殺傷力を削いである。《けだもの、その槍をあいつの目玉に突き刺せ、きちんとねじこめ》クロードの髪飾りが持ち主の動きに合わせてちらちらと揺れるせいか反射的にディミトリの瞼は痙攣した。《きっと目玉はぐしゃぐしゃだ》それを誤魔化すように籠手を付けたままの手で軽く頬を押さえる。《油断するな、ここは敵だらけだ》
「争うな、と言うことかもしれない」
ディミトリは半分、亡霊たちに対して言い返した。
「王子様は面白いことを言う。親近感が刃を鈍らせるかどうか、は検証する価値があるかもな」
ゴーティエ辺境伯は北の地で命を落とした帝国出身の前妻とガルグ=マクで出会っている。無骨な彼と前妻の愛の証は破裂の槍が喰らってしまった。
ガルグ=マクに帰還後、クロードの提案で勝者敗者の区別なく全員参加の宴が開かれた。勝者だけで呑んでも親近感は育たない。同盟のものたちは奢侈が過ぎる、と眉を顰めるものもいたがそんな風だから母方の先祖は王国から独立したのだろう。
だが今はクロードも輪に加わって手拍子を打って騒いでいる。王国に伝わる酒の飲み方で正直言ってかなり野蛮だ。男女混合ではやらない。参加出来るのは発起人と同じ性別のものだけだ。参加者はまず輪になって座る。そして真ん中に空になった酒瓶を寝かせてくるくると回し、止まるまで手を叩きながら待つ。止まった時に酒瓶の口の真正面にいるものは酒で満たされた自分の杯を飲み干さねばならない。最初に発起人のシルヴァンからその手順を聞いた時、クロードは瓶の回し方次第でいくらでも酒量が操作出来るのではないかと疑った。しかしこの場に限っては皆、疲労と酩酊で手先は狂っているのでその手の不正はない。
今回、酒瓶が指名したのはアッシュだ。向かい側にいるクロードから見てもわかるほど彼の頬は酒精で赤く染まっている。
「かっこいいとこ見せてくれ!無理なら喜んで手伝うぜ」
「アッシュ、こいつの言うことは聞かなくていい。シルヴァンは単に他人の酒が呑みたいだけだ」
「シルヴァンもフェリクスも心配しなくていいですよ!」
周りは好き勝手に囃し立てるがこうして助け舟も出す。アッシュはこうした呑み方に慣れているのかどちらも否定せず、強いられたわけでもないのに杯を空にして掲げた。クロードの隣に座るローレンツも苦笑しながら手を叩いている。
「意外だな。下品だなんだと文句を言うかと思ったが」
「今は気楽な場だからこれで良い。だが円卓会議には導入するな」
機嫌の悪そうな諸侯たちが手拍子を打ち、円卓の真ん中で寝かせた酒瓶がくるくると回転する様子を想像したクロードは思わず吹き出してしまった。ローレンツ本人は嫌がるだろうが議題として提案し、国の記録に残してやりたいとすら思う。だがそこまでやっても彼が他者を許容する様子や手を叩く音はクロードが心に刻んでおくしかない。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛冶職人は武具、馬具、調理器具、農機具と言った人間の生活に関わる品だけでなく巫者が使う呪具、つまり精霊や祖霊が関わる品も作る。霊を呼ぶ時に鳴らす鈴や儀式の際に使う角付きの兜、捧げ物を載せておく皿などだ。ダスカーの神話では、鉄鍛治の技法は天から授かったとされている(中略) 霊力がある鉄鍛治職人は祈祷を捧げながら呪具を作り、霊力を移す。霊力を吸い取ってしまわぬよう彼らの仕事道具には数年に一度、生贄が捧げられる───
アドラステア帝国からディミトリの母国ファーガス神聖王国が独立し、ファーガス神聖王国からレスター諸侯同盟が独立した。どの国もセイロス教を信じているせいか帝国は南征、王国は北伐、同盟もパルミラの侵攻を止める防衛戦しかしない。国の周縁がちぎれていく時以外フォドラの中で大乱が起きることはなかった。
