「説明できない」27.幕間
#説明できない #完売本 #クロロレ
ベレトに自領を見せる機会が訪れるなど、ローレンツは考えたことすらなかった。ミルディン大橋から北上するとすぐにグロスタール領に入る。ようやく春が来た領内には菜の花が咲き乱れていた。来年には同じ場所で燕麦など別の作物が育てられているだろう。
「まるで黄色い敷物のようだ」
箱馬車の窓から流れ行く景色を見てベレトが呟いた。園芸好きな彼らしい賛辞で、聞いているだけでローレンツの心が温かいもので満たされる。
「先生、あれは休耕中の畑だ。休ませている間に菜の花を植えていてね。素朴で美しいし土が豊かになるんだ」
ベルグリーズ領ほどの規模ではないがグロスタール領も穀倉地帯を抱えている。ローレンツは実り豊かな自領と一族を守るため一度はその命を捧げた。今度は生き延びて人生を捧げねばならないと思っている。
グロスタールを南北に貫きデアドラに向かう街道は最も重要な街道だ。石畳はこまめに整備され、盗賊が出没しないよう数里おきに騎士たちの駐屯所も作ってある。道沿いの景色には法則があり、集落と施設と畑が繰り返し繰り返し現れた。マリアンヌは代わり映えしない景色に眠気を誘われ瞼が下がっている。その隣に座るベレトも身体を休められる時はどこであれ遠慮なく休む、という傭兵時代の癖が抜けず菜の花の話を聞いた後、腕を組んで眠り始めてしまった。クロードも眠ってしまうかと思ったがじっと窓から見える景色を眺めている。ローレンツは中腰になって頭上の棚から二枚毛布を取り出し二人の膝にかけてやった。
「あ、教会だ。また居ると思うか?」
「居るだろうね。身体を伸ばすのにちょうど良いと思いたまえ」
「いや休憩出来るのはありがたいが……」
愚痴をこぼそうとしたクロードのことをローレンツはじっと見つめた。
「どんな乗り物でもたまに降りて身体を伸ばさないと腰を痛めるぞ」
「ダフネル領に入ったら本当に休憩しかしないからな」
「それは好きにしたまえ」
街道沿いをグロスタール家の紋章を付けた四頭立ての箱馬車で走っているので、休憩を取るたびに地元の郷士や司祭が挨拶だ差し入れだ、とローレンツたちのところへ顔を出す。特に司祭がクロードにとっては問題だった。だがクロードの困惑など知る由もない馭者は道端に待ち構えていた司祭に呼び止められたから、という理由でローレンツの予想通り馬車の速度を落としていく。
「マリアンヌを起こしたいんだ。起きてくれ〝きょうだい〟」
正式に婚約したならば話は別だが、俗人であるローレンツやクロードが名家に連なる者であるマリアンヌの肩を揺らすわけにいかない。だが女神の代理人であるベレトならば彼女に軽く触れても名誉は傷付かない。クロードに揺り起こされたベレトはマリアンヌの肩にそっと触れ、居眠りしている彼女を起こした。
二段ほどの踏み台は元よりついているがそれでも馬車の扉と地面はかなり離れている。男だけなら気にせず飛び降りるがマリアンヌがいるので皆、馭者が持ってきた補助の踏み台を使う。まずは女性から、と言うわけでマリアンヌが表に出た。踏み台を用意して扉を開けてくれた御者に小さな声で礼を言い、その手に掴まる彼女の姿に戦場で躊躇せずに毒見をした時の面影はない。
昔から噂が広まるのは雷鳴より早い、と言われている。この教会の司祭もローレンツが乗る馬車に大司教レアから直々に後事を託されたベレト、レスター諸侯同盟の盟主であるクロード、エドマンド辺境伯の養女であるマリアンヌが同乗していると既に知っていた。滅多に顔を見る機会がない大物たちを迎え、司祭は緊張しきっている。何度もつっかえながら茶菓を勧めようとしていたが上手くいかない。だが元から顔を知っているローレンツから司祭どの、と呼ばれた途端に安心したのか舌の動きが滑らかになった。
「ああ若様!ご無事でしたか!女神に無事をお祈りしていた甲斐がありました!」
「この通り無事に自領に戻って来られたよ。君の教会で感謝の祈りを捧げても良いだろうか?」
この展開は今日だけで三度目だ。ベレトは元々表情に乏しいのでクロードが茶番と断じるこのやりとりに何を思うのか、顔を見るだけでは分からない。マリアンヌは元より信心深く教会には可能な限り顔を出したがるので、なんとも思っていない可能性が高い。どうやらローレンツの振る舞いに白けているのはクロードだけのようだ。ローレンツはクロードの微かな表情の変化に気づいていないふりをして司祭に微笑んでいる。
権力者が実際にどんな顔をしているのか知っている、と言うのは大きな武器となる。ローレンツは領民たちに気前よく情報と体験を与えていた。そして会ってみれば実に気さくで、という噂が敵対していたグロスタール領で流れることはクロードにとって悪くはない。だからクロードは薄い微笑みを顔に浮かべ黙ってローレンツと司祭の会話を聞いておくしかない。
礼拝堂での祈祷が終わり、小さな教会の応接間に通された四人は素朴な焼き菓子ともう何杯目なのか覚えていない紅茶に口をつけた。畳む
#説明できない #完売本 #クロロレ
ベレトに自領を見せる機会が訪れるなど、ローレンツは考えたことすらなかった。ミルディン大橋から北上するとすぐにグロスタール領に入る。ようやく春が来た領内には菜の花が咲き乱れていた。来年には同じ場所で燕麦など別の作物が育てられているだろう。
「まるで黄色い敷物のようだ」
箱馬車の窓から流れ行く景色を見てベレトが呟いた。園芸好きな彼らしい賛辞で、聞いているだけでローレンツの心が温かいもので満たされる。
「先生、あれは休耕中の畑だ。休ませている間に菜の花を植えていてね。素朴で美しいし土が豊かになるんだ」
ベルグリーズ領ほどの規模ではないがグロスタール領も穀倉地帯を抱えている。ローレンツは実り豊かな自領と一族を守るため一度はその命を捧げた。今度は生き延びて人生を捧げねばならないと思っている。
