蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.8」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛冶職人は武具、馬具、調理器具、農機具と言った人間の生活に関わる品だけでなく巫者が使う呪具、つまり精霊や祖霊が関わる品も作る。霊を呼ぶ時に鳴らす鈴や儀式の際に使う角付きの兜、捧げ物を載せておく皿などだ。ダスカーの神話では、鉄鍛治の技法は天から授かったとされている(中略) 霊力がある鉄鍛治職人は祈祷を捧げながら呪具を作り、霊力を移す。霊力を吸い取ってしまわぬよう彼らの仕事道具には数年に一度、生贄が捧げられる───
アドラステア帝国からディミトリの母国ファーガス神聖王国が独立し、ファーガス神聖王国からレスター諸侯同盟が独立した。どの国もセイロス教を信じているせいか帝国は南征、王国は北伐、同盟もパルミラの侵攻を止める防衛戦しかしない。国の周縁がちぎれていく時以外フォドラの中で大乱が起きることはなかった。
魂の平穏を司るガルグ=マク大司教座はフォドラの中心でもある。《そのなまくらをへし折って捨てろ、首をねじ切れ》そこに三国の若者が集い、グロンダーズの野で武を競い合うのが鷲獅子戦だ。国同士の争いが絶えて久しいフォドラでは学生時代の勝ち負けが終生にわたって付きまとう。
故郷であるファーガスや山中であるガルグ=マクと比べると生温い、平地の空気が身体にまとわりついている。豊かな穀倉地帯の空気がディミトリにはひどく濃厚な気がした。
行軍中、殆どの学生たちは緊張していたが中には例外もいる。フェリクスは冷めた目で辺りを見回していたし、クロードは不思議そうな顔をして緊張する学生たちを眺めていた。確かにこんなものは児戯に過ぎない。
「仲良く行軍しといて今から敵味方だ、と言われても調子が出ないよな」
「あら、敵味方なんていつ切り替わるか分からないものでしょう?」
引率役の騎士から演習をつつがなく進行するため最後の確認を、と言われた級長たちは本部に集められていた。彼らが手にしている斧も弓矢も訓練用に殺傷力を削いである。《けだもの、その槍をあいつの目玉に突き刺せ、きちんとねじこめ》クロードの髪飾りが持ち主の動きに合わせてちらちらと揺れるせいか反射的にディミトリの瞼は痙攣した。《きっと目玉はぐしゃぐしゃだ》それを誤魔化すように籠手を付けたままの手で軽く頬を押さえる。《油断するな、ここは敵だらけだ》
「争うな、と言うことかもしれない」
ディミトリは半分、亡霊たちに対して言い返した。
「王子様は面白いことを言う。親近感が刃を鈍らせるかどうか、は検証する価値があるかもな」
ゴーティエ辺境伯は北の地で命を落とした帝国出身の前妻とガルグ=マクで出会っている。無骨な彼と前妻の愛の証は破裂の槍が喰らってしまった。
ガルグ=マクに帰還後、クロードの提案で勝者敗者の区別なく全員参加の宴が開かれた。勝者だけで呑んでも親近感は育たない。同盟のものたちは奢侈が過ぎる、と眉を顰めるものもいたがそんな風だから母方の先祖は王国から独立したのだろう。
だが今はクロードも輪に加わって手拍子を打って騒いでいる。王国に伝わる酒の飲み方で正直言ってかなり野蛮だ。男女混合ではやらない。参加出来るのは発起人と同じ性別のものだけだ。参加者はまず輪になって座る。そして真ん中に空になった酒瓶を寝かせてくるくると回し、止まるまで手を叩きながら待つ。止まった時に酒瓶の口の真正面にいるものは酒で満たされた自分の杯を飲み干さねばならない。最初に発起人のシルヴァンからその手順を聞いた時、クロードは瓶の回し方次第でいくらでも酒量が操作出来るのではないかと疑った。しかしこの場に限っては皆、疲労と酩酊で手先は狂っているのでその手の不正はない。
今回、酒瓶が指名したのはアッシュだ。向かい側にいるクロードから見てもわかるほど彼の頬は酒精で赤く染まっている。
「かっこいいとこ見せてくれ!無理なら喜んで手伝うぜ」
「アッシュ、こいつの言うことは聞かなくていい。シルヴァンは単に他人の酒が呑みたいだけだ」
「シルヴァンもフェリクスも心配しなくていいですよ!」
周りは好き勝手に囃し立てるがこうして助け舟も出す。アッシュはこうした呑み方に慣れているのかどちらも否定せず、強いられたわけでもないのに杯を空にして掲げた。クロードの隣に座るローレンツも苦笑しながら手を叩いている。
「意外だな。下品だなんだと文句を言うかと思ったが」
「今は気楽な場だからこれで良い。だが円卓会議には導入するな」
機嫌の悪そうな諸侯たちが手拍子を打ち、円卓の真ん中で寝かせた酒瓶がくるくると回転する様子を想像したクロードは思わず吹き出してしまった。ローレンツ本人は嫌がるだろうが議題として提案し、国の記録に残してやりたいとすら思う。だがそこまでやっても彼が他者を許容する様子や手を叩く音はクロードが心に刻んでおくしかない。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───鉄鍛冶職人は武具、馬具、調理器具、農機具と言った人間の生活に関わる品だけでなく巫者が使う呪具、つまり精霊や祖霊が関わる品も作る。霊を呼ぶ時に鳴らす鈴や儀式の際に使う角付きの兜、捧げ物を載せておく皿などだ。ダスカーの神話では、鉄鍛治の技法は天から授かったとされている(中略) 霊力がある鉄鍛治職人は祈祷を捧げながら呪具を作り、霊力を移す。霊力を吸い取ってしまわぬよう彼らの仕事道具には数年に一度、生贄が捧げられる───
アドラステア帝国からディミトリの母国ファーガス神聖王国が独立し、ファーガス神聖王国からレスター諸侯同盟が独立した。どの国もセイロス教を信じているせいか帝国は南征、王国は北伐、同盟もパルミラの侵攻を止める防衛戦しかしない。国の周縁がちぎれていく時以外フォドラの中で大乱が起きることはなかった。
魂の平穏を司るガルグ=マク大司教座はフォドラの中心でもある。《そのなまくらをへし折って捨てろ、首をねじ切れ》そこに三国の若者が集い、グロンダーズの野で武を競い合うのが鷲獅子戦だ。国同士の争いが絶えて久しいフォドラでは学生時代の勝ち負けが終生にわたって付きまとう。
故郷であるファーガスや山中であるガルグ=マクと比べると生温い、平地の空気が身体にまとわりついている。豊かな穀倉地帯の空気がディミトリにはひどく濃厚な気がした。
行軍中、殆どの学生たちは緊張していたが中には例外もいる。フェリクスは冷めた目で辺りを見回していたし、クロードは不思議そうな顔をして緊張する学生たちを眺めていた。確かにこんなものは児戯に過ぎない。
「仲良く行軍しといて今から敵味方だ、と言われても調子が出ないよな」
「あら、敵味方なんていつ切り替わるか分からないものでしょう?」
引率役の騎士から演習をつつがなく進行するため最後の確認を、と言われた級長たちは本部に集められていた。彼らが手にしている斧も弓矢も訓練用に殺傷力を削いである。《けだもの、その槍をあいつの目玉に突き刺せ、きちんとねじこめ》クロードの髪飾りが持ち主の動きに合わせてちらちらと揺れるせいか反射的にディミトリの瞼は痙攣した。《きっと目玉はぐしゃぐしゃだ》それを誤魔化すように籠手を付けたままの手で軽く頬を押さえる。《油断するな、ここは敵だらけだ》
「争うな、と言うことかもしれない」
ディミトリは半分、亡霊たちに対して言い返した。
「王子様は面白いことを言う。親近感が刃を鈍らせるかどうか、は検証する価値があるかもな」
ゴーティエ辺境伯は北の地で命を落とした帝国出身の前妻とガルグ=マクで出会っている。無骨な彼と前妻の愛の証は破裂の槍が喰らってしまった。
ガルグ=マクに帰還後、クロードの提案で勝者敗者の区別なく全員参加の宴が開かれた。勝者だけで呑んでも親近感は育たない。同盟のものたちは奢侈が過ぎる、と眉を顰めるものもいたがそんな風だから母方の先祖は王国から独立したのだろう。
だが今はクロードも輪に加わって手拍子を打って騒いでいる。王国に伝わる酒の飲み方で正直言ってかなり野蛮だ。男女混合ではやらない。参加出来るのは発起人と同じ性別のものだけだ。参加者はまず輪になって座る。そして真ん中に空になった酒瓶を寝かせてくるくると回し、止まるまで手を叩きながら待つ。止まった時に酒瓶の口の真正面にいるものは酒で満たされた自分の杯を飲み干さねばならない。最初に発起人のシルヴァンからその手順を聞いた時、クロードは瓶の回し方次第でいくらでも酒量が操作出来るのではないかと疑った。しかしこの場に限っては皆、疲労と酩酊で手先は狂っているのでその手の不正はない。