魂の平穏を司るガルグ=マク大司教座はフォドラの中心でもある。《そのなまくらをへし折って捨てろ、首をねじ切れ》そこに三国の若者が集い、グロンダーズの野で武を競い合うのが鷲獅子戦だ。国同士の争いが絶えて久しいフォドラでは学生時代の勝ち負けが終生にわたって付きまとう。
故郷であるファーガスや山中であるガルグ=マクと比べると生温い、平地の空気が身体にまとわりついている。豊かな穀倉地帯の空気がディミトリにはひどく濃厚な気がした。
行軍中、殆どの学生たちは緊張していたが中には例外もいる。フェリクスは冷めた目で辺りを見回していたし、クロードは不思議そうな顔をして緊張する学生たちを眺めていた。確かにこんなものは児戯に過ぎない。
「仲良く行軍しといて今から敵味方だ、と言われても調子が出ないよな」
「あら、敵味方なんていつ切り替わるか分からないものでしょう?」
引率役の騎士から演習をつつがなく進行するため最後の確認を、と言われた級長たちは本部に集められていた。彼らが手にしている斧も弓矢も訓練用に殺傷力を削いである。《けだもの、その槍をあいつの目玉に突き刺せ、きちんとねじこめ》クロードの髪飾りが持ち主の動きに合わせてちらちらと揺れるせいか反射的にディミトリの瞼は痙攣した。《きっと目玉はぐしゃぐしゃだ》それを誤魔化すように籠手を付けたままの手で軽く頬を押さえる。《油断するな、ここは敵だらけだ》
「争うな、と言うことかもしれない」
ディミトリは半分、亡霊たちに対して言い返した。
「王子様は面白いことを言う。親近感が刃を鈍らせるかどうか、は検証する価値があるかもな」
ゴーティエ辺境伯は北の地で命を落とした帝国出身の前妻とガルグ=マクで出会っている。無骨な彼と前妻の愛の証は破裂の槍が喰らってしまった。
ガルグ=マクに帰還後、クロードの提案で勝者敗者の区別なく全員参加の宴が開かれた。勝者だけで呑んでも親近感は育たない。同盟のものたちは奢侈が過ぎる、と眉を顰めるものもいたがそんな風だから母方の先祖は王国から独立したのだろう。
だが今はクロードも輪に加わって手拍子を打って騒いでいる。王国に伝わる酒の飲み方で正直言ってかなり野蛮だ。男女混合ではやらない。参加出来るのは発起人と同じ性別のものだけだ。参加者はまず輪になって座る。そして真ん中に空になった酒瓶を寝かせてくるくると回し、止まるまで手を叩きながら待つ。止まった時に酒瓶の口の真正面にいるものは酒で満たされた自分の杯を飲み干さねばならない。最初に発起人のシルヴァンからその手順を聞いた時、クロードは瓶の回し方次第でいくらでも酒量が操作出来るのではないかと疑った。しかしこの場に限っては皆、疲労と酩酊で手先は狂っているのでその手の不正はない。
今回、酒瓶が指名したのはアッシュだ。向かい側にいるクロードから見てもわかるほど彼の頬は酒精で赤く染まっている。
「かっこいいとこ見せてくれ!無理なら喜んで手伝うぜ」
「アッシュ、こいつの言うことは聞かなくていい。シルヴァンは単に他人の酒が呑みたいだけだ」
「シルヴァンもフェリクスも心配しなくていいですよ!」
周りは好き勝手に囃し立てるがこうして助け舟も出す。アッシュはこうした呑み方に慣れているのかどちらも否定せず、強いられたわけでもないのに杯を空にして掲げた。クロードの隣に座るローレンツも苦笑しながら手を叩いている。
「意外だな。下品だなんだと文句を言うかと思ったが」
「今は気楽な場だからこれで良い。だが円卓会議には導入するな」
機嫌の悪そうな諸侯たちが手拍子を打ち、円卓の真ん中で寝かせた酒瓶がくるくると回転する様子を想像したクロードは思わず吹き出してしまった。ローレンツ本人は嫌がるだろうが議題として提案し、国の記録に残してやりたいとすら思う。だがそこまでやっても彼が他者を許容する様子や手を叩く音はクロードが心に刻んでおくしかない。畳む
