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雑多です。
#かのひとはうつくしく #完売本 #クロヒル #ロレマリ
#表紙
カバー
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表紙
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1.C-(side:L)

 ガルグ=マク修道院附属士官学校にはフォドラ中の者が集まる。出身地別に学級は分かれるがそれでも一年間身分に関係なく共に同じ学び舎で学ぶ。礼服に身を包んだローレンツは級長になれなかったことで落胆していた。ただあの胡散臭いクロード=フォン=リーガンを見極める機会は得られたし生涯の伴侶をガルグ=マクで見つけることができるかもしれない。親からは士官学校で見つけられなければ見合いをするようにと言われている。結婚した後で妻を愛せるようになるのだろうと思っていてもローレンツは最初から親を頼るのは嫌だった。
 職員の指示に従い壮麗な聖堂での長い式典の後それぞれの教室で待機することになった。こうして改めて学友たちを眺めてみると金鹿の学級は他の学級と比べて平民の学生の割合が多く逆にグロスタール家の嫡子であるローレンツが気を使わねばならないような名家の出の者は少ない。ゴネリル家、エドマンド家、コーデリア家のご令嬢くらいだろうか。ローレンツは彼女たちとは初対面だが失礼のないように名前と髪の色、瞳の色は先に覚えておいた。
 そのうちの一人であるリシテアは長い長い式典に参加中、人混みに酔ってしまったらしく教室までは何とか堪えたものの今は真っ青な顔をして椅子に座り込んでいる。
「大丈夫かい?水か何か持ってこようか?医務室まで歩けないなら僕が抱えていくが」
「少し休めば大丈夫です」
 本人は大丈夫と言っているが本当にその言葉を信じても良いのだろうか。今日は礼服なので身につけてはいないが明日からは級長の証である黄色の外套を身につける予定のクロードはリシテアの体調不良に気づいていないのか女子学生の中で小柄だが最も華やかで目立っていたゴネリル家のご令嬢ヒルダに話しかけている。
「だから手伝って欲しいんだよ」
「えぇ〜でもマヌエラ先生の方が話しやすいんじゃないかな」
「おい、クロード!こちらに来てくれ」
 クロードとは円卓会議に出席する父グロスタール伯に随行した際に名乗りあった程度でほぼ初対面だが同じ五大諸侯の家柄でもあるので敬語は使ってやらない。ローレンツが呼ぶとクロードはすぐにやってきてリシテアの異変に気づいた。
「リシテア、一体何枚着てるんだ?確かにここは山の中だから寒いが着込みすぎも身体が締まって良くないぞ」
「ご婦人相手になんてことを聞くのだ!君は将来レスター諸侯同盟の盟主になるのだぞ!」
「必要だから聞いただけだ!」
 ローレンツの剣幕に押されずクロードは言い返してきた。久しぶりに顔を見たが自分が身につけることのできない級長の証である黄色の外套はきっと少し浅黒い肌の彼によく似合うことだろう。
「君は必要なことなら何でも聞き出すのか?!他人のいる場で!」
「ローレンツ、お前はもういいよ。な、ヒルダ。言った通りになっただろう?」
 ヒルダはため息をつくと堪えきれずに机に突っ伏しているリシテアに話しかけた。その口調はとても優しい。
「クロードくんは男子だから言い出しにくいよね、これからはマヌエラ先生がいない場で体調のことで不安があったら私に言って欲しいの」
 士官学校では学級単位かつ男女共同で奉仕活動にあたる。クロードは具合が悪い女子に大変な仕事を割り振らずに済むよう内密に聞き取っておいて貰いたいようだ。