今回、酒瓶が指名したのはアッシュだ。向かい側にいるクロードから見てもわかるほど彼の頬は酒精で赤く染まっている。
「かっこいいとこ見せてくれ!無理なら喜んで手伝うぜ」
「アッシュ、こいつの言うことは聞かなくていい。シルヴァンは単に他人の酒が呑みたいだけだ」
「シルヴァンもフェリクスも心配しなくていいですよ!」
周りは好き勝手に囃し立てるがこうして助け舟も出す。アッシュはこうした呑み方に慣れているのかどちらも否定せず、強いられたわけでもないのに杯を空にして掲げた。クロードの隣に座るローレンツも苦笑しながら手を叩いている。
「意外だな。下品だなんだと文句を言うかと思ったが」
「今は気楽な場だからこれで良い。だが円卓会議には導入するな」
機嫌の悪そうな諸侯たちが手拍子を打ち、円卓の真ん中で寝かせた酒瓶がくるくると回転する様子を想像したクロードは思わず吹き出してしまった。ローレンツ本人は嫌がるだろうが議題として提案し、国の記録に残してやりたいとすら思う。だがそこまでやっても彼が他者を許容する様子や手を叩く音はクロードが心に刻んでおくしかない。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.7」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーやパルミラの巫者は患者の主体的な経験としての苦しみを癒す。フォドラの回復魔法や医術のように客体的な疾患を治療するわけではない。だから霊的な理由で体調不良に陥る、と信じるものたちも骨折や脱臼の際には骨接ぎを利用するし、発熱の際はまず、薬師に薬草を煎じてもらう。(中略)おそらく病という単語の意味がフォドラとは違うのだ。彼らの苦しみは他者に認められて初めて認識される───
フレンが行方不明になった。学生も彼女の行方を探すようとのお達しが出ていて、シルヴァンはひどく居心地が悪い。自分がマイクランに殺されかけた時もこんな騒ぎだったのかもしれない、と思うと感情が昂る。───お前を山に還せば母上が喜ぶ───
ゴーティエ家には一時停戦の証としてスレン族の若者が預けられることがあった。異教徒である彼にフォドラの内情を知らしめ、その上で向こうに戻せば何かの役に立つかもしれない。同じことはこちらでも起き、両者の常識が滲んでいった。
マイクランも悲しみと怒りを撒き散らすきっかけが欲しかっただけで本気で信じていなかっただろう。父はなんと愚かで無意味なことを、と言って兄を叱りつけていた。だが、本当に腹違いの弟を山に捧げれば前妻や生まれてくるはずだった子供が必ず蘇るとしたらどうだろうか。それでもゴーティエの紋章を選ぶのか、前妻を選ぶのか。
「シルヴァン、手が止まっている」
課題協力を繰り返した結果、担任教師であるベレトに誘われて転籍してきたローレンツが眉間に皺を寄せている。大柄な男二人がしゃがんで草むしりをしているさまは妙に滑稽だった。
「なあ、フレンの件についてどう思う?」
ローレンツとフェルディナントはどの名家にとっても理想の第一子だ。健康な男で紋章をその身に宿している。
「情熱に突き動かされ、彼女に手を差し出す者が存在していて欲しい」
シルヴァンは思わず瞬きをした。ローレンツもそう言う存在を欲しているのだろうか。自分なら絶対にその手を取らないし、それが自分の闇だ。
「意外だな。妹や弟が駆け落ちしたらどうするんだ?」
「僕に言わないはずがないだろう」
ローレンツはしゃがみ込んで雑草を抜いているはずなのに何故か自慢げな顔をしている。
「親に告げ口でもするのか?」
「連絡だけは絶やさぬように説得する。フレンさんが言わなかったのならそう言うこと、なのだろう」
彼の弟妹がその身に紋章を宿しているかどうかシルヴァンは知らない。だが、彼ならマイクランと同じ立場になっても自分を憎まないのではないかと思った。
いつ自領に戻るように、と言われても不思議ではない。平然としているように見えて、内心でローレンツは頭を抱えていた。イエリッツァが聖墓を荒らした輩の仲間だったという。聖墓やフレンを結びつける何某かがあるのだがローレンツにはその線が上手く引けない。それに目隠しをされた状態で最適解に辿り着け、と言われているようで何だか癪に触った。
ただ、ディミトリも言うように彼女が無事に発見されてよかった、と思う。ローレンツを青獅子の学級に誘ったベレトは基本無表情だが、あの時は珍しく嬉しそうな顔をしていた。フレンの件で延期になったものの食堂で歓迎会まで開いてくれている。質実剛健なファーガスのものたちらしく、あり物で済ませているのが微笑ましい。
「クロードは寂しくなるね」
「いや、アネットさん。あいつと僕は死ぬまで縁が切れない。だから学生時代のほんの一瞬くらいは構わないかと思ったのだ」
ローレンツは将来、家督を継ぐことになる。リーガン家とグロスタール家が円卓会議に参加する五大諸侯の一員である限り、クロードとは生涯を共にすることになるだろう。
「そうだね、寮の部屋も移らないし!それにしてもローレンツとガルグ=マクで再会するとは思わなかったな、私」
「きっと女神様のお導きね〜」
咄嗟に笑顔は作ったが信心深いメルセデスの言葉にローレンツは心から頷くことができない。確かに、幸運なことに、フェルディアで断たれた学問の道がガルグ=マクではまだ続いている。
セイロス騎士団が守りを固めるガルグ=マクなら安全だと思って子女を送り出している名家の親は多い。しかしイエリッツァは聖墓を荒らした輩の仲間で、そんな男が教師として入り込んでいた。先日救出されたモニカの件も帰路のことまで責任を負えない、という理屈はわかる。だが親たちには報告や警告をすべきだ。快く送り出してくれた父の耳に入っていたのだろうか。
中央教会はひどく緩んでいる。ローレンツがベレトからの誘いに乗ったのは彼が中央教会の文化に深く染まっていなかったから、と言うことが大きい。
ツィリルは毎朝、朝を告げる鐘が鳴り響く前に目を覚ます。寝る前に汲んだ水で顔を洗って身支度を整え、礼拝でも学生たちのようにふざけたりはしない。自分に何か瑕疵があれば引き立ててくれたレアに迷惑をかけてしまう。だが礼拝の説教は何を言っているのかよく分からないし、聖典は読めない。
そもそも故郷の村にやってきた巫者が占いに使う骨を見せてくれるまで、ツィリルは文字というものを認識したことがなかった。巫者は霊をその身に下ろす前にその是非を問う。出た卦が悪い場合は日を改めることが多い。巫者が霊力を使って無理矢理下ろしても霊は宴会の最中だ、と言って天界に戻ってしまう。
パルミラの天界や死後の世界には地上と変わらない生活がある。そんな故郷の霊と比べるとセイロス教の女神や聖人は真面目だ。死後の世界は礼拝の説教で取り上げられることもなく、やたらぼやけているが静謐な日々はツィリルの性分に合っている。
掃除をしていると朝食をとりに行く学生たちとすれ違う。ツィリルは基本、毎年顔ぶれが変わる彼らに注目しないが今年は例外だ。ツィリルの知るモニカは慎ましいと気持ち悪いが両立する奇人だったが絶対に傍若無人ではなかった。今の彼女はひたすらおぞましい。
先ほどすれ違った際もエーデルガルトに馴れ馴れしくしていて不気味だった。何かに取り憑かれているのだろうか。考えても無意味なことを考えているうちにツィリルは箒を手に立ち止まっていたらしい。背中に衝撃を感じた時には柄を手放し、よろめいて膝をついてしまった。足元には箒と籠、そしてその中身らしき布の包みが転がっている。包まれているのは麵麭と乾酪だろうか。
「すまない、ぶつかっちまったな」
「ごめん、クロード。今のはぼんやりしてたボクが悪い。荷物とか大丈夫?」
「食堂できちんと包んでもらったから大丈夫だ。でも俺がここで転んだことはローレンツには内緒な」
どうやらローレンツは珍しく臥せっていて、クロードは彼に朝食を差し入れをするつもりらしい。ツィリルが転がった布の包みと籠を拾ってクロードに渡してやると礼を言い、小走りに去っていった。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───ダスカーやパルミラの巫者は患者の主体的な経験としての苦しみを癒す。フォドラの回復魔法や医術のように客体的な疾患を治療するわけではない。だから霊的な理由で体調不良に陥る、と信じるものたちも骨折や脱臼の際には骨接ぎを利用するし、発熱の際はまず、薬師に薬草を煎じてもらう。(中略)おそらく病という単語の意味がフォドラとは違うのだ。彼らの苦しみは他者に認められて初めて認識される───