#クロヒル #ロレマリ
光の杭によってメリセウス要塞が破壊され、ミルディン大橋まで撤退した日はそれぞれに釈然としない思いを抱えたまま解散することとなった。
すぐに受け入れられるものではない、と頭で分かっていてもローレンツの拒絶にクロードは傷ついただろう。ローレンツもひどく驚いて頑なな態度をとってしまったことを今頃悔いているはずだ。ヒルダもまだ戸惑っている。
だがアンヴァルに向かう前にこの雰囲気はなんとかせねばならない。そんな訳でヒルダはまずローレンツの部屋の扉を叩いた。部屋が片付いていない、という理由で断られたら彼の部屋を使いたい。
「クロードくんと話をしたいから一緒に来て欲しいんだけど」
扉はすぐに開き、ローレンツは廊下へ出てきてくれた。表情から察するにやはりまだクロードに謝罪していない。ヒルダは続けてクロードの部屋の扉を叩いた。
「私たち話があるの」
「どちらの部屋がいい?」
ローレンツは完璧にヒルダの意図を察している。意外だがヒルダたちはクロードの部屋に入ることが出来た。それほど床も汚れていない。クロードは来客用の椅子にヒルダを、文机用の大きな椅子にローレンツを座らせた。彼自身は寝台に座るつもりらしい。
「ローレンツ、お湯沸かしてくれ」
「僕を火種扱いするな」
息を吸うように反発したがローレンツはファイアーの呪文を唱え始めた。卓上でも使えるような小さな焜炉には小さなやかんが載せてある。クロードはお湯をローレンツに任せると棚から箱を取り出した。
「もう隠す必要もないしな」
どうやら故郷の品らしい。箱からは白い包みが現れた。中には焦茶色の塊が入っている。クロードは板のような謎の物体を机の上に置き、背中を揉むかのように両手を押し付けた。
「あれ?割れないな」
クロードが手こずるそれ、は何かの葉を乾燥させて板状に固めたものらしい。
「私、やってみてもいいかな」
ヒルダが力を込めると焦茶の塊はすぐ真っ二つに割れた。
「流石ヒルダだな!」
「そんなに強く押したつもりないんだけどなー」
「ん?これは茶葉なのか?」
辺りに広がる香りにローレンツが反応する。
「長距離輸送に耐えるように固めるんだ。表面には刃が入らないから最初は割るしかなくてなあ」
クロードは小刀で茶葉の塊を削って茶器に入れるとお湯を注いだ。少し蒸らしてからそれぞれの器に注ぐ。薄い橙色の液体からは少し湯気がたっている。
「フォドラの紅茶とは少し味が違うが悪くない」
「ほお……古今東西の紅茶を知るローレンツ先生が言うなら間違いないな」
「クロードくん!そこでそういう揶揄い方しないの!二人とも言わなきゃいけないことあるでしょ?」
ローレンツもクロードが出自を明かせなかった理由は分かっているのだ。だが人間は理屈だけで生きていない。
「クロード、驚いてしまって申し訳なかった」
ローレンツの謝罪を受けたクロードが安堵のため息をついた。ホルストと彼が受け入れたなら他の諸侯たちもきっとクロードを受け入れる。
「俺も驚かせて悪かった」
だがヒルダが話したかったのはそんな分かりきったことではない。
「そうだよ!私だっていきなり義兄弟が増えて、とっても驚いたんだから!ナデルさんってどんな人なの?」
おそらくクロードの心にはファーガスのお家騒動が深く刻まれている。
「確かに血を分けた兄の義兄弟ならその為人が気になって当たり前だな。詳しく話したまえ」
だが円満な家庭も数多く存在するのだ。
「長くなるぞ」
「それなら茶菓子を持ってこよう」
本来の姿を取り戻したローレンツは実に頼もしい。そして気の利く彼は焼き菓子が入った木箱をクロードに渡すと自分の部屋に引っ込んでしまった。どちらに恩を売ったつもりだろうか。