「とりあえず制服の襟元と腰回りを緩めようね、少しは楽になるだろうから」
 青い顔をしているリシテアにヒルダが優しく話しかけたのがきっかけになったのかリシテアの周りに女子学生たちが集まっている。これ以上、淑女を凝視しては失礼なのでローレンツは目を逸らした。年代物の教卓と黒板が目に入る。ローレンツの父もこの教室で学んでいた。教室の内装は細かいところまで父から聞いた通りでその記憶力の良さに身内ながら舌を巻いてしまう。父と同じように鷲獅子戦で勝利を収めねばどんな叱言を言われるのか分かったものではない。その為にはまず当日、体調不良の者がいないことが大前提だ。ローレンツは水を汲む為にそっと席を離れた。黒鷲や青獅子の教室の前を通ったがどうやら特に体調を崩した者はいないらしい。
 リシテアの為に水を汲んで戻ってきたローレンツは女子学生の輪に入りそびれた水色の髪の女子学生がいることに気づいた。きっとエドマンド辺境伯の養女マリアンヌだろう。輪に入りそびれていてもリシテアのことが心配なのか壁際から小柄な彼女を薄茶色の瞳でちらちらと見ている。マリアンヌは背が高いことを気にかけているのか少し猫背気味だがローレンツは長身だ。彼女は自分と並んで歩けば俯く必要はない。
 入学式の日に起きた細やかな事件は初めての野営訓練の夜に起きた大事件によって上書きされてしまい皆すっかり忘れていたが後になって思い返してみるにあの時点で充分に帝国はその策謀をもってレスター諸侯同盟へ深く強く介入していた。クロードがリーガン家の嫡子になったのもリシテアの体調が悪いのも元を正せばこの時点で帝国の工作が成功していたからだ。ただその中途半端な成功ゆえに帝国によるフォドラ統一は失敗した、とも言える。畳む
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2.C-(side:H)

 クロードは他人の喉元に入り込むのが上手い。ヒルダ自身も楽をするために他人の喉元に入り込む自覚があるのですぐに分かった。それにしても十代の男子が女子の体調を気遣うのは珍しい。ディミトリもメルセデス辺りに頼んでいるのだろうか。そんな訳で不本意ながらヒルダは女子学生の意見をまとめクロードに伝える係をやっている。レオニーは臆さないが盟主の嫡子と言うだけで萎縮してしまう学生もいるのだ。
 一度役割を任されてしまえば期待に応えないわけにいかない。だからこそヒルダは期待をかけられることを嫌い責任というものから逃げ回っていたのだがそうなってみるとどうしても気になる同級生がいた。マリアンヌだ。とにかく何も話さずすぐに一人で厩舎へ行ってしまうので噂話だけが流れている。ダフネル家の代わりに五大諸侯に加わったやり手のエドマンド辺境伯は注目度が高い。おそらくヒルダの兄ホルストの次くらいに学生たちから注目されている親族だろう。マリアンヌは彼のお眼鏡に叶って養女になったとか目ぼしい若者が彼女しかいなかったから仕方なく彼女を養女にしたとかそんな噂だ。クロードの耳にも当然入っている。
「ヒルダはどっちだと思う?」
「もー!私に無責任なこと言わせないでよね!」
 クロードはふざけて話題を振ってきたが有名な家族がいる誇らしさと煩わしさはヒルダにも分かる。その件に関してはマリアンヌをそっとしておいてやりたいので普通に言い返した。そんな会話をした数日後、逃げた教師に代わってヒルダたちの担任を務めることになったベレトに誘われヒルダとクロードは彼と昼食を共にしていた。
「マリアンヌは足が早い」
 士官学校の生徒はとにかく走らされる。訓練服姿なら楽な方で鎧や武器を身につけた状態でも走ることになる。そうだとしても唐突なベレトの一言に驚いたクロードは瞬きをしていた。何の工夫をせずとも黒くて長いまつ毛が緑の瞳に影を落としている。角度によっては目の下に隈が出来ているように見えることもある。
