-horreum-倉庫

雑多です。
「説明できない」14.間際
#説明できない #クロロレ #完売本

 盗み聞きがばれないようにレアたちのいる場から自室に戻ったクロードは考えを整理するべく、お気に入りの書字板を取り出した。セイロス教の五戒を鉄筆で記していく。
・女神の存在とその力を疑ってはならない
・女神の名をみだりに口にしてはならない
・父母と教会を敬え
・女神から与えられた力を正しく使え
・殺し、傷つけ、嘘をつき、盗むことを禁ずる
 セテスは先ほど禁忌に触れるような行いをしたのか、と大司教レアに問うた。彼女は少なくともこの五戒のうち四番目と五番目を破っている。彼女の能力が正しく生かされたのならばセテスに隠さないはずだ。故に四番目の戒律を破っている。そして親の同意を得ずにその子供の身体に不可逆な変化を与えるのは、身体に傷をつけることと変わらない。それを取り繕うために嘘をついた。故に五番目の戒律を破っている。
 彼女が生まれたばかりのベレトに何かしたのは確定している。ジェラルドはそれを怪しんでガルグ=マクを出たので、レアは結果を確かめられなかった。しかし遅れてその成果が出たからこそ、あんなに彼女は色合いが変わったベレトを見て喜んでいたのだ。ベレトの亡き父ジェラルドならベレトの変化をどう評価するのだろうか。きっと全く動じず受け止めるのだろう。
 ローレンツの記憶でもエーデルガルトとヒューベルトがガルグ=マクにいるのは今節が最後だ。どう立ち回るべきか彼と相談する必要がある。早く相談したいのだがローレンツは今、青獅子の学級から課題協力を依頼されたため泊まりがけで出かけていた。
 数日後、青獅子の学級がガルグ=マクに帰還したと聞いたクロードはローレンツを探して敷地内を彷徨いていた。ようやく見つけた彼はシルヴァンやイングリットらと共に厩舎で何やら話し込んでいる。
「そういうことであれば金鹿の学級に転籍してはどうだろうか?」
「ですが殿下がなんと仰るか……」
「座学は今まで通りなのだからたいした違いはないと思う。考えてみて欲しい」
「ローレンツの言う通りファーガスに帰っちまったら縁遠くなるのは確かだな」
 デアドラに現れた帝国軍と相対するのに故郷のパルミラからわざわざ部隊を派遣してもらったが、隣国かつセイロス騎士団をすぐに引き取ったディミトリと連合軍を作る方が得策だったかもしれない。密入国させるのも面倒だったし、今のクロードはフォドラのセイロス教徒がどれだけ忍耐強く勇敢なのかを知っている。クロードはローレンツの邪魔にならないよう、そっと厩舎を立ち去った。
 その晩はローレンツの方から話がある、と言ってクロードの部屋を訪れた。扉を開けたローレンツは疲れた顔をしている。座れるようにしておいた椅子を勧めて蒸留酒を注いだ杯を渡すと薄い唇の端が上がった。
「お疲れさん、どうだった?」
「いや、とにかく寒さが身に堪えたよ。フェルディアにいたことはあるが、あくまでも街中だ。雪中行軍ではない」
 ローレンツはどうしてファーガスの者たちに苦手意識がないのだろうか。クロードは正直言って、自分にとどめをさしたベレスではないのに顔がそっくりなベレトが苦手だった。それにペトラ以外の黒鷲の学生とは今も積極的に話す気になれない。
「俺も寒いのは苦手だよ」
「だが逃げるならオグマ山脈を縦走すべきだ。あれなら帝国軍は追いつけない。雪に慣れているファーガスの者たちと協力すべきだ」
 クロードは書字板の蝋を均してフォドラの地図を描いた。出身地の地点に皆の名を書いていく。
「そうなるとヒルダやリシテアとは別行動だな」
「儀式の後でそれとなく話しておくべきだ」
「ローレンツは五年前もそうやって自領に戻ったのか?」
 ローレンツは大きくため息をついて首を横に振った。クロードの記憶でも蜘蛛の子を散らすようにそれぞればらばらに帰郷している。
「試す価値はありそうだ。ところでな、いよいよ聖墓で儀式がある。俺たちも出席せよとのことだ」
「聖域に入れるのか……」
 そう語るローレンツはどこか嬉しそうだった。クロードの見たところ彼は盲信的な信者ではなく、己を律し高めるためセイロス教を利用しているにすぎないのだがそれでもやはりありがたく感じるらしい。
「そしていよいよ開戦だ。親帝国派の筆頭グロスタール家の嫡子どの。どうする?」
 クロードは茶化したがローレンツは菫青石のような瞳で真っ直ぐ見返してきた。
「当家は親帝国派ではあるがレスター諸侯同盟の一角を担っている。五年前はその本分を忘れたから一族を守るために僕が犠牲となった。今度は本分を忘れるような行いはしない。クロード、君こそレスター諸侯同盟を守るために全力を尽くすのか?」
  五年前のクロードは保険を掛けていて、しかも受取人に相談すらしていなかった。色々と察していたエドマンド辺境伯とグロスタール伯が後始末をしたはずだ。五年前のクロードが知るマリアンヌとローレンツは親と意見を違えることがなかったので、自分の戦死についても少し残念だと思った程度だろう。戦後処理をしているうちに二人が付き合って結婚でもしていてくれたら、なんとなく救われるような気がする。クロードが五年前の、最初に知り合ったローレンツの人生に影響を与えるようなことはもうない。だが目の前の彼に関しては違う。クロードはローレンツの目を見つめ、はっきりと全力を尽くす、と宣言した。畳む
「説明できない」15.儀式
#説明できない #クロロレ #完売本