ある朝、身支度を整えたローレンツが扉を開けるとそこには箱が置いてあった。床に置いても平気なようにきちんと布に包まれていて、身に覚えのある大きさをしている。中身を確かめてみるとやはり先日、焼き菓子を渡すのに使った木箱だった。あの時ヒルダが割った茶葉の片割れとクロードからの手紙が入っている。態度のことも茶菓子のこともその他のことも貸し借りなしにしたいらしい。ローレンツは単に引き際を心得ているだけに過ぎないのだが───単純に気分が良くなった。
珍しい品が手に入ったので、というのは定番の誘い文句だ。マリアンヌは何かに怯えながら暮らしているが、幸運なことにローレンツを警戒しない。
良いきっかけを得たローレンツはマリアンヌを自室に招き、そっと彼女の前に茶葉の塊を置いた。いつもと趣向が違うせいかマリアンヌは不思議そうな顔で焦茶色の塊を見ている。
「これはクロードからお裾分けされた茶葉だ。だがクロードはこれを割るのに失敗して、結局ヒルダさんに手伝ってもらっていた」
ローレンツはマリアンヌが持参した焼き菓子に茶葉がかからないようにそっと白い手巾をかぶせ、茶葉の塊に小刀を突き刺した。使う分だけ削り取るべし、茶葉が重なっている向きを見ながら刃を入れないとせっかくの茶葉を切り刻むことになるので気をつけるべし、とクロードの手紙には書いてあった。
「では元は長方形だったのですね。持ち運びに便利そうです」
「産地はクロードの故郷よりかなり東の山奥らしい。きっと道も細いのだろう」
飛竜や天馬は大規模な輸送に向かない。重くて大きい荷物を持たせるとすぐに疲れて速度が下がってしまう。だから茶葉の産地から一番近い市場や港までは陸路で運ぶしかない。
「港までの距離がある土地ではこのような工夫をしているのですね、勉強になりました」
つい最近まで茶葉の旬を気にするものなど殆どいなかったらしい。だがエドマンド家は茶葉が旬のうちにファーガスに届けることでその名を上げた。ローレンツの父エルヴィンはエドマンド辺境伯のそれまで対して注目されていなかったものに付加価値をつける技術を警戒している。
そんなエドマンド家の養女であるマリアンヌの言葉に頷きながらローレンツは茶器に茶葉を入れ、沸かしておいたお湯を注いだ。クロードがどこ出身であろうと彼を見て苛々することに変わりはない。ローレンツはその思いを新たにした。
少し蒸らしてから白磁の器に薄い橙色の液体を注ぐと辺りにふんわりと異国の香りが漂う。マリアンヌも静かに口をつけ味と香りを楽しんでいた。
「その……先日は見苦しい姿を見せてしまって申し訳なかった」
ローレンツには友人が沢山いる。だが国と立場を同じくする友人はクロードしかいない。そう思っていたのに出自について隠されたことが悔しかった。
「仲が……よろしいからこそ、だと思います」
慎重に言葉を選ぶ彼女は本当に美しい。ローレンツはマリアンヌが美の根源であるその身に秘める何か、を穏やかな気持ちで明かしてくれる日をじっと待っている。
「仲が良い、とは……一体、誰と誰の話だろうか?」
「まあ、ローレンツさんったら!」
マリアンヌは口に手を当てて笑っている。誕生日に扇子を贈ったら彼女は使ってくれるだろうか。ローレンツがまともな買い物をするためにもレスター諸侯同盟に有利な形で早く戦争を終わらせねばならない。
「流石にクロードと言えどもこれ以上の騒ぎは起こせないだろう。いや、起こさないように監視せねば……」
「きっとヒルダさんからも感謝されますね」
だがクロードはフォドラにいる間中ずっと騒ぎを起こし続け───去った際も蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。そんな未来が来ることをローレンツたちはまだ知らない。畳む