「それは意外だな」
「だからきっと良い修道士になる」
「前後の繋がりが分からないんですけど?!」
「現場に出れば分かるようになる」
 デアドラ風キジの揚げ焼きを器用に切り分けながらベレトは言った。彼は口数が少なすぎて言っていることがよく分からないことが多い。それでもいつもは説明を促されると一言二言は足すのだがこの日は同じ言葉を繰り返すのみだった。

 午後は座学なので皆、鍛練とは別の意味で辛い思いをする。眠らないように必死だ。ヒルダも例外ではない。眠気を覚ますために何か面白いものはないかと桃色の瞳で教室を見回した。
 ラファエルは諦めて眠る方かと思いきや椅子に座る振りをして足の筋肉を鍛えている。マリアンヌはもう陥落寸前だったが前後に船を漕ぎ始めた瞬間に持っていた鉄筆を取り落としてその衝撃で目を覚ました。そして案の定、鉄筆の行く先を見失っている。ヒルダが軽い音がした方を見ると通路を挟んだ隣に座っているローレンツがすぐに身体を曲げ長い腕を伸ばして拾ってやっていた。授業中なせいか彼はいつものような無駄口を叩かない。余計なことを言わなければ彼はあんなに感じが良いのかとヒルダは驚いた。
 クロードと張り合っているローレンツはこうした時も居眠りなどしないが実は女子学生からとにかく評判が悪い。近々ヒルダは皆の意見を取りまとめ担任であるベレトを経由して彼への苦情を申し立てねばならないだろう。ローレンツから食事に誘われたことがない領主の娘はこの士官学校に存在しない。当然、ヒルダも誘われたが断っている。薔薇の花のように美しいと言われたがずば抜けて背が高い彼と常に並んで歩けば小柄な自分は首を痛めてしまうだろう。級友の意外な姿を目撃しすっかり眠気の覚めたヒルダは余所見をしていた間に書き連ねられた黒板の中身を意味も分からず手元の書字板に書き写した。
 午後の座学が終わると学生は基本自由に過ごして良いことになっている。クロードはどこかへ雲隠れしてしまうがローレンツは基本的に訓練場で槍を振るっていることが多い。
「ローレンツくん、ちょっと良いかな。さっきの授業でよく分からないところがあって……」
 だがヒルダは自分に余所見をさせた責任を取らせるべくローレンツに声をかけた。ヒルダが意味も分からず書き写した書字板を見てローレンツの菫青石のような瞳が左右に動いていく。そして彼は本当に意外なことを言った。
「申し訳ない。ここは僕もよく聞いていなかったので後でハンネマン先生に質問しに行こうと思っていた」
「じゃあ後で教えてくれる?」
「ああ、任せてくれたまえ」
 ローレンツはクロードへの対抗意識が本当に強く彼が茶化すものは必ず尊重する。それは身分であったり規則をきちんと守ることであったり様々だか授業を真面目に受けることはその中核をなしていた。きっと彼もヒルダと同じものを横目で見ていたからその間の解説がすっぽ抜けているのだろう。いや、ヒルダよりずっとよく見ていたのだ。そうでなければマリアンヌの鉄筆が転がっていった先などわかるはずもない。畳む
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3.C(side:L)

 ローレンツは大荷物を抱えて忙しそうにしているベレトに手伝いを頼まれた。
「そろそろ雨が降る。では頼んだ」
 ベレトの指差す方向を見てみれば確かに雲が密集し色濃くなっている。彼から渡された学生宛の手紙は雨に降られる前に配った方がよさそうだった。