グロスタールを南北に貫きデアドラに向かう街道は最も重要な街道だ。石畳はこまめに整備され、盗賊が出没しないよう数里おきに騎士たちの駐屯所も作ってある。道沿いの景色には法則があり、集落と施設と畑が繰り返し繰り返し現れた。マリアンヌは代わり映えしない景色に眠気を誘われ瞼が下がっている。その隣に座るベレトも身体を休められる時はどこであれ遠慮なく休む、という傭兵時代の癖が抜けず菜の花の話を聞いた後、腕を組んで眠り始めてしまった。クロードも眠ってしまうかと思ったがじっと窓から見える景色を眺めている。ローレンツは中腰になって頭上の棚から二枚毛布を取り出し二人の膝にかけてやった。
「あ、教会だ。また居ると思うか?」
「居るだろうね。身体を伸ばすのにちょうど良いと思いたまえ」
「いや休憩出来るのはありがたいが……」
愚痴をこぼそうとしたクロードのことをローレンツはじっと見つめた。
「どんな乗り物でもたまに降りて身体を伸ばさないと腰を痛めるぞ」
「ダフネル領に入ったら本当に休憩しかしないからな」
「それは好きにしたまえ」
街道沿いをグロスタール家の紋章を付けた四頭立ての箱馬車で走っているので、休憩を取るたびに地元の郷士や司祭が挨拶だ差し入れだ、とローレンツたちのところへ顔を出す。特に司祭がクロードにとっては問題だった。だがクロードの困惑など知る由もない馭者は道端に待ち構えていた司祭に呼び止められたから、という理由でローレンツの予想通り馬車の速度を落としていく。
「マリアンヌを起こしたいんだ。起きてくれ〝きょうだい〟」
正式に婚約したならば話は別だが、俗人であるローレンツやクロードが名家に連なる者であるマリアンヌの肩を揺らすわけにいかない。だが女神の代理人であるベレトならば彼女に軽く触れても名誉は傷付かない。クロードに揺り起こされたベレトはマリアンヌの肩にそっと触れ、居眠りしている彼女を起こした。
二段ほどの踏み台は元よりついているがそれでも馬車の扉と地面はかなり離れている。男だけなら気にせず飛び降りるがマリアンヌがいるので皆、馭者が持ってきた補助の踏み台を使う。まずは女性から、と言うわけでマリアンヌが表に出た。踏み台を用意して扉を開けてくれた御者に小さな声で礼を言い、その手に掴まる彼女の姿に戦場で躊躇せずに毒見をした時の面影はない。
昔から噂が広まるのは雷鳴より早い、と言われている。この教会の司祭もローレンツが乗る馬車に大司教レアから直々に後事を託されたベレト、レスター諸侯同盟の盟主であるクロード、エドマンド辺境伯の養女であるマリアンヌが同乗していると既に知っていた。滅多に顔を見る機会がない大物たちを迎え、司祭は緊張しきっている。何度もつっかえながら茶菓を勧めようとしていたが上手くいかない。だが元から顔を知っているローレンツから司祭どの、と呼ばれた途端に安心したのか舌の動きが滑らかになった。
「ああ若様!ご無事でしたか!女神に無事をお祈りしていた甲斐がありました!」
「この通り無事に自領に戻って来られたよ。君の教会で感謝の祈りを捧げても良いだろうか?」
この展開は今日だけで三度目だ。ベレトは元々表情に乏しいのでクロードが茶番と断じるこのやりとりに何を思うのか、顔を見るだけでは分からない。マリアンヌは元より信心深く教会には可能な限り顔を出したがるので、なんとも思っていない可能性が高い。どうやらローレンツの振る舞いに白けているのはクロードだけのようだ。ローレンツはクロードの微かな表情の変化に気づいていないふりをして司祭に微笑んでいる。
権力者が実際にどんな顔をしているのか知っている、と言うのは大きな武器となる。ローレンツは領民たちに気前よく情報と体験を与えていた。そして会ってみれば実に気さくで、という噂が敵対していたグロスタール領で流れることはクロードにとって悪くはない。だからクロードは薄い微笑みを顔に浮かべ黙ってローレンツと司祭の会話を聞いておくしかない。
礼拝堂での祈祷が終わり、小さな教会の応接間に通された四人は素朴な焼き菓子ともう何杯目なのか覚えていない紅茶に口をつけた。畳む
「説明できない」30.帝都
#説明できない #クロロレ #完売本
グロンダーズの際はファーガスの者を前線に出さなかったベレトだが、次の戦場が殆どの者にとって土地勘のない帝都アンヴァルとなったためドロテア、ペトラ、フェルディナントが出撃する運びとなった。
太陽のようなフェルディナントがいればベレトが嫌がる戦場の霧が晴れるのかもしれない。他の者はいざ知らず、クロードとベレトはそろそろ戦後について考える必要がある。ベレトはクロードが統一国家の王になる、と思い込んでいるがクロードの目論見は逆だ。聖者セイロスの生まれ変わり、と噂されるベレトを統一国家の王にしようと考えている。だがこの考えもエーデルガルトたちに勝たねば実現されない。
帝都アンヴァルはフォドラ最大の都だ。城塞都市であり、優秀な工兵がいれば街中の建物はすぐに軍の拠点へと転用できる。アンヴァル育ちのドロテア、人質になり最初の数年間をアンヴァルで過ごしたペトラ、それにアンヴァルの上屋敷と領地を行き来して育ったフェルディナントの三人はアンヴァルの地図を覗き込んでいた。市街戦に勝利したらすぐに市内に陣営を築かねばならない。
彼らが言うには、宮城の前がベレトやクロードが想定しているよりかなり危険なのだという。宮城前の広場に敵が展開した時に備え、宮城内に砲台があり広場全域が射程内となっている。歌劇場と教会どちらの前に設営をすべきかで三人の意見は割れていた。どちらも一長一短で、歌劇場の前は広いが、歌劇場の構造が複雑なので敵が潜みやすい。教会の前はかなり狭いが構造が単純なので安全確認がしやすい。
輜重隊がわざわざアンヴァル近郊まで運んできてくれた天幕の下で軍議を行うのもこれが最後と思えば皆、気合が入る。結局メリセウス要塞を拠点とすることが叶わず、ミルディン大橋からグロンダーズを経由してアンヴァルまで全てを持ち込んでいた。