フレンが行方不明になった。学生も彼女の行方を探すようとのお達しが出ていて、シルヴァンはひどく居心地が悪い。自分がマイクランに殺されかけた時もこんな騒ぎだったのかもしれない、と思うと感情が昂る。───お前を山に還せば母上が喜ぶ───
ゴーティエ家には一時停戦の証としてスレン族の若者が預けられることがあった。異教徒である彼にフォドラの内情を知らしめ、その上で向こうに戻せば何かの役に立つかもしれない。同じことはこちらでも起き、両者の常識が滲んでいった。
マイクランも悲しみと怒りを撒き散らすきっかけが欲しかっただけで本気で信じていなかっただろう。父はなんと愚かで無意味なことを、と言って兄を叱りつけていた。だが、本当に腹違いの弟を山に捧げれば前妻や生まれてくるはずだった子供が必ず蘇るとしたらどうだろうか。それでもゴーティエの紋章を選ぶのか、前妻を選ぶのか。
「シルヴァン、手が止まっている」
課題協力を繰り返した結果、担任教師であるベレトに誘われて転籍してきたローレンツが眉間に皺を寄せている。大柄な男二人がしゃがんで草むしりをしているさまは妙に滑稽だった。
「なあ、フレンの件についてどう思う?」
ローレンツとフェルディナントはどの名家にとっても理想の第一子だ。健康な男で紋章をその身に宿している。
「情熱に突き動かされ、彼女に手を差し出す者が存在していて欲しい」
シルヴァンは思わず瞬きをした。ローレンツもそう言う存在を欲しているのだろうか。自分なら絶対にその手を取らないし、それが自分の闇だ。
「意外だな。妹や弟が駆け落ちしたらどうするんだ?」
「僕に言わないはずがないだろう」
ローレンツはしゃがみ込んで雑草を抜いているはずなのに何故か自慢げな顔をしている。
「親に告げ口でもするのか?」
「連絡だけは絶やさぬように説得する。フレンさんが言わなかったのならそう言うこと、なのだろう」
彼の弟妹がその身に紋章を宿しているかどうかシルヴァンは知らない。だが、彼ならマイクランと同じ立場になっても自分を憎まないのではないかと思った。
いつ自領に戻るように、と言われても不思議ではない。平然としているように見えて、内心でローレンツは頭を抱えていた。イエリッツァが聖墓を荒らした輩の仲間だったという。聖墓やフレンを結びつける何某かがあるのだがローレンツにはその線が上手く引けない。それに目隠しをされた状態で最適解に辿り着け、と言われているようで何だか癪に触った。
ただ、ディミトリも言うように彼女が無事に発見されてよかった、と思う。ローレンツを青獅子の学級に誘ったベレトは基本無表情だが、あの時は珍しく嬉しそうな顔をしていた。フレンの件で延期になったものの食堂で歓迎会まで開いてくれている。質実剛健なファーガスのものたちらしく、あり物で済ませているのが微笑ましい。
「クロードは寂しくなるね」
「いや、アネットさん。あいつと僕は死ぬまで縁が切れない。だから学生時代のほんの一瞬くらいは構わないかと思ったのだ」
ローレンツは将来、家督を継ぐことになる。リーガン家とグロスタール家が円卓会議に参加する五大諸侯の一員である限り、クロードとは生涯を共にすることになるだろう。
「そうだね、寮の部屋も移らないし!それにしてもローレンツとガルグ=マクで再会するとは思わなかったな、私」
「きっと女神様のお導きね〜」
咄嗟に笑顔は作ったが信心深いメルセデスの言葉にローレンツは心から頷くことができない。確かに、幸運なことに、フェルディアで断たれた学問の道がガルグ=マクではまだ続いている。
セイロス騎士団が守りを固めるガルグ=マクなら安全だと思って子女を送り出している名家の親は多い。しかしイエリッツァは聖墓を荒らした輩の仲間で、そんな男が教師として入り込んでいた。先日救出されたモニカの件も帰路のことまで責任を負えない、という理屈はわかる。だが親たちには報告や警告をすべきだ。快く送り出してくれた父の耳に入っていたのだろうか。
中央教会はひどく緩んでいる。ローレンツがベレトからの誘いに乗ったのは彼が中央教会の文化に深く染まっていなかったから、と言うことが大きい。
ツィリルは毎朝、朝を告げる鐘が鳴り響く前に目を覚ます。寝る前に汲んだ水で顔を洗って身支度を整え、礼拝でも学生たちのようにふざけたりはしない。自分に何か瑕疵があれば引き立ててくれたレアに迷惑をかけてしまう。だが礼拝の説教は何を言っているのかよく分からないし、聖典は読めない。
そもそも故郷の村にやってきた巫者が占いに使う骨を見せてくれるまで、ツィリルは文字というものを認識したことがなかった。巫者は霊をその身に下ろす前にその是非を問う。出た卦が悪い場合は日を改めることが多い。巫者が霊力を使って無理矢理下ろしても霊は宴会の最中だ、と言って天界に戻ってしまう。
パルミラの天界や死後の世界には地上と変わらない生活がある。そんな故郷の霊と比べるとセイロス教の女神や聖人は真面目だ。死後の世界は礼拝の説教で取り上げられることもなく、やたらぼやけているが静謐な日々はツィリルの性分に合っている。
掃除をしていると朝食をとりに行く学生たちとすれ違う。ツィリルは基本、毎年顔ぶれが変わる彼らに注目しないが今年は例外だ。ツィリルの知るモニカは慎ましいと気持ち悪いが両立する奇人だったが絶対に傍若無人ではなかった。今の彼女はひたすらおぞましい。
先ほどすれ違った際もエーデルガルトに馴れ馴れしくしていて不気味だった。何かに取り憑かれているのだろうか。考えても無意味なことを考えているうちにツィリルは箒を手に立ち止まっていたらしい。背中に衝撃を感じた時には柄を手放し、よろめいて膝をついてしまった。足元には箒と籠、そしてその中身らしき布の包みが転がっている。包まれているのは麵麭と乾酪だろうか。
「すまない、ぶつかっちまったな」
「ごめん、クロード。今のはぼんやりしてたボクが悪い。荷物とか大丈夫?」
「食堂できちんと包んでもらったから大丈夫だ。でも俺がここで転んだことはローレンツには内緒な」
どうやらローレンツは珍しく臥せっていて、クロードは彼に朝食を差し入れをするつもりらしい。ツィリルが転がった布の包みと籠を拾ってクロードに渡してやると礼を言い、小走りに去っていった。畳む
蒼月ルートのクロロレです「家出息子たちの帰還.6」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───病に苦しむだけではない。霊魂が抜けだし、空になった肉体は日頃の本人とかけ離れた行動をする。行動を律していた霊魂が抜け出すと病は治る兆しを見せず生気が抜け、無気力になることが多い。そこに悪霊が取り憑くと本人だけでなく、周りに死や不幸をもたらす存在になってしまうのだと言う。その場合、巫者は悪霊を祓い、見つけた魂を本人の身体に戻さねばならない───
出席が義務付けられている礼拝が終わり、学生たちはそれぞれに次の教室へ向かおうとしている。そんな大聖堂の中にクロードのくしゃみの音が響いた。顔を咄嗟に肘の内側に当てていたがそれでも完全に音を殺すのは難しい。《寒がり、寒がり、襟巻きで首を絞められるのが怖いのさ》ディミトリの頭に響く声がクロードを小馬鹿にする。夜な夜な修道院の敷地内を彷徨くクロードはディミトリが部屋にいないことを知っているが、沈黙を守っていた。
「行儀が悪い。今が礼拝中でなくて良かったな」
ローレンツがそっと囁き、左肩の上へ伸ばされたクロードの手に手巾を渡す。彼が実は親切なことを知る学生は割と多い。
「すまんな」
クロードが渡された手巾で鼻と口を押さえながら謝罪した。ドゥドゥーが興味深そうに彼らのやり取りを見ている。レスター諸侯同盟は君主を戴かない国だ。だからクロードは従者なしで士官学校に入学している。隣席に座るローレンツは単なる学友であって家臣や部下ではない。
「やはり山の夜は寒いか?」
「正直言って甘く見てたな」
「クロード、体調不良なところ申し訳ないが少し時間をくれ」
「内密な話がしたいのであれば失礼する」
ディミトリの言葉を聞いたローレンツが足早に去ろうとした。
「いや、そんな仰々しい話ではない。先生から課題協力の話はあったか?」
クロードは英雄の遺産に対する興味を隠さない。政治に疎いベレトは単純にそれなら肉眼で見られる機会を与えたい、と思っているようだ。しかしディミトリとしてはこれ以上ゴーティエ家のものを好奇の目に晒したくない。
「断った。だが、本音を言えば……」
言葉を続けようとしたところでローレンツの大きな手がクロードの口を塞ぐ。
「クロードは今節、円卓会議に出席するのだ。だから安心してくれたまえ」
「俺だってシルヴァンに同情してるのに……」