 結構な量の手紙の束を確認してみると改めて平民と貴族の違いがよく分かる。貴族の学生宛の手紙は中の手紙を守るため頑丈な紙で出来た封筒に入れられているしその封筒はきちんとその家に伝わる印璽で封がされている。知識がある者がみれば差出人の名を読まずとも印璽だけでどの家の者が出した手紙なのか分かるのだ。一方で平民の学生宛の手紙は封筒に入っていない。紙が高価だからだ。平民たちは手紙のやり取りをする際、三つ折りにした紙の真ん中に宛先を書き本文はその裏側に書く。書き終わったら中身が見えないように再び三つ折りにして左右の端を折り蝋で閉じるが印璽など持っていないので適当な意匠の印章で閉じる。封筒に守られていないものから早く渡してやる必要があった。いささか焦りながらも敷地内を歩いて回ると皆がどう放課後を過ごしているのかがよく分かる。
 ラファエル以外の平民の学生たちは意外そうな顔をしながらローレンツに礼を言い自分宛の手紙を受け取っていた。左手には名家の印璽で封をされた豪華な封筒の束があるのにローレンツがそちらには目もくれずたった一枚の紙を折ったもの、から配っていたからだ。
「レオニーさん、先ほどから軽く驚かれるのは何故だろうか?」
 レオニーはいつも堂々としていて何者にも臆することがない。ローレンツはかつて彼女が些か図々しいのではないかと感じたこともあったが今は考えを改めている。彼女はセテスたちの目指す理想、身分や出身地の垣根がない士官学校の在り方を体現しているような優秀な学生だ。
「ローレンツの日頃の言動のせいだな。領地が大きい順に配りそうに見える」
「心外だ!そんなことはしない!」
 ローレンツは常に合理的な行動を心がけている。だがその結果、担任であるベレトから呼び出しを食らい級友からは理不尽な態度をとる人間だと思われていた。
「君たち宛の手紙は便箋が剥き出しだから傷まないように少しでも早く渡したかったのだ。先生が言うにはそろそろ雨が降るらしい」
「はは、冗談だよ。でも先生が言うなら雨は本当に降るんだろうなあ」
 訓練場に行く途中だったレオニーも空を眺めた。ベレトは口数が少ないが繰り返し天候や地形について言及する。彼に師事すればローレンツもレオニーもいつか初めて訪れた土地でも彼のように空模様を読めるようになるのだろうか。
 レオニーと別れローレンツは次に厩舎に向かった。道すがら他の学生にも渡せたので手紙の束はかなり薄くなりマリアンヌ、ヒルダ、クロード宛の三通だけが手元に残っている。マリアンヌはローレンツの予想通り厩舎にいて馬の世話をしていた。制服が汚れることも厭わず丁寧に鉄爪で蹄についた塵を取り除いてあげている。その姿はローレンツの父が恐れる論客エドマンド辺境伯とはかけ離れていた。だが手仕事に没頭する姿は彼女にしては珍しく萎縮していない。今渡しても受け取れそうにないだろうと判断したローレンツは手紙の束を手にそっとその場を離れ曇天の中ヒルダを探すことにした。
 ローレンツがヒルダを探し出した頃には傭兵上がりの教師の読み通り堪えきれなくなった雨粒が天から落ちてきていた。ベレトは本当に天候を読むのがうまい。ヒルダはちょうど食堂で青獅子の女子学生たちと共に焼き菓子を食べているところだった。
「先生からヒルダさん宛の手紙を預かっている」
「ありがとね、ローレンツくん。ああ、これ兄さんからだわ、参ったなあ」
 ヒルダの兄ホルストは隣国パルミラにもその名が知られている勇将だ。彼女自身はその可憐な見た目通り戦いを好まないようだが。
「すぐに読んで返事を出したいところ本当に申し訳ないのだがヒルダさんはマリアンヌさんと部屋が隣同士だったね?先生からマリアンヌさん宛の手紙も預かっているのだ。渡してもらえないだろうか?」
「え、厩舎にいなかったの?」
 厩舎にいたが熱心に馬の世話をしていてとてもではないが渡せる状況でなかったことを説明するとヒルダは快く引き受けてくれた。ゴネリル家の印璽で封がされた手紙とエドマンド家の印璽で封がされた手紙が再びヒルダの手によって重ねられる。