輜重隊自身も食糧や資材、武器を必要とする。ここまで積荷をすり潰さずに届けられているのは前線に出ていないファーガスの者たちが優れているからだ。ヒューベルトはどうやらベレトとクロードの倫理観を評価しているらしく、斥候以外の兵を全てアンヴァルに引き揚げている。余剰兵力を全て集中させただけかもしれないが、武装した兵との小競り合いは発生していない。しかし食いつめた街道沿いの村人が盗賊に身を落とし襲ってくることはあった。そんな敵意に満ちた土地を通りながら正確に物資を届けることがどれほど難しいか、特に言語化するわけでもないが皆わかっている。
「商売にしてはどうかな」
ベレトがぽつりと呟いた。
「何をでしょうか? 私にも分かるように説明していただけませんか?」
天馬に乗り、上空から荷馬車の隊列が千切れないかどうか見張り続けていたイングリットは困惑している。
「ファーガスには売るものがないから金儲けが出来ない、と言っていたがそれなら物を運ぶのを仕事にすればいい。セイロス教会に委託された騎士団が手紙を届けるだろう。あんな感じで物を運ぶんだ。商人だって楽だろう?」
クロードは全く新しい概念が生まれた瞬間を目撃し、思わずため息をついた。ローレンツは未開のフォドラとでも思っているのだろう、と皮肉を言ったがどこにでも狂いを秘めた賢人は存在する。こんな戦争などさっさと終わらせてベレトの思いつきにずっと耳を傾けていたい。
「あのなぁ〝きょうだい〟本題からずれすぎだ。市内を突破したらどこに陣地を設営するかって話をしてただろ?」
ベレトが素直に謝罪し教会にしよう、と言って軍議は終わった。
斥候を務めたシャミアから魔獣と砲台だらけである、と聞いたフェルディナントは眉を顰め彼の隣で手綱を握るローレンツに話しかけている。彼らは今回同じ部隊でヒューベルトの部隊担当だ。
「私がヒューベルトの立場であったならエーデルガルトに絶対こんなことはさせなかった」
「力付くで止めるしかないのは残念だな。どんなに注意を払っても平民たちに被害が出てしまう」
かつてのクロードはローレンツが指摘した通り、女神に主体性を預け無意味な鎖国を続けているという理由でフォドラの人々を小馬鹿にしていた。だが彼らには独自の高い倫理観がある。クロードは女神の神秘性を無効化し、フォドラの人々の蒙を開くためにガルグ=マクの中を探っていた。しかし女神を信じていないと主張するエーデルガルトたちが最も聞く耳を持たず、話が通じない。
信仰の有無と交流は関係ないのだ。クロードが飛竜の手綱を引き、先に上昇していたフレンと高度を合わせると彼女は足下の二人を見て愉快そうに笑っている。
「ふふっ! フェルディナントさんって愉快な方なんですのね! ああ、面白いですわ!」
クロードが地上をちらりと眺めるとローレンツが左腕を伸ばし、後ろから同じく伸ばしているフェルディナントの右腕を手に取っている。ローレンツは些か気恥ずかしそうだがフェルディナントは左手を空に向かって振っていた。
「あいつらは何をしてるんだ?」
「あらクロードさん幸運の仕草はご存知ではありませんの?」
フレンはクロードに見えるように顔の前で細い人差し指と中指を交差させた。ローレンツの方が背が高いので中指担当で、フェルディナントが人差し指担当なのだろう。笑いを禁じえなかったクロードは彼らにも見えるように旋回し拳を天に突き上げた。
リシテアのダークスパイクTが死神騎士に効いたのはメリセウス要塞で実証済みだ。逆に言うとそれ以外では何をどうやっても攻撃が効かない。彼女を安全に死神騎士に接近させ、命を守るのがクロードとフレンの目標だ。フレンはリシテア専用の回復役とも言える。避けきる自信があっての話だが、クロードも自身に攻撃を集中させることによってリシテアの防御壁になろうとしている。
アンヴァルの中は魔獣も含め、やたら羽根が付いた敵が多い。ファルコンナイト目掛けて矢を放つとクロードの背にリーガンの紋章が浮かんだ。どんなに胡散臭いと言おうとフォドラの人々はクロードの背に浮かぶ三日月を見ると口をつぐむ。正々堂々と問題を切り離し胡散臭い、と告げてきたのはローレンツだけだ。
「あんたの独壇場じゃないですかクロード」
ぶっきらぼうな口調でクロードを褒めるリシテアが右手を構え、クロードの背後に回り込んだ魔獣に向けて紫の闇を放つ。彼女の左手はテュルソスの杖を握っている。グロスタールの紋章を持つ者の魔力を高める英雄の遺産だ。最初リシテアは固辞したのだがローレンツの熱意に負け今回の戦場だけ、との条件付きで使うことになった。クロードとローレンツは別行動中だが、テュルソスの杖がちらちら見えるとクロードは彼と共にいるような気持ちになる。
「おう、任せとけ!」
弓砲台の射程範囲内に入ったのでクロードもフレンも徒歩で死神騎士の元へ向かっていた。気絶した魔獣に向かって三人で連携して攻撃を加えていく。クロードが初めて魔獣と出くわしたのはフォドラだ。こんな理不尽なものが実在するなら皆、何かにすがりたくもなるだろう。そういう社会では女神も人の意識に紛れ込みやすいのかもしれない。
露払いに行ってくる、と言い残し砲台を無力化するべく、ラファエルを伴って先行したベレトがクロードたちを迎えにきた。手に持っているのは何の変哲もない鉄の剣だが敵の血に塗れている。彼はとっておき、である天帝の剣をこれだけの混戦においてまだ使っていないのだ。
「貴様を待っていた……」
その声を聞きベレトはリシテアを庇うかのように天帝の剣を構えた。その背に炎の紋章が浮かぶ。ラファエル、クロード、フレンの三人で残りの逃げ道を塞いた。応撃の使い手なのでベレトも合わせて四人全員で連携して攻撃せねばならない。合図は天帝の剣が空を切る音だった。皆が同時に武器を構えたせいか、四方向全てに注意を払った死神騎士はリシテアのダークスパイクTを避けきれなかった。