掌越しに聞こえてくる言葉は順当なものに変換されていた。こんな風に互いが補完しあうことを期待して、彼らは同学年にされたのかもしれない。ディミトリはまともな大人が国の舵取りをしている同盟が少し羨ましかった。
ローレンツは帝国と領地を接するグロスタール家の嫡子だがシルヴァンとも親しい。女子学生からの評判は散々だったが、ローレンツは社交的でフェルディナントとも親しい。散々揶揄っているがクロードも彼の真っすぐさを好ましく思う。
結局、課題協力はローレンツがすることとなり、クロードもそれが正しい人選だと思ってガルグ=マクを発った。自重できた、と見做されているが兄弟の殺し合いに何を思うのか自分でも予想できないから、という方が正しい。クロード、いや、カリードにも不仲な兄がいる。
円卓会議で散々大人たちにやり込められたクロードがガルグ=マクに戻るといつも溌剌としているローレンツがひどく塞ぎ込んでいた。隠そうとしているがふとした拍子に浮かべる表情がどこか暗い。
揶揄する気になれなかったクロードは彼を招くため寝台の上から机と椅子の上に物を移動させ、座る空間と卓を置く空間を確保した。杯とデアドラで買った酒を寝台脇の卓に置く。長い夜になるかもしれないと思って洋燈に灯り油も足してある。
寝台で隣に腰掛ける寝巻き姿の彼は杯に口を付けるなり、恐ろしい───と呟いた。マイクランの件に関しては箝口令が敷かれている。だが人の口に戸は立てられない。
「一体、何があったんだ?」
ローレンツは言葉を選びながら黒風の塔で何があったのか、教会がどんな沙汰を下したのか、を説明してくれた。
「グロスタール家に、教会からそんな説明を受けた記録は存在しない」
勿論リーガン家にも伝わっていない。だが、セイロス教徒にとって無謬である中央教会の迅速な反応から察するに───危険性について、かなり昔から把握している。
「ローレンツ、俺がお前の代わりに言うから」
クロードは思わず白い手を取ってしまった。ガルグ=マクに戻っても緊張が解けていないのだろう。彼の指先は冷え切っていて唇は震えている。千年近い信頼を蔑ろにされたのだ。我がことではないというのに何だか無性に腹が立つ。
「僕から言葉を取り上げないでくれたまえ」
「いいや、俺が言う。武器だぞ?!命の奪い合いの時に使うんだぜ?中央教会は不誠実だ」
切れ長な目の縁に涙が溜まっているが本人は絶対に認めないだろう。言わせてしまったという後悔の涙なのか同意を得られた安堵の涙なのか、を確かめるには味をみるしかない。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
───病に苦しむだけではない。霊魂が抜けだし、空になった肉体は日頃の本人とかけ離れた行動をする。行動を律していた霊魂が抜け出すと病は治る兆しを見せず生気が抜け、無気力になることが多い。そこに悪霊が取り憑くと本人だけでなく、周りに死や不幸をもたらす存在になってしまうのだと言う。その場合、巫者は悪霊を祓い、見つけた魂を本人の身体に戻さねばならない───
出席が義務付けられている礼拝が終わり、学生たちはそれぞれに次の教室へ向かおうとしている。そんな大聖堂の中にクロードのくしゃみの音が響いた。顔を咄嗟に肘の内側に当てていたがそれでも完全に音を殺すのは難しい。《寒がり、寒がり、襟巻きで首を絞められるのが怖いのさ》ディミトリの頭に響く声がクロードを小馬鹿にする。夜な夜な修道院の敷地内を彷徨くクロードはディミトリが部屋にいないことを知っているが、沈黙を守っていた。
「行儀が悪い。今が礼拝中でなくて良かったな」
ローレンツがそっと囁き、左肩の上へ伸ばされたクロードの手に手巾を渡す。彼が実は親切なことを知る学生は割と多い。
「すまんな」
クロードが渡された手巾で鼻と口を押さえながら謝罪した。ドゥドゥーが興味深そうに彼らのやり取りを見ている。レスター諸侯同盟は君主を戴かない国だ。だからクロードは従者なしで士官学校に入学している。隣席に座るローレンツは単なる学友であって家臣や部下ではない。
「やはり山の夜は寒いか?」
「正直言って甘く見てたな」
「クロード、体調不良なところ申し訳ないが少し時間をくれ」
「内密な話がしたいのであれば失礼する」
ディミトリの言葉を聞いたローレンツが足早に去ろうとした。
「いや、そんな仰々しい話ではない。先生から課題協力の話はあったか?」
クロードは英雄の遺産に対する興味を隠さない。政治に疎いベレトは単純にそれなら肉眼で見られる機会を与えたい、と思っているようだ。しかしディミトリとしてはこれ以上ゴーティエ家のものを好奇の目に晒したくない。
「断った。だが、本音を言えば……」
言葉を続けようとしたところでローレンツの大きな手がクロードの口を塞ぐ。
「クロードは今節、円卓会議に出席するのだ。だから安心してくれたまえ」
「俺だってシルヴァンに同情してるのに……」
掌越しに聞こえてくる言葉は順当なものに変換されていた。こんな風に互いが補完しあうことを期待して、彼らは同学年にされたのかもしれない。ディミトリはまともな大人が国の舵取りをしている同盟が少し羨ましかった。
ローレンツは帝国と領地を接するグロスタール家の嫡子だがシルヴァンとも親しい。女子学生からの評判は散々だったが、ローレンツは社交的でフェルディナントとも親しい。散々揶揄っているがクロードも彼の真っすぐさを好ましく思う。
結局、課題協力はローレンツがすることとなり、クロードもそれが正しい人選だと思ってガルグ=マクを発った。自重できた、と見做されているが兄弟の殺し合いに何を思うのか自分でも予想できないから、という方が正しい。クロード、いや、カリードにも不仲な兄がいる。
円卓会議で散々大人たちにやり込められたクロードがガルグ=マクに戻るといつも溌剌としているローレンツがひどく塞ぎ込んでいた。隠そうとしているがふとした拍子に浮かべる表情がどこか暗い。
揶揄する気になれなかったクロードは彼を招くため寝台の上から机と椅子の上に物を移動させ、座る空間と卓を置く空間を確保した。杯とデアドラで買った酒を寝台脇の卓に置く。長い夜になるかもしれないと思って洋燈に灯り油も足してある。
寝台で隣に腰掛ける寝巻き姿の彼は杯に口を付けるなり、恐ろしい───と呟いた。マイクランの件に関しては箝口令が敷かれている。だが人の口に戸は立てられない。
「一体、何があったんだ?」
ローレンツは言葉を選びながら黒風の塔で何があったのか、教会がどんな沙汰を下したのか、を説明してくれた。
「グロスタール家に、教会からそんな説明を受けた記録は存在しない」
勿論リーガン家にも伝わっていない。だが、セイロス教徒にとって無謬である中央教会の迅速な反応から察するに───危険性について、かなり昔から把握している。
「ローレンツ、俺がお前の代わりに言うから」
クロードは思わず白い手を取ってしまった。ガルグ=マクに戻っても緊張が解けていないのだろう。彼の指先は冷え切っていて唇は震えている。千年近い信頼を蔑ろにされたのだ。我がことではないというのに何だか無性に腹が立つ。
「僕から言葉を取り上げないでくれたまえ」
「いいや、俺が言う。武器だぞ?!命の奪い合いの時に使うんだぜ?中央教会は不誠実だ」
切れ長な目の縁に涙が溜まっているが本人は絶対に認めないだろう。言わせてしまったという後悔の涙なのか同意を得られた安堵の涙なのか、を確かめるには味をみるしかない。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.5」#クロロレ #家出息子たちの帰還
───つまりフォドラとは因果が異なるのだ。霊魂を失った結果、体調を崩す。肉体から離れた霊魂は我々の世界を漂っていることもあれば、神々の住む世界まで飛んでいってしまうこともある。(中略)霊魂は様々な理由で肉体を離れる。呪いをかけられた時、肉体や精神が激しい衝撃を受けた時、先祖や精霊が何か伝えたいことがある時───
イーハ公リュファスがブレーダットの紋章をその身に宿していたら、ディミトリは命を狙われなかっただろう。マイクランがゴーティエの紋章をその身に宿していたら、シルヴァンに殺意を抱かなかったはずだ。ディミトリもシルヴァンも殺意には慣れきっている。
だからシルヴァンはディミトリが何を言いたいのかすぐに察した。推理ではなく経験が答えを導く。この殺意は見せかけに過ぎない。騎士団は真に守るべきものを見誤っている。大司教より大切な存在が彼らにはないのだろうか。
「ま、狙いがなんであれ、修道院の女性たちに被害が及ばないようにしないとな」
そう言ってシルヴァンが茶化すとドゥドゥーが微かに目を細めた。彼は主君とシルヴァンの昏い共通点に気づいているのかもしれない。