「これで最後寝る前にでもクロードに手紙を渡せば先生の手伝いがようやく終わる」
 クロードは本当に何処にいるのか全く分からない時が多い。無駄に探し回るより消灯前の点呼をやり過ごすために戻ってきたところを捕まえる方が早いのだ。
「そうか、ローレンツくんとクロードくん部屋が隣同士だっけ」
「不運なことにね」
「言っとくけど私はマリアンヌちゃんが隣の部屋なの嫌だと思ったことないからね!」
 この時ローレンツが渡した手紙がきっかけでヒルダとクロードは親交を深めていくことになるのだがまだ誰もそのことには気づいていない。畳む
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4.C(side:H)

 マリアンヌの鉄筆をすぐに拾ってやれたことからも分かる通りローレンツには気になることがあるとつい目で追ってしまう癖があるようだ。そして自分が見られていることには無頓着らしい。断りきれずに彼と食事を共にした女子学生はさぞ居心地が悪かっただろう、とヒルダは思う。
「マリアンヌちゃん、何か困っていることはない?」
 先日、マリアンヌに書庫整理の手伝いをしてもらった結果全て自分で作業をする羽目になったヒルダは本格的に彼女が心配になった。マリアンヌには何か根本的な欠落がある。
「特にないつもりです……」
 養父であるエドマンド辺境伯はマリアンヌとの関係を良好にしたいと考えているのだろう。こまめに手紙や差し入れが届く。だがローレンツから託された手紙をヒルダが渡した時マリアンヌは戸惑っていた。きっと理由を聞いても教えてくれないのだろう。無駄なことはしないに限る。身内になれない他人が踏み込むべきではない領域があるのだ。そう思ってヒルダがマリアンヌに対して引いていた線を数日前、ローレンツはあっさり越えた。
「いや、お父上のことを思い出していたのだ。君との共通点はあるのだろうか、と」

 何か揉めごとがあっても基本的に面白そうだ、という態度を崩さないあのクロードが褐色の手で顔を隠し首を横に振っていたのがヒルダには忘れられない。挨拶のついでに出すような話題ではないからだ。幸運なことに教室前の中庭は人がまばらであの会話が聞こえてしまったのはヒルダとクロードだけらしい。だがヒルダが無言で顔を顰めるとクロードが親指で無人の教室を指差した。
「ローレンツくんはどうすれば言動に気をつけるようになるの!!」
「あいつ俺にも胡散臭いって直接言ってきたぜ」
 女子学生の意見を取りまとめてベレトにローレンツへの苦情を寄せたのはヒルダだ。
「うぅ……どうして本人が全く気にしてないことを私が気にしなきゃならないの……」
「あいつあれで周りとうまくやってるつもりなんだよ」
 クロードのいうことは正しい。ローレンツはヒルダに利用されているが彼自身はそれを彼独自の理屈で良しとしている。ヒルダは思わずため息をついた。
「見てるだけで居た堪れないんだけど」
「でもあいつ嘘はつかないんだよなどこかの誰かと違って」
 少し厚めの唇は端が上がっているし目も細められている。だがクロードは笑っていないような気がする。
「ひどーい!私は本当にか弱い乙女だもん!」
「ま、そういうことにしてやってもいいぜ。今のところはな」
 そういうとクロードはいつものようにどこかへ去っていった。これ以上クロードと話していると色々と見透かされてしまいそうな気がする。問題はそれが別に嫌ではないということだ。

 ベレトは隔週で週末を休養日にする、と決めているらしい。ヒルダが先週からずっと買いたかった小物を市場で探していると珍しくマリアンヌを見かけた。小物屋で色んな手巾を手に取っている。
「マリアンヌちゃん新しい手巾探してるの?」