倒れた死神騎士にベレトが駆け寄り絶命していることを確認すると仮面を剥いだ。どこか見覚えのある亜麻色の髪をした青年の顔が現れる。
「話を聞いてみたかったな」
ベレトがぽつりと呟いた。
フェルディナントはクロードと同い年だ。あの年の生まれの特徴なのか好奇心が旺盛で、素直で渇いた海綿が水を吸うように物を覚えていく。先程フレンやクロードに見せた仕草も兵士たちから教わったのだという。
彼は共にいると気持ちが良い人物でローレンツは今も昔もフェルディナントが大好きだ。彼を死なせるわけにいかない。忌まわしかったミルディン大橋を乗り越え、ローレンツはようやくアンヴァルまで辿り着いた。フェルディナントが出撃するというなら共に戦い、以前は目の前で死なせてしまった彼をこの手で守りたい。そう考えてローレンツはベレトに彼と同じ部隊にして欲しいと志願した。
ローレンツにとってクロードの死は実感がない。きっと見ていないからだろう。やり直しの機会が与えられたローレンツは理論よりも感情や身体感覚の方を優先させてきた。理詰めの行動ゆえに死に追いやられた経験が無意識にそうさせるのだろう。
城門を潜ったのでフェルディナントもローレンツも攻撃に備え、左手で手綱を持ち槍を右手で構えている。
「ヒューベルトくんの射程範囲内に入る直前にマジックシールドをかけるから突出しないでくれたまえ」
「分かった。気は逸るが心がけておく」
魔獣だらけのこの地区は炎のブレスで殆どの建物が半壊しつつある。ローレンツも応戦するべくアグネアの矢やライナロックを放っているので心配する筋合いではないのだが、再建の道のりは険しいものになるだろう。兵たちの流した血が雨水のように美しく敷き詰められた石畳の溝を伝っていく。フェルディナントは呪文を詠唱しようとしたウォーロックの喉元に手槍を投げつけ絶命させた。彼は魔法に弱いので先手必勝ということらしい。
順調に前進していたのでヒューベルトのサンダーストームの射程範囲まであとわずかとなった。ローレンツが半壊した建物の影に隠れて様子をうかがっているとやはり先行するフェルディナントは気づいていない。更に前進しようとしていた彼を呼び止め、ローレンツはマジックシールドをかけてやった。魔法に弱いフェルディナントを守ってやらねばならない。
「これでよし。それと正規品ではなく私物で申し訳ないが、この特効薬を持って行ってくれたまえ」
「礼を言うよローレンツ」
ローレンツはミルディン大橋で命を落とした時、共に戦っていたフェルディナントが持たされていなかった特効薬を彼に渡した。エドギアの実家から送られてきたもので包みにグロスタール家の家紋が入っている。親友を軽んじたエーデルガルトへのささやかな意趣返しは思ったより愉快だった。
「あと少し待てばマリアンヌさんも援護に来てくれるが、それでも今行くかい?」
マリアンヌは怪我人に回復魔法をかけるため戦場中を駆け回っている。それが彼女の主な任務だが敵兵の魔法発動を妨害するサイレスも巧みなので、ウォーロックだらけの場所に突入する時は誰よりも傍にいて欲しくなる存在だ。
「ああ、今なら彼と話せそうなのでね」
「分かった。では僕は後ろからついていくよ」
サンダーストームは隣接してしまえば当たらない。だから懐に入れば怖くないのだが、射程範囲が広いので懐に入る前に直撃を食らってしまう。だが微妙に距離をとりながら複数の兵で射程範囲内に入ってしまえば、ウォーロックは誰を撃つか決めねばならない。つまりヒューベルトはローレンツとフェルディナントどちらかを確実に撃てるが、片方しか撃てないのだ。撃たれなかった方が彼の懐に飛び込んで槍を振るえば良い。
実際はフェルディナントが懐に入ると決定済みだが、ヒューベルトに選択を強いることが大切なのだ。彼はきっとローレンツを甘く見ている。
予想通り、ヒューベルトは突進してくるフェルディナントに向かってサンダーストームを放った。ローレンツのかけたマジックシールドが多少ではあるがフェルディナントを守っている。豊かな橙色の髪はところどころ焦げていたし、手綱や槍を握る手も痺れていることだろう。それでも彼は強い意志を持ってヒューベルトの懐に飛び込んだ。
フェルディナントはローレンツが渡した特効薬を口にして、ヒューベルトに向かって何かを語りかけている。ローレンツとフェルディナントはそれぞれヒューベルトの標的になるためわざと距離を取っていたので二人が何を話しているのかは聞こえない。それで構わないのだ。焦らずとも、ローレンツが知るべき内容だと判断すればフェルディナントは後で何を話していたのか教えてくれる。
魔法に強く物理攻撃に弱いヒューベルトと魔法に弱く物理攻撃に強いフェルディナントは組んで戦えば互いの弱点を打ち消しあう、素晴らしい仲間となった可能性もあった。
だがその可能性はフェルディナントの槍によって潰えた。
全ての将を討ち取ったのでこれでようやくエーデルガルトが待つ宮城に乗り込める。戦闘が終了しローレンツとフェルディナントは教会前にシルヴァンたちが張った天幕へ向かった。物資を受け取り、メルセデスから怪我の治療を受けていると慌てた様子のレオニーが駆け込んでくる。
「ドゥドゥーが生きてた!!」
「本当か?!」
天幕の中にいるファーガス出身者たちが一斉にレオニーに話しかける。レオニーが手短にドゥドゥーの現況を伝えるとアッシュは涙ぐんでいた。
「ドゥドゥーだけでも生きてくれていてよかった……」
「そうだな、一緒に戦おうって提案は断られたけど、出来る限り助けたいってクロードが言ってたよ。だから勝てば会えるさ」
ローレンツたちに勝たねばならぬ理由がもうひとつ増えた。畳む
#説明できない #クロロレ #完売本