大広間で解散した後、シルヴァンは通路で訓練用の籠手と大きめの包みを抱えたローレンツと遭遇した。
「お、見知らぬ美女からの贈り物か?手伝おうか?色男」
「結構。こちらは弟妹からの品でね」
ローレンツは澄ました顔で剥がれかけた包装紙を直しているが、それでも紫の瞳は愛おしさを湛えている。女性からの贈り物であった方がずっとましだった。マイクランならどうすればシルヴァンが最も傷つくか考え、そのまま行動に移すに決まっている。
鳩尾に重い一発を食らったような気持ちを誤魔化すため大袈裟に息を吐く。ローレンツは弟妹たちにとって誕生日でもないのに贈り物をしたくなるような、領内で良い品を見かけた時に顔が浮かぶような良い兄なのだろう。
「グロスタール家のご令嬢は美人か?」
「弟妹共に僕と同じく眉目秀麗だ」
紋章の有無は流石に聞けなかったし、ローレンツも言及しなかった。マイクランがその身に紋章を宿していたらシルヴァンはこの世に存在しない。
「今度紹介してくれ」
「良いだろう。常に僕か弟同伴なら構わない。ところでシルヴァン、君は先ほどの表現に矛盾を感じないのか?」
困惑しているとローレンツは見ず知らず、と言うからには実際の外見も評判も知らない筈なのにどうやって美女と判断しているのか───と言葉を続けた。ローレンツは日頃クロードに文句しか言わないが、共に過ごすうちに影響を受けたらしい。まるで猜疑心の塊を自称する誰かのような発想だった。
今節はクロードの誕生日と女神再誕の儀がある。ローレンツはまた課題協力を頼まれているのでそこそこ多忙だった。ロナート卿を誑かした輩が修道院内の何かを狙っているのだと言う。だから夜にクロードを招いて呑んでいる場合ではないのだが、ローレンツには他にも目的があった。
「面白そうな課題じゃないか!あーあ、ベレト先生はなんで俺に声をかけてくれなかったんだろう?」
酒が入っているせいか愚痴ですらクロードの口調は明るい。今晩はもう徘徊するつもりがないらしく、寝巻き姿の彼はすぐに杯を空けた。
「私欲を満たしそうな印象のせいだろう」
確かにシルヴァンやディミトリが主張するように大司教に対する殺意には真剣さが足りない。だからローレンツ個人は悪質な悪戯だと思っている。仮に何かを盗み出したいとして───発覚すれば処されるような行為で誤魔化すほどに彼らが欲するもの、とは一体何だろうか。ローレンツには修道院にそこまで貴重なものが存在するとは思えない。
だがクロードは意見が違うはずだ。何かがある、という確信がなければ夜な夜な寮を抜け出して敷地内を探索しない。彼の知見を借りれば敵の狙いが分かるのではないだろうか。
「それにしてもこれ、美味いな」
だがクロードは具体的なことは言わず、ローレンツの弟妹が見立てて送ってくれた乾酪と干し杏を食べている。同時に口に放り込んで噛めば味は同じだ、と主張する彼の目の前で薄切りにして重ねたのはローレンツだ。
「意見がないならこれで終いだ」
「教会にとって都合が悪いものを探してるのかもしれないぜ。ツィリルやカトリーヌさんでもあるまいし、正直になれよ。憎まれてる、とは思わなかったか?」
わざとらしく眉間に皺を寄せ、目でも細めてくれたら良かったのに緑色の瞳は真っ直ぐローレンツを見つめている。杯は何度か空けたが彼は全く酔っていない。クロードの言う通り、ダスカーの悲劇を処理する際に教会は決定的な何かを間違えた。だから彼らはこんなに憎まれていて───そうでなければ無謀な叛乱など起こるはずもない。
そして彼らは現状把握を拒んでいる。だから士官学校の学生が警備にあたるような、気の抜けた対応をしているのだ。畳む
───つまりフォドラとは因果が異なるのだ。霊魂を失った結果、体調を崩す。肉体から離れた霊魂は我々の世界を漂っていることもあれば、神々の住む世界まで飛んでいってしまうこともある。(中略)霊魂は様々な理由で肉体を離れる。呪いをかけられた時、肉体や精神が激しい衝撃を受けた時、先祖や精霊が何か伝えたいことがある時───
イーハ公リュファスがブレーダットの紋章をその身に宿していたら、ディミトリは命を狙われなかっただろう。マイクランがゴーティエの紋章をその身に宿していたら、シルヴァンに殺意を抱かなかったはずだ。ディミトリもシルヴァンも殺意には慣れきっている。
だからシルヴァンはディミトリが何を言いたいのかすぐに察した。推理ではなく経験が答えを導く。この殺意は見せかけに過ぎない。騎士団は真に守るべきものを見誤っている。大司教より大切な存在が彼らにはないのだろうか。
「ま、狙いがなんであれ、修道院の女性たちに被害が及ばないようにしないとな」
そう言ってシルヴァンが茶化すとドゥドゥーが微かに目を細めた。彼は主君とシルヴァンの昏い共通点に気づいているのかもしれない。
大広間で解散した後、シルヴァンは通路で訓練用の籠手と大きめの包みを抱えたローレンツと遭遇した。
「お、見知らぬ美女からの贈り物か?手伝おうか?色男」
「結構。こちらは弟妹からの品でね」
ローレンツは澄ました顔で剥がれかけた包装紙を直しているが、それでも紫の瞳は愛おしさを湛えている。女性からの贈り物であった方がずっとましだった。マイクランならどうすればシルヴァンが最も傷つくか考え、そのまま行動に移すに決まっている。
鳩尾に重い一発を食らったような気持ちを誤魔化すため大袈裟に息を吐く。ローレンツは弟妹たちにとって誕生日でもないのに贈り物をしたくなるような、領内で良い品を見かけた時に顔が浮かぶような良い兄なのだろう。
「グロスタール家のご令嬢は美人か?」
「弟妹共に僕と同じく眉目秀麗だ」
紋章の有無は流石に聞けなかったし、ローレンツも言及しなかった。マイクランがその身に紋章を宿していたらシルヴァンはこの世に存在しない。
「今度紹介してくれ」
「良いだろう。常に僕か弟同伴なら構わない。ところでシルヴァン、君は先ほどの表現に矛盾を感じないのか?」
困惑しているとローレンツは見ず知らず、と言うからには実際の外見も評判も知らない筈なのにどうやって美女と判断しているのか───と言葉を続けた。ローレンツは日頃クロードに文句しか言わないが、共に過ごすうちに影響を受けたらしい。まるで猜疑心の塊を自称する誰かのような発想だった。
今節はクロードの誕生日と女神再誕の儀がある。ローレンツはまた課題協力を頼まれているのでそこそこ多忙だった。ロナート卿を誑かした輩が修道院内の何かを狙っているのだと言う。だから夜にクロードを招いて呑んでいる場合ではないのだが、ローレンツには他にも目的があった。
「面白そうな課題じゃないか!あーあ、ベレト先生はなんで俺に声をかけてくれなかったんだろう?」
酒が入っているせいか愚痴ですらクロードの口調は明るい。今晩はもう徘徊するつもりがないらしく、寝巻き姿の彼はすぐに杯を空けた。
「私欲を満たしそうな印象のせいだろう」
確かにシルヴァンやディミトリが主張するように大司教に対する殺意には真剣さが足りない。だからローレンツ個人は悪質な悪戯だと思っている。仮に何かを盗み出したいとして───発覚すれば処されるような行為で誤魔化すほどに彼らが欲するもの、とは一体何だろうか。ローレンツには修道院にそこまで貴重なものが存在するとは思えない。
だがクロードは意見が違うはずだ。何かがある、という確信がなければ夜な夜な寮を抜け出して敷地内を探索しない。彼の知見を借りれば敵の狙いが分かるのではないだろうか。
「それにしてもこれ、美味いな」
だがクロードは具体的なことは言わず、ローレンツの弟妹が見立てて送ってくれた乾酪と干し杏を食べている。同時に口に放り込んで噛めば味は同じだ、と主張する彼の目の前で薄切りにして重ねたのはローレンツだ。
「意見がないならこれで終いだ」
「教会にとって都合が悪いものを探してるのかもしれないぜ。ツィリルやカトリーヌさんでもあるまいし、正直になれよ。憎まれてる、とは思わなかったか?」
わざとらしく眉間に皺を寄せ、目でも細めてくれたら良かったのに緑色の瞳は真っ直ぐローレンツを見つめている。杯は何度か空けたが彼は全く酔っていない。クロードの言う通り、ダスカーの悲劇を処理する際に教会は決定的な何かを間違えた。だから彼らはこんなに憎まれていて───そうでなければ無謀な叛乱など起こるはずもない。
そして彼らは現状把握を拒んでいる。だから士官学校の学生が警備にあたるような、気の抜けた対応をしているのだ。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.4」
#クロロレ #家出息子たちの帰還
4.