「ヒルダさん……はい、養父から持たされた手巾をローレンツさんにさしあげましたので」
 一体どういうことなのか全くわからなかったのでヒルダはマリアンヌに経緯を説明してもらった。先日はローレンツの発言に冷や冷やさせられたがマリアンヌも負けていない。ヒルダは流石にローレンツが気の毒になった。そして彼をほんの少しだけ見直した。迂闊に外見を褒めると本人がそこを気に入っていない場合かなり気まずくなる。ヒルダの場合で言えば背が小さくてかわいいと褒められたら良い気分がしない。もう少し背が高かったらと思うし自分の意志ではどうにもならない背の低さを褒められるより制服の着こなしや付けている香水を褒められた方が嬉しい。だからローレンツはマリアンヌが選んだものを褒めたくて彼女の手巾を褒めたのだろう。
「小物、自分で選んでないの?!全部?!」
「はい……」
 やはりマリアンヌには根本的な欠落がある。ヒルダはなんだか悲しくなってしまった。彼女が自分の持ち物に全く愛着がないのは自分で選んでいないからだろう。ヒルダはガルグ=マクでの新生活が少しでも快適であるようにと願いを込めてお気に入りの小物を厳選し荷造りをした。だがマリアンヌは違う。ここでの生活がどうなろうと構わないと思っていたから養父任せだったのだ。
「これがガルグ=マクに来てから初めての個人的な買い物です」
 マリアンヌは絹で出来た刺繍入りの手巾二つを見比べている。持たされていた物よりだいぶ地味だがそれでも雰囲気が似ていた。きっと養女であるマリアンヌが持つに相応しい物を、と辺境伯が心を込めて用意したからだろう。
「どっちも素敵だね。私は両方買っても良いと思うなー。ねえ、それ買い終わったら他の小物も見に行こうよ!見るだけで良いから!」
 手巾二枚程度エドマンド家の財力からすればなんてことはない。ローレンツは見ていると苛々するが彼はヒルダがマリアンヌに対して引いた線をあっさりと越えた。多分悪いことではない。畳む
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5.B-(side:L)

 セイロス騎士団の団員も士官学校の職員たちも今年度は全く例年通りに行かない、とこぼしている。ロナート卿の叛乱に続いて今度はシルヴァンの実家絡みの不祥事が起きた。
「お前の家にもあるんだろ?」
 クロードがグロスタール家の家宝であるテュルソスの杖について軽々しく言及してくることがローレンツには耐えがたい。
「あるが厳重に管理されている。どの名家も変わらない筈だ」
「紋章の検査の時くらいしか触らないよね。でも怖いから私はそれでいいな」
 ヒルダの実家ゴネリル家にもフライクーゲルという英雄の遺産が伝わっている。巨大な斧だが適合していれば軽々と持ち上げられるのだという。
「……こっちを見てるような気がするんだよな」
 クロードが珍しく同意ができる話をした。言動のほとんどが名家の者とは思えないがその感覚はローレンツにもある。きっと破裂の槍はシルヴァンの兄を見ていることだろう。
 シルヴァンとヒルダは兄との関係が大きく異なるものの立場はよく似ている。二人とも国境を外敵から守る名家の出で第二子であるシルヴァンとヒルダが紋章を持って生まれた。誉れ高い兄を持つヒルダが後始末をする部隊にいてさぞシルヴァンは居心地が悪いことだろう。コナン塔へ近づくごとに彼の顔は曇り心に傷が増えていく。彼の兄マイクランが荒らした領内は酷い有様で身内の恥という言葉で表せる枠を超えていた。ローレンツはシルヴァンの隣にいてやることしか出来ない。担任であるベレトも同じようにシルヴァンと傍から離れなかった。かける言葉が見つからなくても寄り添うことはできる。
「中に入ればもう決着がつくまで引き返せないだろう。塔に登る前にもう一度シルヴァンたちの話を聞いて装備を見直すように」