グロンダーズの際はファーガスの者を前線に出さなかったベレトだが、次の戦場が殆どの者にとって土地勘のない帝都アンヴァルとなったためドロテア、ペトラ、フェルディナントが出撃する運びとなった。
太陽のようなフェルディナントがいればベレトが嫌がる戦場の霧が晴れるのかもしれない。他の者はいざ知らず、クロードとベレトはそろそろ戦後について考える必要がある。ベレトはクロードが統一国家の王になる、と思い込んでいるがクロードの目論見は逆だ。聖者セイロスの生まれ変わり、と噂されるベレトを統一国家の王にしようと考えている。だがこの考えもエーデルガルトたちに勝たねば実現されない。
帝都アンヴァルはフォドラ最大の都だ。城塞都市であり、優秀な工兵がいれば街中の建物はすぐに軍の拠点へと転用できる。アンヴァル育ちのドロテア、人質になり最初の数年間をアンヴァルで過ごしたペトラ、それにアンヴァルの上屋敷と領地を行き来して育ったフェルディナントの三人はアンヴァルの地図を覗き込んでいた。市街戦に勝利したらすぐに市内に陣営を築かねばならない。
彼らが言うには、宮城の前がベレトやクロードが想定しているよりかなり危険なのだという。宮城前の広場に敵が展開した時に備え、宮城内に砲台があり広場全域が射程内となっている。歌劇場と教会どちらの前に設営をすべきかで三人の意見は割れていた。どちらも一長一短で、歌劇場の前は広いが、歌劇場の構造が複雑なので敵が潜みやすい。教会の前はかなり狭いが構造が単純なので安全確認がしやすい。
輜重隊がわざわざアンヴァル近郊まで運んできてくれた天幕の下で軍議を行うのもこれが最後と思えば皆、気合が入る。結局メリセウス要塞を拠点とすることが叶わず、ミルディン大橋からグロンダーズを経由してアンヴァルまで全てを持ち込んでいた。
輜重隊自身も食糧や資材、武器を必要とする。ここまで積荷をすり潰さずに届けられているのは前線に出ていないファーガスの者たちが優れているからだ。ヒューベルトはどうやらベレトとクロードの倫理観を評価しているらしく、斥候以外の兵を全てアンヴァルに引き揚げている。余剰兵力を全て集中させただけかもしれないが、武装した兵との小競り合いは発生していない。しかし食いつめた街道沿いの村人が盗賊に身を落とし襲ってくることはあった。そんな敵意に満ちた土地を通りながら正確に物資を届けることがどれほど難しいか、特に言語化するわけでもないが皆わかっている。
「商売にしてはどうかな」
ベレトがぽつりと呟いた。
「何をでしょうか? 私にも分かるように説明していただけませんか?」
天馬に乗り、上空から荷馬車の隊列が千切れないかどうか見張り続けていたイングリットは困惑している。
「ファーガスには売るものがないから金儲けが出来ない、と言っていたがそれなら物を運ぶのを仕事にすればいい。セイロス教会に委託された騎士団が手紙を届けるだろう。あんな感じで物を運ぶんだ。商人だって楽だろう?」
クロードは全く新しい概念が生まれた瞬間を目撃し、思わずため息をついた。ローレンツは未開のフォドラとでも思っているのだろう、と皮肉を言ったがどこにでも狂いを秘めた賢人は存在する。こんな戦争などさっさと終わらせてベレトの思いつきにずっと耳を傾けていたい。
「あのなぁ〝きょうだい〟本題からずれすぎだ。市内を突破したらどこに陣地を設営するかって話をしてただろ?」
ベレトが素直に謝罪し教会にしよう、と言って軍議は終わった。
斥候を務めたシャミアから魔獣と砲台だらけである、と聞いたフェルディナントは眉を顰め彼の隣で手綱を握るローレンツに話しかけている。彼らは今回同じ部隊でヒューベルトの部隊担当だ。
「私がヒューベルトの立場であったならエーデルガルトに絶対こんなことはさせなかった」
「力付くで止めるしかないのは残念だな。どんなに注意を払っても平民たちに被害が出てしまう」
かつてのクロードはローレンツが指摘した通り、女神に主体性を預け無意味な鎖国を続けているという理由でフォドラの人々を小馬鹿にしていた。だが彼らには独自の高い倫理観がある。クロードは女神の神秘性を無効化し、フォドラの人々の蒙を開くためにガルグ=マクの中を探っていた。しかし女神を信じていないと主張するエーデルガルトたちが最も聞く耳を持たず、話が通じない。
信仰の有無と交流は関係ないのだ。クロードが飛竜の手綱を引き、先に上昇していたフレンと高度を合わせると彼女は足下の二人を見て愉快そうに笑っている。
「ふふっ! フェルディナントさんって愉快な方なんですのね! ああ、面白いですわ!」
クロードが地上をちらりと眺めるとローレンツが左腕を伸ばし、後ろから同じく伸ばしているフェルディナントの右腕を手に取っている。ローレンツは些か気恥ずかしそうだがフェルディナントは左手を空に向かって振っていた。
「あいつらは何をしてるんだ?」
「あらクロードさん幸運の仕草はご存知ではありませんの?」
フレンはクロードに見えるように顔の前で細い人差し指と中指を交差させた。ローレンツの方が背が高いので中指担当で、フェルディナントが人差し指担当なのだろう。笑いを禁じえなかったクロードは彼らにも見えるように旋回し拳を天に突き上げた。
リシテアのダークスパイクTが死神騎士に効いたのはメリセウス要塞で実証済みだ。逆に言うとそれ以外では何をどうやっても攻撃が効かない。彼女を安全に死神騎士に接近させ、命を守るのがクロードとフレンの目標だ。フレンはリシテア専用の回復役とも言える。避けきる自信があっての話だが、クロードも自身に攻撃を集中させることによってリシテアの防御壁になろうとしている。
アンヴァルの中は魔獣も含め、やたら羽根が付いた敵が多い。ファルコンナイト目掛けて矢を放つとクロードの背にリーガンの紋章が浮かんだ。どんなに胡散臭いと言おうとフォドラの人々はクロードの背に浮かぶ三日月を見ると口をつぐむ。正々堂々と問題を切り離し胡散臭い、と告げてきたのはローレンツだけだ。
「あんたの独壇場じゃないですかクロード」