───フォドラの常識で言えば身体が一つであるように霊魂も一つだ。だが近隣諸国にはそのように考えない人々が存在する。精神を司る霊魂と肉体を司る霊魂の二つがある、と考える人々もいれば五つだと考える人々もいる(中略)失われた霊魂を身体に戻すことによって身体は健康をとり戻す。では失われた霊魂は何処にあるのか。巫者は目に見えない霊魂の所在を明らかにせねばならない───
ロナート卿の名を耳にして叔父の顔がよぎったディミトリは叛乱についてレアとセテスから話を詳しく聞きたかったのだが、通り抜ける風が耳元でやかましく騒ぐ。《お前も仇を討て、殺せ、首を、》無駄だと分かっているが大きな溜息をついた。彼も、彼の民も破滅させられる。全てが終わった後を任されるのは辛いがせめて戦後の処理が苛烈にならないよう尽力するしかない。
青獅子の学級全体が重苦しい雰囲気に包まれていた。こういう時は死人の声が大きくなる。喉の奥に鉛が詰まっているような気がして、追い払うための溜息すらうまく出せなかった。
「ディミトリ、ちょっといいか?」
流石に昨今の雰囲気に飲まれたのか、クロードは少し申し訳なさそうな顔をしている。ドゥドゥーから陽にあたるべき、と言われたディミトリは何をするでもなく中庭の長椅子に座らされていた。幼い頃から彼は時々、謎の提案をしてくる。
「構わない」
「アッシュは夜、きちんと眠れてるのか?」
他人にあまり聞かれたくないのかクロードはディミトリにそっと耳打ちをした。 《こいつも、おきてる》ドゥドゥーの言う通り陽にあたっているのに生垣の隙間から声がした。それでも敵だらけの王宮にいる時より耳にまとわりつく声は弱々しい。
「気丈に振舞っているので正直いって分からない。……俺に頼り甲斐がないのだろうな」
「王子様の前だ。格好をつけたいのさ」
そう言うとクロードは肩をすくめた。レスターの学生たちは彼の前でいつも寛いでいる。
「少し歯痒いがアッシュと親しいものに、俺の代わりに聞いてもらうことにしよう」
シルヴァンかドゥドゥーが相手ならアッシュも安心して辛さを吐露してくれるかもしれない。
「俺は薬の調合に興味があってね。もし役に立てそうな……あ!」
クロードは何かを思い出したらしく、突然手で口を隠した。
「どうした?」
「悪い。厩舎掃除の当番だったから行かないと……ローレンツはうるさいんだよ」
「そうか。では行ってくるといい。提案に感謝する」
ディミトリから出しゃばりと言われずに済んでほっとしたのか中庭を去るクロードの足取りは軽かった。
ロナート卿の叛乱について一報が入って以来、ローレンツはあまり機嫌が良くない。だから話し合いたいことがあるから部屋に来ないか、というクロードの提案に無条件で彼が乗るとは思わなかった。
無条件ではあったが、一応床のものは拾い上げた。行き先がなかったのでとりあえず寝台の上にぶちまけてある。
「ローレンツ、少しだけフェルディアにいたことあるんだろ?」
杯を手にローレンツは頷いた。政情不安の煽りを受けて魔道学院には長居できなかったことは知っている。クロードは脳裏にローレンツの父エルヴィンの顔を思い浮かべた。慎重な彼ならロナート卿のような行動は絶対に起こさない。
「何が聞きたい。僕は君に聞かせたい話などないぞ。それとも、この僕に聞いてもらいたい話があるのか?」
今回、課題に協力したのはマリアンヌだ。当初は後詰としてガスパール領に入り、戦闘終了後の諸事を補佐せよという話だったので負傷兵の治療を目的とした真っ当な人選と言える。その場で作戦の変更があったようなので今こそ薬草を使った煎じ薬の出番かもしれない。
「ディミトリは学生をやってる場合だと思うか?」
紫色の瞳がクロードを真っ直ぐ見つめた。クロードから何を問われたのか彼は完全に理解している。実際にローレンツは一度、学生であることを諦めた。
「何か事情があるのだろう。だがそれでも何故、王位を空白にしているのか僕には理解できない」
「だよな!」
ローレンツと同意見であることが素直に嬉しい。ペトラが似たような状況に陥ったらすぐにブリギットへ帰国するだろう。
「中央教会の祝福によって国が成ったとはいえ、裁判と死刑執行を……」
───委託するなどあり得ない───お膝元では開陳し難い意見だ。彼が言い淀む気持ちもよく分かる。
「あり得ないよな!青獅子の連中が受け入れてるのが本当に分からなくて!いや、ほっとした」
だからクロードはローレンツの言葉に大袈裟に反応して、最後まで言わせなかった。言わせないための気遣いでしかなかったのに彼の前ではしゃげたことが何故か嬉しい。
ドゥドゥーがディミトリの異変に気がついたのは引き取られてすぐ、まだ幼い頃のことだった。周りにダスカーの民はなく、まだフォドラ語も覚束ない。仕方ないので彼は主人を黙って観察することにした。
夜も眠らず食が細く、誰もいないところに向かって話しかけている。頭も酷く痛そうだった。両親と妹を亡くしたばかりのドゥドゥーもまだ体調が万全というわけではないし、ひどく気が塞いでいる。それでもディミトリのようにはならない。
数日後、幼いドゥドゥーは結論を出した。彼の主人、命の恩人ディミトリは死霊に取り憑かれている。だが周りの大人は気がついていない。残念ながら王宮に巫者は出入りしていないようだった。
ダスカーでは巫者の使う呪具を作る鍛冶屋も多少は神聖な力を持っている、と言われる。亡くなった父は普通の鍛冶屋で客の中に巫者は居なかった。ドゥドゥは父の仕事を手伝っていただけに過ぎないが───それでも出来ることをするしかない。
ドゥドゥーは毎日、王宮のごみ捨て場を漁った。目的のものを台所から盗み出すことは可能だったが、発覚すればディミトリの立場が悪くなる。ひしゃげたおたまと小さな鍋を見つけた時は目元が熱くなるくらい嬉しかった。
これまでのごみ漁りで薪の代わりになりそうな木材も火打石も銅貨も見つけたし、金属の棒は何本も手に入れている。ディミトリに頼んで折って貰えば三脚を作るのは容易い。
「何を作るの?」
身振り手振りでお願いすると意図を察したディミトリがドゥドゥーの指示した通りの長さに棒を折ってくれた。彼の目の前で小さな三脚を作り、水を入れた鍋を引っ掛けて暖炉の中に置く。王宮の大人たちはディミトリに膝をつく癖に部屋の薪をしょっちゅう切らす。正直言って不満に思っていたが、今は都合が良かった。
「すごい!魔法みたいだ!それで何をするの?」
久しぶりにディミトリが微笑んでいる。
「……お湯を作る」
「お湯を沸かす、だよ。ドゥドゥー」
ディミトリは優しく言い回しを訂正してくれて、冷え切った部屋がそれだけであったかくなったような気がした。畳む
#クロロレ #家出息子たちの帰還
4.
───フォドラの常識で言えば身体が一つであるように霊魂も一つだ。だが近隣諸国にはそのように考えない人々が存在する。精神を司る霊魂と肉体を司る霊魂の二つがある、と考える人々もいれば五つだと考える人々もいる(中略)失われた霊魂を身体に戻すことによって身体は健康をとり戻す。では失われた霊魂は何処にあるのか。巫者は目に見えない霊魂の所在を明らかにせねばならない───
ロナート卿の名を耳にして叔父の顔がよぎったディミトリは叛乱についてレアとセテスから話を詳しく聞きたかったのだが、通り抜ける風が耳元でやかましく騒ぐ。《お前も仇を討て、殺せ、首を、》無駄だと分かっているが大きな溜息をついた。彼も、彼の民も破滅させられる。全てが終わった後を任されるのは辛いがせめて戦後の処理が苛烈にならないよう尽力するしかない。
青獅子の学級全体が重苦しい雰囲気に包まれていた。こういう時は死人の声が大きくなる。喉の奥に鉛が詰まっているような気がして、追い払うための溜息すらうまく出せなかった。
「ディミトリ、ちょっといいか?」
流石に昨今の雰囲気に飲まれたのか、クロードは少し申し訳なさそうな顔をしている。ドゥドゥーから陽にあたるべき、と言われたディミトリは何をするでもなく中庭の長椅子に座らされていた。幼い頃から彼は時々、謎の提案をしてくる。
「構わない」
「アッシュは夜、きちんと眠れてるのか?」
他人にあまり聞かれたくないのかクロードはディミトリにそっと耳打ちをした。 《こいつも、おきてる》ドゥドゥーの言う通り陽にあたっているのに生垣の隙間から声がした。それでも敵だらけの王宮にいる時より耳にまとわりつく声は弱々しい。
「気丈に振舞っているので正直いって分からない。……俺に頼り甲斐がないのだろうな」
「王子様の前だ。格好をつけたいのさ」
そう言うとクロードは肩をすくめた。レスターの学生たちは彼の前でいつも寛いでいる。
「少し歯痒いがアッシュと親しいものに、俺の代わりに聞いてもらうことにしよう」
シルヴァンかドゥドゥーが相手ならアッシュも安心して辛さを吐露してくれるかもしれない。
「俺は薬の調合に興味があってね。もし役に立てそうな……あ!」
クロードは何かを思い出したらしく、突然手で口を隠した。
「どうした?」
「悪い。厩舎掃除の当番だったから行かないと……ローレンツはうるさいんだよ」