 ローレンツたちは大広間で先生方から儀式についての説明を受けた。クロードは理にかなっていない、腑に落ちない、裏がある、としきりに言っていたが人智を超えた恩寵や奇跡なくして成り立つ宗教の方がローレンツには想像がつかない。静かにするように窘めたが、クロードが緊張を紛らわすため喋り続けている心境はローレンツにも理解できた。エーデルガルトが表舞台に立ち、フォドラ中を戦乱に巻き込むその初日が今日だ。
 地下に降りる装置はワープの魔法ではなく機械仕掛けらしい。宗教施設の大掛かりな装置といえばさり気なく魔法を使ったものが多い印象だが、建物のどこにもそれらしい記述が見当たらなかった。大司教レアですら敵が攻めてくるとは知らず、静かに喜びに浸っている。これほど巨大な空間が地下に存在することをローレンツたちは知らなかった。この聖域を世俗の目から覆い隠すためにガルグ=マク修道院が建てられたらしい。世界を創造する役目を終え、眠りについた尊い存在の亡骸は聖遺物となってフォドラ中から信徒を呼び寄せている。
 信心深いマリアンヌは聖なる墓所の内部を眺めることすら畏れ多い、と言った風情で足元だけを見ている。多分どこかに腰か肩をぶつけるだろうからよく見ておいてやらねば、とローレンツが視線を動かすとクロードと目があった。
「儀式って玉座に座るだけなのか?」
 クロードは儀式自体に疑いを持っている。確かにクロードの言う通りだ、女神の心とベレトが一体化して闇を喰らい、再び地上に戻ってきたと言うなら誰が彼に啓示を与えるというのだろう。
 ベレトは玉座に見覚えはあるものの、着席しても特に思うところはないらしい。戸惑うベレトを見たレアは動揺が隠せずにいる。そうでなければ侵入者に真っ先に気づいたのがクロード、ということはなかっただろう。
 炎帝が率いている兵士たちの軍装をみてレオニーやヒルダが驚愕していた。この場でローレンツとクロードだけが帝国の兵士たちに驚いていない。ローレンツも槍を構えていたがクロードもレアの命令を待つことなく弓に矢を番えていた。
「魔獣は身動きが取れないから後回しでいい!弓の射程に入らないように気をつけて盗賊と兵士を狙え!」
 怒りと衝撃のあまり適切な指示が出せなくなっているレアに代わってベレトが指示を出す。一体、レアはベレトにこれ以上どうなって欲しかったのだろう。帝国も帝国についた諸侯に言葉を尽くして説明しなかったが、教会にも大きな秘密がある。
「墓荒らしの目的は一つだろ、炎帝さんよ。あんたは聖墓に眠るお宝を暴きに来た、と」
「ふ、察しが良いな、道化師。ここにある紋章石はすべて貰い受ける。それを眠らせておいたところで、薬どころか毒にさえならぬ」
 ローレンツはフェルディナントと共にミルディン大橋に立った時、ある種の魔獣の正体を知らなかった。檄文で教会から社会を取り戻す、と主張していたが人間を魔獣に変化させても勝利のためなら仕方ない、とするエーデルガルトが導く社会はどんなものになるのだろうか。人間は自分に不利なことを隠すものだが、これはいくらなんでも酷すぎる。
「撃ち合いなら負けませんよ!」
 イグナーツやレオニーのような平民でも弓の扱いが巧みなのがレスター諸侯同盟の特徴だ。矢は基本、使い捨てで装備を揃えるには手間か金銭のどちらかを必要とする。レスター諸侯同盟は新興国だが、元がファーガスの中でも豊かな地方なので稼ぎ頭として北部を支えていた。
 このローレンツ=ヘルマン=グロスタールとその友人フェルディナントを使い捨てにした帝国に豊かな自領を、レスターをくれてやるわけにはいかない。
 魔法は魔獣用に取っておかねばならないのでイグナーツが狙っている弓兵に向けてローレンツは手槍を投げた。顔や喉には当たらなかったが太腿に刺さったのでよしとする。とどめはイグナーツが刺すだろう。
「ローレンツ! 次はレオニーの援護! レオニー! 一撃で仕留めようとするな! 無力化すればそれでいい!」
 クロードの前衛を務めているベレトから矢継ぎ早に指示が入る。前しか向いていないように見えるのに背中や腕に目でもあるのか、いちいち的確な事を言う。ベレトはフレンの誘拐やルミール村の件を問い詰めたいのか、クロードを引き連れエーデルガルトに向かって突撃していた。これは本当に珍しいことでやはりベレトも冷静でいられないのだろう。まだ仮面を被っているエーデルガルトの前衛の兵士たちを全て倒し、クロードとベレトは彼女の目の前に立ちはだかった。
「お前が噂の炎帝か。……なあ、教えてくれ。紋章石を使って何をするつもりなんだ? フレンの血を使って何をした?クロニエやソロンってのは何者だったんだ?」
「……黙れ。貴様が知る必要はない」
 エーデルガルトとヒューベルトは文武両道を目指す士官学校で学生生活を過不足なくこなしながら、二重生活を送っていたことになる。ちょっとした隙間時間にエーデルガルトたちの様子を探るだけでローレンツもクロードも精一杯だったのに、その情熱はいったいどこから来るのだろうか。
 その情熱の源となった悪意を彼女に植え付けたのは何者なのだろうか。クロードの小芝居を無感動に眺めながら、ローレンツは答えが出ない問いに頭を悩ませていた。畳む