ぶっきらぼうな口調でクロードを褒めるリシテアが右手を構え、クロードの背後に回り込んだ魔獣に向けて紫の闇を放つ。彼女の左手はテュルソスの杖を握っている。グロスタールの紋章を持つ者の魔力を高める英雄の遺産だ。最初リシテアは固辞したのだがローレンツの熱意に負け今回の戦場だけ、との条件付きで使うことになった。クロードとローレンツは別行動中だが、テュルソスの杖がちらちら見えるとクロードは彼と共にいるような気持ちになる。
「おう、任せとけ!」
弓砲台の射程範囲内に入ったのでクロードもフレンも徒歩で死神騎士の元へ向かっていた。気絶した魔獣に向かって三人で連携して攻撃を加えていく。クロードが初めて魔獣と出くわしたのはフォドラだ。こんな理不尽なものが実在するなら皆、何かにすがりたくもなるだろう。そういう社会では女神も人の意識に紛れ込みやすいのかもしれない。
露払いに行ってくる、と言い残し砲台を無力化するべく、ラファエルを伴って先行したベレトがクロードたちを迎えにきた。手に持っているのは何の変哲もない鉄の剣だが敵の血に塗れている。彼はとっておき、である天帝の剣をこれだけの混戦においてまだ使っていないのだ。
「貴様を待っていた……」
その声を聞きベレトはリシテアを庇うかのように天帝の剣を構えた。その背に炎の紋章が浮かぶ。ラファエル、クロード、フレンの三人で残りの逃げ道を塞いた。応撃の使い手なのでベレトも合わせて四人全員で連携して攻撃せねばならない。合図は天帝の剣が空を切る音だった。皆が同時に武器を構えたせいか、四方向全てに注意を払った死神騎士はリシテアのダークスパイクTを避けきれなかった。
倒れた死神騎士にベレトが駆け寄り絶命していることを確認すると仮面を剥いだ。どこか見覚えのある亜麻色の髪をした青年の顔が現れる。
「話を聞いてみたかったな」
ベレトがぽつりと呟いた。
フェルディナントはクロードと同い年だ。あの年の生まれの特徴なのか好奇心が旺盛で、素直で渇いた海綿が水を吸うように物を覚えていく。先程フレンやクロードに見せた仕草も兵士たちから教わったのだという。
彼は共にいると気持ちが良い人物でローレンツは今も昔もフェルディナントが大好きだ。彼を死なせるわけにいかない。忌まわしかったミルディン大橋を乗り越え、ローレンツはようやくアンヴァルまで辿り着いた。フェルディナントが出撃するというなら共に戦い、以前は目の前で死なせてしまった彼をこの手で守りたい。そう考えてローレンツはベレトに彼と同じ部隊にして欲しいと志願した。
ローレンツにとってクロードの死は実感がない。きっと見ていないからだろう。やり直しの機会が与えられたローレンツは理論よりも感情や身体感覚の方を優先させてきた。理詰めの行動ゆえに死に追いやられた経験が無意識にそうさせるのだろう。
城門を潜ったのでフェルディナントもローレンツも攻撃に備え、左手で手綱を持ち槍を右手で構えている。
「ヒューベルトくんの射程範囲内に入る直前にマジックシールドをかけるから突出しないでくれたまえ」
「分かった。気は逸るが心がけておく」
魔獣だらけのこの地区は炎のブレスで殆どの建物が半壊しつつある。ローレンツも応戦するべくアグネアの矢やライナロックを放っているので心配する筋合いではないのだが、再建の道のりは険しいものになるだろう。兵たちの流した血が雨水のように美しく敷き詰められた石畳の溝を伝っていく。フェルディナントは呪文を詠唱しようとしたウォーロックの喉元に手槍を投げつけ絶命させた。彼は魔法に弱いので先手必勝ということらしい。
順調に前進していたのでヒューベルトのサンダーストームの射程範囲まであとわずかとなった。ローレンツが半壊した建物の影に隠れて様子をうかがっているとやはり先行するフェルディナントは気づいていない。更に前進しようとしていた彼を呼び止め、ローレンツはマジックシールドをかけてやった。魔法に弱いフェルディナントを守ってやらねばならない。
「これでよし。それと正規品ではなく私物で申し訳ないが、この特効薬を持って行ってくれたまえ」
「礼を言うよローレンツ」
ローレンツはミルディン大橋で命を落とした時、共に戦っていたフェルディナントが持たされていなかった特効薬を彼に渡した。エドギアの実家から送られてきたもので包みにグロスタール家の家紋が入っている。親友を軽んじたエーデルガルトへのささやかな意趣返しは思ったより愉快だった。
「あと少し待てばマリアンヌさんも援護に来てくれるが、それでも今行くかい?」
マリアンヌは怪我人に回復魔法をかけるため戦場中を駆け回っている。それが彼女の主な任務だが敵兵の魔法発動を妨害するサイレスも巧みなので、ウォーロックだらけの場所に突入する時は誰よりも傍にいて欲しくなる存在だ。
「ああ、今なら彼と話せそうなのでね」
「分かった。では僕は後ろからついていくよ」
サンダーストームは隣接してしまえば当たらない。だから懐に入れば怖くないのだが、射程範囲が広いので懐に入る前に直撃を食らってしまう。だが微妙に距離をとりながら複数の兵で射程範囲内に入ってしまえば、ウォーロックは誰を撃つか決めねばならない。つまりヒューベルトはローレンツとフェルディナントどちらかを確実に撃てるが、片方しか撃てないのだ。撃たれなかった方が彼の懐に飛び込んで槍を振るえば良い。
実際はフェルディナントが懐に入ると決定済みだが、ヒューベルトに選択を強いることが大切なのだ。彼はきっとローレンツを甘く見ている。
予想通り、ヒューベルトは突進してくるフェルディナントに向かってサンダーストームを放った。ローレンツのかけたマジックシールドが多少ではあるがフェルディナントを守っている。豊かな橙色の髪はところどころ焦げていたし、手綱や槍を握る手も痺れていることだろう。それでも彼は強い意志を持ってヒューベルトの懐に飛び込んだ。