「そうか。では行ってくるといい。提案に感謝する」
ディミトリから出しゃばりと言われずに済んでほっとしたのか中庭を去るクロードの足取りは軽かった。
ロナート卿の叛乱について一報が入って以来、ローレンツはあまり機嫌が良くない。だから話し合いたいことがあるから部屋に来ないか、というクロードの提案に無条件で彼が乗るとは思わなかった。
無条件ではあったが、一応床のものは拾い上げた。行き先がなかったのでとりあえず寝台の上にぶちまけてある。
「ローレンツ、少しだけフェルディアにいたことあるんだろ?」
杯を手にローレンツは頷いた。政情不安の煽りを受けて魔道学院には長居できなかったことは知っている。クロードは脳裏にローレンツの父エルヴィンの顔を思い浮かべた。慎重な彼ならロナート卿のような行動は絶対に起こさない。
「何が聞きたい。僕は君に聞かせたい話などないぞ。それとも、この僕に聞いてもらいたい話があるのか?」
今回、課題に協力したのはマリアンヌだ。当初は後詰としてガスパール領に入り、戦闘終了後の諸事を補佐せよという話だったので負傷兵の治療を目的とした真っ当な人選と言える。その場で作戦の変更があったようなので今こそ薬草を使った煎じ薬の出番かもしれない。
「ディミトリは学生をやってる場合だと思うか?」
紫色の瞳がクロードを真っ直ぐ見つめた。クロードから何を問われたのか彼は完全に理解している。実際にローレンツは一度、学生であることを諦めた。
「何か事情があるのだろう。だがそれでも何故、王位を空白にしているのか僕には理解できない」
「だよな!」
ローレンツと同意見であることが素直に嬉しい。ペトラが似たような状況に陥ったらすぐにブリギットへ帰国するだろう。
「中央教会の祝福によって国が成ったとはいえ、裁判と死刑執行を……」
───委託するなどあり得ない───お膝元では開陳し難い意見だ。彼が言い淀む気持ちもよく分かる。
「あり得ないよな!青獅子の連中が受け入れてるのが本当に分からなくて!いや、ほっとした」
だからクロードはローレンツの言葉に大袈裟に反応して、最後まで言わせなかった。言わせないための気遣いでしかなかったのに彼の前ではしゃげたことが何故か嬉しい。
ドゥドゥーがディミトリの異変に気がついたのは引き取られてすぐ、まだ幼い頃のことだった。周りにダスカーの民はなく、まだフォドラ語も覚束ない。仕方ないので彼は主人を黙って観察することにした。
夜も眠らず食が細く、誰もいないところに向かって話しかけている。頭も酷く痛そうだった。両親と妹を亡くしたばかりのドゥドゥーもまだ体調が万全というわけではないし、ひどく気が塞いでいる。それでもディミトリのようにはならない。
数日後、幼いドゥドゥーは結論を出した。彼の主人、命の恩人ディミトリは死霊に取り憑かれている。だが周りの大人は気がついていない。残念ながら王宮に巫者は出入りしていないようだった。
ダスカーでは巫者の使う呪具を作る鍛冶屋も多少は神聖な力を持っている、と言われる。亡くなった父は普通の鍛冶屋で客の中に巫者は居なかった。ドゥドゥは父の仕事を手伝っていただけに過ぎないが───それでも出来ることをするしかない。
ドゥドゥーは毎日、王宮のごみ捨て場を漁った。目的のものを台所から盗み出すことは可能だったが、発覚すればディミトリの立場が悪くなる。ひしゃげたおたまと小さな鍋を見つけた時は目元が熱くなるくらい嬉しかった。
これまでのごみ漁りで薪の代わりになりそうな木材も火打石も銅貨も見つけたし、金属の棒は何本も手に入れている。ディミトリに頼んで折って貰えば三脚を作るのは容易い。
「何を作るの?」
身振り手振りでお願いすると意図を察したディミトリがドゥドゥーの指示した通りの長さに棒を折ってくれた。彼の目の前で小さな三脚を作り、水を入れた鍋を引っ掛けて暖炉の中に置く。王宮の大人たちはディミトリに膝をつく癖に部屋の薪をしょっちゅう切らす。正直言って不満に思っていたが、今は都合が良かった。
「すごい!魔法みたいだ!それで何をするの?」
久しぶりにディミトリが微笑んでいる。
「……お湯を作る」
「お湯を沸かす、だよ。ドゥドゥー」
ディミトリは優しく言い回しを訂正してくれて、冷え切った部屋がそれだけであったかくなったような気がした。畳む
蒼月ルートのクロロレです。「家出息子たちの帰還.3」#クロロレ #家出息子たちの帰還
3.
───精霊や神と交流する力に恵まれた巫者も大まかに二つに分類することができる。過酷な修業と儀式を経て、力を得たものたちと精霊や神に選ばれて力を得たものたちだ。一晩中、呪文を唱えながら己の身体を鞭打つ修業や焼けた炭の上を裸足で歩く儀式などが有名だ。(中略) 選ばれた、というと修業や儀式抜きで楽に力を得たような印象を受ける。だが神に選ばれたものたちは巫病と呼ばれる謎の病に長期間、苦しむ。巫病は当初、巫病として認識されない───
敵わない。多少はある年の功も、この身に宿す紋章も残酷な格差をシルヴァンに思い知らせるだけだった。退屈なほどに静かだった夜は切り裂かれている。彼を守るためグレンは命を落としたというのにディミトリは駆け出してしまった。
囮になってこちらを守るためだという意図は分かっている。だが訓練用の槍しか持っていない身で先王の血とブレーダッドの紋章を受け継ぐ存在がそんな係を担当する必要はない。
盗賊たちの叫び声から察するに確かに級長、いや、後継者たちの命が主目的のようだった。だが半分はまだこの野営地に残っている。
あたりは盗賊と学生双方の叫び声や武器を振るう音、魔法の詠唱で騒然としていた。フェリクスは実戦経験もあり、剣技も巧みだが安全のため刃が潰してある剣では真の実力を発揮できるはずもない。仕方なくシルヴァンが握っている槍も刃が潰してある。
「危ない!メルセデスさん!」
篝火の明るさを頼りに、頼りにならない鈍らを振るって盗賊と戦っていると自分と同じく槍を構えていた筈のローレンツの叫び声が聞こえた。シルヴァンの手元に手槍があったら、彼女の後ろで斧を振り上げた盗賊の喉目掛けて投擲していただろう。歯軋りした瞬間に盗賊の身体が炎に包まれた。どうやら彼は黒魔法も得意らしい。
修道士希望のメルセデスは動じることなく負傷した他の学生に回復魔法をかけている。戦場においては修道士が真の勇者、というのはよく聞く話だ。修道士たちは丸腰で傷病兵の救助にあたる。
「あら〜、ローレンツ、久しぶりね〜?助けてくれてありがとう〜」
久しぶり、ということは彼らは顔見知りなのだろうか。そんな呑気なことを考えながらシルヴァンは槍の柄で盗賊の喉を勢いよく突いた。ぐええ、といううめき声に合わせて周囲から感嘆の声が沸いたのでゴーティエの小紋章が背に浮かんだのだろう。
「いや、これも貴族の責務だ」
必死で盗賊たちに抗っているとディミトリたちが援軍を引き連れて戻ってきた。後に聞いて呆れたのだが、ディミトリはクロードを追いかけていたのにクロードはうろ覚えで走っていたのだという。これが後の世に伝えられる必然の出会い、だ。
野営地を襲った盗賊たちは赤き谷にこもっているのだという。青獅子の学級は奉仕活動として彼らを捕縛するセイロス騎士団の補助をすることになった。ローレンツは彼らの担任教師となったベレトから課題協力を求められている。
彼は教師として採用されてすぐ、名簿を手に学生たちに聞き取りをして回っていたので魔道学院にいたことを覚えているのだろう。その際もガルグ=マクではまだ資格をとっていない、と正直に話したのだが傭兵暮らしが長いせいか腑に落ちないらしい。
「先生のクロードより僕、という選択は高く評価しているが……」
「……分かった。では、言い方を変えよう。練習をする機会を提供、出来るかも、しれない」
だが言質を取られないように途切れ途切れに話すベレトが念のために、とローレンツを選ぶのも分かるような気がした。まずファーガス騎士の国なだけあって黒魔法が得意な学生があまりいない。そして担任ではないので彼が黒魔法を使えるとは知らなかった───という言い訳が可能だ。平民たちはこういった図々しさで困難な場面に保険をかけて乗り切る。手を貸さないのもなんだか貴族らしくないような気がしてローレンツは首を縦に振った。
そんなやりとりがあったものの今のところディミトリとドゥドゥー、それにフェリクスが鬼神のような強さを発揮しているのでローレンツには一向に練習する機会、とやらが訪れない。だが得難い経験は出来たように思う。
「分かってたつもりだが、やっぱり目指す気にもなれないな……」
ローレンツの隣に陣取るシルヴァンが橋の向こうを眺めてしみじみと呟いた。クロードは彼の礼儀正しさや実直なところを参考にすべきだが───槍を振るう兵種としてディミトリが参考になるかならないか、で言えば全くならない。
「三人とも無理をしていないか心配ね〜」
魔道学院で顔見知りになったメルセデスが橋の向こうを眺めながら服についた土埃を払った。ローレンツの槍もシルヴァンの槍も盗賊たちの血で赤く汚れている。貴族の責務を果たした筈なのにあまり良い気分ではなかった。畳む
3.