 破裂の槍がどのような武器なのか、コナン塔がどんな場所なのか。ベレトはとにかく戦闘する場所について学生たちに細かく把握させたがった。螺旋状の塔の内部は見た目よりかなり広いらしい。
「それなら短弓は要らないか……」
 通常の弓は目前の敵を射ることが出来ないが短弓ならばそれが可能だ。だが複数の武器を持ち歩くと身軽さの点で問題が生じる。
「前後に展開できるなら持っている意味がないのは確かだな。前衛はいつも通り僕に任せたまえ」
 続けてローレンツはシルヴァンにマイクランの体格や破裂の槍について質問した。
「俺の方が優男だが背丈はあまり変わらない」
「槍の指南役は二人とも同じか?破裂の槍の長さは?」
「普通の長槍と長さは変わらないが手にした後でどう変化するかは分からない」
 ローレンツは訓練場でシルヴァンと何度も手合わせしているので普通の槍と長さが変わらないならば間合いを見誤ることはないだろう。ただし破裂の槍は英雄の遺産だ。形や長さが変わっても全く不思議ではない。
 英雄の遺産は自らの長さや形状を変えることはなかったがマイクランの肉体を蝕み魔獣へと変化させていく光景にあのクロードですら驚いていた。事前の打ち合わせで破裂の槍を奪い取るのはシルヴァンが望ましいが他の紋章保持者も機会があれば狙え、とベレトに言われている。しかしあのおぞましい魔獣の身体に取り込まれた槍をどうやって奪えというのだろうか。盗賊やヒルダたち女子学生が先に悲鳴を上げてくれたからローレンツたち男子学生は辛うじて名誉を保っていられた。
「ヒルダ!一旦距離を取れ!!」
 クロードの一番得意な武器は弓で兵種のこともあり彼は基本前列に出て来ない。ローレンツが彼の前衛を務めるのだが果敢に魔獣に斬り込むベレトのそばで斧を持ったまま恐怖のあまり立ちすくんでいるヒルダを庇うように前に出た。クロードの背中を見て固まっていたヒルダが悲鳴をあげる。
「弓しか持ってないクロードくんが前に出てどうするの!」
「いいからヒルダは退いてくれ!俺が引きつけるから!」
 ローレンツは彼女が上手く立ち回れない姿を初めて見た。ヒルダは今までいつ如何なる時も自分の身を守れていたのに。そしてローレンツはクロードが打算づくではない行動に出るのを初めてみた。塔に登る前の打ち合わせで荷物を最小限にしようということになったので今日の彼は短弓を持っていない。
 ああなんだ、そういうことか。
「クロード!この愚か者!ヒルダさんを連れて僕の後ろに下がれ!」
 ベレトに斬りつけられた痛みを紛らわすように魔獣と化したマイクランは暴れている。兄弟が殺し合い英雄の遺産が盗人を呪い、ぶつかったらただでは済まない大きさの瓦礫がいくつも飛んでくる場では己というものが剥き出しになっていく。マリアンヌは日頃卑屈な態度を崩さない。しかし飛んでくる瓦礫を恐れず盗賊たちの刃物を避けて負傷者の元へ駆けつける姿を見れば本来の彼女がどんな人物なのか分かるしクロードが誰を大切に思っているのかも分かってしまう。
 ローレンツは飛んできた瓦礫を槍で叩き落としながら目の前で暴れる友人の兄を睨みつけた。五大諸侯に生まれた唯一の紋章を受け継ぐ直系男子でも確実な未来などないのだ、とローレンツは既に知っている。将来の盟主の座は突然現れたクロードに掻っ攫われてしまった。だからマイクランの憤りは分からなくはない。だがそれはローレンツにとって立ち振る舞いを制御しない理由にはならなかった。
「生き物なら必ず死ぬ!諦めるな!」
 ベレトの激励を耳にした皆はそれぞれ武器を構え直した。先ほどクロードが言っていた通り早く終わらせてやらねばならない。死に物狂いでローレンツが黒い巨躯に槍を突き立てるとマイクランだったもの、はようやく動くことをやめた。畳む