フェルディナントはローレンツが渡した特効薬を口にして、ヒューベルトに向かって何かを語りかけている。ローレンツとフェルディナントはそれぞれヒューベルトの標的になるためわざと距離を取っていたので二人が何を話しているのかは聞こえない。それで構わないのだ。焦らずとも、ローレンツが知るべき内容だと判断すればフェルディナントは後で何を話していたのか教えてくれる。
魔法に強く物理攻撃に弱いヒューベルトと魔法に弱く物理攻撃に強いフェルディナントは組んで戦えば互いの弱点を打ち消しあう、素晴らしい仲間となった可能性もあった。
だがその可能性はフェルディナントの槍によって潰えた。
全ての将を討ち取ったのでこれでようやくエーデルガルトが待つ宮城に乗り込める。戦闘が終了しローレンツとフェルディナントは教会前にシルヴァンたちが張った天幕へ向かった。物資を受け取り、メルセデスから怪我の治療を受けていると慌てた様子のレオニーが駆け込んでくる。
「ドゥドゥーが生きてた!!」
「本当か?!」
天幕の中にいるファーガス出身者たちが一斉にレオニーに話しかける。レオニーが手短にドゥドゥーの現況を伝えるとアッシュは涙ぐんでいた。
「ドゥドゥーだけでも生きてくれていてよかった……」
「そうだな、一緒に戦おうって提案は断られたけど、出来る限り助けたいってクロードが言ってたよ。だから勝てば会えるさ」
ローレンツたちに勝たねばならぬ理由がもうひとつ増えた。畳む
#説明できない #クロロレ #完売本
ローレンツは前回の人生ではダフネル家のジュディッドに親しみをもてるほど関わりを持っていない。だが今回の人生は違う。命からがら帝国軍から逃れた際にようやくまともな風呂に入れさせてくれたのはジュディッドだし、援軍まで用意してくれたと言う。ただしアリルまで迎えにいかねばならない。
クロードは毎日鍛錬や諸侯への根回しに忙しそうだ。調べ物に割く時間がないと溢すので、ローレンツが代わりに書庫でアリルに関する本を探したりセイロス騎士団の中にいるアリル近辺出身者から話を聞いている。これは戦場の霧はない方が良い、と常々言っていたベレトの影響だ。
今晩も皆が寝静まった後でローレンツとクロードは意見を交換している。クロードの部屋は相変わらず片付いていないので場所はローレンツの部屋だ。給茶器でお湯を沸かしているので、夜も火を落とすまではクロードの部屋より暖かい。
「俺の部屋にも給茶器を置こうかな」
「置ける場所を作りたまえ」
この給茶機はローレンツが魔道学院にいた頃、寒さに厳しいファーガスで買い求めたもので三段重ねになっている。一番下に燃料である炭を入れ、蛇口がついた二段目には水を入れて沸かす。一番上にお湯と茶葉を入れっぱなしの茶器が置いてある。当然煮えて濃くなってしまうので飲む際は二段目で沸かしたお湯で薄めて飲む。
ダフネル家からの物資を受け取るまでは山の恵みも最大限に活用すべしと言うことで皆、積極的に狩に行っていた。基本的には鳥と鹿、それに猪だが薬の材料にも食材にもなるので冬眠しそびれた熊は皆が密かに狙っている。そんな中、ベレトが冬眠している蜜蜂の巣を見つけて持ち帰ってきた。何故そんなことをローレンツが知っているかというと修道院の敷地内で恐慌状態になって巣から飛び出してきた蜂の群れに出くわし、ファイアーで仕留めたからだ。手伝いをしてくれたお礼に、と小さな瓶だがベレトからひと瓶貰っている。今晩クロードに振る舞っている紅茶にもその蜂蜜が入っていた。
「お、甘い。これ先生とメルセデスが割った巣から取ったやつか?」
「ファーガス出身の者は皆、野趣に溢れている」
益虫といえどもローレンツは虫の群れを注視したくない。だが修道士を目指していたメルセデスは修道院は養蜂もやるから、と言って平気で巣の中をいじっていた。人は見た目によらない。
「いや、大助かりだよな。皆それぞれ事情もあるだろうに来てくれたのはやっぱりあの縦走かな?」
「そうだな、あんな体験をしたらやはり皆に会いたくなるだろう。僕も青獅子の者たちと会えて嬉しかった」
「気分転換に顔を見にきただけの連中も多そうだが俺に巻き込まれて気の毒なことだ」
「だが皆、手詰まりだと思っていたのだろう」
ファーガスの者たちはディミトリが見つからない限りフェルディア奪還への決め手に欠ける。フェルディナントはいつどんな難癖をつけられて処断されるか分からない。ドロテアは歌劇団の疎開に協力し地方の現状を見ていくうちにエーデルガルトにはついていけない、と感じたらしい。
「今日訓練のついでに話してみたんだが、ペトラはブリギットとの条約改正より戦争を優先させたエーデルガルトに失望したらしい」
「軽んじられたように感じたのかもしれない」
ドロテアとペトラがエーデルガルトのお気に入り、という点においてはクロードとローレンツの記憶が珍しく一致していたので二人ともガルグ=マクで彼女たちを見た時にはかなり驚いた。
「フェルディナントたちに千年祭の約束について連絡したのはローレンツだよな?」
「グロスタール家は親帝国派なのでね」
縦走中にこの有りさまでは五年後の約束はどうなるのか、という話を散々したので青獅子の者たちにはわざわざ伝えずとも知られている。
「縦走のおかげで縁故関係は前回の人生より遥かに広がった。でも縦走が実行できたのは〝きょうだい〟のおかげだ」
籠城を視野に入れていたかもしれないセイロス騎士団から逃避行用の物資を分けて貰うため、青獅子の者たちだけでなくペトラやドロテア、それにフェルディナントにも名義を金鹿の学級に貸して欲しい、と言って頭を下げていた。ベレトのあの姿に皆、絆されているのは確かだろう。
「立場が僕の知る青獅子の者たちと入れ替わっている。君がここでの同窓会を強行したからかもしれない」
「ガルグ=マクと〝きょうだい〟どちらが鍵なんだろうな」