───精霊や神と交流する力に恵まれた巫者も大まかに二つに分類することができる。過酷な修業と儀式を経て、力を得たものたちと精霊や神に選ばれて力を得たものたちだ。一晩中、呪文を唱えながら己の身体を鞭打つ修業や焼けた炭の上を裸足で歩く儀式などが有名だ。(中略) 選ばれた、というと修業や儀式抜きで楽に力を得たような印象を受ける。だが神に選ばれたものたちは巫病と呼ばれる謎の病に長期間、苦しむ。巫病は当初、巫病として認識されない───
敵わない。多少はある年の功も、この身に宿す紋章も残酷な格差をシルヴァンに思い知らせるだけだった。退屈なほどに静かだった夜は切り裂かれている。彼を守るためグレンは命を落としたというのにディミトリは駆け出してしまった。
囮になってこちらを守るためだという意図は分かっている。だが訓練用の槍しか持っていない身で先王の血とブレーダッドの紋章を受け継ぐ存在がそんな係を担当する必要はない。
盗賊たちの叫び声から察するに確かに級長、いや、後継者たちの命が主目的のようだった。だが半分はまだこの野営地に残っている。
あたりは盗賊と学生双方の叫び声や武器を振るう音、魔法の詠唱で騒然としていた。フェリクスは実戦経験もあり、剣技も巧みだが安全のため刃が潰してある剣では真の実力を発揮できるはずもない。仕方なくシルヴァンが握っている槍も刃が潰してある。
「危ない!メルセデスさん!」
篝火の明るさを頼りに、頼りにならない鈍らを振るって盗賊と戦っていると自分と同じく槍を構えていた筈のローレンツの叫び声が聞こえた。シルヴァンの手元に手槍があったら、彼女の後ろで斧を振り上げた盗賊の喉目掛けて投擲していただろう。歯軋りした瞬間に盗賊の身体が炎に包まれた。どうやら彼は黒魔法も得意らしい。
修道士希望のメルセデスは動じることなく負傷した他の学生に回復魔法をかけている。戦場においては修道士が真の勇者、というのはよく聞く話だ。修道士たちは丸腰で傷病兵の救助にあたる。
「あら〜、ローレンツ、久しぶりね〜?助けてくれてありがとう〜」
久しぶり、ということは彼らは顔見知りなのだろうか。そんな呑気なことを考えながらシルヴァンは槍の柄で盗賊の喉を勢いよく突いた。ぐええ、といううめき声に合わせて周囲から感嘆の声が沸いたのでゴーティエの小紋章が背に浮かんだのだろう。
「いや、これも貴族の責務だ」
必死で盗賊たちに抗っているとディミトリたちが援軍を引き連れて戻ってきた。後に聞いて呆れたのだが、ディミトリはクロードを追いかけていたのにクロードはうろ覚えで走っていたのだという。これが後の世に伝えられる必然の出会い、だ。
野営地を襲った盗賊たちは赤き谷にこもっているのだという。青獅子の学級は奉仕活動として彼らを捕縛するセイロス騎士団の補助をすることになった。ローレンツは彼らの担任教師となったベレトから課題協力を求められている。
彼は教師として採用されてすぐ、名簿を手に学生たちに聞き取りをして回っていたので魔道学院にいたことを覚えているのだろう。その際もガルグ=マクではまだ資格をとっていない、と正直に話したのだが傭兵暮らしが長いせいか腑に落ちないらしい。
「先生のクロードより僕、という選択は高く評価しているが……」
「……分かった。では、言い方を変えよう。練習をする機会を提供、出来るかも、しれない」
だが言質を取られないように途切れ途切れに話すベレトが念のために、とローレンツを選ぶのも分かるような気がした。まずファーガス騎士の国なだけあって黒魔法が得意な学生があまりいない。そして担任ではないので彼が黒魔法を使えるとは知らなかった───という言い訳が可能だ。平民たちはこういった図々しさで困難な場面に保険をかけて乗り切る。手を貸さないのもなんだか貴族らしくないような気がしてローレンツは首を縦に振った。
そんなやりとりがあったものの今のところディミトリとドゥドゥー、それにフェリクスが鬼神のような強さを発揮しているのでローレンツには一向に練習する機会、とやらが訪れない。だが得難い経験は出来たように思う。
「分かってたつもりだが、やっぱり目指す気にもなれないな……」
ローレンツの隣に陣取るシルヴァンが橋の向こうを眺めてしみじみと呟いた。クロードは彼の礼儀正しさや実直なところを参考にすべきだが───槍を振るう兵種としてディミトリが参考になるかならないか、で言えば全くならない。
「三人とも無理をしていないか心配ね〜」
魔道学院で顔見知りになったメルセデスが橋の向こうを眺めながら服についた土埃を払った。ローレンツの槍もシルヴァンの槍も盗賊たちの血で赤く汚れている。貴族の責務を果たした筈なのにあまり良い気分ではなかった。畳む
───鉄鍛治職人の道具に生贄の雄山羊を捧げる儀式を執り行うのは精霊や神と交流する力を持つ巫者だ。金槌や大槌などの鉄鍛治道具はそれぞれに神が宿っている。巫者はそれらの神々の名前を巧みに取り入れた祈祷歌を歌いながら順番に祈りを捧げていく。(中略)ダスカーの悲劇の後、ファーガス本土からの入植者たちはダスカー人の鉄鍛治小屋の建造を制限した。生活必需品である農機具の数を管理することによって支配力を強化し───
疫病、と聞いてシルヴァンの胸は再びざわついた。疫病が蔓延していなかったらシルヴァンはこの世に生まれていない。疫病が蔓延したからシルヴァンの父は身重であった前妻を北方に避難させた。そこで彼女が命を落としたからシルヴァンの母はゴーティエ家に後添えとして入っている。
だが漏れ聞こえてくる話が刻一刻と変わっていく。そのうち呪いではないか、という意見が優勢となった。荒事なら何の心配もないが疫病も呪いも殴ることはできない。たが青獅子の学級には今節もセイロス騎士団の補助をせよ、という課題と護符が与えられた。
通常なら目的地に到着する前に装備の確認をする。だがルミール村が近づくにつれて煙の匂いや騒ぎ声が増してきた。シルヴァンと馬首を並べているローレンツが手綱を短く持ち、馬を慰めるように首をそっと撫でている。一刻も早く村に入って現状を確認せねばならない。
村の中は想像よりはるかにひどい有様で暴れる村人を無力化するだけでも一苦労だった。可能な限り村人を助けたつもりだが、それでも無力感はこちらを打ちのめしてくる。中央教会の内部におかしな術を使う輩が入り込んでいることも判明して気が休まらない。それに加えてシルヴァンはフェリクスが何故ディミトリに対してああいう態度を取るのか理解してしまった。身に秘めた激情が苛烈すぎる。
「シルヴァン、先ほどからため息ばかりだな。気持ちはわかるが」
「流石の俺でも言葉が出てこない」
馬首を並べているローレンツの声にもいつものような張りがない。空元気を出しそびれているようだった。
「……無理にでも話さなくては駄目だ」
「言えるようなことは何もないさ」
「ため息しかつかなくなった僕のねえやはその後、程なくして自ら命を絶った」
口を閉ざす理由はいくらでも思いつく。だがそれらは助言をはねつける理由にならない。
「それは……残念だったな」
「それで済まされたくないなら誰かと話すべきだ。皆シルヴァンの話を聞きたいはずだ」
そう言うとローレンツは馬首を翻し、少し遅れて青獅子の学級に入ってきたラファエルがいる後方に向かってしまった。きっと彼の話を聞くのだろう。
ガルグ=マクに戻ったローレンツは出迎えてくれたクロードの表情を見て、今の自分がどんな顔をしているのか察した。誤魔化すように挨拶しながら手櫛で髪を整えてみたが効果はたかが知れている。コナン塔の時は寄る辺のない不安と恐怖のせいで息が苦しかった。今は無力感と疑念で腹の内がかき混ぜられたような気分になっている。
「疲れてるところ悪いがちょっと来てくれるか?」
そっと耳打ちした声が穏やかだったことが今のローレンツにはありがたかった。リーガン家の嫡子であるクロードは近い将来、レスター諸侯同盟の盟主になる。だから彼はルミール村を襲った悲劇、そしてゴドフロア卿一家とラファエルの両親を襲った悲劇の詳細を知らねばならない。
入浴を済ませて訪れたクロードの部屋は手伝いなしにしては、という但し書きつきだがそれでも片付けてあった。寝台の脇にはいつものように椅子と小さな卓が用意してある。ローレンツが促されるままに寝台に座るとクロードは椅子に座って足を組んだ。緑色の瞳に爪先からてっぺんまで観察される。
「何か話すにしても一杯やってからの方が良さそうだ」
「残念だが素面のうちに伝えねばならないことがある。茶化さずに聞きたまえ」
トマシュの件を酒や見間違いのせいにするわけにいかない。ローレンツは人の外見や声を盗んだ輩について見た通りに語った。クロードはトマシュに懐いていたので衝撃だったのだろう。言葉を失っていた。
「グロスタール家の家臣が一人行方不明になっている。彼は姿を消す前に傭兵団を雇ってグロスタール領とリーガン領を行き来する商人を襲うように命令した」
「だから俺が嫡子に……」
リーガン公がクロードを引っ張り出すきっかけとなった事件にグロスタール家が利用されている。ローレンツはそのことがひどく腹立たしい。
「当然、父はそのような命令など出していない。その家臣は行方不明になる前、ある時から人が変わったような言動が目立った」
そして恋人の変化に絶望したねえやは自ら命を絶った。最悪に最悪が重なったのだろう。ローレンツはこの後、村人がどんな目にあったのかも伝えねばらない。畳む