その考えは危険だ、とローレンツの心の奥から声がした。もしベレトから選ばれることだけが鍵であったなら今までのクロードの努力もローレンツの努力も全て無意味であった、ということになる。ローレンツは思わず、空にした白磁の茶器を受け皿に戻す際にがちゃりと大きな音を立ててしまった。
「失礼。クロード、それは今答えを出す必要がある問いなのか?」
自分が何を言ったのか理解したクロードが首を小さく横に振る。問が正しいとするならば、クロードもローレンツも全ての責任から解放される代わりに主体性が消失してしまう。
「ないな。お前が作法を忘れてしまうような異常なことを言って申し訳ない」
「明日にはアリルに向けて進軍開始だ。とにかく暑いらしいから手巾を沢山持って行かねばな」
ローレンツの下手な冗談を聞いてクロードが笑ったところでその晩はお開きとなった。
ベレトの背に浮かぶ炎の紋章を軍旗に掲げ、クロードたちは進軍を開始した。アリルに近づくにつれてファーガス出身者たちの冬山での頼もしさは溶けて消えていってしまったらしい。皆、口々に暑い暑いと言って頭を抱えている。あの時と立場が逆転したかのようだ。
クロードは比較的暑さに強いこともあり、前の人生では知る由もなかったアリルにまつわる伝説に少しだけ心が躍っていた。マリアンヌが語ってくれた女神の怒りの話はパルミラで信仰の対象となっている精霊と似通っていて実に興味深い。力はあるのに感情に振り回されて失敗してしまうのだ。
聖典に記されたセイロス教の女神をクロードは機構のように感じている。神々というのは皆、凡百の人間などより遥かに優れた力を持っているがその分、気まぐれで恐ろしい存在であり、祟られぬように平伏して懇願する対象だと思っていた。だがセイロス教の女神にはこれといった欠点がない。もしかしたら聖典に記す際に、そう言った要素を消してしまったのだろうか。誰が何故そんなことをしたのだろうか。
「慈悲深いはずの女神様が、森を、大地を焼き払ったってのか?」
「あくまで、この地域の伝承です。聖典にも記されてはいませんし……」
「じゃあきっと誰かの創作なんだろう。でなきゃ、女神様はまるで化け物……」
だがガルグ=マクでクロードが遭遇した白きものは化け物、としか言いようがなかった。炎を吐く生き物は生き物なのだろうか。生き物と化け物の違いとは何なのだろうか。
「クロード、お喋りの時間は終わりだ。あそこを見たまえ」
ローべ家の軍旗を掲げる軍団が頭上に展開していた。つい数年前までファーガスは東西ひとつの国だった。西にあるファーガス公国の者を完全に排除しようとすれば自然と東部の王制派諸侯まで排除せざるを得ない。血縁で繋がっているからだ。こちらの動きを察知した密偵はそこを突いたのだろう。公国への嫌悪感はファーガス出身者たちの方が強く、皆不機嫌そうな顔をしていた。
「イングリット、上空からの偵察を手伝ってくれ」
飛行職であれば足元の溶岩を気にせず移動が出来る。額から流れ落ちる汗を拭いながら承諾してくれたイングリットが天馬の手綱を引くとその勢いで抜けた羽根がはらはらと落ちた。羽根が足元の溶岩に触れた瞬間、音を立てて消滅する。
馬も慎重に操らねば火傷させてしまう。ローレンツもシルヴァンもフェルディナントも馬が歩行可能な場所を慎重に選んで歩みを進めていた。そこへ様子を伺い終え、血相を変えたイングリットがやってきてシルヴァンと何事かを話している。クロードがいるところからは彼らが何を話しているのか全く聞き取れないが、ローレンツがベレトの方へ向かっていくのがクロードにも見えた。ベレトの動向も気になるがクロードは早くジュディッドたちと合流せねばならない。二手に分かれるという当初の作戦どおり進軍していくしかなかった。
敵に弓兵が多く撃ち落とされないように距離を取っているとクロードは自然にイングリットに近寄ることになる。汗だくの彼女は逸る気持ちを抑えるかのように唇を噛み締めていた。手綱をとる手も心なしか震えている。
「よう、さっきあっちで何があったんだ?ローレンツは〝きょうだい〟に何を伝えに行ったんだ?」
「敵軍の中にアッシュがいたのです……!」
絞り出すような声でイングリットが王国西部の事情を話してくれた。知らず知らずのうちに、民草の心の支えである西方教会が帝国の尖兵となっていた影響は拭いきれていない。彼らが乱した政情が安定しない為、アッシュは領民と公国に鞍替えしたローべ伯の板挟みになっている。
「生け捕りに出来たら説得できるか?」
意地を張ってつっかかってこられたらこちらとしても生き残るためにアッシュを攻撃せねばならない。同じ弓兵であるクロードは彼の実力もよく分かっていた。
「説得というかその……身代金を払ってくれるような身内が彼にはもういないので名分も立つと思います」
捕虜になったら命を守るための行動が求められる。捕まえられたら生き延びるために言うことを聞くしかない。これがローレンツがかつてミルディン大橋で降伏出来なかった理由だ。嫡子である彼が捕縛され、グロスタール家が身代金の支払ったり彼本人が王国軍の一員となって生き長らえた場合、帝国への利敵行為であると看做されてしまう可能性が高い。そして自分のせいで領地や一族が危険に晒されても捕虜の身では手も足も出せないのだ。
「なんだ、俺たちにとっちゃ都合がいい話だがローべ伯は薄情だな。アッシュに命を賭けさせたくせに」
皆の話を聞きたいと常に願っていたベレトなので、きっと上手く取り計らってくれるだろう。クロードは少し上昇して前方の様子を伺った。ベレトはアッシュとの距離を詰めつつある。
「私は先生を信じます」
「そうだな。そろそろ露払いも終わった頃だし、前進するか。俺はラファエルと行くよ」
「では私は先生の立てた作戦どおりレオニーと共に前進します」
誰が何をやっているのか全て分かるほど狭い戦場ではないが、ベレトが何をするのか全て分かっていたのでクロードに不安はなかった。畳む